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梅雨晴れ間(4)

  少年のあの日に似たり雲の峰   (拙句)


 ブログ開設年の2008年以来の『梅雨晴れ間』続編です。

 6月のイメージはどんより曇ったりしとしと雨の日が続く梅雨模様をつい連想しがちです。そういう日が多いのも確かですが、ある日からっと晴れたりでもすると、

  六月を綺麗な風の吹くことよ   正岡子規

という何度も取り上げた秀句のように、図らずもすがすがしい気分にさせてくれる爽やかな一日に恵まれることがあります。
 15日土曜日はまさにそんな日でした。

 「六月の綺麗な風」の中、夕方外出しました。バスで本厚木駅に向かうためです。4時過ぎ駅前でバスを降りました。同駅の北口広場に行くべくスクランブル交差点を渡っていると、タクシー待機場に接した広場で男性がしきりに一席ぶっている姿が目に入ってきました。「民主党神奈川県連代表の○○です」というようなことを言って、演説を始めるようです。
 見れば近くの柵のところに、神奈川参院選挙区民主党候補者(現参院議員)の牧山ひろえ(人名はすべて敬称略)のポスターが掲げられています。

 夏の参院選の前哨戦は既に始まっているわけです。いかな没落民主党といえども党の命運を決する国政選挙ですから必死なのでしょう。
 同広場の入り口付近で、図体の大きなワイシャツ姿の浅黒い男が土曜日の夕方でごった返す通行人にチラシを配っています。『後藤祐一だ』とすぐに分かりました。当神奈川16区(衆院)選出の後藤も、同僚の牧山議員の応援に駆けつけているようです。

 政権交代のかかった2009年衆院選では、当時熱心な民主党支持者だった私は迷うことなく彼に一票を投じました。同選挙戦時、同じくこの広場で夕方や夜に後藤候補と会い2度ほど握手もしました。
 後藤祐一は地元出身が売りの一つで、神奈川県でも有数の名門校である厚木高校から東大法学部、通産省(現・経産省)入省と絵に描いたようなエリートコースを歩んで、30代半ば頃政治家に転身した人物です。

 しかし計算づくのこの野郎(衆院議員の同先生、失礼 !)、09年選挙時は小沢一郎の選挙スタッフにさんざん世話になりながら、その後陸山会問題が火を噴いた途端態度を豹変させ、若手議員の小沢批判の急先鋒に転じたのです。
 その時から『コイツは許せん』となり、前回は入れませんでした。

 後藤は結局昨年末衆院選で、自民党の落下傘候補のあの「ヤンキー先生」こと義家弘介に選挙区では敗れたものの、比例区で復活当選を果たしました。当時政権与党だった民主党候補の歴史的大惨敗にも関わらず議員を維持できたのですから、政治的実力有りと見るべきなのでしょう。

 ・・・そんな経過があったもので、後藤祐一は私にも渡そうと近寄ってきましたが顔も見ずに素通りしました。
 2、3歩歩いたと思ったら、左から一人の女性がスッと現われ、「まきやまひろえです」と両手を差し出してきたではありませんか。
 『当の牧山先生自らのお出ましかよ』 見るとポスターでは色白ですが、連日の外回りで日焼けしたのか少し浅黒い顔に目がランランと輝き見るからにエネルギッシュな感じです。

 アッという間でありその迫力にも負けて私もつい右手を出してしまいました。両の手で握りしめながら、「よろしくお願いします」と牧山候補。やはり国政レベルの候補者ともなると常人にはないパワーが感じられます。

 『あれから6年かぁ』 駅構内方向に歩きながら思いました。
 6年前の参院選も民主党候補者は同じ牧山ひろえでした。同選挙戦たけなわの頃のある夕方、同候補の応援にこの北口広場に当時の民主党幹部が集結したことがあったのです。事前に知っていた私も当日その場に居合わせました。

 今神奈川県連代表が演説をぶっている同じところに大きな選挙カーをドンと乗り上げ、その上で一人ひとりが応援演説をぶちました。
 岡田克也、菅直人そして最後に当時党代表だった小沢一郎。終始選挙カーの上にい続けたのは当時幹事長だった進行役の鳩山由紀夫でした。もう一人馬渕澄夫も来ていましたが、若手の彼は演説には上がらず、下でチラシ配りに徹していました。
 当時の小沢民主党は日の出の勢い。来るべき政権交代を期待してか、夥しい聴衆が聴き入っていました。私はその輪の後ろの方、10メートル以上離れたところで聴いていました。

 09年秋に政権交代を果たしてから、結局この中から鳩山、菅という二人の首相が生まれたわけです。その時は結束の固い一枚岩に思えたんだがなぁ・・・。
 その結束を破るきっかけとなったのが、検察とマスコミという官報複合体が仕掛けた「小沢抹殺」の世紀の大謀略です。それが謀略であることなど百も承知で「小沢排除」を仕掛けたのが、ここには来なかった仙谷由人、前原誠司、枝野幸男、渡部恒三、江田五月らです。

 小鳩退陣後実権を握った菅や岡田もそれに目一杯与し、小沢を党員資格停止処分にして政治的座敷牢に閉じ込めました。
 その結果特に3・11大震災&福島第一原発事故以降の民主党政権のグチャグチャ、迷走ぶりは目を覆うばかりの大惨状。「ダメな野田」政権がとどめとなって政権の座から転落しました。期待が大きかった有権者ほど落胆も大きく、もう二度と民主党など支持しないことでしょう。

 と言うわけで牧山ひろえ候補、(6年前は入れました)折角握手していただいたものの今回入れるかどうかは分かりません。生活の党やみどりの風の候補者が立てばそちらを最優先、もし立たなかったら清き一票投じませう。

 (大場光太郎・記)

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