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パティ・ペイジ『テネシー・ワルツ』

-良きアメリカンスピリットを失った米国よ。今こそ『テネシーワルツ』を聴き給え-

   


「テネシー・ワルツ」歌手のパティ・ペイジさん死去 1千万枚ヒット

『msn 産経ニュース』 2013.1.3 11:23 [有名人の訃報]
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130103/ent13010311240002-n1.htm

2日のAP通信などによると、「テネシー・ワルツ」などのヒット曲を生み出した米歌手パティ・ペイジさんが1日、カリフォルニア州エンシニタスで死去した。85歳だった。

 南部オクラホマ州で生まれ、勤めていたラジオ局で歌い始めた。バックコーラスを雇う予算がなかったため、複数のパートを一人で歌って多重録音したレコードを発売したところ、ヒットして注目が集まった。

 1950年発売の「テネシー・ワルツ」はポップスとカントリー、R&Bの垣根を越えた空前の人気となり、1千万枚以上が売れた。

 ほかにも「ウッド・アイ・ラヴ・ユー」、「モッキン・バード・ヒル」など50~60年代にヒット曲を連発。自身のウェブサイトによると、通算84曲が米ビルボードチャートの40位までに入った。(共同) (転載終わり)

                       *
 いやぁ、びっくりしました。パティ・ペイジさんがお亡くなりになったとは。
 実はそれを知らずに、何の気なしにこの歌を取り上げようとしていたのです。それで調べているうち、思いも寄らず訃報に接したというわけです。85歳とのことですから大往生と言っていいのでしょう(ご逝去は1月1日)。

 冒頭のYouTube動画はアメリカの人による投稿のようですが、現時点で400万回以上の再生回数となっていて、いまだに根強い人気を誇っていることを物語っています。この動画は1950年のテレビ番組を録画したもののようです。

 この動画のパティ・ペイジさん、堂々たる歌唱力を聴かせる大歌手といった風格が漂っています。しかし当時の彼女は、まだ22、3歳のうら若き女性歌手だったのです。いやあ、それにしては何と﨟長(ろうた)けた美しいレディぶりなのでしょう。

 パティ・ペイジ(敬称略)及び『テネシーワルツ』のことを簡単に見てみます。
 パティ・ペイジ(Patti Page)は1927年生まれで、本名はClara Ann Fowler。1948年、歌手デビューにあたって当時のラジオ番組のスポンサーであった「ペイジ・ミルク・カンパニー」から「ペイジ」のステージ名を名乗ることになりました。

 一方『テネシーワルツ』は、1946年にカントリー&ウェスタンバンドのリーダー、ビー・ウィー・キングが、ラジオで聴いたビル・モンローの「ケンタッキーワルツ」をリメイクして『テネシーワルツ』を作りました。
 それにメンバーだったレッド・スチュワートが詞をつけ、1948年に初めてレコーディングされました。しかしあまり注目されなかったのです。

 この曲が注目を浴びたのは、1950年にパティ・ペイジが歌ってからです。
 3ヶ月にわたって全米ヒットチャート(ビルボード誌)1位を独走し、レコード売り上げ600万枚のミリオンセラーとなったのです。ペイジのバージョンでは、上の「産経ニュース」にもあったヴォーカル多重録音によるものでした。
 なおこの歌は1956年、テネシー州4番目の州歌に選定されました。

 日本でも1952年(昭和27年)、14歳だった故・江利チエミがこの歌(邦訳)でデビューし23万枚のヒットとなりました。

 原歌詞は香気ある詩ですが、残念ながら米国著作権法の関係でご紹介できません(末尾参照) その代わり、あるサイトで素敵な訳文を見つけましたので以下に引用させていただきます。

(びん流日訳)

 いとしの彼と楽しいダンスそしてテネシーワルツを
 嬉しい巡り合わせ幼なじみの再会そして彼に伝えた
 二人は手を取り合うように踊り始めて、彼を失うことを知った
 忘れはしないあの夜のこと そして麗しのテネシーワルツを
 今思うことは無くした事の意味の大きさを
 そうよ、私が失った物はかけがえのないあなた
 その夜に流れるのは麗しのテネシーワルツ
 <間奏>
 そうよ、私が失った物はかけがえのないあなた
 その夜に流れるのは麗しのテネシーワルツ


 この地上は未完成な「クオレ(愛の学校)」です。ゆえに愛の学びのため、「恋人の横取り」といった間違った愛でも許されている。とは言え、それをされた側は、この詩のように、いつまでも切なく痛ましい失った愛の思い出として残ります。

 この歌ほど劇的なシチュエーションではないにせよ、「愛は奪うもの」と思い込んでいる人がいる以上、若い頃誰でも一、二度これに類する体験をしがちなものです。この歌詞のそんな普遍性が世界的な広い共感を呼んだのかもしれません。

 それに加えて、古き良きアメリカのトラデッショナルなカントリーミュージックのエキスを受け継いだような、スローテンポの甘美なワルツ。
 この歌詞にこのメロディ。さらに表現力豊かな歌唱力と美貌のパティ・ペイジの歌声。ヒットするべくしてヒットした歌と言ってよさそうです。

 「よくぞこんな名曲が作れたものよ」と言いたくなる、20世紀中期、アメリカが最も輝いていた時代に生まれた不朽の名曲です。

 謹んで、パティ・ペイジさんのご冥福をお祈り申し上げます。

【付記】この歌についは、実は既に開設時『「テネシーワルツ」-主人公は男性?女性?』という記事があります。この歌について興味深い観点から考察(?)した一文ですので、ご興味がおありでしたらご一読ください。

 (大場光太郎・記)


(「The Tennessee Waltz - singer Patti Page 1950」YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=_Ek3eCbfqp0
参考
『The Tennessee Waltz 』歌詞(原文)
http://j-lyric.net/artist/a052caf/l01d857.html
引用日本語訳文『マスターびんのいつまでもアロハな毎日』より
http://blogs.yahoo.co.jp/arahtte7/46067896.html
関連記事
『「テネシーワルツ」-主人公は男性?女性?』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_5ac9.html

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