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憲法第九条(戦争放棄)は日本人の発案だった!

-「現行憲法の第九条、戦争放棄は神界のおぼしめしです。」(転載文末尾より)-

 阿修羅掲示板記事に興味深いコメントがありましたので、以下に転載します。


もうきたぞ、安倍首相による売国外交のつけが(生き生き箕面通信)
http://www.asyura2.com/15/senkyo184/msg/551.html
投稿者 笑坊 日時 2015 年 5 月 09 日 12:56:43

(コメントNO41)

41.  けろりん 2015年5月11日 01:12:47 : xfW5FN1G6ouU2 : pUn8Qsa3JU

< 憲法第九条(戦争放棄)は日本人の発案 >
 
(※前の部分は直接関係ないので省略しました。)

白鳥がA級戦犯に指定されてからのことです。
 
「 ” 争うな、戦うな ”  が皇祖皇宗の教えというのは真理か? 」
 

「 もちろんです。戦ってはいけません。戦ったから負けたのではないですか 」
 
「 確かにそうだな。初めてわかった。処刑される前に最後の御奉公をしたいのだが…… 」
 
「 先生、いったい何を考えておられるのですか? 」
 
「 ほかでもない、新憲法に戦争放棄をうたうようマッカーサーに英文で手紙を書いたのだ 」
 
「 先生が直接渡すのですか?」
 
「 いや、じかでは先方も受け取らないだろう。大先輩の幣原の所へ持っていく 」
 

こうして幣原喜重郎首相の所に戦争放棄の原案が持ち込まれたわけです。
幣原は外務次官や外務大臣などの外交官畑を歩いてきた政治家です。

終戦後の一九四五年十月、首相に就任し、
占領軍の政策に従って憲法の改正に着手しました。
 

幣原は白鳥の発案であることを極秘にし、戦争放棄の案をGHQに提出します。
この秘話を知っているのはほんの数人だけです。
戦争放棄は進駐軍から押し付けられたと世間一般では考えられていますが、
実は白鳥敏夫の発案だったのです。
 

幣原の子息はかって獨協大学の教授をしていましたが、
このいきさつについては全く知りませんでした。
 
「父は戦争放棄の原案には全く関与していません。
日記や書き残したメモにも全くそのような経緯は見当たりません。
何かの間違いではないでしょうか」
 

幣原はそこまで慎重に事を運んだのでしょう。
 
ただ、白鳥の後輩に当たる外交官がわたしの話に近い内容を週刊誌で発表したことがあります。
幣原やわたし以外にも白鳥から胸中を打ち明けられた人がわずかにいたのでしょう。
 
現行憲法の第九条、戦争放棄は神界のおぼしめしです。

/「 サニワと大祓詞の神髄 」相曽誠治著  (転載終わり)


【私のコメント】

 最近とみにかまびすしい「憲法改悪派」ですが、彼らが取り分け改悪したくてたまらないのが戦争放棄を高らかに謳った「第九条」です。彼らの目論む再軍備にとってとにかく邪魔で目障りだからです。で、改悪の理由の一つとして何と言っているかというと「アメリカから押し付けられた憲法だから、条文だから」

 その急先鋒の安倍晋三に至っては、「みっともない憲法ですよ」と吐き捨てています。その心はやはり「押し付けだから」というのです。どこかで述べたことを繰り返しますが、「憲法の“け”の字も知らないお前が言うな」と言いたくなるわけです。

 その上さらに「憲法制定のいきさつを何も知らない“みっともない”お前が言うな」と言わなければならないようです。上転載文のとおり、白鳥敏夫という日本人の発案だったと知れば、安倍ら再軍備推進一派・積極的戦争主義者たちはどう反論するのでしょうか。

Shiratori

 「白鳥敏夫(しらとり・としお)」という人物、私はこのコメントによって初めて知りましたが、大正・昭和戦前期における外務省革新派のリーダー的存在で、日独伊三国同盟の成立に大きな影響を与えた骨太の外交官だったようです。文中にあるとおりA級戦犯に指定されましたが、病死(昭和24年6月3日)により処刑は免れました。

 「処刑される前に最後の御奉公をしたい」と戦争放棄条文発案とは!
 戦時中米国スパイ・ヨハンセングループの一員として暗躍した吉田茂(麻生太郎の祖父)や、戦後米国CIAスパイになることでA級戦犯指定を解除された岸信介(安倍晋三の祖父)らとは天と地の違いです。

 以前の記事でも触れましたが、「憲法第九条日本人発案」については筑紫哲也氏が存命だった頃のTBS『ニュース23』でも特集し、その中では「日本側憲法起草委員たちの合議としてGHQに提出した」とあったかと思います。この文が事実なら、それからさらに踏み込んだ画期的な内容ということになります。

 文末尾に「現行憲法の第九条、戦争放棄は神界のおぼしめしです。」とありますが、私も同じようなことを何度か述べましたので、これには完全同意です。詳細な説明は省きますが、要はわが国の内向きで唯我独尊的な島国民族性として、「憲法第九条、戦争放棄」という日本正神界の世界に向けた平和理念は、強い外圧がなければ先ず制定不可能だったのです(天皇を中心とする戦前の体制のままで「戦争放棄」などできたでしょうか?)。

 こういう深い省察は安倍一派には望むべくもないのでしょう。

 いずれにせよ、「憲法第九条、戦争放棄」の改悪を目指す安倍一派の蠢動は「日本滅亡を企む」邪神・邪霊群に憑依されているゆえであり、日本正神界に弓を引く大反逆行為なのです。彼らは当然しかるべき厳しい報いを受けることでしょう。

 (大場光太郎・記)

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