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平山三紀「真夏の出来事」

-久しぶりに聴いても熱いものがこみ上げてくる、鮮烈な我が青春ソングの一つ-

  (この歌のYouTube動画は、著作権侵害により削除されました。)
    



 私を含めた“団塊の世代”やその前後の世代の人たちにとっては、何とも懐かしい青春ソングなのではないでしょうか。この歌が発表されたのは昭和46年のこと。歌ったのは当時新人歌手だった平山三紀(現在は「平山みき」と改名)。歌自体の良さに加え、平山の鼻にかかったハスキーな歌声が強烈なインパクトを与えました。
 当初この歌は、デビューしたての平山三紀にとって2枚目となるシングルレコードのB面の曲にすぎなかったようです。しかし発売とともにこの歌がバカ受けし、オリコンヒットチャート5位という大ヒットとなりました。

 今聴いても平山三紀の歌声は十分「個性的だ」と感じられます。ハスキーボイスで、小悪魔的でちょっぴりプレイガール風な歌い方で…。その上、この歌の動画である人は次のようにコメントしています。

間違いない、名曲です。こんなエロイ歌声が通用していた時代って­一体・・・。昭和って最高な時代でした、ってことを再確認しまし­た。(引用終わり)

 なるほど「エロイ」ねぇ。言われてみれば確かに。今日“セクシーさ”は人にとって重要なアピール要素です。だから「エロイ」は立派なホメ言葉、これ以上ない賛辞なのかもしれません。

 冒頭掲げたシングルレコードジャケットでも分かるとおり、平山三紀はなかなかの美形でした。私などは当時、この歌のヒロインとして、歌った平山自身をイメージしながら聴いたものです。
 余談ながら。その大人びた雰囲気から、平山三紀は(当時22歳だった)私などより年上なのだろうと思っていました。しかし今回調べたところ、彼女は私と同じ1949年(東京都大田区)生まれ。中勘助『銀の匙』の言葉を援用させてもらえば、しかも彼女は私より「年弱(としよわ)」(何ヶ月か遅い)の8月生まれだったのです。

 「♪彼の車に乗って~」と、軽快なアップテンポの歌い出し。何とも心にくい出だしです。「筒美京平は偉大でしたね」というコメントがありましたが、本当にこの歌のメロディは素晴らしい !
 いわゆる彼と彼女の夜のドライブ。ならば行き先は、(当時お決まりのドライブコースになりかけていた)湘南の海かと思いきや。何と、着いた先は「さいはての町」。
 結末の伏線のように、「悲しい出来事が 起こらないように 祈りの気持ちをこめて ……」。

 一つ一つのフレーズが、歯切れ良いセンテンスで。橋本淳によるこの歌の歌詞、コクのある一編の短編小説のようです。

 歌のタイトルの『真夏の出来事』。この歌が発表された(今から40年余前の)昭和40年代半ばは、高度経済成長が離陸し、さらに上昇すべく唸りを上げていた時代でした。ОNを擁する巨人軍がV9目指して驀進中だったことが端的に示すように、良くも悪しくも、世の中全体にエネルギーと活気が満ち溢れていました。
 戦後日本を“四季のサイクル”になぞらえるとするなら、昭和40年代半ばこそは、戦後日本にとっての「真夏の時代」だったように思われるのです。

 「世は歌につれ、歌は世につれ」と言われるけれど。この歌のタイトルも歌詞の内容も、何と予言的な歌だったのだろうか。当時誰もが輝かしい「湘南の海」を目指していたはずなのに、今日たどり着いてみれば実は冷たい「さいはての海」だった…。

 この歌は今のJポップの先駆けのようでもあります。今リバイバルで誰かが歌ったとしても、あまり違和感なく若者たちに受け入れられるのではないでしょうか。ただ平山三紀の個性的な歌い方だけは、誰にも真似できないことでしょうが。
 確かにこの歌は、戦後昭和の「隠れた名曲」といってよさそうです。

 (大場光太郎・記)

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