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「私学の雄」早稲田大学の凋落(2)

 -大激動、超変革のこの時代、最早権威やブランドだけの大学は通用しない-

 ところで早稲田大学(以下「早大」)のみならず、首都圏全体の私立大学をみた場合総崩れ状態です。今年度の私大の志願者数は、全国的には前年比5%増加したのに、都内の中央、東洋などの多くが志願者を減らし、今や人気トップの明治も2013年度は109,312人と前年より4,008人も大幅にダウンしています。
 これは就職氷河期の今日、首都圏大学の名を捨てて出身地大学の実を取る、という堅実な傾向性の表れなのかもしれません。 

 中でも気になるのが早大で、(今年度)106,768人と(前年度)1,759人ダウンしています。数年前に明治に人気のトップを奪われ、ブランドイメージでも慶応(以下「慶大」)に大差をつけられているのです。
 例えば、慶大と早大を併願した受験生がどちらも合格した場合、今の学生は「8対2」で慶大への入学を選択するといいます。30年前だったら、その場合早大に入学する学生が多かったわけです。

 代々木ゼミナール入試情報センター統括本部長の坂口幸世氏は、早慶の逆転の原因は、意外なことに「バブル崩壊にあった」と次のように分析しています。
 「90年代にバブルが崩壊し、就職を意識すると、政治、法、文学に強い早稲田より、経済を売りにする慶応の方が時代に合致してきたようです。学生たちも、時代の潮流を敏感に察知しているのだと思います」

 同氏はもうひとつ気になることとして「早稲田の慶応化」を指摘しています。
 「20年前、30年前の受験者は、慶応は系列校からの進学組が多く、その独特のカルチャーに馴染めるかという不安がありました。しかし、現在は早稲田も付属・系列化しており、あまり差がない。そうすると、単純に就職に有利な慶大の方に受験者の目は向いていきます」

 早大ОBでフリーキャスターの梶原しげる氏(法学部卒)は嘆いています。
 「2対8といえば、完敗もいいところ。早稲田こそが私大の雄だと自負してきた我々おじさん世代には、隔世の感があります。こうなると、野球やラグビーの対抗戦の呼称も、『早慶戦』から『慶早戦』に変えなくてはいけなくなる。ただ、早稲田ОBというのは、慶応ОBの強固な団結と違い、大学への帰属意識が極端に薄い。<そんなの関係ねぇ>というОBも多いですね」

 今は猫も杓子も「調査」の時代、卒業者の「満足度調査」というのがあるそうです。
 それによりますと、「卒業生満足度調査」で1位は北海道大学、2位は東北大学、3位は一橋大学と続き、4位に慶応大学がランクされています。
 この調査でも早大は20位に低迷しているのです。(ちなみに、かの東京大学は15位と、こちらもまったく振るわない。)

 「卒業生の満足度」は、母校への寄付金にそのまま跳ね返ってくるわけです。
 昨年の寄付金は慶大の37億円に対し、早大は21億円。卒業者数が多いことを考えれば、早大ОBのケチぶりが分かるのです。

 最後に私学経営の要となる、両校の収入規模の比較です。
 早大の予算規模は年865億円で、慶大の519億円を上回ります。しかし慶大は付属病院も含めれば、年間2000億円に達します。収入規模としては、早大は慶大にはるかに及ばないのです。

まとめ

 「こうなると、いずれ明治にも抜かれ、『慶明戦』を指をくわえて見ている時代になりそうだ」と、『早稲田の凋落が止まらない 上、下』を特集した日刊ゲンダイ記者氏は結んでいます。
 明治期に大隈重信によって創立され、以後百何十年も「私学の雄」として君臨してきた早稲田大学が、ここにきて急凋落を見せている。以上見てきましたように、それにはバブル崩壊という事態、早大自体の理念・哲学の欠如、系列化など運営方針のまずさ、収入規模などさまざまな要因が複合していたわけです。

 この時代の激しすぎる変化の嵐は、分野のいかんを問わずいかなる「権威」も安閑とはしていられないということを早大凋落は物語っているようです。
 他方、秋田国際教養大学(公立)という創立わずか9年(2004年)の地方大学が、東大など旧帝大系を脅かす偏差値にまで急成長し、注目を浴びている例もあります。大分県に2000年に創立された立命館アジア太平洋大学(私立)などは、就職実績で、今回早大と対比させた慶大を脅かす存在になりつつあります。

 その意味ではまさに「大学下克上時代」とも言えそうです。しかし今挙げた両校は、ともにグローバル時代を見据えた、国際的に活躍できる優れた人材育成カリキュラムを組むなど、必死で自助努力しているのです。
 方や、早大のみならず我が国一の大学としてあぐらをかいてきた東大は、ようやく重い腰を上げて昨年あたりから「グローバル対応」の検討に入った段階です。

 亡国官僚・政治家を大量に育成してきた東大法学部などロクなものではありません。大学も今までのランク付けなどクソ食らえ、ガラガラポンで一からやり直し。これでいいのではないでしょうか。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『日刊ゲンダイ』-「早稲田の凋落が止まらない 上・下」(2月27、28日号)
関連記事
『「私学の雄」早稲田大学の凋落(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-023e.html
『明治大学のこと』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-3ea3.html
『「秋田国際教養大」急成長の秘密』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-c7ce.html
『「就職偏差値」が異様に高い2つの地方大学』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-7c4c.html

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コメント

早稲田は、地方からのバンカラ学生を集め、都の西北を歌って気勢を上げていたが…、当時は、それでも世の中に通用していたのだが、現在はそう世の中が甘くはない。
とくに学内改革では、名称を安易に学術的な名に変更し、いい気になっていたが…。
今回、小保方晴子に対する博士号の取り消しの処置に代表されるように、大學としての権威は地に落ちてしまった。
このした凋落現象は、歯止めが掛かっていない、教員・職員が一丸となって、数ある学部を整理し、再出発することを願っています。

投稿: 石川定男 | 2014年12月25日 (木) 17時15分

石川定男 様

 コメント大変ありがとうございます。また、管理ページの当日のコメントが「ゼロ」表示となっており、発見・返信が遅れましたこと、お詫び申し上げます。

 確かにそうですよね。昭和三十年代から四十年代前半、山形の田舎町の中学・高校生だった私などからすれば、当時早稲田は憧れの対象でした。わが中学校では、「♪都の西北早稲田の杜に・・・」も応援歌のひとつとして拝借していて運動会などでよく歌いました。

 バンカラ、自由な校風がその頃の早稲田のイメージでした。中退ではあるにせよ、寺山修司、野坂昭如、五木寛之などは早稲田の出身ですものね。しかしいつしか私学の雄などのブランド名に胡坐をかき、同大学としての自己研鑽を怠ってしまったのかもしれません。

 その結果、学校も学生たちも質が劣化し、小保方女史のように博士論文ですらコピペしても通ってしまうような不手際となってしまったものなのでしょう。早稲田の凋落、当時憧れていた者として大変悲しく思います。

投稿: 時遊人 | 2014年12月27日 (土) 00時01分

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