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2014年8月

断層面の・・・草に流るる晩夏のひかり

                      前田 夕暮

  
壁立(へきりつ)せる断層面の暗緑の草に流るる晩夏のひかり 

 …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……

  前田夕暮(まえだ・ゆうぐれ) 略歴については『若き日の夢に別れて』参照のこと。

 前田夕暮は印象的な短歌を多く残しており、私としては、心惹かれる近代歌人の一人です。彼の短歌の持つ「青春性」「斬新さ」「革新性」に惹かれるのです。

  壁立せる断層面の暗緑の草に流るる晩夏のひかり 

 今回のこの短歌は、そのうちの「斬新さ」「革新性」において際立っています。

 この短歌に初めて接した時、つい現代的な短歌が連想されました。が、この短歌は大正元年(1912年)刊の歌集『陰影』に収録されている作品です。かれこれ100年以上も前の作品なのに、今読んでも“新しさ”を感じます。 

 「壁立せる断層面」 
 出だしのこの表現が出色です。なるほど確かに、我が国は太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレートに挟み込まれ隆起して出来た列島です。それゆえ中央構造線や糸魚川静岡構造線などの大断層はもとより、全国には小さな断層が数多くあることでしょう。しかしこのような素材は、ひたすら自然美を歌う伝統的な和歌では無論のこと、正岡子規による「短歌革新運動」以降の近代短歌でも取り上げられたことのないものです。 

 自然の美しさとはズレた位相の、ともすればそれまでの短歌ではスポイルされて来たような素材をあえて取り上げたところに、前田夕暮の新しさ、革新性があるのです。 

 「断層面」とは、地形として断層を示しているその表面ということです。高さは5メートルいや10メートル以上あるのでしょうか。それが壁のように真っ直に突き立っているのです。イメージするだに、ある種の圧迫感、不安感を覚えてしまいます。しかしそんな所にもしぶとく、逞しく雑草が生えていて、夏の終りの陽の光りがやわらかくそそがれている、というのです。歌号とこの短歌の内容から、私はとある晩夏の夕暮時をイメージしていましたが、時間までは述べられていませんから、陽が出ているどの時刻でもいいのでしょう。 

 実際に見た風景なのか、あるいは想像上の風景だったのかは知る由もありません。前田夕暮自身は、ありのままのその実景をとにかく詠みたかっただけなのかもしれません。しかし「壁立せる断層面」をいきなり持って来られると、そう詠んだ彼の深層心理を覗き込んでみたくなります。 

 (大場光太郎・記) 

関連記事
『若き日の夢に別れて』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-3609.html

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逃げるなら今のうち?既に関東から10万世帯超が避難

-311震災&福一原発事故からおよそ3年半。その間、既に関東から10万世帯超が避難しているという。理由として大きいのはやはり原発事故だろう。菅民主党政権から安倍政権、東電、原子力ムラ、マスコミがひた隠ししているが、特に3号機は(広島原爆の千倍超という)核爆発だった可能性が高い。で、なければ、東京各地点があれほど高濃度汚染されるはずがないではないか。欧米のシビアな指摘どおり、フクシマはチェルノブイリ超の大惨事だったのだ。子供を持つ家庭、移住の自由度が高い若者などは、首都圏から西への脱出を本気で考えた方がいいのかもしれない。神奈川県県央部の(前期高齢者の)私も、資金さえあれば、世話している可愛いい野良猫たちを連れて(笑)即移住したいくらいだ。以前から囁かれているには、移住者が殺到し出すと、多摩川を戒厳令的防衛ラインとし、それから以西に行けないようにするという。高速道も一般道もJRも私鉄も封鎖である。そんな時でもいざとなれば、政府高官、高級官僚、一部富裕層(及びそれらの家族)などは専用機でラクラク脱出である。(大場光太郎)-

                       *

関東から10万世帯超が震災で避難、東京3.5万、茨城2.1万、千葉1.9万、神奈川1.7万、埼玉1.3万世帯(総務省統計局)
http://www.asyura2.com/14/genpatu39/msg/854.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 8 月 24 日 16:40:05

「住宅に住めなくなった」理由で転居した世帯は,被災3県で8割強
都道府県別の転居世帯数は,宮城県(7.4万),福島県(7.1万),岩手県(2.5万)の被災3県で全体の5割強
「住宅に住めなくなった」理由で転居した世帯数は,宮城県(5.3万),福島県(4.0万)及び岩手県(2.0万)の被災3県で8割強
その他の理由では,東京都及び福島県(3.0万)が最も多い。

http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2013/pdf/giy07.pdf。

                       *
総務省・関東からの避難が十万人、実際は倍以上である、もはや隠しようがない数字で、各自移住を検討すべきである。
http://www.asyura2.com/14/cult13/msg/288.html
投稿者 ポスト米英時代 日時 2014 年 8 月 24 日20:23:27
昨晩のチェルノブイリ番組をいぶかしく思ったがあれではまるでもうすぐ政府が汚染図を発表すると予告するようなものだと
驚いたがやはりチェルノブイリ4年目と同じ展開になりそうである。
その例でいけば最初は手厚くソ連崩壊とともにいい加減になっていったという感じだがやはり自力で避難できる者は悔しかろう
が損得と健康は比較できないものでより遠くに避難すべきである。
残らざるを得ない者は糖尿病患者になったような積もりで衣食住に気を使い始めそれをずっと続ける事である。
幸い日本には空き家が一千万戸あり自公はやばいとみて取り壊しを精力的に進めるつもりのようだがそれにも限界がありこれから
不動産はタダみたいになっていくのだからそのメリットを活かし吹っ掛けられて買った家やマンションをババ抜きみたいに今の
うちに売り抜けてローン地獄を脱出し残ったお金で田舎の御殿をタダみたいな値段で買って田舎暮らしを始める事である。
昨日も書いたが東京での生活は放射能抜きでもまともな生活ができるのはスケベ親父世代までであり若者は東京にいても偽日本人
に薄給でこき使われるだけでろくな事がなくましてや被曝も深刻なのだから踏んだり蹴ったりでいい事がないのだから西日本で
自分に合った職場と住居を探して避難する事である。
そして米英仏イ対中ロ印という大相撲をはなくそをほじくりながらじっくり観察する事である。

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検察よ、どうする?安倍スキャンダル

-小沢と同じ政治資金規正法がらみの事件発覚である。小沢の場合は強制起訴され裁判にかけられた。安倍はどうなるのか?しかし残念ながら、途中でウヤムヤになるのが関の山だろう。岸、佐藤以来、森、小泉ら清和会の巨悪に法の正しい裁きが下ったことが一度でもあったか。東京地検特捜部も自民党清和会も、根っこでは米CIAつながりだから、間違っても親米従属派のこの連中が「塀の中」に落ちることなどないのである。(ただ首相辞任にだけはつなげてもらいたいものだ。)-

 
本澤二郎の「日本の風景」(1731) <検察よ、どうする?安倍スキャンダル><検察は鳩山・小沢のように対応できるか>http://www.asyura2.com/14/senkyo170/msg/275.html
投稿者 笑坊 日時 2014 年 8 月 22 日 09:22:43

<検察よ、どうする?安倍スキャンダル>

 法務・検察が新たな試練を迎えている。安倍スキャンダルが発覚したからである。現役首相のスキャンダルは、政局に圧倒的な影響力を与える。議会の自浄能力も問われる。野党の民主党にとっても力量が問われる。主権者・国民の側からすると、議会と法務・検察の正体を、改めて監視する機会を手にしたことになる。腐敗検察が、安倍スキャンダル捜査にどう対応するか?

<検察は鳩山・小沢のように対応できるか>

 司法試験の難関を突破した面々を多少なりとも信頼してきたジャーナリストも、昨今は「正義の仮面をかぶった腐敗官僚レベル」との思いが強い。最高裁判事にも疑問符がつけられるのだから、日本の司法の地盤沈下は否めない。
 あれほど小沢事件に全力投球した法務・検察である。同じような対応を、安倍スキャンダル捜査に向けられるか?ここは今後の日本政治の行方を決定することになるだけに、ことさら重大な関心を抱く必要があろう。

<総理退陣は脱税事件発覚?>

 小泉首相(当時)の途方もない便宜で首相に就任した安倍だったが、実にあっけなく政権を投げ出した。原因は病と報道された。しかし、違っていたようだ。「週刊現代」の特ダネが決め手となっていた。
 父親からの遺産相続に際して「6億円を申告していなかった」「脱税額約3億円」と報道される、その直前に退陣表明していたのだった。スキャンダルに弱い安倍を印象付けている。
 6億円というと、以前安倍家の金庫番の話を書いた記憶がある。その6億円のことなのだろう。「毎日新聞の国有地払い下げに汗をかいた謝礼であろう」と元国土庁大臣秘書官は、その金庫番から聞いていた。
 既に時効になっているが、国税庁関係者はそれでも「善意の納税」に期待している。どうする?晋ちゃん!

<安倍の資金管理団体を告発>

 共同通信8月18日付の報道によると、ジャーナリスト・大学教授らが安倍の資金管理団体を検察に刑事告発した。関係者の記者会見を報じたもので、既に検察はこの事実から逃れることは出来なくなっている。
 闇に葬ることは出来ない。この時期、安倍はゴルフに興じていたころだった。
 政治資金規正法では、首相時代の鳩山由紀夫も検察にやられて、事実上、支持率低下となって退陣を余儀なくされた。安倍も、同様な法律違反で告発されているのである。当人にとって、これは痛いだろう。

<支持率低下・アベノミクス崩壊・滋賀知事選敗北の後に表面化>

 安倍の支持率は決して高くはない。事実を伝えた上で、市民の声を聞けばせいぜいひとケタ台の支持率のはずだ。「集団的自衛権は、アメリカの戦争に加担する自衛隊を意味しますが、これに賛成しますか」と聞かれて、イエスと回答する国民は一人もいないだろう。
 「消費税に加えて、国保・介護など福祉増税が実施されています。賛成しますか」と聞かれて賛成する国民は数%であろう。原発再稼働に賛成する国民もわずかだろう。
 滋賀県知事選の敗北は、安倍政策に反対する国民が多数であることを証明している。新聞テレビを動員してのアベノミクスの結果、貿易収支は赤字続きで、日本の前途はSOSの深刻な事態に追い込まれてしまった。
 起死回生策はほとんどないに等しい。拉致問題の処理は経済危機を乗り越えようとする北朝鮮が望んでいることであって、それに政権浮揚を期待する安倍内閣が手を差し伸べただけに過ぎない。
 反憲法政策を推進する安倍・自公内閣を、それでも検察は見逃すつもりか。

<東電福島原発事件、徳洲会疑獄から逃げた検察>

 何度でも繰り返し訴える必要があるが、東電福島原発事件捜査に全く目を向けない検察に、世界の検察関係者は驚きをもって受け止めている。中国や韓国でも考えられない捜査当局の対応である。
 さらに言うと、戦後疑獄事件で最大級と見られている徳洲会疑獄事件捜査にも、検察の正義を貫く姿勢を見せていない。逮捕第1号に掲げた徳田虎雄には手をつけず、雑魚で処理して幕引きを図っている。
 不思議千万なことは、これが議会で取り上げられていない。100億円使途不明金捜査にひるむ検察でいいのか。納税者は怒っている。

<汚名返上の好機>

 日本の検察は優秀な捜査機関と吹聴されてきたが、これは嘘である。田中角栄逮捕は、ワシントンの陰謀事件に付き合わされた検察だった。巨悪の中曽根、徳洲会疑獄の石原を検察は自由にさせたままである。
 世耕の祖父も関係した、敗戦直後の隠退蔵物資摘発捜査班の検事は、摘発に努力していた中野四郎議員のもとに大金を持参、なんとか摘発を止めてください、と陳情してきた。この捜査班がのちの東京地検特捜部である。
 問題検事は「後の検事総長である」と中野四郎秘書が証言している。

<憲法違反首相に遠慮不要が世論>

 さて、どうする検察庁?検事総長が誰か知らないが、国民奉仕の検察、血税で生きている検察というのであれば、遠慮することはない。安倍スキャンダルにメスを入れよ、これは天の声である。

2014年8月22日記

 

【関連ニュース】

告発状を提出し、記者会見する醍醐聡東大名誉教授(左)ら=18日午後、東京都千代田区

安倍首相の資金管理団体を告発 「収支報告書に虚偽」
http://www.47news.jp/CN/201408/CN2014081801001506.html
2014/08/18 16:57 共同通信

 安倍晋三首相の資金管理団体「晋和会」の政治資金収支報告書に、寄付した人の肩書について虚偽の記載があったとして、ジャーナリストや大学教授ら4人が18日、政治資金規正法違反(虚偽記載など)の疑いで晋和会の会計責任者と、代表である首相本人の告発状を東京地検に提出した。

 告発状では、晋和会の2011、12年の政治資金収支報告書に記載された寄付者9人の肩書が虚偽だったと主張している。NHK職員を「会社役員」と記入した例もあったが、9人の肩書はその後いずれも訂正されたという。会計責任者には虚偽の肩書を記入した疑いが、安倍首相には監督を怠った疑いがあるとしている。

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<琉球新報社説>掘削作業に着手 もはや「恐怖政治」だ

-大元帥・昭和天皇による御文庫(東絛も入れなかった真の大本営)指令による本土防衛の犠牲としての沖縄戦、戦後も米軍「専用」基地の約74%を沖縄に押しつけてきた。そして今また「日本を取り戻せっこない」対米隷属安倍の号令により、民意無視の辺野古建設に着手しつつある。国民の一人として沖縄県民の方々には本当に申しわけなく思います。「出来れば国外、最低でも県外」という鳩山元首相の正論にならえば、「国外ノー!」と言うのなら、米軍基地のすべてを福島第一原発及び周辺地域に集約移設してもらいたい。そもそも我が国原発建設は、米国ユダ金指令により、CIAスパイ・ポダム正力松太郎や中曽根康弘らの尽力によって始まったことだから、米軍とてよもや異存あるまいて。-

                       *

<社説>掘削作業に着手 もはや「恐怖政治」だ 蛮行中止し民意を問え
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-230285-storytopic-11.html
2014年8月18日 琉球新報

 住民を丸ごと、力ずくで屈服させようとする政府の意思が、これほどあらわになったことがあっただろうか。沖縄防衛局は、普天間基地移設に向け調査用の台船を名護市辺野古の海に設置し、海底掘削のための作業に着手した。

 確かに抵抗運動への弾圧は過去にも散見される。だが辺野古移設は県民の74%が反対する事案だ。一県の圧倒的多数の民意を踏みにじって強行した例が他にあるか。

 百姓一揆弾圧を想起させるが、近代以降なら「琉球処分」と「軍官民共生共死」を強いた沖縄戦しかあるまい。沖縄にしか例がないなら構造的差別の表れに他ならない。国際的にも恥ずべき蛮行だ。
 
 憲法の規定も無視

 政府に歯向かう者なら、いくらけがをさせても構わない。一連の経過でむき出しになった住民への政府の害意、敵視に暗然とする。

 中でもそうした姿勢を露骨に示したのが海上保安庁だ。「安全確保のため」と説明しているが、噴飯物だ。15日には男性を羽交い締めにして強制排除しようとした際、眼鏡が壊れた男性は目の近くを切るけがをした。経緯はどうあれ「安全確保」の名目でけがが発生したのは皮肉と言うほかない。

 政府は今回、法的根拠も不明のまま、立ち入り禁止海域を一方的に設けた。施政者による恣意的な住民の主権剥奪は、お札一つで禁令を発した江戸時代そのままだ。

 それでも足りず、今度は海保がその海域の外側でも、法的根拠も示さぬまま市民の身柄を拘束した。漁港を出港するだけで警告し、海域の外側に近づくことさえ大声で威嚇するありさまだ。憲法は、法定の手続きを経ずに何人も自由を奪われないと定めているが、海保はその令状主義も無視している。これでも法治国家か。

 住民にけがをさせることもいとわず、法的根拠が疑わしい行為を平然となす。「海の無法者」はどちらなのか。海上保安庁は、今後は「米軍基地建設保安庁」に名を改めた方がいい。

 第11管区海上保安本部が復帰後営々と努力し、かち得てきた県民の信頼を、この数日で台無しにした。海保はその現実を知るべきだ。

 それにしても皮肉な構図である。世界最強の米軍を、日本の「軍」を所管する防衛省が守る。その防衛局を警察や海保が守り、その外周に民間の警備員がいる。それらの住民との対立を、軍事利権にあずかる人々、すなわち外交・防衛官僚は高みの見物をしているのではないか。
 
「捨て石」に似た構図

 安倍晋三首相は防衛官僚らに工事の遅れを詰問し、作業を早めるよう強く督促したという。

 首相に近い議員がかつて出した報告書がある。英国が南米でのフォークランド紛争に踏み切り、陰りが見えていた首相の支持率を急回復した経過を報告している。「遠隔地」での戦争でナショナリズムをあおり、求心力を高めた例を知っているのは間違いない。

 安倍首相は今、本土にとって「遠隔地」の尖閣をめぐり、中国との紛争も辞さない構えを見せている。その紛争に米軍を引き込もうとして辺野古新基地建設に躍起となっているようにみえる。米国のご機嫌を取るために、沖縄住民の安全と沖縄の土地と美しい自然を差し出そうとする構図だ。

 その構図は、「本土決戦」を先延ばしするために沖縄の全滅を強いた沖縄戦の「捨て石」作戦とうり二つではないか。

 今回の作業で海上保安庁はメディアの取材の船が付近海域に近づくことも制限した。政府が知ってほしくない情報は、接近すら処罰しようとする特定秘密保護法の施行を先取りしている。安倍政権は「専制国家」からもはや「恐怖政治」へと進みつつあるようだ。

 現状は仲井真弘多知事の埋め立て承認が招いた事態だが、知事選の公約に背いた承認に民主主義的正当性はない。日本が民主主義国であるなら直ちに作業を止め、11月の知事選で民意を問うべきだ。 (転載終り)

                       *

 『阿修羅掲示板』の別テーマ記事に、以下の愉快なコメントがありましたので併せて転載します。
http://www.asyura2.com/14/senkyo169/msg/888.html(コメントNo.34)
                   


「世界中から、カメラマンが駆け付ける」             

“ヴァン! ヴァン!”ゲリゾウの激しい勢いに、担当局長も、さすがに、首を竦める。“15日までにブイを浮かべろ、おめえの首飛ばすなんざ、わけねえんだ、すぐ更迭だ。さらに1週間以内にボーリングやれ、いううこと聞かなけりゃあ更迭だ、分ったな”前回がトラウマになっているゲリも、必死だ。アメリカに責め立てられるのだけは御勘弁と、形振り構ってない。何としても、辺野古を埋めるんだ、つう塩梅だ。自分の御身大事しかみえてない。
いやあ!てえへんな首相が御登場だ、こらあ絵になるね。世界に報道されるね。国民の反対を、その国の政府が、権力・官権力・武力で、強圧的に襲いかかる。しかも、その国の国民のために何かしようつうんでなく、外国の軍隊のための軍事基地だ、そんたら基地づくりで、国民に襲いかかる、流血の惨事となる。こらあ、ウクライナどころか、断トツのトップで、世界にいくぞ。前世紀的というより、更にその前の、19世紀的な砲艦外交だね。待機している「いづも」を沖合に出動させたら、正にそのものズバリとなる。世界中から、カメラマンが駆け付ける。ハジカシクテ、ゲエ国なんざ、いけねえな、当分。こんたら首相がいる国なんて、こらあ、4流国だな、とにかくハジカシいいよ。
一つ言えることは、安倍は辺野古で終わるということだ。こんたらゴリ押しして、世界に報道されて、こらあ保たない。阿鼻叫喚、流血の中の知事選で大敗して、責任問われない政治家はいない。安倍をどうするかは、我々国民が決める、アメリカが決めるんじゃあない。不正選挙でアメリカに指名されたんで、安倍は勘違いしちゃったんだ。決めるんは我々だ。 いくらアメリカにゴマすったって、無駄だ。安倍は、大局を見る洞察力に欠けるが、その底の政治家に必須の哲学がないんだね。前回と違い、今回はアメリカに抗わねばならなかった、アメリカを取り巻く世界の状況は、全く違ってしまっている。アメリカに抗えば、まだ目があった。なのに「意識は現実に遅れる」で、安倍は現実把握にシッペエした。消費税だって逆に下げるべきだったし、その他全てが然りだ。           
  “ヴァン! ヴァン!”激しくテーブル叩く政治家は、明治以降いたかな?江戸時代の悪徳大名でも、なかったンじゃあないか。こらあ珍らしいよ、パンダに代わって上野へでれば、すげえことになるよ。 (転載終り)

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またまたフォレスタ動画削除事件発生!

-良い歌がじっくり聴きたくなる秋の夜長を前にして、突然のフォレスタ動画大削除。BS日本テレビさん。いったいどうしてくれるんですか!-

 YouTubeフォレスタ動画がまたもごそっり削除されちゃった!


 私としたことが、つい最近までそのことに気がつきませんでした。諸般の事情により、フォレスタ動画視聴はもとよりこのマイブログさえロクに構っているゆとりがなかったためです。やっとホッと一息つけた今月8日、たまたまyasuko様が『フォレスタの「宵待草」』に

「私も本当にフォレスタの突然の削除には落胆している者でございます。」
ではじまるコメントを寄せられ、それによってその事実を初めて知ったのです。

 「えっ、フォレスタ動画削除?そりゃ大変だ!」とばかりに、早速2、3曲当ったところ、真っ黒けの動画部分に、例によって「この動画はユーザーの都合により削除されました。申し訳ありません。」または「“フォレスタ 〇〇〇”この動画に関連付けられたYouTubeアカウントは、著作権法侵害に関する第三者通報が複数寄せられたため削除されました。申し訳ありません。」との素っ気ない表記があるばかり。

 「またかよぉ~」 その都度記事にしてきましたが、YouTubeフォレスタ動画大削除はこれが3度目になります。1度目は、2012年4月13日、newminamiさんご提供の動画が削除されたこと。そして2度目は、昨2013年4月13日、everstone04さんご提供の動画が削除されたことです。両方とも、奇しくも同月同日だったので私は「魔の4月13日」などと呼びましたが、今年の同月同日は何事もなく過ぎたのでつい油断していました。

 しかし敵さん(?)は削除を断念したわけではなく、私の「魔の4月13日」という表現が効いたわけでもないでしょうが、とにかくその時期をずらした削除の機会を虎視眈々狙いをつけていた(?)ようなのです。

 「削除はいつだったのか?」 気になってアクセス解析をたどったところ、今月の1日か2日だったように思われますが、正確な日付は不明です(注 末尾に掲げるhskjikさんメッセージにより、今月1日と判明)。

 ともあれ削除されてしまったからには元に戻るわけでもなし、あきらめるしかありません。everstone04さんご提供の動画削除直後の『七里ヶ浜の哀歌』に始まって、以後500曲以上も大量かつこまめに動画投稿していただいたhskjikさん、また選り抜きの叙情歌を厳選して投稿していただいたumebosinbさん、大変ありがとうございました。多くの動画ファンになりかわりまして、篤く御礼申し上げます。またhskjikさんには、当ブログフォレスタ記事に何度かコメントいただきましたこと、併せて感謝申し上げます。

 何度も述べたことですが、私が初めてフォレスタコーラスの存在を知ったのは、2012年1月初旬、『「別れのブルース」秘話』という記事を作成中、たまたま吉田静さん独唱による女声フォレスタの『別れのブルース』(loveforestaさん投稿)YouTube動画を聴いたのがキッカケでした。しびれるほど感激し、直後『美しすぎるフォレスタ』として感想などをまとめたのが今日に至る「フォレスタコーラス記事」の初まりとなったのでした。

 キッカケは千差万別でも(私のように)、2011年夏頃からの、loveforestaさん、newminamiさんお二人による、YouTubeフォレスタ動画を聴いたことによってフォレスタファンになったという人が大勢いたのではないでしょうか?もちろんそれよりずっと前からのコアなファンもおられたことでしょうが、本格的な「フォレスタブーム」に、loveforestaさん、newminamiさん以降の投稿者&YouTube動画が果した役割りは大変大きなものがあったように思われるのです。

 
以前のフォレスタ動画へのコメントの中には、米国ロサンゼルス在住の日本の人やブラジル在住の日系の方からのものもありました。インターネット&YouTube動画はグローバルですから、それ以外にも、東南アジアやヨーロッパなど世界の思いがけない地でフォレスタ動画を聴いている人たちがいたとしてもおかしくはないわけです。

 今回の削除についてyasuko様は大いに憤慨しておられます。yasuko様ならずとも、上記のような諸事情を抱えたフォレスタファンの方々にとって、『BS日本・こころの歌』を観ることやコンサート参加はまず無理、DVD入手もかなり困難、YouTube動画視聴が唯一の楽しみと言っていいほどのものだったはずです。落胆、憤慨・・・心中、お察し申し上げます。

 以下は、前回の『第2次フォレスタ動画削除事件に物申す』で踏み込んで述べたことですから、今回はサラッとにしますが―。

 hskjikさんのような篤志の動画投稿者のお陰で、私たち視聴者は存分にフォレスタ動画を楽しませていただきました。しかし少しうがった見方をすれば、フォレスタ動画投稿の最大の受益者はBS日本テレビなのではないだろうか?と思われるのです。何しろ一定期間見て見ぬふりしていれば、広告宣伝費ゼロでこれ以上ないフォレスタPRをしてくれるのですから。

 それがいけない、などと言うつもりは毛頭ありません。むしろ企業戦術として当り前、一定期間が過ぎれば立場上削除要請するのも当然の話です。要は、違法動画投稿とは言え、お互い「win-winの関係」でこそあれ、どこも損などしていないんじゃないの?ということを言いたかっただけなのです。

 思えば、YouTubeのフォレスタ動画投稿は満3年にもなります。たび重なる削除にもかかわらず、何人もの人が前の人の意志を引き継いで今日に至ったのです。こうなると、フォレスタ動画投稿は立派な「伝統」と言ってもいいと思います。伝統は守られるべきで、途切れさせてはなりません。次なる篤志の方が現れることを切に望みたいと思います。


                       *

 切りがありませんので、最後に、今回のような問題の根っこにある著作権法、音楽著作権について少し述べてみたいと思います。本テーマからは離れますので、興味ない方は読み飛ばしていただいてけっこうです。

 (第1次フォレスタ動画削除事件の際の)『フォレスタ動画情報』でも触れたことですが、我が国の著作権法は「世界一厳しい」と言われています。米国著作権法も確かに、著作権保護期間が70年と我が国より20年も長いなど、厳しさでは負けていません。しかし米国には「フェアユース法」という救済法があります。同法は「非商業での利用目的の場合は当該著作物の無断使用を認める」という法律です。当り前と思われる法律なのに、我が国では認められていないばかりか、将来的な見直しの気運もまったくないのです。

 数多(あまた)ある著作権分野の中でも、「音楽著作権」の厳しさは群を抜いています。音楽著作物を管理しているのが、JASRAC(日本音楽著作権協会)です。ここが、何百万点という(翻訳著作物を含む)国内外の音楽著作物を一元管理しているのです。例えば、千年以上前に作られた“読み人知らず”の我が国国歌の『君が代』にすら音楽著作権ナンバーを付しているほどの徹底管理ぶりです。

 JASRACがいかにエゲツないほどの厳しいものか、私の身近なところで実際に起きた出来事を紹介するのが分りやすいでしょう。

 2012年早春、つまり第1次フォレスタ動画削除事件の少し前のことです。『二木紘三のうた物語』の良きコメ友だったYさんが、ご自身のブログに、著作権保護期間中の幾つかの歌の歌詞を無断掲載したカドで、ヤフーブログ(記事数千数百)全体を削除されてしまったのです。

 著作権法に疎かったとはいえ、読者によかれと思って、「非商業での利用目的」でしたことです。常日頃「ブログは私の命です」と言っていたYさんは、そのブログを失った直後、私のブログに何度かコメントを寄せられました。その中で、

「あまりに厳しすぎる著作権法の縛りは、文化の衰退を招くと思います」

と述べておられましたが、まったく同感です。

 そのJASRACを仕切っているのが、文科省や文化庁から天下った元シロアリ投人たちです。彼らは、自分たちの音楽著作権がらみの莫大な利権擁護のために、国民ユーザーをガンジガラメに縛りつけているだけじゃないの?と、つい勘ぐりたくなる構図です。


 (大場光太郎・記)

関連動画、

hskjikさん『フォレスタ動画を削除しました』

http://www.youtube.com/watch?v=rdo57vp2-s4

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69回目の終戦記念日に

-ともかく米兵に代って日本人に血を流させたい軍産複合体ネオコン系ジャパンハンドラーは別として。極右安倍の隠された意図を見抜いている米国指導層は、日本の集団的自衛権行使を手放しでは喜べないことだろう。-

 1年365日ある中で、元旦と終戦記念日だけは、当ブログ開設(2008年)以来毎年記事にし感想を述べてきました。と言うわけで、今年もそうしようと思います。と言うより、今年は特にその思いが強いです。

 と言うのも、戦後69年続いて来たこの国の平和が、安倍政権という邪悪な亡国政権によって破られそうな怪しい雲行きだからです。

 第1次安倍政権以前からウルトラタカ派的言動により危険視されてきた安倍晋三でしたが、昨夏の不正参院選での圧勝による衆参安定多数、衆参ねじれ解消、1強多弱状況をいいことに、小学校4年レベルの漢字すらマトモに書けない史上最低のアンポンタン総理が、国際社会に向けての「福島原発アンダーコントロール」大ウソ発言、特定秘密保護法成立、靖国神社参拝、原発輸出トップセールス、武器輸出解禁等々、やりたい放題でした。

 極めつけが、7月1日の集団的自衛権の行使を容認するための憲法解釈変更の閣議決定です。いよいよ危険な安倍晋三の本性をムキ出しにしてきたのです。
 戦後69年間守られてきた「戦争をしない国・日本」が、安倍晋三という狂気の人物によって、米軍について行って地球上のどこででも「戦争が出来る国・日本」に変わる端緒が開かれたのです。

 当ブログでも再三述べたとおり、日本国憲法の規定によって、国民から一時的に国政運営を付託されている内閣総理大臣及び国務大臣らは、誰よりも憲法遵守の厳粛な義務を負っています。ぶっちゃけた話、時の内閣というのは、主権者である国民から庸われ、いっとき政治的権力を行使させていただいているに過ぎないのです。

 しかるに安倍総理をはじめとした各大臣らは、閣議決定による解釈改憲という姑息卑怯な手口で、世界でも類を見ない平和憲法の最大の柱である(「戦争放棄」を謳った)第9条を骨抜きにする愚挙に出たのです。

 憲法で厳しく戒しめ、禁じている権力の暴走であり、議会制民主主義・立憲主義否定であり、謙虚さのかけらもない恐るべき自己矛盾に満ちた独裁的手口です。早速三重県松阪市長が「違憲訴訟」に踏み切ったように、憲法違反であることは明らかです。

 閣議決定に合わせるように、7月1日、全国の高校在学生家庭に「自衛隊入隊案内」の手紙が届いたそうです。『あんなアンポンタン野郎のためになんでオレたちが死ななけりゃならないんだ』、若者たちはマジ怒っています。直後から「安倍死ね」のツイートが激増し、ネットで話題になりました。

 集団的自衛権行使容認の閣議決定をめぐっては、その前後東京、大阪など大都市で反対の大規模デモが繰り返し起きましたし、(安倍応援団のマスコミはスルーして伝えず海外メディァの批判を浴びた)新宿で焼身自殺(未遂)騒動が起きました。また9条改悪との時間的競争のように、「憲法9条にノーベル平和賞を」ネット署名運動が大きな盛り上りを見せています。内閣支持率が発足以来最低の40%台に落ち込んだとおり、国民世論の半数以上が「集団的自衛権行使反対」なのです。

 それでも「戦前日本トリモロフ症候群」の重篤患者である安倍晋三はまったく懲りていません(ただし、喜ばしいことに側近らの見立てでは、最近の安倍は前政権末期のような“うつ病”傾向らしい)。
 国内世論の直接の説得は困難と判断した安倍は、今度は国際的な合意形成に向けた動きに躍起になっています。

 過日のオセアニア訪問の際、オーストラリア首脳らとの会談で「日本の集団的自衛権行使を支持する」旨の発言を引き出しています。このように、安倍お得意の地球儀何たらというナンセンス外交によって、今後とも行った先々の首脳らの合意を引き出し、もって国内の反対世論を封じ込める作戦です。安倍晋三、オツムは総じて弱いくせして、なかなかどうしてこういう悪知恵には長けているのです。

 安倍晋三は以前から、「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」などというたわ言を唱えてきました。しかしその意味するものは何なのか、今ひとつハッキリしませんでした。だが胙年末の靖国神社参拝強行を、中国、韓国はおろか米国にまで激しく非難され、逆上した「戦前日本トリモロフ症候群」安倍一派が次々に問題発言を重ねるに及んで、それらのスローガンの意味するものがかなり鮮明になってきました。

「日本が誇りを取り戻すには、もう一度米国と戦争をして勝つ以外ない」

 極めつけが、長谷川三千子のこの発言です。安倍晋三はかねてから「長谷川先生は現代最高の哲学者」と持ち上げ、だからこそ長谷川を百田尚樹とともにNHK経営委員にねじ込んだのです。よってこれは明らかに安倍晋三&安倍一派の隠された共通認識とみるべきであり、彼らの本音は「もう一度米国と戦争をして勝つ」こと、イコール、「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」ということなのです。

 安倍一派にとって、戦後レジームの土台となったポツダム宣言や日本国憲法や極東軍事裁判などはとうてい受け入れられないわけです。それのみか、再軍備してもう一度米国と雌雄を決する戦争をし、かつての大日本帝国の栄光(?)を取り戻したい、というのが安倍一派の隠された本音なのです。

 これは恐るべきアナクロニズムであり、営々として築き上げてきた戦後69年間の歩みの全否定であり、人類進化に逆行するイカレポンチ思考と言うべきです。今回詳細な検証は出来ませんが、旧日本帝国軍の姿は、安倍一派が賛美し妄想するような「美しく」「気高い」ものなどでは決してありませんでした。なぜなら軍国主義者たちを背後から霊的に操り、破滅の戦争へと駆り立てたのは、日本を滅亡させたい邪神邪霊群だったからです。

 「同じ事二度ある仕組」(日月神示)。70年の歳月を距てた今日、日本と世界の滅亡への策動が再び繰り返されようとしています。今回の集団的自衛権行使容認閣議決定が日本発の人類最終戦争(ハルマゲドン)の引き金とならぬよう、邪神邪霊群に馮依されている安倍晋三一派(一派は財閥、官僚、電通・マスコミ、右系知識人など広範に存在する)の暴走を今後とも厳しくチェックしていかなければなりません。

 (大場光太郎・記)

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親鸞の時代、墓に葬られる者は極めて稀だった

  私は葬式を、葬儀場を、墓場を放棄します。 (『アセンションするDNA』-「聖なる自己」より)

 本日13日はお盆(旧盆)の中日です。ご存知のとおり、お盆はインド仏教の盂蘭盆が起源ですが、日本的に止揚された、「死者たちを偲ぶ事によって生の意味を見つめ直す」優れた文化装置であるように思われます。そんなお盆にちなんで、以前見つけておいた、興味深い阿修羅掲示板投稿記事を以下に転載します。

                       *
親鸞の時代は、墓に葬られる者は極めて稀っであった。西の鳥部野、東の蓮台野といえば、そこは死体を遺棄するための場所なのだった。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/256.html
投稿者 TORA 日時 2011 年 3 月 02 日 14:46:36

◆無縁 2月12日 今様つれづれ草
http://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu18/61658503.html#61666692

最近、テレビや新聞で“無縁”という言葉に出会う。
特に「無縁社会」という言葉が巷を駈け巡っているように思える。

そもそも「無縁」という言葉は、紛れもない仏教語である。
即ち、「仏法を聞く縁のない者」という意味で「無縁」という言葉が用いられたが、
それが転じて、「無縁仏」や「無縁墓」といった、
後見が存在しない亡者に関する意味へと変わっていった。

それが今、社会を席巻する言葉となっている。
孤独死、独居老人、社会に順応できない若者…それが「無縁」という社会の実相なのか。

或いは、他人に対する過剰な“無関心”が、そうした現実を生んでいるのかも知れない。
天下の悪法と思しき「個人情報保護法」も、
結果として国家が「無縁社会」の蔓延に拍車をかけているのではないか…。
果たして、こういう社会状況にあって、誰しもが「無縁社会」の中に入り込んでもおかしくない。

名古屋には独居老人の生活をサポートするNPO法人があり、
全国から反響が寄せられているそうで、中にはちゃんと親族が存在する人ですら、
サポートを受けるべく名前を登録しているというのだ。

親子や夫婦関係ならば、まだお互いを見守ることも可能であろう。
(もっとも、そんな間柄であっても希薄な状況は否めないが…)
ところが、親戚関係になってくると、余程の利害関係でもない限りは、最早他人同然のようだ。

拙寺へ葬儀の依頼に来る家庭にも、そういうケースがままある。
荼毘に付した後の遺骨の引き取り手がないとか、
親族がいるにも関わらず、後見がないという理由で墓地を撤去するなど…である。

結局は人間関係を保つのが煩わしく思う時、それが「無縁社会」の出発点なのかも知れない。

ところで、「無縁社会」という言葉の対極が「ムラ社会」であろう。
こと、私が浄土真宗のお育てに与った“真宗地帯”は、典型的な「ムラ社会」である。

稲刈りが一段落すると「御取り越し」という、
在家の仏壇で宗祖親鸞の忌日(報恩講)を勤める習慣が、ほぼ全国の真宗の多い農村では存在する。

滋賀県辺りなどは、いついつ誰それの家で報恩講が勤まるというと、
向こう三軒両隣は言うに及ばず、通り沿いの半径50メートル圏内の家々から人が集まる。
八畳二間ぶち抜きの仏間は、それこそご近所さんで“満堂”ななる訳だ。

そこへ僧侶が来て装束を改めて仏壇の前に座れば、
全員で『正信偈・和讃』を唱和して、引き続いて僧侶の説教を聴聞する。
終わって、全員に供物が配られ解散となるのだが、家によっては参加者に酒の接待もする。
浄土真宗の仏事を通して、地域の繋がりを確かめ合うのが江州辺りの「御取り越し」である。

しかし、こうした繋がりも世代交代を重ねる内に、煩わしさが目立つようになり、
衰退の一途をたどっているのかも知れない。

確かに、現代人からすれば何と前近代的な集いと思われるかも知れない。
付き合いとはいえ、時間を割いてその家へ参詣に行くのも煩わしければ、
特に受け入れる側は物心ともに大変だ。
参詣者に配るお供物も用意しないといけないし、仏間の大掃除も念入りにしないといけない。
「無縁社会」の対極が「ムラ社会」であるならば、「ムラ社会」の人間関係とはそういうものである。(後略)

◆続・無縁 2月13日 今様つれづれ草
http://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu18/61666577.html

その記事中の一節は圧巻であった。
少しく引用しておきたい。

   なんでも、孤独死し身寄りのないものが沢山増えているそうな。
   それがどうした?と言いたい。
   そんなことを大上段に「無縁社会」などという頭を疑う。
   NHKというメディアが賞をもらって調子に乗っているそうな。
   島田某という似非宗教学者がさっそく商売をしているもんな。

   要するにそのことは、
   ①死体の処理に困るということ
   ②それにともなって後始末に公共のコストがかかるということ
   ③モノのように処理されていく「死」に対して何らかの畏れを感じている、
    ということではないのか?

   ①~③のことは、本人以外がかかわることになるから「問題」になってきたのでしょう。
   なら、ちっとも「無縁」じゃないじゃないか・有縁だ。

ややもすれば痛烈な内容ではあるが、完全“無縁”はあり得ないのは確かなようだ。
それこそ、“無縁”は何も現代社会だけの病理では決してない。

時代小説の主人公“木枯らし紋次郎”は上州新田郡三日月村出身の無宿者だ。
無宿者とは人別帳(現代でいう戸籍)に記載されない者のことである。
彼はひたすらに「あっしには、かかわりのねェことで…」を繰り返し、
積極的な人との繋がりを持とうとはしない。
ただひたすら、目的のない旅から旅への渡世人生である。

親鸞の時代に至っては、墓に葬られる者は極めて稀であった。
今も京都に地名として残る、西の鳥部野、東の蓮台野といえば、
そこは死体を遺棄するための場所なのだった。
蓮台野を通る千本通という広い道路の名前の由来は、
“無縁仏”の卒塔婆が千本立っていたという故実にちなむ。
近世・中世の人々は、我々の想像を遙かに超えた社会で暮らしていた。

もっとも紋次郎の“無縁”は、孤独としての無縁に加えて、
権力からの垣根を越えたところに存在する“無縁”でもあろう。 (転載終り)

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被爆者の訴えに「見解の相違」」と、レプティリアン“冷血”安倍

-長崎平和祈念式典関連2記事転載。被爆者代表の安倍政権痛烈批判に対し、安倍ウォッチャーのNHKが映し出したその表情は終始落ちつきがなかったという。また安倍への要望集会終了後一人の被爆者の「(集団的自衛権)納得してませんよ」との声かけに、「見解の相違です」と表情を変えずに言い、会場を後にしたという。アベノミクス、消費税増税などで明らかなとおり、安倍は政権維持上「1%の富裕層が第一」なのであり、被爆者や311&福島原発被災者ひいては国民など眼中にないのである。-

長崎平和祈念式典、被爆者代表が安倍政権を痛烈批判!「集団的自衛権は平和憲法を踏みにじる暴挙!原発輸出・武器輸出はするべきではない」(一部引用)
http://www.asyura2.com/14/senkyo169/msg/612.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 8 月 09 日 15:39:05

8月9日に行われた長崎平和祈念式典で、被ばく者代表の方が安倍政権の集団的自衛権等の政策を強く批判していたことが分かりました。今年の被ばく者代表は城台(じょうだい)美弥子さんで、城台さんは「憲法を踏みにじる暴挙」と集団的自衛権の行使容認を批判。

更には「このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです」と述べ、安倍政権の原発輸出や原発再稼働も批判しています。また、田上富久市長も平和宣言で、集団的自衛権をめぐる議論にも言及し、不安や懸念の声に耳を傾けるよう要請しました。

城台さんの演説は私もテレビ見ましたが、非常に熱が入っていて素晴らしい内容だったので、皆さんも是非見てみてください。広島の時はかなり控えめな感じでしたが、長崎の平和記念式典は皆がハッキリと意見を言っていて、とても見応えのある内容となっています。
安倍首相は相変わらずのコピペ演説で、ネット上では「確信犯なのでは?」という声もありますが、それはそれで面ーン白いネタでした(苦笑)。

☆「憲法踏みにじる暴挙」 長崎、集団的自衛権に怒り
URL http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014080990135521.html
引用:
 長崎は九日、被爆から六十九年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。出席した安倍晋三首相の目の前で、被爆者代表の城台(じょうだい)美弥子さん(75)が「憲法を踏みにじる暴挙」と集団的自衛権の行使容認を痛烈に批判した。田上富久(たうえとみひさ)市長も平和宣言で「平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が急ぐ議論の中で生まれている」と指摘。政府の姿勢に対する被爆地の懸念があらわになった。

◆被爆者代表「平和への誓い」全文

 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。

 八月九日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。

 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町の防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。

 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。

 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。

 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。

 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。

 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。

 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。

 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。

 平成二十六年八月九日
 被爆者代表 城台美弥子

(東京新聞) 

:引用終了 

                       *

被爆者に対して「見解の相違」と言うようでは総理失格だ 天木 直人
http://www.asyura2.com/14/senkyo169/msg/637.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 8 月 10 日 08:41:05

さすがの私もこの記事を読んで安倍首相は総理失格だと思った。

長崎で被爆者団体代表らと意見交換した席で、その中の一人が「集団的自衛権については納得していません」と述べたのに対し、「見解の相違ですね」と応じたという。

その背景はこうだ。

会談では「丁寧に説明する努力をすることで必ず理解をいただける者と思う」と応じたが、会談終了後被爆者の一人が「納得していません
よ」と声をかけたのに対し、「見解の相違です」と表情を変えずに言って、会場を後にしたというのだ。

国会で野党の野次をたしなめているのではない。

国会で党首討論をしているのではない。

わざわざ被爆者と意見交換しに行った先で、被爆者の一人の訴えに、ブチ切れたのである。

被爆者にこんな対応をした首相がかつていただろうか。

よほど安倍首相は集団的自衛権の問題で追いつめられているということだ。

これではとても日本は守れない(了)

(参考)

被爆者「集団的自衛権、要らぬ」 首相「見解の相違」
朝日新聞デジタル 8月10日(日)0時3分配信」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140810-00000002-asahi-pol

 長崎市で9日にあった被爆5団体による安倍晋三首相への要望の場でも、集団的自衛権が主なテーマになった。長崎原爆遺族会の正林克記会長は「緊張緩和への政府の確かな取り組みさえあれば、火に油を注ぐような集団的自衛権は要りません」と迫った。

 これに対し、安倍首相は「平和国家としての歩みは寸分も変わらない。(集団的自衛権について)丁寧に説明する努力をすることで必ず理解をいただけると思う」と応じた。終了後、被爆者の一人が「納得してませんよ」と声をかけると、「見解の相違です」と表情を変えずに言い、会場を後にした。

 長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄(すみてる)会長は「安倍政権になってから、被爆者が訴えてきた方向と反対に進んでいる」と表情を曇らせた。被爆者と首相のやり取りを聞いていた田上富久・長崎市長は「絶対に戦争をしてはいけないという原点は、理屈でなく被爆者の思いだ。被爆地で、首相にそれがどれだけ伝わったのかよくわからないが、伝えていくのが(被爆地の)大事な役目だと思う」と話した。

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電通をぶっ潰せば日本は変わる

-大新聞、民放テレビ局はおろかNHKまで。要はこの国のすべての主要メディアを裏からコントロールしているのが大手広告代理店・電通だ。今日マスコミが、「ダマスゴミ=堕マスゴミ=騙すゴミ」になり果てているのは、電通の存在抜きには語れないのである。そして安倍悪政権は、当然のことながら、この諸悪の根源を目一杯利用しているわけである。今まで「電通」など余り関心のなかった人ほど、以下の転載記事をよくお読みいただき認識を新たにしていただきたい。-

                       *
本澤二郎の「日本の風景」(1707) <電通をぶっ潰せば日本は変わる>
http://www.asyura2.com/14/senkyo169/msg/419.html
投稿者 笑坊 日時 2014 年 8 月 04 日 10:01:12

<電通をぶっ潰せば日本は変わる>

 歴代政権のうち、新聞テレビを操作できる電通利用に最も長けている安倍・自公内閣によって、日本国民は深刻な危機にさらされている。安倍・菅・世耕らの電通悪用は「ヤクザまがい」との評価で一致している。目下の諸悪の根源は、日本最大で独占的な広告会社・電通にほかならない。電通をぶっ潰せば日本はよくなる、と断言したい。

<窒息状態の日本ジャーナリズム>

 日本の新聞テレビの現場は、お話にならないほど劣化している。現場記者は言うに及ばず、編集幹部が経営陣に屈してしまっている。官邸の威令に屈してしまい、戦前のような大本営発表レベルの報道である。
 しかも、大手の読売は政府の宣伝機関としての使命を担うという有り様で、これはジャーナリズムとはいえない。権力監視を放棄して日本国民を裏切っている。極端にいうと売国奴新聞である。日本テレビも、である。このほか産経・フジテレビも率先政府に肩入れしている。
 ワシントンから「国粋主義者」とレッテルを貼られている、安倍晋三が率いる自公政権を支援する新聞テレビなのである。背後で電通が暗躍、まともな記事や映像を抑圧している。言論弾圧は日常茶飯事と言える、正に窒息状態のマスコミなのである。

<欧米ジャーナリストは「おかしい」と強烈批判>

 書棚のニューズウィーク日本版(2004年8月4日号)を手にして、欧米のメディアに軽蔑・蔑視されている日本の新聞テレビであることを、改めて認識させられた。
 「おかしいぞ!日本のマスコミ」(慣れ合いジャーナリズムの深すぎる病根)という大見出しが表紙を飾っている。
 この大がかりな記事の冒頭で、日本の報道について「取材は受け身」「リスクは冒さない」「外国人記者が見た不思議な日本メディア」と酷評。
 さらに「一般読者よりも体制側のご機嫌が大事」「首相の記者会見では、あらかじめ質問が決められ、重要だが危険な取材はフリージャーナリスト任せ。日本のマスコミはどこかおかしい」「民主主義の番人という役割を忘れた、慣れ合いジャーナリズムに未来はあるか」とも決めつける。
 日本にまともなジャーナリストがいるのであれば、この指摘は100%正しいと断言するだろう。これは2006年のことだ。今の事態はもっと厳しい。そうさせている黒幕が電通なのである。

<憲法が命じる言論の自由を確保せよ>

 日本国憲法は言論の自由を保障している。新聞テレビは国民に奉仕する、政府監視を前提にしている。しかし、これが建て前で終わっている。日本の危機的状況はこの1点に尽きる。
 もしも、米連邦議会調査局の報告書を新聞テレビが大きく報道すれば、安倍内閣は即刻退陣に追い込まれたであろう。「安倍は国粋主義者」という事実を、日本の全マスコミが報道しなかった。
 そのため外国の日本研究者は、この事実さえ知らない。集団的自衛権に反対した市民が、新宿で焼身自殺した事実さえも、新聞テレビは封じ込めてしまった。恐ろしい日本の現実に、多くの国民は気付いていない。安倍・自公内閣の恐怖政治を象徴している。戦前の日本と変わるところがない。インターネットが存在していないと、実にぞっとする事態が全て封じ込められていることになる。
 ネット情報もしかし、真実を打ち消す制度が組み込まれ、素人には判断がつかないようにしている。本ブログにしても、各方面のネット新聞に流れるだろうが、そこではタメにする反論が必ず付着する。素人の頭脳をかく乱する右翼・政府系の輩が横槍を入れるからである。
 政府は電通を巧みに悪用することで、記事と記者を綿密にチェックして、それらを排除するようにしている。広告という金に操られる日本の新聞テレビなのだ。御用記者と御用編集者ばかりの日本マスコミによって、憲法が命じる言論の自由は確立していない。
<言論抑圧に厳罰規定つくれ>
 電通の暴走排除には、刑法による重罰規定を設ける必要がある。野党はこのことに気付いていないのも悲しいことだが、言論弾圧に対して重罰刑で対応すべきである。
 刑法改正を働きかける運動を、国会・市民レベルで大きく浮上させるのである。一大国民運動として言論抑圧に対抗する。

<独禁法を電通に適用せよ>

 電通は事実上、広告業界で1強状態にある。独占禁止法に触れている。独禁法によって電通を解体させることも可能である。これにも市民運動からのスタートを必要としている。同時に国会で追及するのである。 
 読売の暴走に対して、既に一定の効果が現れている。不買運動である。読売の部数激減が、成果となって現れてきている。モミイのNHKに対しても、市民運動の成果は着実に出ている。料金不払い運動は常態化している。
 やや正論を吐いている日刊ゲンダイと東京・中日新聞に対して、電通の圧力はかなりのものと聞く。2紙はよく奮戦しているが、それでも?
 電通解体に向けた独禁法適用を具体化させる必要が、喫緊の課題といってよいだろう。このことに市民も、ようやく理解をするようになってきている。

<電通内部告発者出でよ>

 電通の悪行の数々を、かつてはライバルだった博報堂OBが真実を明かすようになってきた。これは一歩前進である。それを「月刊日本」で知ったばかりである。
 肝心の電通OBや社員からの告発が、まだない。正義の士は一人もいないのか、現れていない。どうしたことか。電通社員とOBは全て腐敗にまみれてしまっているのだろう。悪徳社員として人生を終えるつもりなのか。先般、朝日は、関電OBが歴代首相7人に毎年2000万円を闇献金していた証言を記事した。当人の良心が、悪の華を墓場に持ち込むことを禁じたのであろう。
 東電はどうか。良心のある東電OBはいないものか。これも不思議な日本を象徴している。「富裕層のほとんどが犯罪まみれ」と決めつけられる日本なのだ。こうした事態が推移すると、途方もない事件が起きてくるかもしれない。

<電通が消えれば民主主義が日本にも誕生>

 断言できることは、電通が消えれば日本は変わる。よくなるだろう。憲法を定着させ、改憲軍拡勢力を駆逐できるだろう。戦後の日本は、軍国主義勢力の永久追放をポツダム宣言で約束して再始動したことを忘れてはならない。
 電通こそが、軍国主義勢力核大のための活動をしている。そのための新聞テレビへの締め付けである。結果、安倍内閣を強力に支援させている。その背後は財閥が固めているのだが、こんな悪徳が許されていいだろうか。
 21世紀の日本において、悪徳ビジネスを生存させてはならない。国民の最も大事な権利である言論の自由を封殺する電通を、このままのさばらせてはならない。電通を崩壊させれば、必ずや日本にも民主主義が誕生するだろう。

2014年8月4日記 (転載終り)

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社民党の秀逸ポスターに自民党が焦りのイチャモン

-集団的自衛権の行使が本決りになれば、米国の要請により中東などの紛争地に自衛隊(または国防軍)が派遣されることになるのは必至。安倍政権がいかに詭弁を弄しゴマ化しても、大義ゼロの戦争国家・ユダ金米国の米兵になり代って殺し殺されるのだ。下の社民党ポスターの悲しい情景は近未来の現実なのである。-

                       *

社民、新ポスターが物議

http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/kyodo-2014072601001665/1.htm
2014年7月26日(土)19時0分配信 共同通信

 社民党が今月中旬に発表した集団的自衛権の行使容認に反対するポスターが物議を醸している。行使容認により海外派遣された自衛官が戦闘で命を落とすことを暗示する内容で、吉田忠智党首は「刺激的な内容だが、自衛官が亡くなる可能性は高まる」と説明する。自民党の佐藤正久元防衛政務官は「怒りと悲しさを覚える」と反発している。

 「あの日から、パパは帰ってこなかった」「こんな未来はあまりにも悲しい」。路上にしゃがみ込んでうつむく少年の写真とともに、ポスターにはこんな言葉が添えられている。

 社民党によると、男児は自衛官の子供との設定で、家族のつらい思いを表現した。 (転載終り)

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社民党のポスターに焦る安倍支持者たちhttp://www.asyura2.com/14/senkyo169/msg/164.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 7 月 27 日 23:28:05

社民党の左のポスターが、安倍政権を支持する連中から叩かれている。自衛隊員が海外で戦闘をすることになるぞと、集団的自衛権の実際に起こりうることを指摘したものである。
何の問題もない。国を守る気概で入隊した自衛隊員にとって、これは大きな問題である。契約違反も良い所である。
自衛隊員は入隊の時に、下記の「宣誓」を読み上げ、署名・捺印しなければならない(自衛隊法第52条・53条「服務の宣誓」、自衛隊法施行規則第39条)。

宣 誓
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

ここには、他国に対する使命の記載などどこにもない。集団的自衛権など考えていないのである。隊員に他国に対する、賭命義務は求めていない(自衛隊法第3条)し、誓約もしていない。一般社会なら契約違反であり、再契約(誓約)させるところである。
このポスターに対して、子供を使った非常識なものであるとか、現状を理解していないなどというである。集団的自衛権の、実態すら国会で説明できない政府の見解を信じるのも無理である。そもそも、集団的自衛権が憲法違反である。

このポスターでさえ党員が自主的に作るほど、社民党は資金もなければ、支持者もいない。国会の議席すら数えるほどになった社民党である。
その社民党を叩くほど、このポスターには真実味があるということである。好戦的平和主義者たちの焦りである。(転載終り)

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