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2013年6月

夢の話(4)

 久しぶりの「夢の話」です。

 現住居に引越しした直後、分けてもどっさりある本や書類の箱を整理していたら、ある箱から2枚のノートの切り抜きが見つかりました。『んっ?』と思ってざっと目を通してみると、ずい分前の夢の忘備録のようです。後で読むつもりで、A4ビニールファイルに挟んでそのままになっていました。

 今回そのファイルの日刊ゲンダイの切り抜きなどを整理しようとして、中からその2枚のノート片が出てきました。少し丁寧に読んでみたところ、はじめに「夢見」についての所感が述べてあり、続いて同じ日の早朝に見た夢が記されています。また少しおいた日に見た二つの夢が記されています。
 いつの頃のものかというと、文中の「先日亡くなった安部公房」がヒントになりました。調べたところ安部公房(あべ・こうぼう-作家)は、1993年(平成5年)1月22日死去ですからその年のものであることが分かりました。ちょうど今から20年前、私が40代前半のことです。

 折角ですから、それをここに再録します。誤字や、少し直した方がいいかな、というセンテンスもありますが、当時そのままと致しました。なお読みやすいように各夢に見出しをつけ、また適宜段替え、行空けをしています。
 どうぞ皆さんご自由に夢分析、夢判断をされ、私という人間の心の奥深くにうごめく情動、情念や本質を暴き出してみてください(笑)。

                         *
1/27(水)曇
 昨深夜、「視力復活・眼筋トレーニング」(青春出版社、PlayBook 若桜木虔著)を読み、多少そのメソッドを試みる。
 そのせいで、脳あるいは心の深い処がやゝ刺激を受けたのか、明け方5時過ぎ頃、夢を見る。その直後目がさめたのであるが、その夢のシーンは一つながりのものとして、比較的ハッキリと印象深く、思い出せたのである。 
 
 本当に最近は、夢は見ているのだが、覚醒してからなかなか思い出せなくなっていた。覚えていても全体的夢のストーリーのほんの一部分のみ。そしてそれすらも、日常的な事共のうちに、たちまちにして忘れ去ってしまうという、甚だ情無い具合。

 先日亡くなった安部公房は、その直後の天声人語によると創作活動にあたって、「夢」をその創作上の大きな源泉として極めて重視していた旨(注 「由」の誤り)、「夢を見て、それを生々と想起出来ている時は、精神的に活性化している時である」というようなことも述べていたらしい。
 そうだ、「夢」を見て、それを出来るだけ生々と想起出来、それについて深く考える、又そこから現実生活上の養分を汲み取っていこうという姿勢は、一部の芸術家のみならず、私らにとっても極めて大切なことなのだ。

 そして「夢」を生々と想起する為のメソッドは確実に存在する。それは、案の条(注 「定」の誤り)今朝方割とハッキリ夢の一連を思い出せたように、ともすればこの年になると油断しているとどんどん機能が低下していきつつある、「大脳」を活性化し続けていけば良いのだ。
 要は「頭の少し深い部分」に鋭い刺激を与えるような、トレーニングを出来るだけ心がけるのだ。

 確かに、「夢を見ているか」あるいは「夢をハッキリと、一連のストーリー性のあるものとして思い出せるか」というのは、今現在の自分自身の頭と心が活性化されているか否かを確かめる、重要なバロメーターとなり得る。「夢を大切にしよう」。
 「幻のない国民は滅びる」(注 旧約聖書の言葉)。そう、「夢」も見れず、「幻-ヴィジョン」も持てないような人間は、滅びていくしかないのだ。
 という訳で、明け方の夢の概略。

家に侵入してきた怪しい男と立ち向かう母、逃げ惑う私

 今現実に住んでいる家とは、場所も家自体も違う家。大きく、幾分かは旧時代風の造りか。母と私が住んでいる、そして他の2・3人の身内がその中(1階)にいる。例によって色彩のないモノトーンの夢なので、一日のうちのいつのことなのかは思い出せない。

 その中に突然一人の初老(50代)と覚しきがっちりしたいかつい人相の男が現われる。明らかに襲撃の意図が感じられる。私は驚いて家の中を逃げ回る。その男に堂々と対決したのは、何と母であった。台所と覚しき部屋の中程に置かれたテーブルをはさんで、母は臆せずにその男と向かっている。他の人々はそのようすを見ながら立ちすくんでいる。
 やゝあって私は、ゆったりとした浴室に身を隠す。風呂に入る訳ではないから明りはつけず、暗い。こゝなら男に気づかれる気づかいはない。

 浴室と台所を隔てているのはガラス(上がスガラス、下が曇りガラス)の引戸である。私はその下にうずくまるようにして、スガラス越しに、男と母の対決のようすをこわごわ見ている。どうやら母は男を包ちょうで刺したようである。しかし、男はそれでも倒れるようすもない・・・。

 その家の外に出ている。かん木類の生えた丘のような感じで、私はそこを登っている。登っていると、中腹を過ぎた所に、件の男が立っているのを見つける。さっきは50代と思っていた男は、私よりやゝ年上位の感じで若くなってしまっている。
 私は驚いて、そこからガケの方に向かって走り出し、そこから飛び下りる。だいぶ高さがある、数メートル位だろうか?それでも何とかストンという感じで真すぐに足をついて下りたが、と同時に、その男も私と同じくやゝ離れた所に下りている。 (転載終り)

                        *
 そのあとの2月3日の二つの夢もご紹介する予定でしたが、内容的にこの夢以上のものではなく、長くもなりますので割愛することに致しました。

 上の夢について若干の分析をしてみます。家の中に侵入してきて母と戦い、なおも家の外まで執拗に私を追ってきた怪しい男とは、ユング心理学でいう「シャドー」だろうと思われます。
 シャドーとは「影の自分自身」なのですから、怖がって逃げ回っていてはいけないのです。第一いくら恐れて逃げても、この夢のように分身であるシャドーはどこまでもピタッとついてきます。

 逃げずに、夢主(むしゅ)自らがきちんとシャドーと立ち向かうことが必要です。この夢では逃げてしくじったため、その後もシャドーの夢は繰り返し見た記憶があります。しかしどれかの夢でしっかり向き合ったらしく、それ以来シャドーは夢に現われなくなったようです。

 (大場光太郎・記)

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小沢一郎が語った 野党再編3年シナリオ

-悪徳旧勢力総がかりの小沢潰しにもどっこい生き残った小沢一郎。ヤツらは起訴→有罪という最凶カードはもう使えない。豪腕小沢よ、本当の政界再編をやってくれ !-


 死んだフリしていた小沢一郎生活の党代表が、参院選を間近にしていよいよ動き始めたようです。

 過日行われた東京都議選での自公大勝に舞い上がり、安倍首相以下自民幹部らは「これで参院選の勝利間違いなし」などと大喜びしています。しかし投票率が50%を切り、史上最低に近かった都議選など大した参考にはなりません。事実それまでの地方首長選に自民は連戦連敗だったのです。
 またアベノミクスの化けの皮がはがれ、富裕層や大企業に顔を向けて庶民など眼中にない安倍政権の正体に多くの国民が気づき始め、支持率はジリ貧です。

 しかしいかんせん野党がバラバラで、「自公さん、どうぞ参院選にも勝ってください」状態です。これでは本当に自公が勝利し、ねじれ解消の絶対安定多数状態、それこそ原発推進、ТPP参加、憲法改悪などを好き勝手にやられてしまいます。

 「ストップ・ザ・暴走安倍」をどうするのか、その辺のところを小沢一郎が語っています。今後3年間を見据えた長期展望です。ただ喫緊に迫った参院選に対する野党結束については、没落民主党のダメぶりなどからいかな豪腕と言えども打つ手がないのか、多くを語っていないようなのが残念です。

 以下は『日刊ゲンダイ』(6月28日号2面)の転載です。  (大場光太郎・記)

                        *             
まだ死んでないゾ! 小沢一郎が語った 野党再編3年シナリオ


「安倍政権はもろい」

 参院選が始まるというのに、野党の影は薄く、安倍自民の独壇場だ。こんな状態がいつまで続くのか。いや、続かせていいのか――。昨年の衆院選敗北後、鳴りを潜める政界の引っかきまわし役、生活の党の小沢一郎代表にインタビューし、「野党の進む道」を聞いてみた。

「民主党は割れた方がスッキリする」

「アベノミクスをテレビ・新聞がもてはやしているけど、一般国民のみなさんは何かプラスがありましたか?」

 小沢はこう言って、「安倍政権は長く持たない」と断言した。

「シロウトが株を買ったら、株価はガタガタ下がった。プロはとうに売り抜けて、シロウトは損をした。円安では輸出が主力の大企業が儲かっただけ。一般の人にとっては、油も食料も電気代も何もかも上がった。それで所得は増えない。踏んだり蹴ったりです。安倍さんは小泉(純一郎)さん流の弱肉強食を進めるでしょうから、国民生活にさらに響いてくる。そうなれば、『アベノミクスの正体見たり』と国民が気付くと思います」

 外交面でも「安倍政権は危うい」と、G8サミットで日米首脳会談が行われなかったことをあげた。

「会談は事実上、米国に断られちゃったんです。これ、異常ですよ。同じ場所にいるわけでしょ。日中、日韓はもちろんだけど、肝心要の日米関係も怪しくなってきた。これも、安倍政権はもろいと見ている理由です」

 そこで野党だ。安倍政権をしっかりチェックできる強い野党が必要なのだが、昨年の衆院選に続き、参院選でも野党共闘は進まずバラバラだ。小沢は「野党第1党の民主党が旗振り役に」と言い続けてきた。「参院選は手遅れ」としながらも、その先の衆院選に希望をつなぐ。

「自民党はたとえ内閣が代わったとしても選挙はしたくないでしょうから、次は3年後の衆参ダブルだろうと思っています。次の衆院選までには、政策的にも政局的にも時間がある。だから僕は、慌てて一緒になるのではなく、基本思想や基本政策をお互いに整理したらいいと思う。各党が、自公に対抗する受け皿はどういう政策であるべきなのか、じっくり考える。僕自身もそういう方向で努力したい。参院選で惨敗したら、民主党の中でも『いまのままではいけない』『国民の声もあるからちゃんとしよう』など、必ずいろんな動きが出てくる。自民党に近い人がスカッと袂を分かてば一番スッキリする。選挙後の代表選などを通じて、民主党内の意見の違いがはっきりすると思います」

 そうやって時間をかけ、「政策」で自公政権と戦える受け皿をつくるシナリオだ。

「野党がちゃんとまとまりさえすれば、次の総選挙は勝てるんです。(都議選などでも分かるように)投票率は下がっている。自民党の票は増えていない。(地方の首長選のような)1対1の選挙では非自民が勝っている。この事実があるんですから、小選挙区制の衆院選では勝てるんですよ」

(取材協力=政治ジャーナリスト・角谷浩一)  (転載終り)

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フォレスタの「君の名は」

 -昭和30年代少年も知っていた、伝説のドラマ『君の名は』や「真知子巻き」-

    (「フォレスタ 君の名は」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=B1t-n0wZpgI


 直前のフォレスタ記事『フォレスタの「フランチェスカの鐘」』は、作詞が菊田一夫、作曲が古関裕而で、このコンビによる歌として『君の名は』があることを挙げました。
 折角の機会ですから、今回はその『フォレスタの「君の名は」』を取り上げていきたいと思います。

 この歌は、年配の方ならどなたもご存知かと思いますが、昭和27年(1952年)4月10日から29年(1954年)4月10日までのNHKラジオドラマ『君の名は』(作者は同じく脚本家の菊田一夫)の主題歌として歌われたものです。
 当時はテレビがまだ普及していなかった時代で、それだけにこのラジオドラマの反響は凄まじく、伝説として「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消えた」と言われるほどでした。(注 ただしこのエピソードは、先行するアメリカのラジオ番組での同様の事実をもとに、松竹宣伝部がこしらえた虚構らしい。)

 歌自体もさることながら、前奏で語られる、
 「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
という名台詞(フォレスタ歌におけるナレーターは石川牧子アナ)は、その後各方面で語られ、引用されました。

 この歌をより深く味わうためにも、背景となったドラマのあらすじを見ていくことにしましょう。

 日米戦争末期の昭和20年(1945年)、いよいよ日本の心臓部である首都東京への米軍機の空襲が激しくなりました。中でも同年3月10日の東京大空襲は被害規模、死者数において最大でしたが、この物語の発端となった空襲はその最後となる5月26日の大空襲です。
 B29から投下される焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ若い男女、氏家真知子と後宮春樹は助け合って戦火の中を逃げていき、銀座の数寄屋橋(すきやばし)にたどり着きます。

 空襲が収まった翌朝、二人はようやくお互いの無事を確認し合います。名を名乗らないまま、お互いに生きていたら半年後、それがだめならまた半年後にこの橋で会おうと約束し、そのまま別れます。やがて、二人は運命の渦に巻き込まれ、お互いに数寄屋橋で相手を待つも再会が適わず、やっと会えた頃には真知子はすでに人妻となっていたのでした。
 しかし、夫との生活に悩む真知子、そんな彼女を気にかける春樹、二人をめぐる人々の間で運命はさらなる展開を迎えていくことになります。

 「半年後にこの橋で会いましょう」「ダメなら次の半年後に」と、お互いの名さえ名乗らず・・・。とっくにドラマが終わった昭和30年代半ば頃、私は小学校高学年でしたが、なぜか『君の名は』の二人の男女のすれ違いの話は知っていました。そして子供ながらに『ホントだべが?』と思ったものです。
 ましてや、ケータイメールなどでお互いが全国どこにいても瞬時に意思のやり取りできる、偉大なテクノロジーの進化のこの時代。今の若い人たちはなおなお「信じらんな~い」「マジありえねぇ~」の世界でしょう。

 しかしこの(今となっては)古典的な「行き違い」「すれ違い」の男女の愛の形が、当時はバカ受けしたのです。やはり大きかったのは、戦時中それも大空襲という極限状態での巡り合いという劇的な導入設定が大きかったと思われます。
 昭和27、8年はだいぶ復興の形が見えてきたとは言え、傍らには依然として戦争の傷跡が生々しく残っていたことでしょうし、何より身内の誰かを必ず戦争で失った人々の心の傷が癒えることはなかったでしょう。感情移入は切実なほどに容易だったのではないでしょうか?

 以前何かで、このドラマはアメリカ映画『哀愁』がヒントになった、と読んだことがあります。言われてみれば・・・。第1次世界大戦で大陸に出征直前の英国将校クローニンが踊り子マイヤと出会ったのは、ロンドンはテムズ川にかかる夜霧立ち込めるウォータールー橋なのでした。
 わたくし的に『哀愁』は世界名画中のベスト5に入りますが、この映画も「行き違い」「すれ違い」が二人の運命を大きく変えることになったのでした。
 なお言えば、映画のラストも夜霧の同橋の中。今度は第2次世界大戦での大陸出征直前。遠い昔に「ここで」死んでしまったマイヤの形見を手にしてしみじみ見つめるクローニン・・・。

                                                    *
 『君の名は』はすぐに映画化されました。ラジオドラマが開始された翌年の昭和28年(1953年)から29年(1954年)の松竹作品としてです。全3部作で通して上映すると6時間を超えることから、のちに総集編も出されました。
 監督;大庭秀雄、脚本;柳井隆雄、原作;菊田一夫、音楽;古関裕而。主演は氏家真知子役に岸恵子、後宮春樹役に佐田啓二という当時を代表する美人、美男俳優です。淡島千景、月丘夢路、笠智衆など懐かしの名優が脇を固めています。

 この映画から流行したのが「真知子巻き」です。これは主人公の独特なショールの巻き方が女性の間で大流行したものですが、演じた岸恵子にはそうしなければならない切実な事情があったようです。
 映画は原作に合わせて、北海道美幌町など、三重県志摩市、長崎県雲仙温泉、新潟県佐渡市他でロケが行われました。北海道ロケの合間、主演の岸恵子はあまりの寒さにショールを肩からぐるりと一周させ、耳や頭をくるんだことによるのだそうです。このスタイルが撮影中にも使われることになり「真知子巻き」が誕生したのです。


                      映画の中の真知子巻き

                                                    *
 
既に見たとおり、この歌はラジオドラマ『君の名は』の主題歌として歌われました。歌ったのは高柳二葉でした。が、レコード販売に当たっては織井茂子が吹き込み、映画の主題歌にも織井の歌が使われました。以後歌謡曲『君の名は』は織井茂子の歌として知られることになったのです。
 そしてこの歌は、ラジオドラマや映画を離れて歌自体としてひとり歩きすることになりました。

 なお映画『君の名は』では、この主題歌の他に幾つもの挿入歌も歌われています。代表的なのが『黒百合の歌』(歌織井茂子)ですが、それ以外には『忘れ得ぬ人』(歌伊藤久男)『数奇屋橋エレジー』(歌伊藤久男)『君は遥かな』(歌佐田啓二、岸恵子)『綾の歌』(歌淡島千景)などがあります。
 『君の名は』に属する歌の作詞・作曲は、すべて菊田一夫、古関裕而のコンビによるものです。

                    *
 フォレスタファンの皆様、長らくお待たせ致しました。ようやく『フォレスタの「君の名は」』を述べられる運びとなりました(笑)。

 歌うは、小笠原優子さん、矢野聡子さん、白石佐和子さんの3女声です。
 上のようなこの歌の背景を知って聴き直しますと、私自身思わずジ~ンとしてしまいます。またそうなるような、小笠原さん、矢野さん、白石さんの感情のこもった切々と歌い上げたコーラスだと思います。
 3女声の歌を聴きながら、あらためてこの歌が名曲であることを再認識させられました。

 のっけからの石川牧子アナの「忘却とは・・・」のナレーターも決まっていますし、数奇屋橋の街灯を模したものか、フォレスタステージには珍しく三基の本物らしい凝った街灯まで設置されています。
 ステージ全体に夜霧が立ち込めている風でもあり、歌の雰囲気を高めるためによく練られた演出だと思います。

 この歌は、ヒロインの氏家真知子が佐渡島に滞在した折りの心情を歌った内容だと思われます。1番と3番では佐渡の昼と夜の情景に仮託した真知子の心情が歌われ、2番は遠い(この時代は本当に遠かったはず)東京への想い、あの橋で別れた恋しい人への想いが歌われています。

 1番から3番の冒頭独唱は小笠原優子さんです。この歌の小笠原さん、清純な美しさで、さながらヒロイン真知子そのもののようです。無理な注文を承知で、「どうせだったら小笠原さん、真知子巻きスタイルで歌っていただきたかったなぁ」・・・。
 他に『港が見える丘』や『ゴンドラの唄』などもそうですが、叙情的な歌謡曲の名曲に小笠原さんの高く澄んだ歌声は欠かせないと思います。

 その欠かせないはずの小笠原優子さんは今「子育て休養中」です。しかし当ブログで判断する限り、「小笠原人気」は絶大で他の全フォレスタメンバーを圧倒しています。
 小笠原さん、矢野さんを欠きながら必死で頑張っておられる現女声メンバーにケチをつけるつもりは毛頭ありませんが、これはやはりファンの多くの「大切な人を欠いている」という思いの現われなのかもしれません。

 ご自身のブログでも時折りアップしておられますが、花子ちゃんも元気ですくすくお育ちのようで何よりです。小笠原さんには、全国の多くのファンの声援を励みに、天が与えた「充電期間」を楽しんでお過ごしいただきたいと存じます。

 矢野さん、白石さんのコーラスも見事です。お3人ともこの歌の心を十分汲んだ上での名コーラスです。
 ピアノ演奏(南雲綾さん?)、石川アナのナレーター、ステージ演出など。多くの人の陰の力が結集して一つのコーラスが完成することを感じさせられます。

【注記】石山牧子アナ→石川牧子アナ の誤りでしたので訂正させていただきました。謹んでお詫び申し上げます。

【付録-さまざまな真知子巻き】

 トップでアップしました「アメリカ映画でも真知子巻き」はすぐ画像が消えてしまいますので没としました。明らかに映画『君の名は』の巻き方を真似たものだと思われますが、いいシーンです。興味がおありの方は「真知子巻き」で「Google画像」検索してみてください。以下のように「面白い巻き」満載です。

                       

 可愛いギャルがキセル吹かして真知子巻きかよ~


    あれれれっ、こんな人まで真知子巻き?(爆笑)

 
(大場光太郎・記)

参考・引用
『ウィキぺディア』-「君の名は」など

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梅雨晴れ間(5)

  初めての駅降り立ちし梅雨晴れ間   (拙句)

 私の営業努力の甲斐あって(?)、あたかも夏至の記念すべき21日(あまり関係ないか?)新しい顧客を得ることができました ! 雨がそぼ降る同日夕方、先方の社長さんと電話でお話し「熱心だから、今回の(○○業許可更新)申請、おたくに頼もうか」ということになったのです。

 「善は急げ」その実は「社長の気が変わらぬうちに・・・」、というのもこんな不景気な情勢下「仕事もねえしよ、許可の更新もう止めようかと思ってんだ」というのを、必死の説得で何とか翻意していただいたからなのです。
 「社長さん、もしよろしければ明日の夕方3時頃訪問させていただき、詳しいお話をさせていただきたいのですが」と一歩踏み込むと、「ああいいよ」と二つ返事で社長さん。

 「よっしゃー !」というわけで、前夜のうちに一通り訪問準備し、22日昼過ぎ同社に向かうべく外出したのでした。
 前日までのぐずついた天気とはうって変わったいい天気。遠出するには好都合な陽気です。「遠出」というのも、同社は横浜市都筑区内にあり、交通手段を調べた結果東急田園都市線の鷺沼駅まで行かなければならないのです。同駅はもう川崎市多摩区なのですから、だいぶ迂回する感じです。

 地元の小田急線本厚木駅から相模大野駅へ。そこで同線江ノ島方面行きに乗り換え、2つ目の中央林間駅に行きます。この駅が田園都市線の始発駅です。この付近は確か今から30年ほど前「金妻ブーム」を巻き起こしたTBSドラマ『金曜日の妻たちへ』の舞台となった所だったと思います。
 当時(今とは違う)仕事で、車でよくこの辺にも来ました。確かに新興の高級住宅街もあるものの、『ドラマのような美人なセレブ妻、ホントにいるんかいな?」といぶかしく思ったものでした。

 それはさておき。田園都市線に乗るのは、これが初めてです。私鉄はどこも似たり寄ったりですが、何でも初物は新鮮な期待をいだかせてくれるものです。
 そういえば昔私の若い頃、野口五郎の『私鉄沿線』が大ヒットしました。この歌は当時の私の大のお気に入りでレコードも買い、繰り返し聴きました。もちろんイメージは「おらが小田急沿線」。
 しかし首都圏だけでも私鉄は縦横、放射状に幾つもあり、それぞれの私鉄の星の数ほどの甘酸っぱい「私鉄沿線物語」があったわけです。

 ぶっつけ本番なもので、話があっちこっちに脱線してなかなか前に進みませんねぇ(笑)。実際の運行はもちろん脱線などせず(「したら大変じゃないかよ !」・怒)、南町田駅、東長津田駅、あざみ野駅、多摩プラーザ駅などと滞りなく進み目指す鷺沼駅に着きました。
 駅広場に降り立ちますと、街路樹も豊かに繁り、緑陰越しの小ジャレていい感じの街並みを夏の日差しが浮かび上がらせています。

 15分ほど待つと目指すバスがやってきました。やはりそこは抜け目なく「東急」バスです。一番前の座席にすわり、通り過ぎる見知らぬ街並みを眺めながら乗っていました。
 と、「横浜市都筑区」の大きな標識のある辺りまでやってくると、前面のフロントガラスに雨粒がかかり出したではありませんか。『何だよ、結局きょうも雨かよ』 そういえば、バス待ちの間日が翳ってきたのが気がかりだったのですが。いくら何でもきょうはいらないだろう、ともちろん傘は持っていません。

 目的のバス停で降りたところ、雨は小降りで難儀を感じるほどではありません。目指す会社の位置は事前にネットの「マピオンマップ」で調べてあります。印字したのを見ながら歩くこと数分、3時少し過ぎていましたが、同社のある街区にまっすぐ行けました。閑静な高級住宅街の趣きです。
 ただ同地図では街区のどこかまでは分かりません。比較的広い街区ですが、角の住居から時計周りに訪ね歩くことにしました。しかしなかなか見つからないのです。結局グルッと回って起点の住居に戻る一つ手前、つまりすぐ裏のお宅が目指す会社だったのです。(逆時計回りにすればすぐだったのに。)

 分からなかったのも無理はなく、会社の看板らしきものがないのです。表札を頼りに、玄関のチャイムを押すと奥さんが出てこられ、同時に外の右手の方から「お~い、こっちだよ」という野太い声がしました。振り向くと、体格の立派な社長さんが手招きしています。奥さんも「あちらです」といいます。
 そちらに行くと、社長さんは家の裏手の半地下に降りた所のドアを開き、「ここだ。入れよ」と促します。

 中にお邪魔させてただくと、「散らかってるけど、まあ座れや」と机側に座って社長。すすめられるままにイスに座らせていただきました。
 挨拶もそこそこにいきなり仕事の話になりました。電話でもそうでしたが、話し方は終始上のようなべランメー口調です。堂々たる体躯といいその風貌といい、何やら昔の古武士を連想させます。

 お話をお伺いすると私より4歳ほど年長で、地元の名の通った建設会社の取締役を務め退職後会社を興した、ということです。
 話が進むうち、「実はよ、俺は山登りが本業で会社の方はまあ言ってみれば余興のようなもんだな」と社長。「えっ、そうなんですか?」と私。
 何でも山登りは大学時代から始め、「あまり熱中して、おかげで1年留年しちゃったよ。ハハハハッ」ということなのです。

 ひとしきりその話で持ちきりになりました。
 「剣(岳)や穂高(岳)にも登られたんでしょうね」「おお、登った、登った。おたくが知ってる山はほとんど登ってると思うよ」
 続けて聞こうと思いましたが、あとは山の名前が出てきません。
 「これが去年登った山だよ」
と、すぐの書棚からアルバムを出して見せてくれました。

 10枚ほどの美しい拡大した山岳写真です。白い雪をいただく高峰はいいとして、下界の景色がどうも違います。
な、なんと、それはチベットの山だったのです。視野の狭い私はてっきり日本各地の山だけかと思っていましたが、登山仲間と20日間ほどいてきたということです。
 中に1枚ひときわ抜きん出て鋭い白雪の高峰をバックに社長が中央に立っている写真がありました。
 「この山は何という山ですか」「アンナプルナだよ」

 最近話題になった、80歳過ぎてエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎の話題にも及びました。
 「1億5千万円もかけりゃあな」と、皮肉まじりに社長。
 ベルトで上から吊るしてもらい三浦氏本人はただ足を前に出せばよかっただけ、カメラが回っている時だけそれらの仕掛けを外し、さも通常の登山をしているように見せかけたことなど、いろいろな裏話が聞けました。

 今年の9月初旬からは約1ヵ月の予定で、スイスアルプスだそうです。
 「いやあ、最高ですね」と驚きました。が、ツーリストを通さず仲間うちでの企画なので、往復の航空費、ホテルの宿泊費、ワイン代、食費などすべて込みで50万円かからないそうです。海外旅行などついぞ縁のない私にも、格安なのは何となく分かります。

 なお話が進んでいくうち、この社長さん、何と私と同じ山形県出身であることが分かり、ひとしきり山形の話題で盛り上がりました。小学生の頃は流れの急な最上川で泳ぎ、水泳を覚えたといいます。
 「おたくが来なけりゃ、今頃はプールで泳いでる時間だよ」
 何でも、毎日1000~2000メートル泳ぐのを日課にしているとのことです。いやはや何とも恐れ入った元気さ、パワーです。

 都合1時間半以上お話させていただきましたが、あまり仔細に紹介するのも何なので、と言いつつけっこう紹介してしまいましたが(笑)、「折角のご縁だから、これを機会にまたいろいろ頼むよ」と言っていただき、5時少し前同社を辞したのでした。
 曇ってはいるものの、既に雨は止んでいました。

 (大場光太郎・記)

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シェイクスピア『リチャード三世』

 -虚像を実像のように描き尽くし、後世に定着させたシェイクスピアの力恐るべし-

 シェイクスピア作『リチャード三世』(木下順二訳、岩波文庫)、5月5日こどもの日に読了しました。なるべく早く感想を記事にしようと考えていましたが、片や本作品のテーマはイングランド王の王位を巡る壮大な権力闘争であるのに、片やこちとらは低レベルな一個人の「生存維持のための」闘争に追われ(苦笑)、結局今頃になってしまいました。

 初めは、シェイクスピア四大悲劇のうちまだ読んでない『リヤ王』か『オセロ』を読むつもりが、図書館で当たっているうち『リチャード三世も面白ろそうだぞ』となり、にわかに方向転換したのでした。
 読んだ結果は、期待に違わず面白いものでした。以前も述べましたとおり、最近とみに遅読がちな私にしては比較的短期間で読み終えたのが何よりの証拠です。

 この作品は『ヘンリー六世』第一部から第三部に次ぐ第四作目と、シェクスピア初期の作品です。そして現在までのシェクスピア研究の結果、『ヘンリー六世』三部作は合作説などいろいろ議論があり、その点『リチャード三世』(1592~93年)はシェイクスピア単独作として公認されている作品だそうです。
 だからこの作品は、以後のシェイクスピア劇の嚆矢となったと考えてもよさそうな記念碑的作品であるのです。

 とにかく何が面白いかって、主人公のグロスタ公リチャード(後のリチャード三世)は己の内に巣食うマムシのような王位簒奪の野望のために、とにかく片っ端から人を殺していくことです。リチャード自身が王家の血筋の出自ですから、殺す対象は平民ではなく貴人となるわけです。弁舌と謀略の才によって、片っ端から「貴人殺し」を計画、実行していくのです。
 第一幕から第五幕まであるこの劇は、のっけからリチャードの兄のクラレンス公ジョージを殺すための謀略の独白から始まります。

 ここでこの史劇の時代背景を簡単ご紹介します。
 背景となったのは英国史上名高い「薔薇(ばら)戦争」です。薔薇戦争は、1455年から85年まで30年間、イングランド中世諸侯によって起こされた内乱でした。

 

 集約すれば、白薔薇を紋章とするヨーク家と紅薔薇を紋章とするランカスター家との王位争奪の戦いです。そしてシェイクスピアにおいては、『ヘンリー六世』三部作が同戦争の発端を、そして『リチャード三世』がその終結を描いた作品であるのです。
 さすがは「いいとこ取り」のシェイクスピアさん、実においしいところに目をつけたものです(笑)。

 「薔薇戦争」とはまた美しい命名ですが、歴史上のどんな戦争も美しかったためしなどなく、この戦争も実態は血で血を洗うドロドロの内戦なのでした。そんな終結点にふさわしいと言えばいいのか、ヨーク家最後の王となるリチャード三世は、容貌怪異な恐るべき魔王として描かれています。
 兄殺し、王殺し、妻殺し、諸侯殺し、極めつけはかのロンドン塔に幽閉した年端のいかない甥に当たる幼王殺し。自分が王になるためには手段を選ばぬ、狡猾、残虐非道さです。

 シェクスピアでよく似たモチーフとしては『マクベス』が挙げられます。確かにシェイクスピア後期作品の『マクベス』は「王殺し」という大罪を犯し、その心の内面の葛藤にまで迫る、近代性を先取りしたような優れた心理劇でもあります。
 しかし『リチャード三世』における悪のパワーは桁違いで、11世紀スコットランド王マクベスの罪などまるで児戯のようです。後期の四大悲劇のような円熟味はないものの、登場人物も多彩で、シェイクスピア一流の華麗な比喩の言葉や警句が散りばめられ、ドラマとしての面白みが十分堪能できます。

 なお、この上ない個性的なキャラクターのリチャード三世は、ハムレットと並ぶ演じ甲斐のある役とされてきました。代表例は、(映画『ハムレット』で世界的名声を博した)イギリスの名優サー・ローレンス・オリヴィエです(1955年映画『リチャード三世』)。

 シェイクスピアのこの劇では、サタンの化身かと見まごうばかりのリャチャード三世ですが、史実としてはどうだったのでしょうか?
 (詳しい経歴は省きますが)結論としてリチャード三世は、せむし男だったのは確かなようですが、逆に正義感が強く兄王のエドワード四世思いで、王殺しや甥殺しなどはしていないようなのです。

 ただ悲劇的だったのは、(この劇の終幕となる第五幕でも描かれていますが)1485年8月、ランカスター家のリッチモンド伯ヘンリー・テューダー(後のヘンリー七世)がフランスから侵入し、ボズワースの戦いで決戦となり、リチャード三世は味方の裏切りによって(王としては珍しく)戦死したことです。遺体は当時の習慣にしたがって丸裸にされ、晒されたのです。

 後世に至るまでの希代の奸物としてのリチャード三世像は、実にシェイクスピアのこの『リチャード三世』によって定着したものなのです。
 ヨーク王朝最後の王リチャード三世は、ヘンリー七世が開いたテューダー王朝の敵役です。そしてシェイクスピアの活動期は、テューダー王朝の流れを汲むかの(トカゲの)女王エリザベス一世の治世下だったのです。
 いずれにせよ、「シェイクスピアの力恐るべし」と言うべきです。

 (大場光太郎・記)

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千葉沖産カツオ試食、あるギャルの「ベクレってる」名言録

-今どきギャルは意外に事の真相を見抜いてるゾ。今年の流行語大賞にどうか !?-

 少し前の阿修羅掲示板の「原発板」に面白い記事が(こと原発に関しては「面白い」などと言ってはいけないのかもしれませんが)投稿されていました。以下に転載します。

                                                     *

千葉沖産カツオ試食 通りすがりギャル「こんなベクレってる刺身食うとかマジありえなんだけど~ ! ヤバくね?」とか言って去る

阿修羅掲示板(投稿日 6月12日 投稿者 てんさい)
http://www.asyura2.com/13/genpatu32/msg/117.html

https://twitter.com/Ryochandan/status/344304309107847170

スーパーの鮮魚コーナーの所で、千葉沖産のカツオの試食があったんだけど、通りすがりのギャルが「こんなベクレってる刺身食うとかマジありえないんだけど~!ヤバくね?」とか言って去って行った。試食してた人が気まずそうにしてた。

2013年6月10日 - 21:05

豪快(爆笑)“: スーパーの鮮魚コーナーの所で、千葉沖産のカツオの試食があったんだけど、通りすがりのギャルが「こんなベクレってる刺身食うとかマジありえないんだけど~!ヤバくね?」とか言って去って行った。試食してた人が気まずそうにしてた。”

「ベクレってる刺身」かぁ~、なるほどねぇ~・・・! ギャルたちは何でもウマいこと表現するもんだわ!! それに意識だって、けっこう高い!!!

ですねぇwww試食する方も気まずくなるくらいなら最初っから食うなってwww Ryoenさん、ぐっじょ!

そのギャルさんかっこいい!

ギャル語の会話なんて、ほとんど意味不明で聞き耳立てるキモチもなかったけど、案外、面白いこと言ってんのね。 「ベクレってる」って、じつにニュアンスが伝わるわぁ~。 流行させても、いいくらい・・・・(笑)

彼女等は何を基準に話てたのだらう(・。・? ソノ勝浦の近くに避難してきとるんやけど(ー.ー;)

私も個人的にベクレってるって言葉は使っていたんですけど、案外使ってる人多いのかな?とw そのギャルは母親と2人で来てたみたいでしたけど、母親は鮮魚コーナーを完全にスルーして歩いて行きましたw

市場に出回っていても多少なりとも汚染されている訳ですし、そういった基準で過敏になっているのかもしれないですね。お年寄りぐらいでしたよ、刺身をカゴに入れて買っていったのは。

わたしもベクレってるよく使ってます。ベクレることを気にしていないひとに通じるのかな?浸透してるのかな?w

「ベクレってる」をお使いの方がここにもww気にしてない人には「???」でしょうねww

日常的には使ってなくても気にはしてるんじゃないでしょかね?なんせ気まずくなるくらいですからwww日本人お得意の同調圧力ですね。そんな中で堂々とベクレてるって言えるギャルとそのお母さんに敬礼( ̄^ ̄)ゞ

素敵なお母様♪

「ベクレってる」って、若い人の間ではそんなポピュラーな言葉として定着していたんですね! おもわず、Ryoenさんのプロフィールを覗きに行っちゃいました。(笑) フォローさせていただきますね。

「ベクレてる」とか「セシってる」とか使います。

「セシってる」は初耳です(笑)

「セシってる」っていうのも、とってもニュアンスが判り易いですね。 たとえば、どんな場面で飛び出してくるんだろう「セシってる」の方は・・・・?

セシってるは使ったことないけどおせち料理をおセシ料理と言っちゃってる。

セシってるは使った事無かったですねw使ってみますwww  (転載終り)

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フォレスタの「フランチェスカの鐘」

-この歌は吉田静独唱に尽きる。「平成のブルースの女王」はこの歌元動画が初出-

    (「フォレスタ フランチェスカの鐘」YouTube動画)
     https://www.youtube.com/watch?v=Uf61SBSjrr0&nohtml5=False


 『フランチェスカの鐘』は、1948年(昭和23年)、二葉あき子が歌って大ヒットした曲です。 作詞は菊田一夫、作曲は古関裕而です。
 作詞の菊田一夫は後にNHKラジオドラマとして一世を風靡した『君の名は』の作者でもあります。古関裕而は言うまでもなく戦後昭和を代表する歌謡曲作曲家でした。二人のコンビによる曲としては、『黒百合の花』や『イヨマンテの夜』が有名です。

 二葉あき子は1949年(昭和24年)、戦後叙情歌の名曲『水色のワルツ』も歌いましたが、二葉本人はこの『フランチェスカの鐘』を終生の歌として特に大切にしていたといいます。
 確かにそうすべき重大な理由が、二葉あき子にはあったのです。この歌は彼女にとって、広島への原爆投下による犠牲者への「鎮魂歌」だったのです。
 この歌がなぜ広島原爆の鎮魂歌なのか、少し詳しく見ていきたいと思います。

                        *
 二葉あき子は昭和20年8月6日朝、前夜の呉(くれ)での慰問を終えて、2歳の息子を疎開させていた松江に向かうため、生まれ故郷の広島駅から芸備線の汽車に乗りました。午前8時を数分回ったところで広島駅を出発した汽車は、約10分後トンネルに入りましたが、そのトンネルの中で乗客たちは「バーン」という大きな音を耳にし、強い衝撃を感じました。

 その時の汽車の位置は原子爆弾の爆心地から5km。幸いにもトンネル内を走っていたために、乗員と乗客は被災を免れたのでした。
 しかし二葉は、故郷広島で慣れ親しんだ街の景色も、恩師も、教え子も、また仲の良かった多くの友人たちも、一瞬のうちに失ってしまいました。そのことで、自分だけが逃げて生き残ってしまったという罪悪感が、彼女を責め苛むことになるのです。

 さて、この曲が発売された翌年の夏、二葉あき子は連日、有楽町の日劇でのステージに立っていました。ある日この歌を歌っているとき、客席の最後列の壁際に、多くの広島時代の友人や教え子たちが応援に来てくれているのが見えたのです。
 ステージ終了後、二葉は楽屋で友人たちが駆けつけてくれるのを待ちました。が、彼女たちはなかなか現れません。待ちくたびれそうになってようやく、二葉は気づいたのです。壁際で応援していてくれた多くの顔は、みんな被爆の日から一度も会えなくなってしまった人々の顔だったことを。

 その日から二葉あき子は、『フランチェスカの鐘』をその人たちに向かって歌い出したということです。

                        *
 この歌は歌詞をたどると分かるとおり、どこか投げやりでアンニュイな感じのする歌です。この歌のデカダン調をもっと尖鋭化すると、同時代流行(はや)った『星の流れに』になるのかもしれません。終戦(敗戦)による戦後社会の百八十度の価値観の転倒が、こういう歌のベースになっているものと思われます。
 いずれにせよ、上の事情を知らなければ、この歌を「広島のレクイエム」にするのはかなり無理な感じがします。が、二葉あき子自身にそんな感動秘話があったからには大納得です。

 ところでこの歌の発売当初は、1番と2番の間奏部に以下の台詞(せりふ)が入っていました。

  「フン・・・何でもないわ あんな人好きじゃなかったんだもの
  修道院に入るなんて バカねえあの人
  だけど何だってこの胸がこんなに やっぱりあの人を・・・
  そんな事ないわ そんな事 ハハハ ハハハハ ハハ・・・」

 この台詞を語ったのは二葉あき子ではなく、女優で歌手であり菊田一夫の妻でもあった(後に離婚)高杉妙子でした。しかしこの歌を元にした菊田一夫作の昭和24年松竹作品『フランチェスカの鐘』が映画化され、再び発売されたこの曲ではこの台詞は削除されていました。
 その後は(『フォレスタの「フランチェスカの鐘』がそうであるように)基本的に台詞なしの曲となっています。

 末尾に掲げた原盤再生と思しき動画は上の台詞入りですが、確かに高杉の声は意識的なのか“あばずれ”な感じの声で、最後の高笑いは少し突飛な感じすらします。
 それにしてもなぜ削除されたのでしょうか?不良少女がある人の感化を受けて更生していくという(曲のイメージとは違う)映画の内容にそぐわなかったから、というのが一般的解釈のようです。

 しかし二葉あき子自身が初めからこの台詞を気に入っていなかった、という説もあるようです。
 特に、彼女は日劇での出来事をきっかけとしてこの歌を「鎮魂歌」ととらえ始めた時から、この台詞を削りたかったのではなかろうか?特に高笑いはあまりにレクイエムにふさわしくないと考えたのではなかろうか?と。

                        *
 この歌のタイトルの「フランチェスカの鐘」とはどんな鐘なのでしょう?
 以前の『聖母は名もなき者を嘉し給いて』記事の中で、1960年代、北イタリアの一寒村の不治の病に臥せっていた貧しい農婦のもとに聖母マリアが現われ、病たちどころに癒え、ちょうどその時正午を告げる「アンジェラスの鐘」が響いてきた、聖母は「さあ、あの鐘とともに一緒に祈りましょう」と完治した農婦に促した、という感動物語があったけれども。

 「フランチェスカ」は、中世イタリアはアッシジの聖フランチェスコを連想させます。だとすると、フランチェスコ会修道院がありますから、同会系教会で鳴らされる(キリスト教最大の)同聖人を讃える鐘のことなのでしょうか?
 しかしそれにしては「フランチェスカ」は女性名詞だというし。

 こだわってなお調べましたら、このタイトルの謂(いわ)れが分かりました。
 この歌を作詞した菊田一夫自身が種明かししていたのです。「(フランチェスカという言葉は)俺の好きな発音だったから使っただけなんだよ」
 な~んだ、そうだったのか。実在する鐘の音ではなかったのか。
 されど「隻手(片手)の(鳴らす)音を聞け」という禅の公案のではないが、実在しないはずの「チンカラカンの 鐘の音」とは、これいかに。

                        *
 やれやれ、やっと『フォレスタの「フランチェスカの鐘』にたどり着きました(苦笑)。

 この歌を吉田静さん、中安千晶さん、白石佐和子さんの3女声が、彼女たちの感性でとらえ直した『フランチェスカの鐘』にリニューアルして歌っています。

 コーラスを受け持っている白石さん、中安さんももちろんこの歌を気に入って、楽しんで歌っているようです。しかしこのコーラス曲は、吉田さんの独唱に尽きると思います。この歌は吉田さんの声質にぴったりマッチしているのか、非の打ちどころのない完璧な歌唱と言ってよさそうです。極論すればこの歌は、
 「吉田静の吉田静による吉田静のためのフランチェスカの鐘」

 この歌をはじめ『別れのブルース』『異邦人』『桑港のチャイナ街』などなど。新参ファンの私には分かりませんが、その頃からのフォレスタファンは、吉田静という超新星の出現に少なからず驚いたのではないでしょうか?
 この歌の以前の動画に、どなたかが「吉田静さんは“平成のブルースの女王”だ」と、絶賛コメントしたのもうなずけるところです。

 この歌のピアニスト吉野翠さんの演奏も光っています。全体を通して「吉野リズム」が軽快に刻まれていきます。『赤いランプの終列車』と同じく、この歌でも「吉野翠ここにあり !」とアピール十分な間奏もじっくり楽しめます。

 この歌をライワークにしていた二葉あき子さんは、つい先年(2011年)お亡くなりになりました。しかし相前後して吉田さんをはじめとした女声フォレスタが、(はっきり言って)二葉さんを超える歌唱、コーラスによって平成の今日に蘇らせました。
 それによってこの歌がこの先も歌い継がれていくことが確定したわけで、泉下の二葉さんも喜んでおられることでしょう。

 吉田静さんには、テンポの早いこの時代、ともすれば時の古層として埋もれ忘れ去られがちな過去の名歌謡曲をどんどん表層に出して、新たな歌唱の光りを当てて世に知らしめていってもらいたいものです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『webコラムマガジン「のらり」■店主の分け前~パーマンの心にうつりゆくよしなしごと-』など
http://www.norari.net/bar/063011.php
関連動画
『二葉あき子「フランチェスカの鐘』(傷が激しくかなり雑音あり)
http://www.youtube.com/watch?v=HS_w4666Lfc
関連記事
『聖母は名もなき者を嘉し給いて』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-02e5.html
『フォレスタの「赤いランプの終列車」』
http://www.youtube.com/watch?v=amAdmEM1FSo

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梅雨晴れ間(4)

  少年のあの日に似たり雲の峰   (拙句)


 ブログ開設年の2008年以来の『梅雨晴れ間』続編です。

 6月のイメージはどんより曇ったりしとしと雨の日が続く梅雨模様をつい連想しがちです。そういう日が多いのも確かですが、ある日からっと晴れたりでもすると、

  六月を綺麗な風の吹くことよ   正岡子規

という何度も取り上げた秀句のように、図らずもすがすがしい気分にさせてくれる爽やかな一日に恵まれることがあります。
 15日土曜日はまさにそんな日でした。

 「六月の綺麗な風」の中、夕方外出しました。バスで本厚木駅に向かうためです。4時過ぎ駅前でバスを降りました。同駅の北口広場に行くべくスクランブル交差点を渡っていると、タクシー待機場に接した広場で男性がしきりに一席ぶっている姿が目に入ってきました。「民主党神奈川県連代表の○○です」というようなことを言って、演説を始めるようです。
 見れば近くの柵のところに、神奈川参院選挙区民主党候補者(現参院議員)の牧山ひろえ(人名はすべて敬称略)のポスターが掲げられています。

 夏の参院選の前哨戦は既に始まっているわけです。いかな没落民主党といえども党の命運を決する国政選挙ですから必死なのでしょう。
 同広場の入り口付近で、図体の大きなワイシャツ姿の浅黒い男が土曜日の夕方でごった返す通行人にチラシを配っています。『後藤祐一だ』とすぐに分かりました。当神奈川16区(衆院)選出の後藤も、同僚の牧山議員の応援に駆けつけているようです。

 政権交代のかかった2009年衆院選では、当時熱心な民主党支持者だった私は迷うことなく彼に一票を投じました。同選挙戦時、同じくこの広場で夕方や夜に後藤候補と会い2度ほど握手もしました。
 後藤祐一は地元出身が売りの一つで、神奈川県でも有数の名門校である厚木高校から東大法学部、通産省(現・経産省)入省と絵に描いたようなエリートコースを歩んで、30代半ば頃政治家に転身した人物です。

 しかし計算づくのこの野郎(衆院議員の同先生、失礼 !)、09年選挙時は小沢一郎の選挙スタッフにさんざん世話になりながら、その後陸山会問題が火を噴いた途端態度を豹変させ、若手議員の小沢批判の急先鋒に転じたのです。
 その時から『コイツは許せん』となり、前回は入れませんでした。

 後藤は結局昨年末衆院選で、自民党の落下傘候補のあの「ヤンキー先生」こと義家弘介に選挙区では敗れたものの、比例区で復活当選を果たしました。当時政権与党だった民主党候補の歴史的大惨敗にも関わらず議員を維持できたのですから、政治的実力有りと見るべきなのでしょう。

 ・・・そんな経過があったもので、後藤祐一は私にも渡そうと近寄ってきましたが顔も見ずに素通りしました。
 2、3歩歩いたと思ったら、左から一人の女性がスッと現われ、「まきやまひろえです」と両手を差し出してきたではありませんか。
 『当の牧山先生自らのお出ましかよ』 見るとポスターでは色白ですが、連日の外回りで日焼けしたのか少し浅黒い顔に目がランランと輝き見るからにエネルギッシュな感じです。

 アッという間でありその迫力にも負けて私もつい右手を出してしまいました。両の手で握りしめながら、「よろしくお願いします」と牧山候補。やはり国政レベルの候補者ともなると常人にはないパワーが感じられます。

 『あれから6年かぁ』 駅構内方向に歩きながら思いました。
 6年前の参院選も民主党候補者は同じ牧山ひろえでした。同選挙戦たけなわの頃のある夕方、同候補の応援にこの北口広場に当時の民主党幹部が集結したことがあったのです。事前に知っていた私も当日その場に居合わせました。

 今神奈川県連代表が演説をぶっている同じところに大きな選挙カーをドンと乗り上げ、その上で一人ひとりが応援演説をぶちました。
 岡田克也、菅直人そして最後に当時党代表だった小沢一郎。終始選挙カーの上にい続けたのは当時幹事長だった進行役の鳩山由紀夫でした。もう一人馬渕澄夫も来ていましたが、若手の彼は演説には上がらず、下でチラシ配りに徹していました。
 当時の小沢民主党は日の出の勢い。来るべき政権交代を期待してか、夥しい聴衆が聴き入っていました。私はその輪の後ろの方、10メートル以上離れたところで聴いていました。

 09年秋に政権交代を果たしてから、結局この中から鳩山、菅という二人の首相が生まれたわけです。その時は結束の固い一枚岩に思えたんだがなぁ・・・。
 その結束を破るきっかけとなったのが、検察とマスコミという官報複合体が仕掛けた「小沢抹殺」の世紀の大謀略です。それが謀略であることなど百も承知で「小沢排除」を仕掛けたのが、ここには来なかった仙谷由人、前原誠司、枝野幸男、渡部恒三、江田五月らです。

 小鳩退陣後実権を握った菅や岡田もそれに目一杯与し、小沢を党員資格停止処分にして政治的座敷牢に閉じ込めました。
 その結果特に3・11大震災&福島第一原発事故以降の民主党政権のグチャグチャ、迷走ぶりは目を覆うばかりの大惨状。「ダメな野田」政権がとどめとなって政権の座から転落しました。期待が大きかった有権者ほど落胆も大きく、もう二度と民主党など支持しないことでしょう。

 と言うわけで牧山ひろえ候補、(6年前は入れました)折角握手していただいたものの今回入れるかどうかは分かりません。生活の党やみどりの風の候補者が立てばそちらを最優先、もし立たなかったら清き一票投じませう。

 (大場光太郎・記)

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アベノミクス完全破綻後の近未来

 -壮大な異次元博打を打ったアベクロ“バブル”コンビは、日本を破滅に追い込むための例えてみれば黙示録の黒い(死の)騎士のようなものではないだろうか?-

 5月23日の1100円余もの株価大暴落によってアベノミクスの破綻は誰の目にも明らかです。安倍政権が本丸と位置づけていた成長戦略の第3弾の大風呂敷を、安倍当人が発表している側からまたぞろ株価が暴落するという笑えぬ喜劇も起きました。
 最早市場がアベノミクスを見限った証明のような出来事です。

 それまでアベノミクスによって外国人ハゲタカ投資家連中は大もうけしたのに違いないが、肝心の国内の実体経済にはまったく反映されていません。「株価がすべて」の安倍内閣ですから暴落と共に支持率も低下するのは当たり前として、直前の朝日調査の「景気回復の実感」についての質問に78%が「ない」と答えたのは当然でしょう。

 問題はアベノバブルスが完全に弾けたわけではないことです。それは今後の大問題なのです。何しろアベクロコンビは異次元バブルを演出したのですから、弾け方も異次元であるはずです。そしてその直撃をくらうのは、何の恩恵も受けていない私たち国民なのです。
 以下に、それを予測した大阪経済大客員教授の岩本沙弓氏の緊急提言(『日刊ゲンダイ』6月14号2面)を転載します。(同氏は「最悪の事態」を数年後としていますが、私はそんな悠長な話ではないと見ます。)  (大場光太郎・記)

                        *
大阪経済大客員教授・岩本沙弓氏が緊急提言
アベノミスによる「スクリューフレーション」で暮らしはパンク

 株式市場の乱高下に個人投資家が悲鳴を上げている。トリガーを引いたのはアベノミクスであることは言うまでもないが、問題は今後だ。はっきり言おう。待っているのはゾッとするような地獄だ。「バブルの死角」(集英社新書)を上梓した大阪経済大客員教授の岩本沙弓氏が緊急提言――。

 今のジェットコースター相場は、「大胆緩和で長期金利を押し下げる」と説明してきた日銀の黒田総裁が「やっぱりできません」と白旗を揚げたかのような発言がきっかけとなっています。緩和で長期金利をコントロールできないことは、金融の世界ではいわば常識。それでも、黒田総裁は「できる、できる」と言われたので、何かしらの秘策があるかと思ったら、何もなかった。その失望から黒田総裁への期待は低下せざるを得ない、というのが現場の声として聞こえてきます。現状は参院選前の調整局面であり、相場は一時的に落ち着きを取り戻すんじゃないでしょうか。

 本当に怖いのは、お祭り騒ぎが終わった後です。最悪のシナリオの場合ですが、数年後に賃金が上がらずに物価と金利が上がる「スクリューフレーション」という現象が日本を襲う可能性があるかもしれません。景気が低迷し、インフレが進む「スタグフレーション」と似ていますが、最大の特徴は「中間層の貧困化」(スクリューイング)を伴うことです。

 オイルショックに見舞われた40年前は、インフレと同時に賃金も上昇したから、庶民は最悪の事態を免れました。ところが今は企業がいくら儲けようが、サラリーマンの賃金にはこれまでのところ反映されていません。そんな状況にもかかわらず、安倍政権は、物価目標の数値を提示し、実現しようとしている。このままでは円安による食料価格高騰と消費税が追い打ちとなり、庶民の生活は厳しくなってしまいます。

 そもそも、原発が停止され、海外からの化石燃料にこれまで以上に依存しなければならない状況の中で円安誘導しようとするメリットはあまりありません。

世界は未曽有の大恐慌へ

 円安誘導の手段としては為替介入がありますが、一滴で大海を動かそうとする無謀さに例えられます。10年前に1ドル=100円近辺だった為替水準は、今もほとんど変わりません。

 小泉政権から民主党政権まで60兆円もドル買い介入し、買ったドルのほとんどは米国債の購入に充てられていると考えられます。小泉政権がドル買いに使った42兆円は、結果的にブッシュ減税の財源に回った公算が大きい。日本の富が米国に渡り、米国民が潤う。そんな図式です。

 安倍政権も50兆円の米国債購入を検討しようとしているという、ブルームバーグの驚くような報道がありました。さて、「安倍50兆円ファンド」は何に使われるのでしょうか? 海外に渡す資金の余裕があるのなら、日本に財政不安はない、ということになります。海外よりもまずは日本の減税のために資金を使うべきでしょう。

 長期的には史上最悪の大恐慌に踏み込もうとする可能性も否めません。紙幣をどれだけ印刷しても、対症療法に終われば市場経済の本質的な修復は不可能。それでも先進各国は紙幣印刷の輪転機を回しっぱなしにしている。安倍政権も乗り遅れまいと大胆緩和に踏み切りました。これまでバブルのツケはバブルで帳消しにしてきましたが、地球規模のバブルになれば、吹き飛ばせる次のバブルはありません。帳消しは不可能となってしまいます。

 選択を間違えれば、恐らく数年後に「資本主義最後のバブル」が起き、瞬く間にはじける可能性もあります。世界経済が崩壊に向かわないよう、注視する必要があります。  (転載終り)

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天産自給の原点に還れ(4)

  お土拝(おろが)めよ。お土から何もかも生まれるのぞ。

  大地の神の声誰も知るまいがな、だまって静かにまつりて清めて、育てているのざぞ。

    (日月神示)

まとめとして-私の所感

 今回ご紹介しました泉田瑞顕師の『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』は、既にお分かりのとおり明治期の大本神諭から戦時中・戦後間もなくの日月神示に至る「神のお示し」を土台として論じられたものなのでした。その根本にあるのは「お土は神の肉体そのもの」という考え方です。

 今日の私たちからすると、これはもう「信仰」の領域ですから、今いきなりそう説かれてもおいそれと受け入れられない人もおられることでしょう。しかし私たちが今まで軽んじてきた「お土」はそれくらい重要で尊いものなのだ、ということをお互いここでしっかり再認識したいものです。

 お土(土壌)の重要性は、先ずもって私たちが日々食する五穀・野菜を育み生成してくれることからも分かります。これら無しでは私たちの肉体生命を維持していくことは出来ないのですから。
 「食は人間の土台」であることを考えれば、泉田瑞顕師が力説しておられる「土地為本、天産自給」が人倫に適う道であることが理解されてくるのではないでしょうか。いくら工業社会だ、IТ社会だといっても、私たちは工業製品やハイテク物を食することはできないのです。

 今日この国は、泉田師が説くように国際分業論という悪魔の謀略に引っかかって根本的な天地の理(ことわり)から大きく逸脱しています。国内農政をないがしろにし、農産物・食料品を外国に多く依存しているのです。

 かなり以前から我が国の食糧自給率は40%程度と言われています。これはつまり国内で生産される食糧・農産物だけでは、1億3千万国民のうちの五千万人分しか養えない(それも短期間)ことを意味しています。
 他の先進諸国に比してこれは極端に低い数値であることを認識すべきです。アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス・・・皆100%に近いか、それを優に上回っているのです。

 「海絶たれて(海上封鎖)苦しまんでくだされよ」(日月神示)
 四方を海に囲まれ他給他足を旨とする現ニッポン、万一こんな状況にでもなったら目も当てられない飢餓地獄が現出するはずです。
 輪をかけて、日本人の胃袋を米国ユダ金企業に押さえられるТPPなど論外であること、お分かりになりますでしょうか。安倍首相は「国民の食の安全は守る」などと言っているようですが、小泉亜流の対米隷属売国首相には100%守れません。

 これは今日の私たちのベースになっている欧米流の「学や知」では分からないことですが、日本は「陽の国」、アメリカやオーストラリアは「陰の国」で、土地の性質が真反対なのです。
 アメリカでコシヒカリを栽培し確かに本場コシヒカリそっくりだとしても、あちらのは陰のコシヒカリ、そんなものをありがたがって輸入しせっせと摂取していると体がおかしくなってしまいます。

 それにもう一つ。
 我が国の農の研究家が昔から言ってきたことに「身土不二」(しんどふに)という言葉があります。これはごく簡単に言えば、私たちの肉体は、現在住んでいる土地と分かちがたく結びついていて切り離すことができない、ということです。言い換えれば、私たちは住んでいる土地の波動(バイブレーション)と一体化しているということです。
 これは「土地為本、天産自給」の裏付けともなりますが、五穀・野菜も身近な所で採れたものを食するのが(地産地消が)体には一番いいのです。なのに海の向こうの「陰の食物」の米、グレープフルーツ、ポテト、牛肉などをせっせと摂取していると・・・(繰り返しになるので以下略)。

 ましてや悪魔企業モンサント社の遺伝子組み換え食品など何をか言わんや。論外中の論外、日本人の遺伝子破壊、日本人滅亡を画策する究極の悪魔の謀略です。私たちの子々孫々の生存にまで関わることですから、いくら悪魔の手先の政官業+マスコミが旗を振っても、ТPP参加だけは断固拒否しなければなりません。
 第一歩として、来る参院選では自民党を勝利させないことです。  -  完  -

【追記】
 欧米人にとって「聖書」が必読書であるように、私たちにとって「日月神示」は必読書であるべきです。今回はイデオロギー的にとらえましたが、本来の日月聖典は神霊現三界を見通した自在無碍な英知の理(ことわり)が示されています。是非「一家に一巻」備えていただきたいものです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』(泉田瑞顕著、静雅堂刊)

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フォレスタの「ローレライ」

-ライン川の最難所の岩に類い稀な妖精伝説を描き出した「人間の想像力」に脱帽-

    (「フォレスタ ローレライ」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=uJzPcDG-7dQ


   ローレライ
             近藤朔風訳詞

一、
  なじかは知らねど 心わびて、
  昔の伝説(つたえ)は そぞろ身にしむ。
  寥(さび)しく暮れゆく ラインの流(ながれ)
  入日に山々 あかく映(は)ゆる。
二、
  美(うるわ)し少女(おとめ)の 巖頭(いわお)に立ちて、
  黄金(こがね)の櫛(くし)とり 髪のみだれを、
  梳(す)きつつ口吟(くちずさ)む 歌の声の、
  神怪(くすし)き魔力(ちから)に 魂(たま)もまよう。
三、
  漕ぎゆく舟びと 歌に憧れ、
  岩根も見やらず 仰げばやがて、
  浪間に沈むる ひとも舟も、
  神怪き魔歌(まがうた) 謡(うた)うローレライ。


 ドイツの古い伝承というより、「ロビンフット」「ニーベルングの指環」「ハーメルンの笛吹き男」などと並んで西洋の中世伝説の一つとして名高いのが「ローレライ伝説」です。
 同伝説にはさまざまなバリエーションがありますが、19世紀ドイツロマン派の天才詩人ハインリヒ・ハイネがローレライ伝説の決定版となるような詩『何がそうさせるのかわからないが(なじかは知らねど)』(1827年刊のハイネの代表的詩集『歌の本』に収録)を作りました。

 この詩に1838年、ドイツの作曲家フリードリヒ・ジルヒャーが曲をつけたことによってローレライ伝説は世界的に知られることになりました。この歌が今回取り上げる『ローレライ』です。

 折角の機会ですから、「ローレライ」「ローレライ伝説」についてもう少し詳しく見ていくことにしましょう。


       ライン川に聳えるローレライ

 ローレライ(ドイツ語;Loreley)は、ライン川の流域の町ザンクト・ゴアルスハウゼン近くにある、水面から130mほど突き出た岩山のことです。
 スイスと北海をつなぐライン川の“川下り”はドイツ観光としても有名ですが、この岩山はライン川の中でも最も狭い所となっています。そのため流れが速く、また水面下に多くの岩が潜んでいることもあって、かつては航行中の多くの船が事故を起こし、多くの船乗りが命を落としたといわれています。

 このようにローレライ付近は航行の難所であることから、「この岩山に佇(たたず)む美しい少女の妖精が船乗りたちを魅惑し、船が川の渦の中に飲み込まれてしまう」という言い伝えに転じ、ローレライ伝説が生まれました。
 こうして「ローレライ」は、その岩山を指すと同時に、この岩の妖精の名としても呼ばれるようになったのです。


          ローレライ像

 伝説には幾つものバリエーションがあるものの、おおむねは以下のとおりです。
 昔、この岩の上に憩うひとりの美しい水の精が、いつも黄金の櫛(くし)で髪を梳(す)きながら不思議な妙(たえ)なる歌を歌っていました。この岩を通りかかった船乗りがその歌声に聴き惚れ、舵を取るのも忘れ、岩に船を打ちつけて川の淵に沈んでしまった、というのです。

 もともとローレライは見る者を虜にせずにはおかないほどの美女でしたが、そのため多くの男たちの面目を失わせてしまうこともありました。そのため裁きの場に出された彼女は、不実な恋人の裏切りに絶望していたこともあって、死を願うものの適わず修道院に送られることになりました。道中、最後の思い出に岩山から恋人がかつて住んでいた城を見たいと願いで、岩山の上から身を投げて水の精になったのでした。

                        *
 冒頭に掲げた日本語訳は明治42年(1908年)、近藤朔風(こんどう・さくふう)が訳詞したもので、当時『女声唱歌』に発表されました。近藤朔風がシューベルト作曲『菩提樹』の訳詞者でもあることは、最近の『フォレスタの「菩提樹」』で見たとおりです。

 近藤朔風訳詞は、今の私たちには難解な表現があるものの、古語的荘重な彼の訳詞はむしろ「神怪き」ローレライ伝説をいやが上にも高める効果をもたらしているように思われます。
 ハイネの原詩を理解し得るドイツ語通は別格として、通常の日本人である私たちには近藤朔風訳詞をもって「ローレライ伝説、ここに極まれり」と言っていいのではないでしょうか。

                        *
 フォレスタの「ローレライ」。小笠原優子さん、白石佐和子さん、矢野聡子さん、中安千晶さんという4人の初代女声フォレスタによるコーラスです。あらためて感じましたのは、この歌に限らず、国内外の叙情的名曲の多くを初代女声は歌ってくれていたんだな、ということです。

 この4女声がお立ち台の上で一塊りとなって歌っていて、さながら岩山の巖頭に立っているような感じです。床面から立ち上るドラアイスの煙はさしずめライン川の流れ。全体のブルーの配色といい、この歌の雰囲気がよく出ているステージ演出だと思われます。
 以前取り上げた『湖畔の宿』のシチュエーションを思い出してしまいました。

 今回この歌をあらためて聴き直して、私は『皆さん、ローレライのようだ』と感じました。同じように感じた人がおられるようで、この動画コメントとして、
 「4人のローレライ・・・・・」
というのがありました。

 1番から3番まで4女声によるフルコーラスです。しかし思いますに、どこかで(例えば2番で)どなたかの(私なら小笠原さんか中安さんの)ソロがあった方がよかったような気がします。総指揮の杉本龍之先生(?)も当然そうお考えになったのではないでしょうか。
 ただそうなると、ソロを歌った人が「Der Loreley」(「ザ・ローレライ」)ということになり不公平になってしまい、結局フルコーラスという線で落ち着いたのでしょうか? 

 と、素人がついおかしなことを言ってしまいましたが、フルコーラスの4女声の歌声、高低のメリハリもしっかり利いていて、じっくり味わえる良いコーラスです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『ウィキペディア』-「ローレライ」の項など(画像も拝借)
関連記事
『フォレスタの「菩提樹」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-f514.html
『フォレスタの「湖畔の宿」』  
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-d05e.html     

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天産自給の原点に還れ(3)

 日本の人民餌食にしてやり通すと、悪の神申してゐる声人民には聞こえんのか。

 日本の人民の身魂(みたま)が九分九厘まで悪になりているから、外国を日本の地(つち)に致さなならんから、日本の地(つち)には置かれんから、どんなことがあっても神はもう知らんぞよ。  (『日月神示』)


 以下に、泉田瑞顕師の「第三章 六、天産自給の原点に還れ」本文を転載します。今から25年以上前の当時の時代状況を考慮しながらお読みください。なお、適宜段替え、行空けなどをし、また一部を省略しています。

                        *

 神の所有(もの)である世界の資源を武力によって強奪し、金力にものをいわせて穀物その他の物質を買いあさり、人類社会の半分以上が飢餓に瀕している現状をしりめに、物質的ゼイタクの限りをつくしている先進工業国、特に体主霊従国日本のやり方、考え方は、天地経綸の大道に反する罪悪行為である。天地創生の祖神が、このような横暴残虐をいつまでも許されるはずがない。世界の経綸からみて、日本国と日本人の上に神のいましめが降(くだ)るのは当然である。

 重工業を基幹とし、国際分業論に立って国内農業を撲滅破壊することを国是として来た体主霊従国日本は完全に行きづまり、あげもおろしも出来なくなって遠からず崩壊する。

 この行詰まりを打開する妙案は、現在の日本を牛耳っている支配階級にはない。かつてのごとく武力をもって他国を侵略することは、国際情勢がこれを許さない。また金力によって、他国の資源や食糧を収奪する開発輸入も後進国の民族的自覚によって不可能である。

 結局、日本民族は四つの島を命の綱とし、全運命をこの島に託して、全然さらつの国づくりを開始する以外に道はない、ということになってくるのだ。しかし、この事は、日本民族の敗退でも、滅亡でもない。
 天孫降臨の名において、日本に征服国家大和朝廷が成立し、皇神国(すめらみくに)日本の古代神政政治が廃止されてから二千有余年、長かった悪神支配の世が終り、五度閉められた天の岩戸が今や開かれんとしているのだ。神聖日本の夜明けである。

     ( 省  略 )

 これからいよいよ黄泉国(よみのくに)と黄泉醜女(よもつしこめ)と化している日本民族は、大本神諭や日月神示に預告してあるごとく、大掃除、大洗濯の段階へと突入して行く。前記のごとく皇神国(すめらみくに)日本は約二千年前、征服国家となり、体主霊従国となって神政は破れた。ことに明治以来、西欧文明が急激に流入して国土と民族を穢(けが)し、「厭醜悪穢国(いなしこめきたなきくに)」となった。

 出口王仁三郎聖師口述伝達の霊界物語第十巻「古事記言霊解・禊身(みそぎ)の段」はこれから開始される二度目の日本の立替を預告解説したプログラムというべきである。先ず世界に魁(さきが)けて日本から立替への大経綸は開始されることになる。

 出口聖師の解説されている「禊身の段」の一節に、
 「要するに天災地妖の原因、結果は、いわゆる天に唾(つば)きして自己の顔面にかぶるのと同じである。人間をはじめ動物や植物が天賦の生命をたもつあたわずして夭死(ようし)し、あるいは病災、病毒のために変死し、枯朽するその根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現下のごとく、天下こぞって人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するがために、営々たるが如き国家の経綸は実に矛盾背理の極(きわみ)である。わが国は決して体主霊従的の経綸のごとく征服とか、占領とかの無法、横暴をなすことを許さぬ国である」と。

 これはみそぎ(立替え)によって日本国の政治、経済、産業、教育、文芸、宗教、農事等が根本的に革正されることを預言されたものである。

 立替の大嵐によって体主霊従国日本は潰れる。それからが神聖日本の開顕であり、皇神国の夜明けである。(中略)かくして「さらつの国」皇道(こうどう)日本の国づくりは、日本の国土に生成する産物をもって自活する土地為本(いほん)、天産自給の皇道経綸から実施されることとなるのである。これは神界既定のプログラムであるから絶対間違いない。

 悪魔の謀略に引っかかり、国内農業を破壊撲滅することに全力をあげてきた体主霊従国日本の支配階級即ち、政治屋、官僚、財界人及びこれ等の魔軍の魔道政治に協力してきた学者、商人、宗教屋、教育者等々も体主霊従国日本の崩壊と共に丸裸となり乞食となってのたうち廻ることになってくる。
 国際経済の動向から見て日本立替の嵐は近い。  (転載終り)

【付記】
 泉田師の本文は、何やら3・11以後の現日本そのものの活写のようです。
 とにかく東日本大震災や福島第一原発事故(という大環境テロ)以降この国は、原発再稼働、(完全冤罪の)小沢裁判、消費税増税、12・16不正選挙、ТPP参加・・・と、「厭醜悪穢国(いなしこめきたなきくに)」そのものの魔姿をはっきり現わしていますから。

 なお本文中には、「専門用語」がかなり出てきて面食らった人が多かったかもしれません。ここでは頻繁に出てきた「体主霊従国日本」の体主霊従(たいしゅれいじゅう)についてだけ、手短に説明します。

 出口王仁三郎は、大正時代の大本の機関誌『神霊界』に大本神諭を発表する際、同神諭中の「体主霊従」に「あくま」「われよし(我善し)」というルビを振っています。
 翻って天地の理(ことわり)は「霊主体従」(皆善し)が大原則なのです。今までの世のあり方、人の生き方は真逆な悪魔的我欲(エゴ)追及のあり方だったわけですから、その意味でも行き詰るのは理の当然なのです。  (大場光太郎・記)

関連記事
『天産自給の原点に還れ(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-010c.html
『天産自給の原点に還れ(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-5b70.html

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天産自給の原点に還れ(2)

  お土は神の肉体ぞ。人民の肉体もお土から出来ているのぞ。この事わかりたら、お土の尊いことよく分かるであろがな。  (『日月神示』)


 折角ですから2回に分けて、泉田瑞顕著『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』から、
   第三章 日本立直しの方法論  六、天産自給の原点に還れ
を、以下にご紹介したいと思います。
 今回は、冒頭掲げられている『大本神諭』と『日月神示』です。どちらも独特な言い回しで、初めて読まれる方は戸惑われるかもしれませんが、じっくり味わってお読みください。

                        *

       六、天産自給の原点に還れ

大本神諭

一、金銀を余り大切にいたすと世はいつまでも治まらんから、艮(うしとら)の金神(こんじん)の天晴れ守護になりたら、お土からあがりたもの(天産物)その国々のものでいける(自活)ように致して、天地へ御目にかける仕組が致してあるぞよ。  (大正元年旧一〇・五)

一、いまの世は金(かね)で治まるように思うておるが、金は世のほろびのもとであるぞよ。根本から立替えるぞよ。大地(おつち)からあがりたもの(天産物)を大切に致さねば、金では治まらぬぞよ。  (明治二五・原書でも月日不明)


日月神示

一、金(かね)はいらぬのざぞ、金のいるのは今しばらくぞ。命は国にささげても金は自分のものと頑張っている人民気の毒出来るぞ。  (昭和一九・八・三)

一、今までの教(おしえ)ではこの道わからんぞ。益々食う物なく曇りてくるぞ、その国所々で当分暮らしむき出来るぞよ。野見よ、山見よと申してあろ、青山も泣き枯る時来ると申してあろ、海川も泣枯る時来るぞ。まだきかず我れさえよけらよいと、われよしして御座る人民神々様気の毒来るぞ。  (昭和二一・八・八)

一、金はいらぬのざぞ、お土からあがりたものが光りて来るのざぞ、衣類、食べ物、家倉まで変わるのざぞ。  (昭和一九・八・七)

一、日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄(いやさか)の食物あるぞ。人民の食物間違えるでないぞ。(今は猛獣食)。食過ぎるから足らんことになるのざぞ。  (昭和二二・三・三)

一、お土拝(おろが)みて米作る百姓さんが、神のまことの民ぞ。  (昭和一九・一〇・七)

一、今日働いて食わなならん事に皆なりてくるのざから、その覚悟せよ。上に立つ番頭殿、下の下まで目届けておらんと、日本つぶれるぞ、つぶれる前に、そなた達がつぶれるのざぞ、早う改心して誠の政治仕えまつれよ。  (昭和二二・三・三)

(以下次回に続く)

関連記事
『天産自給の原点に還れ(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-010c.html

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悪魔企業モンサント社の株価が急落

-滅びよ、モンサント。ついでに同社と提携している(経団連米倉会長の)住友化学も-


(転載)モンサント社の株価が急落 !

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51886073.html
2013年06月06日  日本や世界や宇宙の動向

最近、反モンサントの抗議デモが世界中で行われましたが、最近、モンサント社の風当たりが益々強くなってきています。悪魔企業らしく、彼等は法的に保護されるために別の法案にこっそりとモンサント保護法なる条文を書き加えたりして、なんとか農業の世界支配と巨額の富を得たいと画策していたのです。しかし、このところモンサント社製の遺伝子組み換え食品についての問題点が大量に報道されたことで、市場も考え始めたのでしょうか。
何しろ、モンサント社の遺伝子組み換えきゅうりを食べたら。。。股間の毛が抜け落ちたという報道までされてしまったのですから(笑)。。。
ネットでは、モンサント社の遺伝子組み換え食品が笑いの種になり始めてきました。このようなイルミナティの企業が落ちぶれることこそが新しい文明が始まる予兆ともいえるのではないでしょうか。このまま株価が落ち続けてもらうしかありません。そして日本政府には遺伝子組み換え食品を拒否し続けてもらいたいと思います。http://beforeitsnews.com/agriculture/2013/06/monsanto-stocks-have-fallen-10-in-last-2-weeks-2448552.html
(概要)
6月6日付け:

なんと、あのフレンドリーな巨大企業モンサント社の株価がこの2週間で10%も急落しています。この原因は、最近になって盛んに報道されているモンサント社に批判的なニュースによるものだと思います。農場主は、モンサント社の遺伝子組み換え食品を栽培しても収穫高が上がらず利益をもたらさないということが分ったのです。株価がこのまま下がり続けなさい。このような悪魔の企業が破たんすることが、我々人類にとっての勝利なのです。彼等はお金を儲けるためなら、我々がどうなっても構わないのです。我々も彼等が破たんしようとも、どうでも良いのです。  (転載終わり)

転載元 阿修羅掲示板(投稿者 かさっこ地蔵)
http://www.asyura2.com/13/hasan80/msg/320.html


【私のコメント】
 モンサント社については、ТPP関連で当ブログでも何度か問題にしました。
 ユダ金ロックフェラー系列の巨大企業である同社は、日本をТPPに取り込みたい米国企業の代表格であり、同社の遺伝子組み換え食品の日本での大量流通を目論んでいるのでした。
 モンサント社はベトナム戦争時、あのべトちゃん・ドクちゃんを生んだ枯葉剤の流通で大もうけした悪魔企業でもあります。

 モンサント遺伝子組み換え食品を告発した『世界が食べられなくなる日』というフランスのドキュメンタリー映画が、今日本全国で公開中で話題になっているようです。
 それによりますと、3年間のラット実験の結果、遺伝子組み換え食品を与え続けたラット群は通常食品のラット群より発ガン率、死亡率が際立って高かったということです。どういうわけか特にメスのラットにそれが顕著だというのです。

 私も今まで知りませんでしたが、遺伝子組み換え食品は既に私たちの食生活の中に入り込んでいるといいます。ジュース、ビスケット、冷凍食品、肉・・・。納豆・豆腐など大豆の加工食品などと違って「組み替え食品表示義務」のないそれらに忍び込んでいるというのです。
 これは明らかに、以前問題にした、サタン勢力による「世界人口40億人削減キャンペーン」の一環でしょう。

 日本では、来る参院選に安倍“お笑い”自民党が、あのブラック企業のワタミの渡邉会長を候補者に決定というブラックジョークがちょっとした話題になっています。が、モンサント社のグーローバルブラック企業ぶりは群を抜いて際立っています。
 このモンサントと業務提携しているのが、日本の悪魔企業・住友化学です。そして同社社長は、日本におけるТPPの旗降り役の米倉弘昌経団連会長。話は全部つながっているのです。

 モンサント社は遺伝子組み換え食品で悪名を轟かせていますが、毒入り除草剤「ラウンドアップ」も忘れてはいけません。これは緑の原液をちょっとなめただけで死んでしまうほどの猛毒で、使用した土壌を再生不能にしてしまいます。
 だから多くの国では同除草剤の使用を禁止しているのです。しかしおらが国のJA(農協)はこれをどんどん輸入して販売しています。つい先日ТPPがらみで自民党に叛旗を翻したJA山形の“美談”を取り上げたばかりなので言いたくないが、JAの「反TPP」はどこまで本気なの?と思ってしまいます。

 なおラウンドアップはDIY店でも大量に仕入れ、どんどん売られているようです。この猛毒除草剤は成分特許が切れているため、さまざまな名称で販売されています。その一つが住友化学の「草退治」です。
 米倉会長の住友化学こそは我が国を代表するブラック企業と言ってよさそうです。  (大場光太郎・記)

関連情報
『世界が食べられなくなる日』公式サイト
http://www.uplink.co.jp/sekatabe/

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天産自給の原点に還れ(1)

日の本(ひのもと)の国は神の国、神の肉体、汚してはならんとこぞ (『日月神示』)

 平成(一八十成ル)という年号に切り替わる2、3年前の昭和61年、『日月神示 日本大預言』という衝撃的な大警世の書が出されました。著者は泉田瑞顕(いずみだ・ずいけん)という人です。
 泉田瑞顕氏はもう故人ですが、世に名高い「第2次大本弾圧事件」(昭和10年「12月8日未明」~)の体験者だった人です。釈放後、「世の大峠」のピークで発動されると言われている「一厘の(秘密の)仕組」に関わる「大本裏神業」に携わって来られた人のようです。

 日本霊学に関心のある人たちにも強烈なショックを与えた同著の続編として翌昭和62年に出されたのが、本シリーズのタイトルとした『天産自給の原点に還れ』(正式には『日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ』)です。
 両著は章、項目ごとに『日月神示(ひつくしんじ)』『大本神諭(おおもとしんゆ)』『伊都能売(いずのめ)神諭』の一節を掲げ、それに対して泉田氏が解題していくという構成です。

 どちらかというと『日月神示』などをイデオロギー的に捉えた書で、例えば同神示を降ろされた(現代風に言えば「チャネリング」した)岡本天明(おかもと・てんめい)師の奥方の岡本三典(みのり)女史は「まあ、日月神示にこんな読み方があったのかしら」と生前驚いておられたようです。
 その心は、「この筆(ふで)は八通りの読み方ができるのであるぞ」とお示しのように、同神示は読み手の霊的レベルによって「神成る」ために自由自在に活用できる世界最高峰の大福音書であり、このような硬直的な捉え方はすべきでない、という抗議のお気持ちが込められていたようです。

 とは言え、平成25年の今日の日本は、バブル崩壊、9・11(と言う偽ユダヤ・イルミナティ勢力の自作自演)、イラク戦争、グローバル化(と言う獣的競争原理の跳梁跋扈)、3・11(と言う偽ユダヤ・イルミナティによる大環境テロ)を経て、後はТPP参加により悪魔勢力による「第2の占領」を座して待つしかない状況です。
 当時(昭和最末期)とは比較にならないほど混迷を深めている今この時、あらためて読み返してみますと泉田瑞顕師の命の底からの訴えが、四半世紀余の時の彼方から響いてくるようです。

 大変貴重な両著は、とも静雅堂という出版社刊ですが既に絶版でありどなたももう入手できないことでしょう。そこでその“さわり”だけでもと、以下に両著の目次をお示ししたいと思います。
 その前に。『日本大預言』の表紙には簡潔に次のように謳ってあります。

 「太古の時代、悪神の多数決によって地球の東北に当たる日本列島に御隠退になっていた国祖・国常立尊(注 くにとこだちのみこと)が、艮金神(注 うしとらのこんじん)の名において地上現界に御再現になり、三千世界の立替え立直しを宣言されたのは明治二十五年正月であり、所は丹波綾部の本宮山の山麓であった。日月神示は国祖・国常立尊の神示であり、大本神諭の続編である。」

日月神示 日本大預言

    はしがき
    日月神示について
  第一章 神示の世界改造書
  第二章 立体的世界大改造
  第三章 日本の立替え
        一、日本列島は元の国
        二、悪神と悪魔
        三、日本立替えのプログラム
        四、日本立替えの初段階
        五、日本敗戦の予言
        六、一度盛り返してくる
        七、同じ事が二度ある
        八、世界が一つになって攻めてくる
        九、二度目の日本の危機
        十、北から攻めてくる
        十一、日本の二度目の立替え
        十二、無政府時代が来る
  第四章 神権発動
  第五章 日本とユダヤ
        一、神示の立替え立直し
        二、イスラエル民族
        三、日本人の使命
        四、ユダヤ人の使命
        五、日本とユダヤの和合
    あとがき

日月神示 日本大預言Ⅱ 天産自給の原点に還れ

    はしがき
  第一章 悪魔の日本占領政策
        一、悪魔の日本上陸
        二、工業貿易立国と日本農業
        三、工業万能主義と国土の破壊
        四、世界一の公害列島
        五、日本民族皆殺しの大陰謀
  第二章 体主霊従国日本の崩壊
        一、国際分業論は悪魔の謀略
        二、日本の農業を滅ぼす悪魔の策略
        三、大食糧難が来る
  第三章 日本立直しの方法論
        一、大都市解体
        二、日本民族の国内大移動
        三、万物神有
        四、国土相応の衣・食・住
        五、日本民族の食体系と言霊
        六、天産自給の原点に還れ
        七、土地為本・天産自給
        八、日本列島大浄化運動
  第四章 至仁至愛(みろく)神政
        一、みろく神政の原理
        二、過渡期の神政
  第五章 産土神(うぶすながみ)について
        (一)
         ~
        (九)
    あとがき

  (以下次回に続く) 

【追記】
 このたび『日本霊学、日月神示』という新カテゴリーを設けました。私自身久しく遠ざかっていましたが、改めて学び直していきたと思います。

 (大場光太郎・記)

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燎原の火となれ ! 反TPP「山形の乱」

-望む。我が出身県山形が「天産自給の原点に還る」運動の先駆けとならんことを !-

 つい先日、山形県のJAグループをはじめとした各団体が、安倍自民党に反旗を翻し、来るべき参院選では反TPPを掲げるみどりの風の現職女性候補の推薦を決めたようです。今回はそのもようを伝えている『日刊ゲンダイ』(6月4日号2面)記事を転載します。

 12・16総選挙では「TPP反対」を掲げて政権を奪取しながら、政権に返り咲いた途端「TPP賛成」に転じたのがTPP詐欺政党の安倍自民党です。推進国のアメリカ様のご機嫌を取って、何とか長期政権に持っていきたいだけの邪悪な計算づくでです。
 ТPP参加後この国の形が根底から変わることになり、国民生活が深刻な悪影響をこうむることなどまるで考えてはいません。

 今回の「山形の乱」は、そんな嫌な流れに大きな風穴を開けることになるのでしょうか。私の出身県である山形県は、直前の『フォレスタの「蛙の笛」』で「蛙王国」などと命名しましたが、実際には農村部の多い同県は全国有数の「保守王国」「自民王国」です。
 その山形県が全国に先駆けて、「反自民」「反TPP」を鮮明にしたことは極めて重要な意味を持つものと思われます。

 来るべき参院選は「TPP」が大きな争点の一つになるのでしょう。いな、たとえば「食の安全」一つ取ってみても、私たちの子々孫々の生存にまで深刻な影響を及ぼすのですから、「原発」とともに是非とも主要争点にしなければなりません。
 もし「山形の乱」が「ストップ・ザ・TPP」の大きな契機になるのだとしたら、同県出身者として大変誇りに思います。  (大場光太郎・記)

                        *
参院選に異変 ついに勃発した「山形の乱」

実現不可能な「『TPP6項目(重要5品目の関税維持・食の安全・ISD条項など)』の公約順守」という大ウソをついて参院選を乗り切ろうとしていた自民党。だが、ついに恐れていたことが起きた。JAグループの政治組織「山形県農協政治連盟」が、山形選挙区でみどりの風の現職の舟山康江議員を推薦することを決めたのだ。

自民支援が当たり前の農政連が非自民候補を推すのは極めて異例。去年の総選挙で「TPP反対」を訴えて政権復帰しながら、手のひらを返すようにTPP交渉参加を表明した安倍政権に三くだり半を突き付けた形だ。

さらに1日、自民党に“決定打”を与えるような集会が山形市内で開かれた。TPP反対集会に約350人が参加したのだが、その顔ぶれがすごい。

「主催した団体は、事務局がJA山形中央会にある“『TPP断固反対』山形県連絡会議”です。消費・商業・医療・建設・労働・農林水産の21団体から成り、受付には構成団体の『JAグループ山形』をはじめ、『山形県商工会連合会』『県医師会』『県土地改良事業団体連合会』などの名前がずらりと並んでいました。伝統的な自民党の支援団体が離反したことが一目瞭然でした」(ジャーナリスト・横田一氏)

TPPに明確に反対する非自民候補をJAが推す“山形方式”が各地に広がれば、参院選の1人区がオセロゲームのように逆転する可能性は一気に高まる。自民圧勝なんて、一瞬で吹き飛ぶゾ。   (転載終わり)

【追記】
 上記記事は阿修羅掲示板に投稿されたものを転載しました。同記事は現在、同掲示板「総合アクセスランキング」「拍手ランキング」でぶっちぎりの1位となっています。

『★阿修羅♪掲示板』http://www.asyura2.com/
『参院選に異変 ついに勃発した「山形の乱」』
http://www.asyura2.com/13/senkyo148/msg/728.html

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フォレスタの「蛙の笛」

  夜の蛙(よのかわず)遠き故郷を曳(ひ)きて鳴く   (拙句)


    (『フォレスタ 蛙の笛-コンサート版』YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=_xoU5gyJgZE


 当地では早や田んぼに水が張られ早苗植え渡されたからなのか、(普段とは別ルートで)現住居に向かう近くの小河川沿いの道を夜歩いていると、向こう岸の方から川のせせらぎに負けないほど賑やかな蛙の鳴き声が聞こえてきます。
 以前の記事で書いたことがありますが、急速な宅地化のあおりを受け居住地付近から夜蛙の声が年々遠のいていきつつある現状を思うと、しみじみ懐かしい夏の夜の風物詩の一つとの感を深くします。

 そこで、と言うことばかりではなく。フォレスタの『蛙の笛』、今まで言いませんでしたが、実は私の「隠れたお気に入り」の一曲なのです。お恥ずかしい話ながら、2年前フォレスタで聴いたのが初めてだったかと記憶しています。
 以来この歌自体の良さと3女声の歌声に魅了され、気分がふさぎがちな時など季節を問わずこの歌が聴きたくなり時折り聴いてきたのでした。

 そして4月のこの歌の動画の削除以来1ヵ月余経過したちょうどぴったりのこの時期、『誰か早くこの歌をアップしてくれないかなぁ』と思っていた矢先、takeharu ueharaさんが動画アップしてくださいました。少し長くなりましたが、『チャンス到来 !』とばかりにこうして今回取り上げることになった次第です。

 『フォレスタコーラス』でもたびたび述べましたが、私は山形県内陸部の旧・宮内町の出身です。山形県は別名「蛙王国」と言われるほど(注 言われていません。今私が勝手にそう命名しただけです・笑)、まあ「蛙の笛」の賑やかな土地柄です。他に何はなくても蛙の声と漬物だけはどこに行ってもついてきました。(そうそう、冬は雪もたっぷりありました。)

 そんな中ひときわ印象深い「蛙の笛」の思い出があります。
 私が高校1年の6月中旬頃のこと。当時私は某スポーツ部に所属していましたが、同学年のS君と親友になりました。そのS君の誘いで、ある土曜日部活が終わった夕方彼の家に遊びに行くことになったのです。
 何でもS君が言うには、「オレの家さ泊ってよ、あした一緒に“あやめ祭り”見に行くべ」ということなのです。
 私の高校のあった長井市には、「あやめ公園」というあやめばかり100万株も植えられた広大な公園があります。あした(日曜日)ちょうどそこのお祭りだというのです。滅多にない機会なので、私もそれに乗っかることにしました。

 S君の家は長井市郊外の集落の中にありました。周り中を田んぼが囲む一軒ぽつんとある農家でした。けっこう堂々たる家構えで中農クラスと見ました。
 そうして彼の家の薄暗い夕暮れ時の一部屋で彼と何事かたわいない話をしていました。すると突然隣の部屋の襖が開いたと思ったら、そこから女の子の白い顔がぬっと現われたのです。一瞬ビクッとしましたが、その子は私たちのいる部屋に入ってきて、私の方を向いて「お晩です(こんばんわ)」と言ってペコっと頭を下げて台所の方へ向かって去って行きました。

 「妹だ」とS君。確かにそうには違いないが、ちらっと素早くしっかり見るに(笑)なかなか可愛い子ではありませんか。2つ違いだそうですが、私のようなハンサムボーイ(もちろん冗談です)と違うS君に、こんな可愛いらしい妹さんがいたとは。

 食事もご馳走になって、S君の部屋で寝させてもらいました。すると俄然気になり出したのが、周り中から押し寄せてくるゴージャスな「蛙の笛」です。先ほど述べたとおり山形は蛙王国ですが、その時の合唱・合奏は度を越した、空前絶後、前代未聞なものでした。
 その凄まじい鳴き声と、枕が違ったこともあってかなかなか寝つけませんでした。寝つけない理由としてもう一つ。先ほどの妹さんの白い顔がちらついて・・・。

 しかしいくらうるさいほどけたたましく鳴いている蛙の声でも、自然界の「1/f ゆらぎ」を内蔵しているのに違いないのです。人間がガナリ立てる深夜のカラオケ騒音とはまるで違います。私はいつの間にかぐっすり寝込んでいたのでした。

                       *
 『蛙の笛』は戦後間もなくの昭和21年、作詞:斎藤信夫、作曲:海沼実によって作られた童謡です。当時の国民的歌手・川田正子が歌いました。
 この二人の作詞・作曲コンビの歌としては、他に『里の秋』『ばあや訪ねて』『夢のお馬車』が有名です(みな素晴らしい童謡ですよね !) 海沼実については、『みかんの花咲く丘』の作曲者でもあることを特記しておきます。

 歌詞もメロディもシンプルながら、メルヘンチックでとっても味わい深い名童謡です。聴くほどに、ある懐かしい情感が呼び起されます。

 ここでは、斎藤信夫がこの歌の作詞した経緯について簡単にご紹介しておきます。
 斎藤は戦時中小学校の教員をしながら童謡の作詞をしていました。当時のご多分に漏れず斎藤も子供たちに「お国のために尽くせ」式の皇国教育をしていたそうです。しかし戦後その過ちに気づき、教員を辞めました。しかし戦後すぐのこと、新たな就職先がおいそれと見つかるはすがありません。 

 昭和21年(1946年)4月12日の夜ふけ、明日はどこへ出かけようと、疲れ果てて横になった寝床へ―コロコロ コロコロコロと、冬眠から目がさめたばかりの蛙のかわいい声が聞こえてきました。それが、悶々としてやるせない胸には―ガンバレヨ ガンバレヨ―と聞き取れるではないか。そうだ、蛙の言う通りだ。万物の霊長たる人間が、これしきの事で、何たるざまだ、よし頑張ろう、ついては、優しく励ましてくれた蛙たちに、思い切り早春の夜の美しい歌をプレゼントしようとして書いたのが、この「蛙の笛」(作品番号 3561)です。
 (斎藤信夫『童謡詩集 子ども心を友として』(成東町教育委員会)より抜粋)
 
                       *
 この『蛙の笛』を歌っているのが、中安千晶さん、矢野聡子さん、白石佐和子さんの3人の女声フォレスタです。3番まであるうち、1番を中安さんが、2番を矢野さんが、3番を白石さんがそれぞれ独唱しています。

 皆さん互いの声の特質を生かした素晴らしいソロですが、今回は特に1番ソロの中安さんに注目してみたいと思います。
 今年4月に削除された以前のeverstone04さん提供のこの歌の動画に、ある人が「中安千晶さん。この歌あなたにピッタリ !」というようなコメントをしていました。これに私もまったく同感です。

 最近は熟女美が加わった感のある中安千晶さんですが、この歌頃まではどこか少女の名残りが感じられ、その声質も合いまって「童謡なら中安さん」という評価が定まっていたように思います。
 それを証明するように、さらに以前のloveforestaさん提供動画のある歌に、「中安さんは平成の童謡の女王だ」というようなコメントがありました。このコメントは、その前の吉田静さんへの「平成のブルースの女王」の称号に対抗した、熱烈な中安ファンと思しき人からと思われます。
 中安さんの1番独唱、本当に「この歌の心」が理屈なしで伝わってきます。

 この歌のピアニストは大池栄里奈さんですが、しなやかな指の動きとともに、体全体でゆったりとリズムを取りながら弾いています。
 これはおそらくこの人の持ち味なのでしょう。それが際立っていたのが『オー、シャンゼリゼ』です。男声・女声コーラス陣がグルッと囲む中、中央にデンとピアノが置かれ、大池さんはまるでジャズ演奏のように軽快に体をくねらせながら熱奏していきます。

 コーラス陣がすべて歌い終わりピアノで締めるにあたって、グイと体をのけぞらせ両手をポ~ンと高く持ち上げて、「どうだ。やったぜぃ !」と言わんばかりの終わり方。私はびっくりして『大池さん。いくら何でも目立ちすぎだよ』と思ってしまいました。
 が、くり返しますが、これが大池さんの持ち味の一つというべきなのでしょう。(ですから、今後ともどんどんやってくださいね・笑)
 
                       *
 ところでこの歌の蛙は、「コロロ コロコロ」と本当に美しい笛のように鳴くようです。しかし郷里でたっぷり聴いた私の実感では、いつ聴いても「ゴロゴロ グワッグワッ」としか聴こえませんでした。土地の人間がズーズー弁であるように、田舎蛙もやっぱり訛っていたものなのでしょうか?
 と気になって、今回当地(首都圏周縁部)の準シティ蛙の鳴き声をじっくり聴き直してみました。しかしおかしいなぁ。やっぱり「ゴロゴロ グワッグワッ」としか聴き取れないのです(笑)。

 末尾ながらー。この歌が今後とも長く歌い継がれていきますように。
 それとともに、蛙や木々の緑など自然万物と共生・融合した都市形態にこの文明が一刻も早く「進化」しますように。

参考・引用
『童謡 「蛙の笛」 - 輝きの時』
http://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/60677263.html
関連情報
『長井市観光ポータルサイト』(「あやめ公園」案内)
http://yamagata.kankou-nagai.jp/ayame/
関連記事
『フォレスタの「みかんの花咲く丘』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-7a36.html

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橋下市長は米国に潰される?

 -結局は確たるビジョンのないタレント政治屋が、例のごとく口から出まかせを言ってきたことの一つが米国様に睨まれ、自ら墓穴を掘ってしまったということだろう-

 既にご存知のとおり、橋下徹大阪市長の従軍慰安婦必要&米軍風俗活用発言が国内外に波紋を広げています。
 国内では女性を中心に嫌悪感や反発が強いものがありますし、国際的には特に驚かされるのが米国の過剰とも思われる拒否反応です。

 それはどうしてなのか?を鋭く分析したのが、今回転載紹介する『日刊ゲンダイ』の孫崎享(まごさき・うける)氏コラム「日本外交と政治の正体〈4〉」です。

 詳しいことはそちらをお読みいただくとしてー。
 私がいまだに解(げ)せないのは、橋下市長がなぜ今この時期に従軍慰安婦や風俗を米軍と結びつけるような大変微妙な領域に踏み込む発言をしたのか、ということです。
 この発言以前米国政府のアジア担当者やウォールストリートのエコノミストは、競争原理(つまり新自由主義)を重視する橋下市長の政策手腕を評価しており、「将来の総理候補」とみなす日本専門家も増えていたといいます。

 しかし今回の一連の発言で米国筋からここまでイチャモンをつけられれば、直前の大阪市議会問責決議案は公明の裏切りで否決され首の皮一枚つながったとは言え、政治家としての“栄達”の道は絶たれたも同然です。
 出身母体のテレビマスコミなどから持ち上げられ、「オレ様の言うことは何でも取り上げてくれる」「オレ様は何を言っても許される」とのぼせ上がり、つい日頃思っていたことを軽い気持ちで言ってしまったものなのでしょうか?

 その意味では、橋下発言に先立つ猪瀬直樹東京都知事の、オリンピック誘致に関する憲章違反のアラブ差別発言も同類です。二人とも、国内マスコミ基準で言いたい放題言ってきた連中です。
 ついでに言えば、その戦前回帰的言動がオバマ政権や米議会から問題視されている安倍晋三首相も同じで、「不正選挙3兄弟」が揃いも揃って米国筋に睨まれた格好です。

 どうやら12・16不正選挙の大本は、米国での覇権をロスチャイルドに奪取されたロックフェラー系ジャパンハンドラーズの仕掛けだったようです。ロックフェラーは日本の政治に加担し、日本に進出して再逆転を図るつもりのようなのです。しかしいずれにせよ欧米はユダ金本家のロスチャイルドが奪い返しました。
 オバマ政権ももちろんロスチャ系です。安倍首相は「2期10年」という超遠大な政権野望を抱いているようですが、意外と短命に終わるのかもしれません。  (大場光太郎・記)

                       *
慰安婦発言で橋下大阪市長は米国に潰される   孫崎享

 米国に潰された日本の政治家のひとりに、“異色”の人物が加わりそうだ。日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長(43)である。

 従軍慰安婦問題だけなら、同じセリフを吐く自民党議員はたくさんいる。しかし、橋下氏は米軍と風俗の問題に言及した。
 5月14日付の毎日新聞は、橋下氏が記者団に語った発言の詳細をこう報じた。
〈普天間飛行場に行った時、「もっと風俗業を活用してほしい」と言ったら、米海兵隊司令官は凍り尽いたように苦笑いして「米軍は禁止している」と。建前論ではだめだ。そういうものを真正面から活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーはきちんとコントロールできない〉

 この報道に対する米国の反応は素早かった。17日の共同通信によると〈米国務省サキ報道官は、橋下市長の発言に「言語道断で不愉快だ。従軍慰安婦は重大な人権侵害」と非難した〉といい、在日米軍に風俗業者の利用を求めたことについても、米国防総省のリトル報道官が〈米軍が買春を拒否するのは言うまでもない〉と述べた、と報じた。米国側はこれ以上ない言葉で橋下氏を激しく非難したのだ。

 米国が強く反発したのは、国内で軍と性の問題が重大な関心事になっているからだ。米軍では、上官による下級女性兵士への強姦事例が次々と表面化し、大きな政治課題となっている。メリーランド州アナポリスの海軍士官学校の卒業式に出席したオバマ大統領も〈性的暴行を行う者は単に罪を犯すだけではなく、軍の強さを支える信頼と規律を危険にさらしている〉(26日共同)と発言する始末だ。そのさなかに飛び出したのが、橋下氏の「もっと風俗業を活用して」との発言だったのであり、どう考えても、米国が黙って見逃すわけがない。

 コトの大きさに慌てたのか、橋下氏もその後、必死に弁明に努めた。その最たるものが、27日の日本外国特派員協会の講演だろう。しかし、各国の記者が慰安婦と軍の関係の説明が不十分として、厳しく切り込んでいた様子を見ると、特派員は橋下氏の弁明をほとんど受け入れなかったようだ。
 諸外国の反応とは対照的に、よく考えると日本人の中で橋下氏の発言に驚く人はいなかったのではないか。なぜなら、橋下氏がその程度の人物ということは、ほとんどの人が感じていたと思うからだ。

 日本社会では今、お笑い芸人と政治家の区別がつかない。小説家と政治家の区別がつかない。人気取りだけが政治家の資質のようになってしまった。自民、民主といった既存政党に怪しさを感じる国民が多い中で、マスコミは、“第2自民党”として、橋下氏と日本維新の会を散々持ち上げてきた。
 今回の騒動で、この「欺瞞の構図」が参院選前に崩壊したことがせめてもの救いである。  (転載終わり)

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