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ローマ法王の突然の退位表明に思うこと

 -「聖マラキ予言」によると、ローマ教皇庁はあと一人の法王を残すのみ・・・-

 まずは『日刊ゲンダイ』(2月13日号3面)記事を転載します。

醜聞、権力闘争・・・ローマ法王が退位

生前退位は600年ぶり


 「老齢」を理由に11日、突然の退位を表明したローマ法王ベネディクト16世(85)。原則、終身制のローマ法王が自らの意思で退位するのは約600年ぶり。
 ドイツ生まれのベネディクト16世は05年4月、第265代の法王に即位。歴代の中でも在任期間は8年足らずと短かった。近年はツィッターで信者に語りかけるなど斬新な活動を行ったが、健康不安に加え、07年以降、カトリック教会の聖職者らによる未成年者の性的虐待や、昨年には法王側近が関与した機密文書流出が発覚。バチカンは幕引きを図ったが、背後に権力闘争がささやかれるなど心労が絶えなかった。新法王は、3月中に開かれる法王選出会議「コンクラーベ」で決定される見通しだ。  (転載終わり)

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 ローマ教皇庁(バチカン)は言うまでもなく、欧米を中心に約12億人もの信者を擁するカトリックの総本山的存在です。バチカンは、ローマ市内にあり世界最小とは言え「バチカン市国」というレッキとした国家でもあります。その国家元首にも相当する法王が突然の退位表明となれば、カトリック信者のみならず世界的驚きとして受け止められるのも当然です。

 3年半ほど前に観た映画『天使と悪魔』の中で、やはりコンクラーベに際して、サンピエトロ大聖堂とその広場に群衆(信徒)が雲集するシーンがありました。その偉容と広大さは桁外れで度肝を抜かされました。

 余談ですがー。この地にサンピエトロ大聖堂が建てられることになったいきさつについては、感動的な伝説が残っています。
 イエス死後(『使徒行伝』によると、復活したイエスが弟子たちが見守る中昇天した後)、十二弟子やパウロたちはパレスチナを離れて各地に福音を宣べ伝えることになります。一番弟子格の聖ペテロ(サンピエトロ)が受け持ったのは、古代ローマ帝国の中心都市ローマでした。

 しかし次第にローマ帝国による迫害が激しくなり、ローマ市内で布教しているキリスト者は迫害を逃れるためローマを離れることにします。長老ペテロもそうでした。
 ペテロがローマを背にした南東の郊外の道を歩いていると、ローマの方向に向かおうとしているイエスと出会います。ペテロは驚いて尋ねます。
 「ドミネ・クォ・ヴァディス?」(主よ、いずこに行かれるのですか)
 「エホ・ロマム・イテルム・クルキフィム」(再び十字架に架けられるためにローマへ)
 そう言うなり、イエスはローマ目指して歩き去って行きました。

 師の後姿に深く感じ入ったペテロは元来た道を引き返します。
 案の定ローマ当局に捕らえられ、十字架刑に処せられることになります。その時ペテロは「主と同じでは畏れ多い」と、自ら望んで「逆さ十字架刑」で死んでいったといいます。
 ペテロが葬られた墓地の上に建てられたのがサンピエトロ大聖堂(ただし現在の大聖堂は16世紀初頭に建て替えられた第2期建造物)だと言われているのです。こうしてイエスの「私の岩の上に私の教会を建てる」という福音書の預言が成就したのです。(ペテロという名はイエスの命名によるもので「岩」の意)

 このような美しい伝説の上に築かれたローマカトリック教会は、聖アウグスティヌスや中世アッシジの聖フランチェスコ、アビラの聖女テレジアから近年のコルベ神父やマザー・テレサに至るまで、正真正銘の聖人を数多く輩出してきました。またギリシャ神話とともに、西洋絵画・音楽・文学など各芸術のインスピレーションの源泉にもなってきました。

 しかし一方、「神の教会」にあるまじき負の側面も有していました。
 数次の十字軍遠征によるイスラム教徒の虐殺、カタリ派など異端と認定した少数派の抹殺。すべての学問を停滞させた中世暗黒時代。ガリレオなどに対する誤った宗教裁判。サボナローラやジャンヌ・ダルクなど異端認定者の火あぶりの刑。魔女狩り、魔女裁判、拷問、処刑。一部特権聖職者による富の独占、陰湿な権力闘争、男色、漁色・・・。

 ご存知の方もおられるかもしれませんが、キリスト教が強い影響力を及ぼしてきた2千年間は「魚座の時代」でした。ペテロ(本名シモン)は元はガリラヤ湖で魚を採って生活する漁師でしたし、キリスト教の主要シンボルの一つは「魚」です。
 極言すればキリスト教は「魚座の宗教」なのです。

 魚座(ビスケス)は「双魚宮」とも言われ、そのマークからもうかがえるとおり、特徴は「二項対立」「二元対立」です。まさに「神と悪魔の戦い」「光と闇の戦い」「霊と肉の戦い」、これらがキリスト教の大きなテーマでした。

 ローマカトリック最大の矛盾点・問題点は、イエスとマグダラのマリアの婚姻の事実を隠し、神としての絶対性を強調するあまり「キリストの独身性」を教義の根っこに据えたことです。「キリストの去勢」からローマ教会は出発したわけです。が、実際のイエスは高度な性魔術師でもあったと言われています。
 教会によって娼婦に貶められたマグダラのマリアは、イシス神殿の高度な女性イニシェートでした。二人の間に生まれた女の子「サラ」は歴史の闇に隠されました。こうして「アヌンナキ」という地球外の強大な父権勢力によって作られたローマカトリック教会は、女神性、女性性を徹底排除したのです。

 しかし今は魚座から「水瓶座」(アクエリアス)へと移行しつつある時代です。来るべき時代は、穏やかにすべての二元対立を融かし、精神性やスピリチュアル主体の一元性へと収斂されていく時代です。
 その中には、現歴史では無視され続けてきた「女神の復活」も含まれます。これは女性上位や肉食女子というようなことではなく、外側の男性、女性のバランスある関係、自分自身の内なる男性性と女性性のバランスを取り戻すことを意味します。

 今回のベネディクト16世の突然の退位は、在位中に進めようとした内部改革が遅々として進まないことから、自ら退位することで強く問題提起しようという意思もあったとみられています。
 しかし思うに、カトリック内部改革以前の問題として、もうキリスト教の役割は終わったのではないでしょうか。いや我が国巨大教団の堕落から見ても、ひとりキリスト教のみならず「宗教そのものの役割」が。

 どうせだったらベネディクト16世、退位にあたって、バチカンの奥深くに秘匿しているという例の「ファティマ第3の予言」を全世界に公表してもらいたかった、と思います。それがバチカンの今一番の世界貢献なのではないでしょうか。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『「天使と悪魔」を観て(1)』
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『イエスとマグダラのマリア(5)』
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『ルシア自身が語る「ファティマ第3の予言」』
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