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笹目仙人と夏八木勲氏(2)

 -接点などという生易しいものではなく、夏八木勲氏は笹目仙人の後継者だった !-

 大本聖師・出口王仁三郎にしてみれば、その日から3、4日後の昭和10年「12月8日未明」に起きることになった「第2次大本弾圧事件」など百も承知です。なぜなら、「三千世界の立替え、立直し」という深い経綸のため、出口王仁三郎自身が「(当時の)国家が大本を弾圧せざるを得ないように」仕向けたのですから。
 だから笹目師に御神体を託したのは、同事件が起きることを自明の理とした布石だったのです。

 それとともに「大本の御神体をなぜ崑崙山になのか」、それが意味するものを考えてみなければなりません。

 単に第2次大本弾圧事件への対応ならば、長野県の皆神山(みなかみやま)など国内にいくらでも候補地はあったはずです。なのにわざわざ崑崙山頂に。出口聖師は、はるか未来を透視していたのではないでしょうか。「世界五大陸の雛型の国」「世界の霊的中府の国」日本が、その役割を果たせなくなる時が来る・・・。
 なるほど70年余の今日、もはやこの国は並みの国の「ニッポン」であり、国民は単なる「ニッポン人」に過ぎないのですから。

 ・・・こうして出口聖師から重大使命を託された笹目秀和師は、大陸で大本弾圧事件の発生を知り大衝撃を受けますが、気を取り直して、一路崑崙山の麓に隠棲する(当時五百余歳の)シュロ神仙を訪ねる旅に出ます。年が明けて何ヶ月か後、シュロ神仙に会えた笹目師は、「天の鳥船」に同乗して崑崙山頂に連れて行ってもらいました。
 そこに無事大本の御神体を鎮座させることができた笹目師は、同時にシュロ神仙から各種の秘密の修法なども伝授されました。

 その後の笹目秀和師には大苦難が待ち受けていました。戦後間もなくソ連兵に連行され、強制収容所に入れられたのです。
 それも普通の収容の仕方ではなく、厳寒の大晦日に最初入れられたのは、どんな人間でも3日で音(ね)を上げるという「水牢」なのです。早く言えば「水攻め」で、くるぶしまで水につかり放しという拷問です。寝台などなしで一日中その状態で立ち通し、夜はそのまま壁にもたれて寝るしかないのです。

 すぐに水につかった部分の感覚がなくなり何日か経つうちに腐りかけてきます。しかしこの拷問を笹目師は1ヶ月間耐え抜いたのです。それを可能にしたのが、シュロ神仙から教わった「太陽の精気を食(は)む法」でした。牢に一ヶ所30センチ四方の窓がありましたが、そこから1日3分間だけ太陽光線を受けて吸い込むだけで食事を全然与えられなくても生きられ、また全身に精気が循環し腐りかけた足も直ったというのです。
 いつまでも参らない笹目師を見て驚いたのがソ連の看守です。気味が悪くなったらしく水牢から開放してくれ、シベリアの強制収容所送りとなったのです。

 笹目秀和師は計11年4ヶ月にわたってソ連に抑留され、日本に帰還したのは32年(1957年)のことでした。
 帰国した笹目師が最初にやったことは「道院の設立」でした。道院(どういん)とは大正時代に中国で創始された、宇宙神である至聖先天老祖(大乙老人)から降された「地球に危機が迫っているから心せよ」「世界五大教同根」などの教えを実修する組織のことです。

 なおその後の研究の結果、至聖先天老祖とは日本の明治期に大本開祖・出口直(でぐち・なお)にお筆先を降ろした「艮の金神(うしとらのこんじん)」(実は地球国祖・国常立大神)と同一神であることが確認されました。
 実際大正12年に発生した関東大震災以降、出口聖師率いる大本はその実践団体である中国の紅卍会(こうまんじかい)と親密に提携したのでした。

 さて笹目秀和師が道院の拠点として定めたのが、東京奥多摩の大岳山(おおたけやま)山頂でした。笹目師は亡くなるまでこの道院で過ごしたのです。
 と、ここでやっと笹目師と夏八木勲氏との接点を語れる段になります。

 夏八木勲氏は40代と思しき頃、大岳山頂の道院に笹目師を訪ねているのです。
 おそらくその前に同氏は、笹目師の『神仙の寵児』という大著を読み深く感じるところがあったからだと思われます。その時、道院の柵に寄りかかって奥多摩の山々を眺め、笹目師が何事かを夏八木氏に話しておられるようなツーショット写真が、笹目師の著書『モンゴル神仙邂逅記』(115ページ)に載せられています。
 その時のお二人にはどのような感応道交(かんのうどうこう)があったのでしょうか。

ファンタジー-ファイル0024.jpg

 それのみか驚くべきことに、夏八木勲氏は笹目師帰天後の跡を継ぐ多摩道院二代目統首だったのです。そのことを記した貴重なサイト記事がありますので、以下に転載紹介します。

                       * 
夏八木勲さんは1/9の過去記事でも紹介したように笹目秀和老師の弟子で笹目老師が帰天したあと老師の跡を継ぐ道院二代目として神が任命しました。

その夏八木勲さんは死後すぐに神仙界から多くの仙官たちが迎えに降りてきて万霊神岳神界という神仙界に一気に昇仙されたようです(@_@)

普通一般人は死後中幽界に行き49日間そこで過ごしそれぞれの冥界へと旅立ちますが、夏八木さんのような特別の霊は中幽界を飛び越えて一気に昇天します!

夏八木さんは現在師の笹目仙人がいる万霊神岳神界で過ごされています。いずれお役目を頂き人々の為に尽くすでしょうね(^O^)

夏八木さんのように仙縁のある人は死後こうした神仙界に迎え入れてくれるでしょうが、でもごく僅かの人達だけだそうです。どうも生まれた時から決まっているみたいです(>_<)  (転載終わり)
                       *
 だとすると夏八木氏は、
 国常立大神、神素盞嗚尊(かむすさのおのみこと)→シュロ神仙、リョリンライ神仙→出口王仁三郎→笹目秀和→夏八木勲 
と直流する、大変な身魂(みたま)だったわけです。
 あらためて夏八木勲氏への敬愛の念を深く致します。  -  完  -

 (大場光太郎・記)

引用サイト(夏八木勲氏画像も拝借しました)
『ファンタジー』-「★神仙界に昇天した夏八木勲氏★」
http://ameblo.jp/201212-777/entry-11529914032.html
関連記事
『笹目秀和師に託された重要な大本神業』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-c6a2.html
『もう一つの「12月8日未明」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-5be6.html

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