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フォレスタの「リンゴ追分」

 

 フォレスタコーラス記事、だいぶ間隔が空いてしまいました。

 これは年初以来、世界とわが国を揺るがすような大事件が立て続けに起こり、私の関心がもっぱらそちらに向いがちだったことが第一点です。

 次に、1月半ば頃「on ojisan」さんご提供のYoutube動画で、小笠原優子さん独唱による『リンゴ追分』を見つけ、早速聴いて感激し、予定していた2、3曲を飛ばして記事にしようとしていたところ、あれれれっ、ほどなくon ojisanさんがご自身の都合でアップ動画をすべて削除してしまいました。

 ただ、また同じ人だと思いますが、最近「uta no ojisan」と言う名前でフォレスタ曲などを再度動画アップしてくれています。幸いその中に『リンゴ追分』がありましたので、今回久しぶりのフォレスタ曲としてこの歌を取り上げることにした次第です。

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 まず、『リンゴ追分』についてざっと見ていきたいと思います。

 『リンゴ追分』は『津軽の故郷』と並んで、ラジオ東京(現TBSラジオ)の開局を記念して放送されたラジオドラマ『リンゴ園の少女』(1952年4月)の挿入曲として作られました。同年11月には当時15歳だった美空ひばりの主演によって『リンゴ園の少女』が映画化されましたが、『リンゴ追分』が主題歌として使用されました。

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 日本コロンビアからシングルレコードとして発売されたこの歌は、当時としては戦後最大となる70万枚を売り上げ、最終的に130万枚のミリオンセラーとなりました。これは美空ひばりの全シングル売り上げの歴代5位となります。

 関心がおありの方もおいででしょうから、参考まで「美空ひばりシングル売り上げベストテン」を以下に掲げてみます。

1.柔(1964年)-190万枚 ※第7回日本レコード大賞受賞曲
2.川の流れのように(1989年)-150万枚 ※第31回日本レコード大賞特別栄誉歌手賞受賞曲
3.悲しい酒(1966年)-145万枚
4.真赤な太陽(1967年)-140万枚
5.リンゴ追分(1952年)-130万枚
6.みだれ髪(1987年)
7.港町十三番地(1957年)
8.波止場だよ、お父つぁん(1956年)
9.東京キッド(1950年)
10.悲しき口笛(1949年)  (『ウィキペディア』より)

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 なお歌の元となった「追分」とは、道が二つに分かれる場所をさす言葉です。さらに言えば「牛を追い、分ける場所」を意味していましたが、そこから街道の分岐点も意味するようになり、甲州街道と青梅街道の分岐である新宿追分や、中仙道と北国街道の分岐である信濃追分など、各地に地名として残っています。

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(日永追分-三重県四日市市。右が東海道、左が伊勢街道)

 さらにそこから派生したのが、上の地名を冠したわが国民謡の一種(追分節)の略称として用いられることもあります。(以上『ウィキペディア』より)

 そのような追分節の伝統を踏まえて、歌謡曲のこの歌は作られたわけです。タイトルからして地名ではなく何と『リンゴ追分』。作詞した小沢不二夫の発案なのかどうかは不明ですが、意表をついたグットアイディアだと思います。

 当たり前にこの歌を聴けば、リンゴ園の少女(津軽娘)と若い男との悲しい別れ歌かと思ってしまいます。しかし、今回のフォレスタコーラスにはありませんでしたが、元々この歌には次のようなセリフが挿入されていました。

(セリフの一部-セリフ全体は少し長い)
 おらあ あの頃東京さで死んだお母ちゃんのことを想い出すって

 発表された昭和27年から見て「あの頃」とは、戦争中と考えていいのでしょう。
 元は東京で暮らしていた家族が、戦争が激しさを増すにつれて娘は学童疎開で父か母の実家か親戚筋のリンゴ園に引き取られた。そして運命の昭和20年3月10日の東京大空襲などで母(父は戦死か?)が亡くなってしまった。死に目にも会えなかったお母ちゃん、リンゴの花びらが風に散るのを見てさえ、おらあ悲しいよぉ・・・。

 そんなストーリーが思い浮かびます。これは、当時の国民の多くが「共有できる悲しみ」だったはずで、歌自体のよさに加えて、そのことも爆発的ヒットとなった理由なのではないでしょうか?

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 「♪りんごの花ほころび 川面に霞たち ・・・」(ロシア民謡『カチューシャ』より)

 『リンゴ追分』で詠まれている「リンゴの花」ですが、上の画像どおり、若葉と同時に花を咲かせ、白い中にほんのり紅い色合いがあり、間近でよく見るとハッと息を吞むような美しさがあります。それが「風に散ったよな」の時期の歌なのですから、悲しみもまた格別でしょう。

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 この歌の舞台となったのは青森県弘前市のリンゴ園だったようですが、そこは今は弘前市「リンゴ公園」となっていて、上画像のようにこの歌の歌碑が建てられています。また弘前市では毎年5月に「全日本リンゴ追分コンクール」が開催されているとのことです。

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 小笠原優子さん独唱担当曲として、既に『津軽のふるさと』があり、フォレスタ動画の中でも再生回数が極めて多く根強い人気曲となっています。

 『津軽のふるさと』『リンゴ追分』の両曲とも映画『リンゴ園の少女』で美空ひばりが歌い、ともに津軽(青森県)を舞台とした歌です。そして小笠原さんは青森県出身なわけですから、「この人を差し置いて他に誰がいる」となるわけです。

 両曲を比較した場合、共に米山正夫作曲であり、戦後間もない頃の名歌謡曲であることは言うまでもありませんが、『リンゴ追分』の方は途中に「えええええええ・・・」という節回しが入っているように、多分に民謡調(追分節)を意識した曲となっています。

 (青森県出身の大歌手・淡谷のり子と同じく)東京音楽大学卒業の小笠原さんですが、西洋の音楽理論や歌唱法はみっちり学んだことでしょうが、日本民謡は教程外だったはずで、その面で『リンゴ追分』の方が歌うには難しいのではないでしょうか?

 にも関らず、いとも簡単に歌いきっておられます。これは小笠原さん自身「津軽娘」だったこともあり、あるいは少女時代から慣れ親しんだ歌だったのでしょうか。“ひばり節”とはまた違った、味わい深い「小笠原優子のリンゴ追分」になっていると思います。

 この歌はやはり思い入れの深い歌なのに違いありません。小笠原さんには既に多くの独唱担当曲がありますが、通常はあまり感情を表に出さず淡々と冷静に伸びのある美声で歌っていたかと思います。が、この歌に限っては、歌い進むほどに情感が高ぶってきたか、熱い想いが伝わってきました。珍しいほどの「熱唱」です。

 バックコーラスの中安千晶さん、吉田静さん、内海万里子さん、白石佐和子さん、上沼純子さんの5女声、いささかの和の乱れもない、小笠原さんの独唱を盛りたてる息の合ったコーラスで素晴らしいです!どなたなのか、民謡調のピアノ伴奏もまた良し!

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(1月大手町コンサートにて。画像は小笠原さんブログよりお借りしました。)

 小笠原さん復帰後の女声各メンバー、本来の生き生き、のびのび感を取り戻し、ぐっとコーラスグループとしての安定感が増したように感じられるのは私だけでしょうか?やはり女声フォレスタに小笠原優子さんは欠かせません!

 (大場光太郎・記)

参考
『リンゴ追分』歌詞(セリフ入り)
http://www.uta-net.com/song/13844/
関連記事
『フォレスタの「津軽のふるさと」』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-c23c.html

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