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フォレスタの「花~すべての人の心に花を~」

    (「フォレスタ 花~すべての人の心に花を~」YouTube動画)
     https://www.youtube.com/watch?v=HO8LZZvgJIo

 
 大変遅ればせながら―。
 以前の『フォレスタの「ゴンドラの唄」』の【追記2】でもご紹介しましたとおり、結婚、出産、育児のため休養中だった小笠原優子さんが、今年10月のフォレスタコンサートから復帰されます。
当面は花子ちゃん育児中でもあり、全面復帰とはいかず、都内近郊のコンサートから徐々に、ということのようです。
 
 それであっても、小笠原優子さんファン、女声ファン、いなすべてのフォレスタファンにとって大朗報です。ファンの中には、「小笠原優子さんと矢野聡子さんの復帰はもうないのでは?」というような悲観的な見方もあっただけに、本当によかったです!

 
 私は以前「小笠原さんのいない女声フォレスタなんて・・・」などと、他の女声メンバーに失礼な物言いをしてしまいましたが、ともあれ小笠原優子さん復帰により、新女声フォレスタは画龍点晴を得る思い。定評ある歌唱力そして年齡的にも小笠原さんは女声フォレスタの精神的支柱のようなお人です。復帰決定、本当におめでとうございます!

 と言うわけで、小笠原さん復帰の朗報以来『ふさわしい歌を』と迷いに迷っていましたが、このたび取って置きの小笠原さん独唱曲を見つけました。前置きが長くなってしまいましたが、それが、今回取り上げる『フォレスタの「花~すべての人の心に花を~」』です。

                       *

 沖縄県出身のミュージシャン・喜納昌吉(きな・しょうきち)作詞作曲の『花~すべての人の心に花を~』は、1980年(昭和55年)に発表された曲です。

 長い間マイナーな歌でしたが、10年後の
1990年におおたか静流が歌うバージョンがあるTVCMに使われ話題になったり、1995年に石嶺聡子によるカバーがヒットしたことをきっかけに、現在では沖縄を代表する曲となっています。また、日本国内はもちろん、台湾、タイ、ベトナム、アルゼンチンをはじめ世界60か国以上で、多数のアーティストにカバーされています。1999年の読売新聞調べによりますと、全世界で3000万枚を売り上げたといいます。

 と、さも知った風に「ネット版虎の巻・ウィキペディア」ほぼそのままを(小保方晴子女史にならって?)コピペしていますが(笑)、『なるほどそうだったんだ。今まで知らなかったなぁ』。ともかく今日では、2007年の「日本の歌百選にも選定されたほどポピュラーな歌になっています。


 「日本の歌百選」については以前記事にしましたが、その『続・日本の歌百選』の中で、「個人的見解ながら。喜納昌吉の『花』もいい歌には違いないけれど、同じ“花の歌”なら『花かげ』の方がレベルは上でしょ。」と述べました。「『花かげ』は屈指の名叙情歌」と思う私は、今でもその考えに違いはありません。が、ただ今回あらためて女声フォレスタの『花』を聴き、その歌詞を読んでみて、だいぶ差が縮まってきたかな、と感じています。

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  山路(やまじ)来て何やらゆかし菫(すみれ)哉(かな)  (松尾芭蕉)

 『花』と言えばどうしても、同じく「日本の歌百選」に選定されている滝廉太郎(作曲)の『花』が思い浮かびます。だって喜納昌吉『花』が出るまでは、こちらの『花』が定番だったのですから。


 1900年(明治33年)発表の
滝廉太郎『花』(作詞;武島羽衣)の「花」とは、言うまでもなく「桜の花」です。日本の自然美を代表するものとして「雪月花」と言いならわされてきましたが、この場合も同じです。このように「花=桜」というのは、平安時代の王朝的美意識以来千年も受け継がれてきた約束事でした。滝廉太郎『花』はそれをしっかり踏まえた歌だったわけです。

 対してそれから80年後に作られた喜納昌吉『花』は、そういう日本の伝統的美意識とは無縁といっていい歌です。無理もありません。かつて沖縄は、本土防衛の最前線として米軍の猛攻にさらされ、おびただしい島民が犠牲になったのですから。この歌を作った当時の喜納昌吉には、心のどこかに本土文化へのレジスタンスがあったかもしれません。


 さりとて、それでは沖縄特有の花を強調した歌かというとそういうこともありません(ただ沖縄的曲調からついハイビスカスなどがイメージされたりしますが・・・)。

 だからこの歌の「花」は、桜でもディゴ(沖縄県花)でもバラでもひなげしでもタンポポでも・・・何でもいい。どんな花にも普遍化し得る「花」であるようです。

 「~すべての人の心に花を~」というサブタイトルには考えさせられます。


 ここで言う花とは、人それぞれの個性に応じた花、ということなのでしょう。誰もがバラや牡丹のように華麗な花であるわけはなく、またその必要もありません。目にするすべての花がバラだったらかえって気詰りでおかしな世界です。上掲の松尾芭蕉の句ではないけれど、どこぞの鄙(ひな)びた山里の丘の斜面にひっそりと咲く桔梗(ききょう)をたまたま見つけて、得も言われぬ風情を感じることがあるものです。

 昔、南海ホークスの名捕手だった野村克也氏が、「長嶋(茂雄)がひまわりなら、俺は月見草だ(トホホホ)」とボヤきました。しかし野村さん、「富士には月見草がよく似合う」という大宰治の名言があるのだし、そうボヤきなさんなって。

 と言うことで、それぞれに相応(ふさわ)しい「♪花を咲かそうよ」
 「百花繚乱」。こうなると、この歌における花とは人及び人生のメタファーであり、また(歌詞の内容から)女性及び恋人のメタファーでもあるようです。

 「♪泣きなさい 笑いなさい
 花を初めとした植物全体に豊かな感情生活があるように。
『えっ、植物にも感情があるだって?』。はい、あるんですよ実は、意識も感情も。
 喜納昌吉という人は、私たち自称文明人(実は野蛮人)が失ってしまった自然万物との交感能力を多分に有している人のように思われます。私たちの意識がうんと精妙化すると、道端の草花が興味深い自然の神秘を語りかけてくるので、1メートル進むのに30分もかかるほどのものなのだそうです。

                       *

 『フォレスタの「花~すべての人の心に花を~」』。歌うは、小笠原優子さん、白石佐和子さん、矢野聡子さん、中安千晶さん、4人の初代女声フォレスタです。

 フォレスタは昔懐しい歌をリバイバル的にずい分歌っているわけですが、私の場合『若葉』『四季の雨』『蛙の笛』のように、フォレスタコーラスで初めて知ったという歌もあります。また前から知ってはいても、フォレスタの歌声によってあらためてその歌の良さを再認識したということがままあります。まさにこの歌もそんな一曲です。

 白石さん、矢野さん、中安さんのバックコーラスももちろん素晴しいです。しかしこの歌にあっては、何といっても小笠原優子さんの独唱に尽ると思います。
 小笠原さん自身、思い入れの深い歌のようです。珍しいほど歌に感情移入しているように感じられます。3番では左手の大きなゼスチュアも見られるほどの「熱唱」です。

 それより何より、この歌における小笠原さんの歌唱は秀逸です。
 5分余とやや長い歌であるにも関わらず、始めから終りまで、歌のすみずみに至るまで、きっちり「歌うマインド」が行き届いている感じがします。確かな歌唱力が長い歌をしっかり支えているのです。それに(私の好きな、例の)「こぶし」も適度に効かせておられるようで、それも嬉しい限りです。

 当『フォレスタコーラス』では、吉田静さんとともに、小笠原優子さんの独唱曲をけっこう取り上げています。主だったところでは、『アカシヤの雨がやむとき』『かなりや』『津軽の故郷』『ラ・ノヴィア』『君の名は』『ゴンドラの唄』など。そんな中で『花』は、ベスト3に入るのではないでしょうか!?

(大場光太郎・記)

関連記事

『フォレスタの「ゴンドラの唄」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-c361.html
『続・日本の歌百選』

http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-7687.html

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