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あれっ、蝉の死骸が・・・

 -今回述べようとするテーマについて、とうの昔に触れていた人たちがいた-

 寒い春だったことにより、案の定今年もまた初蝉の声が例年よりだいぶ遅くなりました。蝉は、脱皮して成虫になる時期を春先からの「積算温度」で決めているらしいことを、昨年の『蝉鳴きました !』や今月初旬の『早や8月になりにけり』で述べました。

 残暑厳しい折りから、一たん鳴き出すやいなや、いつもと変わらぬ「ミンミン」「ジージー」の大合唱です。夜が白みかける早朝4時過ぎには、朝告鳥よりも先に、いずこからともなくミンミン蝉の声が聞こえてきたりします。日中は言うまでもないこと、ちょっとの木立でもあれば耳をつんざくようなけたたましい蝉声です。
 さらに真夜中でも遠くの木立の方から、ジージーとアブラ蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえてきたりします。「夜蝉(よぜみ)」です。いかに厳しい「代ゼミ(よぜみ)」とて、いくら何でもそんな夜更けまで受験生をしごきはするまいに…。

 冗談はさておきー。“生類憐れみ”の想いが人一倍強い私(?)は、今年三度ほど蝉の死骸を、近くの遊歩道隅っこの草むらの中に移し変えてやりました。
 『早や8月になりにけり』で触れた蝉の死骸がきっかけでした。その後二度ほど、やはり当居住ビル付近で蝉の死骸を発見したのです。蝉の死に方とはすべてそうしたものなのか、どれもアブラ蝉でしたが、そのいずれもが仰向けになって死んでいたのです。やはりその姿が、成虫化してからわずか1週間くらいの儚い蝉の大往生の姿なのでしょうか。

 いずれもコンクリート床面やアスファルト路面で見かけたものです。自然から生まれた蝉の死に場所として、本来はふさわしい場所ではないはずです。
 それで私は、くだんの蝉の死骸をそっと持ち上げて、近くの遊歩道の人目につかない安全そうな草地の蔭に、「ごくろうさま」と小声で言って、同じく仰向けの姿勢にそっと置いてくるのです。

 そういうことを二度、三度と繰り返すうち、奇妙なことに気がつきました。二匹目を手の中にくるんでその場所に行った時でした。その蝉の死骸を置く前に、『前の蝉はきちんと置かれているか?』と思って、その辺を探ってみました。
 すると、あれれれっ、前の蝉の死骸がどこにも見当たらない !?
 三匹目の時も、二匹目が。そして『三匹目のは?』と気になって見に行くと、三匹目もやはり同じこと。
 三匹が三匹とも、死骸がいつの間にか消えてしまっていた !

 これにはいささか考え込んでしまいました。これを現実的に考えてみるとー。
 すぐ近くには、「Sハイツ」という団地タイプの住宅群が十何棟か立ち並んでいます。同ハイツ内には、当然子供たちも大勢いるはずです。その遊歩道には何本かの大きな桜の木があり、日中“現役の蝉”がガンガン鳴いています。

 ちょうど夏休みなのですから、虫採りアミと虫カゴを持った子供たちが、木の上の蝉を捕まえようとやってきた。しかし現役の蝉はすばしっこくて、なかなか捕まえられない。するうち誰かが、隅っこの草の中にくだんの蝉の死骸を見つけた。
 そこで死骸でも何でも「セミはセミだい」とばかりに、それを虫カゴに放り込んで帰っていった…。

 しかし二度も三度もそんなことをするものでしょうか?
 いや実際そうしたのかもしれません。しかし「オカルト好き」の私は、まったく別の可能性についても考えが及んだのです。

 これは、今から20年以上前、江本勝(えもと・まさる)という人の本の中にあった内容です。江本氏は「水の波動の研究家」として世界的に知られた人物ですが、同氏の研究は水の波動から発展して、この現象世界を超えた目に見えない潜象世界(つまりあの世)への考察にまで及んでいます。
 その結果江本氏は、その本の中で、先人の『カラスの死骸はなぜ見つからないか』を例に引き、カラスのみならずネズミでもゴキブリでも大量に死んでいるはずなのに、それにしては死骸がなかなか見つからない、と述べています。

 なぜなのか?その裏づけの一つとして江本勝氏は、大本(教)の出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)が語ったという次の話を紹介しています。(何せ、だいぶ前に読んだ記憶ですから、一言一句このとおりということではありませんが、大筋では違っていないはずです。)
 
 「動物や昆虫はなあ、人間のように邪(よこし)まな考えは持たず、悪い事も何一つせえへんやろ。自然の摂理に従って、素直に生きているだけなんや。だが死んでしまうと、誰も葬ってくれるもんがおらんやろ。そこで神さん(神様)が憐れんで、死骸を解(ほど)いてあの世に連れてってくださるんや。犬や猫など人に飼われているのはまた別や。死んでも飼い主がちゃんと面倒見てくれるさかい、安心して死骸を置いていくんや。」

 その昔、修験道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)とその一統は、奥吉野の急峻な山嶽でそれ以上ない凄まじい修行をしました。その結果、役行者と何人かの弟子たちは「屍解仙」(しげせん)となって、身体ごとあちらの世界に持っていくことに成功したのです。
 屍解仙とは、今の言葉で言えば「アセンション」ということです。しかし出口聖師の言うことが事実なら、今世界中の多くの人たちの大関心事であるアセンションを、動物や昆虫たちはいとも簡単に達成していることになるわけです。

 くだんの蝉たちも「神様のお計らい」によって、いつの間にかスーッとあちらの世界に丸ごと移行していったのでしょうか。それともただ単に、近所の子供たちがそのつど持ち去っただけなのでしょうか。
 皆様はいかがお考えになりますでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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