フォレスタの「赤いランプの終列車」
-今は昔となってしまった、何とも郷愁的な男と女の別れの名場面を歌った歌-
(「フォレスタ-赤いランプの終列車」のYouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=amAdmEM1FSo
小学校1年生当時、私が最初に覚えた流行歌は三浦洸一の『落葉しぐれ』だったことは同名の記事で述べました。この歌や『お富さん』『リンゴ村から』『別れの一本杉』などが、それに続く歌だったかと思います。
おかしなもので流行歌というものは、母が歌っているのを聞いたり、ラジオから流れていたりすると何の努力感もなしにすぐに覚え、歌の意味も知らずに口ずさんでしまうものです。
『赤いランプの終列車』。春日八郎(かすが・はちろう)が歌っていますが、この歌の主体は女性だと思われます。大倉芳郎のこの歌の歌詞は少し難しいところがありますがー。
夜霧が立ち込めるある夜更け、とある駅から男が終列車に乗り込んだ。それをプラットホームにたたずむ女が、赤い(テール)ランプの列車が離れ去っても、いつまでもたたずみ見送っている、という設定だと思われます。
列車・汽車での別れは格好の歌の場面であるようです。この歌や『なごり雪』などはその代表例と言えます。歌のみならず、映画でも、洋画・邦画ともに感動的な列車での別れのシーンを描いた名画がけっこうあったように記憶しています。
同じ「終」でも終電車ではこういう叙情性はかもし出せません。その電車に息せき切って乗り込んで帰る所は、都電でいえばせいぜい東京のベットタウンの町田市、所沢市、我孫子市くらい。手を振って見送ってくれた彼女とは翌日すぐに会い、「やあ、ゆうべはどうもね~」ではあまりさまになりません。
『赤いランプの終列車』での男は、行ったきりの片道切符なのです。「いつまた逢える旅路の人か」。新幹線など「け」もなかった当時、このフレーズには真実味がこもっています。
この歌は春日八郎(1924年~1991年)にとってデュー作でもあり、出世作でもありました。
たまたま浅草でクラシックの正統派歌手・藤山一郎のステージを見て歌手を志し、春日は故郷の福島県から上京してきます。東洋音楽学校(現・東京音楽大学)を卒業後、いつぞや記事にした新宿の「ムーラン・ルージュ」で活動するもなかなかヒットに恵まれず、苦しい下積み生活を強いられました。
1947年、キングレコードの第1回歌謡コンクールに合格し、準専属歌手にはなれたものの無給で、3年間ほど進駐軍の商品を横流しする闇商売に手を出していたといいます。そんなある時、同じく準専属歌手だった妻恵子の紹介で、当時名の売れた作曲家だった江口夜詩(えぐち・よし)と知り合ったのが、春日にとっての大きな転機となりました。
と言っても、江口はいきなり歌を作ってくれたわけではありません。春日は江口の家に毎日のように通い、掃除をしたり肩をもんだりしながら、曲を作ってもらえるよう願い続けたのです。
江口に「低音が出ないし、声が細い」と指摘されてもめげずに、河原で土砂降りの中発声練習をしたりと必死に努力しました。それが実り、ようやく江口は新曲『赤いランプの終列車』を作曲してくれたのです。
同曲を吹き込んではみたものの、「無名のオレが売れるわけない」と、ヒットしなかった場合を想定して、新聞社に入ろうと履歴書まで書いたといいます。
曲が作られた翌年の1952年(昭和27年)12月発売され、予想しない大ヒットとなりました。以後続けて発表された『別れの一本杉』『お富さん』なども次々に大ヒットし、春日の活動は一気に広がることになったのです。(以上4項、『ウィキペィア』-「春日八郎」の項などを参考)
私が物心ついた頃、春日八郎は既に三橋美智也と並ぶ歌謡界の大歌手でした。そんな春日にもこんな苦労話があったとは。少し長めでしたが、ざっと見てみました。
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4人の男声フォレスタによる『赤いランプの終列車』。春日八郎の元歌とは少し雰囲気が違うようですが、なにせ半世紀ものへだたりがあるのですから違って当然です。
しかし時代がどう変われど、「愛別離苦」はこの人間世界の普遍的テーマです。そのへんの人生上の機微をうまく汲み取って、男声フォレスタが新感覚で捉え直した『フォレスタの赤いランプの終列車』になっていると思います。
バスの大野隆さん、バリトンの川村章仁さん、テノールの横山慎吾さんと澤田薫さん。この歌、ほとんど独唱はなく4人全員によるフルコーラスですが、高音、低音ほどよくミックスされた、実に聴き応えのある良いコーラス曲になっています。
昔懐かしい哀愁の名場面ここに蘇えれり、と言った感じです。「哀愁」と書いてふと思いましたが、この歌、ビビアン・リー主演の名画『哀愁』がヒントになったのかもしれない・・・。
ここで勝手なお願いですがー。男声フォレスタには、冒頭の『落葉しぐれ』『リンゴ村から』『別れの一本杉』も、今後是非歌っていただければと思います。
歌の2番から終列車はプラットホームを離れていくわけですが、それに合わせて、画面下の歌詞の字幕もシーソーのように揺らしていますし、歌っている4人の映像も少し激しく動かしているようです。これは滅多に見られない試みです。
年配の方ならご存知かと思いますが、昔の夜汽車は確かにガタン、ゴトンとよく揺れましたよね。番組制作スタッフはあの感じを出したかったのではないでしょうか。
深いブルーに夜霧が流れているような背景といい、視聴者も女性と一緒に終列車を見送っているような気分にさせる、なかなか考えた演出だと思います。
この歌では、吉野翠さんのピアノ演奏に触れないわけにはいきません。吉野さんは、「吉野さん」というより「翠ちゃん」とつい言いたくなるような小柄で可愛い人ですが、なかなかどうして。やる時はやるんです。
この歌では気合が入りまくっています。まるでピアノの神様が舞い降りて別モードになったかのようです。
「吉野翠パワー炸裂 !」という感じです。特に2番と3番の間奏は圧巻で、吉野さんの独奏会のようです。私が聴いた範囲では、『花かげ』『フランチェスカの鐘』『雨のブルース』など印象的な吉野さんのピアノ演奏がありますが、この歌は、フォレスタにおける「吉野翠代表曲」と言っていいように思います。
この歌の吉野さんのピアノ演奏から、しっとりした叙情的な曲なら南雲彩さん、弾んで軽快な曲なら吉野翠さん、と勝手に決め込んでしまいました。
(大場光太郎・記)
参考
春日八郎『赤いランプの終列車』(YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=1iwzAxTIPAs「
(当時の世相をしのばせる映像つき)
関連記事
『フォレスタコーラス』カテゴリー
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat49069329/index.html
『三浦洸一「落葉しぐれ」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-049e.html
『「ムーラン・ルージュ新宿座」のトップスターだった人』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-5e93.html
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