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フォレスタの「街の灯り」

    (「フォレスタ 街の灯り」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=Z975lCG6f0U


 この歌、昨年末頃『フォレスタ 街の灯り』として久しぶりに聴きました。その時フォレスタ動画でこの歌を発見した私は、昭和40年代以降の歌はフォレスタでもあまり聴かない“変わり者”なのに、珍しくすぐに聴いたのです。

 いやあ、懐しいですね。シャレたメロディで今日のJポップにつながる要素を完璧に備えていると思いますが、発表は1973年(昭和48年)、かれこれ40年も前の歌なのです。
 私は当時24歳でしたが、このフォレスタコーラスを聴きながら、40年前の街の灯りが「ちらちら」脳裏に蘇ってきました。

 当時この歌を歌ったのは堺正章(67)でした。堺がボーカルを担当していたスパイダースが1970年に解散し、ソロ活動を始め軌道に乗り出した頃でした。
 堺正章は今では芸能界の大御所的存在で、コメディアン、歌手、司会者、俳優など多才なマルチタレントぶりを発揮しています。「Mr.かくし芸」と呼ばれ、普段は「はい、星3つで~す」などと言っているマチャアキが、今こんなラブバラード調のしっとりした歌を発表し歌ったとしたら少し異和感があるかもしれません。

 この歌の良さはまずもって、阿久悠(あく・ゆう)の秀逸な歌詞にあります。
 阿久悠は言わずと知れた、昭和40年代以降の昭和期を代表する歌謠曲作詞家の一人です。そんな阿久悠にとってこの頃は、なかにし礼とともに作詞家として最も鮨が乗っていた時期だったのではないでしょうか?

 この人の、時代の本質をとらえて歌詞として表現する才能は抜きん出ています。
 それはこの歌でも遺憾なく発揮されています。本当は歌詞を掲戴したいところですが、ガチガチの著作権保護期間(阿久悠、2007年8月1日死去)でそれができないのが残念です。
 フォレスタ動画の下に出ている歌詞をじっくり味わっていただきたいと思います。

 「そばに誰かいないと 沈みそうなこの胸 ・・・」
(と言いながらコッソリ示しますが)、この出だしだけでも思わず「うまい!」と言いたくなります。

 こういう感覚は、40年後の「無縁社会」と言われる今日の方がより切実なのではないでしょうか?「街」に生きる誰しもが、最終的に頼れるのは肉体としての自分だけ、ともすれば家族の絆ですら希薄となり、家から一歩街に出てしまえばなおのこと、道行く人は赤の他人なのです。

 「成熟社会」と言う名の、無機質で、冷やかで、没交渉で、無関心で、それでいて損得勘定には拔け目のない、「東京砂漠」のようにひからびた荒涼社会が、既にその頃から始まっていたのです。(私個人的には、この歌発表の前年昭和47年に起きた「浅間山莊事件」が、その後の大きな社会構造転換になったと考えています。)

 『街の灯り』は(純文学などと違って)大衆歌謠なのですから、歌詞全体を通せば「街の灯り」のようにほのぼのとした救いの詞となっています(で、なければ大ヒットしません)。

 『街の灯り』のタイトルから、チャップリンの名画『街の灯』がつい連想されます。チャップリン演じる街の浮浪者と目の不自由な花屋の娘との心暖まる交流、「あなたでしたの?」、喜劇を超えた人生劇としての「映画史上最高のラストシーン」・・・。
 無声映画の不朽の名作ですが、阿久悠はこの映画を観ていたと思います。それも何度も。

 何カ月か前に読んだ(「赤い鳥」童話作家)新美南吉の童話『手袋を買いに』の中に、ハッとさせられる「やさしいまなざし」の一節がありましたので、以下に引用します。

 ・・・子供の狐は、町の灯(ひ)を目あてに、雪あかりの野原をよちよちやって行きました。始めのうちは一つきりだった灯が二つになり三つになり、はては十にもふえました。狐の子供はそれを見て、灯には、星と同じように、赤いのや黄いのや青いのがあるんだなと思いました。やがて町にはいりましたが通りの家々はもうみんな戸を閉(し)めてしまって、高い窓から暖かそうな光が、道の雪の上に落ちているばかりでした。

                        *
 このコーラス、フォレスタによって今日にリニューアルされた『フォレスタの「街の灯り」』と言っていいかと思います。堺正章が歌った当時もいい歌だとは思っていましたが、今回久しぶりで聴いてあらためてこの歌の良さを再発見しました。

 浜圭介(はま・けいすけ)のメロディがまた素晴しい!浜圭介は、少し前の1971年発表の『終着駅』(作詞;千家和也)を作曲しミリオンセラーとなりました。なお『終着駅』を歌った奥村チヨと1974年に結婚しましたが、作詞した阿久悠とともに、乗りに乗っていたコンビが満を持して世に放った、あの頃の名曲との感を深くします。

 榛葉樹人さんと横山慎吾さん両テノールのソロ、この歌の「街の灯り」の「ぬくもり」感を十分把握した歌唱で、さすが聴かせてくれます。それをバックで支える大野隆さん、川村章仁さん、今井俊介さんの低音トリオのコーラスによって、堺正章のソロ曲とは一味も二味も違った厚みのある『街の灯り』に仕上っています。

 ところで、このフォレスタ曲のピアノ演奏の素晴しさも特筆ものです。
 ピアノの演奏技法についてはまるで分かりませんが、アレンジなのでしょうか、終始よどみなく流れるような心地よいテンポの奏法は新鮮、とにかく「聴きもの」です。
 どなたの演奏なのか不明なのが残念ですが、私の感じでは吉野翠さんか山元香那子さんかな?と思うのですが、さてどなたなのでしょうか。

 (大場光太郎・記)

参考引用
『街の灯』ラストシーン
http://www.youtube.com/watch?v=C_vqnySNhQ0
新美南吉『手袋を買いに』(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/637_13341.html

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