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『みずうみ』を読んだ若き日のこと

 最近、近代ドイツを代表する作家・詩人シュトルム(1817年~1888年)の代表作の一つである『みずうみ』を読みました。『みずうみ』を読んだのはこれで3回目です。

 1回目は高校2年生の時だったと記憶しています。当時『みずうみ』は、伊藤左千夫の「『野菊の墓』の西洋版」というような語られ方がされていました。『野菊の墓』の方は中学校2年生の秋に読んでいて、思春期の私にかなり深刻な影響を及ぼしたのでした。
 そういう経緯があって、『みずうみ』を読んでみたというのが正直なところです。

 以前の記事で何度か述べたことですが、私の高校時代とは一言で言うと「濫読の季節」でした。高1の秋に「進学しない」となった以上、学業にはあまり身が入らず(と言うより生来の「勉強嫌い」)本を読むくらいしかすることがなかったのです。
 放課後は学校の図書館に直行するような毎日でした。その途中グランドを見やれば、野球やテニスなどの部活に汗を流す学友たちの姿が目に止まります。私は高1の秋にある部活を止めましたので、彼らに幾分引け目を感じながら。

 いざ図書館に入ると、ずらり並んだテーブルは受験勉強に勤しむ学友たちで一杯です。ここでも大いにコンプレックスを感じながら、私のみは、読んだって将来何の役に立つか分かりはしない「本」を、書棚からせっせと漁っているのです。
 同じ在校生として私にも、「彼らに負けたくない」という対抗心は一応あるのです。しかし現実には部活ではものにならず、学業ではもっと遅れを取っています。勢い「よーし、それなら全校一の読書家になってやるぞ」と、本探しがにわかに熱を帯びてきます。

 その上当時の私には、「この時期を逃せば、本をじっくり読む機会はもうないかもしれない」という予感があり、強迫観念に急かされている側面もありました。(この予感は、その後本当に当たりました。)
 これと言ったテーマもなく、手あたり次第「読みたい」となった本を借り、後はその本を汽車通学の行き帰りや家で読み耽るのみです。中には『リンカーン演説集』『(エンゲルス)空想から科学へ』『(ファラデー)ロウソクの科学』『(ヘイエルダール)コンティキ号探検記』などという変り種もありましたが、一番多く読んだのは西洋文学です。 

 その中の一冊が『みずうみ』なのでした。今の遅読家の私からすれば、当時の私は立派な速読家です。この小説もアッと言う間に読み終えたと思います。
 さてその読後感は?つい『野菊の墓』と比較しながら読み進めた私には、正直言ってそれほどの感動はなかったように記憶しています。
 むしろ当時読んだ『春の嵐』(ヘルマン・ヘッセ)『狭き門』(アンドレ・ジイド)『桜の園』(チェーホフ)『父と子』(ツルケーネフ)『嵐が丘』(エミリ・ブロンテ)『若きウェルテルの悩み』(ゲーテ)『月と六ペンス』(サマセット・モーム)などの感動の方が圧倒的でした。

 ちなみに今挙げた名作群の中で、それ以後再読したのは『嵐が丘』と『若きウェルテルの悩み』だけです。そんな中、さして感動しなかったはずの『みずうみ』を二十歳の時に再読したのです。
 その証(あかし)として、旺文社文庫の一冊『みずうみ・三色すみれ』が、今も手元に残っています。その大いに変色した裏表紙の左下に、小さな几帳面な字で「一九六九、一二、二十一 読了 大場光太郎」と、赤いボールペンで書き込まれています。  

 「旺文社文庫」自体に郷愁のようなものを感じます。私が高校在学中の昭和40年代初頭頃から相次いで刊行され、「我が青春の文庫」といった趣きがあるからです。
 ご記憶の方もおありかもしれませんが、当時英語の「豆単」でおなじみの受験参考書専門の旺文社が出版し、いずれもモスグリーン色の少し厚手の美麗な表紙で統一され、同じ色の箱ケースに収納されていました。
 かなり処分してしまいしたが、高校時に求めた同文庫版『武蔵野』『ハムレット』『ロビンソン・クルーソー』などは今でも大切に取ってあります。

 ただ『みずうみ・三色すみれ』(石丸静雄訳)は、「昭和44年5月1日 重版発行」とあり当地に来てから求めたものです(定価「120円」)。
 20歳で同書をなぜ再読する気になったのか?それは今思えば、その前に求めた詩集『世界青春詩集』(藤原定編、三笠書房刊)の影響によるものと思われます。同詩集自体と、その中に収められた『ハイランドのメリイ』(ロバート・バーンズ)『アネモネ』(ベン)『林檎の秋』(ヨルゲンセン)などは『名詩・名訳詩』カテゴリーとして既に公開しました。
 レールモントフの『雲』で述べましたように、この詩とシュトルムの『町』が、同詩集の中のお気に入りの二詩なのでした。(いずれ『町』も公開予定でしたが、昨今「著作権法の厳しさ」を実感し躊躇している状態です。翻訳著作権が存続中なのです。)

 詩『町』によってシュトルムを見直す契機となり、『みずうみ』を読み直すことになったものと思われるのです。
 ただその時の読後感はまったく覚えていません。なにせ、山形から当地に来たてのこの頃が私の人生で最もヒドイ時期で、基本的に「こっちは、文学どころじゃネエんだよ」というようなやけっぱちで、ヒッチャカメッチャカ、頭脳的にも混濁状態だったのです。
 むしろそんな間隙をぬって『みずうみ』を読み終えたことが、奇跡的なことだったように思われるのです。

(補足)
 今回40年以上経過して3度目を読むことになったのは、最近の『フォレスタの「湖畔の宿」』で『みずうみ』に触れたからです。「三度目の正直」でようやくまともにこの名作を読むことが出来、新たな感動を得ることができました。近いうちあらためて「読後感を」と考えています。

 (大場光太郎・記)

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