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黄金の翅の元朝の風

                      与謝野 晶子

  わたつみの波の上より渡りきぬ黄金の翅の元朝の風

  (読み方)
  わたつみの/なみのうえより/わたりきぬ/こがねのはねの/がんちょうのかぜ
 …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……* ……* …… 
 与謝野晶子(よさの・あきこ) 明治11年、大阪堺市生まれ。旧姓鳳(ほう)、本名志よう。堺女学校卒。明治33年、新詩社に加入し、鉄幹に師事。明治34年鉄幹と結婚。第一歌集『みだれ髪』により世の注目を集め、以後、浪漫派の旗手として活躍。歌集に『舞姫』『夢之花』『常夏』『佐保姫』『春泥集』『青海波』『白桜集』などがある。昭和17年没。 (講談社学術文庫・高野公彦編『現代の短歌』より)

《私の鑑賞ノート》

 明けましておめでとうございます。
 新年にふさわしい短歌として、与謝野晶子のこの歌を取り上げてみました。

 さすがは「みだれ髪の歌人」与謝野晶子です。雅(みやび)で絢爛に元朝の海の情景を詠みきっています。
 「わたつみ」とは、万葉集以来用いられている古語で、「わた」は海の意、「つ」は「の」に当る雅語の助詞、「み」は海を支配する神の意、総じて「海原」ということです。

 「元朝」(がんちょう)とは元日の朝ということで、元旦と同じ意味となります。ただ今日では滅多に使われなくなった言葉でもあります。その意味では少し古めかしい言葉ですが、それがかえって新鮮に感じられます。
 「神初めに天地を創り給へり」(『創世記』冒頭)。「元朝」は、この世界が初めて創られた「元初(げんしょ)の朝」のような感覚にさせられる言葉でもあります。

 であるからには、この1月1日の朝は、何もかもがまっさらに真新しい朝なのです。眼前に目にする景色の何もかもが新鮮で美しく輝いている。
 それを見ている人間のみ古い、などということがどうしてありましょうや。もちろん人間だって新しいのです。人体を構成する原子も分子も細胞も絶えず更新され、生命は常にみずみずしく若々しいはずなのです。

 この歌を詠んだ時の与謝野晶子は、そういう感覚、視点に立っているように思われます。
    
 多分太平洋岸のどこかの海辺なのでしょう。海の向こうから初日が昇ってきています。さすがに詩心(しごころ)のない人でも、厳かな気分にはなる場面です。
 この場面に臨んで与謝野晶子は、一気呵成にこの歌を詠んだのです。

 初日の日矢を放つ海から吹き渡る潮風に対して、「黄金の翅の(元朝の)風」とは何とも卓抜な表現です。浪漫的な「与謝野晶子ワールド」出現といった感じがします。

 (大場光太郎・記)

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