« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014年1月

「9条にノーベル平和賞を」推薦人の勝村教授コメント紹介

-この機会に日本国憲法全文、なかんずく前文と第9条をじっくりお読みください。この国の存亡がかかっています。ロクに読みもしないで、世の右傾化風潮に流されて安直に改憲を口走ってはなりません-

 『「9条にノーベル平和賞を」キャンペーンにご賛同を!』記事に、同キャンペーン推薦人の一人である勝村弘也教授よりコメントをいただきました。以下にその内容を転載させていただきます。                         
                         *
 このところ新聞に登場している者です。この運動のよいところは、ご指摘のように特定の政治団体、政党などの手柄にならないことです。当然のこととして「日本国民が受賞に値するのか」などといろいろな批判がありますが、まずは9条の存在を世界に対して発信する必要があり、つぎに日本国民が戦後の歩みをまじめに振り返る機会になることを期待しています。朝鮮戦争に加担したり、アメリカの戦争政策に常に追従してきたことも事実です。それでも70年近くも平和憲法を保持してきた功績はあります。きわめて民主的といわれたワイマール憲法は短命でした。「非現実的」と言われながらも約70年の保持は、重みがある。なお、私は頭から自衛隊を認めないような理想主義者ではありません。19年前の震災では自衛官のみなさまにたいへんお世話になりました。犬より(転載終り)                                                  

                         *
 冒頭の「このところ新聞に登場している者です」というのは、『「9条にノーベル平和賞を」キャンペーンにご賛同を!』記事で引用した、東京新聞の以下のくだりなどがそれに当ります。

「実現性はある」と大学教授らに協力を呼びかけると、推薦人が集まり始めた。その一人、勝村弘也・神戸松蔭女子学院大学教授(聖書学)は「戦争に直接関わらない国は世界で珍しい。それを改憲で崩そうとする動きに、若い人の関心が希薄すぎると感じる。こうした活動は日本社会がよって立つ土台を見直す機会になる」と評価する。(転載終り)

 また最近の1月25日付けの神戸新聞でも、「9条にノーベル平和賞を」キャンペーン&勝村弘也教授が、以下のように紹介されました。

                         *
日本国民にノーベル平和賞を 署名サイト、支持広がる 
神戸新聞NEXT社会面(2014/1/25 11:00) 
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201401/0006661077.shtml

 憲法9条を保持する日本国民にノーベル平和賞を‐。戦争放棄をうたった条文を戦後70年近く守り続けている意義を世界的に広めようとするインターネット上の署名活動が注目を集めている。神戸の学識者らが推薦人に名を連ね、昨秋に開設したサイトには、すでに1万3千人を超える支持が集まっている。(小川 晶)

 神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)が発案。学生時代に留学したオーストラリアで、内戦などで祖国を追われた人たちに出会い、平和な日本と、それを支える憲法9条の重みを実感したという。

 「自衛であれ、介入であれ、行使していい武力なんてない。『徹底して戦争をしない』という9条の趣旨を大切にしないと」

 改憲の議論が活発化した昨年5月、個人サイトで署名を集めてノルウェー・ノーベル委員会に「9条」のノミネートを依頼。委員会から「授賞は、個人や団体に限られる」「推薦には、国会議員や神学の教授、平和賞受賞者などの資格が必要」などと指摘を受け、対象を「9条を保持する日本国民」に切り替えた。

 活動は市民団体などを通じて全国に広がり、実行委が発足。懸案だった推薦人も昨年末までに一個人、一グループが集まった。その一人、神戸松蔭女子学院大の勝村弘也教授=聖書学=は「改憲の議論を日本国内の問題としてとらえるのではなく、70年近く戦争をしていない国の憲法という世界的な視点で考えるきっかけになる」と思い、趣旨に賛同したという。

 今年の平和賞推薦締め切りは2月1日で、集まった署名は推薦文に付記される。「二度と戦争をしてはいけないという多くの人の声を届けたい」と話す鷹巣さん。活動は、受賞が実現するまで続けるという。詳細は、実行委の署名サイトhttp://chn.ge/1bNX7Hb(転載終り)

【私のコメント】 
 まず当該記事にコメントいただいた勝村弘也教授に篤く御礼申し上げます。勝村先生のような高名な方からのコメント、大変光栄に存じます。
 ところで、本文はさて置き、末尾の「犬より」とはどんな意味なのでしょう?学内の女子学生たちからの、勝村教授への愛惰こもったニックネームなのでしょうか。それとも「9条」を断じて守り抜く忠実な番犬の意味でしょうか。はたまたご専門の「聖書の暗号」なのでしょうか??

 と言うようなことはさておき。
 上の神戸新聞によりますと、今年の平和賞推薦締め切りは2月1日だそうです。もう間もなくです。ちなみに、1月31日AM1:00現在の署名数は「19,845人」です。最初は無名な個人サイトから始ったことを考慮すれば、短期間で大健闘と言えると思います。
 ただいかんせん、毋数が決定的に足りません。これではノーベル委員会は動かせず、残念ながら今回は見送りでしょう。

 やはりノーベル委員会を動かすには、署名実行委員会が目標としているように、「100万人」はどうしても必要だと思われます。ずい分遠い目標のようですが、東京新聞や神戸新聞などのメディアが取り上げたことにより、「9条にノーベル平和賞を」キャンペーンはじわじわと全国的に知られていき、ある臨界点を超えると爆発的な署名数となり「100万人」に到達するような気がします。

 一番手っ取り早いのは、朝日、読売、毎日などの大新聞、分けてもテレビが取り上げてくれることです。しかし望み薄です。今焦眉の急となっている都知事選における「原発の争点隠し」報道もそうですが、「改憲」も、大マスコミを含めた「政官業」旧勢力の暗黙の合意事項とみられるからです。
 ここは成熟した市民が集う「ネット草の根民主主義」で、地道に行くしかありません。

 とは言っても、悠長に構えている余裕はありません。ご存じのとおり、安倍首相をはじめとした極右政権が、改憲の方向に急速に舵を切り出しているからです。勝村教授も触れておられるワイマール憲法について、昨年次のような発言が物議をかもしました。
「(いつの間にかワイマール憲法を無力化した)ナチスの手法にならって、国民に騒がれないようにこっそり(改憲を)進めていったらどうかね」(痳生副総理)

 また国際的に問題となった安倍首相のダボス会議における次の発言。
「日中関係は、第1次世界大戦前の英独関係と同じ(険悪なムード)だ」

 いったい「戦争放棄」「恒久平和」を謳った平和憲法、なかんずく「9条」を変える必要がどこにあるのでしょうか。もし変えたとするなら、それは「憲法改正」ではなく「憲法改悪」です。もうそうなると戦争へ一直線、日本という国名は地上から消えてなくなり、全国民が生存の危機にさらされます。 (大場光太郎・記)

『憲法9条にノーベル平和賞を』署名サイト
http://chn.ge/1bNX7Hb

関連記事
『「9条にノーベル平和賞を」キャンペーンにご賛同を!』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-57d8.html

| | コメント (0)
|

船井幸雄氏の遺志を引き継ごう!

-「エゴからエヴァへ」。社会を質的転換しないと人類と地球の未来はない-

 東証1部上場の経営コンサルタント会社「船井総合研究所」(以下「船井総研」と略称)の創業者の船井幸雄氏が今月19日、亡くなりました。亨年81歳でした。

 船井氏は京大農学部を卒業後、70年に船井総研の前身となる日本マーケティングセンターを設立し、88年に経営コンサルタント会社として初めて株式上場しました。現在では国内外に数万社もの顧問先企業を擁する巨大コンサルタント企業を一代で築き上げた船井氏の手腕、力量、パワーは注目に値します。

 船井氏の著書によりますと、40代の頃の同氏は、経営が左前になったある会社の経営再建を依頼され、初めて訪問しその会社の入り口に立っただけで、その会社のどこに問題があるかがハッキリ分ったといいます。もちろん経営コンサルタントとしてのそれまでのノウハウの蓄積があってのことでしょうが、もうこうなると、直感、山勘、第六感の不可思議な領域というべきです。

 私はそんな船井幸雄氏を30年ほど前から注目していました。それは経営コンサルタントとしての同氏に対してではなく(むしろその分野はほとんど関心がなかった)、同氏の別の分野での情報発信、言論活動に対してでした。

 ところで20年以上前、ある月刊誌だったかが「私の座右の一冊」と言うような特集を組み、当時の名だたる経営者たちがコメント付きで取って置きの一冊を挙げていたことがあります。さすがに経営者らしくガルブレイスやドラッカーなどの経済学・経営理論の本、ナポレオン・ヒルの『成功哲学』(現在名は『思考は現実化する』)、『論語』などの古典、司馬遼太郎の『竜馬が行く』などが多かったかと記憶しています。

 そんな中船井幸雄氏が挙げたのは意表を突く本でした。『あるヨギの自叙伝』。これをお読みで、「ああ、この本知ってる」または「もうとっくに読んじゃったよ」という人はいないか、極めて少ないのではないでしょうか。

 いつか機会があれば取り上げてみたいと思いますが、『あるヨギの自叙伝』(森北出版刊、)は、20世紀前半のインドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダが著した本です。なおパラマハンサ・ヨガナンダは、光の領域の大聖ババジの要請により、若い頃からアメリカに渡り、かの地で、長く失われていた「クリアヨガ」の普及に努めた人です。ここでは、「あなたの人生観が根底から変わる本かもしれない」とだけ申し上げておきます。

 そうなのです。船井幸雄氏は経営コンサルタントとは別に、この国のスピリチュアル界のリーダーとしての側面を持っていたのです。32年ほど前、スピリチュアルの世界(当時は「精神世界」と呼ばれていた)に参入(?)することになった私は、その頃からその方面の著書を出していた船井氏は注目すべき一人だったのです。

 船井氏はそもそも京都府下の代々神主の家柄のご出身だったかと思います。加えて若い頃、相次ぐ肉親の死に見舞われ、それがスピリチュアル世界参入の大きな契機となったようです。
  「悲哀の中に聖地あり」 
 オスカー・ワイルドのこの言葉はまこと至言です。

 船井氏くらい本を矢次ぎ早やに出版し続けた人はいないのではないでしょうか。その数150~200冊くらいになると思います。当然専門の経営コンサルタント関係の本もあったでしょうが、大半はスピリチュアル分野の本でした。

 船井氏は、この国の現状と将来にただならぬ危機感をお持ちだったのではないでしょうか。そしてそれを回避するためには、出来るだけ多くの人の「スピリチュアルな目覚め」しかない、そのための啓蒙を率先して引き受けておられたのかもしれません。 
 そのため、口さがない一部の評論家からは「オカルト経営コンサルタント」とヤユされたこともありました。

 船井氏のスピリチュアルリーダーとしてのピークは、今から17、18年ほど前となる1990年代半ば頃だったように思います。バブル崩壊直後で、阪神大震災や地下鉄サリン事件があった頃。多くの人が価値観の転換を迫られ、霊的真理を求める気運にもマッチしたのかもしれません。その頃出版された船井氏の『百匹目の猿』や『エゴからエヴァへ』などがベストセラーになりました。

 それらの著書の中で船井氏は、エゴ的システムの典型である資本主義は行き詰り、近未来終焉を迎える、と明碓に予測しています。まさに今の日本と世界の状況は資本主義の断末魔的状況と言ってよさそうです。
 エゴ的資本主義社会の次に来るのが、本物の人間による、本物の技術を活用した、本物の「エヴァ型社会」だと説いたのです。なお、一瞬にして広範囲の土地と人々を危機に陥れる「原発」は本物技術などと言える代物ではありません。

 「エヴァ(EVAH)」とは、これも当時出版された足立育朗氏の『波動の法則』にある言葉で、「互恵」を意味する宇宙語だそうです。土台この本は、始めから終りまで宇宙情報から外れないように周到に波動を計測して作られた、大変変わった本なのです。これを出版したPHP出版では、内容が内容だけに反対が多かったそうです。企画を持ち込んだのも、説得して出版にこぎつけたのも船井氏です。この本も大評判となり、我が国のスピリチュアル本としては珍しいことに英訳され、欧米でも広く読まれました。

 当時の船井氏は本の出版だけではなく、各地でイベントなども開催していました。私もそのうちの、お台場の東京ビッグサイトで行われた「船井フォーラム」に参加したことがあります。その時の思い出などは『東京ビッグサイト』シリーズとして、ブログ開設年の夏に公開しています。

 闇の勢力による黒魔術的仕掛けだった「9・11」以降、日本の惨状は目を覆うばかりです。それに正比例するように、スピリチュアルムーブメントもふるいません。船井氏も、「エヴァ型社会」になかなか移行しそうにない現状に気落ちしたところがあったのか、ここ数年は同氏のパワーの衰えを感じていました。

 しかしあきらめる訳にはいきません。船井氏のようなパワーはとてもないとしても、その遺志をしっかり引き継いで、「エヴァ型社会」を思い描きながら、身近なところから出来ることを進めていくべきなのではないでしょうか。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (1)
|

フォレスタの「影を慕いて」

  (「フォレスタ 影を慕いてHD」YouTube動画)
   http://www.youtube.com/watch?v=MYLqdP6wtiQ(旧バージョン)                     
   http://www.youtube.com/watch?v=A-YueRwgEcY(新ギターバージョン)

 今週の『BS日本・こころの歌』は「哀歌」がテーマでした。その中で『酒は涙か溜息か』『影を慕いて』『人生の並木道』などの古賀メロディが、男声フォレスタによって、ギター演奏による撮り直しとしてカバーされました。いずれ劣らぬ昭和前期の名曲と言うべきですが、今回はそのうちの『影を慕いて』を取り上げてみたいと思います。

 この歌については、実は当ブログ記事『古賀政男の失恋&名曲誕生秘話』として既に取り上げています。元々は「二木絋三のうた物語」中の『影を慕いて』にコメントしたものでしたが、2008年4月のブログ開設に当たり移させていただいたのです。
 同文を少し修正の上、以下に転載させていただきます。

                         *
 昭和3年夏。宮城県青根温泉。古賀政男がその地で、自殺まで思いつめた理由は,謎とされているようです。生活苦?失恋?あるいはその前年「ただぼんやりした不安」 という言葉を遺して自殺した、芥川龍之介の影響?
 私は、一番大きな原因は、やはり「失恋」だったのではないかと思います。

 古賀政男の失恋の相手は、中島梅子という、年上でバツイチの、芸術的センスに溢れた八頭身美人だったようです。彼女は古賀の音楽上の教え子で、いつしか恋仲になったようです。

 結婚も考えたようですが、生活苦も重くのしかかっているし…。
 悩んだ末彼女との別れを決意した時の古賀青年の心中、察するに余りあります。
 真剣な恋だったがゆえに、苦悩は相当なものだったでしょう。
 それは古賀青年にとって、大きなイニシエーションでした。
 それを乗り越えて人間として大きく飛躍するか、自殺してしまうかの、ぎりぎりの。
  
 結局古賀は、自殺を思いとどまりました。
 大イニシエーションのクリアーです。新たに生まれ変わったわけです。
 その成果が、『影を慕いて』という一曲に結実しました。

 ひるがえって中島梅子は、古賀が再生を果たした翌年の、昭和4年の早くに亡くなりました。病死でした。ですから、何度かの手直しを経て今日私たちが聴くことができる、完成形としての『影を慕いて』は、「まぼろしの影」になってしまった彼女への哀切な挽歌だったわけです。(古賀政男は、当時のことをあまり語ろうとしなかったようです。人知れず、十字架を背負っていたのではないでしょうか?)

 そんないきさつを知るとなおのこと。聴くほどに、心の琴線に触れてくる昭和の名曲だと思います。

                         *
 この昭和の名曲を、男声フォレスタが旧新バージョンとして2回歌ってくれています。大きく違うのは、旧バージョンの方はいつものピアノ伴奏、対して新バージョンの方はギター伴奏であることです。(ギター演奏:堀口のりゆきさん)
 それだけで、最初新バージョンを聴いた時は、旧バージョンと歌の印象がだいぶ違って感じられました。

 独唱を担当しているのは旧新ともにテノールで、旧バージョンでは榛葉樹人さんと澤田薫さん、そして新バージョンではこのご両人に3番独唱として横山慎吾さんが加わりました。独唱以外のメンバー構成は、旧新とも大野隆さん、川村章仁さん、今井俊輔さんの低音トリオです。

 たとえば『影を慕いて』とは(歌のモチーフからして)姉妹曲のような『酒は涙か溜息か』の新バージョンでは、独唱をテノールからバリトンの今井俊輔さんに替え、メンバー構成も低音トリオだけに編成替えするなど、思い切ったイメージチェンジをしていますから歌の印象が大いに違って当然です。

 少し(かなり)回りくどくなりましたが、にも関らず違った印象を受けたのは、やはりピアノとギターの楽器としての性質の違いによるものなのでしょう。

 まったくの素人考えであり適切ではないかもしれませんが、例えてみればピアノはどっしりした高級乗用車のようなもの、奏でられた一つ一つの音は重厚で、響きが余韻となって残り、途切れることなくその歌全体を包み込むような感じです。
 対してギターは、フットワークよく小回りが効くスポーツカータイプと言えばいいのでしょうか。一つ一つの音色の微妙な襞が自在に表現できる代わりに、奏でられた一つ一つの音の命は短く、歌全体を包み込むような感じにはならないようです。

 つまり何が言いたいかといいますと、ギター伴奏による場合はピアノ伴奏よりも歌うのが難しい、より歌い手としての力量が要求されるのではないだろうか?というたったそれだけのことなのです(やれやれ-苦笑)。

 古賀政男は、当時のギターの世界的巨匠の来日演奏を聴いて感動し、未完成だった『影を慕いて』を、イントロ部から現在のようなギター演奏に書き替えたと言われています。また続く『酒は涙か溜息か』もギター演奏による歌です。

 この難しいギター演奏による両曲にあって、“ギター負け”せず、堂々と完璧に歌い切っているのは『酒は涙か溜息か』独唱の今井俊輔さんでしょう。さすがです。そして『影を慕いて』にあっては、1番独唱の榛葉樹人さん。もちろん今のままで十分鑑賞に堪えるコーラス曲ですが、欲を言えば、榛葉さんには3番まで通して独唱していただきたかったな、と思います。

【注記】「イニシエーション」は、O真理教の教義上の用語だったことにより、すっかり負のイメージが定着してしまいました。しかし、本来の意味は、人生の節目で迎える「通過儀礼」です。例えば、入学式、入社式、結婚式など。
 またイニシエーションは、人が精神的な危機や試練を乗り越えて、成長する必要がある場合などにも用いられます。

 なお、この記事をまとめるにあたっては、『おもひでチューズデー』サイトを参考にさせていただきました。ここに感謝申し上げます。

 (大場光太郎・記)

参考・引用
『おもひでチューズデー』
http://www.kayou.org/blog/morichan/post_83.html
関連動画
『フォレスタ 酒は涙か溜息かHD』(旧バージョン)
http://www.youtube.com/watch?v=XzsMOpTOQT0
『フォレスタ 酒は涙か溜息かHD』(新ギターバージョン)
http://www.youtube.com/watch?v=h3QALx8SD-k
関連記事
『古賀政男の失恋&名曲誕生秘話』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_238c.html

| | コメント (0)
|

移設反対派が勝利した名護市長選

-今回の結果は、国民の幸福とは真逆なことばかりやり続ける、厄病神・安倍晋三暴政の終りの始まりになるのではないか!?-

名護市長に辺野古反対派 
2014年1月19日(日)20時11分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2014011901001951/1.htm

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設が最大の争点となった名護市長選は19日投開票の結果、移設反対を訴えた無所属現職の稲嶺進氏(68)=共産、生活、社民、沖縄社大推薦=が、推進を掲げた無所属新人の前県議末松文信氏(65)=自民推薦=を破り、再選を果たした。

 昨年末の仲井真弘多知事による埋め立て承認を受けた政府の移設推進方針は地元の同意を得られず、安倍政権に大きな打撃となった。政府は移設計画に変更はないとしているが、遅れが出るのは避けられない。現時点で9年を見込む工期が見直しに追い込まれる可能性もある。移設問題は引き続き難航必至だ。

【私のコメント】
 名護市民の皆さん、沖縄県民の皆さん、そして日本国民の皆さん。このたびの大勝利おめでとうございます!

 思わずそう言いたくなるような名護市長選の結果です。幾重にも張り巡らされたこの国の「米官業政電」悪徳ペンタゴン(植草一秀氏命名)の支配構造の一つの邪悪な意図を打ち砕く大快挙です。

 先の沖縄県知事選で徳洲会のお世話になったことを、安倍官邸から脅されたらしい仲井真知事が、いくら埋め立てを承認しようとも、地元の稲嶺市長がオーケーしなければ辺野古建設は出来ません。

 安倍さん、ここはまあ、アメリカさんともども、気長にのんびり「百年河清を待つ」ことですなぁ。「そんなこと言っても、僕ちゃんの政権いつまで持つか分んないから」ですって?だからと言って、焦って「一気呵成」に事を進めようとすると、血の雨が降りますぞ。

 名護市長選の結果は、有権者がきちんと意思統一した投票行動さえ取れれば、「米官業政電」悪徳ペンタゴンのいかなる邪悪な意図も頓挫させることができるということを示してくれました。とにかく安倍政権がこの1年間にやって来たことは、国民の幸福とは真逆なことばかりです。これ以上の横暴を許してはなりません。

 とは言っても、安倍暴政をストップさせようにも、16年夏の参院選までの2年半は余程のことがない限り国政選拳はありません。だから名護市長選に続く主だった各地方選拳が重要です。ここでハッキリと「安倍政権ノー!」の意思を示し続けていかなければなりません。

 次の焦点は今週23日告示、2月9日投票と間近に迫った東京都知事選です。ここで安倍自公政権の推す舛添要一候補を勝たせないことです。 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

無意味な日本核武装論

-世界に冠たる平和国家日本には原発も核武装も何も要らない!-

 注目の都知事選では、細川・小泉連合による「原発ゼロ」シングルイシュー作戦がまんまと功を奏し、原発問題が都知事選最大の争点として定着しつつあります。

 原発問題を極力避けたかった安倍自民党は、「都知事選の重要な争点は他にいくつもある」と争点ずらしを図りました。安倍自民党の筆頭広報紙で、米国指令により「原子力の平和利用」というポダム正力の犯罪的スローガン以来、原発推進の強力な旗振り役だった読売新聞も慌てて、「原発を争点にすべきではない」とするピンボケ社説を掲げました。

 にも関らず「原発是か非か」が最大の争点として定着しつつあります。実に喜ばしいことです。そもそも東京都は大問題企業東電の大株主なのですから、「東京は福島から250キロ離れている(だから安全だ)」(東京オリンピック招致に当っての猪瀬前知事アピール)などと安直なことを言って、原発問題を避けて通ることなど許されないのです。

 現時点では、「原発推進」自公が推す舛添候補が細川候補をダブルスコアーでリードという調査もあるようです。しかしその前の明日19日には、こちらも注目の沖縄名護市長選が行われます。こちらは「辺野古沖米軍基地建設是か非か」が争点ですが、原発問題と根っこは同じ、その結果が都知事選にも大きな影響を及ぼすことも考えられます。

 ところで話は変りますが―。
 日本の技術力をもってすれば、原発から容易に核兵器が造り出せることは周知の事実です。「そのためにも原発ゼロにすべきではない」と公言してはばからない右系の論者・識者もいるようです。ありていに言えば、中国や北朝鮮などへの強力な対抗措置としての「日本核武装論」を、安倍晋三を筆頭とした自民党を中心に政党横断的に少なからぬ国会議員が持っているのです。

 しかし以下に転載する論考では「核武装は無意味」と斬って捨て、「核武装などしなくても優れた技術力で十分対抗できる」と説いています。確かに、素人が考えたって、我が国が核武装すれば大変です。真っ先にアメリカ様、その奥の院のユダ金が黙っちゃいません。安倍首相の靖国参拝の比ではなく、即石油、食糧、工業原料などの禁輸措置に踏み切るのではないでしょうか。究極の日本孤立、日本ひ干しです。(なお転載記事は、3・11直前のものであることを踏まえてお読みください。) (大場光太郎・記)

無意味な日本核武装論

 北朝鮮等に対抗し、日本が核武装を行った場合、日本は当然、NPT核拡散防止条約から脱退せざるを得なくなる。日本が残留を望んでも、世界が、それを許さない。NTP違反になるためである。

NPTから脱退した場合、どこの国も日本にウラン等の販売を禁じられ、日本の原子力発電所は全て止まる。日本人は全てのオフィス、家庭で1日の数時間以上、停電する事態を受け入れなくてはならない。

停電を受け入れる事と核武装は、リンクしている。

また一度、核武装すれば、その後は核物質の輸入が禁止されるため、核兵器の最新鋭化、新規開発が不可能になり、時間の経過と共に、日本は、核抑止力の「無い」使い物にならない古い核兵器を持っているだけの国になる。

日本の核武装は、日本の核武装解除を意味する。

 核武装を主張する人間達は、北朝鮮・中国への反発の余り、現実政治・リアルポリティクスが見えなくなっている。

核武装論には、勝ち目の無い日米開戦に突入した第二次世界大戦前の日本人の「体質」、リアルポリティクスに無知な「世間知らず」の体質が、明確に見て取れる。

「勝ち目のある」戦略を立てなくては、北朝鮮核ミサイル問題等、解決はしない。

なお、日本の持つ電子プリント基板特許の輸出を止めると、ターゲットにされた全ての国の大部分の兵器が使用不可能になる。戦闘機も、ミサイルも、戦艦も、戦車も動かなくなる(当然、日本は米軍、NATO軍、中国軍、ロシア軍等々の動きを麻痺・崩壊させる目的で、こうした軍組織をターゲットにすべきである・・・注1)。

日本にしか製造出来ない1m当たり80tの荷重に耐え得る鉄道用レールの輸出を止めると、北朝鮮と中国・ロシアを結ぶ「物流の要」=鉄道が崩壊する。

日本の小松製作所にしか製造出来ない小型のパワーシャベル、ブルドーザーの輸出を止めると、北朝鮮の生命線=核ミサイル開発の資金源である地下資源の開発が全面的に止まり、ターゲットにされた国の全ての資源開発・建設工事・軍事施設の建設が不可能になる。中国は万博開催が不可能になる。ロシアは、ソチ・オリンピック開催が不可能になる。

日本にしか製造出来ない、ステルス戦闘機用のステルス機能を持つ塗料の輸出を止めると、米軍の戦略の要であるステルス戦闘爆撃機の製造が不可能になる。

日本しか持たない原子力発電所建設技術の輸出を止めると、世界中が電力不足で悲鳴を上げる。

日本しか持たない原子力発電所の原子炉内部の「透視を行う」非破壊検査装置の輸出を止めると、現在、動いている世界中の全ての原子力発電所がメンテナンス不可能になり、稼動停止となり、核ミサイル原料プルトニウムの産出が止まる。

戦闘機・核ミサイル用の、ジェット燃料を、世界中で圧倒的に生産量の少ない軽質油から製造する技術は世界各国が持っているが、質の悪い、圧倒的に生産量の多い重質油からジェット燃料を製造する技術は日本しか持っていない。日本が重質油原料のジェット燃料の輸出・製造を止めると、世界中で航空機・戦闘機・核ミサイル用の燃料が圧倒的に不足する。

ウラン鉱山の開発が止まり、原子力発電所からプルトニウムが製造されなくなり、核ミサイルの電気系統が麻痺し、核ミサイル用のジェット燃料が不足し、核ミサイル工場・発射台等の建設工事が不可能になり、どのようにして、ミサイルを「発射するのか?」


注1・・・日本の持つ、こうした「外交交渉上の技術的資源=他国の軍隊全てを崩壊させる能力」を認識した場合、「軍隊も核兵器も持たず、しかも他国から攻められ属国になる事は無い」と想定する日本国憲法の「恐るべき平和ボケ・観念性」が、実は、「計らずも」、極めて精緻な外交交渉上のリアル・ポリティクスに裏付けられている事が判明する結果になる。他国の軍隊を崩壊させ、機能不全に陥らせる事が可能であれば、「軍隊も核兵器も持たず、しかも他国から攻められ属国になる事は無い」と想定する日本国憲法は、極めて正しいリアル・ポリティクスを踏まえている事になる。逆に、「軍隊も核兵器も持たず、しかも他国から攻められ属国になる事は無い」と想定する日本国憲法を、現実離れした観念論として改憲論を唱える人間達が、外交交渉と、その材料と言う物について全く無知な「白痴」と「世間知らず」を自白し、さらに兵器マニアと戦争ゴッコ好きの幼児性を自白する結果になる。

『オルタナティブ通信』
http://alternativereport1.seesaa.net/article/118369235.html

| | コメント (0)
|

「脱原発」都知事選 「小泉・細川」が仕掛ける“反安倍”戦争

-「黒い猫でもネズミを取る猫は良い猫だ」(中国のことわざ)どうも小泉元首相は好きになれないが今回ばかりは「脱原発」の小泉・細川連合に乗ることにしよう-

 猪瀬前知事の失脚辞任を受けた東京都知事選が大きな関心を集めています。当初は自公の推す舛添要一候補で決まりかと思われました。が、俗に都知事選は後出しジャンケンが有利と言われますが、ここにきて真打ちとなるのかどうか、細川護煕元首相が名乗りを挙げ、俄然盛り上ってきたようです。

 いくらインパクトの強い「脱原発」を掲げての登場とは言え、20年前切角の野党連立政権をたった9ヶ月で投げ出した細川元首相一人だけでは、これだけの盛り上りにはならなかったことでしょう。最近本家の山本太郎も霞むほどの脱原発論者に転向した小泉純一郎元首相が、細川元首相を全面支援することになったことが大きいと思われます。

 既に郵政選挙で実証済みの「ワンイシュー選挙の天才」が全面的にバックアップするとなると、これほど心強い助っ人はないわけです。どうやら小泉元首相は本気モード突入のようです。選挙期間中、小泉元首相は例によって「脱原発、イエスかノーか」を、23区は元より東京都下隈なく訴えて回ることになるわけです。

 ただ今回は、郵政選挙時のような超過熱報道をマスコミに期待するのは無理でしょう。今のマスコミは安倍自民党の応援団化している上、原発利権の上に乗っかっているからです。だからPODAM正力松太郎以来のCIA新聞である読売は、何日か前の社説で、脱原発の細川元首相へのネガティヴキャンペーンを始めています。(なお、PODAM-ポダムはCIAスパイコードネームのことで、これは米国公文書にも記戴されているレッキとした事実です。)

 また郵政選挙時は熱狂支持した都民の意識も、相当変化して冷めていることも考えられます。かくいう私は(都民でないのが残念)、その当時から小泉元首相を支持したこともありませんし、細川元首相の実務能力に信を置いているものでもありません。

 しかし自公の推す舛添要一候補よりはずっとマシでしょう。それに舛添候補の現在の妻(3人目)は、創価学会婦人部幹部だと言うではありませんか。過日の田母神俊雄候補の応援演説で、デヴィ夫人が暴露しました。何でも安倍自民党は悪態ついて自民党を出て行った舛添氏を推す気はまったくなかったそうです。舛添氏擁立を強力にプッシュしたのは公明党だったのです。

 もうこうなると、舛添氏自身は創価学会員ではないとしても「隠れ公明党候補」です。もし舛添候補が当選するようだと、国政に続いてカルト創価学会・公明党が都政も実質支配することになります。

 それでは、『日刊ゲンダイ 』記事を以下に転載します。(大場光太郎・記)

「脱原発」都知事選 「小泉―細川」が仕掛ける“反安倍”戦争
http://gendai.net/articles/view/news/147226
2014年1月15日 日刊ゲンダイ 「脱原発」都知事選

 都知事選で小泉純一郎元首相が細川護煕元首相を全面支援することになったが、これは小泉の安倍自民党に対する“宣戦布告”だ。ケンカを売られ、当初は表に出ないつもりだった官邸もムキになってきた。いよいよ全面戦争である。

 14日のぶらさがり会見。小泉は出馬する細川以上に力が入っていた。細川を支援することについて、「喜んで」「積極的に」という言葉を使い、前のめりな姿勢をわざわざアピールしたのだ。そのうえ、「細川氏が当選すれば、原発問題で国政を揺るがす大きな影響力を与える知事になる」と都知事選を国政マターに引き上げ、「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくしては日本は発展できないというグループの戦いだ」と、原発推進の安倍首相に敵意をむき出しにした。

 完全に“火”のついた小泉は、選挙戦で街頭にも全面的に立つ。

 対する舛添陣営。除名問題もあり、自民党は都連推薦にとどめ、本部は表に出ないはずだった。が、小泉から宣戦布告され、引っ込んでいられなくなった。舛添も14日の出馬会見で、政策の一番手に「五輪成功」を掲げ、「世界一の東京を目指す」と発言。「世界一」が大好きな安倍カラーに染まり、舛添と自民党が一体化しつつある。

「こうなったら自民党は細川・小泉連合と真正面から戦うことになる。都連の要請を受け、党本部は舛添さんの応援に小泉進次郎さんを投入し『親子対決』にすることや、安倍首相が街頭に立つことも想定し始めました。官邸も小泉さんとの対決に舵を切った。都知事選に勝って、細川さんもろとも小泉さんを葬り去るべしという声まで出ています」(自民党関係者)

■ケンカ売られた官邸も対決に舵

 実際、菅官房長官は14日の会見で「(脱原発は)東京都だけで決める政策課題ではない」「(細川氏は)佐川急便からのお金の問題で辞任した。それを都民がどう受け止めるか」とムキになり、安倍もはるかアフリカの地で、「東京都が直面する諸課題がバランスよく議論されることを期待」と牽制していた。

 政治評論家の野上忠興氏がこう言う。

「小泉さんは中途半端なことはしない。細川さんを支援するならゼロか百。徹底的にやる。自分が前面に出れば、安倍首相も引っ張り出されることになるという計算もある。小泉さんは安倍さんに対して、<脱原発のチャンスだ。首相の権力があれば決断できる>とまで言った。安倍さんがそれをしなかったのだから、<あとは知らない。安倍さんに思い知らせてやる>という腹づもりでしょう」

 細川は「脱原発」以外に「アジアの融和」という政策も準備しているという。東アジアへの接し方を打ち出すもので、中韓と敵対する安倍への強烈な批判だ。

 都知事選は、安倍VS.反安倍の構図になってきた。

| | コメント (0)
|

フォレスタの「湯島の白梅」

    (「フォレスタ 湯島の白梅HD」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=CWEMyVDY07Y


  白梅の残り香まとふ別れかな   (拙句)

 私にとって『湯島の白梅』は、『落葉しぐれ』(歌;三浦洸一)や『この世の花』(歌;島倉千代子)などとともに、物心ついた最初の頃にいつの間にか覚えた歌謡曲です。『落葉しぐれ』とともに亡母が歌っていました(『この世の花』は太郎村の親戚の家のラジオから聞こえていた)。

 時は昭和30年頃のこと。『湯島の白梅』は戦時中の昭和17年発表ですが、ちょうどその頃鶴田浩二、山本富士子主演の映画が公開されたように、(原作及び)この歌の時代を超えた根強い人気をうかがわせます。
 ただその後の世の様変りとともに、この歌のような恋の形は時代にマッチしなくなったのか、徐々に歌われなくなっていったように思います。 

 今回その『湯島の白梅』をフォレスタが久しぶりのリバイバルで歌ってくれました。hskjikさんが動画にアップしてくれているのを知り、思わず懐しくなり、すぐさま聴いてみました。珍しく中安千晶さん、横山慎吾さん、お二人によるデュエットです。『いいねぇ』とは思いながらも、他にも聴きたい新アップ曲もありその時はそれっきりになりました。

 多分「あること」がなければ、二度目はずっと先になっていたかもしれません。
 その後南雲彩さんのブログにお邪魔したことがありましたが、ある記事で興味深いことが紹介されていました。女声メンバーに対して『今年収録した中でお気に入りの曲は??』という質問コーナーを設け、各女声が2曲ずつ挙げているのです。他女声のは省略しますが(男声編は別記事)、中でも私が『おおっ!』と注目したのは中安千晶さんです。

千晶ちゃんは
→赤坂の夜は更けてと、湯島の白梅
     (中略)
湯島…、横山君とのデュエットが新鮮だったそうですよー。たしかに、言われてみると初ですものね、なるほどーφ(..)

このジャンル、わたくし正直言いまして、なかなか仲良くなれません。(『深谷トーク集』より)

とのことですが、南雲彩さんとは年代も感性もまるで違うわたくしめは、正直言いまして、「このジャンル、大の仲良し」です(*^_^*)

 それにしても貴方、嬉しいでは御座いませぬか(ト、俄かに『婦系図』の文体もどきとなり)、今をときめく森林合唱団(フォレスタコーラス)のお一人にして、甘洋菓子類(スイーツ)大好きと仰言る今様歌姫の、あんみつ姫ならぬチー姫こと中安千晶嬢が、かかる古典的歌謡曲がお好みとは。
 とは申せ、千晶嬢は、花も恥じらう真砂町の令嬢もかくやと見紛う、風にも堪えぬ柳腰の楚々たる風情。かように古風な處をお持ちとしても、驚くには当たらぬのかも知れませぬ。

 今年最初のフォレスタ記事だと言うのに、つい調子に乗りすぎて失礼致しました。

                     *
 そのような次第で、今度はじっくりと『フォレスタ 湯島の白梅』を聴き直しました。その結果、このデュエット曲は最近のフォレスタ曲の中でも出色の出来栄えなのではないか?と思いました。そして聴くほどに、「♪お蔦主税の心意気」、この歌全体に漲る悲恋調はどのような背景があって生れたのかを知りたいと思うようになりました。

 つまりは、この歌の原作とされる泉鏡花の『婦系図(おんなけいず)』を読んでみたのです。前篇、後篇に分かれ、新潮文庫版で400ページ以上となかなか読み応えのある力作です。明治41年元旦から某新聞に連戴されたのが初出です。そのため新聞読者を意識したか、全体として当時の大衆小説ではないだろうか?との印象を持ちました。

 しかしそこは「近代文学の言霊(ことだま)使い」と評される泉鏡花のこと、単なる通俗小説に堕していません。時に雅文調、時に講談調、ベランメー口調を自在に駆使し、人物描写、心理描写は適確、江戸の名残りを色濃くとどめる明治末期の東京下町情緒を活写している技量の冴えには唸らされます。

 私が中学生以来心にかけていた『婦系図』を図らずも今回読むことになったのは、「湯島の白梅」の場面を読みたいがためなのでした。しかし前篇、後篇通して無い、その場面がどこにも。ただ芸者上りのお蔦と密かに所帯を持っていた文学士の早瀬主税が、お蔦と別れなければならなくなった直接の事情は分かりました。二人の仲を生木を裂くように引き裂いた「別れさせ屋」は、何と早瀬の恩師の大学教授酒井俊蔵だったのです。

 お蔦との関係を知った酒井俊蔵は早瀬に厳しく詰問します。そして言うのです。
「俺を棄てるか、婦(おんな)を棄てるか。」
 分ってるな、二つに一つだ、さあさあさあさあ、とばかりに殺生な選択を迫ります。
  「♪義理と人情を 秤にかけりゃ 義理が重たい 男の世界」(『唐獅子牡丹』より)
「婦を棄てます。先生。」
 早瀬主税は判然(はっきり)云ったのでした。

 これは前篇後半のシーンですが、対して「棄てられた」お蔦を慮(おもんばか)る描写のないまま後篇に突入し、不治の病を得たお蔦は死んでしまいます。アッと驚く大結末を読み終え、引き続き解説を読んで謎が氷解しました。
 『婦系図』にあって、主税とお蔦の悲恋物語は全体の導入部であり、そもそもの原因となった静岡の名家河野家への大復讐に至る、プロットに過ぎなかったのです。

 『婦系図』は、やがて単なる明治文学の枠を超えて、演劇、映画などで大衆的な人気を博していくことになります。そしてその核となったのが「お蔦主税の悲恋物語」だったのです。明治41年の最初の舞台化の時既に、「湯島の別れの場面」の原型が存在したと言われています。この場面があまりにも有名になったので、泉鏡花自身が大正3年の明治座公演に際して、本来のストーリーにない『湯島の境内』という題名の戯曲として書き直したのです。

 「月は晴れても心は暗闇(やみ)だ」
 「お蔦、俺と別れてくれ」
 「切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい。」
 舞台で満場の紅涙を絞り、平成今日の私たちでも知っている有名なセリフです。なお言わずもがなですが、「湯島の境内」とは、湯島天神(天満宮)の境内のことです。


 
 昭和に入ってから、以下のとおり何度も映画化されました(『ウィキペディア』より)。なお上のポスターは、『婦系図(1962年公開、大映製作)』(主演:市川雷蔵、万里昌代)のものです。

婦系図(1934年公開、松竹製作)
監督:野村芳亭、脚色:陶山密、主演:田中絹代、岡譲二
婦系図(1942年公開、東宝製作)
監督:マキノ正博、脚色:小国英雄、主演:長谷川一夫、山田五十鈴
続婦系図(1942年公開、東宝製作)
監督:マキノ正博、脚色:小国英雄、主演:長谷川一夫、山田五十鈴
婦系図 湯島の白梅(1955年公開、大映製作)
監督:衣笠貞之助、脚本:相良準、主演:鶴田浩二、山本富士子
婦系図 湯島に散る花(1959年公開、新東宝製作)
監督:土居通芳、脚本:金田光夫、主演:高倉みゆき、天知茂
婦系図(1962年公開、大映製作)
監督:三隅研次、脚本:依田義賢、主演:市川雷蔵、万里昌代

 このうちの『続婦系図(1942年公開、東宝製作)』の主題歌として作られたのが、『婦系図の歌』(別名『湯島の白梅』)です。作詞:佐伯孝夫、作曲:清水保雄、歌:小畑実、藤原亮子で大流行しました。 

                      *
 中安千晶さん、横山慎吾さんによる『フォレスタ 湯島の白梅』につきましては、上にも述べてきましたが、最後にまとめとしたいと思います。

 「横山君とのデュエットが新鮮だったそうですよー」という南雲彩さん評のとおり、お二人の呼吸(いき)がピッタリ合った見事なデュエット曲です。(なお余談ながら、「横山君」というあたりに、南雲彩さんと横山慎吾さんとの年齢的序列がうかがえて面白いと思います。)横山さん専売特許の「ジェントリー・テノール(やさしいテノール)」による2番独唱ももちろん素晴らしく、聴きごたえ十分です。

 しかしこのデュエット曲の主役はやはり中安千晶さんかな、と思います。さすがは思い入れの深い歌とあって感情移入十分、情感の襞(ひだ)細やかに、切々と歌い上げています。ほぼ元歌に忠実な歌い方で、最近の『フォレスタ歌謡曲における「こぶし」是非論』で取り上げたこぶしもたっぷり効かせているように見受けられ、その面でも嬉しい限りです。

 フォレスタ動画史上空前の大ヒットとなっている『七里ヶ浜の哀歌(旧バージョン)』もそうでしたが、哀切な調べの歌に中安さんの声質が合っているのでしょうか?この歌は言わば『中安千晶の湯島の白梅』、中安さんの代表曲の一つになりそうです。

 何かの歌(以前の『蛙の笛』動画です)のどなたかのコメントをここでも繰り返します。 「中安さん、この歌あなたにピッタリ!」

 ピアノも歯切れよく心地良い演奏です。「誰れなのかな?」と思ったら、パッと吉野翠さんがピアノに向っている姿が浮んだのですが、さてどなたなのでしょう。

 とにかく繰り返し聴いても飽きがこないんですよね(クセになります)。『フォレスタ 湯島の白梅』も大ヒットになりそうな予感がします。

 (大場光太郎・記)

引用
南雲彩ブログ『今日のつぶやき』-「深谷トーク集」
http://aya-nagumo-piano.blog.so-net.ne.jp/2013-11-21
青空文庫『湯島の境内』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3578_19568.html
関連動画
『フォレスタ この世の花』
http://www.youtube.com/watch?v=7eNXBmLh2Qk
『フォレスタ 七里ヶ浜の哀歌(旧バージョン)』)
http://www.youtube.com/watch?v=tO76LnwCBDg
関連記事
『フォレスタ歌謡曲における「こぶし」是非論』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/111111.html

| | コメント (0)
|

「9条にノーベル平和賞を」キャンペーンにご賛同を!

ノルウェー・ノーベル委員会 御中

 世界各国に平和憲法を広めるために、どうか、この尊い平和主義の日本国憲法、特に第9条、を今まで保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください。(署名サイトより)

 取り急ぎ申し上げます。以下の記事をよくお読みになり、よろしかったら「9条にノーベル平和賞を」キャンペーンにご賛同・ご署名ください。「9条にノーベル平和賞授賞」の暁には、間接的ながらその栄誉にあずかれるのです。それより何より、のちの天木直人氏の一文のタイトルではないが、憲法9条を守る最強の手段はこれだ!
 どうぞご家族、友人、知人にも広めてください。もちろん私もすでに署名を済ませました。   (大場光太郎・記)

『憲法9条にノーベル平和賞を』署名サイト
http://chn.ge/1bNX7Hb

                                                    *
「9条にノーベル平和賞を」 1人の母親の運動 広がる

戦争放棄を定めた憲法9条にノーベル平和賞を─。神奈川県の女性が1人で始めた運動がある。荒唐無稽のようだが、ここにきて現実味を帯び始めた。ノーベル委員会への推薦資格のある大学教授らが強力を表明したのだ。(出田阿生)

◆推薦資格持つ教授らも賛同

このアイデアを思いついたのは、神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)。一昨年、欧州連合(EU)が「地域の統合により、国家の和解と平和を進めた」として平和賞に選ばれた。

「戦後70年近くも日本に戦争をさせなかった9条にも資格がある」とひらめいた。安倍政権が改憲への動きを活発化する中、「受賞すれば9条を守れる」と思ったことも大きかった。

「社会問題に無関心な学生」だった鷹巣さんを変えたのが、留学先のオーストラリアで出会った各国の難民だった。戦火や暴力で心身共に深く傷つき、それでも立ち直ろうとする姿。「戦争に巻き込まれずにすんでいるのは平和憲法のおかげだ」と実感した。

7歳の長女と1歳の長男の子育ての傍ら、昨年1月からネット上で「9条にノーベル平和賞を」というキャンペーンを始めた。集めた署名は、ノルウェーのノーベル委員会に随時送った。しかし、委員会からはメールで「個人か団体に授与するもので憲法のように抽象的なものは候補になれない」との返信があった。

実は「9条にノーベル平和賞を」という運動は、今回が初めてではない。1991年に「第9条の会」を米国で立ち上げたオハイオ大名誉教授のチャールズ・オーバービー氏(87)が過去に推薦しようとしたが、鷹巣さんと同じ理由で委員会から断られた。

そこで鷹巣さんが考えついたのが、「9条を保持している日本国民」という枠組みだった。鷹巣さんが地元の市民団代などに話したところ、賛同する市民らによる実行委員会が昨年8月に発足した。石垣義昭共同代表(72)と、メンバーの岡田えり子さん(53)は「最初は受賞なんてできるのかと突飛に感じたが、署名を集めるうちに、それだけの価値が十分あると確信するようになった」と口をそろえる。

ノーベル平和賞のノミネートには、推薦人が必要となる。資格があるのは各国の国会議員や閣僚、大学の学長、社会学や歴史学など一定分野が専門の教授。平和や外交政策の研究所長、国際裁判所裁判官、過去の受賞者やノーベル委員会の関係者も有資格者だ。

「実現性はある」と大学教授らに協力を呼びかけると、推薦人が集まり始めた。その一人、勝村弘也・神戸松蔭女子学院大学教授(聖書学)は「戦争に直接関わらない国は世界で珍しい。それを改憲で崩そうとする動きに、若い人の関心が希薄すぎると感じる。こうした活動は日本社会がよって立つ土台を見直す機会になる」と評価する。

ノーベル平和賞の推薦締め切りは2月1日。昨年は259の個人・団体がノミネートされた。多くの推薦人が多様な理由で推薦することと、賛同する人の署名が多いほど、委員会へのアピールになるという。詳しくは「『憲法9条にノーベル平和賞を』実行員会」の署名サイト(http://chn.ge/1bNX7Hb)へ。

2014年1月3日 東京新聞朝刊 こちら特報部:ニュースの追跡より

                                                    *
憲法9条を守る最強の手段はこれだ!
http://www.amakiblog.com/archives/2014/01/05/#002823
2014年01月05日 天木直人のブログ

 明るいことも書かなければいけないと思って書いているのではない。 これは本物の明るい記事だ。

 1月3日の東京新聞がニュースの追跡で我々に教えてくれた。

 神奈川県の一人の女性が「憲法9条にノーベル平和賞を」という呼びかけの活動を行っているという。

 この種の呼びかけはこれまでにも耳にしたことはある。

 世界に憲法9条を掲げて日本外交を行えと私も言葉では訴えてきた。

 しかし、ここまで具体化な動きが始まっているとは知らなかった。

 神奈川県座間市の主婦である鷹巣直美さん(37)という人が1年ほど前からネット上で「九条にノーベル平和賞を」というキャンペーンを始めたという。

 そして鷹巣さんはその署名をノルウェーのノーベル委員会に送ったという。

 そうしたら委員会からメールで「個人か団体に授与するもので憲法のように抽象的なものは候補になれない」という返信があったという。

 私が驚いたのはそれにもめげず、さらなる活動を発展させた鷹巣さんの行動力である。

 ノーベル委員会の返答を見て、それなら「9条を保持している日本国民」とすればいいのではないかと考えたという。

 地元の市民団体などに話し、賛同する市民らによる実行委員会が昨年8月に発足したという。

 ノーベル平和賞のノミネートには、推薦人が必要であり、その資格は国会議員や閣僚、大学学長など一定の要件を満たした者であるというが、実行委員会が呼びかけたら推薦人が集まり始めたという。

 私は直感的にこの運動は憲法9条を守るための最強の方策になると思った。

 なぜか。

 世界はまだ日本が憲法9条を掲げている国であることを知らない国や国民が多い。

 それを知れば憲法9条に賛同する国や国民が急増することは間違いない。

 それほど平和を希求している国と国民が世界に多数存在することを私は知っている。

 戦争を望むのは一部の権力者でありその権力者が仕掛ける戦略に翻弄されるからだ。

 もはや安倍政権の改憲の動きを止められる政治力は日本にはない。

 このままでは改憲されてしまう。

 そしてそのための事実上の政策はどんどんと進んでいる。

 日本の政治はそれを容認し国民を改憲に追い込もうとしている。

 もはや日本国民だけでは憲法9条は守れない。

 政治的利害関係を何も持たない本当の意味での、平和を願うひとりひとりの力で憲法9条を守る。

 そしてそれを世界に訴えて憲法9条にノーベル平和賞を与える。

 それこそが最強の護憲活動だ。

 しかも我々がすることは賛同の思いをメールで伝え、声を上げるだけでいいのだ。

 特定の政党や指導者の手柄ではなく、我々ひとりひとりが主役だ。

 私はさっそく賛同のメールを送った。

 その時点で5600人ほどの賛同だったが1万人を超えるとあらたな展開になるという。

 これは大きな動きになる。

 ひょっとしたら本当に憲法9条を守る日本国民がノーベル平和賞をもらう日がくるかもしれない。

 今年が間に合わなくても来年がある。

 来年がだめでも再来年がある。

 どんどんとその動きは大きくなり、かならずノーベル委員会はノーベル平和賞を授与せざるを得なくなる時が来る。

 この広がりは安倍政権の改憲の動きなど吹っ飛ばす威力を持つ。

 思いを共有する読者は、私と同様に以下の「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会のサイトで署名してみたらどうか。

 新年最初の善行だ。

 いいことを始めるには早いほうがいい(了)

『憲法9条にノーベル平和賞を』署名サイト
http://chn.ge/1bNX7Hb

| | コメント (2)
|

小沢一郎代表「安倍政権は必ず破綻する」

-元旦記事で「政治家やお上に期待する時代ではない」と言ったばかり。でもやっぱり「あさっての方を向いた政治」よりは「国民の生活を向いた政治」の方がずっといいに決っている。小沢一郎の「政界再編力」に期待したい-

小沢氏「安倍政権は必ず破綻する」 私邸で新年会
-MSN産経ニュース-2014.1.1 19:10
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140101/stt14010119120000-n1.htm

 生活の党の小沢一郎代表は1日、東京都内の私邸で党所属国会議員らと新年会を開き、安倍政権に対し巻き返しに出る決意を示した。安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」による格差拡大を指摘し「強者の論理に立った政権は必ず破綻する。われわれの主張を国民が理解してくれる日が近いうちにくる」と述べた。

 5月で72歳になる年男であることに触れ「このまま駄馬となって老い、死んでいくわけにいかない。国民に対する責任はまだまだ残っている」と強調。「力を合わせて良い年にしたい」と一致結束を求めた。 (転載終り)

【私のコメント】
 久しぶりの小沢一郎生活の党代表関連記事です。

  小沢私邸での今年の新年会のもようはNHKも割と詳しく報道したようです。ご案内のとおりNHKは昨秋、最高意思決定メンバーである経営委員の過半数以上を安倍晋三の息のかかった人物に差し替えられました。これなどは報道機関人事への由々しき政治介入事例で、当のNHKはじめ各マスコミは大問題にすべきです。がしかし、安倍の言うまま気まま、黙って従っているのはどうかしてるんじゃないの?と言うことはさておき。

  一連の小沢事件では、(元はと言えば、CIAの前身である米国GHQ諜報局の肝入りで創られた)東京地検特搜部の片棒を担いで世紀の「小沢バッシング」をくり広げたのが、マスコミです。関連ゼネコンが強制搜査された頃、今回引用した産経大阪版は「小沢一郎容疑者」呼ばわりしました。同じ頃NHKはデカデカと「陸山会贈収賄事件」とタイトルを打ちました。

  TBSに至っては、水谷建設元社長と石川知裕前衆院議員(当時小沢秘書)とが、都内有名ホテルロビーで1億円の金銭を授受した現場に立ち会ったという証人まで登場させました。しかし実際はどうだったのか。全部デッチ上げだったのです。検察による虚偽捜査報告書、最高裁事務総局指示による検察審査会2回目の架空(強制起訴)議決などと共に、各マスコミの「小沢抹殺」のための恣意的報道は重罪です。

 悪徳旧勢力「官報複合体」が一体となって、小沢一郎を失脚させ、千載一遇の政権交代のチャンスをメチャクチャにし、つまりは安倍晋三という大厄病神の登場を許してしまったのです。万死に値するほどの重罪を犯しながら、各マスコミは今に至るも謝罪もしなければ誤報道の検証も一切していません。

 小沢一郎に追い討ちとなったのが、ジャパンハンドラー指令による米国仕込みの一昨年暮れの12・16不正総選挙でした。これによって小沢一郎は、政局に何ら影響力を行使し得ない弱少政党代表にまで落されたのです。ジャパンハンドラー指令の骨子は以下の3点だったと推定されます。

(1)コントロールしやすい自民党に政権を戻す。なかんずく戦争屋同士でウマの合う安倍を再登板させ、これに安定多数を与える。
(2)米国戦争屋にとっても何かと目障りな小沢一郎を再起不能なほどたたき落す。
(3)反原発候補者は軒並み落選させる(その結果、7割以上だった反原発国民世論と大変なギャップを生じることになった)。

 開票速報の怪しい経過からして、大マスコミが12・16不正選挙に一枚噛んでいるのは間違いないとみられます。それ以降、積年「小沢憎し」で凝り固ったマスコミは、小沢の凋落ぶりに「小沢一郎は終った」と書き立てています。しかし以前も「終った」と思っていたのに大ドンデン返しの政権交代をやられるなど、これまで何度も痛い目にあい、小沢の恐さを誰れよりもよく知っているのがマスコミです。だからいくら凋落してもつい気になって、今回のようにポイントポイントでしっかり取材・報道しているのです。

 冒頭産経記事によると「このまま駄馬となって老い、死んでいくわけにいかない。国民に対する責任はまだまだ残っている」と強調したというように、当の小沢一郎は至って意気軒昂です。今年の5月で72歳となる年男とのことで、「小沢も年だからもうダメだよ」という声もありますが、小沢自身は年のことなどまったく気にしていない可能性があります。

 これは「小沢バッシング」がピークだった2、3年前の話です。
 小沢は車の中に何冊かの本を置いておき、移動中それを読むのが習慣だそうですが、当時その中に『鄧小平伝』がありじっくり読んでいたようです。ある時親しい人に呟いたそうです。「鄧小平はオレの年にはまだ地方でくすぶってたんだよなぁ。それに比べれば今のオレの状況なんかどうってことないよ」

 実際そのとおりで、文化大革命によって地方に飛ばされ何十年も鳴かず飛ばず、鄧小平が中央政界に復帰したのは何と73歳の時なのです。だから民主化・改革解放路線によって今日の中国発展の土台を築いた鄧小平の実績のすべては、73歳以降に為されたものなのです。

 小沢にとって鄧小平は理想とする政治家の一人だそうですから、今も鄧小平の事跡が胸中にあるのは間違いないでしょう。それからすれば小沢一郎、73歳にはまだ1年ありますし、さらにその先もまだまだあります。とにかく「亡国政治屋」安倍晋三、「亡国政党」安倍自民党の暴走をストップさせるべく政界再編の大ナタをふるえるのは、政界広しといえども小沢一郎しかいません。この3、4年積もりに積もった義憤、公憤を、「政官財+マスコミ」悪徳旧勢力を一掃する大改革に思いっ切り向けてもらいたいものです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

変化(進化)を阻む力

  「新しさ」が生の原理である  (コリン・ウィルソン『賢者の石』より)

 直前の『新しい年に思うこと』は、「変るべきか変らざるべきか?それが疑問だ」と、かのシェイクスピア『ハムレット』中の「生くべきか死すべきか?それが疑問だ」というハムレット王子の大命題にも迫ろうかという、大変重いテーマについて論じたものなのでした。
 と言うのはとんだ大ボラであることは、同記事をお読みの方ならとうにお分りのことでしょう(笑)。

 冗談はさておき―。年初にあたり、今回も「変ること」「変化」について考えてみたいと思います。先ずは、以下に引用しますスピリチュアリズム溢れる文章を味わってお読みください。

「現状からの向上を試みたことのある人なら誰れでもわかるように、エントロピーの力は強大である。エントロピーとは「もの」を動かさないようにする力である。ある状況を変化(進化)させるために必要な努力への抵抗である。心理学的にそれは無気力として現われる。悪習慣を断とうとする場合や、意識の高次能力を活性化させようとする場合などに関係なく、エントロピーと無気力は大敵である」(『マグダラの書』より)

 「悪習慣を断とうとする場合や、意識の高次能力を活性化させようとする場合などに関係なく」、つまり目的の高低、優劣を問わず、およそ「ある状況を変化(進化)させ」ようとする場合、「エントロピーと無気力は大敵である」と、上掲書の著者トニー・ケニオンは結論づけています。
 この場合、外的、物理学的運動の阻害要因としてエントロピー、片や内的、心理学的運動の阻害要因として無気力を挙げているわけです。

 さて本考で問題としたいのは、このうちの内的、心理学的運動の阻害要因としての無気力についてです。

 生身の人間である以上、人は誰れしも時折り「無気力」-ヤル気のなさ、脱力感-に襲われることがあるかと思います。がしかし無気力こそは人間成長にとってまさに大敵です。無気力とは「人」を動かさない(行動させない)ようにするネガティブな力です。そしてそれは外的、物理学的に働くのではなく、当人の内的、心理学的に働くだけに始末が悪いわけです。

 ごく軽度の場合は、当人の自覚、気分転換などによってすぐ「やる気」を取り戻せます。実際仕事などで社会との関わりをもって生きている大勢の人たちは、時々にたくみに気分転換しながら社会生活を何とかうまく維持しています。それにしても大変ですよね、今の時代は。終身雇用などとうの昔に崩れ、所得は上らず、税金は容赦なくむしり取られ、リストラや正社員から非正社員への降格、そして多くの企業が生き残りのためにどんどんブラック企業化していますから。

 端的に言ってしまえば、イヤな例えながら、「生き残りを賭けた」巨大なイス取リゲームに、この国の全国民が強制的に参加させられているような状況です。
 そんな状況にすっかりイヤ気が差して、自ら社会から離れて職業生活と一定の距離を置く人たちもいます。フリーターやニートと呼ばれる人たちです。無気力がより進行すると家族とも顔を合わせたくないという引きこもりになるわけです。 

 もうこれほど深刻化すると単なる無気力では済まなく、うつ病の可能性すらありそうです。学校の登校拒否もそうですが、こういう人たちは、社会の根本的病理に敏感な純粋な魂である人が多いのです。
 しかしそんな非生産的で不健康な状況は、本人にとっても家族にとっても社会にとっても大変なマイナスです。少し厳しい物言いをすれば、結局は「世の中への甘え」なのです。究極のスネかじりです。

 これほど極端ではないにせよ、「無気力」(という病気)を放置して手当しなければそれはやがて「死に至る病」となります。高齡者ならアルツハイマーが確実に進んでしまいます。

 さてその治療法は?
 しっかりした目標を持ってそれに向って行動する、ものぐさにならずとにかく自分の体を動かしてみる、変化やリスクを恐れず新しいものにチャレンジする、気の合う仲間と交流する、取っておきの気分転換法を身につける、ポジティヴ思考を習慣にし物事をあまり深刻に考えない・・・。

 まだまだあろうかと思いますが、ヤル気、モチベーションなどはあくまで内的、心理学的なものです。いかに優れた心理カウンセラーといえども、ほんの氷山の一角しか他人の心をのぞくことが出来ません。
 
  天は自ら助くる者を助く   (スマイルズ『自助論』より)
 
 ある人が地面に倒れたら、自分で手をついて起き上るしかないのです。モチベーションで最も重要なのは「セルフモチベーション」だと言われるゆえんです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

新しい年に思うこと

  元旦もすずめはすずめ猫は猫   あたぎ和
 


 

 新年明けましておめでとうございます。
 本年も当ブログ、どうぞよろしくお願い申し上げます。(と、上の仔猫ちゃんたちも申しております-初笑い)

 と、取り急ぎご挨拶致しましたところで、早速本題に入りたいと思います。

 取っかかりとして、冒頭掲げた句の感想などを―
 この句は今回ネットで見つけたもので、俳句雑誌『船団』2001年5月号に発表され、あたぎ和という俳人はその同人らしいことくらいしか分かりません。
 あらためて句意の解説など必要ないと思います。「元旦句」とは言っても、特に気負うことなくそのままの事柄を詠んで、かえってハッとさせられる句です。

 言われてみれば確かにそのとおり。いくら年があらたまったとは言え、「すずめはすずめ猫は猫」に違いないわけです。むしろそうでなく、胙日までのすずめや猫が元旦を迎えて別のものに変ったりしたら一大事です。この世の秩序が根っこのところから崩れてしまいます。

 この句を敷衍(ふえん)すると「元旦も人は人」となるのでしょう。
 そうであるべきです。20世紀前半の作家フランツ・カフカの代表作『変身』のグレーゴル・ザムザのように、元旦の朝目が覚めてみると巨大な甲虫になっていた、というのではシャレにもなりません。元旦早々からとんだ大ホラーです。

  去年今年貫く棒の如きもの   高浜虚子

 しょせん暦(こよみ)とは、時系列経過の区切りとして人為的に作られたもの。この世の時間は過去・現在・未来と連続していて絶えることがありません。そう考えると、「すずめはすずめ猫は猫、人は人」で変わらないことがむしろありがたいのだ、と言えそうです。

 ところで話は変りますが―
 2年ほど前に乗った電車内で、

  変りたいと強くのぞめ、それ以外はいらない。

 という、某学習塾の中吊り広告を見ました。

 さてこうなると、変らないほうがいいのか、変るべきなのか。が、しかしそんなことに一々迷う人はいないはずです。「変りたいと強くのぞ」むべきなのですよね。既にお分りでしょうが、この広告コピーは、人が巨大な甲虫になるというような外見的変身を言っているのではないわけです。

 そこが人がすずめや猫と決定的に違うところです。人には見てくれの上辺のことはともかく、内面を変ることによって現実の状況、環境に変化・変革を起こせる唯一の存在です。「内面」とは、心、意識、思考、マインドなどのことですが、それらを一言で言ってしまえば、「思考は現実化する」
 上の広告コピーは、つまりはそのことを訴えているのだと思います。

 この1年政治、経済、外交どれを取っても明るい展望が描けそうにありません。だいたいが政治家やお上に何か期待する、もうそんな時代ではありません。今はしっかりした「個の確立の時代」、「独立個人の時代」です。
 厳しいこの時代、今年も強く「変る意思」をもってより良い価値を創造しながら生きることを、年頭に当たりしっかり確めたいものです。

(大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »