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フォレスタの「東京行進曲」

 
 フォレスタファンの皆様、新年おめでとうございます。今年も当「フォレスタコーラス」記事をよろしくお願い申し上げます。

 当フォレスタコーラス記事は、タイトルが『フォレスタの「○○○○」』と銘打っているとおり、おおむねフォレスタが既に歌った歌について述べていくスタイルです。だいたいの記事構成は、まずその曲の成立年代や作詞者・作曲者・最初歌った人のこと、当時の時代背景などをご紹介し、最後にフォレスタによるコーラスについての私なりの感想を加える、と言うようなパターンです。

 早いもので、2012年1月14日の『美しすぎる「フォレスタ」』以来ほぼ満3年になりますが、当初からいろいろ試行錯誤した結果、少しマンネリ化しているかもしれませんが、現在のような組み立てに落ち着いたものです。

 選曲に当たっては、私自身の“独断と偏見”に基づいて、Youtube動画にアップされている、その時々に気に入ったフォレスタコーラス曲について取り上げているわけですが、まずもって私自身その歌について、もっと深く知りたいと言う欲求があります。

 もちろん知っていた事もありますが、国内、国外を問わず名曲として今に残っている歌には知られざるエピソードがけっこう多くあるもので、作成過程でウィキペディアなどを当たりながら、私自身『へぇ~、そうだったんだ~!』と、「目からウロコ」がしばしばあります。フォレスタファンの皆様にとっても、その歌の背景などを知っていただけたら、そのフォレスタ曲をより深く味わっていただけるのでは?と考えている次第です。

 場合によっては、その歌を私の思い出などに引きつけた話を述べる場合もあります。これは、人一倍「自分大好き人間」で「自分話」が三度の飯よりも好きなためと(笑)、その歌の印象をより強められればなどと考えてのことですが、フォレスタコーラスから逸脱する場合がままあり、反省・自戒しなければなりません。

 ともかく、こういう記述が邪魔くさい方は飛ばしていただき、最後のフォレスタコーラスに関する箇所だけをお読みいただいても一向にかまいません。(冒頭の動画は何度もお聴きください。)

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 と、余計な前口上をつい長々と述べてしまいました。

 
 今年1年のスタートに当たり、パーッと一丁、景気づけに「行進曲」などいかがでせう。と言うことで、『フォレスタの「東京行進曲」』を取り上げてみました(笑)。

 そもそもこの『東京行進曲』、私の好きな歌の一つで、それが証拠に、国民的音楽サイト『二木絋三のうた物語』の前身の『MIDI歌声喫茶』の頃から、『カチューシャの唄』『サーカスの唄』『別れのブルース』『湖畔の宿』などとともによく聴いていました。(それにしても、みんな古い歌ばかり。私も古いねぇ-苦笑)


 『東京行進曲』は昭和4年(1929年)5月ビクターレコードから発売され、25万枚を売り上げる大ヒットとなりました。作詞は西條八十(さいじょう・やそ)、作曲は中山晋平(なかやま・しんぺい)という、(既に当ブログフォレスタコーラスでも西條作品として『花言葉の唄』『かなりや』『蘇州夜曲』、中山作品として『船頭小唄』『雨降りお月さん』『ゴンドラの唄』を取り上げていますが)今からみれば日本近代歌謡史上不朽の二人による作品です。

 この題名は、2年前「ただぼんやりした不安」と謎の言葉を残して自殺した芥川龍之介の衝撃で、暗いムードが漂い出した世の中の雰囲気を変えようと、作詞した西條八十が発案したのかと思いきや。

 実はこの歌は、同名の『東京行進曲』という映画(日活-原作;菊池寛、監督;溝口健二、主演;夏川静江、入江たか子)の主題歌として作られたのです。そしてこの歌がわが国における映画主題歌の第一号となったのでした。
(作家の菊池寛は芥川の親友で、後々語り草となる名弔辞を読んだり「芥川賞」を創設したりしたくらいでしたから、あるいは原作者の菊池にそういう意図があったのでしょうか?)

 歌ったのは佐藤千夜子(さとう・ちやこ)です。
 佐藤は山形県(現)天童市出身です。地元での幼少時代、外国人伝道師に歌の才能を見出され高等小学校卒業とともに上京、やがて東京音楽学校(現・東京藝術大学)を卒業しました。レッキとした声楽家だったわけですが、たぶん同大後輩で主席卒業の藤山一郎と同じ生活上の理由からなのでしょうが、歌謡曲歌手の道に進み日本初のレコード歌手となりました。

 佐藤千夜子の歌としては、『紅屋の娘』(『東京行進曲』B面)『影を慕いて』『黒ゆりの花』などが有名ですが、最大の大ヒットがこの『東京行進曲』で、この歌によって佐藤は全国区のスターになったのでした。

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 これからは『東京行進曲』の歌詞について見ていきたいと思います。

 この歌全体としては、当時流行語となった「モボ・モガ」を活写しています。
 モボ・モガはモダンボーイ、モダンガールの略ですが、大正末期から昭和初期に西洋文化の影響を受けて新風俗や流行スタイルとして現れた当時先端的な若い男女のことです。

 モボ・モガは西條八十より一世代以上若い層ということになりますが、西條は東京府(とは当時呼称)牛込区(現・新宿区)出身で自身がシティボーイでしたから、彼らの生態を知悉し、少し(大いに)誇張して描いているわけです。

「ジャズ」「リキュル」「丸ビル」「ラッシュアワー」「地下鉄」「バス」「シネマ」「小田急」「デパート」・・・。これらが昭和4年の東京を表わす、この歌の歌詞に散りばめられたキーワードです。もう85年以上前なのに、平成今日でも通用するキーワードが幾つもあります。物は試し、当時の東京銀座・浅草のようすが映し出されている佐藤千夜子の『東京行進曲』動画がありますので、興味がおありの方はお聴きください。

https://www.youtube.com/watch?v=gY9u5FPyAis

 西條八十の歌詞は平易で、全体通して聴けば大体の意味はわかるはずです。ここでは特に注釈が必要と思われる二点について、ざっと見ていきたいと思います。

(1) 1番「昔恋しい 銀座の柳」
 と言うことは、この頃の銀座に「柳」は既になかったということです。しかしこの歌の大ヒットにより、昭和12年(1937年)、銀座に再び柳並木が復活しました。それを記念して、この年やはり西條・中山コンビで『銀座の柳』(歌;四家文子)という歌が作られました。ただし『東京行進曲』ほどにはヒットしませんでした。

(2) 4番「いっそ小田急で逃げましょか」
 もうこの頃では、東京では小田急以外にも東急、西武鉄道が私鉄近郊線として走っていました。確か猪瀬直樹の力作『ミカドの肖像』の中でも触れられていたかと思いますが、大正年間既に、戦後今日の大衆消費社会の原型が出来つつあり、その象徴となったのが東京や大阪近郊のベットタウン化を促した私鉄の開通だったのです。

 と言うことはさておき。このフレーズから当時「小田急(おだきゅ)る」と言う言葉がはやったそうです。と、その時、小田急の重役がビクターに「東京行進曲の制作責任者を出せ!」と、えらい剣幕で乗り込んできたそうです。重役さんのお怒りは、当時小田急と言うのは通称で「小田原急行鉄道」が正式名称だったのに略されたことに加え、さらに許せないのは「うちの電車を“駆け落ち電車”とは何事だ!」と言うことだったのです。

 なるほど、お怒りごもっとも。がしかし、その後社名が(今日に続く)小田急電鉄に改称されるや、「会社の宣伝になった」ということで、西條八十は小田急から「永久全線無料パス」を支給されたと言うことです。

 なおこのフレーズ、当初は「長い髪してマルクスボーイ今日も抱える『赤い恋』」だったそうですが、当局を刺激してはまずいと言う配慮から現在の“小田急駆け落ちフレーズ”に改めた経緯があったのだそうです。(※ 昨年特定秘密保護法との比較で問題視された治安維持法は、大正時代成立当初は共産主義者の取り締まり目的だった。)

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『フォレスタの「東京行進曲」』についてです。

 歌うは、上沼純子さん、内海万里子さん、中安千晶さんのソプラノ3女声です。この女声ユニットとしては、私としても記憶に新しい『蘇州夜曲』(新バージョン)がありました。歌う順番も『蘇州夜曲』と同じく、1番は上沼さん、2番は内海さん、3番は中安さんです。ただ『東京行進曲』は4番までありますので、ラストは全員で歌って締めくくっています。

 フォレスタコーラス全般として、なぜこの歌にこの組み合わせ?という選考基準など、私のような部外者には知る由もないわけですが、この歌といい『蘇州夜曲』と言い、なるほど聴くほどに理に適ったメンバー構成に思われ、『このユニット、なかなかいいねぇ』と納得してしまいます。

 この歌では、特に1番独唱で中央のポジションに位置する上沼純子さんに注目してみたいと思います。上沼さんにつきましては、一昨年12月公開の『フォレスタの「星の流れに&東京ブルース』の中で、以下のように寸評しました。

 上沼純子さんの独唱曲、申しわけありませんが今までじっくり聴いてこなかったのでコメントのしようがありません。上沼さんのソプラノの声質は良く言えば華やか、(ごめんなさい)悪く言えば少し尖った感じがします。「さてどんなジャンルがベストか?」と思案中(?)です。ただ『星の流れに』の元歌を歌った菊地章子の声質に何となく似ているところもありそうです。(引用終り)

 大変失礼な物言いだったかもしれませんが、引用の両歌にあって、たとえば『東京ブルース』の吉田静さんの1番ソロ後半の全体コーラスパートで、私は吉田さんの歌声をじっくり聴きたいのに、上沼さんの声が何か自己主張しているように大きく、正直邪魔くさいな、と思ったものですから、つい。

 それと上沼さんについては、その頃アップされていた動画の上沼さんを拝見するに、特に正面アップの時、なんとなく目が吊り上がった“狐顔”の印象があり(またまた大変ごめんなさい!)、『うわぁ、この人はちょっと・・・』と引いてしまったところも正直ありました。しかしこれは今思えば、小笠原優子さん、矢野聡子さんという超人気の両先輩が休止で、両人と入れ替えという、大変なプレッシャーによる緊張感が顔に出ていたせいだったのでしょう。

 最近は“慣れ”と“小笠原さん復帰効果”によるものか、だいぶリラックスしてきたようで、お顔も本来の柔和な美人顔を取り戻され、何よりです。

 つい余計なことを申しましたが―。
 この『東京行進曲』の上沼純子さんの歌唱、私は買いますね。(内海さん、中安さんの歌唱も、もちろんいいですけれども。) こういうアップテンポの曲に、上沼さんの「華やかな」声質が合っているのでしょうか?各番の全体コーラスパートでも、上沼さんの声は以前のようではなくほどよく抑制されていますが、それでいてしっかり効いています。

 それに、上沼さんのこの歌のヘアースタイル、昭和初期流行した(モガにとっての花形の職業)カフェの女給さんの髪形のようです。

 中山晋平のこのメロディは、いわゆる「ヨナ抜き」であるようです。それと、これはどなたなのか、軽快なピアノ演奏を聴いての私の当てずっぽうな感じですが、この行進曲のテンポは、昨年の『美しき天然』で少し触れた「ジンタ」-チンドン屋など市中音楽隊-の「ジンタカタッタ、タッ、タッ、タッタ・・・」という調子のいいリズムを意識的に取り入れたのかな?と思ったりもします。

 この歌のように、軽快にハイカラに、少しは羽目を外すくらいチャレンジもして、この一年の一日一日を明るく前向きに「行進」していきたいものです。

(大場光太郎・記)

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