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フォレスタの「フランチェスカの鐘」

-この歌は吉田静独唱に尽きる。「平成のブルースの女王」はこの歌元動画が初出-

    (「フォレスタ フランチェスカの鐘」YouTube動画)
     https://www.youtube.com/watch?v=Uf61SBSjrr0&nohtml5=False


 『フランチェスカの鐘』は、1948年(昭和23年)、二葉あき子が歌って大ヒットした曲です。 作詞は菊田一夫、作曲は古関裕而です。
 作詞の菊田一夫は後にNHKラジオドラマとして一世を風靡した『君の名は』の作者でもあります。古関裕而は言うまでもなく戦後昭和を代表する歌謡曲作曲家でした。二人のコンビによる曲としては、『黒百合の花』や『イヨマンテの夜』が有名です。

 二葉あき子は1949年(昭和24年)、戦後叙情歌の名曲『水色のワルツ』も歌いましたが、二葉本人はこの『フランチェスカの鐘』を終生の歌として特に大切にしていたといいます。
 確かにそうすべき重大な理由が、二葉あき子にはあったのです。この歌は彼女にとって、広島への原爆投下による犠牲者への「鎮魂歌」だったのです。
 この歌がなぜ広島原爆の鎮魂歌なのか、少し詳しく見ていきたいと思います。

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 二葉あき子は昭和20年8月6日朝、前夜の呉(くれ)での慰問を終えて、2歳の息子を疎開させていた松江に向かうため、生まれ故郷の広島駅から芸備線の汽車に乗りました。午前8時を数分回ったところで広島駅を出発した汽車は、約10分後トンネルに入りましたが、そのトンネルの中で乗客たちは「バーン」という大きな音を耳にし、強い衝撃を感じました。

 その時の汽車の位置は原子爆弾の爆心地から5km。幸いにもトンネル内を走っていたために、乗員と乗客は被災を免れたのでした。
 しかし二葉は、故郷広島で慣れ親しんだ街の景色も、恩師も、教え子も、また仲の良かった多くの友人たちも、一瞬のうちに失ってしまいました。そのことで、自分だけが逃げて生き残ってしまったという罪悪感が、彼女を責め苛むことになるのです。

 さて、この曲が発売された翌年の夏、二葉あき子は連日、有楽町の日劇でのステージに立っていました。ある日この歌を歌っているとき、客席の最後列の壁際に、多くの広島時代の友人や教え子たちが応援に来てくれているのが見えたのです。
 ステージ終了後、二葉は楽屋で友人たちが駆けつけてくれるのを待ちました。が、彼女たちはなかなか現れません。待ちくたびれそうになってようやく、二葉は気づいたのです。壁際で応援していてくれた多くの顔は、みんな被爆の日から一度も会えなくなってしまった人々の顔だったことを。

 その日から二葉あき子は、『フランチェスカの鐘』をその人たちに向かって歌い出したということです。

                        *
 この歌は歌詞をたどると分かるとおり、どこか投げやりでアンニュイな感じのする歌です。この歌のデカダン調をもっと尖鋭化すると、同時代流行(はや)った『星の流れに』になるのかもしれません。終戦(敗戦)による戦後社会の百八十度の価値観の転倒が、こういう歌のベースになっているものと思われます。
 いずれにせよ、上の事情を知らなければ、この歌を「広島のレクイエム」にするのはかなり無理な感じがします。が、二葉あき子自身にそんな感動秘話があったからには大納得です。

 ところでこの歌の発売当初は、1番と2番の間奏部に以下の台詞(せりふ)が入っていました。

  「フン・・・何でもないわ あんな人好きじゃなかったんだもの
  修道院に入るなんて バカねえあの人
  だけど何だってこの胸がこんなに やっぱりあの人を・・・
  そんな事ないわ そんな事 ハハハ ハハハハ ハハ・・・」

 この台詞を語ったのは二葉あき子ではなく、女優で歌手であり菊田一夫の妻でもあった(後に離婚)高杉妙子でした。しかしこの歌を元にした菊田一夫作の昭和24年松竹作品『フランチェスカの鐘』が映画化され、再び発売されたこの曲ではこの台詞は削除されていました。
 その後は(『フォレスタの「フランチェスカの鐘』がそうであるように)基本的に台詞なしの曲となっています。

 末尾に掲げた原盤再生と思しき動画は上の台詞入りですが、確かに高杉の声は意識的なのか“あばずれ”な感じの声で、最後の高笑いは少し突飛な感じすらします。
 それにしてもなぜ削除されたのでしょうか?不良少女がある人の感化を受けて更生していくという(曲のイメージとは違う)映画の内容にそぐわなかったから、というのが一般的解釈のようです。

 しかし二葉あき子自身が初めからこの台詞を気に入っていなかった、という説もあるようです。
 特に、彼女は日劇での出来事をきっかけとしてこの歌を「鎮魂歌」ととらえ始めた時から、この台詞を削りたかったのではなかろうか?特に高笑いはあまりにレクイエムにふさわしくないと考えたのではなかろうか?と。

                        *
 この歌のタイトルの「フランチェスカの鐘」とはどんな鐘なのでしょう?
 以前の『聖母は名もなき者を嘉し給いて』記事の中で、1960年代、北イタリアの一寒村の不治の病に臥せっていた貧しい農婦のもとに聖母マリアが現われ、病たちどころに癒え、ちょうどその時正午を告げる「アンジェラスの鐘」が響いてきた、聖母は「さあ、あの鐘とともに一緒に祈りましょう」と完治した農婦に促した、という感動物語があったけれども。

 「フランチェスカ」は、中世イタリアはアッシジの聖フランチェスコを連想させます。だとすると、フランチェスコ会修道院がありますから、同会系教会で鳴らされる(キリスト教最大の)同聖人を讃える鐘のことなのでしょうか?
 しかしそれにしては「フランチェスカ」は女性名詞だというし。

 こだわってなお調べましたら、このタイトルの謂(いわ)れが分かりました。
 この歌を作詞した菊田一夫自身が種明かししていたのです。「(フランチェスカという言葉は)俺の好きな発音だったから使っただけなんだよ」
 な~んだ、そうだったのか。実在する鐘の音ではなかったのか。
 されど「隻手(片手)の(鳴らす)音を聞け」という禅の公案のではないが、実在しないはずの「チンカラカンの 鐘の音」とは、これいかに。

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 やれやれ、やっと『フォレスタの「フランチェスカの鐘』にたどり着きました(苦笑)。

 この歌を吉田静さん、中安千晶さん、白石佐和子さんの3女声が、彼女たちの感性でとらえ直した『フランチェスカの鐘』にリニューアルして歌っています。

 コーラスを受け持っている白石さん、中安さんももちろんこの歌を気に入って、楽しんで歌っているようです。しかしこのコーラス曲は、吉田さんの独唱に尽きると思います。この歌は吉田さんの声質にぴったりマッチしているのか、非の打ちどころのない完璧な歌唱と言ってよさそうです。極論すればこの歌は、
 「吉田静の吉田静による吉田静のためのフランチェスカの鐘」

 この歌をはじめ『別れのブルース』『異邦人』『桑港のチャイナ街』などなど。新参ファンの私には分かりませんが、その頃からのフォレスタファンは、吉田静という超新星の出現に少なからず驚いたのではないでしょうか?
 この歌の以前の動画に、どなたかが「吉田静さんは“平成のブルースの女王”だ」と、絶賛コメントしたのもうなずけるところです。

 この歌のピアニスト吉野翠さんの演奏も光っています。全体を通して「吉野リズム」が軽快に刻まれていきます。『赤いランプの終列車』と同じく、この歌でも「吉野翠ここにあり !」とアピール十分な間奏もじっくり楽しめます。

 この歌をライワークにしていた二葉あき子さんは、つい先年(2011年)お亡くなりになりました。しかし相前後して吉田さんをはじめとした女声フォレスタが、(はっきり言って)二葉さんを超える歌唱、コーラスによって平成の今日に蘇らせました。
 それによってこの歌がこの先も歌い継がれていくことが確定したわけで、泉下の二葉さんも喜んでおられることでしょう。

 吉田静さんには、テンポの早いこの時代、ともすれば時の古層として埋もれ忘れ去られがちな過去の名歌謡曲をどんどん表層に出して、新たな歌唱の光りを当てて世に知らしめていってもらいたいものです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『webコラムマガジン「のらり」■店主の分け前~パーマンの心にうつりゆくよしなしごと-』など
http://www.norari.net/bar/063011.php
関連動画
『二葉あき子「フランチェスカの鐘』(傷が激しくかなり雑音あり)
http://www.youtube.com/watch?v=HS_w4666Lfc
関連記事
『聖母は名もなき者を嘉し給いて』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-02e5.html
『フォレスタの「赤いランプの終列車」』
http://www.youtube.com/watch?v=amAdmEM1FSo

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