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フォレスタの「ローレライ」

-ライン川の最難所の岩に類い稀な妖精伝説を描き出した「人間の想像力」に脱帽-

    (「フォレスタ ローレライ」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=uJzPcDG-7dQ


   ローレライ
             近藤朔風訳詞

一、
  なじかは知らねど 心わびて、
  昔の伝説(つたえ)は そぞろ身にしむ。
  寥(さび)しく暮れゆく ラインの流(ながれ)
  入日に山々 あかく映(は)ゆる。
二、
  美(うるわ)し少女(おとめ)の 巖頭(いわお)に立ちて、
  黄金(こがね)の櫛(くし)とり 髪のみだれを、
  梳(す)きつつ口吟(くちずさ)む 歌の声の、
  神怪(くすし)き魔力(ちから)に 魂(たま)もまよう。
三、
  漕ぎゆく舟びと 歌に憧れ、
  岩根も見やらず 仰げばやがて、
  浪間に沈むる ひとも舟も、
  神怪き魔歌(まがうた) 謡(うた)うローレライ。


 ドイツの古い伝承というより、「ロビンフット」「ニーベルングの指環」「ハーメルンの笛吹き男」などと並んで西洋の中世伝説の一つとして名高いのが「ローレライ伝説」です。
 同伝説にはさまざまなバリエーションがありますが、19世紀ドイツロマン派の天才詩人ハインリヒ・ハイネがローレライ伝説の決定版となるような詩『何がそうさせるのかわからないが(なじかは知らねど)』(1827年刊のハイネの代表的詩集『歌の本』に収録)を作りました。

 この詩に1838年、ドイツの作曲家フリードリヒ・ジルヒャーが曲をつけたことによってローレライ伝説は世界的に知られることになりました。この歌が今回取り上げる『ローレライ』です。

 折角の機会ですから、「ローレライ」「ローレライ伝説」についてもう少し詳しく見ていくことにしましょう。


       ライン川に聳えるローレライ

 ローレライ(ドイツ語;Loreley)は、ライン川の流域の町ザンクト・ゴアルスハウゼン近くにある、水面から130mほど突き出た岩山のことです。
 スイスと北海をつなぐライン川の“川下り”はドイツ観光としても有名ですが、この岩山はライン川の中でも最も狭い所となっています。そのため流れが速く、また水面下に多くの岩が潜んでいることもあって、かつては航行中の多くの船が事故を起こし、多くの船乗りが命を落としたといわれています。

 このようにローレライ付近は航行の難所であることから、「この岩山に佇(たたず)む美しい少女の妖精が船乗りたちを魅惑し、船が川の渦の中に飲み込まれてしまう」という言い伝えに転じ、ローレライ伝説が生まれました。
 こうして「ローレライ」は、その岩山を指すと同時に、この岩の妖精の名としても呼ばれるようになったのです。


          ローレライ像

 伝説には幾つものバリエーションがあるものの、おおむねは以下のとおりです。
 昔、この岩の上に憩うひとりの美しい水の精が、いつも黄金の櫛(くし)で髪を梳(す)きながら不思議な妙(たえ)なる歌を歌っていました。この岩を通りかかった船乗りがその歌声に聴き惚れ、舵を取るのも忘れ、岩に船を打ちつけて川の淵に沈んでしまった、というのです。

 もともとローレライは見る者を虜にせずにはおかないほどの美女でしたが、そのため多くの男たちの面目を失わせてしまうこともありました。そのため裁きの場に出された彼女は、不実な恋人の裏切りに絶望していたこともあって、死を願うものの適わず修道院に送られることになりました。道中、最後の思い出に岩山から恋人がかつて住んでいた城を見たいと願いで、岩山の上から身を投げて水の精になったのでした。

                        *
 冒頭に掲げた日本語訳は明治42年(1908年)、近藤朔風(こんどう・さくふう)が訳詞したもので、当時『女声唱歌』に発表されました。近藤朔風がシューベルト作曲『菩提樹』の訳詞者でもあることは、最近の『フォレスタの「菩提樹」』で見たとおりです。

 近藤朔風訳詞は、今の私たちには難解な表現があるものの、古語的荘重な彼の訳詞はむしろ「神怪き」ローレライ伝説をいやが上にも高める効果をもたらしているように思われます。
 ハイネの原詩を理解し得るドイツ語通は別格として、通常の日本人である私たちには近藤朔風訳詞をもって「ローレライ伝説、ここに極まれり」と言っていいのではないでしょうか。

                        *
 フォレスタの「ローレライ」。小笠原優子さん、白石佐和子さん、矢野聡子さん、中安千晶さんという4人の初代女声フォレスタによるコーラスです。あらためて感じましたのは、この歌に限らず、国内外の叙情的名曲の多くを初代女声は歌ってくれていたんだな、ということです。

 この4女声がお立ち台の上で一塊りとなって歌っていて、さながら岩山の巖頭に立っているような感じです。床面から立ち上るドラアイスの煙はさしずめライン川の流れ。全体のブルーの配色といい、この歌の雰囲気がよく出ているステージ演出だと思われます。
 以前取り上げた『湖畔の宿』のシチュエーションを思い出してしまいました。

 今回この歌をあらためて聴き直して、私は『皆さん、ローレライのようだ』と感じました。同じように感じた人がおられるようで、この動画コメントとして、
 「4人のローレライ・・・・・」
というのがありました。

 1番から3番まで4女声によるフルコーラスです。しかし思いますに、どこかで(例えば2番で)どなたかの(私なら小笠原さんか中安さんの)ソロがあった方がよかったような気がします。総指揮の杉本龍之先生(?)も当然そうお考えになったのではないでしょうか。
 ただそうなると、ソロを歌った人が「Der Loreley」(「ザ・ローレライ」)ということになり不公平になってしまい、結局フルコーラスという線で落ち着いたのでしょうか? 

 と、素人がついおかしなことを言ってしまいましたが、フルコーラスの4女声の歌声、高低のメリハリもしっかり利いていて、じっくり味わえる良いコーラスです。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『ウィキペディア』-「ローレライ」の項など(画像も拝借)
関連記事
『フォレスタの「菩提樹」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-f514.html
『フォレスタの「湖畔の宿」』  
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-d05e.html     

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