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フォレスタの「北国の春」

    (「フォレスタ 北国の春」YouTube動画)
     http://www.youtube.com/watch?v=wAczYwWRacQ


  野も山も木々が渦芽(うずめ)を舞ひにけり  (拙句)

 当然のことながら、全国どの地方でも、春の訪れは心待ちに待たれるものです。特にその想いひとしおなのが「北国」です。根雪の単調なモノトーン基調に閉ざされた長い冬の季節から、方々で雪が融け出して、冬中雪に押しつぶされていた雑草に混ってとある畑のすみっこにはふきのとうや浅葱(あさずき)が、川の土手には猫柳が福寿草の花が・・・。

 おちこちの野山や田畑や川辺の若草、若葉が一斉に芽吹き、街の家々の庭や生垣には花々が咲き竸い、彩り豊かに蘇る北国の春!

 北国の春が分けても心待ちに待たれるのは、春の到来が遅いことにもありそうです。18歳までを山形県内陸部の郷里町で過ごした私の記憶でもそうでした。(温暖化により季節が早まっている今はいざ知らず)根雪がすっかり融け切るのが3月下旬から4月上旬頃、桜の満開はちょうどゴールデンウィーク中だったと思うのです。

 『大和古寺風物誌』などの名著で知られた文芸評論家・亀井勝一郎(1907年~1966年)の随筆を中学3年の1学期に国語の授業で習いました。それは「山形盆地の春の思い出」についての一文でした。大正時代後期、旧制山形高等学校(現・山形大学)生だった亀井は、「その後全国各地の春を見てきたが、山形盆地の春ほど美しい春を私は知らない」と述べているのです。

 私の郷里町は、山形市とは離れた(米沢市や長井市などと共に旧上杉藩領だった)置賜(おいたま)盆地にありました。しかし十代までをそこで過ごした私の実感も、亀井勝一郎の山形盆地の春の思い出とまったく一緒です。そしてこれはひとり山形のみならず、北国、雪国のどの地方の春にも敷衍し得る実感なのだろうと思われます。

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 いずれにせよ、幾重にも待たれる北国の美しい春を、そのままタイトルとした歌が『北国の春』です。北国人、雪国人の心を解放してくれそうな「北国版春の讃歌」といえると思います。この歌を歌ったのは岩手県出身の千昌夫(1947年4月7日~)だっただけに、よけい北国=東北、つまり「東北ソング」の代表格と思ってしまいます。

 ただ私は、この歌が発表された昭和52年(1977年)頃、テレビから流れてくる千昌夫の伸びのある歌声を聴いて、一点『あれっ?』と思ったことがあります。それは他でもない、1番冒頭の、
  「白樺 青空 南風」
の「白樺」に少々異和感を覚えたのです。これについて、数年前『二木絋三のうた物語』の『北国の春』に、
「白樺なんていうハイカラな木は山形のどこにもなかったけどなあ。岩手にはあんのか?」
というような、少しトボケたコメントをしたことがあります。

 おそらく岩手にも「白樺なんていうハイカラな木」はないことでしょう。このフレーズは、この歌の作詞者いではくの出身地はどこか?を考慮する必要がありそうです。ズバリいではくは長野県南佐久郡南牧村出身で、彼自身のちに「故郷の信州の情景を描いた」と語っているのです。
 なんだ、そうだったのか。なるほど長野県なら白樺はいくらでもあるわけだし。ということは、北国の春は「長野県の春」ということ?まあ、長野県は今年2月、山梨県と共に大雪害に見舞われたほどの豪雪地帯だし、「北国」と言えないこともないけれど・・・。

 さはさりながら、さりながら。いではくは、(この歌の作曲者でもある)作曲家・遠藤実門下生から作詞家に転身した人のようです。そして歌ったのが、同門の後輩にあたる千昌夫。(これは推察ですが)だからいでは、可愛いい後輩の千の故郷である岩手を想定した「北国の春」を作ろうとした。しかし実際岩手に住んだことがないのでイメージが浮かばない。そこでやむなく、いでの故郷である信州の情景を想い描いて作詞した、ということなのではないでしょうか?

 この歌全体の雰囲気、そして「あの故郷へ 帰ろかな帰ろかな」と歌われている北国の故郷とは、やはり東北が一番相応しいのかな?と思うのです。リアルな「東北ソング」と言うべきで、例えば「民話の宝庫」遠野地方の情景が連想されてきたりします。

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 そもそも千昌夫は、昭和40年(1965年)、岩手県陸前高田市から地元の高校を中退し歌手を目指して上京、歌謡曲界の大御所・遠藤実に入門します。よほど見込みのあるヤツだったのでしょう。入門の年に遠藤は、千のために『星影のワルツ』を作曲して与えました。しかしこれがなかなかヒットしないのです。しかし千はあきらめず、東北人特有の粘りで歌い続け、昭和43年(1968年)、爆発的にヒットしミリオンセラーとなったのでした。

 昭和52年に発表された『北国の春』は、『星影のワルツ』と並ぶミリオンセラーとなりました。この頃既に米国人歌手のジェーン・シェパードと結婚しており、また仙台市内に購入した広大な土地で大儲けするなど不動産事業にも進出し、千昌夫の絶頂期でした。こういう時期には、後に代表曲となるこんな良い歌にも恵まれるものなのでしょう。

 発表の年から『北国の春』を千昌夫は、NHK紅白歌合戦で計6回歌っています。紅白では、一人の歌手によってもっとも多く歌われた歌だそうです。その意味でこの歌は、ただ単に東北ソングにとどまらず、全国民に広く愛され親しまれている「国民歌謡の一曲」と言っていいのかもしれません。

 それにご存知かもしれませんが、この歌の人気は国内だけにとどまるものではありません。中国、タイ、ベトナム、モンゴルなど(それぞれの母国語で)アジアで広く歌われました。特に中国では、日本の歌謡曲の中でもっとも愛唱されているのが『北国の春』です。

 遠藤実のこの歌の旋律には、広くアジアンノスタルジーに訴える「何か」があるからなのでしょうか?

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 『フォレスタの「北国の春」』 大野隆さん(バス)、澤田薫さん(テノール)、白石佐和子さん(ソプラノ)、矢野聡子さん(ソプラノ)という、男声・女声メンバー4人による混声コーラスです。
 
 同じような4人混声コーラスとして、フォレスタファンの間でも人気の高い『旅の夜風』がありますが(大野隆さんに代ってテノールの榛葉樹人さん)、いずれもユニークなメンバー編成といえるかと思います。
 
 さすが全員音楽大学出身ならではの、各パートアレンジの妙をこらした『北国の春』コーラスです。2番前半の矢野さん、白石さんお二人の女声による主旋律ハモリには、『あっ、やられた!』、意表を衝かれた感じがしました。
 
 全体を通してそうですが、特に2番前半の矢野聡子さんのハイソプラノがしっかり効いていて、北国の春のウキウキ、ワクワク感、意外な効果をこのコーラスにもたらしているように思われます。
 
 ピアノ演奏は南雲彩さんでしょうか、吉野翠さんでしょうか。軽快で小気味よい刻みの演奏が印象的です。
 
 ところで千昌夫は、この歌のほかにも『望郷酒場』や『津軽平野』などの東北ソングの名曲を歌っています。大出世作の『星影のワルツ』とともに、男声フォレスタには今後是非歌っていただきたいものです。
 各歌の独唱部はもちろんこの人、岩手県ご出身の澤田薫さん!一段と気合を入れて歌っていただかなければなりません(笑)。

 (大場光太郎・記)
 
関連動画
『フォレスタ 旅の夜風』
http://www.youtube.com/watch?v=vgwfTBWAwKI

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フォレスタコーラス」カテゴリの記事

コメント

大場光太郎様

南国人にとって北国は(私の頭の中では、雪深い所は信州も越後も東北も全て北国の範疇です)一面の雪景色、白樺林、たわわに実るリンゴ畑など、憧れの世界ですねぇ~
雪国の人にとっては、冗談じゃないよ「凍れる寒さ」「雪降ろしの厳しさ」など知らないだろうと言われそうですが、やはり憧れますねぇ~
雪国の人たちにとっては、冬が長く厳しいが故に春の訪れが心待ちに待たれるのでしょうね・・・・・・・・
現実の厳しさはさて置き、よくわかる気がします。

越後の遠藤さん、信州のいでさん、岩手の千さん、雪国育ちのお三方が生み出した「北国の春」が、日本人のみならず広くアジアの人たちの共感を得た理由は、三人の方々の実体験に即した「待ち続けた春が来た喜び」がそのまま表現されているからでしょうか?

歌うフォレスタの構成は私の個人的な趣向ですが大好きなパターンです、特に女声の矢野さん、白石さんのハモリはおっしゃられる通り素晴らしいと思います。
コーラスの専門的なことなど皆目わからない門外漢ですが、フォレスタのコーラスは聴いていて感動させられる「何か」があるように思います。
もう一つ言わせていただければ、フォレスタの魅力の一つに歌う時の立ち姿の美しさがあるように思います、マイクの上げ下げや不動の姿勢など他のグループと比べると格段に美しいと思います。(“あばたもえくぼ”のファン心理と言われるかもしれませんが・・・・)

投稿: nonnta | 2014年5月 9日 (金) 14時26分

nonnta様

 いつもコメントありがとうございます。
 
 この歌は「北国」がテーマなので、つい「南国」のことはそっちのけにし、失礼致しました。nonnta様は南国の人でしたか。私は東北出身で、フォレスタの『北帰行』『旅愁』『故郷を離るる歌』などで望郷の思いを述べてきたところです。その延長でこの歌でもつい「東北」を強調してしまいました。
 
 その人が居住しておられる所によって、「北国」の受け取り方に差異が出ること、お説によって気づかされました。なるほど『北越雪譜』の北陸はもとより、例えばこの歌を歌っている大野隆さんは島根県のご出身ですが、山陰も地域によってはかなり雪も降るようですから、その地方の人たちは「北国」に共通するようなメンタリティをお持ちかもしれませんね。
 
 そうですか、「北国への憧れ」、ありがとうございます。私はだいぶ前『雪に埋もれし我が故郷』シリーズ記事を出しましたが、実際昔の冬は難儀な事も多くありましたが、だからこそ春が・・・ということになりますね。心の底から、「蘇り」「再生」が実感できたように思います。
 
 『北国の春』そしてフォレスタコーラスへの、いつもながらの適確なご指摘、感服致しました。
 なお、諸事情により返信遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。

投稿: 時遊人 | 2014年5月10日 (土) 15時11分

記事を拝見させていただきました。

白樺の件なのですが、私の地元の岩手県久慈市にある平庭高原には白樺の木がたくさん生えていますよ。以前久慈市と合併した山形村(よく山形県にあると間違えられることが多いですが)というところには、道の駅の名前に「白樺の里」という言葉が入っています。また、盛岡市と久慈市を結ぶバスの名前も「白樺号」といいます。そして村の木も白樺だったんですよ(゚▽゚*)

ぜひ機会がありましたら岩手県にお立ち寄りください。

記事とほとんど関係なくてすみません。

投稿: hskjik | 2014年5月11日 (日) 01時45分

hskjik様

 あらためまして、大変貴重なコメントをいただきありがとうございます。

 えっ、hskjik様は、岩手県ご在住(ご出身)!?それに、地元の岩手県久慈市の高原には白樺があるんですか!いやあ、二重の驚きです。(それに山形村もあったそうですが)私の悪いクセで、何でも「山形基準」で物事を考えてしまい大変失礼致しました。

 いずれにしましても、「岩手県には白樺がある」となると、『北国の春』の歌詞は、千昌夫の歌唱もあいまって岩手県民、岩手県出身の方々にとって、完璧にリアルな県歌ということになりそうですね。

 ただ先にコメントいただいたnonnta様のような南国の人が考える「北国観」もあります。それだけ『北国の春』は全国どこの人にも愛唱されている証明だと思いますから、『北国の春』は岩手県を歌った歌だったんだ、東北ソングだという断定は控えさせていただきます。

 それにしてもhskjik様が岩手県ご在住(ご出身)だったとは!フォレスタつながり、東北つながりで、小笠原優子さん、澤田薫さん、hskjikさん、そして私と、強い絆が出来ましたね(笑)。余裕があれば、岩手県をゆっくり回ってみたいものです。

 ところで先日、ご提供いただいておりますフォレスタ動画中の『hskjikさんの「影を慕いて』じっくり聴かせていただきました。一言で、ウ~ン、うまい!プロフィールにより大学生というのは存じ上げておりましたが、『この人、ひょっとして音大生?』と思ってしまいました。いつかまたコメントいただく機会がありましたら、専攻学部などご紹介いただければと存じます。

 「君は春秋に富む」
 これはかの菅原道真公の言葉だったでしょうか?18歳とは何とお若い!目指す分野で大輪の花を咲かされんことを、お祈り申し上げます。

 ご提供のフォレスタ動画、今年は「魔の4月13日」を無事通過して何よりです!今後とも良いフォレスタ動画のアップよろしくお願い申し上げます。
なお、ご指摘の件、近いうち本文末尾【注記】でご紹介させていただきます。どうぞご了承ください。(5月13日AM1:000記)

投稿: 時遊人 | 2014年5月12日 (月) 19時02分

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