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『遠野物語』第22話-「有り得ざる怪異譚」

 -死者がこの世に出てくるのはいい。しかし物を動かしたりしてはいけないのに…-

 2009年8月13日の『寒戸の婆』以来、柳田國男の『遠野物語』を何度か取り上げました。昨年10月には『鎮魂の物語の成立』で、民俗学者で東日本大震災復興会議のメンバーでもある赤坂憲雄の含蓄に富む一文も紹介しました。
 同文のメーンは、大震災の被災地となった「田の浜」を舞台とした第99話なのでした。この話は、先年妻を大津波で亡くした福二という漁師が、ある晩浜の方から男とともに歩いてくる亡き妻と遭遇した怪異譚なのでした。(連れの男は以前海の遭難で亡くなった、妻のかつての想い人。)

 今回取り上げるのは、数多くある『遠野物語』の説話の中でも、「寒戸の婆」の第8話などとともに、私が取り分け好きな説話の一つである「第22話」です。この話もまた怪異譚です。まずはその原文を以下に掲載します。

二二 佐々木氏の曾祖母年よりて死去せし時、棺に取り納め親族集まりてきてその夜は一同座敷にて寝たり。死者の娘にて乱心のため離縁せられたる婦人もまたその中にありき。喪の間は火の気を絶やすことを忌むがところの風(ふう)なれば、祖母と母との二人のみは、大なる囲炉裏の両側に座り、母人(ははびと)は旁(かたわら)に炭籠を置き、おりおり炭を継ぎてありしに、ふと裏口より足音してくる者あるを見れば、亡くなりし老女なり。平生腰かがみて衣物(きもの)の裾を引きずるを、三角に取り上げて前に縫いつけてありしが、まざまざとその通りにて、縞目にも見覚えあり。あなやと思う間もなく、二人の女の座れる炉の脇を通り行くとて、裾にて炭取(すみとり)にさわりしに、丸き炭取なればくるくるとまわりたり。母人は気丈の人なれば振り返りあとを見送りたれば、親縁の人々の打ち臥したる座敷の方へ近より行くと思うほどに、かの狂女のけたたましき声にて、おばあさんが来たと叫びたり。その余の人々はこの声に睡(ねむり)を覚ましただ打ち驚くばかりなりしといえり。
 
○マーテルリンクの『侵入者』を想い起こさしむ。 (岩波文庫『遠野物語・山の人生』より)

 冒頭「佐々木氏」とあるのは、岩手県遠野郷出身の民話収集家・研究家の佐々木喜善(佐々木鏡石)のことです。柳田國男は、佐々木喜善から遠野地方に伝わる伝承、民話、説話を聞き書きしたことにより、名著『遠野物語』が生まれたのです。

 この話は、佐々木喜善自身がその晩実際その家にいた一人だったのか、あるいは佐々木が生まれる前の話だったのか。いずれにせよ、第99話もそうでしたがずっと以前の昔話ではなく、この名著が上梓された明治43年(1910年)に近接した頃の話で、登場人物の多くは実在した人物です。そこが他の民話、伝承とは違う『遠野物語』の持つ実話的リアリティです。
 死者の娘で乱心のため実家に帰されていた狂女が、この話の怪異効果を高めるのに一役かっています。

 『遠野物語』が発刊された当初、泉鏡花や芥川龍之介といった才能溢れる気鋭の作家が高い評価を寄せたことは『「遠野物語」発刊100周年』で触れました。まだ我が国で「民俗学」という分野が確立されていなかった当時ですから、泉鏡花も芥川も文学作品として高く評価したのです。(注 この『遠野物語』によって日本民俗学がスタートした。)

 ずっと後年(戦後)のことになりますが、三島由紀夫がこの第22話を激賞しています。三島の場合も文学的側面としての評価でしょうが、戦前の日本浪漫派から出発した耽美主義的な三島が「土俗的なこの話をなぜ?」と思ってしまいます。
 ただ三島自身の20代の代表作の一つに、『近代能楽集』という未だに海外で高い評価を得ている作品があります。「能」は死者と生者の交流が大きなテーマです。この作品の中の『卒塔婆小町(そとばこまち)』では、現代に巧みに設定を変えながら、99歳の老いさらばえた小野小町を登場させています。

 そんな三島が(三島一流の逆説で)「この話はいけません」というのです。どこがいけないのでしょうか?
 「死んだはずの老女が出てくるのはまあいい」、許容範囲である。しかし「裾にて炭取にさわりしに、丸き炭取なればくるくるとまわりたり」という、「ここがいけない」というのです。
 確かに幽霊となってこの世に現れることはままあることです。しかしいくら何でも、死者は不文律的に、生者たちの物質を動かしたりしてはいけないのです。
 もしそうでなければ、この世とあの世の截然(せつぜん)と区分された秩序が根底から揺らぐことになるではありませんか。

 しかし、およそ有り得ざる怪異が当然のように語られるのが『遠野物語』の大きな魅力の一つです。この話でも、亡くなった老女は顕界、幽界の秩序など何のその、そんな結界などいとも簡単に踏み破り、親族たちへの何のメッセージなのか炭取をくるくる回し、平然と去って行ってしまうのです。

 (大場光太郎・記)

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