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「昭和天皇の戦争責任」-読者とのやりとり

 -「昭和天皇の戦争責任」とは言え現国民一人一人が考えるべき問題である-

 きょうは特別更新すべき題材が見つからず、かと言って何か記事にしたくあれこれ考えていたところ、直近の「愛国者」様からの『昭和天皇の戦争責任(1)』コメントが私のアンテナに引っかかってきました。
 愛国者様のコメント自体は(不穏当な表現を含む)短いものです。しかし以前のこの記事への「ルミちゃん」様の秀逸なコメント及び私(時遊人)の返信も含め、さらに今書いている私の一文を加えれば『一記事として十分な分量にはなるな』と考えたのです。

 この際の大テーマは「昭和天皇に戦争責任はあったのか?」です。
 この『昭和天皇の戦争責任(1)~(3)』(昨年8月2日~8日)は、阿修羅掲示板に掲載されたある記事の「コメント」を転載したものですが、元記事そして転載したコメントともに「昭和天皇の戦争責任は確実にあった」としているのです。
 阿修羅掲示板は、時としてコメントレベルでこんな堂々の論説が登場するところが「凄い」のです。

 以下のルミちゃん様と私とのコメントのやりとりだけでも、昭和天皇の戦争責任の一端はうかがえるかと思いますが、出来れば『昭和天皇の戦争責任(1)~(3)』をお読みいただき全容を把握の上、ご判断いただければと思います。
 要点の何点かをざっと列記すると以下のとおりです。

 ○若い頃の昭和天皇は、「ナポレオン狂」の戦争大好き人間だった
 ○昭和天皇は重要な御前会議には全て出席し、一々の作戦を自ら発していた
 ○戦後、日米戦争は陸軍主導によるというのが定説だが実は海軍主導だった
 ○一々の海戦の作戦に天皇が深く関与していることを隠す必要があった
 ○広島原爆投下は事前に、米側から吉田茂ら(売国奴)「ヨハンセングループ」を通して天皇に伝えられていた。
 ○のみならず米側は、天皇に「投下する場所と日時を決めるよう」促している
 ○戦後の昭和天皇の「呆けた姿」や「平和主義者」は、国民を欺くポーズだった…

 今上(明仁)天皇は、父・裕仁天皇の戦争責任をよく分かってらっしゃるのではないでしょうか?平成天皇の一々の行動は、その贖罪の意味があるように思われてならないのです。
 私たちが現在享受している豊かさは、元はと言えば、先の戦争の(戦闘員・非戦闘員含めて)310万人もの尊い犠牲の上に成り立っています。私たち国民一人ひとりにとって、この問題を避けて通ってはいけないと思われるのです。  (大場光太郎・記)

                        *

昭和天皇は、天皇の命令によって動く軍隊を望んだのではなく、天皇の希望に沿って動く軍隊を望みました.
1941年9月6日の御前会議で、明治天皇の歌を読んだことに対して、多くの方が天皇の気持ちに背いて、軍部は戦争を行ったと非難しますが、これはその典型だと言えます.
天皇の気持ちにそって、軍隊が動くことが良いことなのでしょうか?

昭和天皇は1937年8月18日、閑院宮参謀総長に下問した。(陸軍参謀総長)
「いろいろな方面に兵を用いても戦局は長期化するばかりである。重点方面に兵を集中し大打撃を加え、我々の公明なる態度を以って和平に導き、速やかに時局を収拾する方策はないか」
この時の天皇は『方策はないか』と聞いただけなのでしょうか.現実には天皇の希望に沿って、蒋介石に大打撃を与える戦争に進展して行きました.
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昭和天皇の戦争に対する考え方は、
『勝てる戦争ならやろう.負ける戦争はやめよう』ではなく、
『勝てる戦争ならやろう.戦争に負けるのは嫌だから、勝てる様に考えてやれ』なのです.
昭和天皇には戦争をやめるという考え方はありません.昭和天皇の考え方では、どんな戦争でも勝てることになる.
つまり、こと戦争に限って言えば、昭和天皇の辞書に不可能はないのです.

投稿: ルミちゃん | 2011年9月18日 (日) 15時49分

 ルミちゃん様
 大変貴重なコメントをいただきありがとうございます。
 それにしても「昭和天皇の戦争責任」というか、昭和史に関してかなりお詳しいですね。

  四方の海皆はらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらん

 開戦決定の御前会議で昭和天皇が引用した明治天皇の歌はこれでしたよね。この記事を公開するにあたり引っかかったのが、この故事だったのです。『平和主義者の天皇と戦争好きという天皇と、どっちが実像なのだろうか?』と。
 しかしこの歌の引用すらもが国民を欺く一種の戦術だったとしたら、話はまったく違ってきますね。

 どうやら昭和天皇の「ナポレオン狂」はかなりのレベルだったということなのでしょうか。平時の一般国民のナポレオン狂なら、その人間の人生上のモチベーションを高めこそすれさほど害にはなりません。しかしこれが戦時下の“大元帥”がそうだったとなると大問題です。
 近年保守系(右系)知識人や国会議員などから言われている「自虐史観を見直せ」論より先に、昭和天皇の戦争責任見直しの方が必要だと思います。

投稿: 時遊人 | 2011年9月18日 (日) 23時49分

最近になってやっと裕仁や吉田茂らの売国奴が世に晒されてきて嬉しい限りです。

コイツらとコイツらを礼讃してきた取り巻き連中には厳重な天罰を望みます。

投稿: 愛国者 | 2012年9月16日 (日) 11時02分

愛国者様
 「愛国者」と名乗っておられるので熱烈な天皇崇拝者、したがってこの記事への猛烈な反論か?と、かなり身構えて貴コメントに臨みました。しかし実際はそうではなく、むしろ共感されているのでホッと一安堵しました。
 考えてみれば。「神聖にして侵すべからず」という戦前、戦時中の天皇とその取り巻きに関して、極めて重大な情報隠匿がこれまで為されてきたとなれば、それを白日の下に晒すことこそが「真の愛国者」というものですね。
投稿: 時遊人 | 2012年9月16日 (日) 14時25分

 (転載終わり) (なお、適宜行空けをした箇所があります。)

関連記事
『昭和天皇の戦争責任(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-6425.html
『昭和天皇の戦争責任(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-ea45-1.html
『昭和天皇の戦争責任(3)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-362f.html

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コメント

やはり欺瞞はいつか暴かれる。そう思います。

売国奴裕仁をはじめ日本を売った極悪人たちに正当な評価を国として出すべき時がきたと痛切に感じます。

あやふやに誤魔化されてきた戦後史を見直し教科書の再編集につながるまでの国民運動が望まれます。

投稿: 愛国太郎 | 2012年10月 8日 (月) 05時30分

愛国太郎様
 コメントありがとうございます。いつか別の記事で触れたことですが、「秘密」の秘の旧字は「祕」であり、その意味は「必ず示す」だそうです。いかなる秘密事も隠し通せるものではない、ということだろうと思います。
 ましてここで問題になっているのは、その後の国のあり方を根幹から変えることになった一大国家的秘密です。昭和天皇を中心とした「知られざる真実」が徐々に明らかになりつつあります。
 これに大きく寄与しているのは「ネット情報」です。こういう真情報は大マスコミ、大手出版社からはまず出てきません。今現野田政権下で、厳しいネット規制が始まっています。旧勢力の利害を脅かすネットの拡散力を、官僚、民主党(旧勢力擁護)政権、大マスコミなどは最も警戒しているので、心あるネット市民は推移を注視していく必要がありそうです。

投稿: 時遊人 | 2012年10月 8日 (月) 14時06分

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