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断層面の・・・草に流るる晩夏のひかり

                      前田 夕暮

  
壁立(へきりつ)せる断層面の暗緑の草に流るる晩夏のひかり 

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  前田夕暮(まえだ・ゆうぐれ) 略歴については『若き日の夢に別れて』参照のこと。

 前田夕暮は印象的な短歌を多く残しており、私としては、心惹かれる近代歌人の一人です。彼の短歌の持つ「青春性」「斬新さ」「革新性」に惹かれるのです。

  壁立せる断層面の暗緑の草に流るる晩夏のひかり 

 今回のこの短歌は、そのうちの「斬新さ」「革新性」において際立っています。

 この短歌に初めて接した時、つい現代的な短歌が連想されました。が、この短歌は大正元年(1912年)刊の歌集『陰影』に収録されている作品です。かれこれ100年以上も前の作品なのに、今読んでも“新しさ”を感じます。 

 「壁立せる断層面」 
 出だしのこの表現が出色です。なるほど確かに、我が国は太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレートに挟み込まれ隆起して出来た列島です。それゆえ中央構造線や糸魚川静岡構造線などの大断層はもとより、全国には小さな断層が数多くあることでしょう。しかしこのような素材は、ひたすら自然美を歌う伝統的な和歌では無論のこと、正岡子規による「短歌革新運動」以降の近代短歌でも取り上げられたことのないものです。 

 自然の美しさとはズレた位相の、ともすればそれまでの短歌ではスポイルされて来たような素材をあえて取り上げたところに、前田夕暮の新しさ、革新性があるのです。 

 「断層面」とは、地形として断層を示しているその表面ということです。高さは5メートルいや10メートル以上あるのでしょうか。それが壁のように真っ直に突き立っているのです。イメージするだに、ある種の圧迫感、不安感を覚えてしまいます。しかしそんな所にもしぶとく、逞しく雑草が生えていて、夏の終りの陽の光りがやわらかくそそがれている、というのです。歌号とこの短歌の内容から、私はとある晩夏の夕暮時をイメージしていましたが、時間までは述べられていませんから、陽が出ているどの時刻でもいいのでしょう。 

 実際に見た風景なのか、あるいは想像上の風景だったのかは知る由もありません。前田夕暮自身は、ありのままのその実景をとにかく詠みたかっただけなのかもしれません。しかし「壁立せる断層面」をいきなり持って来られると、そう詠んだ彼の深層心理を覗き込んでみたくなります。 

 (大場光太郎・記) 

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『若き日の夢に別れて』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-3609.html

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