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新しい年に思うこと

  元旦もすずめはすずめ猫は猫   あたぎ和
 


 

 新年明けましておめでとうございます。
 本年も当ブログ、どうぞよろしくお願い申し上げます。(と、上の仔猫ちゃんたちも申しております-初笑い)

 と、取り急ぎご挨拶致しましたところで、早速本題に入りたいと思います。

 取っかかりとして、冒頭掲げた句の感想などを―
 この句は今回ネットで見つけたもので、俳句雑誌『船団』2001年5月号に発表され、あたぎ和という俳人はその同人らしいことくらいしか分かりません。
 あらためて句意の解説など必要ないと思います。「元旦句」とは言っても、特に気負うことなくそのままの事柄を詠んで、かえってハッとさせられる句です。

 言われてみれば確かにそのとおり。いくら年があらたまったとは言え、「すずめはすずめ猫は猫」に違いないわけです。むしろそうでなく、胙日までのすずめや猫が元旦を迎えて別のものに変ったりしたら一大事です。この世の秩序が根っこのところから崩れてしまいます。

 この句を敷衍(ふえん)すると「元旦も人は人」となるのでしょう。
 そうであるべきです。20世紀前半の作家フランツ・カフカの代表作『変身』のグレーゴル・ザムザのように、元旦の朝目が覚めてみると巨大な甲虫になっていた、というのではシャレにもなりません。元旦早々からとんだ大ホラーです。

  去年今年貫く棒の如きもの   高浜虚子

 しょせん暦(こよみ)とは、時系列経過の区切りとして人為的に作られたもの。この世の時間は過去・現在・未来と連続していて絶えることがありません。そう考えると、「すずめはすずめ猫は猫、人は人」で変わらないことがむしろありがたいのだ、と言えそうです。

 ところで話は変りますが―
 2年ほど前に乗った電車内で、

  変りたいと強くのぞめ、それ以外はいらない。

 という、某学習塾の中吊り広告を見ました。

 さてこうなると、変らないほうがいいのか、変るべきなのか。が、しかしそんなことに一々迷う人はいないはずです。「変りたいと強くのぞ」むべきなのですよね。既にお分りでしょうが、この広告コピーは、人が巨大な甲虫になるというような外見的変身を言っているのではないわけです。

 そこが人がすずめや猫と決定的に違うところです。人には見てくれの上辺のことはともかく、内面を変ることによって現実の状況、環境に変化・変革を起こせる唯一の存在です。「内面」とは、心、意識、思考、マインドなどのことですが、それらを一言で言ってしまえば、「思考は現実化する」
 上の広告コピーは、つまりはそのことを訴えているのだと思います。

 この1年政治、経済、外交どれを取っても明るい展望が描けそうにありません。だいたいが政治家やお上に何か期待する、もうそんな時代ではありません。今はしっかりした「個の確立の時代」、「独立個人の時代」です。
 厳しいこの時代、今年も強く「変る意思」をもってより良い価値を創造しながら生きることを、年頭に当たりしっかり確めたいものです。

(大場光太郎・記)

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