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2014年11月

もはや安倍首相自体が「ネトウヨ」である

-よもや戦争前夜の戦前昭和と酷示した状況が今日の平成の世で生まれるとは。以前何かの記事で紹介したが、極右ナショナリズムの台頭は国力衰退を示すメルクマールなのである。 (大場光太郎・記)-

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2014.11.22 『安倍やめろデモ@京都』より (転載記事とは関係ありません)


もはや首相自体が「ネトウヨ」である──安倍“ヘイト”政権が誕生した日(リテラ)
http://www.asyura2.com/14/senkyo175/msg/267.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 11 月 26

 第2次安倍内閣が衆議院解散を決断し、来年に予定していた消費税の10%への引き上げを延期、国民に信を問うという。野党は争点も大義もない選挙だというが、本当にそうだろうか。

 安倍晋三は11月18日夜のニュース番組で「自民と公明で過半数を割れば退陣する」と明言した。が、これは裏を返せば、たとえ議席を減らしても過半数を維持すれば安倍内閣が信任されたとみなす、という宣言でもある。

 安倍内閣への批判はおもにアベノミクスの失敗、つまり経済政策に集中しているが、もうひとつ忘れてはならないことがある。それは、安倍内閣が持っていたヘイト体質だ。

 安倍晋三のフェイスブックがいわゆるネット右翼のヘイトコメントで溢れかえっていることは有名だが、これはたまたまこうなっているわけではない。第1次安倍内閣が成立したのは2006年9月。この年の年末、在特会が結成される。そして福田内閣、麻生内閣、さらに民主党政権の3年を挟んで再び首相に返り咲いた安倍の改造内閣は、在特会やネオナチ勢力と閣僚や安倍自身の関係が取り沙汰されるなかで、国民に信を問わざるをえない局面に追い込まれた。

 第1次安倍政権から第2次安倍政権にいたるこの8年間は、日本で排外主義とヘイト・スピーチが過去最大限に伸長した時期とぴったり符号している。

 在特会によって火がついたヘイトの嵐は、自民党の麻生太郎から民主党の鳩山由紀夫に首相が代わるなかで、ネット右翼にとっては「反日」「親韓・親朝鮮勢力」である民主党という明確な敵を得て、自民党が下野している3年の間にモンスターのように成長した。そのエネルギーを十分に吸収する形で成立したのが、第2次安倍内閣だった。

 2012年の12月15日、衆院選投票日前夜に安倍が、麻生とともに最後の選挙演説の場に選んだのは秋葉原駅前だった。その光景には、いまだに身の毛がよだつ思いがする。

 林立する日章旗、マスコミに対して「売国奴!」「帰れ!」と罵倒する支持者たち、「大日本帝国万歳!」を連呼する老婆、「ぶっつぶせ朝日!」「朝鮮人を追放しろー」といった罵声。そこに展開していたのは、子供の頃から古いニュース映像で何度も見た、ナチスや大日本帝国そのままの光景だった。絵に描いたようなファシズムの姿である。

「ついにネトウヨが政権を取るのか……」

 私は現場におらず、誰かのツイキャスでそのおぞましい光景を見ていただけだが、それでも暗澹たる気持ちになった。レイシストをしばき隊が活動を開始する約2か月前のことである。ネット右翼や「行動する保守」は、ネット上でも街頭でも向かうところ敵なしの状態で、最高に調子に乗っていた時期だった。

 安倍や安倍内閣の閣僚、あるいは地方議員まで含めた自民党の政治家たちの発言がネット右翼のそれと大差ないのは、彼らがネット右翼に媚びているからではない。ネット右翼の思想そのものが、彼らの政治信条にそのままダイレクトにフィードバックしている。保守とネトウヨの境界は、いま限りなく曖昧だ。

 私が第2次安倍内閣成立時からこれを「ネトウヨ内閣」と呼んできたのは、ネット右翼がこの15年ほどにわたって培ってきた思想をこの内閣が実に忠実に体現しているからだ。ネット右翼御用達のヘイト・デマまとめサイトの中でも最も悪質な「保守速報」を安倍自身がフェイスブックでシェアしてしまうことからも明らかなように、「首相それ自体がネトウヨ」という状態なのである。すなわちそれは、これを同時に「ヘイト内閣」とも呼べるということである。

 リベラルな人たちが、昨今のヘイトスピーチ問題や嫌韓・嫌中本の大流行について「社会に不満を持つかわいそうな人たちが自らを慰撫するための一過性の流行にすぎない」といった感想を持っていることがよくあるが、そうした見解は間違いだと、私は思う。

 地道にネットにデマを書き、歴史修正主義にもとづいて地方の役所に申し入れをし、排外主義にもとづいて議員にロビイングをまめに行い、少人数でも決してめげずにデモをつづける。こうしたことをおよそ15年にわたって地道に、マメに続けてきた成果が、第2次安倍内閣にはそのまま結実しているように見える。

 この政治的傾向は昨日今日始まった突発的な流行ではなく、かつての新左翼とは別の立場から戦後民主主義を否定し、終了させようとするはっきりとした意志に基づく、日本の思想潮流の大転換なのである。

 つまり彼らは厳密な意味では「保守」ではない。かつての新左翼と同様、日本という国家が依って立つ根本的な理念を転換させようとする極右革命勢力である。そして逆に言えば、「憲法を守れ」「人権を守れ」と、「守れ」ばかり言っているリベラルの側が、実質的には文字通りの「保守」なのだ。

 その「革命」の第一の波は、1996年に設立された「新しい歴史教科書をつくる会」から始まっている。小林よしのりの右傾化もこの前後であり、彼はそのまま「つくる会」に参加して「新しい歴史教科書」の編纂に携わることとなる。そして翌年、日本会議が設立されるのだ。これは神社本庁からカルトまで多くの宗教団体を母体にした、一種の宗教保守勢力である。第2次安倍内閣の閣僚19人のうち、15人がこの日本会議のメンバーだった。

 このように、昨今の日本の「右傾化」はおよそ20年前に始まっているのだが、当時まだインターネットはそれほど普及していなかった。1995年にウィンドウズ95が発売され、一般人が加入できるプロバイダーが増えたことでインターネット時代が始まったわけだが、当時のネット空間はおおむねリベラルな雰囲気が主流だった。

 右派の多くはネットを使っておらず、ネットニュース(BBSやSNS普及以前の掲示板システムのようなもの)は大学関係者や研究機関、それもどちらかというと理系が利用者のほとんどを占めていた。一般人がネット上でできることといえば、「HP」という日本独自の略語で呼ばれる「ホームページ」すなわち自分のサイトをつくって、趣味の情報を発信するという程度のことだったのである。

 その様相が一変したのは、完全匿名を実現した大規模な掲示板システムである2ちゃんねるが1999年にオープンしてからだ。この連載のタイトルが「15年」となっているのは、ネット右翼の思想史の起点を2ちゃんねるに設定しているからである。

 それまでのインターネットは実名での利用が基本で、ハンドルを使う場合もIPアドレスやリモートホストどこかに表示されているのが普通だった。「ホームページ」のURLに含まれているユーザー名にfingerをかければ、本名や連絡先を簡単に知ることすらできたのである(fingerとは、ユーザー情報を表示するUNIXコマンド)。

 当時のインターネット上では、権力の検閲からいかにユーザーの匿名性を守るかということがさかんに議論されていて、完全匿名でメールを送ることができるアノニマス・リメイラーや文書を暗号化してやりとりできるPGP暗号ソフトなどが開発されてきた。

 これら暗号化を推進していた人々の多くはリベラルで、ときにアナーキスティックでさえあった。電子フロンティア財団(EFF)やフリーソフトウェア財団(FSF)を見てもわかるように、既存の法律が適用対象外であるネット空間において権力から市民的自由と民主主義を守るためにどうすればよいか、それが匿名技術や暗号技術あるいはコピー技術の開発と推進の目的であった。インターネットはグーテンベルクの活版印刷以来の大発明とされ、初めて民衆がメディアを手にしたユートピアだと考えられていた。

 2ちゃんねるの完全匿名システムも当然にこうした流れの延長線上に登場したものだった。デフォルト「名無し」の匿名で投稿できるだけでなく、サーバーに投稿者のIPアドレスすら記録しない2ちゃんねるは画期的かつ、実験的なシステムだったのである。2ちゃんねるでは差別発言を投稿する自由すら認められていたが、膨大な量の言説によって「悪い」言説は自然と淘汰されていくはずだという楽観論が支配していた。また、そうあるべきだと誰もが考えていたのだ。

 それから15年。

 ネット上は2ちゃんねるのようなBBSだけでなく、ありとあらゆるSNS上において匿名ユーザーによるヘイトスピーチと悪意が蔓延するディストピアとなった。ネット右翼は、この悪意のシステムを利用して伸長してきたのである。そしてそれが、ついに政権中枢にまで影響を及ぼしているのが2010年代の日本なのだ。

 大げさな話に聞こえるだろうか。

 それが決して大げさな話でもなんでもなく、インターネット上のネット右翼の歴史を順番にたどっていけばごくごく当然に導かれる結論であることは、これからこの連載が進むにつれて明らかになっていくと思う。

 その端緒として、次回は今年9月に相次いだ安倍内閣のツーショット写真騒動について詳述する。閣僚たちは「たまたま頼まれて写真に収まっただけだ」と一様に主張しているが、そこでネオナチや在特会メンバーと一緒にポーズを撮っている閣僚たちがこの15年間にどんな動きをしてきたか、詳細を知れば「たまたま写真をとった」とは決して言えないことがわかるはずである。

(野間易通)

■野間易通プロフィール
1966年生まれ。フリー編集者。首都圏の反原発運動を経て、2013年1月に「レイシストをしばき隊」を結成。排外デモへのカウンター行動の先陣を切る。13年9月にしばき隊を発展的に解散。新たに反レイシスト行動集団「C.R.A.C.」(Counter-Racist Action Collective)として活動を続ける。著書に『金曜官邸前抗議』『「在日特権」の虚構』(ともに河出書房新社)などがある。 (転載終り)

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安倍晋三は、もう終わり!?

-阿修羅掲示板のある投稿記事に興味深いコメントがあったので、その主要部分を以下に転載する。どうやら評論家の副島隆彦氏の一文を紹介したもののようである。内容をざっくり要約すれば―。今回の「大義なき選挙」は安倍晋三を見限ったアメリカの指令によるもので、選挙後安倍は退陣する筋書きだと言うのである。なるほどここ来て、当初の自公圧勝から自公逆風へと流れが大きく変わりつつあるようである(別情報では、今回は集計マシン「ムサシ」を悪用した大規模不正もないらしい)。自公過半数割れは考えにくいとしても、現有勢力を大きく下回る敗北の可能性は十分あり得る。その責任を取る形での安倍退陣なら辻褄が合うわけである。自公下野がベストではあるが、「希代の疫病神」安倍晋三が表舞台から退場してくれるのなら取り合えず御の字とすべきであるが、さて結果はいかに。 (大場光太郎・記)-

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日本人にジャパンハンドラー退治は無理である。しかし中露には簡単である。隣人なのだから遠慮せずにお願いすればいいのである。 ポスト英米時代
http://www.asyura2.com/14/cult13/msg/612.html (02コメント)

 
(前略) 10月31日(金)の、黒田ハロウィーン金融緩和」の不意打ちの、サープライズが有った。激しい動揺が国内に起きたあと、なんと11月5日(水)ぐらいから「解散・総選挙」が騒がれた。海外にいた安倍晋三首相が、首相権限(憲法7条3号、伝家の宝刀を抜く)で、11月19日、衆議院解散、12月14日選挙を、自分で決めたようには見えなかった。 ニューズ映像に写った安倍晋三の顔は、おろおろしていた。 自民党の内部で蹴手繰(けたぐ)りあいがあって、それで、解散になったとか、財務省と官僚たちが首相を追い詰めた、ということもない。野党はどこも弱小であるから何かが出来るはずがない。 どう考えても、日本人でこんな時期に選挙をやりたい人は誰もいない。ということは、やはり外国の力で、すなわち、アメリカの力で、アメリカ政府の中のジャパン・ハンドラーズ(日本あやつり対策班)が動いて、キャロライン・ケネディ大使の意思もあって、「安倍晋三をそろそろ引き釣り下ろそう」という、ショック・ドクトリン shock doctrine の動きになったのだ。 消費税の追加増税を、2017年の4月まで、一年半、先送りにする、というアメリカ(ジェイコブ・ルー財務長官の意思と決断)の決断で、一番、うろたえたのは、日本の財務省だ。それと、ハロウィーン緩和の不意打ちをやった黒田東彦だ。「政府は、増税を認めてくれる、とあれほど、言ったのに。なんだよ。この仕打は。財務省と私たち日銀は、煮え湯を飲まされた」と、ヒドく嘆き苦しんでいる。追加緩和と、GPIF(国民の年金の資金)をアメリカの米国債買いに、貢がさせることだけさせて、これである。今、安倍政権内部は、オーストラリアのブリズベーンから帰ってきた安倍晋三以下で、深刻な表情で鳩首(きゅうしゅ)会議を開いているだろう。

 日本の運命は、日本人によって決められていない。哀れなものだ。 そしてその追い打ちが、さらに 昨日、17日の「日本は、マイナス1.6%のマイナス成長(経済劣化の意味)」という発表だ。安倍晋三政権への成績発表で落第(らくだい)、大失点の判定が下された。テレビ・新聞でさえ、「消費税の増税での国民の信を問う為の急激な変化の総選挙へ」と書かずに、「大義(たいぎ)なき選挙」と書いている。こんな年末の時期に、お金ばっかりかけて、選挙なんかされたら、かなわない、と国民は、うんざりしている。「誰が、こんなバカな決断をしているのだ(とても、安倍首相だとかは思えない)」と感じている。政治家(国会議員)たちも嫌(いや)がっている。日本国民の多数意思が果たしてどこに有るのか、も分からないような、政治が安定しない。大海原でザブン、ザブンと波をかぶって、舵(かじ)も切れなくて翻弄されて波間ををさ迷っている可哀想な日本という国だ。私は、11月15日、定例会の前日に弟子たちと話す内部連絡網で、次のように書いて送った。

2014年11月15日
アルル君へ  副島隆彦から
(略) どうやら、君の言うとおり、急激に安倍晋三は、もう 終わりのようだ。アメリカが決めたようだ。急激に、アメリカが上から日本に圧力をかけて、宮廷革命(きゅうていかくめい)のクーデターのように、解散・総選挙(12月14日実施)を命令して、ショック・ドクトリンで、安倍たち日本右翼勢力を、政権から引きづりおろすようだ。私は今朝4時に起きたら、君が言ったとおり、安倍に対して、この富士山会合 Mt.Fuji Dialouge で、 「安倍をやめさせる」 が決まっていたのだと、分かりました。ですから、急いで、そのことを重掲に書いてください。 それと、 明日、16日の講演資料の一枚目に、 この 富士山会合の参加者集合の 写真 とかを 入れてください。君の言うとおりだ。安倍が、北京APECで失敗したら( 事実、大失敗した。首脳たちは誰も安倍を相手にしなかった。) 引きづりおろすとアメリカが決めたのだ。  オバマ=キャロライン=カート・トン=ダニエル・ラッセル のアメリカ政権内の ハト派=アジアで戦争を起こさせない派 と、それといがみ合っている 軍事狂暴派のヒラリー派 =グリーン、アーミテージ および、ジョゼフ・ナイ、ハムレたちでも、 「もう、これ以上、安倍たち右翼を許さなさい。勝手にさせない」 ということで、 両派合同で安倍を捨てる、と決めたのだろう。当然、中国はこの計画に賛成だ。アルル君の言うとおり、あの富士山会合の場に、石破茂(いしばしげる)がいたとしたら、次の首相は、石破だ。 操(あやつ)り易い谷垣さだかず に次をバトンタッチで渡す、ということはなくなっただろう。 この 11月1,2日の、箱根町の ホテルでの Mt. Fuji Dialogue マウント・フジ・ダイアローグ  が、アルル君がいち早く見抜いた通り、「三極委員会(トライラテラル・コミッション)」(デイヴィッドがもうすぐ死ぬから )に取って替わる、新しい日本を操るための最高会議になることが決まったようだ。アルル君。 定例会に間に合うように、急いで一枚目に富士山会議の集合写真とかを作って載せてください。 
副島隆彦拝 (転載終り)

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生放送で「国民の声」にブチ切れ、安倍首相“精神状態”に異変

-某掲示板でも、この問題を扱った幾つかの記事が高ランクされていた。その中のあるコメントで、安倍テレビ出演を一緒に見ていた奥さんが「この人狂ってる」と言ったと―。同じように感じた視聴者はずいぶんいたのではないだろうか?安倍晋三お得意のメディア露出が完全に裏目に出た形である。安倍がテレビに出るたびに大量の票を減らしていたら世話ないわけで、自民幹部の「もうテレビに出すな」というお怒りごもっともである。が、自民大敗という「国民の最大福祉」のために、そう言わずに、安倍は「日本の総理大臣はバカにしかやらせない」(byマイケル・グリーン)以上の精神を病んでいるキ〇ガイであることを国民全体に徹底周知させるためにも、本人が出たがっているのだから、選挙期間中はテレビにハシゴ状態でどしどし出すべきである(笑) (大場光太郎・記)-

                       *
生放送で「国民の声」にブチ切れ 安倍首相“精神状態”に異変
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/155159
2014年11月21日 日刊ゲンダイ

「むきになってる総理、見苦しい!」──。安倍首相の態度に批判の声が殺到している。テレビ出演した時、一般人のインタビューVTRを見て、「これ、おかしいじゃないですか!」と、キレまくったのだ。さすがに、自民党幹部も「総理の精神状態がおかしい」「体調が悪いのではないか」と懸念しはじめている。

 衆院解散を表明した18日に放送されたTBS「NEWS23」に生出演した安倍首相。番組開始20分ほどで「景気回復の実感」に関して、街の声がVTRで紹介された。

「誰が儲かってるんですかね」「景気がよくなったとは思わない」「全然アベノミクスは感じてない」「大企業しか分からないのでは」

 誰もが素直に感じている言葉が並んだ。ところが、安倍首相の表情は一変。司会者の発言を制し「(テレビ局の)皆さん(人を)選んでおられる」と批判し「6割の企業が賃上げしてるんですから」「全然、声に反映されてない!」「おかしいじゃないですか!」とまくし立てたのだ。日テレのニュース番組に出演した時も、早口でキレまくっていた。

■「もうテレビに出すな」と自民幹部

 これにネット上では、〈むきになってる総理、見苦しい!〉〈切れ口調になって詭弁を弄してる〉〈街の声聞いて安倍キレとるわ。国民の意見やぞこれ〉と非難囂々。

 このままでは選挙に響くと心配になったのだろう。ある自民党幹部は「もう首相をテレビに出すな!」とカンカンになっているという。

 確かに最近の安倍首相の暴言は目に余る。4日の予算委員会でも、過去の脱税疑惑を指摘され「全くの捏造です!」と声を荒らげていた。クスリの副作用なのか。一体何があったのか。心理学者の矢幡洋氏はこう言う。

「安倍首相は典型的な自己愛型の人格です。このパーソナリティーの特徴は、好調時と窮地に陥った時の人格が豹変することです。調子がよい時は高い理想を掲げて立派なことを言うのですが、ひとたび崩れだすと感情を制御できなくなる。しかも、都合の悪いことが起きると『自分は悪くない。誰かがオレの足を引っ張ったんだ』と責任転嫁し、攻撃的になるのです。これほど攻撃的になっているのは、精神的にかなり追い込まれているのだと思います。大臣の“ダブル辞任”やGDPの落ち込みなどが、ダメージを与えているのでしょう」

 しかし、一国の総理が感情をコントロールできず、国民の素直な声に「おかしいじゃないですか!」と怒鳴り散らすのは異常なことだ。

 安倍首相は気分が落ち込むと、自分のフェイスブックに寄せられる“いいね!”を見て元気を取り戻すという。しかし、コメント欄には〈××議員を血祭りに!〉〈中国朝鮮3国もろとも殲滅でいきましょう〉〈野生動物 北京原人を射殺してください〉などの罵詈雑言が並んでいる。こんなコメントを読んで悦に入っているのだとしたら、人格が歪んでいる。あと4年間、日本を託していいのか。有権者は冷静に判断した方がいい。 (転載終わり)

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「安倍首相は絵空事だらけ」(ウォルフレン氏インタビュー)

-ご存知ない人もいるかもしれないが、カレル・ヴァン・ウォルフレン氏はオランダ人の知日派ジャーナリストである。日本で同氏がよく知られるようになったのは、例の一連の小沢事件を、「欧米先進国にも類を見ない人格破壊(キャラクター・アサシネーション)キャンペーンだ」、と同事件の本質を鋭く衝いた言説によってだった。検察、大メディアという官報複合体による執拗な攻撃により、小沢一郎そして鳩山由紀夫が失脚し、国民自身が初めて成し遂げた(民主党による)政権交代は潰されたのだ。その結果、戦後最低・最悪の安倍晋三による自民党政権復権に道を開いたのだ。その安倍政治をウォルフレン氏はどう見ているのか。『日刊ゲンダイ』による同氏へのインタビュー記事を以下に転載する。時あたかも解散・総選挙直前、じっくりお読みいただき賢明な投票行動をしていただきたいと思う。(大場光太郎・記)-

        「安倍首相は経済も外交も知らない」/(C)日刊ゲンダイ

注目の人 直撃インタビュー カレル・ヴァン・ウォルフレン氏「安倍首相は絵空事だらけ」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154970
2014年11月17日 日刊ゲンダイ

 隣国と対話すらできないタカ派体質など、安倍首相に対する見方は、国内よりむしろ海外で冷ややかだ。長年、日本の政治システムを俯瞰してきた知日派ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレン氏(73)が、新著「日本に巣喰う4つの“怪物”」(KADOKAWA)の出版に合わせ来日した。この人も「いまは日本の危機」と憂えていた。

――海外では安倍政権が暴走しているとの声があります。最近の安倍政権をどう見ていますか。

 安倍政権が誕生した時から、私の印象は変わりません。政権は最初から構造的な欠陥を抱えているからです。端的な例がアベノミクスです。そもそも、アベノミクスなどという愚かな言葉が何を意味するのかわかりません。安倍首相の名前が付けられていますが、彼の考えで始められたわけではありません。経済に精通した人でもないのです。彼は何も知りませんよ。金融政策を練るのは首相ではなく財務官僚です。首相はそれに従っているだけです。アベノミクスという造語は単なる広報戦略から生まれただけです。

――それでもアベノミクスの功罪という点では意見が分かれると思います。安倍首相は日本の実体経済をいい方向に動かしていると思いますか。

 安倍政権誕生後に日銀が採った政策は良かったと思います。デフレの罠から抜け出すために物価目標を2%に掲げ、長期金利を上げずに円安に誘導した点は評価されるべきでしょう。もちろん、それも安倍首相の考えから派生したものではありません。過去何十年もそうだったように、官僚主導の政治風土から生み出されたものです。本当に国内経済を活性化させたいのなら、住宅政策等に力を入れるべきなのです。ところが安倍首相がやったのは、消費税を上げる暴挙でした。まったく必要のないことです。

――安倍政権については、海外で右傾化が問題視されていますね。近隣諸国とはギクシャクしたままです。外交政策をどう思いますか。

 安倍首相に外交政策などありません。彼が外交政策を立案できるわけもありません。外務省の一部の官僚が策定しているだけです。ただし、日本が独自の外交政策を持っているわけでもありません。ウクライナ問題が好例です。欧州諸国はロシアへの制裁を発動しました。米国がロシアへの制裁を発動したからです。ヨーロッパ諸国はウクライナ問題で、体たらくと呼べるほど米国に追随したのです。ほとんど「見せ物的なショー」です。今回のロシアへの経済制裁ほど実質的効果のないものもないです。日本が独自の外交路線を歩むつもりならば、米国に対して「制裁など意味がない」と言ってやらなくてはいけませんでした。でも、安倍首相にそんな真似ができるわけもありません。

――イスラム国の対応では安倍首相だけでなく、欧米諸国でさえ後手に回っています。解決の糸口さえつかめていないように見えます。

 イスラム国は、そもそも米国がつくったのです。間接的な経緯として、そう解釈すべきです。テロ組織はいま収拾がつかない暴れ馬のようです。同時に、そのイスラム国から利益を得る人たちがいるのです。誰だと思いますか。武器を売りさばく米国の武器メーカーです。世界とはそういう構図なのです。戦争を必要としている国や企業がいて、そこから利益を得ている人間がいます。酷いものです。

――オバマ政権も外交政策ではリーダーシップを発揮できていないとの批判があります。安倍政権と似ていませんか。

 オバマ大統領は過大な期待をかけられて登場しましたが、国内外の問題に対処し切れず、脆弱性をさらしています。イスラム国の対応も待つだけ待って、最後に空爆を決め、イラクへの増派を決断しています。どこかの政府に似ていますね。

■カレル・ヴァン・ウォルフレン氏「民主党政権は魚雷で瓦解」

――話を日本に戻しますが、先ほど、安倍政権は結局、官僚主導だとおっしゃいました。官僚が牛耳る日本の政治システムは、いつまでも変わりませんね。

 09年に民主党政権が誕生した際、鳩山政権は少なくとも政治家が物事を決定するシステムをつくろうとしました。機運はあったと思います。だが、チャンスを逃しました。次の菅氏は官僚の言うことを聞くだけでしたし、野田氏に至っては最も脆弱な首相でした。最低でしたね。ですから民主党政権は事実上、最初の鳩山政権で終わったと考えていいのです。さらに言うならば、私は民主党政権が瓦解したのは3本の「魚雷」のせいだと思っています。目に見えないところから飛んできた。1本目は日本のメディアです。2本目は官僚。3本目がワシントンです。この3本の魚雷によって政権が攻撃されて崩壊したのです。

――日本の政治は、その3つの勢力にコントロールされているということですね

 鳩山政権が誕生した時、政党政治の夜明けが来たと純粋に思いましたが、前述した3本の魚雷で潰されてしまったのです。新聞が民主党政権を潰し、官僚がそれに加担し、ワシントンも民主党政権を好みませんでした。官僚やワシントンはこれまで長期間、自民党とベッタリでしたから、両者が民主党政権を毛嫌いするのはわかります。しかしなぜ、新聞が民主党を攻撃しなくてはいけないのですか。解せない。鳩山政権が誕生した直後、朝日新聞の上層部と会いました。彼は「民主党はどのくらい政権を維持できると思いますか」と聞いてきました。それでこう答えたのです、「あなた方次第です」と。新聞が政権をどう報じるかで、その答えが変わります。

――日本の政治が変わる機運を潰した一端を担う新聞にしても官僚にしても、現状維持を望んだということでしょうか。

 制度的なシステムが出来上がった社会では、多くの分野で現状維持が貴ばれます。特に官僚は既存のシステムを変えようとしません。過去に築き上げてきた体制を死守することを責務と捉えるからです。既得権益ですね。鳩山政権は少なくともそれを変えようとした。官僚機構に頼るのではなく、政治家が物事を決めていこうとしました。けれども日本では、新聞でさえも「現状維持中毒」を患っていた。まるで民主主義の発展を阻止するのが彼らの役目と思えるほどです。メディアは官僚と結託し、ワシントンと手を組んで民主党政権を追いやったのです。これほどはっきりしていることはありません。

――日本の将来をどう見ていますか。安倍政権は、激動の世界情勢に対応できるのでしょうか。

 私には日本が行き先を見失っているように見えるのです。どこに行くのか明確な進路が示されていない。それが日本にとっての危機です。日本のトップに立つ人間は世界情勢を適切に見極められていない。安倍首相は第1次政権も経験していますから、本来ならば過去から学び、世界へ向けて示唆に富んだ指導力を発揮しなくてはいけないところです。だができていない。歴代の首相と違うようにも見えますが、何も変わっていません。極めて平凡な政治家です。日本はロシア・中国両国と密接な経済関係を進化させていかなくてはいけない。積極的に推し進めるべきですが、それもできていない。中流層は衰退し、一部の富裕層だけが潤う格差社会が現出しています。これでは日本の将来は暗いです。中国には拡大する中流層がいます。日本製の付加価値の高い家電商品を、彼らに今まで以上に購買させるなどの努力をもっとする必要があります。

――最後にお聞きしますが、安倍首相をリーダーとして、また人間としてどう見ていますか。

 日本がどうあるべきか、という漠然とした考え方はあると思いますが、ファンタジーのレベルでしかない絵空事を抱いている。つまり、幻想の中で生きている首相だということです。まったく現実的な政治家ではありません。(インタビュアー・堀田佳男)

▽1941年オランダ生まれ。72年からオランダ紙の東アジア特派員を務め、82~83年に日本外国特派員協会会長。30年以上、日本政治を冷静に分析してきた。「日本/権力構造の謎」「いまだ人間を幸福にしない日本というシステム」はベストセラー。アムステルダム大名誉教授。

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米中首脳に相手にされず…安倍首相が決定的に足りないモノ

-年末総選挙が本決まりらしいがこんな国辱首相の政権を続けさせていいのか-

 もうニュースとは言えないかもしれませんが、APECが閉幕しました。

 米中をはじめ英仏ロシアなど主要国首脳が北京に集結したのですから、就任後地球儀外交とやらであっちこっちの国を飛び回っているほど外交が好きで、かつ得意中の得意を自認しているらしいおらが国の安倍首相のこと、「世界中が注目するAPEC、安倍外交ここにありを見せつけてやるぞ」とばかり、さぞや各国首脳と華々しく渡り合いかつ実りある首脳会談を展開か、と思いきや。

 実態は、中国の習近平国家主席との会談を日本側が拝み倒してやっと実現、ホスト国のマナーとして本来は習主席が来賓である安倍首相を出迎えるべきところ、逆に安倍首相が待たされ、習主席は苦虫噛み潰したようにしてろくに顔も合わせず、会談そのものも25分という通訳を挟めば実質その半分以下という二言三言のほんの儀礼的なもので終わったようです。もちろん会談後の共同記者会見もなし。

 政権発足後やっとこさ訪米しオバマ大統領と会談したときも、米国にとって日本は重要なパートナー国であるはずなのに、恒例の晩餐会もなしでした。そのことをふと思い出してしまいました。その米国オバマ大統領と習主席は互いにラフな格好で長時間行動を共にし、国内外に親密さをアピールしました。

 だいたいにおいて安倍首相は、就任後すでに50ヶ国以上を回ったと得意げに吹聴していますが、それは「中国包囲網」を意識してのことでしょう。だったら何で拝み倒してまで習主席との会談をセットしてもらう必要があったのでしょう?そもそも日中をここまで険悪にしたのは安倍の方なのです。実りある会談など最初から出来ないとわかっていたわけですから、やらなくても良かったのです。「今までの対中強硬路線はなんだったの?」。それに中国包囲網目的の50ヶ国以上への国民の税金バラマキ外交はいったいなんだったの?という極めて頓珍漢な話です。

 
 
 YouTube動画にもAPECの模様がアップされていますが、米国オバマ大統領をはじめとした他国の首脳も日本の安倍首相など眼中になく、蚊帳の外の完全無視状態。それは安倍自身の自業自得とは言え、日本の国際的な地盤沈下が大いに懸念されるところです。  (大場光太郎・記)

米中首脳に相手にされず…安倍首相が決定的に足りないモノ
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154961
2014年11月15日 日刊ゲンダイ

 
日本の安倍首相は記念撮影も後列/(C)AP

 北京でのAPECが閉幕した。安倍首相の周辺は日中首脳会談が実現したことでカラ威張りしているが、冗談じゃない。APECでハッキリしたのが日本の存在感の低下だ。一方、米中首脳は親密ぶりを世界に強く印象づけた。安倍首相は相手にされていないことが歴然となったのではないか――。

■間違った歴史認識で世界から孤立

 米・オバマ大統領と中国・習近平国家主席による首脳会談は、2日間にわたって行われた。政府の中枢・中南海での夕食会や花火観賞を挟んで、2日目の会談後には共同記者会見も開かれ、ともに過ごした時間は延べ9時間に及ぶ。

 昨年6月に習主席が訪米した際、西海岸の保養所で2人が談笑しながら散歩するシーンが話題になったが、今回も2人は黒いコートにノーネクタイで散歩を楽しみ、親密さをアピールした。

 わずか25分間で終了し、共同会見もなかった日中首脳会談とは大違いだし、安倍首相とオバマ大統領の会談はなかった。米から「眼中にない」と宣告されたようなものだ。

「今の日本は国際社会で完全に孤立しています。原因のひとつが、安倍首相の間違った歴史認識で、きちんと歴史を学んでいないからか、歴史問題でも感情が先に立ってしまう。教養がないせいか、政治哲学も語らない。これじゃあ、大国の首脳が胸襟を開くわけがありません。安倍外交というと、財界人を引き連れてのトップセールスとか、ODAのバラマキとか、カネの話ばかり。これでは国際社会で尊敬されるわけがないのです」(政治評論家・森田実氏)

■石原慎太郎からも「教養がない」

 米ジャーナリストのボブ・ウッドワード氏の著書「オバマの戦争」によれば、軍人経験のないオバマ大統領は、戦争や歴史の本を読みあさり、必死で知識を身に付けたという。学生時代に詩作を趣味にしていたオバマ大統領は文学にも造詣が深い。フェイスブックの読書歴を見ると、シェークスピアの戯曲やメルビル、エマーソンの評論などを読んでいる。黒人差別と闘いながら、勉学に励んで弁護士になった知識人だ。

 習主席にも似たところがある。幼少期に父が失脚、貧しい農村に「下放」された。父は78年に名誉回復するが、その間に習主席は清華大の化学工程部に入学し、79年に卒業した。

 翻って、我が国の首相はどうか。安倍首相の愛読書は「永遠の0」や「今日われ生きてあり」などの特攻隊小説が有名だ。最近では、極左集団と公安警察の戦いを描いたノンフィクション「狼の牙を折れ」をフェイスブックで絶賛していた。こういう類いの小説を読むのは勝手だが、少なくとも、教養を感じさせる読書ではない。「本棚を見れば、その人がわかる」というが、右翼仲間の石原慎太郎氏でさえ、朝日新聞のインタビューで「(安倍首相には)祖父の岸信介元首相のような教養はない」とコケにしていた。これでは世界の首脳と渡り合えるわけがないのである。

■憲法学の大家も知らない安倍首相

「昔の政治家はよく本を読み、歴史を勉強していた。だから、知識をひけらかさなくても、言葉には重みがあった。宮沢喜一元首相の博識には各国首脳も舌を巻いたものです。パフォーマンス先行に見えた橋本龍太郎元首相も、実はたいへんな読書家でした。安倍首相は、振付師や脚本家任せの耳学問だから、言葉に含蓄がなく、上滑りなのでしょう」(森田実氏)

 昨年の参院予算委で、民主党議員に「芦部信喜さんという憲法学者をご存じですか」と聞かれ、平然と「私は存じ上げておりません」と答えたこともあった。憲法改正を掲げる首相が、憲法の大御所を知らない。洋楽評論家がビートルズを知らないようなものだ。

 世界を見渡せば、ロシアのプーチン大統領はレニングラード大卒でKGB出身のエリートだし、ドイツのメルケル首相もライプチヒ大で物理学を専攻し、博士号まで取った才媛である。彼らの知的レベルが政治指導者のグローバルスタンダードというものだ。

 憲法学の大家の名前も知らない首相と、愛読書がマンガで漢字も読めない副総理がツートップの国では恥ずかしい。

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パソコン替えました !

  人気(ひとけ)なく落ち葉散り敷く夜(よ)の公園  (拙句)

 ニッチもサッチもいかなくなって、遂にパソコンを替えました。

 なにせ、今まで使ってきたパソコンは今から13、4年前に購入した超年代ものの東芝ダイナブック。もちろん昨年からセキュリティ上使用不可となったwindowsXPです。しかし特に守るべき個人情報や個人資産などまるでないわたくしめは、『そんなこと言われても、おいそれとは買えないんだよ』と、半ば開き直り気味にもうとっくに耐用年数が過ぎたパソコンを使い続けるしかなかったのでした。

 
 
 それにしても悲惨なパソコン生活でした。
 昨年何かの機会にNTTの人にマイパソコンの診断をしてもらったことがあります。電話での指示どうりに、メカに弱い私にはサッバリ分からない機能をあれこれ操作した結果、元々が小容量のマイパソコンは規定値の2倍以上の容量超過であることが判明しました。とにかくここ2、3年は重くて、重くて…。不調な時はマイブログのトップページを開くのに2、30分、さらに管理ページに入るのに2、30分などということもありました。

 
 重いのもさることながら、マイブログでの記事更新の際などにはいつも辟易させられ通しでした。

 なにせキーボードのキーがあちこちはがれてしまっていたのです。その数13個。元々は数年前、(バネが利かなくなって閉じられず開けっ放しにしていたら、2年前に死んだ)愛猫のミーがちょこんとかつ悠然とパソコンに座り込んでいたことに始まります。「こらミー。そんなとこに座ってちゃダメだ !」と、かなり重量級の猫だったのでヨッコイショと抱き上げて強制退去をかけました。ミーはあるキーに爪を食い込ませていてたらしく、いとも簡単にキーを2、3個カパカパはがしてくれちゃたのです。あ~あ。

 
 
 ミーはよほどパソコン上が座り心地よかったと見えてその後も2、3度同じようなことがあり、そのつどカパカパ…。ミーのバカバカバカ(苦笑)。もうこの時点で通常の経済状態人は、そんなパソコンに嫌気が差して新しいのに買い換えたはずです。しかし当時例のリーマンショックに財政的に打ちのめされていたわたくしめは、買いたくても買えず、そのまま使い続けるしかなかったのです。それに当座はキーがはがれても、文字などの入力はなんとか普通にできたのです。

 こうしてしばらくだましながら使っているうちに「は」「て」「せ」などがどうしても入力できなくなりました(私の場合、文字は「ひらがな」入力)。それでどうしたかというと、そのつど「IMEパッド」で手書きしていました。月日とともにその数が増えてきた上、昨年夏ごろからENTERキーや文字転換キーのような重要キーまでダメになり、改行、行送り、一字空白、文字転換といった肝心要の作業すらできなくなってしまいました。で、どうしたか。漢字はすべて手書き。改行、行送りなどが必要な時は以前の記事の当該部分をコピーして貼り付けてという、極めて原始的かつ非効率な手順で記事更新などをしてきたのであります(大笑い&苦笑)。

 以上、これまで記事更新が滞った言い訳もかねて(笑)、以前のパソコンのチョー不具合ぶりを見てきました。

 騙し騙し使ってきたものの最近ますます限界を痛感していた折り、たまたま金銭的余裕ができたので、ニューパソコンに買い換えた次第です。

 とはいっても、高額な新製品が買えるはずもなく、中古パソコンです。たまたま目にしたネット通販で、同じ東芝ダイナブックでwindows7、年式は2009年6月とやや古いものの、程度がよさそうで、値段も3万円弱と手頃なので買うことにしたのです。

 日曜日昼ころ届きました。早速梱包を開けて実物を確かめたところ、外観は新品とそう変わらないようです。製品の進化は歴然で、同じくらいの大きさでもスマートでより軽量です。月曜日プロバイダーのぷららに電話してネット接続の仕方を教えてもらい、早速マイブログを開いてみました。いやあ、驚きました。あれほど重くて開くのに難儀していたのに、あっけないほどサクサク入れるではありませんか ! さすが、小容量に懲りて[メインメモリ 3GB]を選んだだけのことはありそうです。

 で、これからは記事更新もサクサクと・・・といきたいところです。が、なかなかそうもいきそうにありません。というのも、生活上やむなく7月中旬頃からあるアルバイトをしているからです。現在は週の後半をそれに充てています。いずれもう少し詳しくご紹介する機会があるかもしれませんが、この期間は朝早くから出て、帰りも遅いので下手するとネットを見るのもままならないこともあります。

 とは申せ、パソコン環境は格段に良くなったのですから、なるべく多く記事更新をしていきたいと考える今日この頃です。

 (大場光太郎・記)
 
 
 
 

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ハロウィン-日本に入り込んできた暗黒魔王の祝祭

-奇妙な仮装をしてはしゃぎ回るハロウィン。しかしこの祭はクリスマスなどとともに、起源からして「暗黒魔王の祝祭」なのだ。その後ローマカトリックの「万聖節」に取り込まれ、ヨーロッパなかんずくアメリカで隆盛となり、その過程で18世紀後半創設のイルミナティなどのサタン結社により、さらなる悪魔性を注ぎ込まれたものと考えられる。今日では、ハロウィンは(サタニック)グローバリズムの広まりにより世界中にまき散らされ、特に我が国で大盛り上りである。青少年を中心に奇妙奇天烈な恰好をしていい気になっているが、実はサタン勢力の“パシリ”をさせられているのである。 (大場光太郎・記)-

ハロウィン-日本に入り込んできた暗黒魔王の祝祭 ハロウィンは子供の生贄を大魔王にささげる夜 以前は精神的に有害なので禁止 http://www.asyura2.com/12/social9/msg/521.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2014 年 11 月 01 日

(元記事)ハロウィン-日本に入り込んできた暗黒魔王の祝祭http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3160.html
『カレイドスコープ』2014 年 10 月 31 日

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今日は、古代ケルトにルーツを持つハロウィン(サムハイン祭)の日。
クリスマス同様、誰をお祝いしているのかを知ったら、血の気が引くかもしれません。

誰のために祝っているのか、実は誰も知らない

化け物仮装行列、ハロウィンが今年も日本各地で盛況でした。
規模は年々大きくなるばかりで、人々の潜在的なパフォーマンス願望やメタファー願望が「何か」を引き寄せています。

国内最大のハロウィンは、毎年、神奈川県川崎市で行われているハロウィン・パレード。第18回目を迎える今年(10月26日)は、主宰者側の発表によると、仮装した人2500人、沿道の見物人を含めると11万人だったとか。でも、ただ歩いているだけです。(動画)

川崎駅東口以外でも、フジテレビがお台場で売れないタレントをかき集めて「T-SPOOK 東京ハロウィンパーティー」(10月25日)を開催、もちろん、あのディズニーでも毎年、恒例のイベントとなっています。
毎年、10月下旬は、もう日本中がハロウィン、ハロウィン。
いつ頃から、こんな風になってしまったのでしょうか。

しかし、ハロウィーンを祝うほとんどの人々は、それらが実際に何を祝っているか、まったく知らないのです。
これは、驚くべきことです。大丈夫なのか、ニッポン。

なぜ急激に、ここまでハロウィンが全国に普及してしまったのか・・・それは主催者の大元を探る必要があります。綿密な計画性を感じます。
ハロウィンのような、仮装して外面が別人になると、急に解放される日本人にとって、もっとも馴染みやすいフェスティバルなのでしょう。
「青信号、みんなで渡れば怖くない」です。

ハロウィンの本場は、もちろんアメリカです。
今年、アメリカ人のおよそ70パーセントがハロウィーン祭典に、なんらかの形で参加したといいます。
しかし、彼らは、ハロウィンが何千年もの昔から続く悪魔的催事で、そのルーツが異教徒にあることを知りません。彼らは、あくまで豊穣を祝う祝祭だと思い込んでいるのです。

悪魔を祝う催事は、他にもたくさんあります。
イースター、バレンタイン・デー、そして、なんとクリスマスも・・・まったく馬鹿げたことです。自分から進んで魂の自殺現場に向かう人々。

これらを最初に仕掛けたグループは、いわゆる「アンチ・キリスト」の人々です。それは、グノーシス主義者であり、秘密結社です。
彼らの洗脳方法は非常に巧妙なので、人々が簡単に騙されてしまうほど無知だとしても許容されるでしょう。

しかし、問題は、自分たちが参加している祝祭イベントが、いったい何を、誰を祝っているのか知ろうとしないことです。これは無知ではありません。思考力を奪われてしまった証拠です。それは、「憑依」されてしまったからです。

このフェスティバルは、近年、悪魔崇拝者である仕掛け人が「ハロウィーン」と名付けたことによってその正体が覆い隠されてしまいましたが、かつて知られていたのは「サムハイン祭(Samhain)」です。
ハロウィンとは、サムハイン祭のことなのです。

サムハイン祭はキリスト生誕以前にルーツを持つ祝祭で、最も初期のアイルランド文学の中で言及されています。

古代ケルト人は、サムハイン祭のときには、心霊世界と私たちの現実世界との間にある幕が引き上げられ、死者の霊魂が、生きとし生ける者たちと自由に混じわることができる時であると信じていました。

また、ハロウィンのベル(Bel)、あるいは、クロム(Chrom)として知られている死者の主(死神)を称えるための日でもあったのです。ベル(Bel)は、バアル神(Baal)との類似点があることに注目です。Baalは、いろい名前を変えてはいますが、暗黒世界の魔王のことです。
だから、ハロウィンは、悪魔の大魔王をお祝いする祝祭なのです。

ジャック・オ・ランタン(jack-o’-lantern)や、トリック・オア・トリート(子供達が仮装をして各家庭を回り、「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」と言ってお菓子をもらうこと)、ハロウィン用の衣装などは、古代ケルトの慣習に根差しています。

初期のアメリカの多くの地域では、ハロウィーンは非常に精神的に有害なので、禁止されていたのです。
しかし、今日、ほとんどのアメリカ人は、それを祝うことに関してなんら抵抗しなくなってしまいました。習慣とは恐ろしいものです。
マスメディアによる長年の洗脳がこうも簡単に人々を思考を奪ってしまうのですから。

そして、それは日本にも完全に根付いたのです。

もっとも、アメリカ人にしても、日本人にしても、ハロウィーンは、アイデアをふんだんに盛り込んだ気味の悪い衣装に身を包み、ある者は、ここぞばかり盛装し、キャンディーを食べて、パーティーに出席する、実に楽しい時間でしかないのです。
自分たちが、何に駆り出されているのかなど、興味がないのです。

一般の無知な人々が、単純にハロウィンを楽しみ、無自覚のまま悪魔崇拝に引き込まれている脇では、ハロウィンを真剣に受け止めている者たちがいます。当然、日本にもいます。それは魔術崇拝者です。
彼らにとって、ハロウィンは、1年のうちでもっとも重要な時間なのです。

ローマ・カトリックによってハロウィンは現代に生き延びた

さて、ハロウィンの本当の正体-サムハイン祭についての手身近に説明しておきましょう。
以下は、wicca.comからの引用です。

サムハイン(SOW-in, SAH-vin, or SAM-hayneと発音する)は、「季夏(夏の終わる頃)」を意味しています。
そして、三番目の「最後の収穫」の意味です。
その年の暗い冬の半分は、このサバト(魔女のお祭り)から始まるのです。

それは10月31日に一般に祝われます。しかし、いくつかの伝統では11月1日に開催されることを好みます。

ハロウィンは、毎年訪れる二つの「霊的な夜」のうちの一つです。他方はベルテーン(Beltane)祭と言います。
ベルテーンとは「ベルの火」という意味です。 ベルとは、バアル神のことで、ユダヤ・キリスト教では「悪神」とされている神です。

ハロウィンは、時間と空間の現世的な法則が一時的に停止する魔法のインターバル(合間)のことです。
また、そのとき、両方の世界の間を仕切っているベールが捲り上げられます。
このときには、霊の世界と現界の仕切りが取り払われて、先祖やこの世を去った愛する人と交信することができるようになります。

というのは、そうした霊は、サマーランド(霊の上層階)に向かう道すがら、この現界を旅するからです。

ハロウィンは幽冥の神秘を学び、老婆(Crone)と彼女の年老いた配偶者(Consort)としてシンボライズされた「暗黒の母」と「暗黒の父」を敬う時です。
もともとは、ケルトの国々で、霊魂のために祭壇と戸口の上り段に食物をお供えすることによって祝う「死者の祝宴」のことです。
今日でも、開業医の多くが、その伝統を踏襲しています。

先祖やこの世を去った愛する人の霊魂を家に導く手助けになるよう、ろうそくを1本ずつ、窓に立てます。
“目に見えない来客”が座れるように、椅子をテーブルや囲炉裏の近くに置きます。

失われた魂、あるいは、子孫を残すことができなくなった魂を慰めるために、リンゴが道端や歩道に沿って埋められていました。

野菜のカブは、そうした魂を保護するかのように、くりぬかれたり刻まれます。
というのは、これは魔法の夜、カオスを象徴するからです。

ハロウィンの夜は、いたずら好きの霊魂は、疑うことを知らない人間たちに悪さをしようと活発に動き回りまります。
だから、暗くなってから旅をすることは薦められなかったのです。

人々は、そうした悪さをする霊魂を騙すために、幽霊のように白い衣に身を包んだり、藁で仮装したり、男女逆の装いをしたりしました。

古代ケルトでは、幽界から未成仏霊が出てくるところなどは、日本のお盆でも、おキツネが出てくるところと重なります。

なぜ、キリスト教から見れば異教徒の祝祭であるサムハイン祭が、世界中でお祝いされる「ハロウィーン」として定着したのでしょうか。

7世紀前半に、グレゴリウス1世として知られていたローマカトリックの教皇は、カトリック教の布教を継続して行えるようにするための最良のアプローチ法は、既存の異教徒の祝日や慣習をキリスト教化することであると決めたのです。

キリスト教徒が、サムハイン祭のような「異教徒の祝日」を一掃しようと努力した結果、キリスト教徒は異教徒の文化・形式の中に大きな転換をもたらすことに成功したようです。

西暦601年に、グレゴリウス1世は、彼が転換しようとした異教徒たちの従来の信条や慣習に関わっている宣教師たちに、かの有名な勅令を発布しました。

ローマ教皇は、在来の民族の慣習や信条を消そうとするのではなく、それらを利用するように彼の宣教師たちに命じたのです。
一群の人々が木を切るより木を崇拝したならば、ローマ教皇は、その木をキリストに捧げ、かつ、その木を崇拝し続けることが許されるように彼らに助言したのです。

ハロウィンは子供の生贄をささげる夜

万聖節(All Saints Day または、All Hallows Day)という既存のカトリックの祝祭は、サムハイン祭と同時に移されました。
それで結局、「Hallow(神聖な)+eve(前夜)」は、ハロウィンとして知られることになったのです。
しかし、古代のケルトの伝統の多くは消えることなく、そのまま温存されたのです。

ほとんどの人々は、ハロウィンの暗い世界を知ることなく、豊穣を祝っています。
これらの古代の伝統のうちのいくつかには、人身御供が含まれていることも知らずに。

以下は、オカルトの専門家、ビル・シュネーバレン(Bill Schnoebelen)が、ドルイド僧が毎年この時期にやってきたことである、と言っていることです。

ドルイド僧はベル(バアル神のことか)あるいはクロム(Chrom)といった名前で呼ばれた太陽神を崇拝していました。
ドルイド僧は、太陽神が10月31日に死に、その後、死の王国、アンウィン(Anwynn)に行ったと信じています。

サムハイン祭の目的は、太陽神の復帰に保険をかけることでした。それかせ「生贄」です。
魔女さえ、サムハイン祭には人間の犠牲が含まれていることを認めています。
動物と人間の血液の両方が、サムハイン祭におて、ベルを生き返らせるために必要であると考えられています。

人間の血液は、死の王国、Anwynnの門を開くと考えられ、夜に向けて霊を解き放つと信じられていたのです。
こうしたことから、10月31日は、幽霊に関係するようになったのです。

これは、単に歴史とは言えないものです。
サムハイン祭は、異教徒によって、いまだに祝われており、彼らの「宗教のカレンダー」では、もっとも厳粛なセレモニーになっているのです。

もちろん、このことを教示しているのはビル・シュネーバレンだけではありません。
実際、ナショナル・ジオグラフィックの1977年5月の記事には、ハロウィンとは、「最初に生まれた子供が犠牲として捧げられる」時のことであると認められていると書かれています。

つまり、ハロウィンとは、今日、アメリカ人の大半が祝っているような陽気で明るい祝祭などではないのです。
他のハロウィンの伝統もまた、古代ケルトのドルイドの慣習に根差しています。

因みに、ドルイドの生贄の儀式は凄惨を極めるものであったことは、よく知られていることです。

たとえば、ジャック・オ・ランタンが、どこから来たのか。ここに、ビル・シュネーバレンの解説があります。

アメリカでは、カボチャが使われていますが、ヨーロッパでは、多くの場合(野菜の)カブ、あるいはその中のろうそくを入れた髑髏が使われています。
カボチャやカブを切り込んで作る恐ろしい顔は、その祝祭の夜、非力な悪魔を追い出す神、サムハインを表しています。

ジャック・オ・ランタンの中の灯りは、「妖精の火」、あるいは「鬼火」を記号化したものです。これは夜じゅう徘徊する道に迷った魂であると考えられました。

コスチュームを着て盛装し、トリック・オア・トリートに出かける伝統は、これもまたドルイドから来ているものです。
以下はCBN.comにポストされた記事からの抜粋です。

たとえば、古代のドルイドでは、「家々の周りに群がると考えられていた幽霊は、御馳走が並べられたテーブルに迎え入れられた、とあります。
祝宴の終わりには、仮面をかぶり、コスチュームを着た死者の魂を代表する村人が、村の周辺を行進しながら幽霊たちを遠くに連れていく」という話があります。

先に述べたように、ハロウィンとは、いたずら好きな悪霊が、自由に徘徊する夜のことであると考えられていました。
現代のポルターガイスト伝説のように、いたずらを働く霊は、生きものたちをからかうので、それで、コスチュームを着ることによって彼らから「隠れる」ことは有利だと考えたのです。

マスクとコスチュームは、幽霊を脅して追い払うか、あるいは幽霊に見つからないようにするために着用されました。
アイルランドでは、ハロウィーンの日没後は幽霊と霊魂が歩き回ると考えられました。
彼らは、霊魂を寄せ付けないように、ロウソクやランプを点けたのです。

また、彼らが外出するときは、霊魂を怖がらせたり、霊魂が人間と分からないようにするために、コスチュームやマスクを着けて出かけたのです。

こんなこと迷信さ。「私には関係ない」と言うかも知れません。
しかし、関係なくても入ってきてしまうのです。

悪魔崇拝者にして有名なオカルト著述家として知られているアントン・ラヴェイが書いた「サタニック・バイブル」の96ページに、このように書かれています。

「自分の誕生日後、二つの大きな悪魔の祝日は、ヴァルプルギスの夜(Walpurgisnacht:4月30日の夜)と、ハロウィンである。」

事実、アントン・ラヴェイは、1966年4月30日のヴァルプルギスの夜に、カリフォルニア州サンフランシスコに「悪魔教会」を設立しました。ラヴェイは1997年に死去するまで教会の司祭長を務めたのです。

コルナ(corna)という指でつくる、あるロックミュージシャンなどが、よくやっているハンドサイン。これは、動物の「角」を表しています。
それは、悪魔のバフォメットをかたどったシンボリズムとも言われています。
悪魔崇拝者であることを表明するときのサインです。

もっとも分かりやすいは、ディズニーが日本の子供たちの夏休みに合わせた映画「Maleficent」のアンジェリーナ・ジョリー演じる悪魔。
これこそが、バフォメットです。アンジーは、日本の子供たちに対するサタニズムの布教を請け負ったのです。
親は、もっと敏感にならなければならない。

下の動画は、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のアナハイム市のディズニーランド。このお土産物店の中に、バフォメットをかたどったものが、いくつかあります。見つけられますか?

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ディズニー?
ディズニーはサタニズムのオカルト磁場です。

コルナは、1960年代に、アントン・ラヴェイによって広められた悪魔崇拝のマークであることは、世界中の多くの人の知るところとなっています。

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悪魔教会でコルナを普及させるアントン・ラヴェイ

このように、本人が知っていようが、そうでなかろうが、サタニズムは、そっと忍び込んでくるのです。
すると、その人間たちは、サタニズムの布教者として使われることになります。

要するに、ハロウィンの参加者も、サタニズムの布教に駆り出されている、ということです。滑稽でもあり、なんとも悲しいことです。

まだ、ほとんどの人が、ハロウィンが精霊と触れ合うための夜であると本当に信じているのです。
ハロウィンの夜、人々は知らないうちに魔界と接触していることになるのです。

とにもかくにも、子供にゾンビや吸血鬼の格好をさせて、お祭りだなどと騒いでいる大人たちは、頭がおかしいか、商売のためにやっているか、どちらかだということです。  (転載終り)

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