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2013年12月

フォレスタの「アヴェ・マリア(シューベルト)」

    (「フォレスタ アヴェ・マリア(作曲:シューベルト) HD」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=x59anVD8W0M


    天使祝詞 (文語体訳)

 めでたし、聖寵(せいちょう)充ち満てるマリア、主(しゅ)御身(おんみ)と共にまします。御身は女のうちにて祝(しゅく)せられ、御胎内(ごたいない)の御子(おんこ)イエズスも祝せられ給う。天主(てんしゅ)の御母(おんはは)聖マリア、罪人(つみびと)なるわれらのために臨終の時も祈り給え。アーメン。


   バトーニによるマドンナ(聖母子像)

 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」、思わずそんなことを□走りたくなる、気高い歌曲であり女声フォレスタコーラスです。春夏秋冬この一年の「あの日あの時」の一コマ一コマが走馬灯のようによぎってくる年も押し迫った「今この時」、今年最後の『フォレスタコーラス』をこの曲で締めくくりたいと思います。

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 一般的に『シューベルトのアヴェマリア』として知られているこの歌曲は、その荘厳で神聖な感じから、シューベルトは初めから宗教音楽として作曲したように思われがちです。しかし実はそうではなく、シューベルトの歌曲集『湖上の美人』の一部をなす『エレンの歌 第3番』が元々のタイトルでした。

 そしてこの歌曲集の元となったのは、スコットランドの詩人ウォルター・スコット(1771~1832)の名高い叙事詩『湖上の美人』で、アダム・シュトルクによるドイツ語訳に曲をつけたのです。
 シューベルト晩年の1825年に作曲されたこの作品は、シューベルト歌曲の到逹点といっても過言ではなく、彼の歌曲中で最も人気の高い作品の一つです。

 この歌曲をより深く味わうためにも、スコットの原詩について簡単に触れておきます。

 エレン・ダグラスというスコットランドはハイランド(高地地方)の若い女性がヒロインです。エレンは父親とともに、城主である王の仇討ちから逃げるためにとある洞穴の近くに身を隠していたのです。その頃、ロッホ・カトリーン(カトリーン湖)のほとりの聖母像に助けを求めて祈りの言葉を囗ずさんだのが、この歌曲の原詩です。


         カトリーン湖に浮かぶ「エレンの小島」

 なお、カトリーン湖の南東約10キロの所には、スコットランド民謡『ロッホ・ローモンド』で有名なローモンド湖があり、数十キロにわたる一帯は「ロッホ・ローモンド&トロサックス国立公園」として複数の湖や山々や豊かな緑が広がる自然公園として保全されています。

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 この歌曲でエレンが祈りを棒げた対象は聖母マリアです。そこで(少し長くなりますが)この項では聖母について述べてみようと思います。

 御使いがマリアのところに来て言った。「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたとともにおられます。」(『ルカによる福音書』1.28)
 まず「アヴェ・マリア(Ave Maria!)」ですが、これはラテン語で「こんにちは、マリア」または「おめでとう、マリア」を意味しています。

 「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。」(『ルカによる福音書』1.35)
 受胎告知のためマリアのもとを訪れた大天使ガブリエルはそう告げました。こうして乙女マリアは、通常の男女の営みによらずして、「聖霊による処女懐胎」という超自然な方法で御子イエスをみごもったとされています。

 そのためマリア信仰の強いカトリックでは、聖母マリアを「無原罪の御宿り(むげんざいのおんやどり)」と讃えているのです。
 実際、フランスのルルドの出現の際聖母は、ベルナデッタに「私は無原罪の宿りです」と明かし、聖母マリアに他ならないことを告げたのでした。初めは聖母出現を疑っていた大人たちでしたが、無学な少女の囗からそんな難しい神学用語が飛び出したことに驚き、出現を信じるようになったのです。

 19世紀後半の産業革命によって唯物思想に拍車がかかった頃から、聖母出現が瀕繁になりました。それとともに、それまでの「この場所に私の教会を建ててください」というようなローカルなものから、にわかに「人類への警告」へと出現の意味合いが変っていったのです。たとえば、フランスの「ラ・サレットの告知」では反キリストの出現を予告し、ポルトガルのファティマにおける「ファティマ第3の予言」では人類の大患難を予告したり・・・。

 研究家が「終末の時代」「黙示録の時代」と呼んでいるこの時代、聖母マリアの役割りは特に重要であるようです。

 「わたしは恨みをおく、
 おまえと女との間に、
 おまえのすえと女のすえとの間に。
 かれはおまえのかしらを砕き、
 お前はかれのかかとをかむであろう。」(『創世記』3.15)

 この旧約預言の「おまえ」とは人類の始祖を誘惑したヘビ(悪魔)であり、「女のすえ」または「かれ」とは聖母マリアを指すとされています。「女」であるエヴァ(イヴ)はヘビの誘惑によって罪を犯してしまいました。対して「女のすえ」で「第二のエヴァ」である聖母マリアは、「無原罪」であり、ヘビの頭を打ち砕くというのです。

 「だれがこの獣に匹敵しえようか。だれが、これと戦うことができようか」(『ヨハネの黙示録』13.4)
 唯一これに立ち向って勝ちを収めることが出来るのは、「神の母」聖母マリアだけだというのです。神は聖母に悪魔の勢力を紛砕する大変な力をお与えになっているといいます。そのため悪魔自身とその軍団にとって、最も恐い敵は聖母マリアなのです。

 誰にとっても大変な、サタン最終支配のこの時代。キリスト教にはあまり縁のない私たちですが、聖母マリアにはキリスト教の枠を超えて、全人類にとっての「憐れみの母」「慈しみの母」としての側面があります。仏教の観音(クァンイン)とともに、母性的救済力にもっと信を置くべきなのかもしれません。

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 『フォレスタの「アヴェ・マリア」』。白石佐和子さん、中安千晶さん、吉田静さん、上沼純子さん、内海万里子さんの5人の女声フォレスタによるコーラスです。
 皆さん純白のドレスに身を包み、さながら神の御前で聖母の頌徳を歌い上げる清らかな女性聖歌隊のようです。

 イエスキリストが「太陽の光」だとすると聖母マリアは「月の光」にたとえられることがあります。この女声フォレスタ聖歌隊のコーラスは、いたずらに声を張り上げるのではなく、抑制の効いたやわらかくやさしい歌い方で、聴くほどに聖母のみ光に包み込まれていくような安らぎが得られます。5分以上の長いコーラスですが、その時間はむしろ心地良いリラグゼーションタイムのようで長さを感じさせません。

 『この心地良いピアノ演奏は誰かな?』と思っていたら、吉野翠さん。そして珍しく純白のドレスで。吉野翠さん、今年は「可愛いいピアニスト」として人気上昇でしたが、この時ばかりは南雲彩先輩のような淑やかな「レディピアニスト」ぶりです。

 ところで、このコーラスを最初に聴いた時『あれっ、変った並び方だなぁ』と思いました。通常の横一列ではないのです。遅まきながら聴いていく途中で気がつきました。『そうか、十字架かぁ』

 「十字架」はイエスキリストの象徴ですが、実は私たち人間の象徴でもあるようです。両足をピタッとつけて地面か床に立ち、両手を水平に伸ばせば、立派な「人間十字架」です。そこで―
 「誰でも私についてきたいと思うなら、自分を捨てて、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(『マルコによる福音書』8.34)

 ともすれば日常的営為に埋没しがちで、ついつい曇り、ケガレがちな心を浄化し、きれいさっぱり洗い流してくれるような素晴しい女声フォレスタコーラスを聴かせていただきました。

 (大場光太郎・記)

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靖国参拝-猪瀬に続いて安倍も失脚必至か!?

-国際的孤立、戦争突入。戦前と同じ道など真っ平ごめんだ。疫病神安倍晋三は早く退陣してもらいたい-

 極右安倍首相の支持母体である全日本右翼協同組合連合会への御礼参りないしは歳末助け合い的意味しかない靖国神社参拝に対して、国内外から異論・反論・オブジェクションが噴出し、「よくやった!」という全右連の声もかき消されてしまうほどです。

 これがただ単に国内問題なら、例によって安倍応援団のゴミ売・浅卑・犬HKなどのダマスゴミがいくらでもダマくらかした世論誘導をしてくれます。中国、韓国の猛反発など折り込み済みだから、これもいつもの調子で一ッ時の非難の嵐をガマンすれば大丈夫。

 しかししかし。国際社会から総スカンを喰らって孤立を深めようとは、何たる誤算。元はと言えば“腐っても鯛”のアメリカ様の意向を無視したことがそもそもです。今月上旬、アメリカお得手の地獄耳で安倍の靖国参拝の気配を感じ取ったバイデン副大統領は、今月上旬の安倍との電話会談で「靖国を参拝しないよう」強く要請したそうです。また米国流不正選挙を導入させ安倍自民党を大勝させたジャパンハンドラーの一人のアーミテージも忠告しました。

 アメリカ様に逆らえば末路はどうなるか、いかな安倍晋三とて知らないはずはないでしょう。田中角栄のように失脚させられたり、中川昭一元財務相のように殺されるのです。にも関わらず安倍は靖国参拝を決行しました。アナクロニズムな安倍には、ロートル特攻隊もどきの自爆覚悟の参拝だったのかもしれません。しかし安倍内閣総辞職にでもなれば、「これは春から縁起がいいねエ」、国民にとっては大朗報です。(大場光太郎・記)


靖国神社参拝に広がる批判、日本孤立
2013年12月27日(金)22時25分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013122701002273/1.htm

 安倍晋三首相の靖国神社参拝には27日も、世界各地でさらに批判の声が広がった。中国、韓国の猛反発が収まらないだけでなく、欧州連合(EU)やユダヤ系団体なども非難。静観姿勢の東南アジア諸国も日中のトラブルを嫌っているのが実情で、参拝は国際社会の理解を得られず、安倍政権は孤立を深めている。

 中国や韓国のほか、「失望」を表明した同盟国の米国に加え、EUのアシュトン外交安全保障上級代表の報道官も批判。東南アジア諸国連合(ASEAN)の有識者からも参拝すべきではないとの声も出ている。(共同)


安倍首相の靖国神社参拝、戦後体制を覆す意思表明と受け止められる
★孫崎享氏の視点ー<2013/12/26>★ :本音言いまっせー
http://www.asyura2.com/13/senkyo158/msg/484.html
投稿者 赤かぶ 日時 2013 年 12 月 27 日

参拝後の安倍首相の言葉、「2度と戦争に行かない決意を伝えるため」、いい加減な台詞を吐かないでほしい。

集団的自衛権で自衛隊を海外に派遣し、自衛隊員の死者を出す道を歩んでいる出ないか。

安倍首相が靖国神社を参拝した。その直前の報道。

「安倍首相は26日午前、靖国神社を参拝する。首相官邸が発表した。

安倍氏が首相として靖国神社を参拝するのは、2006~07年の第1次政権も含めて初めて。

首相は第1次内閣で参拝できなかったことを「痛恨の極み」と述べてきた。

26日は第2次安倍政権が発足して1年を迎える日。現職首相の参拝は06年8月の小泉純一郎首相以来となる。

安倍首相は昨年末の就任後、春季・秋季の例大祭や終戦の日の参拝を控え、供え物「真榊(まさかき)」や玉串料の奉納にとどめ、参拝を見送っていた。首相を支持する保守層からは在任中の参拝を求める声が強かった。

安倍首相はこれまで「国のために戦い、倒れた方々に尊崇の念を表し、ご冥福をお祈りする気持ちは今も同じだ」と述べる一方、参拝するかについては「それ自体が政治・外交問題に発展していく」として明言を避けてきた。

首相の参拝が、中国や韓国から強い反発を招くのは必至だ。」(朝日)

この参拝は中国、韓国は当然のことながら米国からも強い警戒心を呼ぼう。

我が国は戦後どのように体制を築いてきたか。

一つにサンフランシスコ講和条約がある。1951年9月8日調印され、1952年4月28日発効し、本年4月独立の式典を行った。

この第十一条は「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾する」としている。

日本は極東裁判の結果をうけとめることを前提に戦後体制を築いてきた。

こうした中、「米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官は10月3日午前、千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れ献花する。

同墓苑関係者によると、外国の高官による訪問は初めて。献花は米国の意向。1959年に完成した同墓苑は、身元不明の戦没者や民間人の犠牲者の遺骨が納められている国立の施設。

A級戦犯が合祀され、閣僚による参拝が中国などとの対立要因とっている靖国神社とは異なり、宗教色はない」(2013/10/02時事)状況を生じている。

中国、韓国は当然のこと、反発する。

安倍首相の危険な面がどんどん出てくる。

総選挙の時、安倍氏の危険性は気づいていた。しかし選挙民の多くは気が付かないふりをした。安倍氏の行動の責任は選挙民にもある。

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天皇陛下「平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作った」

-安倍首相以下現政権幹部らは、陛下の大御心を踏みにじる「逆臣」である-

 今月23日、80歳を迎えられた天皇陛下の誕生日に先立つ記者会見の一部を以下に転載します。文・画像とも『読売新聞ネット』です。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131222-OYT1T00390.htm

――問1 陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成のいままでを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢などがあり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい。

 ご回答

 陛下 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。

 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

 傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地で様々に我が国の向上、発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。 (以下省略)

【私のコメント】
 私は、天皇陛下の毎年の記者会見を聞いてきたわけではないので断言は出来ませんが、普段は極力ご主張を控えておられる陛下にしては珍しく踏み込んだご発言だな、との印象を持ちました。

 80年間で最も印象に残っていることに「先の戦争」を挙げられ、「前途にさまざまな夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましいかぎりです」と述べられ、その上で「戦後、日本は平和と民主主義を守るべき大切なものとして日本国憲法を作り、様々な改革を行って今日の日本を築いた」と振り返えられたのです。

 陛下のお心は明らかです。世界に冠たる平和憲法(日本国憲法)を「平和と民主主義を守るべき大切なもの」と考えておられるのです。

 しかるに「陛下の御心臣知らず」。安倍晋三首相をはじめとした安倍政権中枢幹部らは皆ことごとく「改憲論者」です。不正手段で得た衆参両議院の安定多数をいいことに、特定秘密保護法や日本版NSCなど憲法違反の法律や制度を矢つぎ早やに成立させています。

 そしてあろうことか天皇陛下の誕生日である23日、政府は首相公邸で緊急の国家安全保障会議4大臣会合を開き、国連南スーダン派遣団に参加している韓国軍の要請を受け、陸上自衛隊の銃弾を国連平和維持活動PKO協力法に基づき国連を通じて提供する方針を決めたのです。

 銃弾は直接人の殺傷につながるもので、韓国軍のように銃があっても銃弾がなければ人を殺せません。だからそれを提供するということは、日本が直接戦争に参加するに等しく、明らかに憲法違反と言うべきです。

 その弁解として安倍首相らは、「一刻を争う緊急事態であり、緊急の必要性・人道性が極めて高いことに鑑み武器輸出三原則の例外として要請に応じる」と説明していますが、とんでもありません。これをいい取っかかりにして、直接的戦争参加への足がかりにする魂胆見え見えです。

 もうこうなると安倍晋三以下は、陛下の大御心(おおみこころ)を踏みにじる「逆臣」と言うべきです。あえて平和憲法に踏み込まざるを得なかった陛下の心中お察し申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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エリザベス女王・ローマ法王ら、子供数万人虐殺罪で実刑判決

-人類が仰ぎ見てきた世界的権威の正体はおぞましい「人喰い人種」だったのだ-

 だいぶ前「今年の事は今年のうちに」というテレビCMがあったかと思います。その伝(でん)で言えば、これからご紹介するのは今年2月、3月に起きた旧聞ですが、何せ海外発の超弩級トピックスなので、だいぶ押し迫ってしまいましたが「今年のうちに」取り上げおきたいと思います。

 いきなり核心に迫ります。

 英国王室のエリザベスⅡ、バチカン(ローマ法王庁)の前法王ペネデックト16世、カナダのハーパー首相らが、カナダの先住民族の子供たちを組織的かつ大量に殺害していた事実が判明し、今年2月25日、ブリュッセル(ベルギー)にある国際慣習法裁判所の法廷が、関係した30人の被告人全員に「懲役25年(仮釈放無し)」の有罪判決を下した、というものです。

 罪状は「モホーク族の5万人以上の子供たちを虐殺した」という衝激的な内容です。それも1960年代から約50年間継続して行われていたのです。
 イルミナティメディアである主要メディアでは一切報道されていませんが、これは紛れもない事実です。

 人喰い化け者サタニストたちの犠牲になられた、おびただしい子供たちのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 そもそものきっかけは、あるカナダのウェブサイトで、バチカンや英国王室や他の教会(英国国教会、カトリック教会、カナダ統一教会)の関係者らによって、モホーク族の寄宿舎の子供たちが大量に虐殺されているという数年前からの情報発信によってでした。
 情報の発信者はケビン・D・アネッティというカナダ人牧師(プロティスタント系)で、暗殺の危険にさらされながら以前から地道な現地調査を重ね、動かぬ証拠を集めてきたのです。

 前のローマ法王のペネデックト16世が突然辞任したのは、この事が原因だった可能性が高そうです。「神の教会にサタンが入る」という、1917年の聖母による「ファティマ第3の予言」はこういう事態を予見したものだったのでしょう。

 「奴ら」はどうして数万人もの子供たちを虐殺する必要があったのでしょうか?
 奴らにはそうぜざるを得ない特殊な事情があるのです。奴らの食糧として定期的に「若い人肉」が必要なのです。犠牲になった子供たちはその「餌(えさ)」だったのです。

 「奴ら」も一応は人間です。しかしその正体は「レプティリアン(虫類人)の変身体」なのです。つまりレプティリアンが人間を装っているのが奴らだということです。エリザベス女王らの血流は、「イルミナティの13血流」や「悪魔の13血流」などと呼ばれています。近親交配を重ねてレプティリアンの純血を守ってきた13の血流のことです。

 13血流は世界中のどの人種にも存在しますが、英国王室やオランダ王室など白人系の血流ほどレプティリアンとしての位が高くなります。そして「こ奴ら」レプティリアン変身体が人間になりすまし続けるためにも定期的に「餌」が必要なのです。

 そこで定期的に人間を喰います。そして奴らが最も好むのが、8歳から16歳までの子供たちです(ただし30歳までなら餌としてオーケー)。
 エリザベスⅡらは、バッキンガム宮殿やバチカンなどの地下施設に拉致してきた子供たちを連れ込み、晩餐の悪魔儀式を行ないゆっくり食するのです。

 (ここで、その状況をもう少し詳細に述べるつもりでしたが、あまりにも残酷でおぞましいので別の機会にしたいと思います。)

 「奴ら」は人肉を喰らって良心の苛責を感じなのでしょうか?いいえ、まったく。奴らにとって「人」に値するのは極論すれば13血流種族のみで、あとの99.99%の人類は「ゴエム(家畜)」なのです。家畜なのですから、生かそうと殺そうと喰らおうと奴らの勝手というわけです。つまりエリザベスⅡら約10万人の「レプティリアンの13血流」にとって、私たちは牛や豚同然だということです。

 さて、国際慣習法裁判所から実刑判決を受けたエリザベス女王やローマ法王ら被告人たちは、今年3月4日を期限とする降服命令が出されました。その日を過ぎても出頭しない場合は、被告人全員に国際逮捕状が発令されるという条件付きです。
 また国際慣習法裁判所は同時に、英国王室やバチカンや他の教会の富や資産をすべて没収するという判決も出しています。

 しかしその後エリザベスⅡやペネデックト16世らが出頭し、資産のすべてを没収されたという話は聞きません。それもそのはずで、全員一致で有罪判決を下したのは市民裁判員です。
 片やエリザベスⅡなど被告人たちは、超絶的な権力を有する化け者サタニストたちです。とても適う相手ではありません。

 では今回の裁判や有罪判決は徒労だったのでしょうか?決してそうではないと思います。これがなければモホーク族の子供たちの虐殺は今も続いていたことでしょうし、私たちもそんなおぞましい事態が起きていようとは夢知らなかったわけですから。

 とは言っても、エリザベスⅡらの「人喰い」がこれで終りになるわけではありません。たとえば全米だけで年間数万人、数十万人の子供たちが行方不明になって両親のもとへ帰って来ません。モホーク族の子供たちの事件は氷山の一角で、奴らが餌に困ることはないのです。そしてエリザベスⅡらの他にも、ベルンハルト殿下(オランダ王室)、ロスチャイルド、ロックフェラー、ブッシュ親子、キッシンジャー・・・、「人喰い」はまだまだいます。

 レプティリアンによる「人喰い」は有史以来続いてきたことなのです。そして人口爆発の今、喰えない者たちは人口大削減。もういい加減目覚めて、何とかしなければならないのではないですか?人間の皆さん。

 (大場光太郎・記)

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フォレスタ歌謡曲における「こぶし」是非論

-「こぶし」には、歌の情感を高め、メリハリをつけ盛り上げるなどの効果あり-

 本テーマにつきましては、直前の『フォレスタの「星の流れに」&「東京ブルース」』で触れるつもりでした。しかし少々長くなりそうなので、別記事にすることにしました。ということで、今回はフォレスタ歌謡曲において「こぶしは是か非か」について、考えてみたいと思います。

 『星の流れに』や『東京ブルース』が恰好の例だと思いますが、およそ歌謡曲または演歌というものには独特の節回しがまゝみられます。それを名づけて「こぶし」と言うわけです。これは我が国独自の歌唱法かと思いきや、どの民族音楽でも多かれ少なかれ見られるようで、西洋音楽でこぶしは「モルデント」と呼ぶのだそうです。

 「こぶし」には、その歌の情感を高め、歌にメリハリをつけ盛り上げるなどの効果がありそうです。それは歌謡曲におけるレッキとした技法の一つだと思うのです。

 さて懐しの名曲を歌ってくれているフォレスタは、当然のことながら懐メロとしての歌謡曲・演歌も多く歌っています。私はそれらのすべてをじっくり聴いたわけではありませんが、おおむねフォレスタはこぶしを出来るだけ使わないで歌う方針のようです。

 それは、クラシックの高度な音楽理論を身につけている音楽大学出身のフォレスタにあって、こぶしをつけて歌うのは適切ではないというフォレスタ企画サイドの判断によるものなのかもしれません。
 確かにガンガンこぶしを利かせて歌う歌謡曲・演歌の中には、安っぽく聞えることがなきにしもあらずです。

 しかしそれでも、と私は思うのです。
 『星の流れに』や『東京ブルース』がいい例です。菊地章子と西田佐知子の元歌は、例えば両歌の終りのフレーズを「こんな女に誰がした」の「だァ~れがしたァ~」や、「恋の終りの東京ブルース」の「とうきょうォ~ブルースゥ~」のようにこぶしを利かせた歌い方で締めくくっています。
 この歌い方が耳なじんだ者には、ポイントとなるフレーズでこぶしを使わないと、歌がどうしても平板(へいばん)に聞えてしまうのです。

 フォレスタ歌謡曲において「こぶしは是か非か」については、ファンの間でも意見が分かれるところでしょう。それを示すように、あるフォレスタ曲(『湯の町エレジー』です)動画コメントで、「こぶし」をめぐってちょっとしたバトル(?)が起きています。
 参考まで、それを以下に転載してみます。なお順序は時系列の古い方を上に並べ替え、便宜上番号を付しました。またハンドルネームなどはカットし、コメントのみとしました。

(1)いいですねえ!感情を排ししっかり率直に唄ってるからその分十分詩の情感が心に伝わってきます。しかしピアノが少しうるさい。せっかく榛葉さん以下の名唱をじっくり聞きたいのに邪魔してる。それから楽譜にはなかったかも知れませんが「こぶし」(モルデント)も入れてもらったらもっと良かった。こういう演歌には不可欠と思いますが。
(2)こぶしをとのことですがフォレスタにこぶしはいりません。フォレスタの歌はそういう演歌的なところがないのがすがすがしくて良いのです。私はフォレスタにこぶしなんて絶対NOです。
(3)こぶしは要らないですね、この人たちの歌声を聴くと遠い学生時代に戻り音楽教室から聞こえてくるようです。


 「フォレスタはもっとこぶしをつけて歌ってほしい」という1番の人のコメントが囗火となった恰好です。それに対して、2番、3番の人は「フォレスタにこぶしはいらない」と反論しています。ちなみに私は、「ピアノが少しうるさい」の部分を除いて1番の人に全面的に賛成です。

 そこで反論の反論です。申し訳ありませんが、2番の人のコメントは突っ込みがいがありますのでそちらに対してー。

>フォレスタの歌はそういう演歌的なところがないのがすがすがしくて良いのです。

 はぁっ?そうはおっしゃっても、演歌というものは本来、マグマのようにドロドロした情念や情動の奔りの歌であり、日本人の心の底からの叫びの歌なんです。それにフォレスタが現に歌っているのは演歌でしょうに。「演歌でありながら演歌的なところがない」とはこれいかに。

>私はフォレスタにこぶしなんて絶対NOです。

 「絶対」と言う言葉を安直にお使いになるのはいかがなものか。この世(3次元相対現象世界)に「絶対」などあるわけがないんですから。それに議論をする上で「絶対」と言い切ることは、それより先の反論を封じ込めてしまいますよね。

 以上のような次第で、私は「フォレスタはもっとこぶしをつけて歌ってほしい」派ですが、皆さんはいかがお考えでしょうか?

 (大場光太郞・記)

関連動画
『フォレスタ 星の流れに HD』
http://www.youtube.com/watch?v=K4sY_X0IVxQ
『フォレスタ 東京ブルース HD』
http://www.youtube.com/watch?v=id-M3e3j_tI
『フォレスタ 湯の町エレジーHD』
http://www.youtube.com/watch?v=QXqfHEyPlrw
関連記事
『フォレスタの「星の流れに」&「東京ブルース」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-a950.html

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「アラビアのロレンス」そして第一次世界大戦の本当の目的

 -一代の風雲児「アラビアのロレンス」も、我が国幕末の坂本龍馬らと同じく、結局はイルミナィ・ユダ金の手の中で踊らされていただけなのか?-


ピーター・オトゥール演じるロレンス

 名画『アラビアのロレンス』で有名な英国の俳優ピーター・オトゥール氏が14日、81歳で亡くなりました。
 私はこの映画をどこかの民放のテレビ放映で観たことがあります。だいぶ前なので大方は忘れてしまいましたが、このたびのオトゥール氏の訃報に接し、それでも砂漠のキャラバンのシーン、オスマン帝国が敷設した鉄道爆破のシーンなどが蘚ってきました。

 さらにそのずっと前の高校時代、(この映画の原作かどうかは不明ですが)『アラビアのロレンス』と言う海外ノンフィクションを読んだことがあります。だから私の「アラビアのロレンス熱」は、その時以来なのです。

 英国情報将校として中東勤務を命じられたトーマス・エドワード・ロレンス(1888年~1935年)が、いつしか、12世紀頃から続いたオスマン帝国(オスマン・トルコ帝国)の支配からアラブ人たちを解放するための戦いに身を投じ指導的な役割りを果たすことになります。

Te lawrence.jpg
トーマス・エドワード・ロレンス

 T・E・ロレンスは英国人でありながら、アラブの有力部族長らから「一人部族長」と認められトレードマークとなったアラブ衣裳を贈られました。

 それらを描いたアラビアロマンもさることながら、私がその時知ったのは、T・E・ロレンスは名門オックスフォード大学出身のエリートだったことです。同大学在学中、大学の図書館の蔵書を片っ端から読破し、尋常ならざる記憶力で記憶していったというのです。
 彼はまた在学中、後年の方向性を示すようにオリエンタルな分野に強い関心を示し、十字軍の足跡をたどる旅もしています。卒業論文は十字軍の遺跡をテーマとしたもので、教授たちから最優秀の評価を得ました。

アラビアのロレンス

 1916年からのT・E・ロレンスによるアラブ独立闘争への支援・奔走が大いに功を奏して、オスマン帝国崩壊がハッキリ見えてきました。しかしロレンスの役割りはここまで。彼は次第にアラブ反乱軍からも英国軍からも邪魔な存在になっていきます。こうして1918年、矢意のうちにアラビアを去ったのです。
 映画の冒頭がいきなりのオートバイ事故のシーンでしたが、ロレンスが同事故で46歳の波瀾万丈の生涯を終えたのは1935年のことでした。

 さて、「アラビアのロレンス」が去る前後の中東情勢は大局的にどうだったのか?その概略を示す興味深い阿修羅掲示板記事を見つけましたので以下に転戴します。

 反乱軍によるアラブ独立闘争は同時進行で起きていた第一次世界大戦とリンクしていたわけです。が、学校の教科書で教わらないこういう裏真実に接すると、改めて近代以降の世界史的な大戦争・大イベントで偶発的に起きたものは何一つなく、すべて「ある目的」のために予め仕組まれたものだったことを再認識させられます。 (大場光太郎・記)

第一次世界大戦の最大の目的は、730年前に失われた十字軍国家であるエルサレム王国の奪還であった。
投稿者 バビル3世 日時 2013 年 12 月 08 日
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/708.html

1915年、オスマン・トルコ帝国の支配地域である中東で、アラブ人の蜂起によりトルコを背後から脅かしたい英国の外交官ヘンリー・マクマホンが、アラビア半島の遊牧民で聖地メッカの太守であるフセインにアラブ人国家の樹立を約束する。(フセイン=マクマホン協定)

1916年、英国の中東専門家マーク・サイクスとフランスの外交官フランソワ・ジョルジュ=ピコが、エルサレムーバグダッド線より北方はフランスの統治、南方は英国で統治するという秘密条約を結ぶ。(サイクス=ピコ条約)
これにより、クルド人の居住地は、トルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断された。

1917年、英国の外務大臣アーサー・バルフォア卿がライオネル・ロスチャイルドに「ユダヤ国家樹立」を約束する。(バルフォア宣言)
同年、イギリス軍がエルサレムに入城し、730年間に渡るイスラーム系王朝のエルサレム支配を終結させた。

1917年3月8日、ロシア革命が発生して帝国が瓦解した。

1918年に入るとトルコ、オーストリア、ドイツで革命が発生して帝国が瓦解した。

第一次世界大戦の最大の目的は、730年ぶりのエルサレム奪還である。
この目的は達成され、連合国は失われた十字軍国家であるエルサレム王国を奪還し、かつて十字軍を破ったサラーフッディーンの一族であるクルド人の居住地を分断させマイノリティに貶めた。

その後、第二次世界大戦を経て、イスラエルという仮の国家をつくり、ロシアで迫害されていた白人系ユダヤ人を傭兵として入植させ、パレスチナ人を虐殺する役目を与えた。 (転戴終り)

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フォレスタの「星の流れに」&「東京ブルース」

 『星の流れに』と『東京ブルース』と、両曲には17年の歳月の距りがあります。がしかし、後ほど触れますが、両曲には共通点もありそうです。互いに聴くほどに心に泌みる歌で、私の“お気に入り”だったもので、過去のフォレスタ記事でそれとなくリクエストしていたのでした。

 これは私のみならず他にもそう要望していた人がおられたようですが、このたびそれが叶えられました。吉田静さん、白石佐和子さん、上沼純子さんの3女声によって両曲がカバーされたのです。
 同日收録の同じ形式のコーラスです。そこで今回は異例ながら両曲を同時に取り上げることにしました。

 まずは両曲についての概略を見ていきたいと思います。以下は、以前の『「星の流れに」から「東京ブルース」へ』(2011年8月)記事に修正を加えた一文です。

                        *
『星の流れに』

     (「フォレスタ 星の流れに HD」ユーチューブ動画)
      http://www.youtube.com/watch?v=K4sY_X0IVxQ


 戦後しばらく、我が国の流行歌で「怨み節」というのが流行(はや)りました。女が男を、あるいは世の中を怨む内容の歌です。何と言ってもその先駆けとなったのが、昭和22年に大ヒットした『星の流れに』でした。
 当時この歌を歌ったのは菊地章子です。
 
 この歌は実に哀しい歌です。この歌のヒロインである女性とは、戦後大挙して進駐してきた米兵相手に体を売って世をしのいでいた女性の一人なのでしょう。しかし誰が責められましょうや。終戦直後の大食糧難、大就職難の当時、「女」が自身と家族を養っていくにはそれしか生きる手立てがなかったともいえるのです。

 以前の『映画「ゼロの焦点」』(09年11月)記事で触れましたが、この映画の中で『星の流れに』が流れているシーンがありました。広末涼子演ずるヒロインの鵜原禎子は、新婚間もない夫の失踪の真相に迫るべく東京から北陸金沢へと向かいます。その結果夫失踪に東京都下の米軍横田基地に手がかりがあることを突き止め、横田にやってきます。そこのきらびやかな夜のネオン街のシーンでこの歌が流れていたのです。

 やがて物語が進むにつれて、この推理サスペンスの鍵となる二人の女性(演じたのは、中谷美紀と木村多江)の哀しい過去が次第に明らかになっていく…。

 社会派推理小説の白眉と評される原作における「ゼロの焦点」とは、突きつめて言えば「日米戦争」の暗喩なのです。作者の松本清張はそのことを、この代表作の行間から告発しているようです。
 「♪こんな女に誰がした」
 このフレーズが当時流行語になった『星の流れに』もまた、同戦争を告発した歌であるといえます。


『東京ブルース』

     (「フォレスタ 東京ブルース HD」ユーチューブ動画)
      http://www.youtube.com/watch?v=id-M3e3j_tI

 もう一つの代表的な「怨み節」である『東京ブルース』が発表されたのは昭和39年。東京オリンピックが開催された年です。この歌を歌ったのは西田佐知子です。『アカシアの雨がやむとき』と共に西田佐知子の代表作といっていいと思います。
 終戦から既に19年が経過し、日本はその痛手から奇跡的な復興を遂げ、経済大国の仲間入りを果たすべく高度経済成長が離陸し始めた頃の歌です。

 この歌と『星の流れに』は、曲調は違っていてもモチーフがよく似ています。「ルージュ」という共通のワードもそうであるなら、“怨み”を抱いた女が夜の街をさ迷い歩くのも同じです。

 巷には焼け跡も闇市もドヤ街もなくなり、ガード下の浮浪児たちももういません。もちろん米兵相手の女性もまた遠い過去の話になっていました。国民は皆その日住む家、食う物、着る物にも事欠く生活からは脱け出していたのです。
 だからこの歌は、戦争や貧困などという世の中全体への怨み節ではありません。

 「♪泣いた女がバカなのか だました男が悪いのか」
 既に衣食住足りて、この歌における「怨み」はだました特定の男に向けられています。

 「戦後女と靴下は強くなった」と言われる、男女同権を謳う戦後民主主義の世にあっても、戦前までの男尊女卑の社会規範を切り替えるのはそうたやすくはなかったわけです。東京オリンピック開催のこの頃でさえ、女による男への怨み節があったことに注目すべきです。

 (これは余談ですが)西田佐知子のこの歌から数年後の(東大安田講堂攻妨戦など全学連運動たけなわの)昭和44年、『新宿の女』で彗星のようにブラウン管に登場したのが(今年8月22日急逝した)藤圭子です。まだ18歳のうら若き女性歌手の鮮烈デビューでした。

 「♪バカだな、バカだな、だまされちゃって ・・・」
 それもそんじょそこらの歌い方ではなく、夜の巷に生きる女の情念を、心の底からしぼり出すようなドスの利いた声で歌ったのです。作家の五木寛之は、藤圭子の歌を「怨歌」と評しました。実に「怨み節」は藤圭子の出現によってピークに達した、と言ってよさそうです。

 それ以降女性の社会進出と自立は目覚しく、現在では肉食女子が草食男子を駆逐しそうな勢いです。そのせいか、その後「怨み節」の名曲は現われなくなったようですが、これは「大いにけっこう」と喜ぶべきことなのでしょうね、男性諸氏。

                        *
 『フォレスタの「星の流れに」と「東京ブルース」』は共に、吉田静さん、白石佐和子さん、上沼純子さんの3女声によるコーラスです。両曲を聴き了ってしまえば、共に1番を独唱した吉田静さんの歌唱が強く印象に残ります。吉田さん自身、両曲とも心を込めて歌っておられるようで嬉しい限りです。

 ある人いわく、「メゾソプラノはソプラノより少し暗い声質」と。吉田さんご自身は「ネアカ」なようで大変失礼ながら、まさにこのような「怨み節」は、奥行き豊かでどこか憂いを帯びた吉田さんの声質がピッタリはまりますよね。

 それはもう『別れのブルース』『カスバの女』『女の意地』などのソロで十分実証されていて、吉田さんに対する「平成のブルースの女王」の称号は今やフォレスタの枠を超えたコンセンサスになりつつあります(と、いささか願望を込めて)。
 
 白石佐和子さんは言うまでもなく、女声フォレスタの中心的存在であり、童謠・唱歌などに数多くの名独唱があります。しかしこのような演歌(艶歌、怨歌)はどうかな?と思うところが正直ありますね。歌謠曲で言えば、『忘れな草をあなたに』『水色のワルツ』『あなた』などの純愛系の敍情歌は白石さんの独壇場なのですから、「モチ屋モチ屋」ということなのだろうと思います。

 上沼純子さんの独唱曲、申しわけありませんが今までじっくり聴いてこなかったのでコメントのしようがありません。上沼さんのソプラノの声質は良く言えば華やか、(ごめんなさい)悪く言えば少し尖った感じがします。「さてどんなジャンルがベストか?」と思案中(?)です。ただ『星の流れに』の元歌を歌った菊地章子の声質に何となく似ているところもありそうです。

 (大場光太郎・記)


関連記事
『「星の流れに」から「東京ブルース」へ』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-47e7.html
『昔、藤圭子さんからサインをもらったことがありました。』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-6ff8.html

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猪瀬都知事事件の裏真相

-亡国官僚群にはこの国が抱える難問を解決する力などない。「公務員改革こそ一丁目一番地」。なのに検察という狂暴な番犬がいるから誰も手が出せないのだ-

 以下に、猪瀬x徳洲会事件の裏真相に迫った天木直人氏記事(阿修羅掲示板に投稿されたもの)を転載します。天木直人氏は(だいぶ以前の記事で触れたことがありましたが)、2003年のイラク戦争当時の駐レバノン大使だった人で、犯罪国家米国隷属の小泉政権のイラク政策に抗議し同大使を罷免され、自ら外務省を去った硬骨の外交官でした。

 天木氏自身が元官僚だっただけに、官僚の謀略の手□が手に取るように分かるわけです。猪瀬x徳洲会事件を裏で繰っているのは、官僚組織の中の頂点である財務省と安倍官邸と自民党であると。(もっとも取材によってそう結論づけているのは『週刊ブレーボーイ』で、天木氏はそれに賛同しているのですが。)

 「脱官僚」をスローガンにした民主党時代の小沢一郎に対して、官僚機構という「巨大な既得権益集合体」を守るべく、検察、検察審査会、最高裁事務総局、日弁連という司法全体が「小沢潰し」に牙をむきました。一連の小沢事件、事件裁判という世紀の大謀略です。
 規模は違っても、今回の猪瀬x徳洲会事件も多分にその可能性がありそうです。

 猪瀬都知事事件では5000万円の受け渡しの事実は間違いなくあったわけで、限りなくクロとの感じを持ちます。ただ徳洲会がらみでは怪しい自民党議員が他に何人もいるはずで、そこに捜査が及ばないとすればいよいよ謀略とみてよいのでしょう。
 「検察は正義」などと今でも信じている人がいたら、これを機会に認識を改めてください。 (大場光太郎・記)

週刊ブレーボーイが書いた猪瀬知事事件の舞台裏
投稿者 赤かぶ 日時 2013 年 12 月 11 日
http://www.asyura2.com/13/senkyo157/msg/675.html

http://blog.goo.ne.jp/ichimurasan2006/e/736db59daa2c8496c2d84b96139fff96
★「天木直人氏の視点ー(2013/12/10」★ :本音言いまっせー

 発売中の週刊プレーボーイ最新号(12月23日号)は「霞が関のニッポン支配が完了!!」と題する渾身の特集記事を組んでいる。

 それは特定秘密保護法案や原発再稼動の裏で動く官僚たちの役割を見事に暴いている秀逸な特集記事だ。

 その中でも「猪瀬x徳洲会をハメたのは巨大な既得権益集合体だった!!」という記事は私が言いたいことを見事に書いている。

 官僚たちに取材して書いたと見られるその内容はこれまでのメディアで誰も書かなかったことだ。

 その記事のポイントは以下のとおりである。

 徳洲会が公職選挙法違反まがいの資金ばら撒きを長年にわたって日常化していたことは誰でも知っている。

 公職選挙法違反を選挙から9ヶ月以上もたって手をつけるのは異常だ。

 選挙違反は地元警察が動くのが通例なのにいきなり検察が動く事も異例だ。

 検察もただの官僚だ。小物といえども徳田毅は自民党議員だ。この捜査は首相官邸と自民党が認めたから着手できたのだ。

 なぜ徳洲会が狙い撃ちされたのか。

 徳洲会は医療改革を訴え、日本医師会や厚生労働省とことごとくぶつかってきた。

 潰す機会は今ということだ。

 しかし医師会や厚生労働省の利害だけでは検察は動かない。

 そこに登場してきたのが猪瀬知事だ。

 猪瀬知事は、自民党の税制調査会が推進する法人住民税の一部を国税化して地方交付税に充当する案に反対した。

 これは自民党はおろか国税を所管する財務省、地方交付税を所管する総務省を敵に回してしまった。

 財務省は官僚組織の中の頂点である。その財務省を怒らせたのだ。

 そして安倍首相だ。

 安倍首相はオリンピック招致成功でインフラ整備やカジノ解禁などを追い風にして景気浮揚を図り長期政権を目指している。

 オリンピックを自分だけの手柄みたいに振る舞う猪瀬知事が邪魔なのだ。

 そして最後は東京進出を悲願とする徳洲会と猪瀬知事の医療法人設立の許認可権の問題がある。

 日本医師会と厚生労働省は徳洲会の東京進出を阻止すべく徳洲会と猪瀬知事のカネの動きを徹底的に調べ、それを検察に情報提供した。

 しかし徳洲会はほかの大物政治家たちにも金をばら撒いているので捜査を進めれば必然的に自民党に飛び火する。

 当時は衆院選で自民党が勝ったばかりで参院選の勝利も確実視されていたから検察は動けなかった。

 ところが猪瀬知事が税制にいちゃもんをつけて財務省の逆鱗に触れたため風向きが変わった。

 オリンピックに悪影響が出るのでそれまでは自民党から待ったがかかったが、オリンピック招致が成功し、
おまけに猪瀬知事の言動が目立つようになったから、これで官邸がゴーサインを出したというわけだ。

 新聞やテレビは安倍政権に従属しているからこのような事は一切書かない。

 我々は常に真実の目を持ち、体制側の情報操作に騙されないようにしなければいけない。

 以上が週刊プレーボーイの記事のポイントだ。

 世の中はこのシナリオどおりに動いている。

 猪瀬問題の報道がこれでもかこれでもかと毎日繰り返されている。

 他にもっと重要なニュースがあるのにである。

 東京都議会の自民党議員が猪瀬知事を叩き、猪瀬嫌いの左翼政党や市民団体が叩く。

 世論は何も分からずに付和雷同する。

 よほど猪瀬は悪い奴だということになる。

 自民党と官僚の思惑通りだ。

 この国の自民党と官僚による支配は国民が考えているよりはるかに強大で巧妙であるということだ。

 それを打ち砕く事が、国民の戦いの本丸であるのに国民はそれに気づかない。

 私がいまの日本はほとんど絶望的だと考える理由がここにある。 (転載終り)

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特定秘密保護法を覆すには?

-3年後の総選挙を待つだけではなく、あらゆる地方選では自民・公明には投票しない、狂暴な安倍政権の支持率を徹底的に落とすなど国民の大結束が必要だ-

 80%以上もの国民が反対ないしは慎重姿勢を見せているにも関らず、「平成の大悪法」特定秘密保護法が6日、成立しました。しかも安倍晋三と政権幹部の狂暴な本性ムキ出しの、強行採決の連発によってです。国民主権者の意思を無視したかかる暴挙は民主主義の否定であり、自民・公明による独裁政治と言うべきです。

 秘密保護法と比較される戦前の治安維持法も、大正時代(1925年)に制定された時は、当時非合法だった共産主義の国内での広まりを取り締るくらいの緩やかなものだったのです。しかし昭和に入って軍国主義的傾向が強まるとともに、戦争に異を唱える結社や個人を弾圧し、検挙投獄し、拷問を加える凶悪法に変貌していったのです。

 何が言いたいのか。最初から凶悪ムキ出しの法案を出すバカな権力(政権、官僚)などいやしません。彼らの権力をより強固にするためのこういう法案をまず成立させることが大前提で、成立させてしまえばあとはこっちのもの。あとから国民をぎゅうぎゅうに縛る「特定秘密」をいくらでも増やしていけばいいのだし、処罰の対象も公務員から一般国民にも広げるし、不都合な真実を発信してとかく目障りなネット規制もどんどんかけてきます。そしてもちろん戦争に直結します。

 しかし成立したからもう万事休すなのか。「いやそうではない」と、小沢一郎生活党代表が語っています。以下は、小沢代表の(秘密保護法成立直後の)定例記者会見の内容(阿修羅掲示板)の転載です。 (大場光太郎・記)


特定秘密保護法を覆すには総選挙で勝つ以外にない
(小沢一郎生活の党代表 定例記者会見要旨)
http://www.asyura2.com/13/senkyo157/msg/496.html


特定秘密保護法案に対する反対の動きについて

Q.特定秘密保護法案について、日本外国特派員協会が11月11日に反対の抗議声明を出して以来、日本や世界中の人権団体や国際機関からこの法案に対して危惧する声が上がっており、現在では日本の地方新聞も各地で反対の声をあげている。

参議院での攻防も激しさを増しているが、外国の記者が是非伺いたいのは、小沢代表が10月25日、11月27日に反対の声明を出されているが、なぜ代表は野党を率いてこの民意の84%が反対ないしは慎重を求め、国会の外では連日反対集会も開かれている中、声明だけで終わってしまうのか。もっとたくさんの行動が小沢一郎なら出来るのではないかと、アクションを期待している。
この点をどう考えるか、なにか行動を考えているか外国人記者は聞きたがっている。(山崎ジャーナル)

A.日本国民の意識調査を各メディアがやっていて、特定秘密保護法案についての反対が濃淡併せて80%以上ということだが、これは原発についてもそうだ。
多分、TPPについてもそうなるであろう。それから、消費税についても実施が近くなればそうなるのではないかと思うけれど、それでも安倍内閣の支持率は6割である。
論理的にもう成り立たないのだけれども、日本人というのはそういうことが平気なのだ。
基本の政策が反対なら支持するわけはないのに、支持している。

それから、野党という話だけれども、今国会で本来野党だと皆さんも我々も思っていた、みんなの党や維新も賛成でしょう。
それで、民主党がようやく反対であるように見えるけれど、その反対を決めるまでよく分からない曲折を経てすっきりしていない。そういう事になると、社民、共産は別にしても、原発もそうだが反対と言うのは我々だけになる。国民の意識はこれだけあるのに行動しない。多分、今言った野党の人たちも国民の7割8割が反対だと言っても、それに注意を払わないというのは、そういうところにあるのではないだろうか。

だから、私も国民の多数の意見に従って、それなりの流れが出来る可能性があるならば、もっともっと色々な形での運動方法というのは考えられると思うけれども、現時点では国会でもそういった状況で、反対のデモンストレーションの皆さんは、国会周辺で反対を表明しているけれども、本当に7,8割の国民が反対だとなれば、他の国ではこんな話にはならないと思う。タイのデモや、エジプトのデモとか、フランスでも重量税反対だってデモをやっているけれども。

日本人はそういう大規模な市民運動というのは起きないといったことが、なんとなく色々な事例を肌身で感じて知っているので、やはり、これを覆すには総選挙で勝つ以外にないと思う。
だから、国民皆様が反対ならば、次の総選挙で絶対自民党に入れないと、これに賛成した政党に入れないと。どの政党でもいいからきちんと正論を言ったところに入れるという認識を強く持たないといけないと思う。

多数さえ取れば、3年後に法律を変える事はいくらでも出来る。その意味で、是非、私自身も与えられた機会の中では色々言っているし、もう少し大きなうねりになるようなことを考えなければならないが、国民皆さんもそれをバックアップしてくれないと単なるパフォーマンスに終わってしまう。その点に私自身ジレンマを持っているが、是非とも皆さんの力でもっともっと多くの国民皆さんが声を上げるようにしていただきたい。むしろそれを願っている。

石破自民党幹事長の発言について

Q.特定秘密に反対を上げる人に関して自民党の石場幹事長が、「テロのようなものだ」という趣旨の発言をブログで掲載した。石破幹事長のブログに対する受け止めをお聞かせいただきたい。(読売新聞社)

A.新聞かテレビで見たけれども、どういう思考方法でそういう発言が出るのか、理解に苦しむ。ましてや政権与党の幹事長なのだから、そういう言葉は見識を疑われても仕方がないのではないだろうか。ちょっと普通の常識では信じられない表現だと思う。

特定秘密保護法案と安倍政権支持率に対する世論調査のねじれについて

Q.先ほど代表がおっしゃったように、朝日新聞の世論調査でも過半数の人が特定秘密保護法案に反対を表明する一方で内閣支持率にはあまり変化がない。代表からご覧になってなぜそうなのかとお考えか。(朝日新聞社)

A.やはり日本人のそういう非論理性ではないか。非常におかしいであろう。政府が、なにがなんでも実現したいと言っている基本政策については反対なのに、安倍政権を支持するというのだから、政府を支持するというのだから。石破さんの発言ではないけれども、普通の人の常識では考えられない。多分諸外国でもおかしいと思っているのではないか。日本というのは変な国だと。

原発でもそう。みんな問いかければ不安だ反対だと言う人が多いのに、しかし、政府がそれを進めていても特段の行動は起きない。これは日本人の特徴的なところ。非常にいけないと私は思う。

この問題についてはぜひ、メディアの皆さんも考えてもらいたいと思う。

(以下の「中国の防空識別圏設定について」は省略)

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もう一つの「12月8日未明」

-「大本は日本と世界の型をするところ」というのは今でも有効なのだろうか?-
                       *

 昭和14年初冬。日中戦争は泥沼化し、対米戦争ももはや避け難しと映り出した頃。一人の人物が伴の者を連れて、京都は綾部(あやべ)の大本教団跡地を訪れました。
 その人物とは出口日出麿(でぐち・ひでまる)。昭和10年12月8日未明に起きた「第二次大本事件」の首謀者の一人との嫌疑から、以来監獄に収監され、同年10月釈放されたばかりの身でした。

 「事件」とは言っても、大本教団が国に対して国家転覆などの重大な悪事を働いたというわけではありません。年々教勢を拡大し、前年の昭和9年には「昭和神聖会」という政治的活動組織を結成し全国に多くの賛同者を引き付けるなどなど。
 大本に対して当時の国家が脅威を感じていたための、周到に仕組まれた謀略であり、弾圧だったのです。時の内閣は岡田啓介内閣。昭和天皇自らが同弾圧に認可を与えたと伝えられています。

 それはおよそ近代宗教弾圧史上世界にも類を見ないと言われるほどの、凄まじい弾圧でした。治安維持法と不敬罪違反の疑い(前者は昭和17年に無罪確定。後者は戦後無罪確定)で、「地上から大本を抹殺せよ」との極秘指令のもとに行われたのです。
 綾部や亀岡の広大な教団施設は千数百発ものダイナマイトなどを使って徹底的に破壊されました。また全国の施設、歌碑の類いに至るまで悉く破壊し尽くされたのです。
 あろうことか教祖出口直(でぐち・なお)の墓まで暴かれました。

 この弾圧で全国の信徒3000人余が検挙されました。うち過酷な拷問によって16人が死亡。大本聖師と呼ばれた出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)とその妻で二代目の出口すみら、多くの同志たちは依然収監中です。

  むちうたばわが身やぶれんやぶれなば
  やまとをのこの血の色をみよ   
      (62歳で獄死した岩田久太郎の獄中歌)

 官憲は本当は中心人物の出口王仁三郎を殺害したいのは山々でした。しかし出来なかったのです。なぜなら王仁三郎は、有栖川熾仁親王(明治維新の「♪宮さん、宮さん…」の歌で有名。明治天皇の皇位継承者の一人)のご落胤であることを把握していたからです。
 そこで官憲の追及は出口日出麿に集中しました。日出麿は三代目出口直日(でぐち・なおひ)の女婿であり、王仁三郎を補佐しその後継者と目されていたからです。

 出口日出麿への取調べは過酷を極めました。連日にわたり拷問が続いたのです。
 そのため歯は多く抜け落ち、鼻はひん曲がり、髪の毛は引きちぎられ、精神に変調をきたしたほどでした。京都帝国大学出身の美男子の面影は、どこにも残らないほどの変わりようでした。

 …綾部の神域は完膚なきまでに破壊され、今では一望に見渡せる赤茶けたグラウンドになっています。日出麿は、暴虐の爪跡凄まじい神苑を感慨深げに一巡し、さらに歩いて丘の上の開祖の墓に詣でます。
 官憲に暴かれましたが、信徒の手によって共同墓地の片隅にかろうじて土盛りされている、そこが「艮の金神」(地球国祖・国常立大神)のお筆先で、「世界中の教祖の中でも直ほど苦労した者はおらんぞよ」と示された、死してなお苦難の続く出口直の仮の墓なのでした。

 その一角に立ち、日出麿は実に淋しい調子である歌を口ずさみます。

  真白き富士の根 緑の江ノ島 仰ぎ見るも 今は涙
  帰らぬ十二の 雄々しきみたまに 捧げまつる 胸と心

  ボートは沈みぬ 千尋(ちひろ)の海原 風も浪も 小(ち)さき腕(かいな)に
  力はつきはて 呼ぶ名は父母 恨みは深し 七里が浜辺

  み雪は咽(むせ)びぬ 風さえ騒ぎて 月も星も 影をひそめ
  みたまよ何処(いずこ)に 迷いておわすか 帰れ早く 母の胸に

 『七里ヶ浜の哀歌』(『真白き富士の根』)です。それはまるで、一望の限りに破壊し尽くされた神苑、獄中で死んでいった多くの同志たちへの鎮魂歌のようで、伴の者は涙が止まらなかったといいます。(私は個人的にこの場面を、「戦前の隠れた名場面」の一つと考えています。)

 1番、2番、3番…と静かに歌い継ぎ歌い終わって、日出麿は呻くように呟きます。
 「何もかも、皆無くなっちまったなあ」

 それを聞いた伴の者は、『日本はやがて二度と立ち直れないようになるのではないのか』と、暗澹たる想いに囚われたといいます。
 大本の教えでは、「大本は日本と世界の型をするところ」とか「大本が潰れれば日本も潰れる」などと、かねてから聞かされていたからです。

 その「型」が最も先鋭的に現われたのが、まさに「第二次大本事件」でした。
 国家権力が大本弾圧に乗り出したのが昭和10年12月8日未明。そしてちょうど6年後の昭和16年12月8日未明、ハワイへの真珠湾攻撃により日米戦争の火蓋が切っておとされたのです。
 中心人物の出口王仁三郎は、12月5日早朝、笹目秀和に崑崙山の一峰に遷座してくれるよう「大本のご神体」を託し、その日のうちに綾部を発って島根県の松江別院に向かっています。王仁三郎は12月8日午前4時頃、そこで逮捕されたのです。松江別院は「宍道湖(“しんじ”こ)」湖畔にありました。

 第二次大本事件が拡大したのが「日本敗戦、占領」だとする解釈が一般的です。例えば12月8日の暗合に加えて、出口王仁三郎は、仮釈放により昭和17年8月7日に6年8ヶ月ぶりで出獄しています。これは、日本敗戦からサンフランシスコ講和条約までの期間と、ピタリ同年月数なのです。

 しかしこれとは別の解釈をする研究家もいます。と言うのも、それでは大正10年2月12日の「第一次大本事件」の型が現われていないことになるからです。そこで先の「日本敗戦、占領」は第一次大本事件が拡大したものであり、第二次の拡大版はこれからだとするのです。

 その一端をご紹介しましたように、昭和10年の第二次弾圧の方が、大正10年の第一次弾圧より遥かに激烈深刻でした。
 第一次弾圧で痛めつけられた大本は、その後中国の紅卍会(こうまんじかい)と提携し大陸に布教拡大したり、世界五大陸のすべてに支部を置き福音を宣べ伝えるなど、目覚しい発展を遂げました。
 方や戦後日本も敗戦から奇跡的な復興を遂げ、世界に冠たる経済大国にのし上がりました。

 こうしてみると、大本と日本はやはり大きくシンクロしているように思われます。
 「夜半に嵐がどっと吹く。どうすることも無く泣くに、この世(悪神・悪魔支配による現歴史)の終り近づきぬ」(日月神示)。
 政治、経済、教育、世相…。ありとあらゆる指標が、今この国は「夜半」に入っていることを示していそうです。

 ただし日本人全体の「愛と調和」を志向する意識レベルの向上により、「大本の型」は大きく変更される可能性もあります。いな是非そうであるよう、私たちは真剣に「身魂(みたま)磨き」を心がけていかなければなりません。

(注記)本記事は、「二木紘三のうた物語」の『真白き富士の根』コメント(08年8月)に、大幅に手を加えた一文です。また主に、『神仙の人 出口日出麿』(1989年、講談社刊)を参考にしました。

 (大場光太郎・記)

関連記事
『同じ事二度ある仕組?』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-275c.html
『笹目秀和師に託された重要な大本神業』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-c6a2.html
『日本雛型論』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-af0e.html
『続・日本雛型論』
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『日本列島御神体論』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-e2a8.html
関連動画
『フォレスタ 七里ヶ浜の哀歌』
https://www.youtube.com/watch?v=pl_2uVnnuvY

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合法デモをテロと言う石破茂こそテロリストだ!

-公約にない法案を突如出してきて、国民に内容が知れ渡るとまずいからと成立を急ぎ、強行採決を連発する。安倍政権こそテロリスト集団の極みではないか-

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死神の群れ、安倍ナチスの幹事長、石破茂!サイテー!RT @ykabasawa @uedakumanosuke わかりやすいポスターです。政府批判はテロ認定!石破茂 pic.twitter.com/lTvBLjOBin

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フォレスタの「谷間のともしび」

     (「フォレスタ 谷間のともしび HD」YouTube動画)
      http://www.youtube.com/watch?v=JyiP8OZmmBw


   黄昏に我が家の灯 窓にうつりしとき
   わが子帰る日祈る 老いし母の姿
   谷間灯ともしごろ いつも夢にみるは
   あの日あの窓こいし ふるさとの我が家
   谷間灯ともしごろ いつも夢にみるは
   なつかしき母のまつ ふるさとの我が家
   (繰り返す)
          (アメリカ民謡『谷間のともしび』
                日本語詞:西原武三)


 ロシア民謡に『ともしび』あれば、アメリカ民謡に『谷間のともしび』あり。ついそんな対比をしてみたくなる、いずれ劣らぬ米ロの「ともしびの名曲」です。そしてフォレスタとして『ともしび』を歌っているのは男声に対して、『谷間のともしび』の方は女声と、こちらの対比も興味深く、直前『ともしび』を取り上げたからには『谷間のともしび』もそうせずばなるまいと、今回取り上げることにした次第です。

                        *
 『谷間のともしび』(原題は「When It‘s Lamp Lightin‘ In the Valley」-「谷間灯ともし頃」)。ジョー・ライオンズ、サム・ハートと無名のコーラスグループ「ザ・ヴァガボンズ」の合作とされていますが、米国開拓時代のアパラチア地方か中西部で歌われていた元歌があるという記述もあるようです。いずれにせよこの歌には、その時代の古き良きトラディッショナル・フォークソングの曲調がべースにあるように思われます。

 この歌は現在でも、カントリー・ミュージックやブルーグラス・ナンバーとしてよく演奏されています。因みにブルーグラスとは、ケンタッキー州を中心とした山岳地帯の民謡から1940年代に派生したカントリー・ミュージックで、バンジョー、マンドリン、ギター、バイオリンなどの楽器で演奏されます。

 日本では西原武三によって訳詞されました。そして昭和9年(1934)、東海林太郎(ポリドール)の歌で大ヒットし、巷のダンスホールでもよく演奏され一世を風靡しました。御存知のように東海林太郎は、よく透るテノールを直立不動の姿勢で折り目正しく歌う我国歌謡界の草分けであり、昭和初期の大スターでした。

 以下の一文は、2008年4月17日「二木紘三のうた物語」の『谷間のともしび』の私のコメントを転載したものです。『谷間のともしび』そのものとは直接関係ありませんが、私自身が半世紀近く前目にしたささやかな「ともしび体験」を綴ったものです。

                        *
 アメリカの歌なのに、我が国の昔からの歌のような懐かしさがあります。郷愁めいた遠く過ぎ去った日々のことを、やさしく思い出させてくれます。『谷間のともしび』。中学三年の時に習いました。そしてこの歌に結びつく思い出も、その頃のことです。

 当時私は、山形の田舎町(東置賜郡宮内町・現南陽市宮内)に住んでいました。家が貧しかったものですから、「お母さんの生計を助けなさい」という担任の先生のご助言で、学校が終わってから夜の九時頃まで(中学一年から)アルバイトをしていました。
 その頃は、町なかの酒屋さんのアルバイトでした。店番、店内の掃除や商品の並べ替え、配達…。

 仲秋のある夕方、ビールか何かの配達で荷物を自転車の後ろに乗っけて、町外れのあるお宅に伺いました。私の知っている、二、三歳年上の先輩の家でした。
 「お晩でーす」。「はーい」。玄関の両開きのガラス戸の片側をがらがらと開けて、中に二、三歩入らせてもらいました。

 すると私が立っているやや広い土間より、一段高くなったすぐの間(ま)で、くだんの先輩と、やや年老いた感じのその母親と思しき人が、ちょうど夕食をとっているところでした。先輩は私を見て、『やあ』というように少し頭を動かし、またすぐ食事の態勢に戻りました。

 ちゃぶ台をはさんで、互いに向かい合った黙々とした夕餉。ちょうど真上あたりに、丸くてうす汚れたカサをかぶった裸電球が、二人をほの暗く照らしていました。
 私はそれを見て、『あヽいいなあ』と思いました。半分はほほえましいなあというのと、もう半分はうらやましいなあというのが、入り混じった想いの…。

 (その後どのように商品を置き、勘定をもらったのか…。まるで覚えていないのに。)
 たったそれだけの光景を、今でもたまに思い出すことがあります。
 昭和30年代のつましいともしび。その下(もと)での、親子二人のつましい夕餉の光景を。

                        *
 『フォレスタの「谷間のともしび」』 上沼純子さん、白石佐和子さん、吉田静さんの3女声によるコーラスです。

 女声コーラスなのでこの歌の叙情性を全面に出し、しんみりしたコーラスになるのかな、と思いきや。出だしの白石さんの独唱からして音吐朗々、「老いし母の待つ、懐しい谷間の我が家」への帰心はち切れんばかりの熱っぽいコーラスを聴かせていただきました。

 これはこれでもちろんオーケー、素晴しいコーラスなのです。
 ただ(長くもなり、私自身英語はからきしダメなので省略しましたが)、原詞を2番、3番とたどっていくとこの歌の意外な真実が見えてきます。すなわち元々のこの歌は罪を犯して逃亡中の男が、故郷の懐しい谷間の我が家の母を偲ぶ切実な内容となっているのです。

  少し余談気味になりますがー。
  その昔の米国西部開拓時代は、刑罰や死刑また冤罪も星の数ほど多かったようです。実際、西部劇映画にまま見られるように、ビリー・ザ・キッドを代表として、無法者、ならず者、お訪ね者、殺し屋が少なからずいたわけです。

  だからその頃アメリカの歌には「囚人モノ」というジャンルがあったといいます。ただ日本では馴染みがないためと、この歌は中学唱歌として教える目的上「教育上良くない」ということでそのまま訳さず歌詞を変えてしまったという経緯があったようです。西原武三の訳業自体はもちろん名訳詞なのですが・・・。

  どうせだから余談の余談をー。
  『思い出のグリーングラス』は、我が国でも昭和40年代半ば過ぎ森山良子が歌い、明るい系フォークソングとして当時の若者に大受けしました。私もその一人で下手なフォークギターでよく歌っていましたが、数年前知ったことには、この歌も実は「囚人モノ」なのです。そして『谷間のともしび』より遙かに深刻で、もう間なく死刑が執行される囚人がしみじみ故郷を回顧している、という衝撃的な内容だったのです。

  吉田さん、白石さん、上沼さんの同じ3女声で、私などがかねてからリクエストしていた『星の流れに』と『東京ブルース』を最近歌っていただきました。それは大変有難かったのですが、「吉田静さんソロ」は叶えられず、その腹いせに少し辛竦なコメントになったかもしれません(ウソです、ウソです、本当です-笑)

  冗談はともかく。今後この『谷間のともしび』を女声フォレスタが再度歌う機会がありましたら、以上のことも頭の片隅に置いて歌っていただければ、と思います。

 (大場光太郎・記)

関連動画
東海林太郎『谷間のともしび』
http://www.youtube.com/watch?v=HQ7v1vuguSY
『フォレスタ  思い出のグリーングラス』
http://www.youtube.com/watch?v=Bb7upGCqLYI
『フォレスタ  星の流れに HD』
http://www.youtube.com/watch?v=K4sY_X0IVxQ
『フォレスタ  東京ブルース HD』
http://www.youtube.com/watch?v=id-M3e3j_tI
関連記事
『フォレスタの「ともしび」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-984b.html
『「ビリー・ザ・キッド」恩赦ならず』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-af15.html

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特定秘密保護法案の目的はネット潰し?

  情報は光、無知は闇  (プレアデス+メッセージより)

特定秘密保護法案の目的はネット潰し-ネットゲリラ-

特定秘密保護法案なんだが、どうにも筋の悪い法律なんだが、おいらが憂慮しているのは、この法律で誰が得をし、誰が損をするのか、という事だ。まぁ、おいら程度の人間に、そんな大それた秘密が入って来るとも思えないので、中立な立場から見て、だ。最も損をするのは、ジャーナリストなんかじゃない、庶民でもない、実は政治家なんですね。で、得をするのは官僚w 政治家の手足を縛って、政治家には知らさず、自分たちで勝手にやろうという法律なんだが、そんな筋の悪い法律に嬉々として賛成するような政治家は、自分が政治家である事を放棄したとみなされても仕方ない。で、TVの報道を見ていると、「ジャーナリストは捕まりません」「一般庶民は捕まりません」と宣撫工作に必死なんだが、インターネットに関してはどうにも歯切れが悪い。「ネットでも万を越えるサイトもあるが、そういうのは云々」とか。実はこのセリフ、政治家絡みで弁護士からクレーム付けられた時に、おいら、何度も聞いたセリフですw おいらが引用したサイトはアクセス数が少ないので問題外だが、ネットゲリラはアクセスが多いので、問題だ、とw 何度も言われた。ジャーナリストはカネで飼い殺しにしているから、操作できる、一般大衆は馬鹿だから騙せる。邪魔なのはネット。特に、万を越えるアクセスがあって、マスコミ以上の影響力を持つサイト。というわけで、本質はネット世論潰しだな。で、竹熊健太郎さんのTwitterから引用です。というわけで、アフィリエイトはストーブです。

(注  各種ストーブのCM省略。 以下、竹熊健太郎さんのTwitterから引用)


1. 国家がインターネットを軽く見ていたことは、どの国も、ネット使用をあらかじめ無線のような「免許制」にしなかったことから分かると思う。最初は電話回線を使っていたから、電話の延長でこれを考えていたためだろう。

2.特定秘密保護法の意図は、終局的にはネット対策だと思うが、罰則をいくら強化したところでイタチごっこに終わるのではないかと思う。楽観的に過ぎるだろうか。

3. ネット使用を許認可制にできない以上、「秘密を漏らしたら死刑」「何が秘密かは国家が決める」という恐怖政治を敷く以外に対策が取れないこと自体、国家の狂乱を示している。行き着く先は戦前の特高警察やゲシュタポ、今の北朝鮮だが、恐怖政治が永続した試しは、歴史には無い。

4. とはいえ、忘れた頃にやって来るのが恐怖政治。イタチごっこではあるが、インターネットは民衆に与えられた全く新しい「武器」ではないかと思う。それが平和をもたらすとは限らないが、いわゆる権力者にとっては、「国家を超えた存在」である一点で、恐怖には違いない。

↑補足。「死刑」は流石にまだないが、「最高10年の懲役」は相当な「重罪」には違いない。 (転載終り)

【私のコメント】
 まずはじめに確認しておきたいと思います。それは、21世紀は「情報公開」の開かれた新世紀であるべきだ、ということです。情報公開は時代潮流であり、(大げさながら)宇宙潮流なのです。

 しかるに米国等を拠点にし、人類最終支配(NWO完成)を目論んでいるサタン勢力は、彼らにとっての不都合な真実を極力隠す方向に持っていこうとしています。今国会で成立確実な特定秘密保護法もその延長線上にあるもので、完全な時代逆行の法律です。

 あけすけに言ってしまえばこの法律は、サタン勢力である米国戦争屋系ユダ金に相呼応した国内の政治権力・官僚権力が、自分たちの地位・権力保全上国民に知られてはヤバそうな事柄を片っ端から「特定秘密」に指定し、隠していこうというものです。

 当面秘密保護法の対象者は国家公務員ですが、軍国主義的傾向の強い安倍自公政権下、法の拡大解釈で「特定秘密」は無限に広がり、法改悪によって対象者を一般国民にまで広げる、つまり「平成の治安維持法」化していく可能性が大ありです。

 そして上掲文のとおり、行き着く先はガチガチのネット規制というわけです。「官主主義国家」ニッポンを牛耳るトップ官僚たちにとって、やはり目障りで厄介で恐いのはあっという間に真実情報を拡散させてしまうネットでしょうからね。

 玉石混淆とはいえ「草の根ネット民主主義」が官憲の手で次々に潰されていくようなら、この国の言論の死を意味します。これをお読みの心ある方々、どうぞ「ネット言論の灯を消してはならない」という意識を強くお持ちください。 (大場光太郎・記)

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