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フォレスタの「都ぞ弥生」

    (「フォレスタ 都ぞ弥生HD」YouTube動画
     (この歌の動画は削除されました。) 
    
    
 
    
    
 


 

     
    都ぞ弥生  (作詞:横山芳介、作曲:赤木顕次)

都ぞ弥生の雲紫に
花の香漂う宴遊(うたげ)の莚(むしろ)
尽きせぬ奢(おごり)に濃き紅や
その春暮れては移ろう色の
夢こそ一時青き繁みに
燃えなん我胸想(おもい)を載せて
星影冴(さや)かに光れる北を
人の世の 清き国ぞとあこがれぬ



豊かに稔れる石狩の野に
雁(かりがね)はるばる沈みてゆけば
羊群(ようぐん)声なく牧舎に帰り
手稲の巓(いただき)黄昏(たそがれ)こめぬ
雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢(こずえ)
打振る野分に破壊(はえ)の葉音の
さやめく甍(いらか)に久遠(くおん)の光
おごそかに 北極星を仰ぐかな



寒月懸れる針葉樹林
橇(そり)の音(ね)凍りて物皆寒く
野もせに乱るる清白の雪
沈黙(しじま)の暁(あかつき)霏々(ひひ)として舞う
ああその朔風(さくふう)飄々として
荒(すさぶ)る吹雪の逆まくをみよ
ああその蒼空(そうくう)梢(こずえ)聯(つら)ねて
樹氷咲く 壮麗の地をここに見よ

牧場の若草陽炎(かげろう)燃えて
森には桂の新緑萌(きざ)
雲ゆく雲雀(ひばり)に延齢草(えんれいそう)
真白の花影さゆらぎて立つ
今こそ溢れぬ清和の光
小河の潯(ほとり)をさまよい行けば
美しからずや咲く水芭蕉
春の日の この北の国幸多し



朝雲流れて金色(こんじき)に照り
平原果てなき東(ひんがし)の際(きわ)
連なる山脈(やまなみ)玲瓏(れいろう)として
今しも輝く紫紺の雪に
自然の芸術(たくみ)を懐(なつかし)みつつ
高鳴る血潮の迸(ほとばし)りもて
貴き野心の訓え培い
栄え行く 我等が寮を誇らずや

                       *
 「日本三大寮歌」として今日まで歌い継がれている、『嗚呼玉杯に花うけて』(旧制第一高等学校寮歌-明治35年)『紅もゆる岡の花』(旧制第三高等学校寮歌-明治37年)そしてこの『都ぞ弥生』を、男声フォレスタが歌ってくれています。
 それぞれが、高邁な理想と奔る情熱や気慨を高らかに歌い上げた清々しい男声コーラスです。今回は、(私にとっても少しばかり懐しい)そのうちの『都ぞ弥生』を取り上げてみたいと思います。

                       *
 『都ぞ弥生』は、明治45年(1912年)、北海道大学の前身の東北帝国大学農科大学の予修科(予科)学生の寄宿舎であった恵迪寮(けいてきりょう)の寮歌の一つとして作られました。
 作ったのは、何と当時同学に在学中の二人の学生だったのです。作曲者は当時予科3年生だった赤木顕次(1891年 - 1959年)で、作詞者は同じく2年生だった横山芳介(1893年 - 1938年)です。

 共に異能の才と言うべきです。作曲した赤木顕次は21歳、そして作詞した横山芳介は弱冠19歳です。こんな若い二人によって作られた寮歌が、その後全国に知られていき、「日本三大寮歌」の一つとして100年後の今日まで歌い継がれているわけです。

 赤木顕次の曲もなかなかです。ただ私は音楽については分らないため、例によって横山の歌詞について少しみてみたいと思います。
 とにかく『これが本当に19歳の若者の詞なの?』と驚かされます。難解な言葉を自在に駆使しながら、学舎を取り巻く広大な自然、その美しさを讃える格調高い詞になっています。色彩豊かな表現で、情景が鮮やかにビジュアル化されてきます。

 
 1880年頃の札幌農学校の校舎

 この歌詞から当時の明治期知的エリート青年たちの「志の高さ」がうかがえます。ことに横山青年らは、同学のそもそもの前身である札幌農学校の初代教頭だったウィリアム・スミス・クラーク(1826年 - 1886年)の有名な言葉、「Boys,be ambitious(少年よ、大志を抱け)」を、新渡戸稲造や内村鑑三などの先人から脈々と受け継いでいたことでしょう。

 それと見逃してならないのは、明治期知的エリート青年たちの「知的・教養レベルの高さ」「精神性の深さ」です。そう言ってしまえば身も蓋もない話ながら、今の偏差値偏重時代の19歳の“点取り屋さん”たちのうちで、この歌詞に比肩し得るような内容の作品を作れる者がいるものでしょうか?
                       
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 冒頭で、(私にとっても少しばかり懐しい)そのうちの『都ぞ弥生』、と述べましたが、それは以下のような次第です。

 私の高校の修学旅行は北海道でした。山形県内の高校でしたから、型通りなら京都・奈良のはずですがうちの高校だけは違ったのです。そのこころは、「関西方面には卒業してからいくらでも行ける。しかし北海道はそうではないだろう」。と言うわけで、私らの2、3年先輩の頃からそう決ったようなのです。

 その後全国的な高速道路・新幹線・空の便の整備拡充、また『知床旅情』『襟裳岬』ドラマ『北の国から』などの大ヒットで、空前の北海道ブームが巻き起り、当時よりずっと身近にはなりました。しかし私の場合は、今のところ北海道旅行はその時限り。実は個人的にはあまり気分の乗らない旅行でしたが、今となっては母校の配慮がありがたく思われます。

 修学旅行は高校2年の6月初旬でした。それを直前にしたある日、何かの授業でクラス全員にガリ版刷りの用紙が配られました。それに『都ぞ弥生』の歌詞が書いてあったのです。目的地の一つが北海道大学構内でしたから、その寮歌くらい前もって知っておくように、ということだったのでしょう。楽譜付きだったかどうか定かではありませんが、ともかくこの時名だたる名寮歌を初めて教わったのでした。

 旅行そのものは6泊7日ほどでした。途中一日雨が降っただけで、おおむね初夏の爽やかな天候に恵まれました。

 日本国土の約2割をも占める広大な北の大地です。とても全土を回れるわけもなく、函館→室蘭→登別温泉→苫小牧→札幌という観光スポットに、長時間かけて国鉄の汽車(昭和41年当時は正真正銘の蒸気汽関車だった)に乗って辿り着き、地元では観光バスで名所を見学して回る、というような按配でした。残念ながら、それより北部の帯広、釧路、根室、網走、稚内、小樽などは行っていません。

 余程ポカ~ンとした旅行だったらしく、旅の記憶がまだらボケのように飛び飛びです。例えば、函館では五稜郭には行っているはずですが、その記憶がまったくないのです。同じように北海道大学での記憶もあまりありません。同大学構内の植物園を見学した覚えがありますから、そのすぐ近くにあるというクラーク博士の胸像も見ているはずですが、これまた「記憶にございません」(苦笑)。

 北海道大学構内のクラーク胸像

 今にして思えば、その時期の私はうつ病傾向だったようです。少しブルーな私などとは真反対にハイテンションなヤツが約1名いました。進学コースの彼は顔を知っているくらい、今では名前も忘れましたので仮にA君としておきます。このA君、『都ぞ弥生』にか、実際間近にした北海道大学構内にか、クラーク胸像にか、あるいはそのすべてにか、とにかく大感激したらしいのです。

 A君はこの修学旅行をきっかけに北海道大学への進学を決意し、ストーレートで合格しました。母校初の北海道大学生の誕生です。そして彼が先鞭となって後輩たちが後に続き、今では毎年何人かが北大に進学しています。
                       
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 『フォレスタの「都ぞ弥生」』。(前列画面右から)川村章仁さん、大野隆さん、今井俊輔さん、(後列画面右から)澤田薫さん、榛葉樹人さん、横山慎吾さんによる男声フォレスタフルキャストによる、堂々のコーラスです。

 珍しいことに1番はピアノ伴奏なしのアカペラです。いかにも往年の学生応援歌風です。それが、この歌の持つ質実剛建な気風をよく醸し出していると思います。
 アカペラと言えば、だいぶ前に取り上げた『北帰行』が始めから終りまで完全アカペラでしたが、いずにせよ歌い手の生の実力が試されます。

 その面で、一点の破綻も見い出せない完璧な1番コーラスです。「さすがプロの声楽家集団!」、脱帽です!

 2番からは徐々にピアノ伴奏が加わりますが、それも最少限で。演奏は山元香那子さんですが、ピアノ演奏家として本当は自由奔放に弾きたいものでしょうに。極力抑えた今回の演奏、かえって「お疲れ様!」と言いたくなります。

 冒頭掲げましたが、本来の『都ぞ弥生』は5番まであります。しかし通常歌われる場合は、1番、2番のみ、または今回のフォレスタコーラスのように1番、2番、5番というパターンが多いようです。

 上で触れたように、難解な言葉が散りばめられた歌詞で、一つ一つ注釈していきたいところですが切りがありませんので。タイトルにもなっている「都ぞ弥生」の「都とはどこか?」ということだけ一。
 都は学舎のあった札幌か、というとさにあらず。当時の札幌はまだ都と呼べるほどの規模ではなかったのです。この歌詞における都とは東京のことなのです。「栄華の巷低く見て」(『嗚呼玉杯に花うけて』)を逆手に取った、究極の「やせ我慢の美学」という感じです。

 『フォレスタの「都ぞ弥生」』、前列の低音トリオをメーンとしていますが、後列の高音トリオのハモリもなかなかです。終始全体コーラスで通しています。ビシッと決っており、さながら「大いなる一人」の歌声のようです。もちろん歌によっては独唱もいいけれど、コーラスの基本に立ち帰ったようなこういう歌唱もいいものですね。

 (大場光太郎・記)

関連動画
『フォレスタ 嗚呼玉杯に花うけて(NEW)HD』
http://www.youtube.com/watch?v=-m2VaeO203c
『フォレスタ 紅萌ゆる岡の花(NEW)HD』
http://www.youtube.com/watch?v=vYj1GlRfHcA
関連記事
『フォレスタの「北帰行」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-3955.html

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