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ユリア・フィシャー演奏によるビバルディ(「四季」より)『冬』

 

 毎日寒い日が続いています。

 冬になる前、気象庁は「今年の冬は暖冬傾向か」などと長期予報を出しましたので、早速、私がここ一年余世話している本厚木駅近くの野良猫たちに、「今年の冬はそんなに寒くならないようだぞ。良かったニャ~」と言ってやっていたところでした。

 こんな“安心理論”(?)を野良ちゃんたちに言って聞かせるのも、昨年2月、2度の大雪に見舞われ、どの猫もエラく難儀した姿を目の当たりにしたトラウマが私自身にあるからなのです。何もしてやれないけれど、“にわか飼い主”としてのせめてもの“親心”のつもりです。

 しかし、あにかはらんや(弟知らんや?)、なあに、ふたを開けてみればいつもの年と変らない寒い冬ではないですか。それに今年の冬は11月下旬からやけに雨が多いこと。

「♪聞くだに寒き 冬の雨~」と、唱歌『四季の雨』にもあり、ついこの前も2日続けて夜雨が降りましたが、とにかく冬の雨はグンと冷え込みます。寒さを防ごうにも野良猫は自分の体毛一枚だけなわけで、そのせいか、小黒縞(コクロシマ)などはしょっちゅう鼻をグスグスさせたり、激しく咳き込んだりして見ていて本当に可哀想です。

 聞くところでは、この子たち(現在3匹グループ)は元々飼い猫だったのが、うんと小さい時にまとめて棄てられたようで、道理でみななつこいし毛並みもいいわけですが、だからこそ寒さは余計こたえるところがあるようです。

「ちゃむい、ちゃむい、ちゃちゃむいニャ~。あと1ヵ月ちょっとで、少しずつ暖ったかくなるからなぁ。もうちょっとのしんぼうだぞ。今年は雪が降らなければいいニャ~」などと言っては、つかの間でも暖かくと、手袋した両手で両側を包んでやったりしているのであります(ホントにこんなふうに言っているんです。アホッ!-笑)。

「野良猫談義」はこの辺で止めるつもりでしたが、ロシアから野良猫関連の「かなり良い話」が飛び込んできましたので、以下にご紹介します。

氷点下、野良猫が赤ん坊を温めて救う ロシア
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150116-00000014-jij-int
時事通信 1月16日(金)5時39分配信

 【モスクワAFP=時事】ロシア南西部カルーガ州オブニンスクで、アパートの廊下に置き去りにされた赤ん坊を野良猫が温め、凍死の危機から救う出来事があった。地元テレビが15日報じた。
 アパートの住人が10日、「苦しんでいるような猫の鳴き声」を聞いてドアを開けたところ、赤ん坊が置き去りにされ、そばに寄り添った猫がなめたり、温めたりしているのを見つけた。
 その日の気温は氷点下。赤ん坊は数時間にわたり放置されていたらしく、住人らは、猫が世話をしなければ助からなかっただろうと話している。駆け付けた救急隊員が赤ん坊を搬送する際、猫は心配そうな様子でついていったという。
 赤ん坊は生後2~3カ月とみられ、健康に問題はなかった。警察が親の行方を捜している。猫は「マーシャ」と名付けられ、玄関ホールの段ボール箱に住むことが認められた。 (転載終り)

【一言】接してみればわかりますが、野良猫は本当にピュアです。そして赤ちゃんもまた純度100%ピュアです。種(しゅ)は違い互いに言葉など話せなくても、ピュアなもの同士、命の深いレベルでちゃんとコミニュケーションのやり取りをしている、ということなのでしょう。

                       *
 クラシック音楽の導入部にはまったく関係ない前置きが長くなりました。

 こういう季節にふさわしい曲として、今回はビバルディのバイオリン協奏曲集「四季」より『冬』を取り上げてみました。

 ビバルディの「四季」と言えば『春』が突出して有名で、私ももう50年余前となった中学2年か3年かの音楽の授業で習ってえらく感激した記憶があります。しかし『夏』も『秋』も『冬』も、それぞれ捨てがたい良さがあります。昨年晩秋頃、何気なく訪れた某音楽紹介サイトにこのビバルディ『冬』動画が掲げられてあり、これも何の気なしに聴いてみたところ、なかなか良い演奏ですぐさま“お気に入り”に入れたのでした。

 以後、季節柄繰り返して聴いてきたこともあって、『冬』は『春』以上に好きな一曲になりました。
 それには、この曲のバイオリン主パートを独奏しているユリア・フィシャー以下の弦楽合奏団メンバーの演奏の妙によるところが大きいのかもしれません。

 ユリア・フィシャー(Julia Fischer)というバイオリニスト、今回初めて知りましたが、なかなかどうして凄い経歴の持ち主のようです。
 彼女は1983年6月15日、ミュンヘンで生まれたドイツのバイオリニスト、ピアニストです。4歳からバイオリンとピアノを始め、十代前半にして8つの国際音楽コンクールのすべてで優勝(うち3つはピアノでの優勝)、2007年7月には23歳の若さで、フランクフルト音楽・舞台芸術大学の教授に就任(ドイツ史上最年少記録)という、キラキラまぶしい天才音楽家なのです。

 なお、2002年9月初来日以降3度来日し演奏していますが、2009年6月4度目の来日予定でしたが、自身の妊娠により来日中止となりました。

 動画ではユリア・フィシャーのバイオリンさばきがじっくり見られますが、とにかく自在な演奏ぶりで、この曲の隅から隅までをきっちり掌握し、水の流れのように緩急自在、自家薬籠中のものとしているようです。またビバルディの『四季』全部を、ユリア・フィシャー以下同じメンバーで演奏していますが、他のメンバーの演奏もなかなか魅力的です。

 これはビバルディの作曲家としての冴えなのでしょうが、『冬』は特に技巧の冴えが感じられます(それをユリア・フィシャー以下は難なくこなしているわけです)。(『四季』の他の曲もそうですが)、この曲は第3楽章までありますが、たとえば第1楽章のユリア・フィシャー独奏の細かい刻みの重音からバイオリン合奏全体の重音でクライマックスに至るパート、この辺の演奏の見事さには唸らされます。

 この重音部は、寒さの中で身震いしながら足の冷たさをほぐすため歩き回っているが、辛さから歯がガチガチ鳴る、それを表現したのだそうです。なお『このパート、以前なんかの洋画のシーンだったかで使われてたぞ』と思いました。『オーメンか?』、このパートに差し込まれた陰惨な空模様を背景とした黒い木立の画像からそう思ったのかもしれませんが、実際はダイハツ・ムーヴのテレビCMだったようです。

 ついでに、第2楽章では打って変わって、聴くだに暖かい感じに変調していますが、これは外は大雨ながら、家の中の暖炉の側で満足気に寛いでいる平和なさまを表わしているのだそうです。

 第3楽章は、また屋外。それも氷上、つまずいて倒れないように慎重に歩くも、突如滑って転倒し氷にたたきつけられた上、氷が裂けて割れ水中に入り込み、ほうほうの体で脱出すると北風ピューピュー、と散々な目に遭うも、春はもうすぐそこまでやってきている、と言う内容のようです。

 それにしても。(イタリアはベェネチア生まれのバロック後期の音楽家)アントニオ・ビバルディ(1678-1741)、こういう曲を聴いてみると、あらためて偉大な作曲家だったことを再認識させられます。ビバルディの少し後に生まれた「音楽の父」ヨハン・セバスチァン・バッハも、密かに彼の楽譜の書写を取り寄せ研究していたほどだそうです。

『冬』とはいっても、(寒さはもちろん強調しながらも)厳寒一辺倒ではなく、「冬来たりなば春遠からじ」(シェリー)というような、何とも言えない暖かい希望の曲調が全体を通して流れているように感じられるのです。

 (大場光太郎・記)

関連動画
『Antonio Vivaldi - The Four Seasons - Julia Fischer - Performance Edit (Full HD 1080p)』
https://www.youtube.com/watch?v=kS-W3lfcVvY
(ユリア・フィシャー演奏による『四季』全部が視聴できます。)

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名曲ー所感・所見」カテゴリの記事

コメント

中身の濃いブログに出合えて幸いです。
ビバルデイの四季を聴く時、何処か遠く心遊ばせる思いに誘われます。私の住む山形ここ村山地方も昨日はマイナス10度。いよいよ大寒ですね。置賜はもっともっと更に雪深く、新幹線で上京の度に実感。若かりし頃一年暮らした米沢も豪雪地帯でした。
雪のない住人であられる大場さまを羨ましく思います。
なおご自愛ください


投稿: りんごちゃん | 2015年1月20日 (火) 11時05分

りんごちゃん様

 お読みいただいた上、ご丁寧なコメントいただき大変ありがとうございました。

 と他人行儀な事はひとまず置いといて―。

 えやえや、山形は村山市にお住まいでえやったがっすぅ。私も山形の出身、と言うより、おっしゃるとおりの豪雪地帯の東置賜郡旧宮内町(現・南陽市)の出身だっけっすぅ。このたびはどうもおしょうすななっすぅ。

 と、最近ではもうめったに使わない郷里の言葉が出てしまいましたが、小学校1年の春父親が死んでその年の秋宮内町に引っ越すまでは、旧吉野鉱山途中の山間の部落「太郎」の貧農の家の子せがれでした。物凄い豪雪地帯で、その頃の思い出を当ブログ開設当初の2009年冬に『雪に埋もれし我が故郷』5回シリーズとして公開したことがあります。

 このシリーズには、多分郷里の人か同出身の人だと思いますが、今でもたまにアクセスがあります。高卒で当地に出てきてからもう45年以上になりますが、やはり子供時代の郷里の思い出は懐かしく、『思い出』カテゴリーでは他にも山形での事をけっこう書いています。

 村山のそちらは氷点下10度ですか。子供の頃外で遊んでいて、夕方など耳が痛くなるほどでしたが、やはりそんな寒さなのでしょうね。もう長いことこちらに住んでいますと体がこちら用になってしまいましたが、そちらの寒さからしたら「ちゃむい。ちゃむい」(笑)などとは贅沢ですね。

 確か家の中に「団子の木」を飾る2月上旬くらいが一番雪も多く寒かったように記憶しています。どうぞお体大切にお暮らしになり、かつて評論家の亀井勝一郎が「山形市の春は日本一だった」と絶賛した、山形の輝きの春をお迎えください。ありがとうございました。 

投稿: 時遊人 | 2015年1月20日 (火) 13時27分

なんだずう~。村山地方と広範囲にぼかすたんだべずう~。
あのよおらえの家は村山は村山でも西村山
寒河江なんだけげんとも。
村山市は昨日はマイナス14度だっけ。
いやいやこれがらもよろすぐなっす。おしょうすな!
おらも貧農の娘だがら高卒だ~

投稿: りんごちゃん | 2015年1月20日 (火) 14時46分

 ああ、んだっがす。村山地方でも寒河江の方でえやったがっすぅ。そういえば、宮内のおらの近所に寒河江さんてえ人が住んだっけげんども、そちら出身の人だったんだべがねぇ。毎日寒い日が続えで大変だべげんど、まず体ばり大事にしておごやえなっすぅ。

 あまりそちらの言葉を続けるとそのうちボロが出そうなので、この辺で―。

 重ねてのコメントどうもありがとうございました。午後から仕事で出かけ、夜は例の野良猫たちの寒中見舞いと本厚木駅付近でコーヒー飲んで帰り、返信が遅くなってしまいました。

 当ブログ、世情を憂えて、最近はすっかり政治記事が主流になってしまいました。そちら関連の読者の方も多く、つい過激になりがちですが、もしよろしかったら時折りでも当ブログご訪問になり、お読みください。

 以前のように、名詩、和歌・短歌、俳句鑑賞文や身辺雑記、自然観察文などもじっくり作成したいのですが、世知辛い当節の世に追いまくられ、なかなか腰を据えた記事更新が出来ません。ただ息抜きのためもあり、ご存知かどうか、国内外の懐かしい名曲を歌っている「フォレスタコーラス」は定期的に記事にしています。

それではおやすみなさい。

投稿: 時遊人 | 2015年1月21日 (水) 00時14分

えやえや慈悲深い時遊人さん。生きとし生けるものへ傾ける情愛に敬意を表します。えそがすえのに返信、おしょうすな。♪フォレスタはおらもだいすぎだあ。
心に沁みるんだよあ~!この根性曲りの私がまるで足るを知る心清らかな真人間になれたような錯覚と余韻。降りしきる雪を余所に部屋に籠って聴き入っては胸に懐かしさが込み上げてきます。
あんなに厭わしく思った幼い日々の貧しい囲炉裏端や働きづめだった無学な母を身辺に感じさせてくれます。要するに思春期や青春期にタイムスリップ。ほだらおらも時遊人だごでなあ~!
ここで拙句を披講します。
「寒昴 一途に生きて 少数派  りんご」

投稿: りんごちゃん | 2015年1月21日 (水) 08時45分

  寒昴一途に生きて少数派  りんご

 なかなかのレベルの句だと思いますね。なお私は以前の俳句鑑賞文のある人のコメントで、先人の有名句を「分かち書き」表記されていましたので、「先人のようにちゃんと伝統的な書き方にしてください」と、注文をつけたことがあります。

 まあ個人的な好みの問題と言われればそれまですが、現代川柳ならいざ知らず、「五 七 五」と分けてしまうとどうも安っぽく感じてしまうのです。貴句も、上のように「五七五」と伝統的な書き方に改めさせていただくと、グンと引き締まった佳句になると思うのですが、いかがでしょうか。

 と言うことはさておき。いえいえ、子供の時からの亡母の影響で、単に「猫好き」なだけです。現住居では飼えませんが、ミケニャン、アクニャンは食欲旺盛で元気ですが、コクロシマは食が細く心配で家に連れ帰りたいくらいです。雨が上がった昨夜も好物をだましだまし食べさせ、たっぷり遊んでやったらすっかり元気を取り戻しピョンピョン飛び回り、一安堵して帰ってきたところです。

 そうですか、りんごさんもフォレスタファンでしたか。意外に多いんですよね、フォレスタファン。あの人たちの懐かしの名曲コーラスを聴いていると本当に心癒されます。

 昨日は午前中から横浜に行き、例によって帰りが遅くなり貴コメント発見が遅くなりました。

 一途に生きると、どうしても周りと波長が合わなくなって少数派になってしまいがちですね。孤立感もまた感じがちです。でも「自己中心的に好きに生きていいんだ」、と言うより「人間誰しも自己中心的にしか生きられないんだ」と割り切ると、吹っ切れて自由度も広がり心の余裕も出てくるように思います。

投稿: 時遊人 | 2015年1月22日 (木) 07時12分

おはよっす。
拙句に対して望外の評をいただき恐縮に存じます。
分かち書きは確かに格調を欠くかもしれませんね。
ありがどさま~!
拙句は心象風景であり、今では保護色の如くに周りに適応しております。古希を前にして漸く吹っ切れたのでございます。ムラ社会に生きる術ですから。ただし同級会などでは「著しい豹変」などとアカラサマナ声を聴くにつれ、つい相手の望むかつての「跳ね返りの異端児」バージョンに戻ります。これピエロ的サービス精神かと「ほんてん、おらやんだぐなっづう~!」
今朝の一句(拙句)
マスクして異郷の人の如くをり   りんご
追記 時局を憂える気持ちがひしひしと伝わってきます。
滑舌の悪い阿部さん。戦争への道筋。お先マックラ。

投稿: りんごちゃん | 2015年1月22日 (木) 08時54分

りんごちゃん様

 私はまだ、りんごさん、年いってもおらど同じくらいの人じゃあんめえがどばり思ってだけげんどよぉ、古希になられるどごだったがっす。えやぁ、ぶじょほすて悪がったなっすぅ。これは、それだげお若いど思ってだってごどだがら、どうが悪ぐ思わねでおごやえなっすぅ。

 未熟者が、人生の先輩に対して偉そうに講釈を述べてしまい、大変失礼致しました。
 
 おっしゃるとおり、地方に行けば行くほど「ムラ社会」が色濃く残っていますね。いわゆる人間関係が都市部などよりずっ濃密なわけで、まあこれが良くも悪しくも伝統の日本的共同体というものなのでしょう。

 近年「田舎暮らし」がブームで、都内で定年まで生きてきた老夫婦や都会脱出願望の若夫婦が長野や山梨の田舎に移住するような場合、一番神経を使うのが地元の人たちとのコミニュケーションのようですね。よほどうまく付き合わないと、突出した言動などと陰で言われてそれこそ村八分にされかねません。

 私は幼時に太郎部落から町場に越したこともあり、それより何より日本人には珍しいほど組織向きでない自己中心的な人間なので、いろんな事情により今さら山形には帰れませんので、上に挙げたような地域に住んでみたい願望が昔からありますが、やはり躊躇する面がありましたね。

 そんな私から見れば、特に回りとの軋轢も起こさずうまく融け込んで生活しているりんごさんのような方は尊敬に値します。ただ、なかなかの跳ねっ返り精神をお持ちのようで、口だけであまり目立つ行動など出来ない私は羨ましさを感じます。

「今朝の俳句」、秀逸です。

 前日の句は、実は発句に「寒昴」と言う冬の季語を示す固有名詞、そして終句も「少数派」と言う名詞止めで、少し気になったところがありました。それに比して今回の句は流れるようにスムーズで、「異郷の人の如く」のフレーズが卓抜でグッド!です。

投稿: 時遊人 | 2015年1月22日 (木) 13時15分

時遊人様
何の何のサスカエなっす。
戸籍年齢は古希目前でもおらの脳みそは中学生以下だっす。
ほれにほら~おらソンピンの系譜だがらよ~。
幼少の折から酒呑みの父親に「この天邪鬼」と罵られて根性曲ったんだっす。ムラ社会への同化は「転勤生活」で還暦の頃から終の棲家に戻れたのでリセット可能だったわけです。40代にここに越したときは「ここは何処?ここは戦前?」とカルチャアギャップの連続。半年で主人が庄内地方に転勤。その後も各地を転勤が幸いしたのであります。

拙句を推敲してみました
寒星や一途に生きて少数派

追記
軋轢を起こさぬように周囲とは没交渉に勤めています。時遊人様はじめ賢者のブログを渡り歩き、二紙を丹念に読み、世界情勢は分かっても隣近所の情報には疎く孤島の住人さながらです。

昨日は日中の最高気温でもマイナス2度してた。
庭先に柑橘類の実る地が羨ましいりんごです。
ご自愛ください。

投稿: りんごちゃん | 2015年1月23日 (金) 09時07分

「ソンピン」とはまた懐かしい言葉ですねぇ。私も子供の頃亡母などからソンピンと言われていました。どうも、人と同じ事をしたくないというような天の邪鬼、へそ曲がり、そして少しばかり世の中への反骨精神のようなものがあの頃からあったようです。

「和して同ぜず」と言う名言がありますが、無理して周りに合わせる必要はないと思います。周りに気兼ねせず、自分の中の「大きな自分」「本当の自分」「真我」との一致を心がけ、内なる導きに従うよう努めていれば、おのずと周囲との調和も取れていくもののようです。

 推敲された「寒昴の句」、格段に良くなっています!発句を「や」切りとしたことで、一句二章となり、寒昴と「一途に生きて少数派」との対比が見事です。

  寒昴昇るを見つつ家路かな  (拙句)

 これは郷里での高校時代のことを思い出して詠んだ句です。その時の事は、『二木紘三のうた物語』の中の『遠き山に日は落ちて』へのコメント(2008年3月)として残しています。なお当ブログ開設は、二木(ふたつぎ)先生からのお奨めによるものでした。

 なお諸事情により、これから月末まで業務に集中せざるを得なくなり、記事更新やコメントへの返信が困難になるかもしれませんので、あしからずご了承ください。出来れば記事更新だけは何とか、と思うのですが・・・。

投稿: 時遊人 | 2015年1月23日 (金) 12時55分

ご多忙の折の丁重なコメントに深謝いたします。
「和して同ぜず」好きな言葉ですが~。

リセットを「リベンジ」と誤ってコメントしたので
訂正致します。

二木さんのブログもお気に入りに登録してあり
時遊人様のコメントも拝読しております。
くれぐれもご自愛ください

投稿: りんごちゃん | 2015年1月23日 (金) 19時02分

 どうもありがとうございます。なお、リベンジ→リセットに直しておきました。

投稿: 時遊人 | 2015年1月24日 (土) 00時33分

この記事へのコメントは終了しました。

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