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今甦る新美南吉

 -今年は、『赤い鳥』の童話作家だった新美南吉の生誕百年没後七十年らしい-

 当ブログでも何度か取り上げたことがありますが、『日刊ゲンダイ』に「流されゆく日々」という作家・五木寛之氏の最長寿コラムがあります。既に連載9160回余となる同コラムの先週のタイトルは、『新美南吉のまなざし』というものでした。

 多くの方にとっては「新美南吉 Who?」であることでしょう。しかし昨年の『「赤い鳥運動」について』をお読みになられた方ならあるいはご記憶かもしれませんが、新美南吉(にいみ・なんきち)は、大正中期に始まった「赤い鳥運動」を初期・中期・後期に分けた場合昭和に入ってから活躍した赤い鳥後期の童話作家だったのです。

 この新美南吉、1913年(大正2年)に生まれて戦争中の1943年(昭和18年)に亡くなっています。享年29歳ですから夭折の童話作家と言えます。
 彼の生没年にご注目ください。1913年生→1943年没。今年は2013年ですから、今年はちょうど「生誕百年没後七十年」という大変区切りのいい年なのです。
 そこで新美南吉が生まれた知多半島の(愛知県)半田市では、今年初の1月5日の「生誕開幕祭」を皮切りに、12月まで記念行事が目白押しだといいます。

 筆者の五木寛之氏は、地元から「新美南吉に関する話をしてください」との講演依頼を受け、『特に研究家や専門家でない私に?』と首をかしげながらも引き受け、先週ちょうど半田市にやってきているというタイムリーなコラム寄稿だったようです。

 新美南吉は「広辞苑」にも出ているほど著名な作家だそうです。しかし「児童文学者」扱いのため、宮澤賢治や坪田譲治ほどのスペースは割かれていないそうです。

 と、例によっていかにも知った風にここまで新美南吉の概略を紹介してきました。しかし白状しますが、昨年の『「赤い鳥運動」について』記事作成前まではまったく知りませんでした。
 鈴木三重吉の赤い鳥運動に賛同した芥川龍之介は『杜子春』を、有島武郎は『一房の葡萄』を、小川未明は『赤いろうそくと人魚』を童話雑誌『赤い鳥』に寄稿しました。それら今日でも有名な作品に並ぶくらい評価が高いのが、新美が昭和7年に同誌に発表した『ごん狐』だと言うのです。

 俄然興味が湧いてきた私は、記事公開後早速『ごん狐』を読んでみました。今はネット空間を一ッ飛びすれば、『青空文庫』という著作権消滅作家のほとんどの作品を網羅したネット図書館があるので大変便利です。

 山の穴の中で暮らしている「ごん」といういたずら好きな子狐がいました。ある秋の日の兵十というお百姓にしたいたずらを悔いて、ごん狐は兵十の家に毎日栗の実などをこっそり届けるようになります。しかしとうとう兵十に見つかってごん狐は・・・。

 狐は一般的にコずるい動物としてとらえられがちですが、『ごん狐』は人情の機微の分かる狐として描かれています。新美南吉の「あたたかいまなざし」の感じられる、まさしく名童話に値する作品です。
 小川未明の『赤いろうそくと人魚』もそうでしたが、読後ジワーッと余韻が広がります。ごく短い童話なので、まだの方は是非お読みいただきたいと思います。

 ところで五木寛之氏は、ご自身の「新美南吉ベストスリー」を挙げています。それによると、
  1位 手袋を買いに  2位 ごん狐  3位 きつね
 いずれも「狐の童話」ですが、意外なのは『ごん狐』より『手袋を買いに』という作品を高く評価していることです。もちろん未読でしたので『これも読まずばなるまい』と、今回早速読んでみました。

 ある冬の晩、母狐に白銅貨を渡された子狐は町まで自分用の手袋を買いに行くお話です。子狐は母狐から片方の手を人間の手に変えてもらって、「こっちの人間の方の手を出すんですよ。本当の手を見せれば捕まえられてしまいますからね」と念押しさました。にも関わらず子狐は、少し開けた戸の隙間から間違って狐の手を店主に見せてしまいます。
 すぐに「狐だ」と分かった店主はしかし捕らえることをせず、「先にお金を下さい」といい、渡された白銅貨が木の葉などでないことを確かめるとちゃんと手袋を売ってくれたのです。

 この作品に対する五木寛之氏の解題はこうです。
 「・・・店主の優しさの背後に、近代、現代に生きる私たちすべての人間の本質が見え隠れする。それは、金を出せばモノを売る、という本質である。(中略)金を出せば相手が人間だろうと動物だろうと商品を売る。それが資本主義人間の本質である。(中略)新美南吉の無意識の凄さは、現在の資本主義的人間の本質を鋭く映し出している、などと言えば、たぶん失笑を買うだろう。」

 いや実際、五木氏の指摘どおりなのだろうと思います。
 ただそういう観点抜きでも、この作品は全編に詩情漲る優れた童話だと思います。『ごん狐』が土俗的色濃い作品だとすると、『手袋を買いに』は西洋風なメルヘンを感じさせます。いずれにしても新美南吉、ただ者ではありませんでしたね。

 五木寛之氏は、「新美南吉は、児童文学の枠をこえた大した作家なのである。」とこのシリーズを結んでいますが、切りのいい今年をきっかけに、子供たちにも私たち大人たちにももっともっと知られてよい作家だと思います。

 (大場光太郎・記)

参考
「青空文庫」『ごん狐』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/628_14895.html
「青空文庫」『手袋を買いに』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/637_13341.html
関連記事
『「赤い鳥運動」について』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-4908.html

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コメント

多忙の折のコメントをお許しください。
新美南吉のこの二作は是非「絵、黒井健」の絵本でお読みください。手袋を買いには絵を観ているだけで涙が込み上げてきます。(表紙)

当ブログへの訪問のきっかけは故郷の民話「真心の一文銭」です。
りんごは昔語りの一員として活動。一方で小学校への出前読み聞かせにも所属。ただし始業前の15分内で新美作品を読むのは難しく
残念でなりません。同じく宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」も。
尤も、小学生にとって高学年といえど15分間の集中力を強いるのは困難です。同じ時間内なら5分以内を3冊読むほうが集中してくれます。  多忙の折ご自愛ください
二木様のブログでも光太郎さんの珠玉のコメントに共感しております。

投稿: りんご | 2015年1月29日 (木) 20時16分

 そうでしたか。りんごさん、現代の「童話・民話の語り部」のおひとりでしたか。

 未来を担う子供たちには豊かな情操を育んでもらいたいものですが、それは、国から押し付けの道徳教育ではなく、優れた童話・民話・童謡を伝えていくことで可能となりますね。その意味で、大変意義深いお仕事をなさっていることに敬意を表させていただきます。

 黒井健という絵本作家のこと、初めて知りました。今度図書館で当たってみますね。

 新美南吉も宮沢賢治もいいですよね。ともに「やさしいまなざし」で。賢治童話は高校以来愛読し、中でも『銀河鉄道の夜』は多次元的な途方もない想像力で、わが国はおろか世界的に通用する名童話と思います。

 ご存知かどうか、宮内には「鶴の恩返し」民話も伝わっています。開設時それも記事にするつもりでしたが・・・。また、こちらは記事にして多くの方からコメントいただきましたが、童謡『ないしょの話』を作詞した「結城よしを」も宮内出身です。

『うた物語』、懐かしいですねぇ。09年秋、ある人のコメントをめぐって大騒動となり、私もそれに加わった責任を取り以来訪問していませんが、二木先生お元気でがんばっておいでのようですね。ブログ形式にされた初期、ネット初投稿の私は「一コメント入魂」のつもりでコメントしていました。あの頃のワクワク感、本当に懐かしい!

 おかげさまで、無事家賃更新できました。やりくり算段して大枚はたいた分(笑)、今後倍旧でがんばらないといけません。

投稿: 時遊人 | 2015年1月30日 (金) 01時25分

時遊人様
懸案無事片付いて一安心ですね。
老人ホーム慰問の際に会員が「真心の一文銭」を語り~良い話だなあと感銘、検索したら時遊人様にたどり着きました。
魂相呼ぶとの感動です。

黒井健さんは、画家です。
絵本の挿絵多数。阪神大震災で息子さんを亡くされた母が息子の思いを「ハナミズキのみち」という絵本に託しています。
淺沼キミ子、黒井健絵

息子への思いではなく~息子の遺志、メッセージがつづられています。黒井さんの絵は情感に訴えます。「手袋を買いに」の母子の狐の絵は文字がなくとも物語を想起させるに十分です。
尚、ご自愛ください

宮内の夕鶴の里、民話の伝承館には20年ほど前に行きました。
語り部となってまだ2年未満、絵本読み語りと共にライフワークにしたいと励んでおります。

投稿: りんご | 2015年1月30日 (金) 08時30分

 どうもありがとうございます。

 私が目指しておりますのは、「時遊人」を称しておりますとおり、いつでも気が向くままに自由に好きなことが出来、好きなところに行けてというような「高等遊民」です。しかし現状はそれとは真逆な「低級不時遊民」で、お恥ずかしい限りです。

 ただ、今の私は「豊かさ」を目標としています。亡母からたびたび「欲無しバカ」と嘆かれた私ですが、人生60代半ばにして初めて、人生の目標をそこに定めたのです。この目標に導いてくれた、ここ数年の窮乏生活は有難きかな!

 おらが郷里の「夕鶴の里」も、バブル崩壊後のアイデンティティ喪失危機に際しての、全国的な「郷土見直し」機運の一環だったのでしょうね。この機運によって、危うく絶滅しそうだった各地の伝統芸能や伝承や習俗などが再び再興されたケースがずいぶんあったようで、大変良い兆候だったと思います。

 「夕鶴の里」のある漆山地区、もちろん私が郷里にいた頃は何もない集落だったわけですが、高校2年の夏休みに、地元の宮内町役場のバイトで、同地区のお宅を町職員の人と一軒、一軒訪ね、家の間取りなどを調査して回ったことがあります。

 可愛い少女姉妹の家とか、天理教分教会でのこととか懐かしい思い出でがいろいろありますが、小高い丘のあるお宅で調査していた時、「民話採集をしているのでご協力を」と、東京の大学生数人がその家に訪ねて来たことも、今ふと思い出しました。

 そういう体験をした昭和40年代前半頃から、民話・昔話が静かなブームになっていったようです。忘れられかけていた南方熊楠が見直されたり、柳田國男の名著『遠野物語』研究に拍車がかかったのも、おそらくその時期頃からでしょう。近代の両巨人については当ブログでも記事にし、「遠野物語・民話・昔話」カテゴリもありますが、その後なかなか思うように進展できないのが残念です。

 フォレスタ小笠原優子さんの『りんご追分』独唱があまりにも素晴らしいので、そろそろ記事にしようかと考えていますが、りんご様もお体ご自愛され、民話の次世代への伝承のお仕事にお励みください。

投稿: 時遊人 | 2015年1月31日 (土) 00時29分

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