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『雪女』-美しくも哀しい幻想譚

-泡沫(うたかた)の現世(うつしよ)のつかの間を、雪女と共に暮らした男の物語-

『雪女』(ネット図書館「青空文庫」版)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000258/files/50326_35772.html
 (直前、同本文をそのまま転載公開しました。)

 『雪女』は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン-以下この名を用いることもあり)の、今からほぼ100年前の『KWIDAN』(「怪談」)でも『耳なし芳一』などとともに有名な作品です。

 私は今から20年ほど前、多少なりとも「文章力に覚えのある者」として(?)、それを生かす道(早い話が「カネになる道」)はないかといろいろ探り、『募集ガイド』という雑誌を一定期間講読したことがあります。その中に、冬の時期、東北のある県主催で「雪の幻想小説コンテスト」というような企画があることを知りました。
 咄嗟に『これだ !』と思いました。

 何せ私は毎度言うとおり、雪国山形の出身で、子供の頃嫌というほど雪を見ながら育ったのです。それに加えて、ポーや乱歩など「怪奇幻想譚」は好きな文学ジャンルの一つでもあります。だから「雪の幻想性ならお手のもの」とばかりに、早速私なりの雪物語をあれこれ考えてみました。
 その時真っ先に思い浮かんだのが、ロシアのある作家の、真っ白い雪の中に絶対に人が通らない状況なのになぜかしっかり残されていた足跡を巡る幻想譚、そしてこの『雪女』でした。

 20世紀ロシア作家の短編はタイトルもストーリーの細部も忘れてしまったくらいですから、置いておくとして。『よーし、小泉八雲の「雪女」に迫るくらいの短編を創ってやるぞ』と意気込んだまではいいものの、いくら頭をひねってもそれらしい物語が少しも浮かんでこないのです。
 それで結局その試みは断念せざるを得なかったのでした。

 のっけから脱線してしまいましたがー。
 雪の幻想性を極限まで高めたラフカディオ・ハーンの『雪女』は、世界的に見ても「雪文学」の最高峰に位置すると思われます。これは短編というよりは「短文」といった方がよさそうな短さですが、そこには怪奇性、幻想性のエッセンスが凝縮されています。

 「雪女」というからには、やはり東北か北陸の豪雪地帯が舞台かと思いきや。物語の書き出しで早々と「武蔵の国のある村」と特定されています。しかし昔々の武蔵の国は、国木田独歩の名作『武蔵野』にあるとおり、一帯を「絶類の美」で鳴らした雑木林に覆われ、なおかつ雪も今よりずっと多かったに違いないのです。
 この物語の武蔵の国の村とは、武蔵国西多摩郡調布村(現・東京都青梅市)とされているようです。

 しかし奇妙なことに、最近の研究でも、その近辺には雪女にまつわる伝承や口伝は伝えられていないようです。『怪談』の他の物語がそうであるように、『雪女』も妻の小泉セツが八雲に原話を語り聞かせたものに違いありません。そして他の物語はすべて原典があります。ではセツは一体どこからこの話を仕入れたでしょうか。
 可能性としてー。晩年の八雲は、出雲(島根県)から東京の新宿に移り住みました。その家のお手伝いのうち二人が青梅出身だったといいます。だからセツが二人と世間話をしている時に、どちらかが何気なく語った話だったのかもしれません。

 それをラフカディオ・ハーンは、類い稀な「雪の幻想物語」にまで昇華したのです。
 父親の出身地のアイルランドで育ったハーンは子供時代から霊感が強く、何度も「お化け」を見たといいます。霊感の強さからくる神秘的なものへの畏れと憧れ。加えてアメリカ時代は新聞記者、作家でもあったハーンの文学的素養によって生み出されたのが『雪女』だったように思われます。

 この物語は老若二人の木こりが森に行った帰り途大吹雪に遭い、川の渡し場の小屋で寝泊りするところから始まります。するとこの川は多摩川だったことになります。事実多摩川のその近辺には、当時幾つもの渡し場があったといいます。
 そして「川」こそは、この幻想譚にあって重要な装置であるのです。以前の『川向こう・考』でも見ましたが、川は「この世とあの世を分ける結界」であり、「川向こうは異界」という意味合いがあるのでした。

 なおも好都合なことに、この場所は洪水のたびに流されて(人為的な)橋が架けられていないのでした。おそらく、ひときわ寒くなった深夜に小屋に忍び入ってきた「雪女」は、ずっと向こうの森の方からやってきたものなのでしょう。

 これ以後物語は佳境となるわけですが、それは本文をじっくり味わってお読みいただくとしてー。ここでは一、二点だけ指摘しておきたいと思います。

 雪女は巳之吉の顔をのぞきこんで、「あなたは美少年だから、助けてあげる」と言って、殺しませんでした。もっとも二人とも殺されていたら後の物語は成立しなかったわけですが、これには、両親の不仲でギリシャ人の母と3歳で生き別れたハーンの、「母への思慕や愛情の裏返しである」というハーン研究家の指摘があります。

 その時雪女はまた、「今夜見たことを誰かに云ったら、あなたを殺します」とも言いました。
 しかし巳之吉はずっと後年、ついに美しい妻にその夜のことを話してしまいます。実は雪女だった妻は巳之吉を殺したでしょうか。いいえ。子供たちが不憫だからと、殺さずに雪女は静かに去っていくのです。

 雪女は雪の精であるとともに、妖怪という禍々しさもあわせ持つ存在です。本来あの世的存在との約束は固く守られなければなりません。もしこれが、厳格な西洋契約社会の(「残酷童話」の)グリム童話だったら、雪女は容赦なく男を殺し、子供たちも皆殺しにして平然と去っていったかもしれません。
 しかしハーンの雪女の去っていき方はどうでしょう。ハーン自身が日本の「和の文化」に強く影響されたからなのか、巳之吉や子供たちへの未練をたっぷり残しながらの、余韻、余情が深く残る去り方なのです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『読売新聞』(2012年10月7日日曜版1、2面-「名言巡礼」)
関連記事
『川向こう・考』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-0d36.html

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