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2012年11月

「日本未来の党」結成-自公民密室談合勢力の明確な対立軸

 -日本の前途に垂れ込めていた妖雲が切れ、未来に「希望の光」が射す思い !-

 いやあ、驚くべき大仕掛けです。そう言えば先週政界事情通を通して、「小沢一郎が来週アッと驚くようなことを仕掛けるかもしれない」という情報が駆け巡っていました。それとなく関心をもっていましたが、つまりはこれだったわけです。
 27日の嘉田由紀子滋賀県知事(62)を代表とする「日本未来の党」(以下「未来」と略記)結成発表です。

 繰り返しますが、本当に「アッ !」と驚く鮮やかな大仕掛けです。以前から水面下では内々の話し合いが進んではいたようです。が、フタを開けるまで何が飛び出すか誰にも分からせない周到さ。
 いざフタを開けてみると、真の第三極の骨太の軸となりそうな「未来」新党結成、代表は嘉田滋賀県知事という女性の代表。そして間髪を入れずに「国民の生活が第一」や「減税日本・反TPP・脱原発」や「みどりの風」の一部が党を解党・合流するという手際の良さ。

 「未来」結成発表までの私は、「生活」などの真の第三極に期待を寄せつつも、弱小政党のまとまりのない乱立に、『こりゃダメだ。こんなんじゃ、選挙後はガチガチの自公民“悪”連立政権成立で決まりだ。あゝ日本の未来は真っ暗だぁ~』と、絶望的な気分になっていたのでした。
 それが公示日の12月4日を1週間後にして、大ドンデン返しの「未来」新党結成。私ならずとも、「やったぁー !」と狂喜した有権者が多かったのではないでしょうか。

 これによって一躍「時の人」に躍り出たのが、「未来」代表に就任することになった嘉田由紀子滋賀県知事です。この人は初めての滋賀県知事選出馬の際、それまでタブーとされていた山陰新幹線新駅建設に正面から反対を表明し、当時のニュースの話題となりました。
 知事就任後、伊藤一長崎市長刺殺事件(07年)を受け「長崎のようになりたくなければ新駅をつくれ」といった脅迫話などにも屈せず、公約を通した信念の人です。
 その新駅凍結問題では、森喜朗元総理とも大バトルを繰り広げ、当時自民党清和会のボスでキングメーカーとして権勢を奮っていた森元総理を相手に一歩も引かなかった、という女傑ぶりも発揮しています。

 嘉田「未来」代表の真骨頂は、新党結成発表時の記者会見の「経済だけで原子力政策を推進することは、国家としての品格を失い、倫理上も許されない」という発言に表われています。「生活」同様、脱原発(同代表の言葉では「卒原発」)は「未来」の6つの政策目標の最大の柱となのです。
 この発言から、私は嘉田代表を「和製メルケル」と呼びたくなりました。
 ご存知のとおり、ドイツの女性首相メルケルは、昨年の我が国の福島第一原発事故を受けて真っ先に「ドイツは2020年までにすべの原発を廃止する」と宣言しました。言うだけではなく、実際その実現に向け今具体的に動き出しています。

 肝心の我が国では、「フクシマ」各号機の収束もまだなのに、米官業こぞって「原発推進」の大合唱です。そんな歪んだ経済至上主義に風穴を開け、党として掲げた「2022年まで原発ゼロ」に向かって、嘉田代表にはメルケル級の指導力を発揮していってもらいたいものす。

 「未来」が「卒原発」を明確に打ち出したことにより、野田総理が隠そうとしてきた「原発の是非」が総選挙の大きな争点として再浮上しそうな気配です。
 大飯原発を再稼働させた野田民主党は「2040年までに」などと逃げの姿勢ですし、何より菅前政権以来原発問題では大失政をやらかしています。自民党は「脱原発」すら言えない、そもそも狭いこの国に50基以上もの原発をつくってきた張本人です。根が保守新党の「維新」も脱原発を引っ込めてしまいました。

 直前の朝日新聞の世論調査では、「原発反対」が50%にも上っています。国民の半数が原発再稼働、原発そのものの存続に反対しているのです。だから野田民主党などの「原発隠し」はおかしな話で、是非とも今選挙の争点にすべきなのです。
 新党「未来」によって、脱原発を強く望む国民の有力な受け皿が出来ました。

 話は変わってー。またしても「小沢一郎」です。新聞・テレビは自分たちで意図的に「小沢新党隠し」をして支持率上昇を抑えていたくせして、したり顔で「小沢代表は終わった」などと書き立てています。
 しかしどっこい「小沢は死なず」。それどころか、米官業+大マスコミが嫌い恐れる「政界再編」に直結する大仕事をまたもやって見せたのです。

 小沢一郎の凄いところは、オリーブの木構想実現という「大同のためには小異を捨てて」50人を擁する「生活」も簡単に解党・合流し、しかも自分は無役に徹することが出来ることです。これは小沢という人間の器量の大きさ、偉さを示すものです。
 実際問題、こういう捨身の戦法が出来なければ「未来」新党立ち上げはなかったはずです。このような妙手によって、「みどりの風」や「減税日本・反TPP・脱原発」などの合流、みんなの党や新党大地などとの連携と、「真第三極」結集の裾野が広がるのです。

 著名人の協賛も多く得られそうです。例えば京セラの稲盛和夫会長は民主党の大スポンサーでしたが、民主に愛想をつかして「未来」支援に回りそうです。その他にも、音楽家の坂本龍一氏、俳優の菅原文太氏、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏、脳科学者の茂木健一郎氏、ノーベル文学賞作家の大江健三郎氏などなど。

 さあこれで、「原発推進」「消費増税推進」「TPP推進」の自公民+維新など(本質として)「対米隷属」勢力と、「原発ゼロ」「反消費増税」「反TPP」の未来を中心とした「真第三極・国民連合」というしっかりした対立軸が出来上がりました。
 国民としてもストレスを感じることなく、すっきりした投票行動が出来るはずです。

 最近の『日刊ゲンダイ』では、「脱原発連合130人超」と予測しています。本当にこれだけ確保出来れば第三極どころか、堂々の第二極に躍り出ます。選挙後の連立話の主導権どころか、「未来」から総理大臣を出すことだって可能です。
 少し前まではこの国の未来にただならぬ暗雲を感じていたのに、妖雲が散りはじめ、にわかに希望の光が射してきた心持ちがします。

 (大場光太郎・記)

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2012年12月22日本当は何が起きる?

 -このまま何も起きなければ、地球はますます「暴虐」が支配する星になるだろう-

 気がついてみると、「2012年12月22日」まで1ヵ月を切ってしまっていました。
 さすがにこの日付が間近に迫って徐々に関心も高まりつつあるようです。当ブログも、以前の関連記事へのアクセスが増えつつあります。先日その中で、本記事のタイトルとした検索フレーズが「検索フレーズランキング」10位に顔を出していました。

 我が国は先日の「シロアリ解散」以後、衆院選投開票日の12月16日まで選挙モード一色となります。当ブログでも最近とみに選挙関連記事が増えていますが、今回の総選挙はこの国の「再生」or「属国、亡国」がかかった極めて重要な選択選挙です。ここでは選挙関連にはこれ以上踏み込みませんが、私は心底そう認識しています。

 同選挙投開票日の約1週間後には、いよいよ「2012年12月22日」がやってきます。私は開設年の2008年12月22日以来毎年この日に、「2012年12月22日」に関する記事を出してきました。以前から私自身「この日」への関心が高かったからです。
 総選挙は4年以内に1回です。しかし「2012年12月22日」は何万年に一度、何十万年に一度の出来事らしいのです。およそ重要さのスケールが違います。

 「2012年12月22日」については、多くの人がこの日付とおおよその意味は既にご存じかもしれません。この日付は、中米マヤ民族に伝えられてきた、人類有史以来の超長期スパンを有する「マヤ暦」の終わりとされる日付です。この日付は、前世紀末頃から世界中のスピリチュアル関係者が注目していたのです。
 ただ「マヤ暦の終わり」とはいっても、決して人類滅亡などを意味するものではありません。「現人類が進化のターニングポイントを迎える日」と捉えるのが、もっともふさわしいようです。

 それではもう少し踏み込んで、この日は何が起きると予測されていたのでしょうか。以前の『続々・2012年12月22日』から引用してみます。

 (1)この日をもって地球を含む太陽系全体が、スッポリとフォトン・ベルト(光子帯)に浸りきる。それ以後約2千年間、地球は「銀河の昼」と呼ばれる高次元の光漬け状態になる。
 (2)現在次元上昇を続けている地球が、この日をもって5次元世界に移行する。それを「ガイアアセンション」と呼ぶ。
 (3)この日宇宙でも稀な「宇宙的パーティ」が開かれる。このパーティは「地球」がメーンステージであり、これに参加しようと“この”宇宙や“他の”宇宙、銀河系の各星系や別の銀河系などからの「宇宙同胞」たちがUFОなどで大挙押し寄せている。(彼らとUFОは4次元以上であるため、3次元視力で見ることはできない。)
 (4)もちろん主役は「地球人類」であるが、肉体をもってこのパーティに参加するには、最低カルマの51%をクリアーした綺麗な心身になっていなればならない。等々。

 これに加えて3・11を経験した昨年以降、次のようなことも言われ出しました。
 ○ 地球&太陽系がフォトンベルトに入ると、一時「ヌルゾーン」を通過する。これによって、2012年12月22日から地球全体が「暗黒の3日間」を経験する。この期間地球に光は一切届かず、極度に温度が低下する。電気も一切使えない。
 ○ 現在3600年という超大周期を有し、凄まじい引力を持つ巨大惑星ニビルが、太陽系&地球に接近中、いな既に太陽系に侵入している。これは可視光線外であるため観測が困難であるが、NASAはかなり以前からこの惑星接近の事実を確認していながら秘密にしてきた。

 以上のどれ一つを取っても、仮にこれらか現実化するとしたら、私たちには想像を絶する事態となります。しかし私は今年に入って、『どれも起こらないのではないか?』と思えてきました。
 一つには、「マヤ暦の終わり」とされる日が、ここにきて各方面から「どうも2012年12月22日ではないらしい」と言われ出したからです。諸説あるものの、米国の研究者の中には1年以上前の日付を示した人もいました。

 と言うことは、仮にその研究者の説が正しいとすれば、私たちは既に「マヤ暦の終わり」を越えた先の時代を生きていることになります。
 しかしどうもあまり芳しくない世界です。日本の国一つとってみても、政治、経済、社会状況、すべてが「劣化極まれリ」の状態、何一つ良い兆候が見つかりません。

 ウソかホントか。10年ほど前米国にジョン・タイターいう「2036年の未来から来た」という人物がいて、さまざまな人類の未来図を示し、また未来に戻って行ったといいます。それは当たるも八卦、当たらぬも八卦的なものだったようですが、2020年の日本の未来地図についても言及しています。

 それによると、極東の島国としての国土は当然あるものの、その頃には「日本」という独立国名は既に存在しなくなっているというのです。どうも各国による分割統治国になっているようなのです。そこに「日本人の顔をした非日本人」が、他国のガチガチの支配のもと住んでいるわけです。
 「対米隷属」の今の政治状況を推し進めていけば、日本の近未来は九分九厘間違いなくそうなることでしょう。

 大事なことがもう一つありました。「マヤ暦の終わり」を契機として、この世界は徐々に幾つもの「パラレルワールド」に分化されるという説もあります。この説によると、高レベルから低レベルまで何段階もあるパラレルな地球世界のうち、もっとも自分の波長に合った世界に私たちは向かうわけです。(ジョン・タイターが示したのは低いパラレルアースの方?)
 私たちはどの世界に行くべきなのでしょうか。いや「どの世界に行きたい」のでしょうか。

 (大場光太郎・記)

【追記】直前の『「美しすぎる市議」-埼玉4区に「生活」から出馬』は、ご本人の都合で急遽「生活」からの出馬取り止めとなったようです。理由は分かりません。そのような次第でまことに申し訳ありませんが、同記事は削除させていただきました。

関連記事
『続々・2012年12月22日』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-5ec3.html
『ミノリスメッセージ-「暗黒の3日間」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-3950.html
『驚愕情報-凶星ニビル大接近?』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/3600-a87d.html

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野田落選網着々-「生活」千葉全選挙区に候補者擁立へ

 -「国民の生活が第一」の日本再生の燎原の火は千葉選挙区から日本全国に !- 

 既にご存知のとおり、野田首相の選挙区である千葉4区から「国民の生活が第一」(以下「生活」と略記)の三宅雪子氏(47)が出馬する予定です。“蛙の面に小便な”野田は今のところ余裕クシャクシャ、三宅氏を泡沫候補としかみなしていないようです。
 が、日を追うごとに同選挙区が全国一の注目区となることは間違いありません。
 そうなると“ウソツキな”野田に絶望し、棄権しようとしていた無党派層、若年層も目を覚まします。彼らはもちろん“詐欺師な”野田に投票するはずもなく、三宅氏支持がジワジワ増えていくことになるのです。

 落選危機に気がついても、曲がりなりにも民主党という“盗っ人集団の親玉な”野田は、全国の応援演説にかり出され、方々で“二枚舌な”野田お得意の「シロアリ演説」の二番煎じ、三番煎じをしなくてはならず、自分の選挙区にへばりつくことは許されません。
 野田佳彦よ。与党党首なのに比例名簿1位に自分の名前を載せるなどという、末代までの名折れとなるような卑怯な真似はするなよ。正々堂々選挙区一本で勝負せよ !

 ここでもう一度、「生活」が千葉4区に三宅雪子氏をぶっつける意味を確認しておきたいと思います。
(1)「生活」の動向について、新聞・テレビは意図的に報道しようとしていませんが、同選挙区への三宅氏立候補によって、同選挙区情勢を逐一報道せざるを得なくなる。
(2)それによって、「生活」自体も全国の有権者から見直され、「生活」から立候補している全国各選挙区候補者の票のアップ、「生活」比例票の底上げが期待できる。
(3)“自分もシロアリな”野田の「シロアリ駆除」(選挙区落選)が期待できる。

 このうち最大の目的は何といっても、“裏切り者な”野田を選挙区落選に追い込むことです。消費増税、TPP推進、集団的自衛権行使容認など、政権交代時国民と約束したマニフェストと魔逆な政策を推し進めてきたのが野田政権です。小沢一郎を党外に追いやり、民主党オーナーの鳩山由紀夫を引退させたのも野田なのです。
 こんな“幾重にも非道(ひど)い”野田が、選挙区でゆうゆう当選し、のこのこ政界に戻ってくることを断じで許してはなりません。そんなことになれば“厚顔無恥な”野田は、選挙後の「自公民+維新など」悪連立政権のキーマンにもなりかねません。

 苦労して成し遂げた政権交代の当初理念を悉く反故にし、民主党そのものを崩壊に導いた野田を、小沢「生活」代表は決して許さないようです。
 野田の選挙区に三宅氏という刺客を立てたのもその表れです。だがそれで終わることなく、続いて千葉8区に姫井氏を立てるなど、何と千葉県13選挙区のすべての選挙区に「生活」候補を立てる予定なのです。

 現在発表されている「生活」の千葉選挙区立候補予定者は、以下のとおりです。
  千葉2区   黒田雄
     3区   岡島一正
     4区   三宅雪子
     5区   相原史乃
     7区   内山豊
     8区   姫井由美子
     9区   河上満栄
    11区   金子健一

 三宅雪子氏に次いで特に注目すべきは、8区の姫井由美子氏(53)です。姫井氏は岡山選挙区選出の参院議員ですが、今回小沢代表の要請に基づい鞍替え、国替え出馬となったのです。
 06年参院選は、相手は手強い自民党大物の片山虎之助氏でしたが、姫井氏は見事片山氏を破って当選を果たしたのでした。当時「姫の虎退治」として全国的に大きな話題になりました。

 姫井由美子氏は元は司法書士で頭脳明晰な女性のようです。解散直後都内有楽町駅の姫井氏の演説が「ネット市民」から大注目されています。深い感動を与える演説だったようなのです。
 田中美絵子氏のように、国交省役人との路チュー、消費増税賛成、挙句は「生活」東幹事長の東京15区に刺客として出るような、恩を仇返す「小沢ガールズ崩れ」もいます。そんな中刑事被告人だった小沢一郎を信じ行動を共にした、姫井氏や三宅氏らの信念は筋金入りと言えます。

 やはり中でも焦眉の急は野田vs三宅の千葉4区ですが、姫井氏などそれ以外の「生活」各候補者はそれぞれの各選挙区当選を期すのはもとより、三宅氏への強いバックアップ効果も期待されます。小沢代表の冴えた重層的戦略による「野田落選網」着々と言うべきです。

 各候補のほとんどがいわゆる「落下傘候補」であり、今現在の予測では泡沫候補扱いに過ぎません。しかし公示日を迎え、いよいよ選挙戦に突入し白熱してくれば、情勢がどう変化していくか分かりません。
 「狙うは野田の首一つ」。「日本再生」への燎原の火が千葉から全国に燃え広がるよう。三宅氏、姫井氏など各候補者は大暴れしてもらいたいものです。 

 (大場光太郎・記)      

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三島由紀夫との決闘の夢

                        
 ある明け方、三島由紀夫の夢を見た。
 夢主である俺のすぐ前に三島が不意に現れたのだ。俺はぎょっとして、目の前の三島にただ見入るだけだった。
 三島は晩年そのままの姿だった。短く刈り込んだ頭髪、精悍なそれでいて隠しようもない知的な顔立ち、トレードマークの半袖の黒いポロシャツ、ボディビルで鍛えた逞しい二の腕、白いズボン。つまり一部から近代ゴリラと揶揄されたあのままの姿だったのだ。
 (三島さん。俺は若い頃確かにあなたに心酔していた。しかしそれは昔のこと、今はやっと三島さんの呪縛から解き放たれたんだ。なのに一体今時分、何の用です?)
 訝しがりながら俺は三島を見続けた。しかし三島はなおも無言である。言葉の魔術師が言葉を発しないからには、こちらとしてはより一層無言の意味を探らねばならない。それは書かれた言葉、発せられた言葉の含意を読み解くより、遥かに難しい。無学な俺にそんな芸当出来るわけがないではないか。
 (三島さん、何か言ってくださいよ。)
 見つめ返すと、三島は唇の一方の端を吊り上げる例のニヒルな笑みを浮かべた。そしてよく見ると、いつの間にかその右手にはナイフが握られているではないか。俺の目はナイフに吸い寄せられた。万事伊達好みな三島らしく、それは西洋風装飾のある洒落たナイフだった。
 俺は三島出現の意味をようやく悟った。
 (さては三島由紀夫、この俺と決闘したくて現れたんだな。)
 俺には三島と決闘するつもりなどまったくない。それに三島が決闘を仕掛ける意図がさっぱり分からない。でも相手がナイフを持って待ち構えている以上、否も応もない。
 (でも、俺は素手で何も持ってないぞ。)
 と思いながら、自分の右手を見るとあるではないか、ちゃんと。いつの間にか、俺も武器を持っていたのだ。しかし我が武器を見てがっかりした。それは桃色の柄が少し長い、貝印の剃刀。おふくろがよく使っていたあの剃刀だ。
 (ちぇっ。関の孫六並みの名刀ならともかく。こんなので三島に立ち向かってもとても勝ち目はないわ。)
 そんな俺の落胆を見逃す三島ではない。次の瞬間、ナイフを上段に振りかぶった三島が斬り込んできた。
 (やられる !)
 袈裟懸けに斬りつけられた。その部位に鈍痛を覚えた瞬間、目が覚めた。

                        *

  三島死してより予言者の不在かな   (拙句)


 11月25日は42回目の「憂国忌」です。
 昭和45年(1970年)のこの日、三島由紀夫は循の会の主要メンバーを引き連れ、都内新宿区の自衛隊市谷駐屯地に乗り込み、2階の総監室に乱入しました。下の広場に同駐屯地内の自衛隊員を集めさせ、総監室バルコニーから自衛隊員の決起を促す演説をぶったのです。しかし集った自衛隊員たちは決起どころか、三島の演説がかき消えるほどの野次と怒号の嵐を浴びせかけたのでした。三島は早めに演説を切り上げ、隊員の森田必勝とともに総監室で自決したのです。享年45歳。

 今も三島由紀夫については否定的な見方、いな嫌悪感すら覚える人が多いことでしょう。ですから私もこれまで、三島については最小限の言及に抑えてきました。
 事件当時私は21歳でした。これは私の重要な「精神史」の一こまですから、この際告白します。私は、事件の起こる2年ほど前から「三島思想」に心酔していたのです。きっかけは19歳の時『仮面の告白』を読んだことでした。そして気がついた時には、文学よりも思想家としての三島に傾斜していくことになったのです。

 その頃の私は山形から出てきたばかりの田舎者、首都圏周縁部の当地での生活にマゴマゴ、オロオロ。弱虫な私のバックボーンになりそうな、劇薬のような「強い思想」が必要だったのです。
 『葉隠入門』『文化防衛論』『尚武の心』『若きサムライたちに』『討論 三島由紀夫vs東大全共闘』などをむさぼり読みました。 そのくらいでしたから、三島事件にはもの凄い衝撃を受けました。

 確かに映画『人斬り』では、薩摩藩士田中半兵衛(人斬り半兵衛)を演じた三島による、映画のラスト近くの迫真の切腹シーンがありました。また本の中にも自決を仄めかす部分がありました。
 しかしまさか本当に腹を切って自決してしまうとは。どうやら三島思想を「文学的に」捉えていたらしい私には、想定外だったのです。

 事件のショックから完全に立ち直るには、10年以上の長い歳月を要しました。そして三島や事件のことを客観的に捉えられ出した30代半ば過ぎ頃になってはじめて、まともに三島の文学作品を読むことができたのです。

 今回紹介したのは、40代初め頃実際見た夢に少々(大いに)アレンジを加えたものです。この夢が象徴するものは何かなど今もって分かりません。しかし夢の中で三島と至近距離で対峙出来たということは、それだけ三島を客観視し出したことの表われだったのだろうか、などと考えたりもします。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『日本の中枢には緑色の蛇が…』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-292e.html
『東大全共闘スターだった人のこと』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-0523.html
『三島由紀夫「卒塔婆小町」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-2f03.html

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フォレスタの「野菊」

 -愛する祖国よ。とこしえに「うすむらさき」に「けだかくきよく 匂う」国であれ !-

   (『フォレスタ 野菊』YouTube動画)
    http://www.youtube.com/watch?v=JWkEUK9nBco

 季節ごとに思い出すともなしに思い出し、気がついたらふと口ずさんでいる歌があります。『野菊』もその中の一つです。この歌を教わったのは小学校の3年だったか、4年だったか、いずれにしても、秋も深まった頃。郷里の山形の晩秋の「小寒い」季節感と当時の思い出が蘇えってくる懐かしい歌です。

 当時はあまり気にもかけていませんでしたが、あらためて調べみると、この歌の作詞は石森延男、作曲は下総皖一なのでした。
 作詞の石森延男(いしもり・のぶお)(1897年~1987年)は、北海道札幌市生まれの児童文学者、国語教育者、教科書編集者。北海道のアイヌを主人公とした『コタンの口笛』(1957年)は特に有名です。
 作曲の下総皖一(しもおさ・かんいち)(1898年~1962年)は、埼玉県北埼玉郡原道村(現・加須市)生まれの作曲家、音楽教育者。『野菊』のほかに『かくれんぼ』『蛍』『たなばたさま』などの童謡を作曲しています。

 この歌が作られたのは昭和17年(1937年)です。この年には『鈴懸の径』や『若葉』なども作られました。時あたかも日米戦争の真っ只中でしたが、この3曲はいずれも明澄と言おうか、不思議な透明感と言おうか、戦時中の歌とは感じさせない澄み切った名叙情歌です。

 ただ私見を述べさせていただければー。『野菊』の歌詞から受ける印象では、同じ年でも『鈴懸の径』や『若葉』より遅い時期の発表だったのではなかろうか、と思われます。その間何があったのでしょうか?『フォレスタの「若葉」』の該当部分を引用します。
 「昭和17年はこの年6月のミッドウェー海戦や同年8月のガダルカナル島の戦いで日本軍の敗色が決定的になった年でした。」

 ところで厳密な意味で「野菊」という花はないそうです。「野原に咲く菊」というほどの意味合いから野菊と呼ばれていますが、路傍に咲くキク科(キク属、ヨメナ属、ノゲン属、シオン属)の総称のようです。この歌で「やさしい野菊 うすむらさきよ」と歌われている野菊は、カントウヨメナを指すようです。
 伊藤左千夫の名作『野菊の墓』の最後で、政夫が民子の新墓の周りに野菊をいっぱい植える、泣かせる場面がありました。野菊は民子が生前好きだった花で、政夫は亡き民子へのせめもの手向けとしたわけですが、この場面の野菊も同じくカントウヨメナだそうです。



    野菊小曲     

  そぞろさみしく吹く風に
  そよぐ野山の秋の草
  知る人ぞなきこの野辺に
  うすむらさきの色染めて
  なぜにやさしく匂うのか

 この詩は、私が中学3年生だった昭和39年に作り、後に一部手直しした詩です。『野菊』の歌詞の影響もかなりありそうです。それに気恥ずかしいことに、手書きの私家製詩集のこの詩の題名に続いて、(「野菊の墓」の民子に捧げる詩)とあります。
 その前年の2年生の秋に『野菊の墓』を読み、思春期のかなり深刻な“「野菊の墓」かぶれ”状態がずっと続いていたのです。

 この詩を2008年10月に公開しました。開設当時は毎日更新を原則としており、この時は公開する記事が何もなく、思いあまって目をつぶって公開したのです。
 そうしましたら、思いがけなく『うた物語』の二木紘三先生からコメントをいただきました。
 二木先生は、木下恵介監督の名画『野菊の如き君なりき』(原作は『野菊の墓』)を4、5回観られたそうです。そのうちの1回は、当時反抗期がひどかった娘さん(長女)とでしたが、その映画のラストで娘さんは…。

 思い出深い『野菊』を、女声フォレスタがしっとりと歌ってくれています。中安千晶さん、白石佐和子さん、吉田静さんの3人によるコーラスです。
 1番は白石さんの独唱です。白石さんの高く凛とした歌声、いいですね。伸び伸びと歌っていると思しく“聴かせて”くれます。時折り「白石佐和子 美人」という検索フレーズが見受けられますが、この歌の白石さんがまさにそうなのでしょうね。(いえ、中安千晶さんも吉田静さんも負けず劣らぬ美人です。)

 2番からは吉田さんのメッツォ・ソプラノによって、歌に奥行きと重厚さが加わり、2番後半から中安さんがさらに加わることによって、見事な『野菊』コーラスが完成されます。
 3番の、三人三様の歌声がかもし出す三重唱は、「けだかくきよく 匂う」野辺に咲く野菊のさまをあますところなく表現しています。

 きれいな、やさしい、あかるい、「野菊の如き君なりき」のような立ち姿のお三人です。

 (大場光太郎・記)


『フォレスタ - 鈴懸の径』
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=qXO5_6PPrj0
関連記事
『フォレスタコーラス』カテゴリー
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat49069329/index.html
『フォレスタの「若葉」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-c878.html
『野菊小曲』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-30f7.html

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「Yahoo !みんなの政治」-比例投票先、「生活」47%でダントツ

 -これが覚醒した“ネット市民”の民意だ。しかし残念ながら国民の圧倒的多数は…-

 「Yahoo !みんなの政治」という有名な政治情報サイトがあります。同サイトでは政治的テーマごとに投票を呼びかけるコーナーがあり、折りからの「シロアリ解散」を受け、次の質問で投票を募っています。

衆議院が解散し事実上の選挙戦がスタート。政党が乱立する状況ですが、比例区でどの政党に投票するか決まっている? (2012年11月18日~)

 22日午前0時現在、これに対する有効投票数は「9024票」。結果、「決っている83%」「ある程度は決まっている12%」を合わせると驚異の95%、「決っていない」はわずか5%しかいないの
です。
 次に、肝心の「どの政党を支持しますか?」については、以下のとおりです。

回答者の支持する政党の割合

民主 (3%)
自民 (17%)
生活 (47%)
公明 (1%)
共産 (2%)
みんな (3%)
社民 (1%)
維新 (4%)
きづな (0%)
国民 (0%)
減税 (0%)
大地 (0%)
たち日 (1%)
改革 (0%)
日本 (0%)
その他 (1%)
なでし (19%)

 この投票結果で一番驚くのは、小沢一郎代表率いる「国民の生活が第一」(以下「生活」と略記)への支持率です。何と「47%」も占めているのです。(民主はたったの3%)
 翻って、新聞・テレビが発表している世論調査なるものはどうでしょうか?いつ実施しても、「生活」は1%くらいにしかならないのです。41%対1%。このあまりにも大きすぎる差は、一体何を意味するのでしょうか?

 理由は幾つも考えられます。
 両者の場合、母体となる数字(有効回答数)は、新聞・テレビより「みんなの政治」の方がかなり多くなっていますから、新聞・テレビはこれにイチャモンをつけることはできません。
 ズバリこれだけ違うのは、対象となる人々の「政治的意識」が格段に違うからなのです。

 新聞・テレビの場合の回答者は、在宅していて固定電話に出られる人に限られます。ケータイ電話ははじめから除外されているのです。そうなると主だった回答者は、高齢者世代や主婦層に限られ、サラリーマン、自営業者、2、30代を中心としたケータイ世代はオミットされることになります。ここに実は大マスコミの狙いがあるのです。
 
 高齢者や主婦層は政治的関心がもっとも薄い層です(そうではない人ももちろんいます)。この層の政治的情報を得る手段は、圧倒的に新聞・テレビの偏向報道です。
 例えば一連の小沢事件、小沢裁判が、検察など“暗黒司法一派”の謀略によるものだったことなど、まったくと言っていいほど知りません。新聞・テレビによる「小沢の人格破壊キャンペーン」を真に受け、無罪確定となった今でも小沢一郎への悪印象が深く刷り込まれているのです。
 だから「生活 1%」の支持しか与えないわけです。

 始末が悪いのは、こういう政治的無関心層、新聞・テレビ報道真に受け層が、国民の約8割に上るとみられることです。
 これらの層こそ、「米官業の利益」代弁報道機関である新聞・テレビの思う壺、「いいお客さん」なのです。世論誘導、世論操作思いのままです。

 対して、政治のデープな情報を知り抜いているのが、「Yahoo !みんなの政治」の回答者たちです。もはや「ネットにしか存在しない」真実情報を探り当て、大マスコミによる政治報道の裏の真実を見抜いています。このような「ネット市民」には、野田民主党も安倍自民党も霞ヶ関官僚群も大マスコミも、ほとほと手を焼いているはずです。
 これらの人たちが多数になれば、どうにも救いようのない今の我が国の政治状況は劇的に変化することになるのです。

 ただ惜しむらくは、「覚醒したネット市民」はまだまだ少数派であることです。かくて、「日本の再生か、亡国か」の大選択のかかった今回の選挙も、つまりは「未覚醒有権者群」によって嫌な方向に向かう気配が濃厚です。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『Yahoo !みんなの政治』「政治投票-衆院選比例区投票政党は?」
http://seiji.yahoo.co.jp/vote/result/201211180001/

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小沢系「50」議席、民主に迫る勢い

-「原発ゼロ」「反消費税」「反TPP」を望む皆さん。ならば投票先は「小沢系」政党へ-

 新聞・テレビの「小沢新党隠し」は度を越しています。そのくせ石原“老害”新党や橋下“アナクロ”維新の会の合併話などを針小棒大に取り上げ、あたかもこの両党が第三極の代表格であるかのように喧伝しています。

 両党は既に見たとおり、「原発推進容認」「消費増税賛成」「ТPP推進派」であり、国民が求める方向とは真逆です。自公民補完勢力の「偽第三極」に過ぎないのです。
 それに石原老害は既にご案内のように、「中国との戦争」を待望している極右政治家です。橋下徹も過去の言動から、危険なファシズム体質を隠し持っていることは明らかです。

 国力が低下している国ほどナショナリズムに傾斜しがちで、国民もまた「強い政治家」を求めがちなものです。しかしその結果どうなるのか?第一次世界大戦後、敗戦国として莫大な賠償金の支払いを求められていたドイツで「英雄待望論」が巻き起こり、ヒットラーが登場し、ドイツを破滅に導いたことに端的に示されています。

 そういえば選挙後に首相として再登場しそうな、自民党総裁の安倍晋三もこれまた極右政治家です。野田「松下政経塾」一派も右寄り、公明もご案内のとおり「右ならえ」のヌエ政党です。
 この国の将来にただならぬ暗雲を感じるのは私だけではないはすです。

 結論はおのずから見えています。
 かかる危険な「自公民+偽第三極」連立政権誕生を阻止するには、小沢新党やみどりの風、新党日本、新党大地、社民党などの「真第三極・国民連合」を大躍進に導く以外にありません。

 大マスコミが隠しに隠して動向を報道しようとしない、小沢系「真第三極」の議席獲得予想数はどのくらいなのか?以下に、それを分析している『日刊ゲンダイ』(11月20日3面)記事を転載します。  (大場光太郎・記)

                        *

「原発ゼロ」「反消費税」「反TPP」 大マスコミはわかっちゃいない
小沢系で44議席獲得 


 大マスコミは第三極から「国民の生活が第一」を外し、「小沢氏は終わった」「10~20議席しか取れない」と“抹殺”しようとしているが、侮ってはいけない。橋下・石原の合流で「右翼第三極」ができたことで、むしろ違いがハッキリしてきた。「原発ゼロ」「反消費税」「反TPP」の受け皿として、小沢系への支持がジワジワ広がっている。

 橋下大阪市長の「日本維新の会」と石原慎太郎の「太陽の党」の合流には「野合」批判のの嵐だ。政策は後回しになり、石原に引っ張られた結果、橋下がこだわってきた「2030年までの原発ゼロ」は消えてしまった。ТPPも「交渉に参加するが、国益に合わなければ反対」と足して2で割る曖昧さ。原発とТPPで財界や経産省に配慮しまくる民主や自民と大差なくなった。

 そうなるとガ然、小沢たちの国民目線の政策がクローズアップされてくる。
 「生活」は①10年後の原発ゼロ②消費増税廃止③地域主権が3本柱。これに加えて、「新党大地・真民主」「みどりの風」「社民党」のほか、民主から離党表明した山田正彦やいまは無所属の亀井静香らも、「脱原発」「反消費税」「反TPP」で一致する。これら小沢系が、有権者が求める政策を明快に訴えれば、衆院選の構図はガラリと変わるのである。

 「固定電話しか対象ではない世論調査では、有権者の本心は読めません。官邸前の脱原発デモはいまも続いていることなど、日本でも『中東のジャスミン革命』のようなネット時代の大変革が起きているのです。大マスコミはそうした現象に無関心ですが、生活、大地、みどりなどで、合計1000万票の比例票を獲得できるのではないか」(選挙事情に詳しいジャーナリスト)

“勝てる候補”はまだ増える

 かつて小沢が率いた自由党は比例660万票で18議席を獲得した。比例1000万票なら、少なくとも20議席は取れる計算だ。これに小選挙区の当選者が加わる。小沢王国の岩手は全4区独占も可能。埼玉7区の小宮山泰子、愛知4区の牧義夫、愛知14区の鈴木克昌は民主や自民の相手が新人で優勢。広島6区の亀井静香は何があっても敵ナシだ。さらに、自民が優勢とされる福島1区、2区、“原発被災地”ということを考えれば、「原発ゼロ」を明確にする小沢系の逆転が期待できる。現状でも小選挙区で24議席を上積みでき、比例区と合わせて最低でも44議席となる。

 政治評論家の森田実氏がこう言う。
 「有権者は政策的な曖昧さやごまかしを嫌い、厳密さを求める傾向がますます強まっています。橋下・石原の合流は政策的に失敗で、大きな受け皿ではなくなりつつある。脱原発、反消費税、反TPPを鮮明にする政党に票が流れると見ています」

 小沢系には、まだ表に出ていない“勝てる候補”もいる。既成政党や右翼政党との差別化が鮮明になればなるほど、小沢系の議席が増えることになる。 (転載終わり)

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シロアリ・野田首相vsくノ一刺客・三宅雪子氏

-これは大注目だ ! この選挙区の帰趨に日本の民主主義の将来がかかっている。-

 16日の「シロアリ解散」によって、政界は12月16日(日)の投開票に向けて選挙一色になります。そんな中、早々と超ビックリのビックニュースが飛び出しました。
 野田首相の選挙区である千葉4区に、小沢一郎代表率いる「国民の生活が第一」新党の三宅雪子前議員が、女刺客として殴り込みをかけるというのです。三宅氏は前回の2009年8月の総選挙では、民主党候補として群馬4区からの出馬でしたが、今回小沢代表の要請により国替え出馬となったのです。



 その三宅雪子氏が、自身のツイートで今回の対決に臨む決意を次のように述べています。https://twitter.com/miyake_yukiko35/status/269368560176992256

国民の命と暮らしを守るため、それらを脅かしている一番の責任者である野田総理と千葉4区で闘う決心を致しました。お支え頂いた群馬4区の皆様、心からお詫び申し上げます。消費増税廃止、原発ゼロへ、TPP参加反対の政策とともに、福祉と社会保障の充実を軸に命懸けで頑張ります。 (転載終わり)

 新聞・テレビは、「第三極」とは石原新党と維新の会だけであるかのような偏向報道を連日繰り広げています。しかしこんな薄汚い大マスコミの大衆操作に惑わされてはいけません。
 石原“退陽(太陽)”新党や異心(維新)の会そしてみんなの党、日本新党は「偽第三極」であり、「消費増税賛成」「原発推進」「TPP推進」と、政策的に自公民と何ら変わらない「対米隷属」の自民党補完勢力に過ぎないのです。

 国民が望む「真第三極」は、それらに悉く異を唱えている「国民の生活が第一」やみどりの風、田中康夫氏の新党日本、社民党などであるのです。
 しかし大マスコミは、小沢新党などの動向を意図的に報道していません。徹底した「真第三極隠し」「小沢新党隠し」シフトを敷いているのです。

 しかしこのたび、“シロアリな”野田首相のお膝元から「国民の生活が第一」の三宅雪子氏が対抗馬として立ちます。千葉4区は、全国一の大注目選挙区になることは間違いありません。いかな新聞・テレビとて、報道番組やワイドショーなどで同選挙区の動向を大々的に伝えないわけにいかないでしょう。
 同時に今回の大英断は、大マスコミが無視していた「国民の生活が第一」の比例票の底上げ、同党候補が立候補している全選挙区の票の掘り起こしにも直結します。

 一石何鳥もの波及効果が生まれるのです。
 さすがは「選挙の神様」小沢一郎の、選挙を知り尽くした的確な戦略というべきです。
 しかし一国の首相の対抗馬として立つからには、勝って“シロアリな”野田を叩き潰さなければ意味がありません。ズバリ三宅雪子氏に勝機はあるのでしょうか?

 私は千葉4区の選挙区事情などまったく分かりませんが、「勝機は大有り」と見ます。
 理由その1。これは何も千葉4区に限ったことではありませんが、前回民主党に投票した全国の有権者の多くは、民主党に絶望し「裏切り民主党は絶対許さない」と固く心に決めています。それがまず反野田票のベースとしてあります。

 理由その2。庶民の生活を直撃する消費増税を強行した“財務省の操り人形な”野田に対して、地元有権者すら快く思っていません。それのみか大いに怒っています。
 それが証拠に、消費税論議が白熱していた頃、船橋市内の野田事務所に、「選挙で野田首相を落選させよう」というプラカードを掲げたデモ隊が毎週大勢押しかけたのです。現職首相のお膝元でこんなデモは前代未聞です。
 基礎票の上にこの反野田票がさらにプラスされます。

 理由その3。そして「野田殺し」の真打ちとしての三宅雪子氏の登場です。
 三宅女史は気性の激しい(ところのある)人のようですが、これ以上適任な「くの一刺客」はないでしょう。名づけて「烈女のシロアリ駆除」。
 選挙期間中、三宅女史は“勝利の女神”として、棄権するつもりだった若者や浮動票も堀り起こし、千葉4区選挙民をグイグイ引っ張っていってくれるはずです。

 そうなると哀れなのが野田佳彦です。日本憲政史上、現職総理大臣が選挙で負けた例はかつてなかったはずです。野田は不名誉第一号として名を残すわけです。しかしすべては身から出た錆、自業自得です。
 ただ“自分の保身が第一な”野田は、それを見越して「比例名簿筆頭」に自分の名前を載せるという、およそ有り得ない卑怯未練な保険をかけるかもしれません。しかし「比例復活当選」では、その後の政界での影響力は限りなく削がれることになります。

 「国民の生活が第一」小沢新党は、すべての選挙区の公認候補を公表したわけではありません。参院から鞍替えするとみられる谷亮子など、隠し玉がまだまだいます。
 もうこうなったら、菅直人、仙谷由人、岡田克也、前原誠司、枝野幸男、安住淳ら、「裏切り民主党」のA級戦犯たちに次々に刺客をぶっつけ、全員落選させてもらいたいものです。


【追記】先日の『「シロアリ解散」、12月16日投開票か』が、井口和基博士のブログで取り上げられ、「シロアリ解散」は拡散・認知されました。感謝申し上げます。
http://quasimoto.exblog.jp/19221426/ (井口博士のブログ)

 (大場光太郎・記)

関連記事
『「シロアリ解散」、12月16日投開票か』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-3780.html

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室井祐月「第三極ってなにさ」

 以下は、『週刊朝日』連載コラム、室井祐月「しがみつく女」からの引用です。阿修羅掲示板に投稿されたものの、再転載です。

『阿修羅掲示板』当該記事
http://www.asyura2.com/12/senkyo138/msg/675.html

しがみつく女 第三極ってなにさ 室井佑月(週刊朝日)2012.11.23

 新聞やニュースで第三極、第三極って騒いでいるけど、彼らが言う第三極ってなんなのさ。

 もちろんそれくらいはわかってるつもりだったけど、頭が混乱してきちゃった。

 第三極というのは、二つの大きな政党のその次の勢力になりそうな政党のことじゃない?

 ほんでもって政党とは、共通の政治主張や目的を掲げる集団じゃない?

 まず、民主党が自民党の政治主張と似てきてしまったのが間違いだと思うけど、すでにある政党だから第一極、第二極となるわな。

 けれど、両者とも主張が似通っているわけで、あたしら有権者にとっては全く別の主張をする政党が欲しいところ。それが第三極になるんじゃ……。

 でも、マスコミのみなさまのおすすめ第三極は、石原・橋下連合だったり。

 石原さんは、息子も自民党にいるし、今までの発言を聞いていると、自民党にとっても近い。

 日本維新の会の橋下さんは、脱原発に舵を取ってくれるのか微妙。大飯原発の再稼働も認めたしな。消費税増税もTPPも賛成だ。

 次の総選挙であたしが支持したいのは、脱原発、消費税増税反対、TPP反対の政策を掲げる集団で、

 となると小沢さん率いる国民の生活が第一ということになるが、なぜかこちらはほとんどマスコミに取り上げられない。人数的には3番目だっていうのにね。

 よっぽど、今この国を動かしている一部の権力者たちは、脱原発・消費税増税反対・TPP反対、この三つはしたくないんだろうと思われる。嫌なことなんだろう。

 けど、その三つを堂々と主張してくれる集団こそが、第一極とも第二極とも違う、それ以外の受け皿になる第三極なんだと思うけど、違う?

 話は変わって、あたしが愛読している植草一秀さんのブログの11月3日号に、核廃棄物の最後の処分地についての、班目春樹元原子力安全委員会委員長と、京都大学助教の小出裕章氏の言葉が取り上げられていた。

 班目さんいわく、

 「どうしても、みんなが受け入れてくれないって言うんだったら、いままでこれこれと言ってたけど、その2倍払いましょう。それでも手上げないんだったら、じゃ15倍払いましょう、10倍払いましょう。どっかで、国民が納得する答えが出てきます」

 小出さんいわく、

 「私か原子力に反対する根本の理由は、自分だけがよくて、危険は人に押し付けるという、そういう社会が許せなかったからです」

 どちらが人として立派か。班目さんは金で解決と言っているけど、自分の金ですらないのだ。

 しかし、この国で権限があるのは、人として偉くないほうなんだよな。

 あたしら有権者がマスコミの第三極の話に眉をしかめてしまうのは、国のトップにいる人たち(大手マスコミも含む)の感覚がすべてこの班目さんのようなものじゃないかと疑うからだ。    (以上)

※植草一秀の『知られざる真実』2012年11月 3日 (土)活断層存在の可能性で大飯原発は運転中止すべき・・・・・活断層が存在するとの疑いが存在するのに、その疑いに真剣に対処してこなかったとの疑いが濃厚である。そこには、ある種の「差別の構造」がある。 以前にも紹介したが、核廃棄物の「最後の処分地」について、斑目春樹元原子力委員会委員長が放った言葉がある。

「「最後の処分地の話は、最後は結局お金でしょ。
 あのー、どうしても、そのー、えー、みんなが受け入れてくれないって言うんだったら、じゃあ、おたくには、これ、その、じゃあ、えー、いままでこれこれと言ってたけど、その2倍払いましょう。それでも手上げないんだったら、じゃー5倍払いましょう、10倍払いましょう。どっかで、国民が納得する答えが出てきます。」
 
これに対して京都大学助教の小出裕章氏が語った言葉は次のものだ。

「私が原子力に反対する根本の理由は、自分だけがよくて、危険は人に押し付けるという、そういう社会が許せなかったからです。電力を使う都会には原発を作らないというのもそうですし、原子力発電所で働く労働者はほんとに底辺で苦しむ労働者であったりするわけです。こういう社会を私は認めたくないので、原子力に反対してきています。」二人の人物の言葉をよく吟味して欲しい。
電力会社は原発を推進するが、なぜ、社長が原発を立地する場所に居住地を定めないのか。あるいは、社長が居住する場所に原発を立地しないのか。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-a9a0.html  

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「シロアリ解散」、12月16日投開票か

 -「米官業政電」シロアリ勢力の圧力に屈せず、第三極がどこまで結集して総選挙に臨めるか。ここにこの国の浮沈・再生のすべてがかかっている-

 “酔いどれな”野田首相が16日、正式に衆院を解散するようです。ホントかウソか、今年の流行語大賞候補に「近いうち解散」がノミネートされ、“ペテン師な”野田のくせしてそれを気にし、流行語大賞になるのを避けたかったというのです。
 どうせ根が“ウソツキな”野田なのだし、それをとうに多くの国民が見抜いているのですから、今さら気にするほどでもあるまいに…。

 さまざまな政治的状況から判断して、投開票は12月16日(日)となる可能性が高そうです。この日程は、“操り人形な”野田を、後ろで糸を引くシロアリ財務省の思惑でもあるようです。

 “決められない政治家な”野田は、どうあがいても民主党大惨敗必至の総選挙を、グズグス限りなく先送りしたかったのが本音です。
 しかし“シロアリ財務省の走狗な”野田は、自民党の解散圧力の強まりを受け、ここで解散しないと肝心の密室談合3党合意が白紙に戻り、「政治生命を賭けた」はずの消費増税法案そのものがパーになる事態を恐れたようです。

 “自身の保身が第一な”野田にとって、もうこうなったら与党民主党が例え5、60議席くらいまで超転落しようと知ったことではありません。(それを見越して、鳩山由紀夫グループなど離党のタイミングを測っている民主党議員はけっこういる。)
 “自分もシロアリな”野田は、それを丸ごと自分の派閥とし自民の軍門に下り、自民党野田派に衣替えして自身の影響力を存続させる腹(黒)づもりらしいのです。

 それより何より“小沢が怖い”野田は、12日控訴審無罪となって晴れてフリーハンドを得た小沢一郎の復権を誰よりも恐れています。そこで年内解散に踏み切る最大の狙いは、「第三極潰し」なかんずく「小沢復権潰し」にあるとみられています。

 確かに第三極といわれている各政党間の調整・結集は今のところ進んでいません。解散を間近にして「TPPが争点」と言い出したのも、小沢が描いている「オリーブの木構想」に楔(くさび)を打ち込み、ТPPで不一致な第三極各政党を分断する狙いがあります。
 また年内解散に持ち込めば、小沢新党や橋下維新の会などは政党助成金が受け取れません。“小沢が怖い”野田&現民主党執行部にとって、その意味でも年内解散がベストなのです。

 “裏切り”民主党に対する国民の怒りは頂点に達しています。“ダメな”野田&岡田ら同類の現民主党幹部らがいかに小細工を弄(ろう)そうとも、民主党超転落は免れないことでしょう。ならば安倍自民党が過半数を得て、単独第一党として政権奪取できるのでしょうか。
 各種世論調査からみて、どうもそうはならないようです。「自公民の連立政権を望む」は30%台と、多くの国民は一度見限った自民党の再登板も望んではいないのです。世論調査の結果では「第三極の結集に期待する」が60%以上となっています。

 確かに、フタを開けてみれば、旧態依然たる「自公民連立政権」誕生では、一体何のための総選挙だったか分からなくなってしまいます。
 毎度繰り返しますが、消費増税、原発再稼働・推進、TPP推進、米軍基地規模拡大、集団的自衛権行使容認…。こういう重要な政治課題が、国会論戦軽視、議会制民主主義否定の密室談合政治でどんどん決定していってしまう可能性があります。

 自公民は「米官業の利益が第一」で一枚岩です。その上始末が悪いのは、新聞・テレビがこれらすべてを容認報道し、「イエス」の方向に世論誘導し続けることです。
 これではこの国は完全に亡国一直線です。

 亡国を回避するには、「国民の生活が第一」「政治主導」「脱官僚」「デフレ脱却・景気浮揚」「地方への財源委譲」などの根本的な政策転換によって、「米官業の利益が第一」の政治から脱却しない限り不可能です。
 新聞・テレビは極力スルーして報道しませんが、第三極といわれる各政党で、以上のあるべき政策について一番ブレていないのが小沢一郎率いる「国民の生活が第一」党です。

 ますます強まる「米官業政電」旧勢力の圧力をはね返して、小沢新党を軸として第三極がどこまで結集できるのか。そこに真の意味での「政界再編」がかかっています。それより何より、そこにこの国の浮沈・再生がかかっているのです。

 (大場光太郎・記)

参考
 今やすっかり有名になった『野田 シロアリ演説』動画 (“ウソツキな”野田、“ペテン師な”野田の動かぬ証拠、ここにあり。)
http://www.youtube.com/watch?v=qmZoWlsr76o

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フォレスタの「旅愁」

  ふるさとにあゝ忘れ物虎落笛(もがりぶえ)   (拙句)


    『フォレスタ-旅愁』新(撮り直し)ヴァージョン
     (この動画は削除されました)
    『フォレスタ-旅愁』旧ヴァージョン
     http://www.youtube.com/watch?v=fy5vhrssm_I

    旅 愁    (オードウェル原詞・作曲、犬童球渓)

1.更けゆく秋の夜 旅の空の       2.窓うつ嵐に 夢もやぶれ
 わびしき思いに ひとり悩む        はるけき彼方に こころ迷う
 恋しや古里 なつかし父母         恋しや古里 なつかし父母
 夢路にたどるは 故郷の家路       思いに浮かぶは 杜のこずえ
 更けゆく秋の夜 旅の空の         窓うつ嵐に 夢もやぶれ
 わびしき思いに ひとり悩む        はるけき彼方に こころ迷う 

 ある一定以上の方にとっては、何とも懐かしい歌なのではないでしょうか。私のような“望郷者”は、不用意にこの歌を聴こうものなら、たまらず涙がどっと溢れてきてしまいます。

 思えば、この歌は私が小学校5年生の秋音楽の授業で習ったのでした。習い覚えてほどない「更けゆく晩秋の夜」、学校の図書館で借りたある本を読みふけっていました。当時お世話になっていた、郷里町の母子寮の我が家の八畳一間の壁に寄りかかりながら。
 母と妹は既に寝ていたようです。物音一つせず、山形県内陸部の田舎町の夜はしんしんと更けていくばかりです。(その頃からでしょうね、私の心の中に「孤独」という厄介な分離の観念が忍び入ってきたのは。)

 読書が一くぎりついて、本を膝の上に置いて目を上げたとき、ふとこの歌の歌詞とメロディが思い浮かんできました。そしてしみじみ思ったのです。
 (オレもそのうち、遠くのどこがさ、行がんなねなだべねぇ…) 
 『旅愁』が、故郷を遠く離れた人の、しみじみ故郷を想っている歌であることを理解した上でそう思ったのです。

 それより前、三橋美智也の『赤い夕日の故郷』が流行(はや)っていた頃、私は小学校2年生でした。だからその頃は、いつか『赤い夕日の故郷』を郷里町を遠く離れて聴くことになる、というような想像力はまだありませんでした。

 しかし5年生ともなると、「現実」や「世間」というものが少し見え始めてきます。以前『故郷を離るる歌』でも述べましたが、寮内のだいぶ年長者が、中学校卒業と同時に集団就職のため上京して行く姿をずい分見てきました。地元駅頭での見送りに、小学生の私なども毎年のようにかり出されたのです。

 2、3歳上と比較的年の近い先輩には、時に思い切ってぶん殴られるようなこともありました。しかしうんと年長の人たちからは、「コタロく~ん !」と“めんごがられ(可愛いがられ)”ました。
 そんな人たちが早春のある日、昔々の出征兵士よろしく、大勢の人たちが集まる中、中学の応援団の掛け声で始まる校歌や応援歌で見送られて汽車に乗って行ってしまうのです。
 子供ながらに、『オレもそのうち…』と思うのも無理からぬところです。

 『旅愁』について簡単にみていきます。
 ご存知のとおり、元々はアメリカの歌です。原曲『Dreaming of home a mother』(「ふるさとと母を夢見て」)は、ジョン・P・オードウェル(1824-1880)によって作られました。
 これを明治40年(1907年)訳詞したのが、犬童球渓(いんどう・きゅうけい)です。犬童は熊本県人吉市出身で、東京音楽学校(現・東京藝術大学)を卒業後、各地を転々としました。新潟県の新潟高等女学校に赴任していた明治40年(1907年)、この歌を訳詞したのです。

 この歌は、同年8月に発売された『中学教育唱歌集』で取り上げられ、同唱歌集に収められた同じく犬童球渓訳詞の『故郷の廃家』とともに、その後広く歌い継いでいかれることとなりました。
 まさに「旅愁者」そのものだったと言っていい犬童訳詞の『旅愁』は、今日でも強い訴求力を失うことなく、2007年「日本の歌百選」の一曲に選定されました。(なお米国でこの歌は“忘れられた歌”であるようです。)

 この『旅愁』を、最近女声フォレスタが歌い直しています。
 「コーラスはかくあるべし」と思うような、新人の内海真理子さん、上沼純子さんを加えた5人の新女声フォレスタによる見事なコーラスです。低音部はメッツォ・ソプラノの吉田静さんのみかと思ったら、このコーラスでは前列の白石さん、上沼さん、吉田さんの3人が担当しているようです。そして高音部を後ろの中安さんと内海さんが。

 5人の息がぴったり合った、完成度の高いコーラスという気がします。そこで門外漢の「優れたコーラス」の勝手な定義。
 「優れたコーラスとは、高音と低音が絶妙に調和し合ってかもし出される、心地良いハーモニーのことである。」

 さりとて、旧ヴァージョンも捨てがたいところがあります。私は、今年春削除されたこの『旅愁』動画をよく聴いていましたから。
 矢野聡子さん、小笠原優子さん、そして結成以来ずっと女声フォレスタを担い続けてきた白石佐和子さん、中安千晶さんの4人によるコーラスです。この歌では、前列の矢野さんと中安さんが高音パートを、後ろの白石さんと小笠原さんが低音パートを担当しているようです。

 ああ、そうそう、他の歌でもよく見る、あの大きな白い月のバック。これも含めて、矢野さん、小笠原さんが現在活動休止中であるだけに、なにやら懐かしい感じがしますね。

 なお末尾に掲げますが、この旧ヴァージョン、NHKが、天才女流詩人の金子みすずの特集番組でBGMとして借用しているようです。(以下独り言)へぇ~NHKさん、『BS日本 こころの歌 フォレスタコーラス』をしっかり認識し、評価もしてるんだ。だったら、年末の例の国民的ビックイベントに、なるべく早くフォレスタを出演させてくださいよ。

 (大場光太郎・記) 

『フォレスタ-旅愁』NHK借用、金子みすず画像ヴァージョン
http://www.youtube.com/watch?v=ekWF_7eftN4
関連記事
『フォレスタの「赤い夕日の故郷」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-6d8d.html
『故郷を離るる歌』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-d5d3.html

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小沢一郎、12日「無罪判決」 !?

 -12日の小沢代表の「無罪判決」は当然だ。それより繰り返し言うが、検察+大マスコミは、この間の「失われた3年半」の“落とし前”どうつけるつもりだ !-

 週明けの12日(月)、東京高裁で小沢一郎「国民の生活が第一」代表の控訴審「無罪」判決が確実視されています。もし本当に「無罪」なら、往生際の悪い検察官役の指定弁護士らもさすがに諦めて、一連の小沢事件・小沢裁判は本当に決着することでしょう。
 90%以上は小沢無罪で決まりだとしても、フタを開けるまで油断は禁物です。と言うのもここにきて、東京高裁が「一審差し戻し」と判断する可能性があるという、気になる怪情報が流れているからです。

 小沢関連記事を初めて読まれる方がおありかもしれませんので、再三繰り返します。
 一言で結論づけるならば、一連の小沢事件・小沢裁判とは、検察、検察審査会、最高裁事務総局などという“司法一家”総ぐるみの、政権交代の主役・小沢一郎を抹殺するための「世紀の大謀略」だったのです。
 これは心ある“ネット市民”の間では今や常識中の常識です。

 ここでは大謀略の詳細を述べることはしませんが、とにかくこれが、法治国家日本の中枢である司法組織という「法のねじ曲げ集団」「無法者集団」の実態なのです。 

 ところで、一連の小沢事件を担当した東京地検幹部らが、現場から次々に“トンズラ”しています。当時の検事総長だった樋渡利秋は、既に検察を退職して都内の大手法律事務所に天下りました。小沢事件デッチ上げの最大の“首謀者”だった大鶴基成も、昨年検察を中途辞職し、これまた都内大手法律事務所に再就職しました。現場指揮の責任者だった東京地検特捜部長(当時)の佐久間達哉は、その後大津地検の検事正を経て、現在は二度と日の目を見ない検察内部の某閑職に左遷されました。

 そして今回また、大鶴に並ぶ首謀者格の谷川恒太(59)が定年退職前(小沢無罪判決前)に辞職したのです。谷川は盛岡地検検事正だった時小耳に挟んだ程度の、根も葉もない小沢の東北ゼネコン汚職疑惑を真に受けた人物です。この者らの主導によって、後の2009年3月の大久保隆則元秘書逮捕に至ったのです。

 『そして誰もいなくなった』とは、アガサ・クリスティの推理小説のタイトルです。しかしこと検察に関しては、冗談じゃ済まされないんだよ !

 毎度言うことですが、大鶴、佐久間、谷川らがデッチ上げた3年半前の大久保元秘書“冤罪”逮捕がなかったなら、小沢民主党代表(当時)は辞任を要せず、09年9月に発足した民主党新政権で「小沢首相」が誕生していたはずなのです。
 もしそうだったなら、政界きっての実力者・小沢のリーダーシップにより、「国民の生活が第一」「政治主導」「脱官僚」「財源の地方への大幅委譲」などの政権公約は速やかに実行に移され、今頃は着実な成果を上げていたはずなのです。

 この3年半、かくも不毛な政治状況を作り出した「ならず者集団」の検察。それに魔素直に乗っかって、連日「小沢の人格破壊キャンペーン」を繰り広げた、「ならず者幇助機関」としての大マスコミ。本当にこの責任、どう取るつもりなんだい !

 以下に、小沢関連の『日刊ゲンダイ』記事を転載します。  (大場光太郎・記)

                        *
いよいよ本格始動 12日「無罪判決」小沢一郎 「第三極」結集シナリオ

 きのう(9日)小沢一郎は、「国民の生活が第一」に所属する議員の選挙区に入り、街頭演説している。場所は愛知県の山あいの村、しかも軽トラックの荷台の上での演説だったが、300人以上が集まった。無罪が決まったら、公認候補53人全員の選挙区に入り同じように演説する予定だ。

 小沢一郎が政権に返り咲くかどうか。すべては「第三極」が結集するかどうかにかかっている。刑事被告人の小沢は遠慮しているのか、これまで「維新の会」やみんなの党」などと接触していない。だが、本人は「オリーブの木構想」の実現に自信を持っているという。

 「小沢さん本人は動いていないが、盟友の鈴木宗男さんが名代として9月ごろから活発に“第三極”の間を飛び回っています。さすが人たらしの宗男。“小沢嫌い”と見られている<維新の会>の松井一郎とも会い、『民主、自民と戦うには第三極の結集が必要だ』と口説いている。たしかに冷静に考えれば、第三極がバラバラでは民主、自民には絶対に勝てない。無罪が確定すれば、小沢さんも積極的に動き出すはずです」(政界関係者)
 
民主から離党30人も合流か

 小沢一郎が自信を深めているのは、解散が決まったら、民主党から30人以上が離党し、「第三極」として一緒に戦う算段がついているからだ、という情報も流れている。
 いずれにしろ、晴れて「無罪」となれば、結集に二の足を踏んでいる「みんなの党」や「維新の会」も連携に動きやすくなる。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が言う。

 「政局は小沢さんのシナリオ通りに進んでいると思う。オリーブの木が成功するかどうか、カギは“選挙協力”ができるかどうかです。小沢さんの強みは、公認候補53人の選挙区を決めていないことです。選挙協力のためなら、誰でも、どこにでも動かすつもり。<国民の生活が第一>の議員も全員、小沢さんに言われれば、自分を犠牲にして選挙区を移る気でいる。これなら、どの政党でも連携できる。小沢さんの選挙戦略、オリーブの木構想は、非常にシンプルで合理的。『どの政党だろうが一番勝てる候補を選べばいい』『それが出来れば300選挙区すべてで勝てる』というものです。みんなの党も、維新の会も、最後はこの考えに乗らざるを得ないのではないか」

 この3年半、検察の謀略によって政治活動を制限されてきた小沢一郎。「無罪」判決が決まったら、第三極のキーパーソンとして動きはじめることになる。  (転載終わり) 

転載・参考
『日刊ゲンダイ』(11月12日3面)
関連記事
『時事問題』カテゴリー(小沢事件・小沢裁判関連記事多数あり)
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat32991631/index.html

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夢見るこの天賦の才能

           ロバート・シュラー

  夢見るこの素晴らしい天賦の才能
  あなたは何になりたいのか?
  あなたはどこに行きたいのか?
  あなたは何をやりたいのか?
  あなたが完成したいと願うプロジェクト、
  あなたが達したいゴールー
  これがあってこそ、あなたは真の意味での
  人間になれるのだ。

  生きとし生けるものの中で、
  最も素晴らしい生き物にあなたはなる。
  人間は創造主神の子だ。
  だから、人は神の子として与えられた、
  自分の運命を満たそうとする。

  あなたが美しい夢を見るとき、
  神は、あなたの心の中で働いてくださるのだ。
                  (訳詩者不明)
…… * …… * …… * …… * …… * ……
 先日の『ジォニ・ジェイムス「夢見る頃を過ぎても」』作成の過程で、この詩を思い出しました。

 ロバート・シュラーは1926年アイオワ州生まれの、アメリカにおける著名な宗教指導者の一人です。それよりもシュラーは、ニュー・ソート(新しい考え方)に基づいた「積極的な考え方の力」の提唱者・実践者として、先輩格のノーマン・ピールとともに我が国でもその名を知られています。

 この詩は、30代前半頃に読んだロバート・シュラーの著書の中にあったものです。一読強いインパクトを感じ、すぐさま手帳に書き写しました。その著書は処分してもうありませんが、やはり「積極的考え方の力」を力説し我が国でも好評だった本でした。
 つまりはその本から得た私の唯一の収穫がこの詩だったのです。その後この詩は、何度か手帳に写し替えられ、最終的にここ2年ほど私が座右の一冊にしている『思考は現実化する』(きこ書房刊、ナポレオン・ヒル著、田中孝顕訳)の中ほどの余白に書き込まれ、折りに触れて目を通して今日に至っています。

 特別解釈の必要もないほど、分かりやすい詩です。読むほどに新たな「やる気」が湧いてきます。
 ただし「人間は創造主神の子だ。」というフレーズは、いかにもキリスト教独特の表現で少し抵抗を感じられる方もおられるかもしれません。しかし我が国の神道系新宗教も、たとえば生長の家を代表として「人間神の子、本来無限」と説いています。若い頃その分野を少しかじった私には、「まったくそのとおり !」と違和感なく受け入れられます。

 この詩の中で私が特に注目したいのは、1行目の「夢見るこの素晴らしい天賦の才能」というフレーズです。「夢見ること = 天賦の才能」だというのです。
 この場合の「夢」とは、いまだ現実的には実現していない願望や目標ということです。そういう意味では、人間誰もが「夢見る」ことは出来るわけです。つまりすべての人間は生まれながらに「素晴らしい天賦の才能」を備え持っているのです。

 しかしこの素晴らしい天賦の才能を十二分に発揮するには、強い意志に基づく「夢の結晶化」が必要です。常日頃のすぐに消えてしまう夢まぼろしのような、うたかたの夢ではおよそ「現実化」の役には立ちません。そこでシュラーは言うのです。
  あなたは何になりたいのか?
  あなたはどこに行きたいのか?
  あなたは何をやりたいのか?

 「はっきりした願望や目標を持つこと、(略)これこそがあらゆる成功の出発点である」
とは、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(「成功哲学」)の核心でもあります。

 ロバート・シュラー自身が「夢見る素晴らしい天賦の才能」を遺憾なく発揮し、「完成したいと願うプロジェクト」を明確に定め、遂には「達したいゴール」に到達した人だけに、この詩は説得力があります。

 若い駆け出しの牧師だったシュラーは、片田舎町の落ちぶれた小さなオンボロ教会をあてがわれました。雨漏りする屋根を修繕したくても満足に修繕費さえ集まらないような、貧窮教会が彼の出発点だったのです。
 しかし積極的思考の持ち主であるシュラーは、そんな惨めさにもめげず挫けませんでした。

  神は不可能ということをご存知ないのだ。  (ロバート・シュラー)

 シュラーは最悪のところから出発して、次々に教会の規模や人々に与える影響力を拡大していったのです。その結果、シュラーはカリフォルニア州オレンジ郡ガーデングローブに「クリスタル大聖堂」という、全米1、2を争う壮麗な聖堂を創設しました。また『アワー・オブ・パワー』(「力の時」)というテレビ伝道も人気を博しました。

  志(こころざし)を立てるのに遅すぎるということはない。  (出典亡失)
  年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱(いだ)き得るものは何か。
   (サミュエル・ウルマン詩『青春』の一節)

 「志 = 夢」のある人にとって、「夢見る頃を過ぎても」などということは無いということです。例え後悔、失敗だらけの痛恨の過去であったとしても(他ならぬ私自身のこと)、過去は過去、もう過ぎ去り消えてしまったのです。自分が気に病むことさえしなければ、過去のいかなる出来事も現在の自分に影響を及ぼすことはありません。
 「be here now」-「今ここ」こそが、まっさらな未来を築く出発点であり作用点なのです。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『ジォニ・ジェイムス「夢見る頃を過ぎても』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-6506.html
『成功哲学の詩』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-003b.html
『青春』(サミュエル・ウルマンの詩)
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-d1d1.html
『夢の八訓』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-e958.html

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「オバマ再選」の裏を読む

 -ユダ金&イルミナティという重苦しい“有史以来”の人類支配構造が根底から覆らないかぎり、日本と世界の真の「チェンジ」は有り得ない-

 6日投開票の米大統領選でオバマ大統領(51)が再選されました。これまでの大統領選の過程、投票結果などについては既に新聞・テレビで詳細にご存知のことでしょう。そこでここでは「オバマ再選」の裏読みなどについて、あくまでも私の自己流で述べてみたいと思います。

 話は4年前の米大統領選に戻ります。その何年か前に米国のスピリチュアル関係の著名な人が、「2008年に大統領に選出される人物は霊性が極めて高く、その優れたリーダーシップにより、9・11の真相を暴露し、米国及び世界はスピリチュアルな新時代を切り開いていくことだろう」というような“予言”がなされていました。
 そして登場したのが、「初の黒人大統領」という触れ込みのバラク・オバマでした。私はつい『オバマがそうなのか?』と期待したものでしたが、どうも違っていたようです。

 かねてから歴代米大統領は「アングロサクソンを中心とした白人種しかなれない」という不文律がありそうなのでした。さらにうがって言えば、「レプティリアン」(地球外“爬虫類型”生命体)による白人系の「13血流」の子孫しか米大統領にはなれないと。
 確かにケネディ家もクリントン家もブッシュ家も、13血流を受け継いだ欧州貴族の末裔らしいのです。例えば(ユダ金&イルミナティが仕掛けた)9・11&イラク戦争に乗っかったのはジョージ・ブッシュでしたが、あんなトボケた顔をしていながら、ブッシュ家は何と、(「トカゲの女王」エリザベス一世を始祖とする)英国王室・ウィンザー家に繋がる名門イングランド貴族の流れなのです。

 ユダ金(ユダヤ国際金融資本)&イルミナティによる米大統領としての「血流改め」は厳格なはずで、現状の世界システムにあって、パーフェクトな黒人が大統領になれるはずがありません。
 やはりバラク・オバマは純黒人ではなく、白人系の母方を通して白人の血がクォーター(4分の1)分流れているのです。

 その大統領のユダ金&イルミナティとのスタンスがとのようなものであるかを推し量るには、「イスラエル共和国との付き合い方」を見ればおおよその判断がつきます。
 4年前からオバマ大統領のイスラエル外交をそれとなく見てみるに、ガッカリするほどの「親イスラエル」でした。就任の年のビックリのノーベル平和賞は、そのご褒美のようなものでしょう。
 それに1期目選挙の時から全米のユダヤ票をオバマ自身が当てにし、実際かなりのユダヤ票を獲得したのです。

 その点で「チェンジ」を掲げて登場したオバマは、従前の大統領とさして変わりばえしない“並みの大統領”にすぎないのです。

 世界的な景気低迷、米国自身の深刻な財政危機…。これは現オバマ政権下で起きたことで、オバマの4年間で米国は失業者数、財政赤字とも倍に膨れ上がっています。これまで出来なかったことを、再選後の奇跡的改善に期待など出来るのでしょうか。
 これまでの常識では、オバマ再選は有り得なかったことでしょう。
 なのにフタを開けてみると再選。一体何があったのでしょうか?

 どうも米国&世界を裏でコントロールしているユダ金の勢力地図が大きく変化したとみられるのです。昨年駆け巡った、これまで「世界帝王」と恐れられてきたディビッド・ロックフェラーの「失脚」はどうやら本当のことのようです。
 第二次世界大戦そして1960年代ロックフェラー家の実権をディビッドが略奪してから、ロックフェラーが主となり、それまで揺るぎない世界盟主だったロスチャイルドは従的立場に甘んじてきました。

 ある人は、「戦争屋」のロックフェラー、「銀行屋」のロスチャイルドと単純化しています。その伝(でん)で言えば、戦後からこれまでに起きた主だった戦争-朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争などは、共和党支持の「戦争屋」ロックフェラーが仕掛けたものと断定できそうです。
 仮に大まかにそういう構図だとすると、昨年夏以降覇権を取り戻したとみられる「銀行屋」ロスチャイルドは民主党支持ですから、今回の奇妙なオバマ再選も合点がいくわけです。

 軍需産業が支持基盤である共和党のロムニーが勝利でもしていれば、それでなくても一触即発のイラン情勢は予断を許さなかった、とみられています。ブッシュ親子がそうだったように、1期目早々「イラン戦争」になるのは間違いなかったことでしょう。
 その点ではオバマ民主党が続くことは、世界にとって「やれやれ」です。しかし例のイスラエル共和国のイランへの警戒心は相当のものです。今後4年間、オバマ政権は果たしてその戦争圧力をかわし切れるのかどうか。もしかわせずイランとの戦争に突入でもしてしまえば、それこそ大変です。

 何度も言うように、旧約からの聖書預言では「世界最終戦争はイランから始まる」ことになっているからです。

 (追記)オバマ再選と日本との関わりですが、米国の危機的財政状況、今後の対中戦略、親日家として知られたキャンベル国務次官補の退任などから見て、一段と厳しい対日要求を覚悟すべきなのではないでしょうか?

 (大場光太郎・記)

関連記事
『「change」はできるのか !?』
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『えっ。オバマにノーベル平和賞 !?』
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『「テロ国家」イスラエル』
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ジォニ・ジェイムス「夢見る頃を過ぎても」

-あの頃American Dreamには本当の「夢」があった。それを歌にすればこの歌-

 

When I Grow Too Old To Dream (邦題「夢見る頃を過ぎても」)

(Oscar Hammerstein and Sigmund Rombert)

We have been gay
Going our way
Life has been beautiful
We have been young
After you've gone
Life will go on
Like an old song we have sung

When I grow too old to dream
I'll have you to remember
When I grow too old to dream
Your love will live in my heart

So kiss me my sweet
And so let us part
And when I grow too old to dream
That kiss will live in my heart

And when I grow too old to dream
Your love will live in my heart
Oh your love will live in my heart

 Joni James(ジォニ・ジェイムス)が歌うこの『When I grow too old to dream』を知ったのは、前回の『ジォー・スタッフォード-往年の名女性歌手』との関連でです。ジォー・スタッフォードが歌う『アフトン川の流れ』(『Flow Genty,Sweet Afton』)終了画面に注目動画としてこの曲があったのです。

 『When I grow too old to dream?』。何だ、この長ったらしいタイトルは。知らないぞ、こんな歌、とは思いつつも。この動画の美しい画像に“注目”して、取りあえず一ぺん聴いてみるか、となったのです。
 「Joni James」という女性歌手、これまた初めて聞く名前だけど美しい歌声です。それに途中から何となく聴き覚えのあるメロディになったではありませんか。確か、かつてどこかの喫茶店かコーヒーショップかで、メロディだけのBGMで流れていたはずです。

 何度か聴いた私は俄然興味が湧き、『When I grow too old to dream』についてネットで調べてみました。探すのに少し苦労しましたが、この原題は我が国で『夢見る頃を過ぎても』と訳されている歌であることが分かりました。
 『何だ、このタイトルなら知ってるぞ』。こうして今まで『夢見る頃を過ぎても』というタイトルと、メロディを別々で知っていたものが、今回ピタッと一致したのです。

 この歌はオスカー・ハマースタイン二世の作詞、シグムンド・ロンバーグの作曲により1934年に作られた歌のようです。そもそもこの歌は、翌1935年に公開された映画『The  Night is Young』(邦題『春の宵』)の劇中曲として、はじめにロンバーグの曲がまず出来上がり、後でハマースタイン二世が歌詞を作ったのです。
 いわゆる「先曲後詞」の好例ですが、ハマースタイン二世が詞を完成させるのに3週間かかったのだそうです。その間の苦労話などを後に彼自身が『作詞に関する覚書』(1949年)として記しています。作詞全般からこの歌のタイトル、一つ一つのフレーズが出来るまでのプロセスなどについて、なかなか示唆に富む記述です。(参考に末尾に、それを訳したサイトURLを掲げました。)

 アメリカの昔の歌ながら、今の“異国”の私が聴いても大変「懐かしい」感じがする歌です。
 1934年は我が国の年号で言えば昭和9年、1929年(昭和4年)ウォール街の株暴落に端を発した世界大恐慌からアメリカ自身がようやく立ち直りかけ、米国お得意の「戦争による経済浮揚」を目論んで、かねてから用意しておいた膨大な「オレンジノート」(対日戦争戦略文書)を実戦に生かす機会を、虎視眈々と狙っていた時期だったことでしょう。

 このように、その頃のアメリカとて諸々の問題もあったのでしょう。が、こういう良い歌が作られ大ヒットした時代というのは、アメリカにとって「幸せな時代」だったと言うべきです。
 この歌の「dream」は、「Aerican Dream」(アメリカン・ドリーム)にも通じるように思われます。
 後の1960年代のケネディ大統領暗殺やベトナム戦争などによって「Broken dream」になるずっと前。当時のアメリカ国民は「アメリカン・ドリーム」がもっと純粋に信じられた、アメリカにとっての「古き良き時代」です。

 この『When I grow too old to dream』を、当初は同映画に主演したラモン・ナヴァロ、イヴリン・レイが歌いました。
 その後オールドソングとしてスンダードナンバー化したことにより、さまざまなアーティストがこの歌を歌っています。主なところでは、ダイアナ・クラール、ドリス・ディ、リンダ・ロンシュタットなど。極めつけは、ナット・キング・コールがコテコテにジャズアレンジして歌っていることです。

  … 夢見る頃をとうに過ぎてしまったけれど
    僕は君を想い続けている
    夢見る頃を過ぎたのに
    君の思い出は僕の胸の中にある …

 この動画で歌っているジォニ・ジェイムスは、1930年生まれで、1950年代から60年代に活躍し、そのチャーミングな美貌から「アメリカの恋人」と称されたほどの人気のあったポピュラーシンガーのようです。
 この歌でも、彼女の伸びのある高く澄んだ美しい声が印象的です。

 ジォニ・ジェイムスがこれを歌ったのは1959年(昭和34年)ですが、伴奏は基本的にギターのアルペジオ演奏のみ(途中ハープ演奏が加わる)。
 その後ありがた迷惑にも、息急(いきせ)き切ったアップアップしたアップテンポの曲ばかり、我が国にどんどん送りつけて来たのがアメリカです。そんなアメリカでさえ、当時はこんなゆったりした心地良い美しいワルツの曲が受容されていたのです。
 これですよ。人の世のそして自然の、あるべきテンポとは !

 最後に、この歌の画像についてー。
 この歌とは直接関係ないのでしょうが、実に美しい海辺の絵です。この画像を見た時から、私はこれまた何の関係もないことを連想してしまいました。
 私はブログ開設間もない頃、『遥かなるレムリア』という詩を公開しました。実はその詩に続いて『レムリアの浜辺』『レムリアの風』など一連の「レムリア詩」を予定していたのですが、どうにも着想が思い浮かばず断念したのでした。
 この美しい絵。そうです、これです。「レムリアの浜辺」のイメージにピッタリです !

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『All the Things When I grow too old to dream』-「酷使された言葉:DivineとDream』(ハマースタイン二世『作詞に関する覚書』の抄訳あり)
http://homepage2.nifty.com/jazzsong/es090228.html
『夢見る頃を過ぎても』(リン・ロンやキング・コールなどのこの歌の動画あり)
http://ameblo.jp/popfreak/entry-10989863120.html
関連記事
『ジォー・スタッフォード-往年の名女性歌手』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-91c9.html
『遥かなるレムリア』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b430.html

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ジョー・スタッフォード-往年の名女性歌手

 -ジョー・スタッフォードは、かつて全米を代表する女性歌手だったらしい- 

 先日の『バーンズ「アフトン川の流れ」』を作成している過程で、『アフトン川の流れ』にふさわしいユーチューブ動画はないものかと、あちこち当たっていました。その結果『おっ、これはいいぞ !』と思って同記事末尾に二つの動画URLを表示しました。
 一つは、「ロジェ・ワグナー合唱団」による合唱曲、そしてもう一つは「Jo Stafford」(「ジョー・スタッフォード」と読む)という歌手によるソロ曲でした。

 ロジェ・ワグナー合唱団もジョー・スタッフォードも初めて聞く名称であり名前です。それはともかく、両方とも味わい深いコーラスであり歌唱なので、末尾の動画URL表記に寸評を加えました。

 『アフトン川の流れ』は、今から40年以上前高校の音楽の授業で教わって覚えただけで、その後たまに思い出してメロディが蘇えることはあっても、どこからかこの曲が流れてきて思わず耳をそば立てたというような記憶はありませんでした。
 今回この二つの動画を繰り返し聴いて、あらためて『アフトン川の流れ』がいかに良い歌かを再認識させられたのです。

 特に私が興味を覚えたのは、ジョー・スタッフォードによるソロ曲の方でした。
 「♪ Flow gently,sweet Afton,among thy green braes ……」
 アフトン川のやさしい流れそのもののように、やわらかくしっとりとスローテンポで歌われるこの人の歌い方がとても印象深く感じられました。そこで「Jo Staffordって誰れ?」と興味が湧いてきたのです。

 そこで例によって少しネット検索してみました。
 動画に映っているレコードジャケットの「SONGS OF SCOTLAND」から、私は当初ジョー・スタッフォードはスコットランド出身なのかな?と思っていました。しかし調べてみると、実は米国カリフォルニア州の生まれであることが分かりました。
 それもかなり古い歌い手だったのです。

 ジョー・スタッフォードは3人姉妹の末っ子として生まれ(1917年)、小さい頃から歌を歌いクラシックの訓練も受けていたといいます。姉妹ともに歌でラジオ出演しましたが、19歳の時(1936年)彼女はトミー・ドーシー楽団に加わり、同楽団による2つのヒット曲で初めてソロを取りました。
 1944年同楽団を退団し、ソロ歌手としてキャピトルレコードと契約します。



 ジョー・スタッフードは当時有名だったラジオ番組にも出演し、40年代に『Long Ago Far Away』『I Love You』『Candy』などのヒットを飛ばします。
 50年代初頭にコロンビアレコードに移籍し、52年には『You Belong to Me』という最大のヒットを放ちます。1952年に2千500万枚のレコードを売った初めての女性歌手として顕彰されました。
 50年代半ばには自分のテレビ番組も持ちました。しかし50年代後半頃からヒット曲が出なくなり、レコーディングは続けましたが、公演からは引退しました。

 ジャズ・スタンダード、ポピュラー、ウェスタン、民謡など広いレパートリーを持ち、多数のヒット曲があります。声量が豊かで、「トランペット・ヴォイス」と形容された長いフレージングのくっきりとした歌いぶりで、時にクールさも感じられる歌声でした。
 1960年、グラミー賞受賞。2008年7月16日、90歳で亡くなりました。

 つまりジョー・スタッフォードの全盛期は1940年代後半から1950年後半頃までで、その頃全米を代表する女性歌手だったのです。
 この年代は我が国に当てはめれば、戦後間もなくから昭和35年頃に当たります。その頃私は小学生ですから、知らなかったのも当然です。

 道理で。この人の歌う『アフトン川の流れ』を聴いていて、何となく『オールディズな歌い方だなぁ』と感じたわけです。おそらく全盛期のどこかで、持ち歌ではない「スコットランドソング」を歌ったのでしょう。

 今回思いがけなく、ジョー・スタッフォードという往年の名歌手を知ることができました。というより、その「gently,sweet voice」を聴くことができました。ほんのささいなことながら、私にとっては大収穫です。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『ジョー・スタッフォード』
http://www6.ocn.ne.jp/~jazzvo/JoStafford.html
『JoStafford』
http://ozsons.jp/YouBelongToMe.htm
(本記事をまとめるに当たっては、この2つのサイトから大いに参考・引用させていただきました。感謝申し上げます。)
ジョー・スタッフォード YouTube動画
『Flow Gently,Sweet Afton』(「SONGS OF SCOTLAND」より)
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=N8g_NCIdeRE&feature=endscreen
『Annie Laurie』(「SONGS OF SCOTLAND」より)
http://www.youtube.com/watch?v=Nb8quFvwO2Q&feature=relmfu
『You Belong To Me』(代表曲)
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=zQfF84ackMM
関連記事
『バーンズ「アフトン川の流れ」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-1c1c.html

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フォレスタの「夜霧のブルース」

 -ノスタルデック上海の夜霧に消えて行く、硬派でダンディな男の後ろ姿-

    (「フォレスタ 夜霧のブルースHD」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=XLK4FgY_6u8

 『夜霧のブルース』(昭和22年)を歌ったのはディック・ミネです。戦時中の我が国の敵性音楽追放政策により、芸能活動からスポイルされていたディック・ミネにとって復活を果たした曲であり、彼の代表曲ともなっています。
 作詞は島田磐也、作曲は大久保徳二郎です。このコンビといえば、戦前同じくディック・ミネが歌ってヒットした『上海ブルース』が思い出されます。(ただし『上海ブルース』では作詞の島田磐也は北村雄三という別名を用いている。)

 この2つの曲は作詞、作曲、歌手が同じうえ、歌の舞台となっているのはともに「上海」です。そこから『夜霧のブルース』は『上海ブルース』の後日譚といっていいところがあります。
 そこでまずは(別記事で既に述べていますが)『上海ブルース』の背景などについて、少し見てみたいと思います。

 「涙ぐんでる上海の 夢の四馬路(スマロ)の街の灯 ……」
 『上海ブルース』は昭和14年に発表されました。歌の舞台は、1930年代のノスタルデック上海。欧米列強と日本の租界(そかい)都市、アジア随一の国際都市として、最後の輝きを放っていました。
 2年前の昭和12年(1937年)7月7日の盧溝橋事件を足がかりに、日本軍が本格的な大陸進出を開始しつつあった時代です。

 『上海ブルース』の主人公は日本にいる恋人と別れ、何か理由(わけ)あって上海にやってきたのです。だから「涙ぐんでる」のは上海の街の灯ではなく、主人公の方なのです。
 この歌が作られた頃は、大陸に大軍を進出させた高揚感もあいまってか、ロマンチック上海を甘美に謳い上げた叙情歌となっています。

 その後戦火は中国全土に拡大し、上海も日本軍の統治下に置かれることになります。「夢の四馬路」などの街区自体が破壊されることはなかったにせよ、アジア一の金融・経済都市の機能は大きく制限され、かつて魯迅(ろじん-ルーシュン)も住んでいた文学や映画産業などが盛んだった芸術都市としての側面も色あせていくことになりました。
 反面日本統治の間隙をぬって、阿片窟などで麻薬がはびこり、娼婦、流浪者、犯罪者、スパイなどが横行する魔都の姿がいよいよ露わになっていったのかもしれません。

 そして昭和20年(1945年)8月15日の日本の無条件降伏(敗戦)。今般の尖閣問題による反日デモの暴徒化による日本人暴行ではないけれど、その日以降日本人は上海の夜の巷など歩けたものなのかどうか。
 しかし『夜霧のブルース』の主人公は、戦後もなお上海にい続けた設定になっています。『上海ブルース』から『夜霧のブルース』まで、戦争を挟んで約8年。夢を抱いて上海にやってきた主人公は、激変の時局に翻弄され、気がついてみると上海の夜の街を彷徨(さまよ)う“はぐれ者”(エトランゼ)になっていた、ということなのでしょうか。

 なおこの歌の中の「四馬路」(スマロ、スマル)は、中央から四番目の、馬が行き交える大通りということで四番街というような意味です。主として欧米列強の租界だった街区ですから、「夢(憧れ)の四馬路」という表現になるわけです(現呼称は「福州路」)。
 対して「虹口」(ホンキュ)は、黄浦江を挟んで四馬路とは反対側で、日本租界のあった街区です。虹口と四馬路を結ぶのが、『上海ブルース』1番で歌われている「ガーデンブリッジ」です。

 黄浦江の河口付近は、“霧のロンドン”のテームズ河河口付近よろしく霧が出やすく、そこでこの歌のタイトル及び一番の歌詞となるわけです。夜霧にほの浮かぶ紅い灯影。歓楽街の連なりが目に浮かぶようです。

  誰も皆傷負いて行く夜霧街   (拙句)

 男声フォレスタコーラスではこれまで、榛葉樹人さん、横山慎吾さん、澤田薫さんというテノール陣が独唱することが多かったように思います。ところが『夜霧のブルース』では攻守ところを変えて、高音トリオはコーラスで支え、今井俊輔さん(バリトン)、大野隆さん(バス)、川村章仁さん(バリトン)という低音トリオが独唱を担当しています。
 この歌の雰囲気また元歌がディック・ミネであることを考えれば、妥当なのでしょう。(この歌のピアノ伴奏は吉野翠さん。)

 1番ソロは今井俊輔さん。歌もさることながら、最近の今井さん、今流行(はや)りの形にうっすらとヒゲをたくわえ、野性的な魅力を加えています。そういえば当ブログ検索フレーズに限って言えば、以前男声フォレスタナンバーワン人気は榛葉樹人さんでしたが、最近は今井さんが榛葉さんを凌ぐ勢いです。

 2番ソロは大野隆さん。大野さんの独唱初めて聴きました。大野さんに限りませんが、低音お三方の声量が豊かで驚きました。
 余計なことながら、大野さんに是非お聞きしたいことがあります。「大野さんにとって“可愛いあの娘”は誰ですか?」。やっぱり小笠原優子さんですか。(独り言)だとしたら「この果報者~ッ !」。

 3番ソロは川村章仁さん。川村さんのソロもあまり聴けないと思いますが、低音の魅力で男のダンディズムを歌い上げています。それにこの歌の川村さん、ワイルドで精悍な感じです。この歌の背景であるオールディズ上海の夜霧の中を、コートを着た川村さんが歩き去って行く…。絵になりそうです。

 (大場光太郎・記)

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石原「原発はささいなこと」発言+新党結成

 -石原“老害”慎太郎は、この国の亡国を冥土のみやげにするつもりか?-

 先週石原慎太郎(敬称略)が東京都知事を辞任し「新党結成」を表明したことにより、政局が一気に騒がしくなってきました。
 80歳の“老害”石原は、今から50年以上前の弟の故・石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』を突如思い出し“風雲老”とでも妄想しているのか、あるいは単に「最後の老い花」を咲かせたいというトチ狂った思惑からなのか。「で、新党結成して何やりたいわけ?」という、訳の分からない、多くの国民にとっては迷惑千万な新党結成です。

 第一辞任したばかりの東京都知事としての功罪についての総括は、まったくされていないでしょ。まずそれをちっきりすることが先決でしょうに。

 石原慎太郎の肝入りで設立された新銀行東京は、1000億円超もの莫大な累積赤字を抱えて四苦八苦。これも石原が率先して旗を振り、これまた招致費用に55億円もの都民の血税を使った2016年オリンピック東京誘致は失敗。築地魚市場は土壌汚染が深刻な豊島区豊洲地区に移転予定…。
 その上海外出張などでは夫人同伴で最高級VIPホテルに宿泊し都民の税金を湯水のように使うは、高給取りの都知事のくせに自宅に引きこもって都庁にはロクに出庁しようとしないは…。

 挙句の果てに“最後っ屁”で、「東京都が尖閣諸島を買います」宣言をしたり。これによって日中両国間の経済、外交両面に深刻なダメージを与えながら、まるで知らんぷりです。誰知らぬ者のない嫌中国粋派の石原にとって、それをキッカケに中国と戦争でも始まってくれれば“もっけの幸い”らしいのです。
 石原“私物化”都政の13年間余は、稀れに見る「悪政」と言うべきです。

 石原慎太郎は昭和30年、唯一の代表作と思しき『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、後に続く秀作はさしてないくせに、以後さも文壇の大御所ぶって今年まで芥川賞選考委員を務めました。それに加えて「言葉が命」であるはずの政治家のはしくれでもあります。
 ならば、その発言は幾重にも慎重であってしかるべきです。なのに「ご案内のように」(これは政治家言葉)石原慎太郎は、これまで耳にタコが出来るくらい「失言」「暴言」「妄言」のたぐいを連発してきました。

 最近またしても聞き捨てならない暴言を平然と吐いています。
 「原発をどうするかはささないこと」
 昨年の福島第一原発事故以来、福島県民のみならず日本国民がどれだけ甚大な被害をこうむってきたことか、ひとたび原発事故が起きれば事態はどれだけ深刻か。この御仁は「言葉が命」以前に、そういう認識すらお出来にならないほど、認○症が進行しているのではないでしょうか。
 無理だわとても、新党代表を務めるなど。

 以下は『日刊ゲンダイ』週一連載コラム、『斎藤貴男 二極化・格差社会の真相』10月31日(7面)記事の転載です。  (大場光太郎・記)

                         *

原発はささいなことか !?石原慎太郎よ   斎藤貴男(フリージャーナリスト)

 石原慎太郎が東京都知事としては最後の定例会見で、またぞろ妄言を吐いた。
 「原発をどうするかはささいなこと。(永田町の人間は)もうちょっと大きな視点で考えられないか」というのだ。相手にすること自体がおぞましい。だが例によって石原のタイコモチ以外の何物でもないマスコミが、ろくに報じようともしないので書いておく。

 あれだけの原発事故があって、それでも原発推進を言い募るのは、まあ勝手と言えば勝手だ。脱原発でなければ許されない社会になってしまうのも、別の意味で恐ろしい。
 とはいえ、「ささいなこと」とは何だ。違う問題にも目を向けようと言いたいなら言いたいで、被災者たちの心情をよほど気遣い、まともな補償のために全力を尽くすと誓ったうえで初めて、おずおずと切り出すというのが、およそ人間社会のお約束ではないのか。

 3・11の直後には、「天罰だ」「日本人の我欲を津波で押し流せ」と吐き捨てた経緯もある。この人は他人の生命や尊厳をバカにし過ぎている。社会生活を営む人間が絶対に備えていなければならない資質を決定的に欠いている。

 今回の新党宣言を、“盟友”とされる亀井静香・前国民新党代表に、「それこそ我欲じゃないか」と叱られたそうだが、まったくだ。いや、それどころか我欲だけが異常に肥大化し、卑劣と無責任とを練り固めて服を着せたものが石原だ。そもそも公(おおやけ)の仕事に就いてはならない人なのである。

 筆者は2003年に岩波書店から「空疎な小皇帝ー『石原慎太郎』という問題」を発表して以来、彼を批判し続けてきた。一部では痛快と受け止められているらしい暴力的な言動の陰で、切り捨てられた人々がどれほど泣かされているか。戦争の恐怖にさいなまれていることか。
 みんな、もういいかげんに目を覚まそう。亀井氏にしても、石原の実態など百も承知していたはずだ。いくら利用しがいがある人気者だからといって、持ち上げて、つけ上がらせてきた責任はあまりにも大きい。全国民の前で詫びてもらいたい。

 ともあれ石原は都知事職からは離れる。血税を最低の勘違い男とお身内のお遊びに費消される悪夢から開放されるかもしれないのは至上の喜びだ。
 辞職会見での耄碌(もうろく)ぶりを見れば、もはや公職でなくても使いものになりっこないのも自明。あとは票になれば何でもいいロクデナシ政治屋(注 橋下徹大阪市長ら)どもとの連携が怖い。ゆめゆめ警戒を怠るまい。  (転載終わり)


【追記】本記事とは関係ありませんが。月も変わったことですし、ブログ背景を替えました。

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