« 年齢という恐るべき共同幻想 | トップページ | 叙情歌とは何か(3) »

叙情歌とは何か(2)

叙情歌の定義

 喜早哲(きそう・てつ)氏は『叙情歌とは?』本論の冒頭で、「叙情歌とは叙情詩にメロディをつけたものを指す」ということが大前提、と述べています。前提となる「抒情詩」とは以下のとおりです。

 抒情詩とは英語の「リリック」(lyric)にあたり、
 「客観的な事件なり人物の描写よりも(これは「叙事詩」)、主観的な感情の詠出に重点を置いた詩をいい、広くはバラード、エレジー、賛歌、ソネット、パストラルなどのこと」(『大百科辞典』)
 「リリック」の語源は、古代ギリシャの竪琴(lyra)から来たといわれています。竪琴を手に、それと合わせて一人で優雅に歌うという意味の古代ギリシャ語のリュリコス(lyrikos)が直接の語源です。

 余談ながら。「古代ギリシャ」「竪琴」で想起されるのは、オルフェウスです。
 オルフェウスはご存知のとおり、ギリシャ神話に登場する吟遊詩人です。オルフェウスはまた、竪琴の名手でもありました。その技は非常に高度で、彼が竪琴を弾くと森の動物たちが集まって耳を傾けたと言われています。自然界の生物たちが耳をそばだてたということは、オルフェウスの竪琴の音色が本物であったことの証明だと思います。
 またオルフェウスの事跡として、亡くなった妻を取り戻すべく冥府に入った「冥府くだり」は有名です。

 人間はおろか自然界の生き物でさえ感動したという竪琴(リラ)の調べ、その妙なる楽の音のように読む者の心の“琴線”に響く詩の言の葉。抒情詩の語源が竪琴だったというのは「なるほどなあ」と思わせられます。

 以上みたような美しい抒情詩にふさわしいメロディがついて、初めて叙情歌になるわけです。
 喜早氏いわく、「誰がみても叙情詩の神髄だ!と思うような美しく高貴な詩でも、つけられたメロディによって、見るも無残にその夢が打ち砕かれてしまうことが往々にしてあるのです」。これは、ご自身が長年プロ歌手として音楽界に身を置いてきた人の実感なのでしょう。

 そこで喜早氏は「私の持論をいわせていただければ」として次のように言うのです。
 「詩全体を読んだとき、また声を出して朗読したときよりも、メロディをつけて歌ったほうが、さらに自分自身も感動し、そして聴く人にも、感動を呼ぶ作品でなければなりません。歌として歌うよりも、詩だけ朗読したほうが効果的でしたら、あえてメロディをつけた意味がありませんし、かえってマイナスになってしまうのです。このへんを間違えている人が意外に多いのは、悲しいことです。ただやみくもにメロディをつければいい、というものではありません。」

西洋における叙情歌の歴史

 西洋における叙情歌の歴史は古く、中世の昔から数多く作られてきました。しかし当時はテレビもラジオもなかったわけですから、唯一の情報伝達手段は、竪琴を手に、ヨーロッパやロシアを歌って旅する吟遊詩人だけだったのです。
 竪琴の伴奏だけで、愛の歌、失恋の歌、宗教歌、収穫の歌、戦いの歌などが、時に美しく、時に悲しくまた激しく歌われていったのです。

 さすがに近世に入ってからは「読み人知らず」だけではなく、ロマン派の詩人たち(シェリー、キーツ、ゲーテ、ハイネなど)による抒情詩に、ベートーベンやシューベルトたちがメロディをつけ、美しい抒情詩がさらに高貴な叙情歌に変身していったのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

関連記事
『叙情歌とは何か(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-60ba.html

|

« 年齢という恐るべき共同幻想 | トップページ | 叙情歌とは何か(3) »

名曲ー所感・所見」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。