« 立春大吉 | トップページ | パティ・ペイジ『テネシー・ワルツ』 »

市川団十郎さん逝去

-そういう星の下の生まれなのか市川海老蔵、歌舞伎界の救世主になれるか?-

 歌舞伎の(十二代目)市川団十郎さんが3日夜、都内港区虎ノ門病院にて逝去しました。享年66歳でした。
 昨年12月の中村勘三郎さんの訃報もまだ記憶に新しいのに、歌舞伎界の大看板がまた一人消えたことになります。まずは謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 私などは歌舞伎にほとんど関心がなく、よって歌舞伎界の動向などとんと分かりません。団十郎さんがらみでは、その“不肖の息子”が10年に起こした『市川海老蔵暴行事件』を記事にしたくらいなものでした。
 あの時団十郎さんの姿がチラッとテレビ画面に映りましたが、いたってお元気そうでした。しかし市川団十郎さんは長い間白血病と闘っていたといいます。その壮絶な闘病生活の様子を『日刊ゲンダイ』(2月5日号3面)が伝えていますので転載します。

 文中にもありますが、ここのところ歌舞伎界はご難続きです。あまり因果関係はないのかもしれませんが、私には市川海老蔵(35)の例の西麻布事件が発端だったような気がしてなりません。
 以前なら歌舞伎界のプリンス、それが事件後の「お主はやっぱり役者やのう」のウソっぽい会見などから、すっかりヒールになった感のある市川海老蔵です。「大きな器の父にジェラシーを感じるくらいでした」と語っているという海老蔵、偉大な父亡き後、成田屋と、自ら権威失墜に一役買った歌舞伎界をどう立て直す?         (大場光太郎・記)

                        *
松竹真っ青 団十郎壮絶闘病死

 またひとり歌舞伎界の大看板が消えた。長い間、白血病と闘っていた市川団十郎(本名・堀越夏雄)さんが3日午後9時59分、東京・港区の虎ノ門病院で肺炎のため死去した。66歳だった。

 細胞移植や輸血などを繰り返す治療を続けた。
 08年には妹で舞踊家の市川紅梅(63)から骨髄移植を受けた。輸血と投薬の繰り返しで血液型がA型からО型に変わるほどの激しい闘病生活だったが、舞台を続けていた。その間、10年には息子の海老蔵が西麻布で暴行事件に巻き込まれるなど心配事も絶えなかった。

 最近の体調は順調とみられていたが、昨年12月18日、京都・南座での顔見世公演中に風邪をこじらせ途中休演。帰京後に都内の病院で「肺炎の兆候がみられる」と診断され、入院した。
 今年1月の東京・新橋演舞場公演と、3月に予定していた主演舞台「オセロー」の公演中止を発表。4月2日に開場する新しい歌舞伎座のこけら落としをめざて闘病してきたが、免疫力と治癒能力が低下し続け、ついに力尽きた。

全身あざだらけ、鼻血が止まらず

 「一番無念なのは、こけら落としの舞台を踏めなかった本人でしょう。でも、肺炎で入院した時から最悪の事態は想定していました」と肩を落とすのは成田屋関係者だ。こう続ける。
 「とにかく一般人よりも免疫が低下しているのでさまざまな病気に罹患しやすい。体は青あざだらけだし、昨秋からは鼻血が止まらなかったり、目の充血もひどかった。団十郎の死で、尾上菊五郎と一緒に公演を行う五月興業の恒例『団菊祭』も中断です。損失の大きさは計り知れません」

 不幸続きの歌舞伎界。昨年2月には名女形の中村雀右衛門(享年91)が死去。8月には市川染五郎(40)が舞台の奈落に転落して大けが。11月には片岡仁左衛門(68)、市川段四郎が体調不良で休演。そして12月には中村勘三郎(享年57)を失った。人気役者の死去とトラブルで、新歌舞伎座の開場を控える松竹は真っ青だ。  (転載終わり)

|

« 立春大吉 | トップページ | パティ・ペイジ『テネシー・ワルツ』 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 立春大吉 | トップページ | パティ・ペイジ『テネシー・ワルツ』 »