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フォレスタの「宵待草」

    (「フォレスタ 宵待草」YouTube動画)
     https://www.youtube.com/watch?v=aVF_6_E3dWk


     宵待草    作詞;竹久夢二、作曲;多忠亮

   待てど暮らせど 来ぬ人を
   宵待草の やるせなさ
   今宵は月も 出ぬそうな


 『宵待草』、懐かしいですね ! どうしてかと言うと、私は高校時代、詩の手帳にこの詩を書き込み、歌もよく口ずさんでいたからです。高校生が『宵待草』?少し奇妙にお思いかもしれません。が、当時少し近代日本文学をかじっていた者からすれば、鴎外、漱石、龍之介、晩翠、藤村、露風など明治・大正期の小説や詩は、今の若者が感じるよりずっと近く、親しい作品世界だったのです。

 叙情的と言おうか、耽美的と言おうか。この歌のような「恋を恋する」少し困った傾向が私の中にあって、この歌や同時期の『出船』などは当時の私の感性にぴったりフィットしたのです。

 作詞者の竹久夢二(明治17年・1884年~昭和9年・1934年)は、生存時から「美人画」の画家として広く知られ、今日でもその評価は変わりません。しかし同時に夢二は、詩、歌謡、童話なども多く創作しました。中でもこの『宵待草』は、夢二のその分野の代表作と言っていい作品です。

 活動のピークが大正時代であったことから、竹久夢二は「大正浪漫(大正ロマン)」の代表的人物とみなされることもあります。
 私はまた松井須磨子の『カチューシャの唄』や『ゴンドラの唄』もお気に入りでしたが、それに『宵待草』『出船』と来れば、昭和40年代初め頃の私は「生まれぬ先の昔恋しき」とばかりに、大正浪漫的雰囲気になぜか心惹かれていたようなのです。

                        *
 この歌が生まれることになった背景など、なかなか興味深いものがありますので、以下簡単に見ていきたいと思います。

 『宵待草』には、竹久夢二自身のロマンスが秘められています。
 夢二は多くの美人画を残しているように、50歳足らずの生涯は羨ましいほどの「恋多き人生」でした。
 代表的女性として、夢二が最初に結婚した「たまき」(岸他万喜)、たまきと分かれた後京都で同棲した「彦乃」(笠井ヒコノ、別名山路しの)、人気モデルだった「お葉」(永井カヨ子、かねこ)などがいます。

 しかし『宵待草』に関わる女性は上の3人とは別の女性で、実ることなく終わったひと夏の恋の名残の歌なのです。 



 明治43年(1910年)夢二27歳の夏、協議離婚してからよりを戻した岸たまきと長男を伴って房総半島に避暑旅行をしました。そこで、たまたま成田から来ていた秋田出身の長谷川カタ(当時19歳)と出会い、たまきという連れがいるのに一目惚れ、何度かの逢瀬の時を持ったのです。

 しかしこの恋が結ばれることはありませんでした。夢二は家族を連れて帰京し、長谷川カタも成田へ戻り、娘の身を案じた父親が結婚を急がせたのです。
 翌年再びこの地を訪れた夢二は、彼女が嫁いだことを知り失恋を悟ったのでした。
 この海辺でいくら待っても現われることのない女性を想い、悲しみに耽りながら、宵を待って小さな花を咲かせるマツヨイグサ(待宵草)に想いを託し、この詩を着想したのです。

 

 その時の「宵待草」原詩は以下のとおりです。

    遣る瀬ない釣り鐘草の夕の歌が 
    あれあれ風に吹かれて来る
    待てど暮らせど来ぬ人を
    宵待草の心もとなき

 それを大正2年(1913年)11月、絵入り小唄集『どんたく』を出版し、その中の一節に『宵待草』を現在の三行詩として発表しました。この詩に着目したのがバイオリニストの多忠亮(おおの・ただすけ)で、大正6年(1917年)曲をつけ芸術座音楽会にて発表したのです。
 そして翌大正8年(1918年)夢二34歳の時、『宵待草』は夢二の表紙画でセノオ楽譜の一編として発刊されました。それによってこの歌はたちまち日本中に広がり、多くの人の心を捉えて口ずさまれ、後々まで歌い継がれる不朽の名作となったのです。
 
                         *
 『フォレスタの「宵待草」』。コーラスの主役はステージ前面で独唱している、女声フォレスタニューフェイスの内海万里子さんです。

 この歌への思い入れの深い私は、聴く前は、『独唱は吉田さんか中安さん』と密かに思いましたが、いざ聴いてみると新人ながら内海さんのソロ、堂々とした歌唱で十分聴かせてくれます。
 かえって白石佐和子さん、吉田静さん、中安千晶さんという3人の先輩が後ろに控えてバックアップしていることが、このコーラスに得も言われぬ奥行きを与えたかな?と思わないでありません。

 このコーラスは夢二の三行詩を2度くり返す構成ですが、その2度目のリフレインが圧巻です。特に驚かされたのは、「宵待草のやるせなさ」のパートで、いきなり一オクターブ上げての内海さんの歌唱です。
 初めて聴いた時びっくりして、私は思わず「おらハ、ぶったまげだな~ !」と、最近ではもう滅多に出て来ない郷里の言葉が飛び出しそうになりました(笑)。

 たとえば同パートでの内海さんの超高声と、吉田さんのアルト領域に迫る低い声と。その声域の落差たるやもの凄いものだと推察されますが、そういう歌唱の妙がこのコーラスに深みと重厚さを与えているように思われます。

 一般ファンの間では、内海万里子さん歌唱曲として『三百六十五夜』の方が人気が高そうです。しかし私個人的には、内海さんの代表曲として(今のところ)この『宵待草』の方を推したいと思います。 

 (大場光太郎・記)

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コメント

始めまして、突然メールで失礼致します。

私も本当にフォレスタの突然の削除には落胆している者でございます。私の場合ほんの2,3曲を愛聴致して降りましたが、中でも「山のロザリオ」転調バージョンと「思い出のグリーングラス」が大好きでした。胸締め付けられるほどに、昔の忘れられない日に戻される歌詞、そしてハーモニーの美しさには、一種の麻薬のような・・・これを聴かずして眠れぬほどの存在でになって降りました。
この2曲のためにdvdを購入する気にもなれず、ほんとに思い出をもぎ取られた感じさえしています。。。

投稿: yasuko | 2014年8月 7日 (木) 13時35分

yasuko様

 フォレスタに関する貴重な情報をお寄せいただき、大変ありがとうございます。

 私としたことが、お恥しいことに、yasuko様にお知らせいただくまで、フォレスタ動画が削除されていることをまったく知りませんでした。先月下旬頃からフォレスタ動画を聴くことはおろか、自分のこのブログすら満足に構ってやれない状態でしたので。

 早速チェックしてみましたが、ヒスクジクさんやウメボシンブさんご提供動画など、軒並み削除。ほぼ全滅に近いですね。大変ショッキングで言葉もありません。特に私の場合は、フォレスタ動画に拠ってフォレスタ記事を綴ってきただけに、『今後どうしようか?』、切実な大問題です。

 「山のロザリオ」転調バージョン「思い出のグリーングラス」が大好き、とのこと。心中お察し申し上げます。

 今回の「削除事件」につきましては、近いうち記事にするつもりです。よろしかったら、そちらもお読みください。

投稿: 時遊人 | 2014年8月 8日 (金) 09時48分

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