« 朗報か?安倍政権「集団的自衛権」に牽制の動き | トップページ | 宮脇昭博士、「森の防災力」を語る »

フォレスタの「赤とんぼ」

     (「フォレスタ 赤とんぼ 旧バージョン」Youku動画)
      http://v.youku.com/v_show/id_XMzI0MTc0Mjgw.html?from=y1.2-1-95.3.13-2.1-1-1-12 
     (「フォレスタ 赤とんぼ 新バージョン」YouTube動画)
      (この動画は削除されました。)
      


   赤とんぼ心の空を飛びしなり   (拙句)

 残暑はまだまだ続いているものの、間もなく九月の声を聞こうかという頃合い、ピーク時のような暑さは和らぎ、そこはかとなく秋の気配が感じられます。夕方ともなると秋風めく心地良い風が吹き渡り、方々の草むらでは涼しげな虫の声も聞かれます。
 西の方に傾いた夕日を浴びながら、透明な羽を日にきらめかせて飛ぶ赤とんぼの姿もちらほら見られます。



 初秋の風物詩である赤とんぼですが、都市開発のあおりを受け、当地でも市街化区域内の田畑はどんどん宅地化され、年々数が少なくなってきました。数匹群れて飛んでいればめっけもの、単独飛行を目にしただけで良しとしなければならない現状です。

 私の子供の頃はそうではありませんでした。
 それは、東京タワーができたオールディズ昭和の頃のこと(昭和33年秋)。花の東京を離れること何千里(実際は約400キロ)の北の郷里町では、その季節夕方の空低く赤とんぼの群れが飛び交い、空を覆い尽くさんばかりでした。
 地方出身のご年配の方なら同意していただけるものと思いますが、これは誇張でも何でもなく実際そうだったのです。

 ただ郷里町でも、その頃をピークとして赤とんぼの数は徐々に減っていき、空を覆い尽くすことはなくなりました。山形の内陸部の小さな町で当時大規模開発などありませんでしたから、あの頃さかんだった農薬散布が自然の生態系に深刻な影響を及ぼした結果だったのかもしれません。

                       *                      
 『赤とんぼ』を作詞したのは詩人の三木露風です。大正10年(1921年)、童謡集『真珠島』に発表されました。
 その頃夕暮れ時に飛ぶ赤とんぼを見て、故郷の兵庫県揖保郡龍野町(現・たつの市)での子供時代の思い出が甦ってきたのです。だから『赤とんぼ』の歌詞は、それにまつわる子供時代の回想と、現実の赤とんぼのさまとを交錯させた内容となっています。

 1番の「夕焼小焼の赤とんぼ」を人に背負われながら見たのも、2番の「山の畑の桑の実を 小籠に摘んだ」のも、幼時の露風自身なのでしょう。


 
 なお「桑の実」がピンと来ない世代の方がおありかもしれません。上はその画像です。露風は詩的にも「小籠に摘んだ」ようです。が、食糧難の幼時(昭和30年前後)の私は、太郎村のあちこちの桑の実を探して委細構わず摘み取っては、片っ端から口に入れて食べました。(トロッと甘酸っぱい乙な味なんだなあ、これが。)
 そんなことをしても、誰も「不法侵入だ」などと言わない良い時代でしたね(笑)。ただ食べ過ぎると果汁が唇や舌や指に染み付いて、しばらく紫色になったままなのが玉に瑕(きず)でした。

 この歌で最も印象深いのが3番です。
 「十五で姐やは嫁に行き お里のたよりも絶えはてた」

 この歌の「姐や」とは、露風の生家に住み込んで露風らの世話をしてくれていた人のようです。すると、1番で幼時の露風を負ぶってくれたのもこの姐やだったと推察できそうです。実の姉のように慕っていたであろう姐やはしかし、十五でどこかのお里に嫁に行ってしまい、いつしかたよりも絶えてしまった、というのです。
 後の『花かげ』にも通じるような追慕や哀しさが、3番の歌詞の裏側から伝わってくるようです。

 そこまで追憶が及んでハッと我に返った露風の現前に、赤とんぼが竿の先に止まっていた(4番)。
 ざっと以上のような大意となるのでしょうか?

 1927年(昭和2年)、三木露風の優れた歌詞に曲をつけたのが後に大作曲家と呼ばれることになる山田耕筰です。
 この詞にしてこの曲あり。山田耕筰のこのメロディは日本人誰しもの心の奥深くにしっかり届き、日本的郷愁が呼び起こされます。まさに詞曲一体の名童謡で、「日本・こころの歌」の代表的一曲と言えると思います。

 この歌は、2007年(平成19年)の「日本の歌百選」の一曲に選定されました。
 
                       *
 『フォレスタの「赤とんぼ」』。私はこれまで初代女声による歌だけとばかり思っていましたが、最近新女声メンバーもこの歌をカバーしていることを知りました。
 当然新旧バージョンを聴き比べてみました。結果によってはどちらか一方だけを取り上げるつもりでした。が、ウーン、どちらもそれぞれ良い持ち味があり、甲乙つけがたし。よって今回は「豪華二本立て」(笑)で、両コーラスを見比べてみることにします。

 まず初代女声4人(矢野聡子さん、小笠原優子さん、白石佐和子さん、中安千晶さん)による旧バージョンです。これについては「umeboshinb」さんご提供動画への、ある人のコメントがありますのでその主要部分を以下にご紹介します。

独唱、二重唱、それと合唱に、四人の特徴がよく出ている作品です­。 (転載終り)

 なかなか的確な評価で、私の出る幕がなさそうです。でも、それでは私の役目が果たせませんので(はぁ?何の役目だよ-笑)、屋上屋を重ねさせていただくとー。
 1番独唱の矢野聡子さん、いいですね。まるで天にまで達しそうな矢野さんの高い声は天性のもの、メルヘンチックで郷愁にかられる「矢野聡子版赤とんぼ」とでも形容したくなります。

 それから2番の白石さん、小笠原さんの二重唱、3番の小笠原さんの独唱ときて、4番の全体コーラスは圧巻です。
 余計なことながら、このコーラスは初代女声結成(2006年)から日が浅い頃の収録かと思われますが、皆さんお若くて、何ともみずみずしいですね !

 続いて「新バージョン 赤とんぼ」についてです。

 内海万里子さん、白石佐和子さん、吉田静さん、中安千晶さんの4女声によるコーラスです。この組み合わせは、少し前記事にした『宵待草』と同じですね。
 1番独唱は新人の内海万里子さんです。内海さんのソロもなかなかいいけれど、ウーン、やっぱり矢野先輩の方に軍配が上がるかな、という気がします。内海さんには、今後他の歌で『宵待草』のような本領発揮を望みたいものです。

 新バージョンは、おおむね旧バージョンにならった歌唱パターンのようです。
 最大の「聴かせどころ」はやはり「十五で姐やは・・・」の3番独唱です。旧では小笠原優子さんが受け持ちましたが、新では吉田静さんです。そこでおのずからお2人の歌唱の対比、ということになるわけですがー。
 弱りましたねぇ。私は小笠原さん、吉田さんどちらもファンなもので・・・。

 第一お2人は、小笠原さんはソプラノ、吉田さんはメッツォ・ソプラノと、声域・声質が違いそもそも比較のしようがない、と言えます。
 この歌の3番独唱について寸評すれば。小笠原さんは伸びのある澄明な歌声で、吉田さんは深くて奥行きのある歌声で、共にじっくり聴くに値する歌唱です。
 よって、この対決(?)は「優劣つけ難し」と判定させていただきます。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『フォレスタの「花かげ』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-e162.html
 (これをお読みのどなたか、この歌動画のアップをお願いします。)
『フォレスタの「宵待草」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-7037.html
 (最近この歌の動画をアップしてくださった「hskjik」さんには、この場をお借りして感謝申し上げます。)

|

« 朗報か?安倍政権「集団的自衛権」に牽制の動き | トップページ | 宮脇昭博士、「森の防災力」を語る »

フォレスタコーラス」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 朗報か?安倍政権「集団的自衛権」に牽制の動き | トップページ | 宮脇昭博士、「森の防災力」を語る »