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2013年4月

ブログ開設満5年

  重畳(ちょうじょう)の山も一つに霞みけり   (拙句)

 この句は、だいぶ前の『三重県「山の一句」』で佳作採用された句です。この句の中の「重畳の山」とは、当地の西に聳える大山やその北に連なる丹沢連峰、またその手前の小山の連なりのことです。
 大山や丹沢連峰の威容が新住居に接した駐車場から良く見える、これは最近記事の中でも述べたことです。

 その後大山などはいよいよ新緑に覆われ、「山笑う」など通り越して「山大笑い」のさま。そのためなのか、(日本最古社の一つとされる阿夫利神社奥宮のある)大山山頂までは直線距離でゆうに十キロくらいあるだろうに、晴れた日などに眺めるとぐんと近くに迫って見える感じがしてくるのです。

 さて本日はゴールデンウィークのスタートとなる緑したたる昭和の日ですが、この良き日はまた「当ブログ開設記念日」(笑)でもあります。2008年のこの日の開設でしたから、今年で満5年となります。
 この日は節目として毎年その感想を述べてきました。そこで毎度同じようなことを述べますが、諸事飽きっぽい私がよくもまあ5年間もブログを維持してこられたものよ、とまたも思ってしまいます。

 ブログを維持するということは記事を更新し続けるということです。記事数でも2千記事に迫りつつあります。最近は少しズルして、夕刊紙や有名掲示板に投稿された記事を転載し、それに私のコメントを添える体裁の記事も多くなりました。
 また開設当初1、2年は毎日更新を原則としていましたが、ここ2年ほどは1日置きくらいになっています。

 記事更新はけっこう時間がかかります。「高等遊民」ならぬ、仕事をし収益を得て現実生活を維持していかねばならない「低級時遊人」(苦笑)の私には、一日置きでもけっこう大変であることをご理解願えればと存じます。(と、いずれは2、3日置きの更新になるかもしれないことへの伏線でした。)

 ところでブログ左サイド下の「アクセスカウンター」でお分かりのとおり、今現在のアクセス総数は「180万件余」となっています。この5年間で何らかのご縁があり当ブログをご訪問いただいた方には深く感謝申し上げます。

 それとなく見ているに、北は北海道から南は沖縄まで。また日本語や英語が圧倒的なのは当然として、中には中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ベトナム語など、世界各国語での訪問もあります。
 ブログを運営してみますと、ネットでは、日本全国はおろか世界が一つに結ばれていることが実感されてきます。

 ユニークアクセス(純訪問者)数でも、(シビアな集計ではありませんが)100万人以上は確実、ひょっとすると120万人くらいに達しているかもしれません。と言うことは、この5年間で(我が国人口を1億2千万人として)国民の100人に1人が当ブログを訪問してくれたことになるわけです。

 5年間という年数からしても駆け出しブログと言うことはできません。サービス精神に加えるに私の性分もあり、言わずもがなの余計なことをつい述べすぎるきらいがあります。ささやかとは言え、しかるべき影響力を有するネット媒体との自覚を持ち、今後より慎重に記事発信していかねばと、あらためて考える次第です。

 近年の新聞・テレビが「政官業」の走狗と堕していることは明らかで、その堕落と劣化は目を覆うばかりです。この国のジャーナリズムはもはや死んだも同然です。 
 その点、正確さにやや欠けるとしても、いかなる団体からも利益供与されていない「ネット言論」の情報発信がますます必要とされるゆえんです。
 その一端を担うサイトとの自覚を持ち、当ブログでは今後とも「知られざる真実」、権力側にとっての「不都合な真実」を白日の下にさらす役割が担えれば、と考えます。

 ただそれだけですと肩が凝ってしまいますので、従前どおり、名詩・名曲鑑賞やフォレスタコーラス、身辺雑記などを適宜織り込んでまいります。毎度述べることですが、読者の皆様と「有意義な共同創造」ができればと思います。
 今後とも当ブログよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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島田祐子「春の日の花と輝く」

 -こういう歌あればこそ、人類の霊性は向上して来られたのではあるまいか-


    (『k17 4月春の日の花と輝く 島田祐子』YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=umXoQIl70xM


 ゴールデンウィークに向けて今が春の真っ盛りです。うららかに日は照り、木々の新緑がまぶしいほどです。分けても花々の何と豊かなこと。チューリップ、パンジー、マーガレット、クレマチス、藤の花、皐月。珍しいところでは鈴蘭、芍薬、ラナンキュロス・・・。方々で色とりどりの花が咲き誇っています。
 一年中で花が最も豊かなこの麗しい季節。ある日ふと、その名もズバリ『春の日の花と輝く』が聴きたくなりました。

 そこで2週間ほど前この歌のYouTube動画を当たり、2、3聴いてみました。その結果しびれるほど素晴らしかったのが、今回ご紹介する『島田祐子「春の日の花と輝く」』です。

 まずは『春の日の花と輝く』の歌そのものについて述べてみたいと思います。
 この歌は古くからのアイルランド民謡だったようです。それに18世紀のアイルランドの詩人トーマス・ムーアが詩をつけたのが今日世界的に歌われている『春の日の花と輝く』です(原題「Belive Me,if All Those Endearing Young Chams」)。

 アイルランドの首都ダブリンの裕福な商家に生まれたトーマス・ムーア(1779年~1852年)は、長じてロンドンで法律学を学び、後にバミューダ統治の責任者にもなりました。
 詩人としてのムーアは、この歌のほかにも日本でも愛唱されている『庭の千草』をはじめ後世に残るアイルランド民謡を次々に書いて文名を高め、バイロンやシェリーといった西洋文学史上の詩人らとも交友を深めました。

 トーマス・ムーアの原詩を邦訳したのが、堀内敬三(ほりうち・けいぞう)です。
 堀内敬三(1897年~1983年)は、私など“昭和30年代少年”にとっては音楽の教科書でよく目にした懐かしい名前です。小学校高学年時なら『灯台守』や『夜汽車』の勝承夫(かつ・よしお)、そして中学校時は堀内敬三。

 堀内敬三の訳詞は非の打ちどころのない格調高い名訳詞です。上田敏(うえだ・びん)の『山のあなた』(カール・ブッセ)や『落葉』(ヴェルレーヌ)は原詩を超えた名訳業との誉れがありますが、この歌の堀口訳詞もあるいはそうなのかもしれません。
 本当はその訳詞も掲げたいところです。がしかし、翻訳著作権存続期間内であるためそれはできません。

 この動画は美しい花々の図柄をバックに、1番、2番の堀内訳詞が表示されています。この歌を視聴される方は是非、訳詞もじっくり味わっていただきたいと思います。

 と言うことで、島田祐子さんの『春の日の花と輝く』についてです。
 この歌をこれだけ美しく声量豊かに歌われてしまうと、「いやあ、素晴らしい !」の一言です。歌うべき人が歌ってこそ、その歌の良さが倍加されるというもの。誰が歌ったとしてもこれ以上完璧に歌えるはずはなく、ただただ脱帽です。
 
 島田祐子さんは20年以上前テレビで歌っている姿をよく見ました。やはり流行女性演歌歌手とは違った印象があり、当時の国民的歌手といった風格がありました。その後その地位は鮫島有美子さんあたりが引き継いだのかもしれませんが、現在ポスト鮫島としての国民的歌手が見当たらないようで残念です。
 なお島田祐子さんの名唱として、もう一つ『花かげ』を挙げておきたいと思います。

 この歌は、今まさに「春の日の花と輝く」麗しのフィアンセへの賛歌から始まります。これだけで十分聴く者の心を惹きつけます。が、この歌の真骨頂はそれに続くフレーズにこそあるように思われるのです。
 「・・・たとえ世の冬が来て、君が容色衰えるとも、我が愛は永久(とわ)に変らじ」
 (いささか皮肉を込めて言えば)仮面夫婦、熟年離婚、定年離婚などというイヤな“現代基礎用語”が飛び交う現ニッポンの愛の形と何と違うのでしょう。

 この歌全体にスピリチュアルな気高さが感じられます。「こんなの理想論だよ」と笑うなかれ。こういう「永遠の愛」を謳い上げた歌や詩あればこそ、人類は一歩一歩霊性の向上進化を続けて来られたのではないでしょうか。
 その意味で『春の日の花と輝く』は「不朽の愛の賛歌」と言うべき名曲です。

 (大場光太郎・記)

関連動画
『花かげ - 島田祐子』
http://www.youtube.com/watch?v=E60x2zpK1rU

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バーコードに隠された「666」(2)

-バーコードシステムは全国津々浦々に。この国は既に「666社会」そのものだ -

 1982年(昭和57年)10月、セブンイレブン銀座店がバーコードシステムを初導入して間もない頃、同システムに潜むおぞましさを告発する出版物が現われました。

 一つは、学習研究社のオカルト月刊誌『ムー』です。同誌がある号で「バーコード特集」を組んだのです。
 もう一つは、鬼塚五十一という人の著書の中でやはりこの問題を詳述したのです。鬼塚氏は既に「ファティマ第三の予言」や「聖母メッセージ」関連で、当時の研究家から高い評価を得ていた人でした。
 両者とも「バーコードはサタンのシステム」と警鐘を鳴らしたのです。

 それから何年か後のこと。テレビ朝日の『ニュースステーション』(当時)の中で、司会者の久米宏が突然大きなバーコード見本をかざして同システムに触れたことがありました。
 これらは皆、共通の「あること」を指し示していたのです。どういうことか。「バーコードには666の数字が隠されている」ということを。

   

 ものは試し、論より証拠。かっこうのバーコードのサンプルを掲げてみました。

 これは一般的なバーコードです。この例でいくと、頭の数字「0」、左の6桁の数字「012345」、右の6桁の数字「123450」からなっています。そしてよくご覧になればお分かりのとおり、他より長くて下に数字がない二本線()が、左端、真ん中、右端に3本表示されています。
 ここに共通の「ある数字」が隠されているのです。何を言いたいか、もうお分かりでしょう。そうなのです。その数字こそ「6」であり、3本繋がると「666」となるのです。

 (ただ今回例示したのは一般的なものです。バーコードには3種類あり、書籍などについているものは別種類なのでこの例には当てはまりません。)

 さすがの久米宏も同番組内で「この3ヶ所に共通する数字はさて何でしょう?」と視聴者に問いかけただけで、それ以上は踏み込みませんでした。それだけで賞賛に値する勇気ある行為だったと言えます。
 久米氏がもしあの時代、何千万視聴者の前で「それは666です」などと言ったら、病死か事故死かに見せかけて殺されていたかもしれません。

 「666」を明かしたのが、月刊『ムー』であり鬼塚五十一氏の著書でした。
 両者は、()3本がなぜ666になるのかを、バーコード下の数字を何段階かに分解して詳細に解説していました。25年以上前それを読んできっちり納得したのですが、両資料がどこにいったか分からない今となってはそれに基づいたさらなる詳述ができないのが残念です。

 前回、今現在バーコードシステムは全国津々浦々に流通していて、我が国は「バーコード社会だ」と言いました。もうここまで述べてきたからにはそれをさらに進めて、日本は既に「666社会」になってしまった、と言っていいと思います。

 そしてそれはこのままの状態で止まるものではありません。重要なので、前回冒頭に掲げた『ヨハネ黙示録』の一節を再度掲げます。

 また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。ここに智恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そしてその数字とは666である。
                    (日本聖書協会1954年改訳『ヨハネの黙示録』第13章16-18)

 TPP参加まで従順な「ゴエム」(偽ユダヤの悪の経典タルムードで言う「家畜」)状態で来た国民性です。住基ネット、国民総背番号制の整備とあいまって、我が国で「人間バーコード化」が完成するのは確実だと思われるのです。それも遠い未来ではなく、私の予測では2020年くらいには。
 
 「耳のある者は、聞くがよい。とりこになるべき者はとりこになっていく。」
 (同書第13章9-10)

 「とりこになるべき者」「額や手に(666の)刻印を受けた者」がどうなっていくか、心ある方は「黙示録第14章9-11」をお調べください。  - 完 -

 (大場光太郎・記)

関連記事
『バーコードに隠された「666」(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-d869.html
『悪魔・666・イルミナティ』カテゴリー
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/cat47207004/index.html

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バーコードに隠された「666」(1)

-出来ればこういう話題は取り上げたくないのだが。避けて通れない問題なので-

 また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。ここに智恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そしてその数字とは666である。
                     (日本聖書協会1954年改訳『ヨハネの黙示録』第13章16-18)

 我が国で「バーコードシステム」は、今やほとんどすべての物品の売買に欠かすことのできない便利なツールとなっています。じいさんばあさんが店番するタバコ屋さんや山村の雑貨屋さんならいざ知らず、ちょっとした町のスーパー、コンビニ、小売店などでは当たり前のようにこのシステムが使われています。

 このバーコードに「666が隠されている」などと言うと、びっくりされる方があるかもしれません。

 666は上掲の『ヨハネの黙示録』がそもそもの出典です。また今から30年くらい前のオカルト映画の名作『オーメン』によって、我が国でも「悪魔」を意味する禍々しい数字として定着しました。

 『ヨハネの黙示録』は、イエスの十二弟子の一人の聖ヨハネに(昇天後の)イエスキリストが現われ、キリストがその時黙示した人類の未来のビジョンのままに記した預言書とされています。極めて象徴的かつ難解で、新約聖書の最後に置かれていることから、旧約の『創世記』がアルファ(始)であるとすると同黙示録はオメガ(終)とされます。また「聖書の中の聖書」と言われることもあります。

 『ヨハネの黙示録』が著わされたのは今から1900年以上前のことです。なのにそんなおどろおどろしい「獣の数字」が、バーコードという21世紀の最先端システムと直結するなどと言えば、たいがいの人は驚きとともに奇異な感じを持たれることでしょう。
 しかし、以下に簡単に見ていくとおり直結するんですよ、これが。

 さて日本でバーコードシステムが最初に導入されたのはどこだったか、覚えておいででしょうか?
 今から30年以上前の1982年(昭和57年)10月、東京銀座に(アメリカが本社である)セブンイレブンのコンビニエンスストアがオープンしました。同銀座店でPОSシステム(つまりバーコードシステム)を初めて使用したのです。

 今さら説明するまでもありませんがー。予め各商品に付されたバーコードタグを、レジ備え付けのスキャナーで読み込みます。すると品名や価格などをレジ内蔵のコンピュータが瞬時に読み取り、まとめ買いの各商品の合計金額を正確に表示してくれます。
 ソロバンや電卓要らずの、手間ひまが省ける大変便利なシステムです。

 このシステム普及に当たっては、例によって米国「666奥の院」秘密指令による、通商産業省(現・経済産業省)、大蔵省(現・財務省)、自治省(現・総務省)などの各省庁、時の自民党政権、財界(新聞・テレビを含む)など、いわゆる「政官業」一体となった並々ならぬご尽力(?)があったことでしょう。

 一方我々国民消費者の立場からすれば、さほど順番待ちをせず、打ち込みミスによる買い損などもなしにレジがどんどんさばいてくれるわけです。
 この利便性から、バーコードシステムはその後またたく間に広まり、デパート、スーパー、コンビニ、各小売店などが次々に採用していきました。その結果同システムは今では全国津々浦々にまで普及され、日本は「バーコード社会」と言っても過言ではない状況です。  (以下次回に続く)

 (大場光太郎・記)

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フォレスタの「学生時代」

-戦前の『鈴懸の径』と並ぶ代表的な学園回想歌を初代女声フォレスタが名唱 !-



 4月13日、everstone04さんが大量に投稿してくれていたフォレスタ動画がすべて削除されてしまいました。以来1週間余が経過して、everstone04さんに代わる「投稿ニューヒーロー」が現われそうな気配です。
 以前取り上げた、『フォレスタの「七里ヶ浜の哀歌パートⅡ」』の投稿者「hiskjk」さんです。もう既に18本(21日現在)のフォレスタ動画をYouTubeにアップしてくれています。

 ただその中身は、『BS日本・こころの歌』の最新女声歌が主体のようです。それももちろんありがたいのだけれど・・・。
 フォレスタ動画ファンの新救世主のhiskjkさんへの、贅沢なお願いながらー。(ごく最近自覚し出したところですが)「初代女声フォレスタファン」の私としては、リアルタイムで視聴できる現在進行形の女声歌よりは、例えば『七里ガ浜の哀歌』のように今となってはなかなか聴けない初代女声歌のアップもお願いしたいと思います。もし録画のストックがありましたら、お早めに是非。

 と前置きが長くなりましたが、今回は、辛うじて残っていたフォレスタ動画の中で、なおかつ初代女声歌に適う歌として『学生時代』を取り上げてみたいと思います。

 『学生時代』は、かつてペギー葉山が歌って大ヒットした歌だったことは年配の方ならどなたもご存知のことでしょう。
 発表されたのは昭和39年(1964年)、と言えばあの世紀の大祭典・東京オリンピックが開催された年ですよね。あの頃の日本は高度経済成長の離陸期にあり、日の出の勢いでした。そんな活力ある社会が受け入れたのですから、この歌は累計売上げでミリオンセラーを記録しました。

 しかし時代がどうであれ、並みの歌がミリオンセラーになることなどありません。それだけこの歌が、舟木一夫の『高校三年生』と共に同時代の流行歌の中でも抜きん出て良い歌だったからなのに違いありません。
 当時東北の中学三年生だった私でさえ、『ええうだ(良い歌)だなあ』と思ってペギー葉山のこの歌を聴いていましたから。

 この歌は、そもそもペギー葉山が歌っていた「大学時代」という歌を、平岡精二(ジャズミュージシャン、作詞家、作曲家、編曲家)が『学生時代』として作詞・作曲したもののようです。歌ったペギー葉山も平岡精二もともに青山学院出身だということです。

  •  そのことからこの歌は、ペギー葉山の学生時代を歌ったものであることは明らかです。「蔦のからまる チャペルで 祈りを捧げた日」の歌詞のチャペルとは、青山学院青山キャンパス(東京都渋谷区)にある、ベリーホール(登録有形文化財)内の「チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂」のことであるようです。 2009年には、同学院創立135周年を記念し、歌碑が同礼拝堂前に建てられました。
     他にも「讃美歌を歌いながら」などの歌詞に見られるように、(メソジスト派-プロテスタントの)ミッションスクールであった学生時代の雰囲気が読みとれます。

     ペギー葉山自身は青山学院高等部卒業ですから、その頃の学園生活の回想歌ということになります。この人の略歴を当たってみますと、それは昭和25年(1950年)前後ということになります。平成今日とはかなり隔絶した歌だと思ったら、どうりで。

     戦後間もなくの当時は、世の中に新社会建設の清新な息吹が漲っていて、理想が理想としてストレートに信じられていた幸せな時代だったと思われるのです。
     そして昭和39年にこの歌が発表され爆発的なヒットとなったということは、その頃でもまだ社会全体にこの歌を受容できる“素直さ”があったということなのではないでしょうか。

     中でもミッション系スクールであればなおのこと。「祈り」「賛美歌」「清い死」「十字架」などというキリスト教的用語が散りばめられており、汚濁に満ちた俗世間から隔絶した敬虔な女子修道院のような清らかな雰囲気が感じられます。
     と同時に歌の中には、「秋の日の図書館」「枯葉散る窓辺」「テニスコート」「キャンプファイアー」など、誰しもの学園生活に普遍化し得る要素も盛り込まれています。その辺がおのずと聴く者の郷愁を誘い、今でも広く支持されているゆえんなのかもしれません。

                            *
     既に少し触れましたが『フォレスタの「学生時代』は、中安千晶さん、矢野聡子さん、白石佐和子さん、小笠原優子さんという4人の初代女声フォレスタによるものです。

     昨年のフォレスタ動画削除期にもこの動画は残っており、ある人がある記事に熱烈なコメントを寄せていました。しかし別な方向を向いていた私は確か1回聴いただけでした。
     今回あらためてじっくり聴き直してみて、『なるほど多くの人が高く評価するだけのことはあるぞ』と、再認識させられました(現在再生回数7万1千回以上)。


     1番から3番前半は中安さん、矢野さん、白石さんの独唱で、それぞれの後半を小笠原さんが独唱、続いて他の3人のコーラスがかぶさるという構成です。
     今さら言うのも何ですが、皆さん本当に「美声」ですね ! (これは私の好みになるかもしれませんが)中でも中安さんと小笠原さんの声が素晴らしいです。どこにも淀みなくスーッと徹る声でちっきりと歌い切っておられます。

     ピアノ演奏は南雲彩さんでしょうか。姿は見えませんが、コーラスを引き立てなおかつ引っ張るような演奏で、見事です。
     この動画最後のペギー葉山自身の歌と青山学院チャペル紹介はご愛嬌でしょう。

     フォレスタメンバーは言わずと知れた全員音楽大学出身者です。この歌のメンバーで言えば、小笠原優子さんが東京音楽大学、白石佐和子さんと矢野聡子さんが武蔵野音楽大学、中安千晶さんが国立音楽大学。
     音楽大学の雰囲気など私にはまるで分かりません。が、音楽の持つ聖なる要素からして、この歌と似通うような雰囲気が学内にはあったのではないでしょうか?
     ふとそんなことを感じさせる、4女声の名唱による『学生時代』です。

     (大場光太郎・記)

    関連記事
    『「第2次フォレスタ動画削除事件」に物申す』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-6049.html
    『フォレスタの「七里ヶ浜の哀歌パートⅡ」』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-1e62.html

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    衝撃的な「3・11&原発テロ」内部告発動画

    -要拡散。「3・11津波&原発テロ」は単なる陰謀論ではないと確信する。これは我が国が起こされたテロなのだ。多くの犠牲者のためにも見過ごしてはならない !-



     『内部告発 ! (アメリカ国家安全保障局)『311はアメリカとイスラエルの裏権力が核兵器を使った !』』と題する動画を掲げました。
     この動画は、前回の『米国元防衛官僚、「3・11は米国闇勢力の仕業」と明言』記事で転載した阿修羅掲示板記事の元となったものです。

     これを証言したのは、元米国国家安全保障局員(NSA)だったジム・ストーン氏です。NSAはCIAに準ずる米国情報機関ですが、そこに長年勤務した同氏は米国民を奴隷のようにコントロールしている勢力の存在に気づき、20年以上極秘調査していました。
     その結果その勢力が「ユダヤコミュニティ」であることを突き止めました。そんな折り、一昨年の福島原発事故のおかしさに気づき独自に徹底調査を行ったところ、本証言のような驚くべき真相を突き止めたのです。

     ジム・ストーン氏は「フクシマ問題」追及により、当局から二度も投獄されたそうです。身の危険を感じた同氏は現在、メキシコに亡命中です。この動画は、アメリカのラジオ局「アメリカン・フリーダム・ラジオ」のインタビューに同氏が応じている番組の収録です。
     以下に「3・11&原発テロ」に関する主要部分のみざっと箇条書きしてみました。

    (1)日本でM9.0の地震は起きていなかった。それが証拠に被災地の建物は津波前は倒壊しておらず無傷のままだった。

    (2)3・11は、福島原発の地下や日本近海に核兵器を使用した「新たなテロ」である。

    (3)イスラエルが取り組んでいるものに、「ストゥクスネット」と呼ばれるウィルスがある。これは産業用制御システムを攻撃するように仕組まれているウィルスである。

    (4)福島第一原発の管理会社である、イスラエルの「マグナBSP社」が、このストゥクスネットを事故(実際はテロ)の起きる4ヶ月前から植え込んで福島原発をコントロールしていた。

    (5)ストーン氏は、マグナBSP社が福島原発施設に「(小型)核兵器」を埋め込んだ写真も持っている。

    (6)マグナBSP社はイスラエル本国からのコンピュータ遠隔操作により、核爆発により福島原発を破壊し、その後も原子炉内に設置しておいた大カメラによって長期にわたってモニターし続けた。

    (7)「3・11テロ」にはもちろん米国も深く関与している。核爆発があった当日、(原子力空母エンタープライズなど)米国海軍は太平洋日本近海でスタンバイオーケー状態だった。

    (8)メディアが報道した日本海溝24マイル震源地はウソである。本当の震源地は内陸60マイルである。

    (9)津波を起こすことが本筋だったのではなく、原発の核爆発をカモフラージュするために津波を起こした(これでは、2万人以上の津波犠牲者はますます浮かばれないではないか)。
     
     世界を牛耳る米国とイスラエルの悪魔的偽ユダヤ勢力によって、この日本で「3・11津波テロ&福島原発破壊テロ」を起こされた可能性が極めて高いのです。(メディアはしきりに中国脅威論を煽っているが、本当の敵は「こっち」じゃないのか?)
     好む好まないの問題ではありません。13分余と少し長いですが、じっくりお聴きいただき、周囲の人にもこの「3・11真相情報」を拡散していただきたいと思います。

     なおこの動画の一部始終を「文字起こし」したサイトがあります。その上映像や図表付きで大変参考になります。
    http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/21609e4b1bbfe9e451abec713136033e

     (大場光太郎・記)

    関連記事
    『米国元防衛官僚、「3・11は米国闇勢力の仕業」と明言』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-a1c8.html

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    米国元防衛官僚、「3・11は米国闇勢力の仕業」と明言

     -やっぱりね。トモダチ作戦などに騙されて「知らぬは日本人バカりなり」-

     今回は阿修羅掲示板で今「総合アクセス」トップ記事を転載します。投稿者は「ポスト英米時代」さん、例の12・16不正選挙問題でも切れ味鋭いシリーズを投稿していました。

     私が東日本大震災直後から探ってきたところでは、「彼ら」の目的はあんなスケールだけではなかったようです。東日本大震災→福島第一原発事故→首都圏直下型大地震→富士山大爆発。
     「世界の真中の国」(『日月神示』)を壊滅状態にして、同時に米国・イスラエル合同でイランと戦争を起こすこと、つまり第3次世界大戦(世界最終戦争)に持っていくシナリオだったようなのです。

     東北3県の大津波と原発事故は、今に至るも甚大かつ深刻な被害をこの国にもたらしています。しかし日本のシンボルである富士山が吹っ飛ばされなかったのは不幸中の幸いというべきです。実際「彼ら」は、富士山の四隅に核を埋め込んだという一部情報もありましたから・・・。
     何らかの事情で不発に終わったわけです。地球国祖・国常立大神の鎮まりいます「黄金龍神列島」の不思議を感ぜずにはおられません。 (大場光太郎・記)

                            *
    米国の元防衛官僚が311は米国バビと偽イスラエルバビの仕業と明言、黒幕は英国バビロンである。 (投稿者 ポスト英米時代)

    http://www.asyura2.com/12/cult10/msg/902.html

    これは偽キムチマスコミの自然災害報道を信じてきた多くの日本国民にとっては大ショックでありもはや米国を二度と信用
    しないしやっぱり不必要な原爆を投下連中だったという事である。
    それも当然で米軍が日本中に基地を作り原発を作りメーカーが米国で安全管理が偽イスラエルで東電の株主がバビロンだという
    事は連中がその気になれば後先考えなければなんでもできる訳であり世界中で追い詰められてやってしまったという事である。
    海底核爆発と地中核爆発とプラズマ兵器を使って起こしたという事である。(本文転載終わり)

    (以下、主だったコメント集)

    03. 2013年4月15日 02:58:01 : 0UXNPR6wyo
    核津波による大勢の犠牲者に黙とう
    故意に起こされた原発爆破テロにより避難されている方たちの救いを切に望む

    核津波
    小型核兵器で原発爆破
    数ヶ月前からのシステム乗っ取り
    東電、政府がひた隠しにしているマグナBSP
    津波は福島テロを自然災害に見せかけるために起こしたといううのだから
    ひどいものである。
    彼らからしてみれば日本人など奴隷にすぎずゴエムの駆逐 
    他民族抹殺はタルムード2000年の歴史であり
    今 新世界秩序、新自由主義として強引に進められている
    やつらは常識では考えられない世界観をもっていることを自覚しなければ戦えない

    この告発は拡散である

    07. 2013年4月15日 12:25:48 : KKUQv68ch6
    土曜の淡路の地震も人工だという話だ。日本中を掘り返して核爆弾を埋め込んでるらしいよ。亡国だが、裏切り者の買弁偽キムチを追討してから死のうではないか。
    08. 2013年4月15日 12:38:18 : KKUQv68ch6
    5番さん言われるのを検索してみましたよ、これですね。

    >ようつべ  311 ジムストーン内部告発

    http://www.youtube.com/watch?v=ZCEmFIMrRVE

    うがった見方をすれば米英イスラエルも潰す予定?であるのは昔からの300人委員会などで公開されたアジェンダだから、億の院である世界政府主義者達の秘密結社が裏の主犯ですよね。秘密結社がなにかは解りませんが。

    09. 仙芳丸 2013年4月15日 13:10:15 : tfZsKI4/C.rBA : bQNPdDA01w
    ジムストーン氏の動画は緊迫感があり、いままでアレルギー反応を示していた人たちも、目が覚めるのではないでしょうか。
    秘密結社とは、煙に巻くためのコケオドシで、暗がりになると人は恐怖心が増すのと同じで、心理的効果を狙った連中の常套手段ですよね。イルミナティ、フリーメイソン、KKKなどがそうで、統一協会などのキリスト教新興宗教もそうでしょう。これらは、違う系統かの様に見えながら、うまく役割分担をしていて、末端のものには、自分たちが系統だった動きをしているとは、夢にも思わないでしょう。バビロニア・タルムードの恐ろしさです。
    10. 2013年4月15日 17:27:14 : zBYc960RaI
    必ず国家という壁の向こうの国民の背後に隠れて物事を実行するので、我々は
    国とかその国民とかを具体敵として見間違えてしまう。
    一方が見間違うと、その対象にされた側の国民もまた、相手を同様に見間違う。
    その裏が見えない。
    アメリカと北朝鮮がグルだというのは、国家レベル、国民レベルでグルだという
    ことではなく、その権力の掌握層がグルだということなのだ。
    そしてたいがいの人は権力を掌握しているのは金正恩だと思っている。
    それが間違いで、実際には一家族が権力を掌握することなど不可能で、彼等は
    ただのシンボルにすぎない。
    本当に権力を掌握しているのは日本同様、官僚機構に違いないのだ。
    ではその各国の官僚機構を支配しているのは?
    金融ではないのか?  (以下省略)(転載終わり)

                     

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    くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の

                                 正岡 子規

      くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る

    …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
    《私の鑑賞ノート》
     中学2年生の頃たまたま手にした詩歌の本で、初めてこの短歌を知ったのだったと記憶しています。もちろん深い意味など分からず、この中で歌われている情景を私なりにイメージし、清新な感動を覚えたのでした。

     この短歌を鑑賞する場合、まずは詠まれた背景を知っておいた方がいいかもしれません。
     正岡子規晩年の明治33年(1900年)4月21日の作です。もうこの頃は脊髄カリエスの病状がかなり進行し、弟子たちが名づけた東京根岸の子規庵(しきあん)の一室で臥せりきりの日々なのでした。

     子規が臥せっている部屋に面して小さな庭がありました。「病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)」の身には、したがってこの庭だけが唯一の外界であり自然であったわけです。体から膿がドロドロ流れ、時に激痛が襲う状態にも関わらず、子規の創作力は衰えることなく、子規庵の庭の四季の移ろい、草花のさまなどを俳句・短歌として多く詠んでいます。
     この歌は、その中でも代表的な短歌と言ってよさそうです。

     中学2年時の私は早合点して「くれないのバラの花」をイメージし、それでつい嬉しくなったのだったかもしれません。がしかし、それは間違った読み方です。
     子規が詠んだのは「くれなゐの薔薇の芽」であり、薔薇の花ではありません。


                          薔薇の芽

     子規の眼にはまず、二尺(約60cm)ほどに伸びたくれない(紅色)の薔薇の新芽に向けられます。その鋭い観察眼はその先の小さな針(トゲ)をも見逃しません。
     そして次に薔薇の木全体に視線を移します。見れば、薔薇の木、新芽を包むように、しっとりと春雨が降っているのです。

     俳句及び短歌の革新として「写生」を唱えた正岡子規の面目躍如たる写実的な短歌と言えそうです。しかしたとえば「やはらかに」という表現が、薔薇の芽の針と春雨の二つの事物に掛かっているように、単なる無味乾燥な写生歌ではない、繊細な叙情味が醸し出されているように思われます。

     正岡子規の凄いところは、凄まじい闘病の身でありながら、作品にはそれが微塵も感じられないことです。いなむしろ爽やかな清涼感すら覚えるのです。

     子規はこの歌を詠んだ4ヶ月後に大喀血し、2年後の明治35年(1902年)9月19日に亡くなりました。享年34歳。

      くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る

     (大場光太郎・記)

    関連記事
    『六月を綺麗な風の』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-b831.html

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    モーツァルト、魔笛、フリーメイソン

    -裏側から見るモーツァルトの死そして最近のホイットニー・ヒューストンの死まで-

     先日の『フォレスタの「港が見える丘」』の中で、少しばかり「フリーメイソン」について述べました。これは、横浜の「港が見える丘公園」は幕末の同港開港期に、この地に日本初のフリーメイソンロッジが置かれたことからの余談としてなのでした。

     その作成過程で、音楽記事としての連想から『あれっ、確かモーツァルトはフリーメイソンに暗殺されたんじゃなかったっけ?』と思ったのです。そして、どんな事からも記事のネタを得なければならない苦しい立場の私は(笑)、『おっ、これは格好の記事になるぞ』と思いました。
     その時閃いた「思考を現実化」させたものがこの一文と言うわけです(おいおい、オーバーなんだよ・苦笑)。

     ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年1月27日~1791年12月5日)は、確かにフリーメイソン員でした。1784年12月14日、ウィーンの小ロッジで入会したのです。
     と言っても、これはモーツァルトに限ったことではなく、新思潮としてのフリーメイソンの神秘思想、象徴体系は、同時代のゲーテなど当時の他の天才をも魅了し入会しています。
     例えばゲーテ畢生(ひっせい)の大作『ファウスト』には、フリーメイソンやアルケミー(錬金術)などのシンボリズムが散りばめられているといわれています。

     入会したとは言っても、モーツァルト自身は特別熱心な会員ではなかったようです。むしろ彼が後に入会を勧めたハイドンや父レオポルドの方が熱心だったといいます。
     モーツァルトはフリーメイソンのための音楽を何曲も作っています。代表的なのは、『フリーメイソンのための葬送曲』『魔笛』です。

     今回はこのうちの『魔笛』(まてき)を取り上げてみたいと思います。
     『魔笛』は死の年の1791年に作られた、モーツァルト最後のオペラ曲です。現在もモーツァルトのオペラの中で筆頭の人気を誇っています。
     台本は興業主・俳優・歌手のエマヌエル・シカネーダーが、自分の一座のために書きました。シカネーダーもフリーメイソン員で、困窮していた同じ会員のモーツァルトを支援する意味合いもあって作曲を依頼したようです。

     『魔笛』の音楽的内容やオペラとしてのストーリーなどは各自お調べいただくとして、ここではこの曲とフリーメイソンとの関わりに絞ってみていきたいと思います。

     本作にはフリーメイソンのさまざまなシンボルや教義に基づく歌詞や設定が用いられていることも特徴で、とりわけ各所に「3」を象徴的に使っているのが目立つ。序曲の最初や中間部で鳴り響く和音(同じフレーズが3回演奏される)は、フリーメイソンの儀式で使われるもので、劇中ザラストロの神殿内の場面でも再現されている。2人の作者がメンバーとしてフリーメイソンの精神をオペラ化したとも、当時皇帝から圧迫を受けつつあったフリーメイソンの宣伝であったなど、教団との関わりを重視する指摘があり、今日の演出にも影響を与えている。 (『ウィキペディア-魔笛』より)

     モーツァルトは『魔笛』が完成し上演された1791年の12月5日死去しました。さまざまな観点から尋常ならざる天才音楽家の死なのです。
     35歳と若すぎる死であること。死の数ヶ月前妻のコンスタンツェに「誰かに毒を盛られたようだ」と語ったといわれていること。当時は死後数日してから埋葬するのが慣習だったのに、何者かが検死を恐れたかのように死の直後に埋葬されたこと。ヨーロッパ中に鳴り響いた大作曲家なのに、貧民用の共同墓地に葬られ以後その場所すら不明であること。

     このような不審死から、「フリーメイソン暗殺説」が当時から囁かれたのです。理由は『魔笛』において、フリーメイソンの門外不出の教義を外部に洩らしたため、というものです。しかし今日ではこの説は否定されています。
     『魔笛』の作者はモーツァルトだけではなく、台本を作ったシカネーダーもそうです。一般観客にメイソン教義を伝えるとしたら、モーツァルトの音楽とともにシカネーダーの言葉も重要だったはずです。しかし同罪のシカネーダーは(当時としては)61歳の天寿をまっとうしているのです。

     どう見ても不審死としか思われないモーツァルトの死の真相とは?
     これを探求した優れたサイトがあります。末尾に掲げますので、興味がおありの方はのぞいてみてください。

     仮に『魔笛』に重要なメイソン教義が表わされていたとして、モーツァルトの死にフリーメイソンが関与しなかったのはなぜでしょうか?考えられるのは以下のことです。
     当時は「近代フリーメイソン」が発足して何十年かしか経っていない頃です。メイソンがやがて取って代わろうと虎視眈々狙っているローマカトリックのパワーはまだ強大です。当時からキリスト教会は、フリーメイソンを「サタンの会堂」と厳しく糾弾していました。

     フリーメイソンの世界人類支配の大野望は、初めから子孫に引き継ぐべき「何百年仕事」であることは織り込み済みなのです。モーツァルト暗殺でミソをつけ、「彼らの神にかけて」遠大な計画を頓挫させるわけにはいきません。

     以後220年余が経過した今日、「彼ら」は地球世界をほぼ完全に掌握し終えています。もうフリーメイソンの名を隠すこともありません。
     それのみか、9・11、イラク侵攻、3・11、TPP、(鳥インフルエンザなど)ウィルス兵器によるパンデミックなどなど、やりたい放題です。「NWO完成」まであと一歩、もう「人類最終支配」確定の状況なのです。

     最後に、「音楽つながり」のことを述べます。
     最近のマイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンの死は、(フリーメイソンに悪魔の血を注ぎ込んだ)イルミナティの仕業だ、ともっぱらの噂です。
     マイケルの場合は、彼の歌やステージ活動でイルミナティの危険性を訴えていたため。ホイットニーの場合は、「トカゲの女王」エリザベス二世の女王即位何十周年かの記念式典の生贄として「カバラ」の象徴数に囲まれて・・・。

     (大場光太郎・記)

    参考サイト
    『モーツァルト殺害の真犯人は誰か?』
    http://www1.tcat.ne.jp/eden/MM/MozDth2.htm
     

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    「第2次フォレスタ動画削除事件」に物申す

    -「麗しき春のいたちごっこまた始まる」 我と思わん方の新投稿心待ちにしてます !-

     フォレスタ動画ファンにとって4月13日は「魔の日」であるようです。覚えておいででしょうか?昨年の同じ4月13日-よりによって昨年のこの日は「魔の金曜日」でもありましたが-は、newminamiさん提供のYouTube動画がすべて削除された日だったことを。
     そして季節が一巡した今年の4月13日、あろうことかeverstone04さん提供のすべてのフォレスタ動画が削除されてしまったではありませんか !

     私たち下々のフォレスタファンのあずかり知らぬところで、「4・13」は不吉な事が起こるべき日と定められてでもいるのでしょうか?
     loveforestaさん、newminamiさんの後を引き継いだeverstone04さん提供のYouTube動画は、確か削除直前「526本」にも及びました。ずっと以前の懐かしのフォレスタ曲から『BS日本・こころの歌』直前放映分までを隈なく網羅した、「フォレスタ大山脈」のごとき威容がありました。

     それがある日突然「魔の4月13日」、以下のような取り付く島無き理由により一方的に全削除されてしまうのですから。

    "フォレスタ - 朧月夜..."この動画に関連付けられていたYouTube アカウントは、著作権侵害に関する第三者通報が複数寄せられたため削除されました。

    申し訳ありません。


     「申し訳ありません。」と言うなら削除しないでよ !

     思うに、YouTubeのフォレスタ動画が「違法」であることは、当局(BS日本テレビ、日本テレビ、コロンビア)にとっても、私たちユーザー(視聴者)にとっても互いに知るところでしょう。
     だから双方には「持ちつ持たれつ」の暗黙の了解があったはず。確かに、フォレスタ動画の一つ一つを我々ユーザーが視聴・再生しようと、当局には何の実益もないとしても。しかし「宣伝効果」という重要ファクターを考慮した場合はどうか。動画そのものが直接・間接に測り知れない宣伝媒体であったはず。

     こんな安手(と言うより「対費用ゼロ」)なフォレスタ宣伝は他にありませんよ。動画投稿に伴う労力やリスクはすべてeverstone04さんお一人の負担なのですからね。
     当局さんは何もせずただ高見の見物で、それまでは「フォレスタ知らず」だったネットユーザーがある日ふと『んっ?』と思って動画を再生・視聴するごとに、確実に「フォレスタ人口」が広がっていくのですから。

     中にはそれをきっかけに、月曜9時の『BS日本・こころの歌』を見るようになったり、フォレスタCD・DVDを購入したり、フォレスタコンサートに行ったり・・・と、熱心なファンになった人もいたかもしれません。
     長期不況化のあおりを受けるテレビ業界にあって、こんなオイシイ話はまたとないのではないでしょうか?

     一方我々ユーザー側も、YouTubeに投稿された夥しいフォレスタ動画を「無料」で、片っ端しから聴いたり、ピックアップして好きな曲を好きなだけ聴くといった楽しみを享受してきたわけです。

     だからeverstone04さんという得がたいお人を真ん中にして、約1年間、当局とユーザーには「持ちつ持たれつ」の関係が保たれてきた、と言うのです。いいですか、この人の初投稿から1、2ヶ月という短期間ではなく、1年間という長期にわたってですよ。ここがミソです。
     ですからもう一歩踏み込んで言えば、その間、当局(「通報者」も含む)とユーザーは互いに違法動画であることを知りながら、見て見ぬふり、知らんぷりの「共犯関係」にあったとみることができるはずです。

     さらに露骨に言ってしまえば、「狐と狸の化かし合い」てなもんですよ。
     なのに、一方の化かし手がある日突然またまた4・13という魔の日を選んで、「今回の化かし合いは、これでお終い」と、一方的に打ち切ってしまうとは。
     いくら何でも、「化かし合いの仁義」にもとると言うもんじゃないですかねぇ。

     と、詮無い繰り言をいくら重ねても、「死んだ子の年を数える」「賽の河原の石積み」みたいな虚しい行為です。

     気分転換して、前向きに考えましょう。
     そこでお願いです。どなたかeverstone04さんの「永遠の石(意思)」を受け継いで、再度フォレスタ動画投稿を始める男気のある人はおられませんでしょうか?(everstone04さんご自身の不屈の再チャレンジさらに歓迎です !)

     ただし、お一人だけの大量投稿ですとどうしても当局のマークが集中しますから、リスク分散で複数の人が手分けしての投稿が望ましいように思われます。(言い出しっぺの私が率先すべきですが、「意思」はあっても、投稿のための手順がまったく整っていないもので・・・)

     次なる本格的な「フォレスタ動画投稿」を切に望みながら、戯文調の本文の終わりとさせていただきます。 

     (大場光太郎・記)

    【追記】
     今回削除されたのはeverstone04さん動画だけのようです。先刻ご承知かもしれませんが、他の人たちによる少数投稿(計十数曲ほど)は無傷で残っています。具体的な曲名や動画URLをご紹介したいところですが、これすらも削除の憂き目に遭ってはたまりません。まだの方は「フォレスタ」などの検索により探り当ててください。

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    フォレスタの「朧月夜」

     -現代が忘れ去った、自然の法則に適った「ユックリズム」がこの歌にはある !-

        (『フォレスタの「朧月夜」』動画)
         (この歌の動画は削除されました。)

      
         朧月夜   (作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)

      菜の花畠(ばたけ)に 入り日薄れ
      見わたす山の端(は) 霞(かすみ)ふかし
      春風そよふく 空を見れば
      夕月(ゆうづき)かかりて におい淡(あわ)し

      里わの火影(ほかげ)も 森の色も
      田中の小路(こみち)を たどる人も
      蛙(かわず)のなくねも かねの音も
      さながら霞(かす)める 朧(おぼろ)月夜


     菜の花畠に入日薄れ 見わたす山の端霞ふかし…。

     昔の田園風景が鮮やかに甦ってまいります。懐かしい、懐かしい風景です。さながら、この歌だけで完結している、一つの小天地の趣きです。
     一番は夕景、二番は夜景。主役は春満月です。その月がおぼろがかっています。
     月がおぼろであることによって、なおのこと。暗くなりまさるほどに、霞みつつやわらかな光りに照らし出された下界の皆悉くが、絵画的なものに、詩的なものに異化され、昇華されてゆきます。
     たとえば、田中の小路をたどる、常日頃は平凡な一村人さえも。

     かてて加えて。七五調の文語体とはかくも格調高く、美しいものだったのだろうか。かかる文体に滅多に接する機会のない私たちにとっては、この歌詞のような流麗な文体を目の当りにすると、とうの昔に失ってしまったものへの懐旧の念、愛惜の念をあらためて呼び起こさせてくれます。
     かつては、全国どこにでもあった田園風景。都市部では特にその多くが消失し、残っている所を「原風景」と呼ばなければならない。田園風景に囲まれて育った者にとっては、悲しいことです。

     さらにこの歌には、見逃してはならない大切なポイントがあると思います。
     文語体の歌詞と一体になって溶け込んでいるかのような、見事なメロディの、そのゆったりとしたテンポです。私たちはすっかり忘れておりましたが、これが自然本来のリズムなのではないでしょうか。
     聴いていて、実に心地良いリズムでありテンポです。これこそが、やすらぎの、おおげさにいえば、星と星、星系と星系、銀河と銀河を、音もなく静かに真釣り合わせている「宇宙的律動(リズム)」なのではないでしょうか。

     私たち人間は、疑いようもなく「自然の児」です。したがって、この歌のこのリズムこそが、本来の「人間のリズム」でもあるはずです。私たちのついこの前までの先祖が、当たり前のものとして暮らしていたはずのリズム…。
     私たちは一体いつから、このリズムから大きくはみ出してしまったのだろうか。はみ出して、自然とは別のものを血まなこで求めて、本当に幸せになれたのだろうか。

     「人間のテクノロジーがどんなに進歩しても、自然は決してそれに出し抜かれたりはしない」。ある賢者の言葉です。

     皆様。しばし、一切の世事、雑事を忘れて、二木先生の『朧月夜』の素晴らしい演奏に聴き入りましょう。
     そして、現代人の誰もがそうである「騒ぎすぎる血」を鎮めましょう。

                           * 
     以上は、2008年開設直後の『「朧月夜」-私たちが失ってしまった原風景』記事からの転載です。文中にありますとおり、元は「二木紘三のうた物語」のこの歌への私のコメントでした。5年後の現在もこの感想につけ加えることは何もありません。
     ここからは『朧月夜』そのものについて、私自身知らなかったことがかなりありますので、『ウィキペディア-朧月夜』の主要部分を転載してみたいと思います。

                           *

    『朧月夜』(おぼろづきよ)は童謡、唱歌。文部省唱歌。作詞高野辰之、作曲岡野貞一

    1914年(大正3年)『尋常小学唱歌 第六学年用』に初出。検定教科書が用いられるようになった1948年(昭和23年)から小学校6年生の音楽教科書において採用され、平成以降も取り上げられている。

    詩は1番2番とも脚韻を踏み、各行4+4+3+3音で構成されている。特に2番の「も」音の繰り返しが音楽的である。初めの2行に視覚的描写を置き、第3行で体性感覚、聴覚に言及し、最後の1行で締める起承転結の一種ともなっている。岡野はこれに弱起で始まる3拍子のリズムをあてはめている。

    高野は長野県豊田村(現在の中野市)に生まれ、隣の飯山市で小学校の教師をやっていた時期があった。その時に飯山市で見た菜の花畑が印象に残り、この歌を作るきっかけになったと言われている。しかし、岡野が作曲し、高野が作詞したとする説には、学術的には疑問点も多い。(詳しくは岡野貞一を参照。)

                           *
     『フォレスタの「朧月夜」』。男声5人によるコーラスです。
     中でも、1番、2番を通して主旋律を歌っている大野隆さん(バス)と今井俊輔さん(バリトン)のお2人の歌唱に注目です。この歌の持つ荘重な感じには、やはり重厚な低音がふさわしいのでしょう。
     落ち着いた、奥行きのある、聴き応え十分のお2人の歌唱です。

     私のこの歌の冒頭の感想は、二木先生の素晴らしいmp3のメロディに対してのものでした。テンポのゆったりした名mp3で深い癒しが得られると感じ、たまらずコメントしたのでした。
     当然ながら、メロディだけの場合と人の声によるコーラスでは印象が違ってきます。しかしこちらはこちらで、後方の榛葉樹人さん、横山慎吾さん、澤田薫さんの3テノールによるフォローコーラスも含めて、聴くほどに味わい深いものがありますね。

     どなかたのピアノ演奏ともども、やはりゆったりしたスローテンポのコーラスです。
     再度訴えたいと思いますが、この「ユックリズム」、これがこの歌のたまらない魅力の一つです。今日の世の中全体も、人々も、歌われる歌も何もかもが忘れ、失ってしまった「自然のリズム」なのですからね。
     その意味でも大切に残したいですよね、こういう歌は。

     「大野さん、今井さん以下の男声フォレスタの皆さん。この歌を歌ってくれてどうもありがとう !」と言いたくなります。 

     推察するに、この歌は3年ほど前の収録でしょうか?皆さんお若いですよね。特にクローズアップされている大野さん、今井さんの何と若々しいこと !
     ところで今井さん。今では流行(はや)りの形にうっすらとヒゲをたくわえ、一段と野性味を出しておられます。この歌の時の今井さん、白いスーツも相まって、清々しい好青年といった感じでとても好感が持てますね。

    (大場光太郎・記)

    引用
    『ウィキペディア-朧月夜』
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A7%E6%9C%88%E5%A4%9C_(%E6%AD%8C%E6%9B%B2)
    関連記事
    『「朧月夜」-私たちが失ってしまった原風景』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_925a.html

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    「長野県長寿日本一」、理由は病院に行かないから !?

    -かつて『病院に殺される』という本が話題になったが、決して皮肉ではないわけだ-

     みすずさんをはじめとして(フォレスタファンと思われる)何人かの長野県民の方が、当ブログを「お気に入り」に入れて定期訪問してくださっています。日頃のご愛顧(笑)に感謝しつつ、長野県民の方にとっての嬉しい話題を取り上げてみたいと思います。

     テレビでもニュースになったのかもしれませんが、最近の『日刊ゲンダイ』の特集によりますと、長野県が男女とも「長寿日本一」に輝いたというのです。同記事を後に転載しますが、「長野県民はなぜ長生きなのか」というと、ズバリ「長野県は貧乏県で病院数が少なく、病院に行かれないから」と、大変失礼な( ! )結論を出しています。
     それはともかく。かなり前『病院に殺される』(別冊宝島、現在は宝島文庫)という本が話題になりました。病院本など気色悪いので私は読みませんでしたが、実際そのとおりだと思うのです。

     ですから、若い頃から私は滅多に病院に行きませんでしたし、薬も極力飲まないようにしてきました。今でも市から毎年「無料定期健診」の通知が来ますが、中身も見ないでポイ捨てです。
     60歳を過ぎた身であれば、下手に病院にかかりでもすれば商売上手な先生から、「この部位が悪いですねぇ」「こっちの内臓もおかしいですよ」「この際しっかり直しましょう」などと言われ、要通院の上大量投薬され、本来有している「自然治癒力」がどんどん損なわれるに決まっているのです。

     「頼みません、そんなこと !」「先生がいかなる名医であらせられても、自分の体は自分が一番良く知ってますから」「それにですね、少々の不調感なら自分で何とか治せますから、けっ・こ・う・です !」 それでは以下『日刊ゲンダイ』の転載です。
     (注 私のような特殊人間でない方は、必要な場合は病院にご相談ください。)    (大場光太郎・記)

                           *
    健康常識へのアンチテーゼ 
    長野県民は病院に行かないから長生きする


     都道府県別「平均寿命」で、長野県が男女とも長寿日本一に輝いた。「減塩運動のたまもの」「温泉が豊富」「いや、昆虫食が体にいいのかも」と周囲はかまびすしいが、本当のところ、長野県民はなぜ長生きなのか?

     世界一長生きの日本人の中でも、とくに長野県民は突出している。都道府県別の「平均寿命」(別表-省略)で、長野県は男性80.88歳、女性87.18歳で共に全国トップ。一方、最下位はこれも男女そろって青森県だ。青森は喫煙率と飲酒習慣割合が1位、1日の歩数量は46位とワーストになる要素がテンコ盛りだ。

     では、長野県民はどんな理由で長生きなのか。
     「そばを含む穀物類が体に良い可能性はあります。また、約30年前から県民減塩運動を展開中で、その効果が出ているのかもしれません」(長野県庁・健康長寿課)

     1965年の県民の平均寿命は、男性9位、女性26位と平凡。それが減塩運動を始めて急激に寿命を延ばしている。
     だが、よく調べてみると、同県の塩分摂取量は男性が全国6位、女性8位と今も多め。当然、脳卒中の死亡率は全国平均を上回っている。塩分を減らせば長生きするという根拠と矛盾するのだ。

     では、コレはどうか。長野県民の野菜摂取量は全国1位(1日379㌘)、高齢者就業率も43.7%(全国平均32.2%)でトップ。日帰り温泉(729軒)、味噌消費量(1世帯年間11.9㌔)も1位だ。逆に年間雨日数30.6日)、降雨量(932㍉)は全国一少ない。晴れが多ければ気分的にもいいはずだ。

    病院依存度は全国最低レベル

     だが、長野で特筆すべきは、実は老人医療費の少なさにある。75歳以上の1人当たり医療費は、長く全国最低水準をキープ。10年度も77万560円で下から4番目と、最高の福岡114万6623円に比べて37万円も安かった。長野県民はとにかく病院に行かない。

     「というか、病院が少な過ぎて行けないのです。県内にある病院はわずか116軒。療養病床数は100人当たり0.18床で全国41位です。昔はこうではなかったが10年前に地方債の残高が1兆6000億円に達し、借金の割合は全国最悪。財政再建団体の一歩手前といわれました。新幹線、高速道路、冬季五輪と県民の望むまま借金し、病院まで手が回らなくなったのです」(ジャーナリスト・中森勇人氏)

     ところが、何が幸いするか分からない。
     「長野県民の在宅死亡率は14.9%で全国1位。余計な延命治療を最もやらない県です。抗がん剤治療が死期を早めるという説も出ているし、医療体制が貧弱な方が個人で予防する人も増える。東北地方で唯一長寿の山形県も、療養病床数は43位です。逆に病床が充実している1位の高知、2位の山口、3位の鹿児島は、長命ではありません」(中森勇人氏 = 前出)

     病院に行かない方が長生きするのだ。長野県民の長寿の理由は、貧乏(注 県財政が)で病院が造れないからだった?  (転載終わり)

    引用
    『日刊ゲンダイ』(3月27日号「サラリーマン特集」記事)

    【追記】
     その後転載記事を読み返してみて、みすずさんをはじめとした長野県の読者の方、長野県民を少し貶めるような内容だったかな?と反省しております。
     しかし私自身は長野県を貧乏県などとは思っておりません。それは今の日本社会による格付けなのであって、絶対基準ではあり得ないわけです。私の出身県の山形県もやはり負けず劣らず貧乏県ですが、「豊かな自然」を基準にすればこれまた両県は全国的に高ランクされることでしょう。自然豊かな環境で、健康で長生きできればこんな幸せなことはないと思います。
     ちなみに、今から20年以上前「田舎暮らし」がブームになりかけました。その時興味を持った(山形には帰れない)私が一番住んでみたかったのが長野県です。それは今も変わりません。

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    杜牧『江南春』

        江南春        (江南の春)

            杜牧  

      千里鶯啼緑映紅  千里鶯啼(うぐいすな)いて 緑紅(みどりくれない)に映ず
      水村山郭酒旗風  水村山郭(すいそんさんかく) 酒旗(しゅき)の風
      南朝四百八十寺  南朝(なんちょう)四百八十寺(しひゃくはっしんじ)
      多少楼台烟雨中  多少の楼台 煙雨(えんう)の中

    …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… 
     杜牧(とぼく)、803年~853年は中国晩唐期の詩人。晩唐の繊細な技巧的風潮を排し、平明で豪放な詩を作った。風流詩と詠史、時事諷詠を得意とし、艶麗と剛健の両面を持つ。七言絶句に優れた作品が多い。杜甫の「老杜」に対し「小杜」と呼ばれ、また同時代の李商隠と共に「晩唐の李杜」とも称される。 (『ウィキペディア』-「杜牧」の項より)

    《私の鑑賞ノート》
     この詩の模範的な現代語訳は以下のとおりです。

       見渡すかぎり広々と連なる平野の、あちらからもこちらからも鶯の声が聞こえ
       木々の緑が花の紅と映じあっている
       水辺の村や山ぞいの村の酒屋のめじるしの旗が、春風になびいている
       一方、古都金陵には、南朝以来の寺院がたくさん立ち並び
       その楼台が春雨の中に煙っている
                   (石川忠久『漢
    詩をよむ・春の詩100選』より)

     この詩は確か高校の漢文教科書で習った記憶があります。春の景色を詠んで、「江南春絶句」(こうなんしゅんぜっく)とも言われ、古来人口に膾炙(かいしゃ)されてきた七言絶句です。
     この詩の題名となった「江南」とは、長江下流の江蘇・安徽・淅江の三省に及ぶ豊かな農耕地帯のことです。

     この絶句をより味わうため、簡単に語句の説明を加えてみます。
     【水村】水際の村。【山郭】山沿いの村。【酒旗】居酒屋ののぼり旗。【南朝】西暦420年~589年の六朝(呉・晋・宋・斉・梁・陳)時代のこと。南京を首都とし仏教が大変栄えた。【四百八十寺】俗にこう称されたくらい古都金陵周辺には南朝以来の仏教寺院が数多くあった。なお平仄の都合上「十」は「シン」と読む。日本でもそう読み慣わしている。

     一詩の中に春の景物を巧みに詠み込んだ、中国江南のみならず、我が国のどの地にも普遍し得る「春絶句」と言えそうです。わずか漢字二十八字のみで、かくも雄大な春景が詠めてしまうとは。
     極めて視覚的、絵画的で、一詩完結の小天地といった感じがします。

     結句に至って、この詩は煙雨の中の景であることが明かされます。「煙雨」とは、やわらかな小雨のことなのでしょう。例えば、この詩とは何の関係もありませんが、
     「月様、雨が…」
     「春雨じゃ、濡れて参ろう」
    という雛菊と月形半平太の名台詞の風情の。さらには名唱歌『四季の雨』の、
      降るとも見えじ、春の雨、
      水に輪をかく波なくば、
      けぶるとばかり思はせて。
      降るとも見えじ、春の雨。
    という風情の。

     いずれにしても全景春雨の中ということで、発句の「緑紅に映ず」と花の色より緑を強調した意味が了解されてきます。雨の中での新緑は、ひときわ引き立って見えてくるものですから。

     (大場光太郎・記)

    関連記事
    『赤壁』(三国志の古戦場を詠んだ、同じく杜牧の七言絶句)
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-f9df.html
    『フォレスタの「四季の雨」』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-e737.html

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    フォレスタの「港が見える丘」

     -この歌の「あなたと私」の愛と別れの情感の襞(ひだ)の何と細やかなことよ !-

        (『フォレスタの「港が見える丘」』YouTube動画)
         http://www.youtube.com/watch?v=Ot7l-Y5jTug
         


     この歌については去年の今頃取り上げるつもりでいましたが、何かの都合で時期を逸してしまい、今回あらためての公開となりました。

     『港が見える丘』は昭和22年(1947年)4月発表とのことですから、ずい分昔の歌ということになります。歌ったのは平野愛子、この歌がデビュー曲だったようですが、幸運なことにいきなりの大ヒットとなり、今でもこの歌は終戦直後の流行歌として代表的な一曲となっています。

     四方を海に囲まれた我が国は全国各地に「港」があり、したがって「港が見える丘」も到る所にあるわけです。そういう条件の丘ならどこでもこの歌の背景になり得る、と一応は言うことができます。
     ただこの歌の雰囲気に最もマッチしているのは横浜で、この歌を作詞・作曲した東辰三にもこの地が念頭にあったものと思われます。

     ご存知の方が多いかと思いますが、横浜にはその名もズバリ「港が見える丘公園」があります。この公園は1962年(昭和37年)、この歌に因んで命名されたものだそうです。
     同公園は山下公園と並ぶ横浜市の観光公園で、この歌どうりに横浜港を見下ろせる高台に位置しています。
     
     私は横浜港に接した山下公園は数回訪れ、その中にひっそりと建っている「赤い靴の女の子の像」にも二度ほど会ってきました。
     余談ですがー。『みかんの花の咲く丘』記事の追記で、山下公園通りの対面の街区にあるホテルニューグランドについて少し触れました。戦前、作詞家の藤浦洸がこのホテルの3階に宿泊し、その窓越しに望む港夜景から名曲『別れのブルース』を着想した・・・。
     そうしたら何と、この歌を名唱した吉田静さんが2月末、コンサートで同ホテルを訪れ同じく横浜港を見下ろししばし感懐に耽られた、というのです。
     少し奇縁でもあり嬉しくもある、幾重ものシンクロニシティではありませんか !

     話を戻しますが、港が見える丘公園にはいまだ行ったことのない私は、この歌の記事作成までは行きたいものと考えたのでした。昨年夏頃たまたま、郷土の歌人の斎藤茂吉展が同公園内にある神奈川近代文学館で開催されました。折角のいい機会だったのに、都合でとうとう行けなかったのが残念です。

     同公園は、幕末の横浜港開港期にイギリス軍、フランス軍がこの地に駐留したのが始まりだと言います。そして興味深いことに、日本最初のフリーメーソンロッジが置かれたのもこの地だと言うのです。

     またまた「フォレスタつながり」の余談です。ピアノ奏者の南雲彩さんが、最近記事のある人への返信で、凄いことにフリーメーソンへの関心を示しておられます。ですから私も一言述べたくなりました。(興味のない方は読み飛ばしてください。)
     フリーメーソン(自由石工)の起源は、古代ソロモン王の神殿建設あたり(さらには古代バビロニア)まで遡る秘教的結社ですよね。キリスト教による抑圧で長く地下に潜り込み、中世のテンプル騎士団やローゼンクロイツの薔薇十字会などから養分を得て、1717年、ロンドンで「西洋の神秘の人」サンジェルマン伯爵らによって「近代フリーメーソン」(大東系)が設立され、後にフランス、ドイツなどでも大陸系として広がっていきました。

     以後アメリカ独立戦争、フランス革命以降の近現代の主だった世界史的出来事へのフリーメーソンの影響は絶大なものがあります。ワシントン以下歴代米大統領の多く、連合国司令官のマッカーサーなどが最高位階(第33階級)のメーソン員だったわけですからね。(ついでに言えば、日米戦争を「主導した」山本五十六、米内光政ら海軍首脳もメーソン員。)
     しかし「フリーメーソンそのものはニュートラル、善でも悪でもない」というのが、今現在の私の見解です。ただ18世紀ドイツのアダム・ヴァイスハウプトが設立した「イルミナティ」によって、悪魔的陰謀の血が注ぎ込まれたということは言えそうです。以後の米国はその流れを受け継いでいるわけです。

                           *
     『港が見える丘』は、港が見える丘という格好のロマンチックな舞台での、「あなたと私」の愛と別れを詩情豊かに歌い上げた作品です。

     東辰三の歌詞は少し解釈が難しいところがありますがー。
     1番全体の歌詞の感じから、既にして2人の恋の破局を予感させます。満開はとうに過ぎて「色褪せた桜」の頃に訪れたのです。2番は翌年くらいの同じ桜の季節の「霧の夜」、その時訪れたこの丘で2人は別れたわけです。
     そして3番はその年の葉桜の頃、ヒロインは一人でこの地を訪れ終わってしまった恋の回想に浸っている、おおむねこのような事でしょうか。
      
     「チラリホラリと 花片」、「キラリチラリと 花片」「ウツラトロリと 見る夢」など、独特の言葉が散りばめられています。さすがに当時もこのような言い回しはあまり使われなかったことでしょうが、平成今日ではなおのこと、なにやら遠い昔の「雅語」のようです。

     それだけに余計、今流行(はやり)の歌の中の「君と僕」の即物的な愛には見られない、プラトニックな叙情性が感じられます。こういう純愛は終生の思い出として残るものなのでしょうし、とうの昔に失われた愛の形を歌ったこの歌も、今なお根強く歌い継がれています。

                           *
     この戦後すぐの名叙情歌を、小笠原優子さん、吉田静さん、白石佐和子さん、矢野聡子さん、中安千晶さんという、かつての女声フォレスタフルメンバーが歌ってくれています。
     最初に歌った平野愛子以降、美空ひばり、青江三奈、ちあきなおみ、石川さゆり、鮫島有美子ら多くの女性歌手がこの歌をカヴァーしていますが、このコーラスは『フォレスタの港が見える丘』としてそれらの人たちの歌と十分比肩し得ると思われます。

     中でも、2番独唱の小笠原優子さん。ソフトな歌声といいお姿といい、この歌のヒロインそっくりなプラトニックな雰囲気を醸し出されています。そう言えばこの歌の小笠原さんのヘアースタイル、当時流行っていた女性の髪型ではなかったでしょうか?
     そういうことも含めて、さながら女優さんと見紛うばかりに綺麗な、小笠原さん主演・主題歌の映画『港が見える丘』を観てみたくなります。

     小笠原さんを含めた5女声、皆さん楽しそうにこの歌を歌っておいでです。桜に見立てたのか、淡いピンクのドレスも華があっていいですね。とこかく、5人総出演とは何とも贅沢で壮観です。

     当ブログフォレスタ記事へのアクセスとして、以前から「中安千晶 矢野聡子 白石佐和子 小笠原優子 吉田静」というフレーズが時折り見られました。これは、以前の女声フォレスタがコンサート出演の際のステージでのポジションでしたよね。
     2か月ほど前、これに加えて「中安千晶 矢野聡子 白石佐和子 小笠原優子 吉田静 これが一番いい」というようなフレーズで見えた人がいました。
     根が正直なので言っちゃいます。私もつい『そうだよねぇ』と同感してしまったのです。

     とは言っても、昨年加入した上沼純子さん、内海万里子さんにケチをつけるつもりは毛頭ありません。ただ『こうしてこの5人が一同に会することは、もうないのかもしれない・・・』などと考えると、ついノスタルジックな懐かしさに駆られてしまうのです。

     (大場光太郎・記)               

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    衝撃の事実-ТPP共同声明は「空証文」だった

     -とにかくТPP協定問題は何から何までデタラメだ。こうなったら「売国奴」の安倍首相を退陣させた上、ТPP参加は白紙に戻した方がいいのではないか-

     何度でも繰り返しますが、ТPPとはつまりは、
     「1%の1%による1%のためのТPP」と言うことに尽きるのです。「1%」とは、昨年の米国ウォール街デモで暴露されたとおり、米国ユダ金企業群ということです。
     日本でも「1%」が存在します。ユダ金ハゲタカにひれ伏す、現安倍自民党・公明党、外務省・財務省などの霞ヶ関官僚群、財界、新聞・テレビという大マスコミなどです。

     つまりは、ТPP締結で甘い汁を吸えるのはどの国でもわずか「1%」のみなのです。ことに我が国にあってТPPは「百害あって一利なし」です。
     一般国民レベルでは特にそうです。繰り返しますが、戦後から長く保障されてきた国民皆保険制度は米国基準に「改正」され、崩壊する可能性が大です。郵貯・かんぽ・農協貯金などの国民資産は米国ハゲタカ金融・保険業界から狙いをつけられており、どんどん流出し目減りしていきます。
     悪魔企業モンサント社による遺伝子組み換え食品の大流通により、「これでもか」と同食品を食わせられることになるのです。日本民族の遺伝子は根本から破壊されます。

     「1%のためのТPP」だからこそ、お膝元の米国で、米市民団体がТPPを告発しているのです。(まだの方は、末尾動画をご覧ください。)
     だからこそ、魂を米ユダ金に売って長期政権を目論む安倍首相以下は、「不都合な真実」を知られてはまずいので国民を幾重にもペテンにかけて参加しようとしているのです。

     「ТPP参加賛成 60%超」の国民の皆さん、しっかりしてくださよ。米官業御用達の新聞・テレビの操作・誘導報道に引っかかって何でも賛成していると、気づかない間に「666のICチップ」を体内に埋め込まれてしまいますよ。そうなったら、もう人間としてジ・エンドですからね。

     それでは、安倍政権以下のさらなるペテンぶりを暴露した『日刊ゲンダイ』(4月4日号2面)記事を以下に転載します。  (大場光太郎・記)

                          *
    オバマに交渉権限なし 衝撃の事実
    ТPP共同声明は「空証文」だった !


    安倍政権が7月の交渉参加を目指すТPPで、またひとつ信じられないデタラメが噴出している。

    「関税撤廃の例外」はデタラメ

     安倍は、日米首脳会談でオバマと交わした「聖域なき関税撤廃を前提とせず」を理由に、例外分野をもうけると言って反対派をねじ伏せているが、これが大ウソだった。そもそも、オバマには安倍との約束を守る義理どころか、約束を交わす権限さえなかったのだ。

     日本ではほとんど知られていないが、いま米国で議論になっているのが「大統領貿易促進権限」(ТPA)なる法律だ。米政権が外国政府と貿易交渉を進める際、個々の合意内容について議会の承認を経ずに済む“白紙委任状”みたいな法律だが、オバマにはこの権限がなく、安倍との約束が“カラ手形”だったことが問題視されているのだ。元外務官僚で評論家の天木直人氏が言う。

     「英国から独立し、今もモンロー主義の伝統が残る米国は、基本的に保護主義の国です。戦争と同じくらい、貿易に関しても議会が強力な権限を持っている。日米の経済摩擦が激化した70~80年代も、米国では必ず議会との関係が問題になってきた。そのため、時の大統領は貿易交渉について、議会から一括承認を取り付ける“白紙委任状”を勝ち取ってきた経緯がある。これがTPA、従来は『ファスト・トラック権限』(追い越し車線の意)と呼ばれていたものです。ところがオバマ政権にはこの権限がない。07年に失効していて、今まで延長されていなかったのです」

     今ごろヤリ玉に挙がっているのは、オバマ政権が議会に何も知らせず、ТPP交渉を勝手に進めていたことが分かったからだ。米市民団体の告発でも交渉の極秘内容が暴露され、米議会はカンカンになっている。
     「仮に米議会がТPPを認めるとしても、限りなく米国に有利な交渉となるよう、オバマ政権に強硬に迫るはずです。当然、日米会談の共同声明なんて何の意味もない。安倍首相は日本の農業を守れなくなるでしょう」(天木直人氏 = 前出)

     実は、日本の外務省もオバマ政権のТPAが失効していることは百も承知だった。安倍はすべてを知りながら、国民をあざむいた可能性が高い。「愛国者」のフリをして、とんだ「売国奴」というしかない。  (転載終わり)

    関連動画
    『アメリカ市民団体がTPPについて報道した驚異の内容』(YouTube動画)
    http://www.youtube.com/watch?v=HLVKAalmD48
    関連記事
    『全国民必聴 ! 米市民団体によるТPP報道の驚愕内容』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-ab9d.html
    『全国民必読 ! リークされた米ТPP草案の仰天中身』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-482a.html
    『ТPP後の日本について考える』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-8d89.html

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    孫崎享氏が言論統制の実情等を語る

     -「TPP、オスプレイ、原発、増税は全て繋がっている」(孫崎享氏)すべてが人体に666刻印のICチップを埋め込むNWО完成へのステップ。反対者は皆抹殺だ !-

     最近の『安倍“特高”政権で強まる言論統制』記事で、テレビ朝日での孫崎享氏のTPP発言を、自民党の大西英男衆院議員が国会で問題にした「言論統制事件」を取り上げました。これに関して「市民」氏とそのグループが孫崎享邸を訪問し、孫崎氏にインタビューを試み、広範に及ぶその内容が阿修羅掲示板に投稿されています。
     かなりの長文ですが、貴重な「知られざる真実」満載です。なお映像カットの上適宜行詰めをしています。 (大場光太郎・記)
                           *

    スクープ連発!「朝日新聞がウォルフレン本の広告を断っていた!」・・・市民による孫崎享氏インタビューメモ&映像

    http://www.asyura2.com/13/senkyo145/msg/808.html

    孫崎享氏のご自宅にお邪魔しインタビューをした。
    テーマは、「TPP参加問題と大西英男衆議院議員による『言論封殺』について」だが、様々な問題に及んだ。

    この中で二つのスクープとして、鳩山由紀夫元首相が作る「東アジア共同体研究所」の初代所長に孫崎氏就任したとのこと。また、角川書店から上梓されたカレル・ヴァン・ウォルフレン著『誰が小沢一郎を殺すのか?』を朝日新聞が広告掲載を拒否したということだ。

    ご自宅でこのようなインタビューを受けたのは初めてだということだった。また、市民のタブーなき質問に真摯に答えていただくとともに、スクープも含め忌憚なく我々に情報を与えていただいた。
    かなり大雑把だが、以下に撮影と同時に打ち込んだメモと映像を貼っておく。
    (以下、メモ&要約)

    大西英男議員は16区、江戸川区選出議員。
    なぜ国会で取り上げたかというと、奥さんから電話があった。
    「そもそも総研を見ていたら孫崎っていうのが大変なことを言っている」と…
    テレビ朝日の「そもそも総研」でTPPの話をしたんですね。

    この時の論点は、
    安倍首相が「TPPの交渉に入って自分たちの要求を受け入れさせる」と言っているが、TPP交渉の状況をみるとそれはありえないこと。

    その根拠は、
    ①後発でTPP交渉に入ったメキシコとカナダは、入る時に条件を付けられ、今まで決まっていることについては無条件で受け入れること
    ②TPPの交渉自体はほとんど終わっていて、7月にもう一回大きな会合があり、9月にシャンシャンとあり10月11月に首脳レベルで正式発足ということになっていて、交渉自体はほとんどものもが終わっているから日本はすでに交渉できない状況にある。
    終わっている状況で後から入っても新しい交渉は何もできないので、安倍首相が言っていることは間違っているといった。

    また、農業分野のみ影響があるようにマスコミでは言ってきたが、日本の経済活動全ての分野が影響あることを
    「ISD条項」を紹介し、マスコミで今まで言われてなかったことを言った。
    ISDと言ってもよくわからないが、Iは投資家、Sは国家、Dは紛争。だから「投資家が国家を訴えられる」という制度。

    アメリカの投資家が、ある国に投資すればこのくらいは期待できるという期待値を持っている。しかし、その国の法律・制度によってその投資が十分獲得できない時には、訴えることができる。
    ということは国家の主権がなくなることで、日本の国家主権が大きく侵害されるということは番組で言った。
    大手メディアであまり解説されなかった事をテレビ朝日で言ったことが反響があった。

    それで大西さんのところに繋がる。
    大西議員に対して疑問を持っている。彼はTPP反対派であるというのがそもそも問題。彼はTPP反対を言って選挙に選ばれた。もし問題があると思ったら、首相や外務大臣を呼んで「総理、あたなたTPP参加は何の問題もない、交渉はできると言っているが、カナダやメキシコの問題をみると、危険だということを言わなければいけない」と本来ならば言わなければならない。全く逆に、TPPの危険性を言った人間に対して攻撃している。
    誰かから指示から支持されているのではないか。

    彼は冒頭、初めての質問ですと言っているが、10分時間を貰っている質問時間の前半5分を使って私ごときを攻撃した。
    「TPPで独善的だといい、尖閣諸島を中国領と言っている、竹島を韓国領と言っている人を出すことはおかしい」とNHK会長に向かって彼は質疑した。
    私は、日本が固有の領土ということについては歴史的に難しい問題もある、とは言ったが、彼がいうようなことは言っていない。

    ツイッターで彼を攻撃したその日に、彼はブログで弁護を書いている。
    「私の本をちゃんと読んでいる」と書いているが本当なのかと疑問を呈した。読んだという本のひとつは絶版になっているもの。700円の本が2000円以上になっているものを本当に読んだのか。私の本を読んでいれば、私の主義主張はわかるはず。

    日本の今の非常に危険なことは、人に簡単なラベルを貼ってその人の人物を破壊する。
    最近、フォルフレンと話をして『人物破壊 誰が小沢一郎を殺すのか? (角川文庫)』という本は非常に興味深い。大手出版社が、この本の広告を出すのを断った。一応、大手出版社の角川なのに朝日新聞が拒否している。
    日本の言論統制はそこまでいっている。
    出版する宣伝まで受け入れない。

    朝日新聞といえば、「戦後史の正体」を陰謀論という書評を書いている。
    ついでにこの「戦後史の正体」の顛末をいうと、長い間、大手新聞は書評を出さなかった
    ところがかなり売れ始めたら、ほっておくわけにはいかないということで、朝日新聞が取り上げた
    その書評が非常に雑な書評だった。

    事実に基づかない誹謗中傷はおかしい、朝日新聞は私に謝るべきだとツイッターで一応書いた。ところが、電話がじゃんじゃん朝日新聞にかかったようで、この抗議が朝日にとっては予想以上だった。
    それから3.4日後、朝日新聞がきて、「孫崎さんのご意見をお伺いしたい」となり、最終的に冒頭の10行(陰謀論)の部分を削除することになった。
    というのは、今日おいでになる普通の方の力、市民の力が大きくなっていった。何かあるとその力が集中する。

    市民
    世論がマスコミと戦って謝らせた

    孫崎
    私は何もしてない、ツイッターしただけ。それをリツイートして電話をみんながして動いた。
    大西さんの話に戻ると、私への正当でないレッテルを貼って、こういう人をNHKが出すことはおかしいと、衆議院の総務委員会、NHKの会長が居る前で言い、会長もそれに答弁した。

    会長の発言は好意的発言ではなかった。
    この事件は、重要なところはNHKの内部自体で必ずしも不偏不党の報道ができない。公平な報道ができないので、職員自体が居れなくなるようになっている。NHK自体が右も左もいろんな形の主張を出す、それで国民の判断を仰ぐということがないから、こういう事件が出てくる。

    たとえば原発の番組をつくってNHKから出て行く(堀潤氏)
    今回は、国会という場所で「使うな」ということを言ってきた。これは大手メディアが批判しなければならないのが、全く放置している。
    野党も本来ならば、自由な言論を封殺していると騒がなければならない。

    市民
    NHKの予算編成権が政府与党にあり、NHKの会長を呼んで単なる質疑ではなくNHKの予算を審議する場所で、このまま孫崎さんを使うと予算減らすぞという間接的恫喝。

    市民
    2000年に「番組改編事件」といい、NHKが従軍慰安婦問題を社員のプロデューサーが作って、当時の与党自民党の中川昭一さんと安部晋三さんがNHKに乗り込んで、会長と編集室に圧力をかけ、結局、一番肝心な部分カットしたものが流された。NHKは与党の圧力に弱いことが実証された。その時も大手マスコミは一切沈黙し、その作ったプロデューサーは辞め訴訟になっている。この2000年の問題よりも今回のほうが大きな事件。

    山崎康彦氏
    TPPのデメリットに関してはマスコミが政府や財界と一体となって封殺し、TPPに入ればいいことがあるという雰囲気を醸成している。

    孫崎氏
    大手マスコミがリストをもっていて、この人たちは出さない載せないと。日本のマスコミは相当、程度が十分じゃない。ワシントンポストなどは、形式的には保守派の人やリベラルの人を入れて意見の場を与え、様々な見解を示していくのはマスコミであるはず。日本の今の大手メディアは、編集権などと主張して「自分たちの主義主張、考え方以外のものは載せない」となっている。

    市民
    事業体としても広告収入が激減し経営ががたついているので、広告主の顔色を見て財界などの意向に反することはできない。

    孫崎氏
    NHKスペシャルに今年1月に出た。この時もなぜ出したんだとクレームがあったのではないかと思う。私自身はきわめて常識的なことを言っているつもりだが、この常識的なことを言えない空気になっている。こうした意見、常識的なことを述べる層がいないので、私を出したのではないか。

    以前、短いインタビューでTPPのマイナス点を少しだけやり、次の日もいうことになっていたが、「孫崎さん、申し訳ないんですけど、孫崎さんと同じ意見の学者を紹介してください」と言ってきた。
    これがなかなかいない。
    私の場合は、国際関係や米国の戦略をみながらTPPを見ていて反対している。そういう意味では、私のような展開で発言する人はいない。わかっていても発言はしない。

    私がTPPをやるのは経済の専門家ではないが、TPP、オスプレイ、原発、増税は全て繋がっていると思うから。
    繋がっているという一番の重要なことは、それぞれの項目の「核心」は絶対喋らない
    ということ。
    原発でいえば、一番需要なことは「地震があったらどうなるの」という問題。地震の危険をどうみるか。再稼働するときに、その問題がいつの間にか消えて言っている。

    TPPの問題も、TPPに入った時にどういうマイナス点があるのか、そのプラスとマイナスの比較の議論がない。
    核心を言わないで、その他のものにすり替えて論議していく。

    たとえば、普天間問題で沖縄の住民のこととオスプレイ配備に日本の安全保障にどういう影響があるのか。

    大西さんも、TPPが今一番重要なのに、いつの間にか「北朝鮮も中国も孫崎の意見を聞いたほうがいいと言っている」ということにすり替え危険人物だといっている。そうした歪められた、作り上げられたキャラクターを適当に当てはめることによって破壊する。小沢問題もそう。

    昔、「日米同盟の正体」という本があり、ラジオで取り上げられ非常に反響があった。
    年末に今年の書評の特集があり、それが再放送になるくらいだった。
    その時のNHKスタッフが
    「我々がなぜこの本を取り上げられたかというのは、民主党政権になったから」と言った。

    大西発言以降に二つ依頼があった。民法でテレビタックルから依頼がありTPPを本日録画する。
    もう一つは4月10日くらいに出てくる。
    普天間問題も民主党政権だったの取り上げられた。

    鳩山さんが「東アジア共同体研究所」を立ち上げ、私は無給の所長になった。
    4月1日から事務所は十全ビルに既にできている。
    その研究所で私がお願いしてるのは、一つはブログなどで情報発信していくこと。
    研究アイテムは普天間問題。これがなぜ迷走したのかを鳩山さんが全てを語る。琉球新報と一緒に6ヶ月くらい研究する。
    それを発信の母体としたい。できるだけ鳩山さんにも発信してほしい。…
    (以上、メモ&要約)  (転載終わり)

    関連記事
    『安倍“特高”政権で強まる言論統制』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-6d3a.html

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    今甦る新美南吉

     -今年は、『赤い鳥』の童話作家だった新美南吉の生誕百年没後七十年らしい-

     当ブログでも何度か取り上げたことがありますが、『日刊ゲンダイ』に「流されゆく日々」という作家・五木寛之氏の最長寿コラムがあります。既に連載9160回余となる同コラムの先週のタイトルは、『新美南吉のまなざし』というものでした。

     多くの方にとっては「新美南吉 Who?」であることでしょう。しかし昨年の『「赤い鳥運動」について』をお読みになられた方ならあるいはご記憶かもしれませんが、新美南吉(にいみ・なんきち)は、大正中期に始まった「赤い鳥運動」を初期・中期・後期に分けた場合昭和に入ってから活躍した赤い鳥後期の童話作家だったのです。

     この新美南吉、1913年(大正2年)に生まれて戦争中の1943年(昭和18年)に亡くなっています。享年29歳ですから夭折の童話作家と言えます。
     彼の生没年にご注目ください。1913年生→1943年没。今年は2013年ですから、今年はちょうど「生誕百年没後七十年」という大変区切りのいい年なのです。
     そこで新美南吉が生まれた知多半島の(愛知県)半田市では、今年初の1月5日の「生誕開幕祭」を皮切りに、12月まで記念行事が目白押しだといいます。

     筆者の五木寛之氏は、地元から「新美南吉に関する話をしてください」との講演依頼を受け、『特に研究家や専門家でない私に?』と首をかしげながらも引き受け、先週ちょうど半田市にやってきているというタイムリーなコラム寄稿だったようです。

     新美南吉は「広辞苑」にも出ているほど著名な作家だそうです。しかし「児童文学者」扱いのため、宮澤賢治や坪田譲治ほどのスペースは割かれていないそうです。

     と、例によっていかにも知った風にここまで新美南吉の概略を紹介してきました。しかし白状しますが、昨年の『「赤い鳥運動」について』記事作成前まではまったく知りませんでした。
     鈴木三重吉の赤い鳥運動に賛同した芥川龍之介は『杜子春』を、有島武郎は『一房の葡萄』を、小川未明は『赤いろうそくと人魚』を童話雑誌『赤い鳥』に寄稿しました。それら今日でも有名な作品に並ぶくらい評価が高いのが、新美が昭和7年に同誌に発表した『ごん狐』だと言うのです。

     俄然興味が湧いてきた私は、記事公開後早速『ごん狐』を読んでみました。今はネット空間を一ッ飛びすれば、『青空文庫』という著作権消滅作家のほとんどの作品を網羅したネット図書館があるので大変便利です。

     山の穴の中で暮らしている「ごん」といういたずら好きな子狐がいました。ある秋の日の兵十というお百姓にしたいたずらを悔いて、ごん狐は兵十の家に毎日栗の実などをこっそり届けるようになります。しかしとうとう兵十に見つかってごん狐は・・・。

     狐は一般的にコずるい動物としてとらえられがちですが、『ごん狐』は人情の機微の分かる狐として描かれています。新美南吉の「あたたかいまなざし」の感じられる、まさしく名童話に値する作品です。
     小川未明の『赤いろうそくと人魚』もそうでしたが、読後ジワーッと余韻が広がります。ごく短い童話なので、まだの方は是非お読みいただきたいと思います。

     ところで五木寛之氏は、ご自身の「新美南吉ベストスリー」を挙げています。それによると、
      1位 手袋を買いに  2位 ごん狐  3位 きつね
     いずれも「狐の童話」ですが、意外なのは『ごん狐』より『手袋を買いに』という作品を高く評価していることです。もちろん未読でしたので『これも読まずばなるまい』と、今回早速読んでみました。

     ある冬の晩、母狐に白銅貨を渡された子狐は町まで自分用の手袋を買いに行くお話です。子狐は母狐から片方の手を人間の手に変えてもらって、「こっちの人間の方の手を出すんですよ。本当の手を見せれば捕まえられてしまいますからね」と念押しさました。にも関わらず子狐は、少し開けた戸の隙間から間違って狐の手を店主に見せてしまいます。
     すぐに「狐だ」と分かった店主はしかし捕らえることをせず、「先にお金を下さい」といい、渡された白銅貨が木の葉などでないことを確かめるとちゃんと手袋を売ってくれたのです。

     この作品に対する五木寛之氏の解題はこうです。
     「・・・店主の優しさの背後に、近代、現代に生きる私たちすべての人間の本質が見え隠れする。それは、金を出せばモノを売る、という本質である。(中略)金を出せば相手が人間だろうと動物だろうと商品を売る。それが資本主義人間の本質である。(中略)新美南吉の無意識の凄さは、現在の資本主義的人間の本質を鋭く映し出している、などと言えば、たぶん失笑を買うだろう。」

     いや実際、五木氏の指摘どおりなのだろうと思います。
     ただそういう観点抜きでも、この作品は全編に詩情漲る優れた童話だと思います。『ごん狐』が土俗的色濃い作品だとすると、『手袋を買いに』は西洋風なメルヘンを感じさせます。いずれにしても新美南吉、ただ者ではありませんでしたね。

     五木寛之氏は、「新美南吉は、児童文学の枠をこえた大した作家なのである。」とこのシリーズを結んでいますが、切りのいい今年をきっかけに、子供たちにも私たち大人たちにももっともっと知られてよい作家だと思います。

     (大場光太郎・記)

    参考
    「青空文庫」『ごん狐』
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/628_14895.html
    「青空文庫」『手袋を買いに』
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/637_13341.html
    関連記事
    『「赤い鳥運動」について』
    http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-4908.html

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