« 山本発言CM中断の「ミヤネ屋」、スポンサーからお目玉 | トップページ | 政権を揺るがしかねない麻生副総理の「ナチス容認」発言 »

(大変いい話)松井、ピンストライプで引退セレモニー

 -私は以前「松井は将来の総理候補」と思ったが、母体は自民党だろうし・・・-

 以下、『日刊ゲンダイ』(7月30日3面)記事を転載します。

                       *
松井秀喜 ピンストライプでお別れ 「泣きそうになった」

 松井秀喜が28日(日本時間29日未明)、ヤンキースと1日限定でマイナー契約を結び、ヤンキースタジアムでレイズ戦の前に引退式に臨んだ。松井はゴルフカートでグラウンドを一周、ファンの大歓声を浴びた。

 本塁付近に設けられた机で契約書にサイン。主将のジーターから背番号「55」のユニホームを贈られた。ユニホームに袖を通した松井はマウンドから捕手スチュワートに投じて始球式。ヤンキースナインと記念撮影を行った。

「球場に入った瞬間から泣きそうになった。自分にとって憧れのユニホーム。最後にもう一度着てヤンキーススタジアムに立てたのはうれしい。言葉にならないくらいの感動。改めて幸せな野球人生だった。生涯忘れられない日になった」

 松井はヤンキースで7年プレーしているが、他球団(レイズ)で引退した選手が1日契約して引退式を行うことはヤンキースでは前例がないという。  (転載終り)

                       *
【私のコメント】
 まず最初に、「松井選手、長い間お疲れ様。その間、数々の名プレーを楽しませてくれてどうもありがとう」と言いたいと思います。
 野球人生の締めくくりが、ピンストライプのユニホームを着て、ヤンキーススタジアムで。やはり松井秀喜はそういう星の下に生まれたのかな、と思ってしまいます。

 最初に「松井秀喜」の名を強烈に印象付けたのは、1992年夏の甲子園大会での、星陵高校対明徳義塾戦(2回戦)で、連続5打席敬遠という前代未聞の出来事によってでした。この試合では1回もバットを振らせてもらえなかったことが、かえって「ゴジラ松井」が只者ではないことの証明になったのです。

 高校時代は阪神ファンだったという松井でしたが、ドラフトによって皮肉にも巨人に入団することになりました。かつての野球記事で“公言”したとおりアンチ巨人の私などは、プロ入りの1993年以来痛いところで松井に一発打たれた印象が強いです。
 しかし人徳というのか、『松井に打たれたらしゃあないか』と不思議に納得させられるところがありましたね。

 そして2003年、大リーガーとなり、ピンストライプの憧れの名門ヤンキースの一員となったわけです。巨人の残留要請を蹴って敢然と海を渡った松井に男気を感じ、もう「巨人の松井」でなくなったわけでもあり本式の松井ファンになりました。
 主に深夜に放送されるヤンキース中継もよく観ました。以来7年間、ジーター、A・ロット、ジアンビなどという錚々たるメンバーに混じって、主力として赫々たる活躍を見せてくれました。

 2006年5月には、本拠地ヤンキースタジアムでのレフト守備中左手首を骨折し、巨人時代から続いていた連続試合出場が途切れ、長期離脱を余儀なくされる痛ましいアクシデントもありました。

 試合を決める満塁ホームランやサヨナラ安打など、ここぞというところでいい仕事をした印象が強いです。中でも大金字塔となるのは、09年10月のワールドシリーズでのMVPを獲得した大活躍でしょう。これによってチームを9年ぶりの世界一に導いたのです。
 しかし皮肉にも、同シーズン終了後愛するヤンキースから解雇され、他球団への移籍を余儀なくされたのでした。

 以後エンゼルス、アスレチックス、レイズと渡り歩くことになりましたが、晩年は持病の左足の悪化などにより思うような成績が残せず、不本意ながら39歳での引退となったわけです。

 私などは正直、国民栄誉賞受賞には違和感を覚えました。同時に受賞した(日本プロ野球史に燦然と輝く)長嶋茂雄氏は当然として、松井よ、どうせ安倍政権PR見え見えのそんなものもらうなよ、と思ったのです。
 結局見せつけられたのは東京ドームでのセレモニーにおける、背番号「96」をつけた「アベノケーワイ」(安倍のKY)の見苦しいパフォーマンスではないですか。

 恩師の長嶋氏からの要請で断り切れなかった、という裏事情があったようです。松井氏本人は米国の大学、大学院でじっくり研究に没頭するプランなども持っているようです。が、人気凋落著しい読売巨人軍にとって、再建のため切り札の松井秀喜を自軍に再び取り込むことが焦眉の急なのです。
 ヤンキース入りの時はケンもほろろだったナベツネ御大まで、もみ手して「松井様々」だといいます。

 来年以降指導者として松井氏の巨人ベンチ入りほぼ確定という状況下、ヤンキースナインやNYファンと旧交を暖め合った今回のヤンキースタジアムでの引退セレモニー。何とも爽やかな清涼感がありました。  (大場光太郎・記)

参考記事
ネット版Newsweekjapan『松井秀喜氏はどうしてヤンキースタジアムを総立ちにさせたのか?』
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/07/post-578.php
関連記事
『おめでとう松井 ! シリーズMVP !!』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-adfe.html

|

« 山本発言CM中断の「ミヤネ屋」、スポンサーからお目玉 | トップページ | 政権を揺るがしかねない麻生副総理の「ナチス容認」発言 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。