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続・日本の歌百選

 -結論として、「古き良き正統叙情歌」の守り手としてのフォレスタに期待する-

 当ブログの『名曲-所感、所見』『フォレスタコーラス』カテゴリーで過去に取り上げた歌の中で、『仰げば尊し』『蛍の光』『早春賦』『朧月夜』『浜千鳥』『雨降りお月さん』『どこかで春が』『花の街』『夏は来ぬ』などが「日本の歌百選」に選定されていることは嬉しいことです。

 ただ「日本の歌百選」は101曲限定であるため、残念ながら選に漏れた名曲も多くあります。例えば、フォレスタコーラス曲で取り上げた『かなりや』や『花かげ』や『四季の雨』は、できれば選定してほしかったと思います。
 個人的見解ながら。喜納昌吉の『花』もいい歌には違いないけれど、同じ“花の歌”なら『花かげ』の方がレベルは上でしょ。また『四季の歌』は私も好きな歌なんだけど、同じ“四季の歌”ならやはり『四季の雨』の方がレベルは上でしょ。
 「レベルが上」とは、歌詞・メロディとも優れているということです。

 これは私のブログですから、何でもかでも私に引きつけた話をしてしまいます。
 「日本の歌百選」の中で私が一番嬉しいのは、『ないしょ話』(作詞:結城よしを、作曲:山口保治)が選定されていることです。
 昨年からの読者の方は既にご存知かと思いますが、『ないしょ話』を作詞した結城よしをは、私の郷里町の山形県東置賜郡宮内町(現・南陽市宮内)の出身なのです。近年、JR宮内町駅頭に立派な「ないしょ話の碑」が建てられました。

 「神様が、わたしにいいことを教えてくれた。-それは童謡」
と書き残した結城よしをは驚くべき早熟の才能を発揮し、10代にして多くの童謡を作りました。代表作となった『ないしょ話』は19歳の時の作品です。
 ただ惜しむらくは。戦時中応召され、戦地で病を得、九州の小倉陸軍病院で24歳という短い生涯を閉じたのでした。

 『童謡「ないしょ話」秘話』では、あるご親族の方の私へのメールによって結城よしをを初めて知ったこと、(その方の了承を得て)同メールの当該部分、彼のもう少し詳しい事績などを紹介しています。
 後に同記事に童謡歌手の「坂入姉妹」さんがコメントされ、その内容を中心に『坂入姉妹と童謡「ないしょ話」』として公開しました。

 郷里町が出たついでに申せばー。
 「日本の歌百選」に選定された、『朧月夜』『春が来た』『春の小川』『故郷』の作詞・作曲コンビである高野辰之、岡野貞一は、私が通った宮内小学校の校歌の作詞者、作曲者でもあります。そのせいでは決してありませんが、この4曲はいずれも大好きな歌です。

 さらに続けさせていただきますがー。
 私の現在住地である厚木市にはかつて、『夕焼小焼』の作詞者の中村雨虹(なかむら・うこう)が住んでいました。戦前から同市内の女子高(現・厚木東高校)の教師として奉職し、昭和47年同市で75歳で亡くなったのです。
 『厚木市と♪夕焼け小焼け♪』シリーズで紹介しましたが、厚木市の防災無線スピーカーによる夕刻を知らせるメロディは、当然のことながら『夕焼け小焼け』です。同シリーズでは、この歌にまつわる関東大震災直後の感動秘話にも触れましたが、『フォレスタの「夕焼け小焼け」』公開の時にあらためてご紹介したいと思います。

 「私に引きつけた話」が終わったところで、そろそろ「まとめ」に入りたいと思います(笑)。

 繰り返しますが、「日本の歌百選」を選定することは大いに意義のあることです。しかしいくらこのような選定をしても、知らない人は知らないのです。現に人一倍「古い歌好き」の私でさえ、この試みをたまたま知ったのは今年の夏なのですから。
 その意味で、「日本の歌百選」の浸透力は少し弱いのではないでしょうか?
 
 幸いこの百選の(うち、昔懐かしい歌の)大部分をフォレスタコーラスがカバーしてくれています。当ブログアクセスの推移からも、フォレスタファンが増えつつあることが実感されます。
 学校でしっかり教えてくれない以上、それらの歌を生の歌声で直接届けてくれるグループの存在が不可欠なのです。昔はその役割をダーク・ダックスなどが果していましたが、今はフォレスタコーラスとなるわけです。

 ただこれにも難点があります。いえ、難点というのは、届け手のフォレスタコーラスにあるのではなく、受け手側にあるのです。
 一例として。時折りフォレスタコーラスの生のステージでの動画を聴いて、いつも感じることがあります。ステージを離れて、会場の観客席が映し出されることがあります。コンサート会場にいらした人たちをけなすつもりは毛頭ありませんが、全員がオールドボーイ、オールドガールばかりなのです。若くて50代でしょう。

 フォレスタが歌ってくれているのは、どちらかというと昔の「正統な叙情歌」です。つまりこういう歌を聴きにこられるのは、それなりの年配世代だけ。10代、20代、30代は、AKB48や「何とか」というニューミュージック系グループに熱狂し、フォレスタコーラスなど見向きもしないのです。 
 「古き良き正統な叙情歌」の20年後、30年後が心配です。歌の世代間断絶とともに、愛すべきこれらの歌が消えてしまいやしないか?

 何かのフォレスタ曲動画へのどなたかのコメントのように、フォレスタが紅白歌合戦にでも出場すれば、世の中の雰囲気はガラッと変わるのでしょうが…。
 結論が出ました ! 超ド派手衣装の小林幸子ですら、事務所問題がこじれて出場に危険信号が灯っているくらいですから、今年はとても無理としても。「フォレスタの来年以降の紅白出場」を目指して、全国のフォレスタファンの皆さん、今後もっともっと後押ししていこうではありませんか !!  -  完  - 

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『ウィキペディア』-「日本の歌百選」の項(作詞者・作曲者付きの選定曲一覧表があります。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%AD%8C%E7%99%BE%E9%81%B8
関連記事
『名曲-所感、所見』カテゴリー
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat30301552/index.html
『フォレスタコーラス』カテゴリー
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat49069329/index.html
『童謡「ないしょ話」秘話』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-0d40.html
『坂入姉妹と童謡「ないしょ話」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-74c6.html

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名曲ー所感・所見」カテゴリの記事

コメント

『ないしょ話の碑』は、最近頻繁に訪れては戦中に犠牲になられた作者の生い立ちを思い起こさせられております。
 ただ、ただひとつ、せっかく隣町の長沼孝三彫塑館に『ないしょ』というテーマの母子像が展示されているのに、駅前と熊野大社境内の歌碑とつながっていないのが尋常でない悩み(小生の?)なのです。

投稿: hanasaka.jこと山本・Y | 2012年9月17日 (月) 10時31分

 hanasaka.jこと山本・Y様は、ひょっとして宮内町の人でえやったがっす?
 だとしたら、この記事にもっともぴったりの人からコメントをいただいたことになり、大変嬉しく思います。
 お恥ずかしいことですが、私が結城よしをを知ったのは去年のことです。滅多に帰省しない私は、駅頭の碑もまだ見ていません。まして熊野大社にもあったとは今まで知りませんでした。
 (この世に「もし」はありませんが)もし結城よしをが戦後も長く生きていたとするなら、どれほどの名童謡の歌詞が生まれていたことか。本当に夭折が惜しまれます。
 「長沼孝三彫塑館」、こちらも知らなくてネットで調べてみましたが長井市にあるんですね。ブログで何度も触れたとおり、私は長井高校出身なもので懐かしくなりました。折りがあったら是非訪館してみたいと思います。

投稿: 時遊人 | 2012年9月17日 (月) 14時27分

はやっ! 午後から、山形市内に所要でお使いに行って帰ったら、もうご丁寧なリプライ・コメントが頂けたんですね。
仰せの通り貴殿と同じ(長井線のデゴイチにて)受験、就職へ向かった置賜の3男坊です。 但し、デドゴは荒砥高ダッシー。

 さて、本題ですが、偉大な作詞家結城よしを先生について、検索さして頂いている最中に、歌謡評論家でもあられる貴ブログに到達いたし、坂入姉妹も参入されたことや、貴殿のフォレスタ興し活動などを知り得ました。 そして、今南陽市の有志の方々が立ち上げられました『ないしょ話童謡祭実行委員会』の諸活動が山形県内全域で有名になっている折、小生も長井高や長井小にも彫像が設置されている丸大扇屋の三男坊を探求したいと存じ、展示館に通ったところです。

多分長沼先生は結城よしを氏を、同じ置賜人として、尊敬されてかの作品を制作されたと信じています。 著作権者のご遺族は、東京のどこかにおられるとか。 レプリカでも作成されて、宮内の歌碑に併設されたら如何なものでしょうか?。。。と切歯扼腕中でございます。

投稿: hanasaka.jこと山本・Y | 2012年9月17日 (月) 19時33分

hanasaka.jこと山本・Y様
 またまたのコメントありがとうございます。
 そうですか、山形市に行ってこられましたか。私が住んでいた昭和40年初め頃は「山形市行き」は少し大変でしたが、今は赤湯で新幹線に乗り換えればアッという間ですね。
 長井線、懐かしいです。長井の手前に何という名だったか、鉄橋が架かった大きな川がありますね。川幅が広く、川の豊かな四季折々の自然の移り変わりを眺めながら3年間通いました。
 「歌謡評論家」と過分なるお褒めをいただき、恐縮に存じます。私は単に「古き良き歌の横好き」にすぎませんが、フォレスタ記事などをお読みいただき、さらに多くの「童謡・唱歌・歌謡曲ファン」「フォレスタファン」が増えてくれれば、大変嬉しく思います。
 結城よしを先生と『ないしょ話』を広めるために、南陽市の有志の方々が大変なご努力をされているのですね。遠い関東に住んでおりますと、つい郷里の情報に疎くなります。折角「日本の歌百選」にも選定されたことですし、『ないしょ話』、地元のみならず広く全国的に末永く歌い継いでいかれますよう祈念致します。
 大変ありがとうございました。

投稿: 時遊人 | 2012年9月17日 (月) 20時31分

ブジョウホウーダゲンドモ ヱガンべガッシ。
最後にひとつだけ。 ないしょ話童謡祭 でご検索くださいませ。 地方紙新聞記事の切り取りをFAXしたかったのですが。。。   それから、松川です。 現在は最上川で統一されておりまして、こちらの、川底が30kmにわたり、幅6m以上、深さ1.8m以上舟運のため、掘削された跡が、遺産として、つい3年前に、学会でも発表されたところです。 (小生も高卒まで、そこの岩盤でもぐって泳いでいた場所がそうでした) いじょうです。 もうすこしで酷暑から開放されますね。ご自愛のほどを。

投稿: hanasaka.jこと山本・Y | 2012年9月18日 (火) 10時40分

 ブジョウホウーナンテネェー、エッコサスケネェナダッス。
 たびたび貴重な情報をお教えいただき、ありがとうございます。
 「ないしょ話童謡祭」。これから横浜に行かないといけませんので、夕方帰ってからネット検索してみます。
 そうでしたか「松川」でしたか。関連情報もありがとうございました。宮内駅から南長井駅まで、松川をはじめとした田園風景の連なり、本当に懐かしいです。
 数年前亡母の下荻の寺での法事の際、夕方宮内町内を車で回ってみました。5月下旬の晴れた夕べなのに、通りに人がほとんどいないのです。私の子供の頃はもう少し活気があったものですが…。
 山本・Y様は宮内かどうか分かりませんが、「hanasaka.j」の本領発揮で(お年はわかりませんが)「花咲爺さん」として今後とも置賜の活性化にご尽力くださいませ。
 また折りに触れて、郷里の貴重な情報をご提供ください。

投稿: 時遊人 | 2012年9月18日 (火) 11時19分

お邪魔いたします。私、秋田24歳の若輩者で、毎週月曜9時はBS日テレを見ております。フォレスタを調べておりましたら、たどり着きました次第です。

紅白より来年の『思い出のメロディー』がチャンスですよ。

今年、『雪山讃歌』をデュークが歌ってました。ダークが解散したので、ダークの持ち歌を歌える人は手薄になってるようです。しかも、思い出のメロディーは紅白と違って毎年はがきリクエストありますから。そこで、フォレスタを書けば可能性ありますよ。

『雪山讃歌』は今年やったので、『北上夜曲』あたりなら来年取り上げてくれるかもしれません。

投稿: greentsuna | 2012年11月24日 (土) 04時29分

 コメントありがとうございます。
 えっ、秋田県にお住まいの24歳の人 ! いるんすねぇ、そんな若い方でもフォレスタファンが。思わず嬉しくなってしまいます。『こころの歌』をじっくり観られるのはもとより、ご存知かと思いますが、ユーチューブ動画にも過去のフォレスタの歌が大量にあります。それらもしっかりお聴きになり、数々の「正統叙情歌」を体に染み込ませていただきたいと思います。若い人たちがそれをおやりなれば、古き良き歌は確実に次世代に受け継がれていきます。
 NHKの『思い出のメロディ』は、夏の番組でしたね。最終的に目指すのは『紅白』としても、その前のステップとしてはいいかもしれませんね。

投稿: 時遊人 | 2012年11月24日 (土) 11時00分

初めてメールいたします。間々田と申します。
私は岡野貞一氏(ふるさとの作曲者)が作曲した校歌について調べております。続・日本の歌百選2012/9の中でご出身の山形県南陽市宮内小学校校歌が高野辰之氏作詞岡野貞一作曲と知りました。
校歌策定の時期、また、旧校名をお教えいただければ幸いです。

ちなみに両氏の作による校歌は次の通りです。○は現役

○秋田県立鷹巣農林学校 ○千葉県立千葉高等女学校 埼玉県立秩父高等女学校 東京市蒲田区北蒲尋常小学校 富山県高岡高等女学校 ○長野県下高井農林学校 樺太公立樫保第一尋常高等小学校 台北第二師範学校

投稿: 間々田和彦 | 2013年11月17日 (日) 11時41分

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