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フォレスタの「浜千鳥」

 -この歌は、童話雑誌『赤い鳥』から始まった我が国童謡の精華と言えるだろう-


     (「フォレスタ - 浜千鳥」YouTube動画)
      http://www.youtube.com/watch?v=Bm_VkyAs1yg


                     浜千鳥

作詞者 鹿島鳴秋   作曲者 弘田龍太郎

 

青い月夜の 浜辺には

親を探して 鳴く鳥が

波の国から 生まれでる

濡(ぬ)れたつばさの 銀の色

 

夜鳴く鳥の 悲しさは

親を尋ねて 海こえて

月夜の国へ 消えてゆく

銀のつばさの 浜千鳥

 まずは、以前公開しました『浜千鳥-この歌の悲しさの源泉とは?』の(一部削除した)一文を以下に掲げます。この一文は、元は「二木紘三のうた物語」の『浜千鳥』へのコメント(2008年4月)でしたが、開設に当り当ブログに移し替えさせていただいたものです。

                      *    
 日常的なるもののうっとうしさ、わずらわしさから逃れたい時など、ふいにこの歌が口をついて出ることがあります。この歌を口ずさんだくらいで、「現実」というこの重苦しい強固なシステムは、いかんともしがたいもの。そのくらい分かっておりつつも。

 『浜千鳥』。歌のすべてが「メルヘン」です。リリカルなやわらかい月の光りに照らし出された、海そして浜辺の詩的幻想世界。大正浪漫の精髄の一端を見る思いが致します。

 思えば私たちは幼少の頃、このようなメルヘンチックな非現実的世界に、当たり前に身を浸しながら生まれ育ったのでした。しかし長ずるに及んで、この社会の声なき声の、『もういい加減、そんな子供じみたことをしているんじゃありません』との叱咤と促しに、否応なしにその世界から離別することをもって、「大人の世界」への参入の証しとしたのでした。

 この歌の浜千鳥はまるで、「波の国から生まれ出る」と共に、「親を探して鳴く」ことを宿命づけられているかのようなのです。「濡れた翼の銀の色」の、いたいけないひな鳥が…です。
 この歌の「寂しさ」「悲しさ」の源泉は、実にここにあると思います。本当に悲しいです。悲し過ぎます。

 時には、「神話」「伝説」「民話」「童話」「童謡」のような一見荒唐無稽と思われるものの方が、薄っぺらなこの現実よりも、物事の「本質」を突いていることがあるものです。

 この現実の世界での浜千鳥の親鳥は、卵から孵ったばかりのひな鳥をすぐに見捨てるようなことは多分ないでしょう。しかし作詞家・鹿島鳴秋は、この歌の詩的世界で、生まれたてのひな鳥に親を探させている。なぜなのでしょう?鳴秋自身の、幼児体験が投影されているのでしょうか?(それは寡聞にして知りません。)

 鳴秋は、「現実的な親子関係」を超えた、もっと「根源的な親子関係」に想いを致していたのではないでしょうか。

 (以下はあくまでも、私流の解釈です。)

 浜千鳥のひな鳥とは、すなわち私たち「人間自身」。そして探させ、求めさせている親鳥は、私たちをこの世で生み育ててくれた肉親よりずっと悠古の初源の、生命そのものの「根源的な生みの親」。つまりこの存在(それを神と呼ぼうが何と呼ぼうが)こそが、私たち人間にとっての「真の親」。

 であるにも関わらず、「夜鳴く鳥」である私たち人間の「悲しさ」は、この真の親を、今の今まで完全に見失ってしまっていたことにあった。

 あまつさえ私たち凡人は、「肉親」の他に「真の親」がいることさえ知らずに、「夜の歴史」の間中ずっと酔生夢死を繰返してきた。「海こえて」「月夜の国へ」、真の親をたずねて行った目覚めた者は、むしろごく少数だった。

 大正のあの時代、鹿島鳴秋自身が「目覚めた者」の一人だったのでしょう。当時の大衆の多くがまだ眠りこけている中にあって、既に目覚めてしまった者の「孤独」。それを多分に感じつつ送った生涯だったのではないでしょうか。

 しかし鳴秋は、彼の心の内なるメッセージをメタファー(暗喩)的に潜ませながら、この『浜千鳥』の詞を、あの時代世に出してくれました。以来この歌が、時代を越えて、私たち日本人の心をどれだけ揺さぶり続けて来たことか。

 「人々よ。汝(なんじ)の真の親に目覚めよ」。鳴秋のこの切実な心の叫びを、無意識の内に受け取りながら。

                       *
 大正8年発表のこの歌が、2007年(平成19年)「日本の歌百選」に選定されたのは当然と言えるでしょう。むしろ「この歌を選定せずして何とする」というような、我が国を代表する名童謡であり、名叙情歌であり、名曲です。

 この歌を、白石佐和子さん、矢野聡子さんの2女声が歌ってくれています。メンバーが大勢いるフォレスタにあって、二人だけのコーラスは珍しいと思いますが、例がないわけではありません。確か『赤い靴』も、同じく白石さん、矢野さんお二人だけでしたよね。
 この歌や『赤い靴』のように、しんみり聴かせる、しんみり聴きたい歌に、お二人はぴったりのデュオなのではないでしょうか。

 ウ~ン、白石さんと矢野さんの『浜千鳥』、聴くほどに味わい深く、聴くほどにジ~ンとしてしまいます。
 白石さんの1番前半のソロ、そして後半のコーラス。同じパターンで、2番は矢野さんのソロで後半はコーラス。お二人の歌唱力に、この童謡の物語性が喚起させられます。この歌のメルヘン的幻想世界がまざまざと思い描かれるのです。
 上に掲げた一文のようについ深読みしてしまった私の場合、余計そうです。

【付記】ピアノ伴奏は、南雲彩さんか吉野翠さんか。姿は見えねど、白石さんと矢野さんのコーラスにぴったり寄り添うような演奏、味わい深いです。

 (大場光太郎・記)

関連動画
『フォレスタ - 赤い靴』
http://www.youtube.com/watch?v=Bm_VkyAs1yg
関連記事
『浜千鳥-この歌の悲しさの源泉とは?』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e448.html
『{赤い鳥運動}について』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-4908.html

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コメント

小笠原優子さんのホームページに元気なお子さんの姿が掲載されています。小笠原優子さんは、当分の間活動休止の様ですが復帰が待ち遠しいですね。

投稿: 東海林太郎 | 2013年1月30日 (水) 23時07分

東海林太郎様
 小笠原優子さんにつき、またまた貴重な情報をお寄せいただき、大変ありがとうございます。
 前回の『揺籃のうた』の時も、直後気になって小笠原さんのオフィシャルサイトはのぞいたのですが、まさか小笠原さん、「ブログ」もお持ちとは露知らず、この情報完全に見落としてしまいました。何と、今年の1月1日付けで小笠原さんご自身が“声明”を出しておられるではありませんか !
 小笠原優子情報は、今やフォレスタファン最大の関心事です。よって、今回の件、貴コメントも含めまして一つの記事として公開させていただきます。どうぞあしからずご了承ください。

投稿: 時遊人 | 2013年1月31日 (木) 00時08分

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