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杜牧『江南春』

    江南春        (江南の春)

        杜牧  

  千里鶯啼緑映紅  千里鶯啼(うぐいすな)いて 緑紅(みどりくれない)に映ず
  水村山郭酒旗風  水村山郭(すいそんさんかく) 酒旗(しゅき)の風
  南朝四百八十寺  南朝(なんちょう)四百八十寺(しひゃくはっしんじ)
  多少楼台烟雨中  多少の楼台 煙雨(えんう)の中

…… * …… * …… * …… * …… * …… * …… 
 杜牧(とぼく)、803年~853年は中国晩唐期の詩人。晩唐の繊細な技巧的風潮を排し、平明で豪放な詩を作った。風流詩と詠史、時事諷詠を得意とし、艶麗と剛健の両面を持つ。七言絶句に優れた作品が多い。杜甫の「老杜」に対し「小杜」と呼ばれ、また同時代の李商隠と共に「晩唐の李杜」とも称される。 (『ウィキペディア』-「杜牧」の項より)

《私の鑑賞ノート》
 この詩の模範的な現代語訳は以下のとおりです。

   見渡すかぎり広々と連なる平野の、あちらからもこちらからも鶯の声が聞こえ
   木々の緑が花の紅と映じあっている
   水辺の村や山ぞいの村の酒屋のめじるしの旗が、春風になびいている
   一方、古都金陵には、南朝以来の寺院がたくさん立ち並び
   その楼台が春雨の中に煙っている
               (石川忠久『漢
詩をよむ・春の詩100選』より)

 この詩は確か高校の漢文教科書で習った記憶があります。春の景色を詠んで、「江南春絶句」(こうなんしゅんぜっく)とも言われ、古来人口に膾炙(かいしゃ)されてきた七言絶句です。
 この詩の題名となった「江南」とは、長江下流の江蘇・安徽・淅江の三省に及ぶ豊かな農耕地帯のことです。

 この絶句をより味わうため、簡単に語句の説明を加えてみます。
 【水村】水際の村。【山郭】山沿いの村。【酒旗】居酒屋ののぼり旗。【南朝】西暦420年~589年の六朝(呉・晋・宋・斉・梁・陳)時代のこと。南京を首都とし仏教が大変栄えた。【四百八十寺】俗にこう称されたくらい古都金陵周辺には南朝以来の仏教寺院が数多くあった。なお平仄の都合上「十」は「シン」と読む。日本でもそう読み慣わしている。

 一詩の中に春の景物を巧みに詠み込んだ、中国江南のみならず、我が国のどの地にも普遍し得る「春絶句」と言えそうです。わずか漢字二十八字のみで、かくも雄大な春景が詠めてしまうとは。
 極めて視覚的、絵画的で、一詩完結の小天地といった感じがします。

 結句に至って、この詩は煙雨の中の景であることが明かされます。「煙雨」とは、やわらかな小雨のことなのでしょう。例えば、この詩とは何の関係もありませんが、
 「月様、雨が…」
 「春雨じゃ、濡れて参ろう」
という雛菊と月形半平太の名台詞の風情の。さらには名唱歌『四季の雨』の、
  降るとも見えじ、春の雨、
  水に輪をかく波なくば、
  けぶるとばかり思はせて。
  降るとも見えじ、春の雨。
という風情の。

 いずれにしても全景春雨の中ということで、発句の「緑紅に映ず」と花の色より緑を強調した意味が了解されてきます。雨の中での新緑は、ひときわ引き立って見えてくるものですから。

 (大場光太郎・記)

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『赤壁』(三国志の古戦場を詠んだ、同じく杜牧の七言絶句)
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『フォレスタの「四季の雨」』
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