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昔は一本の木を伐るにさえ・・・

 昨年暮れの『今年行く』で、当厚木市内の寺院境内の巨木の幹や枝、街路樹、遊歩道の桜の木などが容赦なく伐られている現実があることをお伝えしました。

 つい先月下旬のある晴れた日も、同記事で問題にした妻田薬師の楠の枝が幾つも、高所作業車によって伐り取られていました。その枝葉は確かに道路にはみ出していました。しかしかなり高いので、車の通行の邪魔にはならなかったはずです。
 以前の『妻田薬師逍遥記』でも述べたとおり、同薬師境内には樹齢何百年かの見事な大楠が何本もあります。それらが思うさま高々と葉を繁らせ、薬師の堂々を覆い隠しているさまは遠くからでも望まれ、いかにも由緒ある古刹(こさつ)といった趣きがありました。

 そんな風景に風穴を開ける事態が起きたのは昨年初夏のことです。同薬師北側の裏道との境にある楠が、7、8メートルの所から幹ごとすっぽり伐られてしまったのです。
 おそらく「この木を中途から伐ってしまえば、その奥の本堂の威容が遠くからでも見えるはずだ」というような考えによるものだと思われます。そんな浅知恵を出したのは、厚木市なのか同寺院関係者なのか町内会なのか、あるいはこれらが雁首そろえた協議によるものなのか、よくは分かりません。

 妻田薬師には「神奈川県100木選」にも指定されている「大クスノキ」があります。それさえ保護すれば、あとはどう処分しても構わないという発想のようです。
 しかしくだんの楠を伐った結果は無残です。伐られた木の繁りがごっそり抜け落ちたことによって、薬師全体の景観が妙にチンチクリン、何とも殺風景で変な感じなのです。だが一度伐ってしまった木は二度と元に戻すことはできません。

 何より問題なのは、何百年もの樹齢の木でも、今どきの人間様のご都合で幹や枝々が片っ端から伐られている現実です。「オレたちは、すべての動植物の生殺与奪の権を握っているんだ」と言わんばかりです。
 「何が自然保護だ、エコロジーだ」。我が国において自然万物に対してこれほど傲慢な振舞いをした時代がかつてあったでしょうか。
 『今年行く』記事にも書きましたが、私は次々に樹木が伐られていく現状を目の当たりにすると、まるで自分の体の一部が伐り取られたような心の痛みを覚えてしまうのです。

 かつての日本はこうではありませんでした。
 もう20年ほど前だったかと思いますが、当時のNHK教育テレビで、ある地方の樵(きこり)を生業(なりわい)とする人の一日を追ったドキュメンタリー番組を放映したことがあります。それはその時点で既にアーカイブな番組で、元は昭和40年代頃の映像だったかもしれません。
 とにかくそれを観た私は、「昔は木を一本伐るにもこんなに慎重だったのか」と、えらく驚いたのでした。

 細かいことは忘れましたが、おおよそ以下のとおりです。
 小高い山々に囲まれた自然豊かな山間の集落に一人の樵がいました。見るからに頑健そうな60代くらいの人です。
 この人がある日山に入って木を伐るのを追っかけた番組でした。その人は目指す山のたもとにまでやってきます。山の登り口には山の神だか道の神だかの、小さな石の祠(ほこら)が祀ってあります。その人は持参した酒と穀類をそこに供えて、頭を下げ「これから山に入り、木を伐らせていただきます」というような内容のことを唱えたのです。

 そうして山に登っていき、中腹のなだらかな場所に手頃な太さの木を見つけました。その人は直ちに木の伐採にかかるかと思いきや。その前に、やはり何事かを宣り上げて、何と東西南北の四方にいちいち深々と頭を下げたのです。
 四方位をぐるっと一回りして、「山の神」とのすべての手続きは終わったようです。そこで初めて、樵の人は木の根元に斧やのこぎりを入れて伐り始めたのでした。

 その映像は感動的ですらありました。自然に対してこれだけ敬虔さのある世では、自然破壊など容易には起こらないことでしょう。このような共生的自然観が我が国では、縄文時代から数千年も脈々と受け継がれてきたのです。
 だからこそ我が国の豊かな自然は守られてきたわけです。これが滅茶苦茶になったのは明治維新以降です。「自然は人間によって征服されるべきもの」としか捉えない西洋近代原理が導入されたからです。

 少し前の『「奇想天外の巨人」南方熊楠(4)』で見たとおり、明治42年(1909年)、鎮守の森の破壊につながる「神社合祀令」が発布され、「日本最初のエコロジスト」南方熊楠が猛然と反対運動に立ち上がる事態が起きました。(結果、例えば熊野古道の老杉が大量に残された。)
 特に自然破壊に拍車がかかったのは、戦後、特に昭和30年代半ばの高度経済成長期以降です。それからこの国の国土全体がどれだけ大きく変貌してしまったことか、これをお読みのすべての方がよく認識されていることと思います。

 国土交通省を頂点とした各県、各市町村のお役人たちは、口先ではやれ「エコロジーだ」「自然保護だ」と唱え、さかんにキャンペーンを張っています。しかしその捉え方は大変皮相的と断ぜざるを得ません。
 自然界は目に見える事象から見えざる神秘の深みに至るまで、霊妙玄々な不可思議世界です。人間が勝手気ままに切り刻んでいいものでは断じてありません。自然界は「天」にも通じます。天に唾する者はやがて本人に戻ってくることを弁え知るべきです。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『今年行く』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-307c.html
『妻田薬師逍遥記』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-463f.html
『「奇想天外の巨人」南方熊楠』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-5caf.html

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