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『遠野物語』第27話-若き女から託された手紙

 -池の端先代主人に手紙を託し、受け取った二人の「若き女の正体」とは?-

 先日の『「遠野物語」第22話-有り得ざる怪異譚』に、お二人の方が期せずして「遠野物語 27話」という検索フレーズでアクセスしてこられました。興味を覚えた私は、早速『遠野物語』のその話を開いて読んでみました。

 第27話。あゝこの説話なら私もよく知っています。第8話、第22話などとともに、この話の冒頭の「二七」の数字を丸で囲み、その上しっかりと赤く塗りつぶしてします。これは『遠野物語』全説話中でも、特に「お気に入りの説話である」という私なりの印(しるし)なのです。
 これもなかなか面白い説話です。それで今回一記事設けることにしました。例によってまず、第27話原文、少し長めですが以下に転載します。

二七 早池峯(はやちね)より出(い)でて東北の方宮古の海に流れ入る川を閉伊川(へいがわ)という。その流域はすなわち下閉伊郡なり。遠野の町の中にて今は池の端(いけのはた)という家の先代の主人、宮古に行きての帰るさ、この川の原台の淵(はらだいのふち)というあたりを通りしに、若き女ありて一枚の手紙を託す。遠野の町の後なる物見山の中腹にある沼に行き、手を叩けば宛名(あてな)の人いて来(く)べしとなり。この人請け合いはしたれども路々(みちみち)心に掛りてとつおいつせしに、一人の六部(ろくぶ)に行き逢えり。この手紙を開きよみて曰(いわ)く、これを持ち行かば汝(なんじ)の身に大なる災(わざわい)あるべし。書き換えて取らすべしとて更に別の手紙を与えたり。これを持ちて沼に行き教えのごとく手を叩きしに、果して若き女いでて手紙を受け取り、その礼なりとてきわめて小さな石臼(しいうす)をくれたり。米を一粒入れて回せば下より黄金出ず。この宝物の力にてその家やや富有になりしに、妻なる者慾(よく)深くして一度にたくさんの米をつかみ入れしかば、石臼はしきりに自ら回りて、ついには朝ごとに主人がこの石臼に供えたりし水の、小さき窪(くぼ)みの中に溜(たま)りてありし中へ滑り入りて見えずなりたり。その水溜りはのちに小さき池となりて、今も家の旁(かたわら)にあり。家の名を池の端というもその為(ため)なりという。
 ○この話に似たる物語西洋にもあり。偶合にや。  (引用終わり)(岩波文庫『遠野物語・山の人生』より)

 99話の「福二の亡妻との遭遇」や22話の「亡くなりし老女の有り得ざる出現」などと趣きは少し違いますが、この話もやはり「怪異譚」に分類していいのでしょう。そんなことを言えば、『遠野物語』のほとんどすべての説話は何がしかの怪異性を帯びているものですが…。

 私がこの物語の岩波文庫版を読んだのは30代後半の頃ですが、この説話の余白に次のような書き込みをしています。
 「岩波文庫『日本の昔話(Ⅱ)』中の「沼の主のつかい」は岩手県江刺郡の話だが、良く似ている。若き女とは「原台の主」の化身か?」
 今手元に『日本の昔話(Ⅱ)』が見つからないのが残念ですが、そういえば『沼の主のつかい』の話ボンヤリと覚えています。「沼の主」の正体は確か大蛇だったのではないでしょうか。水神系としての蛇や龍は、日本のみならず中国など世界各地に広く見られる伝承です。

 この説話には二人の「若き女」が登場します。一人目が池の端の先代の主人に手紙を託した「原台の淵の若き女」、そして二人目は同人からその手紙を受け取った「物見山の中腹の沼の若き女」。
 この二人の女は、距離は離れていても、以心伝心的に通じ合っていると見るべきです。「手を叩けば」宛名の人現れんというのは、いかにも呪術的です。そしてこの女たちは、二人目の女がお礼にと言って黄金を生む小さな石臼をくれたように、以前の私が書き記したとおり「淵や沼の主の化身」のようなただならぬ霊力の持ち主です。

 二人の若き女の間に割って入った形の存在が「六部」です。六部は『ウィキペディア』では次のように説明されています。

 「六部とは、六十六部の略で、六十六回写経した法華経を持って六十六箇所の霊場をめぐり、一部ずつ奉納して回る巡礼僧のこと。六部ではなく修験者や托鉢僧、あるいは単なる旅人とされている場合もある。」

 この説話での六部は、先の原台の淵の若き女の「手紙を受け取り次第、男は食べておしまい」というような邪悪な意図を見抜き、その先代主人の災いを「幸変え(さちがえ)」するほどの法力のある巡礼僧ということになりそうです。

 「石臼からもっと黄金を出そう」とした欲深妻は、昔話の花咲か爺さん、こぶとり爺さんなどに登場する性悪爺さんと同工異曲であるように思われます。
 以上見たとおり、この説話はこれまで紹介した各説話と違って実話そのままではなく、昔話的な要素が多分に加味されていそうです。長い歳月の伝承によって練り上げられ、話としてもしっかりしたストーリー性が感じられます。

【追記】
 『遠野物語』関連記事、決して多くはありませんが、嬉しいことにコンスタントにアクセスがあります。同物語では「座敷わらし」「オシラサマ」「馬に恋した美女」「河童」などは“定番”ですが、まだ取り上げていません。
 そこで今回『遠野物語・昔話・民話』カテゴリーを新たに設け、同物語を中心としたテーマを今後とも取り上げていくことにしました。このカテゴリーを機縁として、『遠野物語』や民俗学に興味を持たれる方が少しでも増えていただければ幸いです。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『遠野物語・昔話・民話』カテゴリー
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