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(賛美歌312番)慈しみ深き友なるイエスは

 

(賛美歌312番)慈しみ深きともなるイエスは
   (What a Friend We Have in Jesus)

いつくしみ深き 友なるイェスは
罪科(つみとが)憂いを 取り去り給う
心の嘆きを 包まず述べて
などかは下ろさぬ 負える重荷を

いつくしみ深き 友なるイェスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩み悲しみに 沈めるときも
祈りに応えて 慰め給わん

いつくしみ深き 友なるイェスは
変わらぬ愛もて 導き給う
世の友我らを 捨て去るときも
祈りに応えて 労(いたわ)り給わん


 おととし暮れの『クリスマスの起源はサタンの祭り !?(1)~(3)』で、「クリスマスはイエスの誕生を祝うものではない」と言うことを考えてみました。イエス生誕が真冬と言うのは福音書の記述からして決定的におかしいのです。では一体誰の、何のためのお祭りなのか?などと言うことは同シリーズをお読みいただくとして・・・。

 今回はそういうことには一応目をつぶって、この時期よく歌われる『(賛美歌312番)慈しみ深き友なるイエスは』を、「名曲-所感・所見」カテゴリーとして取り上げてみたいと思います。

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 この歌を作詞したのはアイルランド人ジョセフ・スクライヴェン (1819~1886)です 。スクライヴェンはアイルランドのシーパトリックに生まれ、首都ダブリンのトリニティ・カレッジを卒業して、25歳の時にカナダに移住し、オンタリオの学校で教鞭を取りました。彼は、プリマス・ブレズレン派に属して、一生を不幸な人や貧しい人への奉仕活動に捧げましたが、1886年にライス・レイクで溺死しました。この歌は闘病生活をしていた母親を慰めるため、自らの婚約者を事故、病気で2度も失った絶望の中でもイエスを信頼する気持ちを綴った詩と言われています。

 またこの歌は、『Hasting,Social Hymns,1865』に匿名で収録され、その後福音唱歌系の歌集に転載され、その後一般の礼拝用歌集に必ず収録されるようになっていきました。1920年に彼が溺死した場所に記念碑が建てられました。

 作曲したのは、チャールズ・クローザット・コンヴァース(1832~1918)です。コンヴァースはアメリカ合衆国の弁護士でしたが、ドイツ留学時代に音楽理論と作曲を修めたアマチュアの作曲家でもありました。

 わが国においてこの曲は、明治43年(1910)に文部省唱歌となった『星の界(よ)』(杉谷代水作詞)、また『星の世界』(川路柳虹作詞)にも用いられました。(以上『ウィキペディア』より)。

                       *
 たぶんどなたもそうでしょうが、私がこの曲を知ったのは、唱歌『星の界』としてです。

月なきみ空に、きらめく光、
嗚呼(ああ)その星影、希望のすがた。
人智(じんち)は果(はて)なし、
無窮(むきゅう)の遠(おち)に、
いざ其の星影、きわめも行かん。

雲なきみ空に、横とう光、
ああ洋々たる、銀河の流れ。
仰ぎて眺むる、万里(ばんり)のあなた、
いざ棹(さお)させよや、窮理(きゅうり)の船に。  

 原詞とはまったく違うものの、杉谷代水(すぎたに・だいすい-1874~1915)のこの歌詞もいいですよね。

 確か小学五年生の冬に音楽で習ったと記憶しています。(これは開設年の『星の界への憧れ』シリーズで述べたことですが)この学年の時、後にずっと離れた山形市内の山形東高校付属中学校へ特待生として通うことになった町の裕福な家の二人の級友と「天文クラブ」を作ったくらいでしたから、天体への憧れが強くあり、この歌を教わった時、深遠な星の世界を歌った厳粛な感じが当時からしていました。

 この歌がそもそも賛美歌『慈しみ深き友なるイエスは』であると知ったのは、22歳頃だったかと思います。

 当時私は当厚木市の市民コーラスグループに所属していました。その年のクリスマスに米軍厚木基地内でクリスマスソングを披露する、ということになりました。その曲目の中に、おなじみの『聖しこの夜』『諸人こぞりて』などとともに、この『慈しみ深き友なるイエスは』と『ああベツレヘムよ』があったのです。

 素人に毛が生えた程度の同世代の男女十数人に、当時当市にあった昭和音楽大学(2007年、川崎市麻生区に移転)で指揮学を専攻していたKさんが指導に当たるという陣容でした。なにせ聞かせる相手は「泣く児も黙る」米軍将兵たちですから、こりゃ大変だとばかりに、いつにもまして何週間か前から(週2回の練習日に)みっちり練習しました。

 
 厚木基地はご存知の方がおられるかもしれませんが、「厚木」という名ではあっても少し離れた綾瀬市と大和市にまたがった地域にあります。当夜、我々はマイクロバスに乗って同基地正門をくぐってすぐ右手の集会用の建物に入りました。その1階が会場でちゃんとステージもありました。会場いっぱいに詰めかけた米軍将兵及びその家族の前で、Kさん指揮の下へたくそなりに一生懸命歌いました。

 もう四十年以上前のことなのでその時の様子はあまりよく覚えていませんが、特段ミスもなく無事全曲歌い終えたと思います。終わった後は会場内で米兵たちの(今で言う)立食パーティーに混じって、私たちも用意された食べ物を一緒に食べさせてもらいました。もっとも英語がからきしダメな私などは、少し居心地の悪さを感じていたようですが・・・。

                       *
 その後一年ほどして同コーラスグループをやめ、したがってこの歌のこともすっかり忘れていました。

 人並みに人生上の悩みをあれこれ抱えだした32歳の頃、これも当ブログでたびたび述べたことですが、スピリチュアル探求(当時は「精神世界」と言われていた)に踏み込むことになりました。そのしょっぱなの頃、新約聖書を生まれて初めて初めから終りまで読んだのです。

「こころの貧しい人たちは幸いである。天国は彼らのものである」「あなたがたは地の塩である。・・・世の光である」「あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に宝を蓄えなさい」「何を食べようか、何を飲もうかと自分のからだのことで思いわずらうな。・・・空の鳥を見るがよい。・・・野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい」・・・

 マタイによる福音書の有名な「山上の垂訓」を読んだときは、とめどなく涙が溢れてきました。今思えば、これぞ「慈しみ深き友なるイエスは」のエッセンスのような教えのように思われます。


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 それ以来かつて覚えた『慈しみ深き友なるイエスは』を、私個人の「悩み悲しみに 沈める」辛酸のとき、「世の友我らを 捨て去るときも」と感じた孤独と寂寥感に襲われた折々などに思い出し、口ずさみ、涙し、励まされてきました。

 冒頭掲げましたこの歌の動画ですが、「この歌はこのように歌ってほしい」と言う希望どおりで、非の打ち所のない混声合唱です。厳かなパイプオルガンの音の演奏であることから、国内のどこぞの教会所属の合唱隊なのでしょうか?とにかく素晴らしく心に沁みとおります!

 この歌、今後とも大切にしていきたいと思います。

【追記】
 すぐ上に掲げた「イエス画像」ですが、日頃西洋風のキリスト画像を見慣れた方は違和感をお持ちになったかもしれません。しかし近年この画像こそ、「本当のイエスの顔」と言われているものです。その謂れなどは、末尾URLからの『イエス・キリストの本当の顔』記事をお読みください。

 (大場光太郎・記)

参考
『星の世界』(川路柳虹作詞)
http://www.kget.jp/lyric/161259/%E6%98%9F%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C_%E4%B8%89%E5%96%84%E6%99%83
関連記事
『クリスマスの起源はサタンの祭り !?(3)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-de35.html
『星の界への憧れ(2)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-7f3a.html
『空の鳥、野の花(1)』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-1561.html
『イエス・キリストの本当の顔』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-a2f9.html

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