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フォレスタの「アヴェ・マリア(シューベルト)」

「フォレスタ アヴェ・マリア(作曲:シューベルト)」YouTube動画) 



   天使祝詞 (文語体訳)

 めでたし、聖寵(せいちょう)充ち満てるマリア、主(しゅ)御身(おんみ)と共にまします。御身は女のうちにて祝(しゅく)せられ、御胎内(ごたいない)の御子(おんこ)イエズスも祝せられ給う。天主(てんしゅ)の御母(おんはは)聖マリア、罪人(つみびと)なるわれらのために臨終の時も祈り給え。アーメン。


   バトーニによるマドンナ(聖母子像)

 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」、思わずそんなことを□走りたくなる、気高い歌曲であり女声フォレスタコーラスです。春夏秋冬この一年の「あの日あの時」の一コマ一コマが走馬灯のようによぎってくる年も押し迫った「今この時」、今年最後の『フォレスタコーラス』をこの曲で締めくくりたいと思います。

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 一般的に『シューベルトのアヴェマリア』として知られているこの歌曲は、その荘厳で神聖な感じから、シューベルトは初めから宗教音楽として作曲したように思われがちです。しかし実はそうではなく、シューベルトの歌曲集『湖上の美人』の一部をなす『エレンの歌 第3番』が元々のタイトルでした。

 そしてこの歌曲集の元となったのは、スコットランドの詩人ウォルター・スコット(1771~1832)の名高い叙事詩『湖上の美人』で、アダム・シュトルクによるドイツ語訳に曲をつけたのです。
 シューベルト晩年の1825年に作曲されたこの作品は、シューベルト歌曲の到逹点といっても過言ではなく、彼の歌曲中で最も人気の高い作品の一つです。

 この歌曲をより深く味わうためにも、スコットの原詩について簡単に触れておきます。

 エレン・ダグラスというスコットランドはハイランド(高地地方)の若い女性がヒロインです。エレンは父親とともに、城主である王の仇討ちから逃げるためにとある洞穴の近くに身を隠していたのです。その頃、ロッホ・カトリーン(カトリーン湖)のほとりの聖母像に助けを求めて祈りの言葉を囗ずさんだのが、この歌曲の原詩です。

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カトリーン湖に浮かぶ「エレンの小島」

 なお、カトリーン湖の南東約10キロの所には、スコットランド民謡『ロッホ・ローモンド』で有名なローモンド湖があり、数十キロにわたる一帯は「ロッホ・ローモンド&トロサックス国立公園」として複数の湖や山々や豊かな緑が広がる自然公園として保全されています。

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 この歌曲でエレンが祈りを棒げた対象は聖母マリアです。そこで(少し長くなりますが)この項では聖母について述べてみようと思います。

 御使いがマリアのところに来て言った。「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたとともにおられます。」(『ルカによる福音書』1.28)
 まず「アヴェ・マリア(Ave Maria!)」ですが、これはラテン語で「こんにちは、マリア」または「おめでとう、マリア」を意味しています。

 「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。」(『ルカによる福音書』1.35)
 受胎告知のためマリアのもとを訪れた大天使ガブリエルはそう告げました。こうして乙女マリアは、通常の男女の営みによらずして、「聖霊による処女懐胎」という超自然な方法で御子イエスをみごもったとされています。

 そのためマリア信仰の強いカトリックでは、聖母マリアを「無原罪の御宿り(むげんざいのおんやどり)」と讃えているのです。
 実際、フランスのルルドの出現の際聖母は、ベルナデッタに「私は無原罪の宿りです」と明かし、聖母マリアに他ならないことを告げたのでした。初めは聖母出現を疑っていた大人たちでしたが、無学な少女の囗からそんな難しい神学用語が飛び出したことに驚き、出現を信じるようになったのです。

 19世紀後半の産業革命によって唯物思想に拍車がかかった頃から、聖母出現が瀕繁になりました。それとともに、それまでの「この場所に私の教会を建ててください」というようなローカルなものから、にわかに「人類への警告」へと出現の意味合いが変っていったのです。たとえば、フランスの「ラ・サレットの告知」では反キリストの出現を予告し、ポルトガルのファティマにおける「ファティマ第3の予言」では人類の大患難を予告したり・・・。

 研究家が「終末の時代」「黙示録の時代」と呼んでいるこの時代、聖母マリアの役割りは特に重要であるようです。

 「わたしは恨みをおく、
 おまえと女との間に、
 おまえのすえと女のすえとの間に。
 かれはおまえのかしらを砕き、
 お前はかれのかかとをかむであろう。」(『創世記』3.15)

 この旧約預言の「おまえ」とは人類の始祖を誘惑したヘビ(悪魔)であり、「女のすえ」または「かれ」とは聖母マリアを指すとされています。「女」であるエヴァ(イヴ)はヘビの誘惑によって罪を犯してしまいました。対して「女のすえ」で「第二のエヴァ」である聖母マリアは、「無原罪」であり、ヘビの頭を打ち砕くというのです。

 「だれがこの獣に匹敵しえようか。だれが、これと戦うことができようか」(『ヨハネの黙示録』13.4)
 唯一これに立ち向って勝ちを収めることが出来るのは、「神の母」聖母マリアだけだというのです。神は聖母に悪魔の勢力を紛砕する大変な力をお与えになっているといいます。そのため悪魔自身とその軍団にとって、最も恐い敵は聖母マリアなのです。

 誰にとっても大変な、サタン最終支配のこの時代。キリスト教にはあまり縁のない私たちですが、聖母マリアにはキリスト教の枠を超えて、全人類にとっての「憐れみの母」「慈しみの母」としての側面があります。仏教の観音(クァンイン)とともに、母性的救済力にもっと信を置くべきなのかもしれません。

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 『フォレスタの「アヴェ・マリア」』。白石佐和子さん、中安千晶さん、吉田静さん、上沼純子さん、内海万里子さんの5人の女声フォレスタによるコーラスです。
 皆さん純白のドレスに身を包み、さながら神の御前で聖母の頌徳を歌い上げる清らかな女性聖歌隊のようです。

 イエスキリストが「太陽の光」だとすると聖母マリアは「月の光」にたとえられることがあります。この女声フォレスタ聖歌隊のコーラスは、いたずらに声を張り上げるのではなく、抑制の効いたやわらかくやさしい歌い方で、聴くほどに聖母のみ光に包み込まれていくような安らぎが得られます。5分以上の長いコーラスですが、その時間はむしろ心地良いリラグゼーションタイムのようで長さを感じさせません。

 『この心地良いピアノ演奏は誰かな?』と思っていたら、吉野翠さん。そして珍しく純白のドレスで。吉野翠さん、今年は「可愛いいピアニスト」として人気上昇でしたが、この時ばかりは南雲彩先輩のような淑やかな「レディピアニスト」ぶりです。

 ところで、このコーラスを最初に聴いた時『あれっ、変った並び方だなぁ』と思いました。通常の横一列ではないのです。遅まきながら聴いていく途中で気がつきました。『そうか、十字架かぁ』

 「十字架」はイエスキリストの象徴ですが、実は私たち人間の象徴でもあるようです。両足をピタッとつけて地面か床に立ち、両手を水平に伸ばせば、立派な「人間十字架」です。そこで―
 「誰でも私についてきたいと思うなら、自分を捨てて、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(『マルコによる福音書』8.34)

 ともすれば日常的営為に埋没しがちで、ついつい曇り、ケガレがちな心を浄化し、きれいさっぱり洗い流してくれるような素晴しい女声フォレスタコーラスを聴かせていただきました。

 (大場光太郎・記)

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