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川田孝子「ばあやたずねて」

-メルヘン調でありながら日本の心忘れず。詞曲とも、この歌本当に「なつかしいよ」 !-


    (「ばあやたずねて (童謡) 川田孝子」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=Ib5yWrg0N3U


 『里の秋』『蛙の笛』などとともに、この歌も作詞;斎藤信夫、作曲;海沼実のコンビによる童謡です。

 私がこの歌を知ったのはほんの数年前のことでした。当時頻繁に訪れていた音楽サイト『二木紘三のうた物語』で初めて聴いたのです。
 『うた物語』は二木先生制作によるmp3演奏ですから、冒頭に掲げられている歌詞は流し読み、まずメロディとして聴いたのだったかと記憶しています。何となく郷愁を感じさせる曲調に惹き込まれ、歌詞をあらためて読み直したのでした。

 斎藤信夫(1911年~1987年)がこの童謡の詞を作ったのは、教員をしていた昭和16年(1941年)だったようです。しかし戦争に向かいつつあったこの時代、特に昭和8年頃から名童話雑誌『赤い鳥』が廃刊に追い込まれるなど、童話・童謡受難の時代でした。
 特にこの詞を作った昭和16年は12月に日米戦争が始まってしまい、なおなお童謡どころの騒ぎではなくなるわけです。そんな中、斎藤は子供たちに皇国史観を教えはしましたが、同時に童謡の詞も密かに作っていたのです。

 これは作曲した海沼実にも言えることです。
 長野県出身の海沼実(1909年~1971年)は、同郷の先輩作曲家の草川信に憧れて、25歳のとき音楽家を夢見て上京してきたのでした。生活困窮の中、東京音楽学校(現東京音楽大学)で苦学中に見つかった薄給の仕事は子供たちへの音楽指導。

 それを基に誕生したのが日本で最も長い歴史を持つ児童合唱団「音羽ゆりかご会」(一時「コロンビアゆりかご会」とも)。後にこの歌を歌うことになる(そして継子でもある)川田正子、川田孝子姉妹も、この合唱団で育ったのでした。

 海沼は「音羽小国民合唱團」(戦時中呼称)を通して、戦争中も童謡の灯を消さぬよう必死の努力をしています。
 童謡抑圧の暗い戦争から解放された終戦と同時に、海沼実、斎藤信夫という二人の優れた童謡作家が結びつきます。すなわち、コンビの不朽の名童謡『里の秋』『蛙の笛』『ばあやたずねて』などが、堰を切ったように立て続けに発表されたのです。

 『ばあやたずねて』は、昭和21年(1946年)発表のようです。
 当初歌ったのは、『里の秋』や『みかんの花咲く丘』(作詞は加藤省吾)で一世を風靡した姉の川田正子でしたが、現在YouTube動画としてあるのは妹の川田孝子(+コロンビアゆりかご会)の歌ったもので、しかも秀逸なので今回採用しました。

 ここで、 ばあや【婆や】とは、「年とった女の召し使いや乳母(うば)。 また、その人を親しんで呼ぶ語。⇔じいや.」という意味です。平安朝の皇族・貴族から後代の武家、戦前までの比較的豊かな家庭に至るまで、老女の召使い(ばあや)を雇い子女の養育を手伝ってもらう習慣がこの国にはあったのです。

 この歌を作詞した斎藤信夫は、千葉県山武郡南郷町五木田(現・成東町)の出身ですが、16歳にして千葉師範学校(現・千葉大学)に進んでいるくらいですから、比較的裕福な家庭に育ったのでしょう。
 だからこの歌詞は、斎藤自身の幼時(大正時代)の懐かしい思い出を元にして作られたと見て差し支えないのではないでしょうか。

 栗の花の香る6月のある夕暮れ時、ばあやの里を訪ねたのです。「森かげの 白い道」の向こうのばあやの里は、いかにもメルヘンチックです。しかし実際の里は貧しい一山村、ばあやの家は藁葺き屋根のそれこそ粗末な農家造りだったに違いありません。
 しかし後に優れた作詞家になるべき少年の純粋な心は、貧しさも粗末さも見ずに、ただただメルヘンに彩られた美しい桃源郷として心の奥深くに刻み込まれたのです。

 実際は斎藤自身の幼児体験によるとしても、歌詞全体の柔らかい感じから、やはりこの歌は、女の子がばあやの里を訪ねた、というシチュエーションの方が合いそうです。
 それからして、川田孝子とコロンビアゆりかご会(音羽ゆりかご会)のこの歌声は何とも絶品なのです。

 (仔細には分かりませんが)1番は、コロンビアゆりかご会の少女合唱でしょうか。同会は、後にウィーン少年合唱団来日の折り一緒に合唱したり、児童合唱団としては日本ではじめてNYのカーネギーホールでのコンサートをしたほどの実力があるといいます。
 さすがに良い少女コーラスです。ウィーン少年合唱団に負けないほどの「天使の歌声」です。

 2番は川田孝子の独唱です。少女合唱よりは年長の感じで、彼女20代頃の歌声でしょうか。
 偉大なりし姉の陰に隠れがちですが、どっこい歌唱力はなかなかのものです。それもそのはずで、当時川田孝子は他の童謡歌手よりも非常に声量豊かであった、と評されていたそうです。姉の正子のような変声期もなく、NHK紅白歌合戦にも2度出場したそうです。
 
 3番は、川田孝子+コロンビアゆりかご会による合唱です。とにかく良いコーラスで、何度でも繰り返し聴きたくなります。

 私の率直な感想として、『蛙の笛』やこの『ばあやたずねて』などは、童謡が不調だった昭和前期を吹っ飛ばして、優れた大正期童謡群に直結すると思います。斎藤信夫も海沼実も、童謡の原点として、大正期の『赤い鳥』などから生まれた数々の名童謡を絶えずお手本にしていた跡が認められるように思われるのです。

 その時代が良い時代か、悪い時代か。見分け方は実に簡単です。童謡が盛んに作られ歌われる時代は良い時代。童謡が奮わず抑圧される時代は悪い時代。

 (大場光太郎・記)

関連動画
『N85.ばあやたずねて-川田正子.mp4』
http://www.youtube.com/watch?v=B1zVdd6SIx8
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