オルフェウスの冥府下り(3)
オルフェウスは、エウリュディケの手を引きながら長い漆黒の冥府の道を歩いているうち、さまざまな疑念が湧いてきました。それが極限に達し、たまらずエウリュディケをチラッと振り返ったのでした。
エウリュディケは確かにそこにいたのです。しかし彼が一瞬垣間見たものは、妻のこの上ない悲しげな表情でした。次の瞬間、彼女はまるで実態を持たないホログラフィーのように薄くなり、ふらふらと吸い込まれるように地の底へと落ちて行ったのです。
「待ってくれ。エウリュディケ。待ってくれ」
オルフェウスは必死に手を伸ばして、落ちて行く妻の手を求めましたが、何の甲斐もありませんでした。
「さ・よ・う・な・ら~ オルフェウス~」
悲痛な声は次第にか細くなり、遂には闇の底へと消えていってしまったのです。
オルフェウスは悲嘆のあまり、しばらく立ち尽くすのみでした。が、気を取り直してもう一度地の底へと向かいました。
「頼む。川を渡らせてくれ」
冥府の川の渡し守に頼んでも、今度は頑として応じてはくれません。
諦めきれないオルフェウスは川のほとりに腰を落とし、7日7晩飲みもせず食べもせず泣き明かしました。しかし冥府全体が寂(せき)として声なし。
神々の憐れみを得られず、彼は仕方なく冥府を出てトラキア地方の深い山の奥に赴き、身を隠したのでした。
このエピソードは、文化人類学的かつエソテリック(秘教)的に言えば、一種の「イニシエーション」だったと見ることができます。それもかなり高度な。アセンションを達成するには第六イニシエーションをクリアーしなければならず、それをクリアーできればその人間を呪縛する死を克服し、不死のマスターになれると言われています。
そこまではいかずとも、オルフェウスのこのケースは第四か第五かのイニシエーションに相当したものと思われます。極度の疑念を克服するまでの「信じる心」。いずれにせよオルフェウスは、その人生では失敗したのです。
既にお気づきの方がおありかもしれませんが、我が国神話の中にもこれと同じようなモチーフの物語があります。イザナギノミコト(伊邪那岐命)の「黄泉(よみ)下り」です。
イザナギも亡くなった妻神のイザナミノミコト(伊邪那美命)を取り返すべく、黄泉の国に赴きます。もっともイザナギはイザナミと共に、日本国土の国生みをしたほどの力ある大神です。だからオルフェウスのように冥府の王への執りなしなど必要なく、黄泉にいるイザナミと差しで話をしています。
「ちょっとお待ちください。でも待っている間に決してこの部屋の中を見てはいけません」
イザナミは、「鶴の恩返し」のような「見るなの座敷」の原型となる言葉を言います。しかし「見るな」と言われればなおなお見たくなるのが人情というもの。いやイザナギは神様でしたが、大神とて同じらしく、“ゆつつま櫛”に火を灯してやっぱり覗いてしまうのです。
そうしたらそこには、いと醜いイザナミの姿があったのです。
「♪あら、見てたのね~」どころの騒ぎではありません。イザナミの怒るまいことか。イザナミも、エウリュディケのようなたおやかな死者ではありません。「よくも私の恥ずかしい姿を見たわね」と言いながら、黄泉醜女(よもつしこめ)たちを遣わして逃げるイザナギを追わせたのです。
黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂下まで来て、そこにあった桃の実三個を取って撃ち返したところ、黄泉醜女たちは皆退散していきました。
最後にはイザナミ自らがやってきました。そこでイザナギは千引(ちびき)の石を引き塞いで、黄泉比良坂をこの世とあの世の境にして、夫婦最後の「事戸(ことど)」を言い合います。
「我が愛しき夫神よ、かくなる上はあなたの国の民草千人を殺しましょうぞ」
「なんのなんの。我が愛しき妻神よ、それなら私は妊婦たちに一日千五百人の子を産ませてみせるわ」
こうしてイザナギは、祝詞(のりと)にもなっている「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」(つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはら)で黄泉の国の穢れを祓うべく、禊(みそぎ)をしました。その結果生まれたのが、アマテラス、ツキヨミ、スサノオの「三貴子」なのでした。
その後のオルフェウスに話を戻します。
トラキアの山奥に隠棲した失意のオルフェウスは、妻エウリュディケを偲びながら、竪琴を奏で歌を歌って過ごしました。それに引き寄せられるように妖精や人間の女たちが集まってきました。オルフェウスに言い寄る女たちもずい分いました。しかしオルフェウスには亡き妻の姿しか眼中にありません。
ディオニュソスの祭りの晩のこと。頑としてなびこうとしない彼に憎悪の念を抱いていた女たちは、酒の勢いも手伝って、オルフェウスに石を投げあいました。
まさかアマゾネス軍団ではなかったでしょうが、いくら女とはいえ多勢に無勢。その一つがオルフェウスのこめかみに命中し、彼は絶命していまいます。元々生きる気力を失っていた彼にはかえって良かったのかもしれません。今度は本当に冥府の住人として、愛しいエウリュディケに会い、共に永く暮らすことができるのですから。
魂はそうでも、地上には彼の体が残っています。死体は凶暴な女たちによって八つ裂きにされてしまいました。憐れに思ったへブロス川の神が、その首と竪琴だけを拾い上げ、海に流してやりました。
オルフェウスの首と竪琴はレスボス島にまで運ばれ、この島で手厚く葬られたのです。その功徳(くどく)なのか、レスボス島はその後素晴らしい詩人と歌手を輩出することとなります。代表的なのは、古代ギリシャきっての女流詩人サッフォーです。 - 完 -
(大場光太郎・記)
参考・引用
『ギリシャ神話を知っていますか』(阿刀田高、新潮文庫)
『ウィキペディア』-「オルぺウス」の項
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『オルフェウスの冥府下り(1)』
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『オルフェウスの冥府下り(2)』
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『ギリシャ神話選』カテゴリー
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat41440534/index.html
『夕星(ゆうずつ)の歌』(サッフォーの詩)
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-7dd8.html
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