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今『昭和維新の歌(青年日本の歌)』を聴き直す

 

昭和維新の歌(青年日本の歌)

作詞・作曲:三上 卓
著作権:無信託

一、
汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く
二、
権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし

三、
ああ人栄え国亡ぶ
盲(めしい)たる民世に踊る
治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり

四、
昭和維新の春の空
正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)百万兵足りて
散るや万朶(ばんだ)の桜花

五、
古びし死骸(むくろ)乗り越えて
雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
国を憂いて立つからは
丈夫の歌なからめや

六、
天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ

七、
見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐

八、
ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや

九、
功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう

十、
やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな

(昭和五年)   

 ……作詞者の三上卓は海軍少尉で、昭和5年5月24才の時佐世保でこの歌を発表した。以来、昭和7年の5.15事件、昭和11年の2.26事件に連座した青年将校などが歌い継いだ。
 紀元前3~4世紀頃、中国は戦国時代にあった。当時揚子江流域一体を領土としていた楚に、屈原という人物がいた。詩人であり政治家でもあった屈原は、王への進言をことごとく側近に邪魔され、遂には失脚させられて追放される。しかし屈原は他の国に仕えることをせず、祖国の滅亡の危機を憂いながら洞庭湖畔汨羅の川に身を投げた。楚はやがて秦に滅ぼされ、以来屈原は「不運の愛国者」の代名詞となった。
 この歌はこの故事を冒頭に引いている。ちなみに、端午の節句の「ちまき」は彼に由来する。

(歌詞及び文)http://www.d1.dion.ne.jp/~j_kihira/band/midi/seinen.html


 本日は戦前昭和の世を震撼させた「226事件」(1936年-昭和11年2月26日)が起きた日です。冒頭動画は、だいぶ前私もテレビ放映で観た映画『2・26』のダイジェストに乗せて歌われている『昭和維新の歌』(青年日本の歌)です。

 今日にあっては大変誤解を生みやすい歌ですし、以前『フォレスタの「海行かば」』で述べたとおり私は原則軍歌は聴かない主義ですが、この歌が糾弾し謳いあげている状況が平成今日そのままパラレルだと思えるところもあり、特に今回は取り上げてみました。

 いつものとおり、この歌で歌われていること、226やそこに至る時代的背景など少し掘り下げて見てみたいところですが、今その余裕がありませんので、それは別の機会に譲るとして今回は割愛させていただきます。

 ただ、この歌が作られた昭和5年(1930年)は世界大恐慌と東北地方の冷害が重なり、日本は深刻な大不況に見舞われたことが、この歌が作られた背景としてあったのではないかと考えられます。

 とかく後の世の私たちは、その後に起きた大クーデターとこの歌を結びつけがちですが、この歌が作られた時点ではまだ(犬飼毅首相が暗殺された)515事件や(高橋是清蔵相や斎藤實内大臣など政府要人が多数暗殺された)226事件は起きていなかったわけです。その意味では、本来の『青年日本の歌』と言う題名が正解なのかもしれません。

 作詞・作曲は上掲文にあるように、海軍少尉でこの時24歳だったという三上卓という人物です。ただ、あるサイトによりますと、明治の詩人・土井晩翠の(諸葛亮の生涯を謳った叙事詩)『星落秋風五丈原』や大川周明の『即天行地歌』の見事なまでのパクリだそうです。

 しかし世の中には、後の寺山修司がその代表例だったと思いますが、時に本歌に勝るとも劣らない作品に作り変える「剽窃の天才」がいるものです。あるいは三上卓もその一人だったのかもしれません。故に功は両先人に帰すべきなのかもしれませんが、三上は当時の世相に合致した実に見事な一編の歌詞として昇華させていると思います。

「天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ」 (六番)

 私は、今の政界・官界・財界の「権門」らがいくら傲り高ぶっていようとも、彼らを討つためのクーデターをアジるつもりなど毛頭ありませんし、第一すっかり骨抜きで子羊のように従順になってしまっている私たち今の国民に、かつての青年将校たちのような命がけの世直しパワーがあるとも思えません。

 そこで時に、権門最早腐り切って腐臭を放っている平成今日の世に照らし合わせて、85年前の悲憤慷慨の叫びのこの歌の意味を、心の内で一言一句噛みしめて味わって反芻してみてもいいように思われるのです。

(大場光太郎・記)

参考
土井晩翠『星落秋風五丈原』
http://gunka.sakura.ne.jp/nihon/hoshiotu.htm
大川周明『即天行地歌』
http://gunka.sakura.ne.jp/nihon/hoshiotu.htm

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