秋の字に永久に棲む火
三橋 敏雄
秋の字に永久(とわ)に棲む火やきのこぐも
…… * …… * …… * …… * …… * ……
三橋敏雄(みつはし・としお) 大正9年、八王子市生まれ。実践商業学校卒。昭和10年、当時の新興俳句運動に共鳴して作句開始。渡辺白泉、西東三鬼に師事し、当初より無季俳句を推進。「風」を経て「京大俳句」に参加、弾圧に遭う。戦後「断崖」「天狼」「面」「俳句評論」同人。42年第14回現代俳句協会賞、平成元年飯田蛇笏賞受賞。『三橋敏雄全句集』(平成3年刊)がある。平成13年12月1日没。 (講談社学術文庫、平井照敏編『現代の俳句』など)
《私の鑑賞ノート》
つい最近、余った時間に『角川版-季語・用語必携』をパラパラめくって拾い読みしていました。この本の両端に先人たちの秀句が載っています。それらを見るともなしに見ていて、ハッとなった句がこの句です。
「秋の字に永久に棲む火や」。意表を衝いた表現です。というより、初めは何を意味しているのかピンと来ないほどでした。
二、三度たどってみて、なるほど「秋」という字の右は紛れもなく「火」であるわけです。私たちが秋という漢字を使い続けるかぎり、火もついて回ります。
しかし、今の今まで気がつかなかったなぁ。
意外な盲点というべきかもしれません。秋といえば「秋色」「秋思」など、物思うロマンチックな連想が働き、「秋の字にある火」などつい見逃しがちです。
それにしても。炎帝(夏の季語)が領する燃えるような夏には火がなく、なぜ秋にはあるのか。春夏秋冬などの漢字を生み出したのは古代中国です。漢字は表意文字ですから、ほとんどの漢字には深い謂れがあるものです。だから「秋に永久に棲む火」にも、しかるべき根拠があったのでしょうが…。
そして結句の「きのこぐも」。
その時私の頭はよほどボンヤリしていたようです。『きのこぐもって何だっけ?』と思ってしまったのです。秋の雲としてはうろこ雲、すじ雲くらいは知っていたけれど、「きのこぐも」なんてあったか?あまり聞かない雲の名だぞ。
私の関心はすぐに別のところに向かい、ほどなくこの句からもこの本からも離れました。しかし妙にひっかかる句ではあったようです。
次の日の昼頃、ある所で広く開けた南の空を眺めていました。晴れてはいても雲が多く、うろこ雲くずれのような雲がいっぱい広がっています。とっさに「きのこぐも」のことが思い浮かび、『あっ、そうだった !』と、ようやく思い出したのです。
きのこぐもとは、「原子爆弾による雲」のことではないですか。もちろんそれを思い出したからには、広島原爆の際のあのきのこ雲も、現前にしている南空の雲に重なるように、まざまざとイメージとして脳裏に蘇えってきました。
広島原爆の原子雲。米軍機が投下から約1時間後、広島南方の倉橋島上空付近から撮影したと推定される(1945年08月06日)【時事通信社】
「きのこぐも」が分かったことによって、「秋の字に永久に棲む火や」で三橋敏雄が言わんとしているものも何となく分かってきました。この火は原子爆弾の暗喩なのではないでしょうか。昨年6月の『「プロメテウスの火」と原子力』でみたとおり、「原子爆弾は火」に違いないのですから。
広島への原爆投下は昭和20年8月6日、暦の上でのちょうど立秋にあたります。また続く長崎への投下は同年8月9日。両方とも暦の上の初秋の候にあたり、「広島原爆忌」「長崎原爆忌」はいずれも秋の季語なのです。
広島、長崎への原爆投下は、原子爆弾の人類初の使用となりました。原爆がいかに恐ろしい破壊力を有するものか。広島、長崎の町が広範囲に壊滅し、一瞬にして数万人もの人が亡くなるほどの凄まじさです。その後、白血病などの後遺症に苦しみながら亡くなった人も数知れません。
原子爆弾、核兵器こそは、人類が作り出した究極の「業(ごう)兵器」です。「秋の字に永久に棲む火」のように、「ヒロシマ、ナガサキ」は人類最大の業行為の行われた地として永遠に残り続けることでしょう。
「きのこぐも」の忌まわしい姿を忘れ去り風化させてはいけない、とこの句をとおして三橋敏雄は訴えているようです。
(大場光太郎・記)
【補記】-2017年8月7日
秋の深まりとともに、例えば木々が紅葉したりします。木が燃えているようなさまから、(秋の字の左は「のぎへん」)右に「火」を加えて「秋」としたのかもしれません。
関連記事
『「プロメテウスの火」と原子力』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-4ba2.html
| 固定リンク
「名句鑑賞」カテゴリの記事
- 雪の原の犬(2013.02.09)
- 街灯は何のためにある?(2012.10.27)
- 秋の字に永久に棲む火(2012.08.18)
- ものの種(2012.03.25)
- 寒や母(2012.02.18)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
本記事は2018年8月18日公開でしたが、今回トップ面に再掲載します。なお今回、本文中に「きのこ雲」画像を挿入しました。
投稿: 時遊人 | 2017年8月 8日 (火) 04時08分