シェイクスピア『リチャード三世』
-虚像を実像のように描き尽くし、後世に定着させたシェイクスピアの力恐るべし-
シェイクスピア作『リチャード三世』(木下順二訳、岩波文庫)、5月5日こどもの日に読了しました。なるべく早く感想を記事にしようと考えていましたが、片や本作品のテーマはイングランド王の王位を巡る壮大な権力闘争であるのに、片やこちとらは低レベルな一個人の「生存維持のための」闘争に追われ(苦笑)、結局今頃になってしまいました。
初めは、シェイクスピア四大悲劇のうちまだ読んでない『リヤ王』か『オセロ』を読むつもりが、図書館で当たっているうち『リチャード三世も面白ろそうだぞ』となり、にわかに方向転換したのでした。
読んだ結果は、期待に違わず面白いものでした。以前も述べましたとおり、最近とみに遅読がちな私にしては比較的短期間で読み終えたのが何よりの証拠です。
この作品は『ヘンリー六世』第一部から第三部に次ぐ第四作目と、シェクスピア初期の作品です。そして現在までのシェクスピア研究の結果、『ヘンリー六世』三部作は合作説などいろいろ議論があり、その点『リチャード三世』(1592~93年)はシェイクスピア単独作として公認されている作品だそうです。
だからこの作品は、以後のシェイクスピア劇の嚆矢となったと考えてもよさそうな記念碑的作品であるのです。
とにかく何が面白いかって、主人公のグロスタ公リチャード(後のリチャード三世)は己の内に巣食うマムシのような王位簒奪の野望のために、とにかく片っ端から人を殺していくことです。リチャード自身が王家の血筋の出自ですから、殺す対象は平民ではなく貴人となるわけです。弁舌と謀略の才によって、片っ端から「貴人殺し」を計画、実行していくのです。
第一幕から第五幕まであるこの劇は、のっけからリチャードの兄のクラレンス公ジョージを殺すための謀略の独白から始まります。
ここでこの史劇の時代背景を簡単ご紹介します。
背景となったのは英国史上名高い「薔薇(ばら)戦争」です。薔薇戦争は、1455年から85年まで30年間、イングランド中世諸侯によって起こされた内乱でした。
集約すれば、白薔薇を紋章とするヨーク家と紅薔薇を紋章とするランカスター家との王位争奪の戦いです。そしてシェイクスピアにおいては、『ヘンリー六世』三部作が同戦争の発端を、そして『リチャード三世』がその終結を描いた作品であるのです。
さすがは「いいとこ取り」のシェイクスピアさん、実においしいところに目をつけたものです(笑)。
「薔薇戦争」とはまた美しい命名ですが、歴史上のどんな戦争も美しかったためしなどなく、この戦争も実態は血で血を洗うドロドロの内戦なのでした。そんな終結点にふさわしいと言えばいいのか、ヨーク家最後の王となるリチャード三世は、容貌怪異な恐るべき魔王として描かれています。
兄殺し、王殺し、妻殺し、諸侯殺し、極めつけはかのロンドン塔に幽閉した年端のいかない甥に当たる幼王殺し。自分が王になるためには手段を選ばぬ、狡猾、残虐非道さです。
シェクスピアでよく似たモチーフとしては『マクベス』が挙げられます。確かにシェイクスピア後期作品の『マクベス』は「王殺し」という大罪を犯し、その心の内面の葛藤にまで迫る、近代性を先取りしたような優れた心理劇でもあります。
しかし『リチャード三世』における悪のパワーは桁違いで、11世紀スコットランド王マクベスの罪などまるで児戯のようです。後期の四大悲劇のような円熟味はないものの、登場人物も多彩で、シェイクスピア一流の華麗な比喩の言葉や警句が散りばめられ、ドラマとしての面白みが十分堪能できます。
なお、この上ない個性的なキャラクターのリチャード三世は、ハムレットと並ぶ演じ甲斐のある役とされてきました。代表例は、(映画『ハムレット』で世界的名声を博した)イギリスの名優サー・ローレンス・オリヴィエです(1955年映画『リチャード三世』)。
シェイクスピアのこの劇では、サタンの化身かと見まごうばかりのリャチャード三世ですが、史実としてはどうだったのでしょうか?
(詳しい経歴は省きますが)結論としてリチャード三世は、せむし男だったのは確かなようですが、逆に正義感が強く兄王のエドワード四世思いで、王殺しや甥殺しなどはしていないようなのです。
ただ悲劇的だったのは、(この劇の終幕となる第五幕でも描かれていますが)1485年8月、ランカスター家のリッチモンド伯ヘンリー・テューダー(後のヘンリー七世)がフランスから侵入し、ボズワースの戦いで決戦となり、リチャード三世は味方の裏切りによって(王としては珍しく)戦死したことです。遺体は当時の習慣にしたがって丸裸にされ、晒されたのです。
後世に至るまでの希代の奸物としてのリチャード三世像は、実にシェイクスピアのこの『リチャード三世』によって定着したものなのです。
ヨーク王朝最後の王リチャード三世は、ヘンリー七世が開いたテューダー王朝の敵役です。そしてシェイクスピアの活動期は、テューダー王朝の流れを汲むかの(トカゲの)女王エリザベス一世の治世下だったのです。
いずれにせよ、「シェイクスピアの力恐るべし」と言うべきです。
(大場光太郎・記)
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